« 受け入れを終えて | トップページ | 一歩前へ »

2007年2月11日 (日)

ヒッポにはまる(再掲載)

この記事は鳩ヶ谷雑記本館の06年4月14日の記事で、その再掲載です。ヒッポのメンバーさんの読者が増えてきたので、これをぜひ読んでいただきたいと思い、あえてアネックスに再掲載します。

ここのところ自分はヒッポ(ヒッポファミリークラブ埼玉高速沿線)の活動にはまっています。最近はラジオを聴くのも苦痛な時があるので、夜はほとんどヒッポの多言語CDを繰り返し聞いています。だいたい20時ころには帰宅しているので寝るまでに3回くらい同じCDを繰り替えし聞いています。奇異に思われる方もいるかもしれませんが、何度も繰り返し聞いていると徐々に場面が分かってきてその都度気付きがあるので、本当に楽しいのです。ニュースを聞いてエキサイトするよりよっぽど精神衛生にいいです。

ヒッポに出会ったのは2月半ばのこと。駅に貼ってあったポスターをみて興味をそそられました。翌週、体調をぎりぎり整えて午前中の講演会(説明会)に行ってみました。始まってみると、あれあれ?、自分以外はわけの分からない言葉で挨拶をしている…。「なんだか変な宗教にきちゃったかな?」と狐につままれたような思いで話を聞いていました。初参加は自分だけ。でもあとで他の参加者のみんなが、べつに「さくら」で来ていたわけではなくて体験談を聞きにきていたことが分かるんですけれどね。状況が分からなくて、体調もぎりぎりのところできているのでむっつりとしたまま、とりあえず多言語の視聴版CDをもらって帰り聞いてみました。すると、これが結構楽しい。丁度ラジオが嫌になってつけるのを止め、妙に部屋がしーんとしていたところだったので何回も繰り返し聞きました。聞けば聞くほどおもしろく、ついに普段の活動の場へ体験参加してみました。すると…

たくさんの人が子供連れでやってきていました。多言語を使いながらゲームをしたり、ボードやファイルを使って自分の留学体験や語学体験を話したり、そのエネルギーあふれる活動を目の当たりにして、その時点で自分は「これはおもしろい」とほぼ入会を決めました。うつ病で独身で、こんな機会でもなければこんなにたくさんの子どもたちと遊ぶこともあるまい。(参加者は、お子さん連ればかりではありませんけれど)

ただ、入会にはCDを一セット購入する必要があります。7ヶ国語で全部そろえると最低でも約19万円。パソコンクラッシュでお金を使ったばかりと言うこともあり二の足を踏みました。友人は「教材費としてその金額は高いのでは?」(叔母にも言われました)とか「英語1つで苦労しているのに7ヶ国語もやれないよ」など、散々のコメント。でもなんだか惹かれるものがありました。主治医に「こんなに一度にお金を使って、自分は躁うつ病ではないか?」と問うてみたり。「大丈夫。」とは言われたもののまだなんとなく心配(ちなみに躁うつ病の躁状態と考えられるのはいきなりマンションを買って、払えもしないローンを組むくらいテンションが上がった状態だそうです)。最後は「仮にずっと仕事ができず、やむなく生活保護を受ける状態に突入した時ではもう何もできない。多少ではあるけれどまだ余裕のある今楽しいことはしておこう。」と覚悟して入会しました。

入会してみて、想像以上にこの活動が自分にあっていることに気がつきました。まず、集まっている人たちが自分と似ている。すなわち、言葉にも興味があるし人の輪を広げるのも好きな人ばかりで好奇心旺盛(大人が、ですよ)。そして違いを認め合う精神が参加者みんなにひと筋通っているのです。自分の友達と同様、心の病気であることにも「えっ」と言う反応すらなくあっけらかんと受け入れられてしまいました。これには驚きました。大人の付き合いの中では、一般的には偏見などがあったり、逆に変に気を使われたりと言うことがあるものですが、ここではまったくと言っていいほどないのです。

これは多言語で話すという活動そのものに根ざしていることがだんだん分かってきました。普通語学を勉強する場合は、例えば「正しい英語」を習得するために文法やフレーズを頭に入れていきます。しかしよくよく考えてみれば言葉というのは時代による変遷もあるし、方言もあります。「若者言葉」や「ビジネス会話」といった、あるコミュニティの中だけで通用する言葉もあります。だから正しい英語なんてものはないのです。これはわが身を振り返って日本語で考えれば納得がいきます。自分にとっては福岡の農協に勤めた時の上司が生粋の八女弁で、3回聞いても何を指示されたのか分からないことがありました。日本語でも外国語みたいにちんぷんかんぷんと言うことはあるのです。この会の会員さんはホームステイの受け入れを結構やっているのですが、それぞれ言葉に訛りがあるのがあたりまえ、つまり一人として完全に同じ言葉で話す人はいないのです。ここに違いを認め合う精神の育つ基盤があるのです。違いを認めることこそ、相手を尊重することになる。

もうひとつ大事な要素があります。ヒッポでは多言語で話すことを「言葉を歌う」といいますが、別に先生がいるわけではないのでCDで聞いたままを真似したり、例会で人が話す口元を見て真似したりします。まねをすることと言うのは簡単なようで実は奥が深いことです。「学ぶ」と言う言葉が「まねぶ」からきているように、まねすることこそ習い育てることなのです。子どもはなんでも真似をして育ちますね。でも大人になると妙なよろいを着けてしまいがちです。まねするのが恥ずかしくなったりします。変なプライドというか、自分を相手の下におけなくなるきらいがあります。でも真似なければうまくならない。ここでは相手の優れた点を認められる素直さが必要です。この会の人たちは人の話を「へー」「ほー」と聞いてなんでも自分のものにしようとする貪欲な人が多い感じがします。素直さや謙虚さがないとそう簡単に人の話を受け入れることはできないんじゃないかという気がするのです。それがあるから自分も付き合える。そんな感じがしています。

語学を習得すると言うより、人とつながるのがたのしい、うれしい、それを表現していく活動と言う感じがしています。だから合わない人にはぜんぜん合わないと思います。自然と似たもの同士が残ると言うことになっているようです。コミュニケーションが先で、語学としての成果は後からついてくると言う感じのようです。

自分は、こんなに奥が深いとは思いもしなかったので、今本当に楽しみながら活動にはまっています。体調面からなかなか例会に参加できないのが残念ですが、こちらもあせらずゆっくりマイペースでやっていこうと思っています。

|

« 受け入れを終えて | トップページ | 一歩前へ »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/60361/13869392

この記事へのトラックバック一覧です: ヒッポにはまる(再掲載):

» 赤ちゃんは待たない! [英語習得、3歳では遅すぎる!]
『赤ちゃんは待ってくれない』 それを知っている人は、もう始めています。 [続きを読む]

受信: 2007年3月 5日 (月) 01時32分

« 受け入れを終えて | トップページ | 一歩前へ »