2012年4月15日 (日)

’11年8月1日〜’12年3月31日

しばらくの間ほとんどファミリーに行けませんでした。現状もなかなか厳しいです。

12月10日 十条たまごF
12月16日 鳩ヶ谷ぽっぽF
12月22日から2月14日まで入院 病院で以前ヒッポメンバーだった人と出会う
2012年
 3月 6日 鳩ヶ谷ぽっぽF体験会(withマダムカコ@浦安)
 3月16日 鳩ヶ谷ぽっぽF

3月になってから韓国語のそのこをずっと聞いています。オヌル、オジェ、クジョッケ、オディなど切れ込んできた音があります。

本館には書いていないですが、実は鳩ヶ谷を撤収して母と同居するかもしれないのです。場所はJR南柏駅のエリア。仮に引っ越したら新松戸か柏のファミリーに行くしかないかなと思っていたのですが、先日南柏駅近くのマツモトキヨシに黄色いポスターを発見!なんと近所でファミリーが立ち上がったらしいのです。チラシが切れていて詳細は分かりませんでしたが、できればそこへ一度行ってみたいと思います。

追記:南柏のファミリーは金曜日 元気魂Fというのをホームページで確認しました。以前はなかった新しいファミリーです。松戸で土曜夕方のファミリーがあることも分かりました。土曜夕方なら出やすいです。

追記2:越谷クオレFは4月6日クローズになりました。クローズ前に一度行ってみたかったです。

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2011年8月 7日 (日)

6月1日〜7月31日

仕事みたいなものが4月から始まり、日にちが少しずつ増えていく中で、ムリなくでも行きたいときはぽんっと行っています。

6月10日 鳩ヶ谷ぽっぽF
6月11日 十条たまごF
6月24日 鳩ヶ谷ぽっぽF
6月25日 十条たまごF
7月 6日 川口オレンヂF
7月 9日 十条たまごF
7月13日 与野本町みなうたF
7月15日 鳩ヶ谷ぽっぽF
7月16日 ベトナム料理の会@十条
7月23日 十条たまごF

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2011年6月20日 (月)

やはりトランスナショナル

CDをかけ続けて「環境」を作ることが歌える早道。でもこのところエネルギー不足でCDをなかなかかけられませんでした。思いついたように単言語版(韓国語とか)をリピートしているとだんだんムリがかかって聞くのがいやになってきてしまいます。

「そのこ」のトランスナショナルエディションにしてみたら、案外快適に聞き続けられることに改めて気がつきました。やはり「環境」はトランスナショナルから。何のために多言語をやっているのか、ですね。自分の興味があまりむいていないフランス語やドイツ語なども聞けてお得な感じです。

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2011年6月14日 (火)

5月1日〜5月31日

5月 6日鳩ヶ谷ぽっぽF
5月13日十条たまごF
5月26日鳩ヶ谷ぽっぽF
5月27日十条たまごF(体験会)

このところ与野・大宮方面の水曜日のファミリーには行けておらず、自転車で行けるファミリーに出ています。それも毎週はムリで間隔があいてしまいます。歌っていたところも毎週やらないと少しずつ歌えなくなるみたい。ファミリーでのメタカツがムリでも聞いていないとだめ。でもCDをかけ通すエネルギーが不足しがちです。

それでも「おもしろがって」少しでも戸口を開いていれば、いつかエネルギーが戻ってきた時、すぽんと「その先のヒッポ」が開けるような気がして、(自分としては)地味にやっています。

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2011年5月15日 (日)

何がおもしろくて続けるヒッポ?

きょうの十条たまごFで、こんなところでもらうのがびっくりの西村むぅちゃんかるたをもらいました。むぅちゃんと直に会ったのはいつのことだったか。京都のファミリーはまだ行った事がないのでどこかのWSで会ったのかもしれません。むぅちゃんはチョムスキー講演会(名前は誰でも聞いた事があるような著名な言語学者です)を聞きにボストンまで行った1人でした。かるたはその講演会をふまえてのものでしたが、むぅちゃんの今のヒッポの「ど真ん中」が書かれていて、かるたにすごく「ちから」がありました。そのちからを紡ぐのも「ことば」。

自分はこのところ日記も書かず、ヒッポ活動も最小限でいつのまにやら忘れていた「何がおもしろくてヒッポをやっているのか」を思い出させてもらえたような気がします。また次回十条たまごFでの体験付き説明会でのスピーカーの1人、らっこんの話からも「楽しさのエッセンス」がどこにあるかを思い出させてもらいました。

