« 歌う←→話す | トップページ | 10月1日〜31日 »

2012年11月 5日 (月)

今が一番

東戸塚の講演会講師は西澤みいでした。その話を再現しようと思ったのですが、すぐに書かないとやはりメモをとっていても再現できません。でも言葉にしておきたいので、箇条書きみたいに書いてみようと思います。

たとえ同じ言葉を話していても、バックグラウンドが違うと受け取るイメージも違ってくる。きちんと伝わらないことはありえる。

趣味が同じだと話が弾んで仲良くなれることがある。同じがたくさんあると理解し合える人が増える。いろんな人と仲良くできる。

自分の言葉をうけとめてくれる人。最初はお母さん。泣き声だけで伝わる。受けとめてくれる人がいると言葉が育つ。世界も広がる。これは同時進行。

テープ(CD)をランダムに聞いていると最初は日本語のみ聞こえる。他の言葉は意識しない。そのうちにカタカナに置き換えられる音が聞こえるようになる。聞こえるとまねができる。

まねしたことば。まず分かってくれるのは、同じ音(音源)を聞いて同じフレーズが分かり言えてうれしかった人。その人も同じ体験がある。だから間違っていてもしゃべったと言える。そこでほめられる。だんだん通じる言葉が増える。

ホームステイの体験。「待っててね」が「フィアモーメント」に聞こえたので何度も使ってみた。ところが帰国してCDを聞いても「フィアモーメント」がない。おかしいと思って良く聞くと「エスペラモーメント」だった。音が切れ込んで良く聞こえるようになっていた。ことばの成長は後戻りしない。あかちゃんのことばも一緒。「食べる」の「た」の音を機械にかけて波にして見るとあるところではts、あるところではt、あるところではpの音がある。だから「アイスぱべたい(食べたい)」になることがある。「食べたい」が正しいと分かってしまうともう言えなくなる。いいかげんに見えても伝わっている。それは話せていると言うこと。実は正しく言えていなくても、伝わっている。その時その時の「今」を楽しめたら良い。

初めての受け入れがスペイン語圏の人。Hola!と挨拶されて、「本当にHolaと言う人がいるんだ」と感動。ご主人もその時挨拶が「Hola」だと調べて知っていた。でも言おうとしても「間違ったらどうしよう」と身構えて言えなかった。

ある子どもがテレビを見ていてお母さんに「今、シチューって言ったよ」と伝えた。お母さんもそれを見てみたらそれは「シチュー」ではなく「ただいまキャンペーンじっしちゅう」だった。でもそのお母さんは子どもに「すごいねー」と言ってあげた。そういってあげられたお母さんがすごい。「すごいねー」と言われた子は「もっと探そう」とする。

韓国の子をホームステイ受け入れした時。その子はかちかちになっていて、なかなか言葉が出てこなかった。でも自分の子どもたちと遊んでいるうちにだんだんお互いに分かり合えるようになった。帰国してからその子から電話が来た。「○ちゃん、だいじょうぶ」とだけ片言で言ってくれるが、その裏に「無事についたよ」「さびしい」などいろいろな想いがあることが分かる。私ならそれが分かってくれると思ってしぼりだした「だいじょうぶ」だった。

どんどん言葉が増えたはずの子どもたちが、思春期・反抗期になると話す言葉が減る。「うざい」で一ヶ月過ぎることもある。ヒッポにもこなくなる。

ところが進路調査なんてものがある。なりたいものが分からなくて模索する子に「箱の中に仕事はない、人の中にはいらなきゃ」と伝える。たくさんの人と出会い刺激を受けて、そこからなりたいイメージができてくる。なりたいものが分からなかった時には「俺なんていても仕方ない」などといっていた子が、そうやって育ててきてある日「生きてるって楽しい」と言った。その時「子育てが終わった」と思った。

いろんな人がいる。ゴールはない。今がいつも一番楽しいがよい。

|

« 歌う←→話す | トップページ | 10月1日〜31日 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 歌う←→話す | トップページ | 10月1日〜31日 »