いやしのSADA
父が20日に逝って、いろいろばたばたしていたのですが、通夜が24日なんていう間の空いた日取りだったのでその間きもちを維持するのが大変でした。ひとりでいると自分の心の穴を掘り始めてうつが悪化するので毎日デイケアのあとヒッポの方々のファミリーへ出ていました。そして葬儀が終わってからは他に聞く気がしなくてSADAのCDを繰り返し聞きながらすごしています。ファミリーでも特に青少年にエネルギーをもらって葬儀を乗り切ったので、SADAのCDを聞いているとその曲ごとのゲームやダンスが思い浮かんで楽しい気持ちになってくるのです。
最初の一報が入ったときもぽっかり心に穴が開いたような気がしましたが、そのうちの半分くらいはすでにヒッポで埋まっていました。自分にとってヒッポがいかに大きな存在になっていたかを思い知ったこの一週間です。
自分の病気の原因の大半は親で、それはその時々でよんどころない状況があったからだと今は分かっていてうらみも憎しみも全然ないのですが、ひどい時期がありました。どん底まで気持ちがいってから「もう失うものはない」と割り切ってしまったときに出会ったのがヒッポ、それからはすべてがもらえるものばかりでした。悪いことはこれ以上ないくらいの修羅場をくぐってきたのでなんだか一区切りついたかんじで、笑えてしかたないのです。すさまじかったけれど、全部いい思い出になってしまいました。それでさらにSADAの曲をかけていると気分がふわふわしてきます。
これからの後始末のほうがむしろ大変そうですが、ぼちぼち楽しくやって生きます。
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コメント
まさか、そんな状況下だったとは知りませんでした。お悔やみ申し上げます。
知らずに会っても、知っていて会っても、ファミリーにいつもどおりで来て、いつもどおりで迎えて、となると思いますが…。それが互いに素敵な場所を作っているのかもね。
私も、元気がない時にこそ、人と触れ合います。勇気リンリン!になるんですね、大好きな人との触れ合いって。
駒沢ファミリーでは楽しかったです!
投稿: イーチェ | 2009年8月 3日 (月) 10時20分
イーチェ
そうそう、ファミリーの場は気持ちはよせあって作り上げるものだと思います。いろいろあったとしてもね。やりすぎだ・・・ともいわれますがこのところ一層人と一緒に気持ちを寄せ合って時間を過ごすことが自分の力になっていますのでオーバーワークでも今は突っ走りたいです。
駒沢、楽しかったですね。駅まで見送ってくれてありがとう!
投稿: なんちゃん | 2009年8月 5日 (水) 07時13分