このところ、こんな文章さえ紡ぐ事ができなくなっていて、ほんとうにエネルギー不足でどうにも動けない感じがしていました。これですぐに変わる事はないにしても、ひとつのきっかけになれば良いなと思います。

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2011年5月14日 (土)

4月1日〜30日

震災の事もあり、体調の事もあり、停電もあり、4月はとてもしんどい月だったように思います。そんな中でも2回しか行けなかったヒッポは確実に「楽しい」もので「元気」をもらえる時間でした。

4月1日 王子たまごF
4月23日十条たまごF

このところ、半年前によく聞いていたヒンディ語の食事の場面が大波で歌えるようになりました。「歌うぞ」と意気込んで最初から切れ込もうとするのはダメで、とにかくCDを聞いて聞いて、冷却期間も必要なら置いてみると、口をついて言いたくなってくるものなのですね。英語のオドロキも2番や16番だけでなくもっとたくさん歌えると良いな。

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2011年4月19日 (火)

2月1日〜3月31日

3月11日の大地震はいろいろなことを一変させてしまいました。我が家のカレンダーには計画停電の時間帯を書き込み、真っ暗な部屋にいるのが嫌で自転車を6キロこぎ王子のファミリーへ出た事もありました。埼玉県内では夜間の公共施設使用自粛が多く少しずつまだ普段のファミリーができていないところが数多いですが、東京北区は震災の当週は見合わされたものの翌週からは普通にファミリーができていました。多言語を交えながら地震当日どうしていたか?などという話をしあって、報道等で沈みがちな気持ちを発散させた事もありました。自分は行けませんでしたが、福島県からさいたまスーパーアリーナへ避難していた方々へ、現地のフェロウからの依頼で地域のファミリーからお出かけヒッポをしたりすることもありました。こんな時期だけど、かねてから予定していた春交流で在海外した人もいるし、中止が相次ぐ中メキシコヒッポからのホームステイがまもなく。いろいろなことを考えさせられたこの一ヶ月でした。我が家のI podでもwi-hi接続でyoutubeが見られるという事がいじっているうちに分かり、いくつものSADAや試聴版CDやイヤロン生のインタヴューなどを見ることができるようになり、そうしたものからも影響をうけて「前向きに進もう」と思わされています。

2月後半から3月頭にかけては体調が思わしくなく山梨で静養していました。出られたファミリーは結局これだけ。

2月4日 王子たまごF
2月9日 大宮おかいまF
2月12日十条たまごF
3月18日王子たまごF
3月22日戸塚安行ありーばF

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2011年2月 7日 (月)

12月1日〜1月31日

12月 1日与野本町みなうたF
12月 3日鳩ヶ谷ぽっぽF
12月 8日大宮おかいまF
12月15日与野本町みなうたF
12月17日鳩ヶ谷ぽっぽF(多言語フリーマーケット)
12月22日大宮おかいまF(クリスマス会)

1月 5日与野本町みなうたF
1月 7日鳩ヶ谷ぽっぽF
1月15日赤羽がじゃF
     十条たまごF(ロシア帰国報告会)
1月19日大宮おかいまF
1月22日川口ばにゃばにゃF
1月29日十条たまごF

5年前の2月、黄色いポスターに誘われて講演会に行ったのがきっかけで始めたヒッポ。人生が思わぬ方向に転がり続けている最中なので、この5年はたのしく目一杯ヒッポできている時もあり、細々かろうじて活動がつながっている時期があり。そんなものでしょうか。「まだ」5年ですものね。

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2010年12月23日 (木)

瞬発力

22日の大宮おかいまFはクリスマス会だったのですが、一風変わった試みがありました。ファミリーではプレゼント交換などはよくありますが、なんとここでは「1分間ことばのプレゼント」。くじを作ってあたった人のことをとにかく一分間ほめるのです。つきあいの長いよく知っている人から初対面に近い人まで、大人も青少年もくじひとつでほめる人を決めて多言語でほめたおすのです。メンバーも当日まで企画の内容を知らなかったようで少し戸惑いもありましたが、さすがにヒッポ、果敢にチャレンジして行きました。

確かに、交流に出かけたときなどはこういう瞬発力を求められることがあります。他のクリスマス会や合宿では一芸披露なんかもやりますが、それも交流で場を和ませて友達が増えたりするきっかけになるもの。ヒッポをやるまでは自分も尻込みすることが多かったのです。でもインドへ行ったときファミリーの交流準備で仕込んだ「絵本をヒンディ語で読む」とか 韓国へは交流メンバーみんなで韓国語の「崖の上のポニョ」をふり付きで覚えて披露したとか、ちょっとしたことで場がとても和むことは何度もあったのです。

結局やってみて、家族をほめるのが一番照れくさくて難しい、ということが分かったようです。ちょっとしたスリルを味わいましたが、良い機会だし、楽しかったです。

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2010年11月29日 (月)

11月1日〜30日

10月末から少しずつファミリーに出られる体力が戻ってきたので、今月はだいぶファミリーにでました。同時に朝のリズムをさらに一歩立て直すために、午前中の活動に積極的に出るようにしました。

11月 1日オリンピックセンターWS(岩田先生スペシャル)
11月 5日鳩ヶ谷ぽっぽF
11月10日amぽっぽ
11月13日十条たまごF
11月15日本部WS
11月17日与野本町みなうたF
11月24日大宮おかいまF
11月27日十条たまごF(ロシア会)

あちらこちらのファミリーに出始めそこで以前となんら変わらず受け入れてもらえたことが、自信になりさらに前の感覚がよみがえり、さらに普通の感覚を取り戻すことにつながりさらに自信になるというように好循環を描いています。ヒッポという場がなかったら、自分の出て行く場を一から作り直すことになって、きっともっと大変だったことでしょう。

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2010年11月22日 (月)

リンクを増やしました

ヒッポブログ&ホームページのリンクを手直ししました。ひっさしぶりにこういう作業をしました。

リンクはむーしゃのwikiを久々に見ながら追加しましたが、ユーチューブの画像関連も充実していていくつか見てしまいました。SADAがユーチューブで見られるようになったのは大きいですね。自宅で練習できます。以前インドへの道でも紹介した熊本の石見昌治さんの講演会の模様、自分のお友だちでメキシコへ今年行ったぶりちゃんの話も見ることができます。

これらを見ながら、「生きていればそれで良し」ということなら「hippoが真ん中」でもいいじゃないか、と思えてきました。「インドへの道」は、それはそれで続くのですが、ヒッポがなかったら人生や生きる目標がこんなに変わっていなかった。明日も楽しく生きがいをもって過ごすには、その先を見据えた生活改善や病気の症状の改善はもちろん目指すものの、あまりストイックにしぼってばかりで修行のようなことばかりしていてはリハビリが続かない!と思います。

大人ぶらずあえて年齢や自己の発達を考慮せず、子どもになって遊ぶ時間がまだまだ自分を伸ばしエネルギーになるようにも思います。

そういう気持ちを主治医にもぶつけつつバランスの良いhippo活動を楽しみたいです。

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2010年11月14日 (日)

'09宝物レポートを読んで

前の記事にも書いたように、「'09イヤロン生」にはあの体調の中ずいぶん手紙を書きました。自分のやっていることがますますイヤロンじみてきたことが背景にあったと思います。それはひとことで言うならば「自分探し」です。

宝物レポートを読んで、その気持ちがますます強くなりました。彼らの書いていることにいちいち共感できるのです。その中で「自分はこんなに愛されているということが分かった」「自分が好きになった」という感想は、ジャストタイムで秋頃に自分が感じていたことでした。自分のお子さんのイヤロンでのがんばりに触発されて自分もチャレンジしてみようと思う(した)親御さんも多かった。その中ある親御さんは「自分の一番の苦手は自分を認め大切にすること」で、その苦手なことにチャレンジしたとあったのです。これも今の自分だと思いました。

宝物レポートの巻頭にさかっちゃんの寄稿文がありました。実は「インドへの道」かるたの中で、自分が見つけたこととして書こうとしたことが、もうすでに書かれていました。それは「普遍性を見いだすということは、みんなそれぞれ違うことを認め合うことがあって、その先にある」という趣旨のことです。人をカテゴライズする様々なものの垣根を取り払うという理想。それは、まず全部違う一人一人を大切に見つめ尊重することから始めなければ絵に描いた餅になります。今年のある経験からそのことを自分は痛感しました。

「言葉」を扱うヒッポだけれども、それは「人間」を見つめる活動でもある。そうしみじみ思わされた「宝物レポート」でした。

追記:三茶講演会の記事でも書いたチェリーちゃんは、イヤロンに出かける前、みんなから「応援しているよ!」と言われたものの、現地で「ほんとうかな?」と疑心暗鬼になったのだそうです。ところがほんとうに応援や励ましの手紙が次から次へと届く現実、そして帰国したら地域の人たちがお迎え隊を組んでバスを貸し切ってきてくれたことで心底「愛されている自分」を感じたそうです。そうして満たされた実感をもてた彼女は、その愛情を与える仕事がしたくなったので教師を目指すと書いてあります。イヤロンをきっかけに自分探しが始まった子もいるし、すでに満たされてなりたいものや目指すものがクリアになった子もいる。大人になってもそれが明確にならずに苦労する人は大勢いて、自分もそうだったわけです。人はいくつになっても育ち得るのだと思います。

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三茶講演会

9月23日のさんちゃF講演会は、かなりムリをおして出かけました。'09イヤロン生には、期間中何人にも手紙を書いて送りましたが、そのうちの1人が中村チェリーちゃんでした。彼女がお母さんのエマと共に話すとあって、ぜひ元気な顔を見たかったのです。エマも初講師。エマの話もぜひ聞きたかった。

いろいろと思うことがあったのですが、特にエマの海外滞在中の話が強く印象に残りました。ヒッポ的には違う文脈で捉えられるエピソードかも知れませんが、こんな話です。英語を深く勉強したエマは、海外生活を始めた頃「ひとつでも間違えたらいけない」と緊張し、頭の中で文章を組み立てながら毎日を過ごしていたそうです。ホームパーティがあった際も、人の話す言葉がすべて「文法的に正しい/間違っている」ことが気になって過剰に疲れてしまったとか。

これは文脈的には違うのですが、今の自分の状態に極めて良く似ています。広告のポスターや駅売りの新聞の見出しを見ただけで、それにまつわる情報がばんばん頭に突き刺さるのです。話し声や車の音なども一時過剰に響いていました。それがだんだんマイルドになってきて、突き刺さるほどではなくなってきました。本筋以外の意味や情報まで拾ってしまうような状態は今の自分と同じです。それはすさまじく疲れただろう、と心から共感できたのです。

エマも文法的には間違っているのに堂々と話している別の国からの人たちを見ながら「そんな風に話せたらラクだろうな」と思いつつ、なかなか実践できなかったのだとか。それがのちのちヒッポに出会って多言語をやることで「多分こういうことを言っている」「全部拾わなくて大丈夫」ということが分かったそうです。それによって英語を話すのもラクになり、言葉で人を選ばなくて済むようになったと言います。多言語をやることは「赤ちゃんと一緒」だから「間違いはない」のであって「プロセス」をたどっていく営みなのです。

自分も今、心の底から「全部拾わなくてよいラクチン」を求めて過ごしているのです。しかしこうして改めて書いてみると、意識して何かやっている限りダメで、ぽーんと放り投げてプロセスを信じて「のほほ〜ん」と身を委ねてしまうのがいいのだろうと思えてきました。それを頭で考えず「放り投げる」ことも「放り投げる」くらいがいいのでは。覚えようとすると音がするっと逃げて行くのに、楽しんで聞いていればなんとなく音がたまってきて、空耳が言えるようになるのと似ているのでは?自分自身をも自然科学する感じでしょうか?

チェリーちゃんは自分自身を言葉にする能力に長けていて、マンスリーを5枚6枚と書いてくる子でした。彼女の話にも「プロセス」が取り上げられていました。

応援されて行ったイヤロン。しかし甘くはなかったそうです。学校一日目から何か一つ聞かれても分からない。一週間くらい経って、テーマを決めてクラスメートに話しかけるようにしたもののだんだんネタ切れ。疲れてきた彼女はムリしないことに決めたそうです。その状態が「話さない子」ととられて意思疎通の難しさとなり、ホスト家族と軋轢を生んでしまうこともあったようですが。

半年位して友達ができてからムリしなくても楽しく生活できるようになってきたそうです。

彼女にとってのイヤロンは1歳から17歳まで歩いた感じとも捉えられるとも。「見てるだけ〜」→「あわわわ」→「あれなに〜/これなに〜」→どんどん話題がふくらむ状態、とプロセスを踏んで広がってきた状態をそのように捉えられるのはすごいなと思います。

帰国後「外国語うまくなったねー、日本語もうまくなったねー」と言われるとか。そしてその感じが自分でも分かるそうです。さらに「言葉で何かを伝えるのは簡単ではなかった。英語はもちろん、日本語でも」。その話に彼女の成長を強く感じました。

さらにエマのマレーシアGFの話も聞くことができました。楽しかったのは言葉の体験だとか。ホストのお母さんが話すのはマレーシア語だけだったものの、一緒に過ごすうちにだんだん言っていることが分かってきたそうです。すごくおいしいご飯を3食作ってくれたので「何を話そう?」と思ったとき、最初は目の前のご飯のことが話題になった、そこからだんだん「今日あったこと」→「昨日のこと/明日のこと」が話したくなってきた、そういう風に時間軸が広がる感じだったとか。これもおもしろいですね。

こうした話の数々が、外部から聞きにきてくださった方にも「楽しさ」として伝わっていたようでした。

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9月1日〜10月31日

少しずつですが、夜のファミリーに出ても翌朝のリズムが崩れなくなってきました。朝のWSなどに出ると、終了後少し疲れて休みますが、基本的には大丈夫なようです。夏から初秋にかけては頭がふわーっと、まるで磁石に鉄粉がくっつくようにいろいろな意味や情報が頭に張り付いてしまって、行くだけで疲れて引き返すことも何度もありましたが、それもなくなってきました。今月はどこまで戻ってくるか、いずれにしろチョグムチョグム、ポレポレ、ですね。

 9月17日 鳩ヶ谷ぽっぽF
 9月23日 三軒茶屋さんちゃF講演会(講師 中村エマ&チェリーちゃん)
10月15日 鳩ヶ谷ぽっぽF
10月29日 鳩ヶ谷ぽっぽF(ハロウィン)
10月30日 十条たまごF(ハロウィン)

特に10月末から、やっとファミリーの間普通に過ごせるようになってきました。ハロウィンを楽しむことができてよかったです。

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2010年10月 5日 (火)

インドへの道 番外

結局かるたにするかもしれませんが、番外編。

約2年前インドの北東部、シッキム州ガントクをホームステイで訪れた時は友人の義理の弟の結婚式への招待という形で親戚同様に大変よくしてもらいました。彼が今日誕生日なのでメッセージを送ったところ、こんな返事が返ってきました。

Thank you Nanchan....i hope u are fine too..so when r u visiting us next?

areがr youはu だけで書かれています。日本の学校英語だったら落第だけど、これが普通。

それにしても何と嬉しいメッセージでしょう。数日前には昨年春の池袋地域運動会でほんの一時お話ししたのが縁で今もやり取りが続くムンバイの方からご自身の経験に照らし、「親を亡くすというのはそうとうにしんどいこと。それを乗り越えてしまえばそれまで以上のエネルギーと能力を伴って戻って来れるよ」とのメッセージ。「乗り越える最善の方法は、前向きに考え前向きに行動すること」とも。

来年こそ、きっとまたあの街の灯り、あの山道、あの雄大な山の景色を求めていけると良いな〜と思いつつ、今はじっくり自分とむきあう毎日。とてもしんどいですが前を向いて着実に歩みを進めています。

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2010年9月16日 (木)

毎日がヒッポ

8月はファミリーに確かに行けなかったけれど、実は毎日がヒッポ化しています。

ヒッポって7カ国語(?)が一度に話せるようになるっていくことをやっているんでしょ?

それは実は一面にしか過ぎません。コミュニケーションのトレーニング? まだあります。

このところの自分の毎日はヒッポだ!と思ってはいたのですが、何を根拠にそう感じているのか書き出してみました。こういうことができるようになったのは5月以降毎日がへろへろになるほどエネルギーを使わざるを得なくなってから、今日が初めてです。

○バスの中、スーパーでの買い物はもとより、散歩中やとにかく街中いたるところで「こんにちは」「ご苦労様です」「暑いですね」などと声をかけていく。最初は勇気が必要だが、だんだん慣れてくると意識しなくても出てくるようになる。これはヒッポに入会して最初にファミリーで「オラー」と言えるようになるまでに時間がかかるのと一緒。言えるようになればなんでもなくなる。
○自分自身に壁を作らず、いつも一歩踏み出す。初めての時は二言三言だったメタカツがするするっと言えるようになるまでのプロセスは結局これ。
○プロセスを大事にしてじーっと待つ。今日は詳述できませんが7月は生きていく上でのいろいろなことが重なりエネルギーが枯渇しかかりました。そこからずーっと一日一日を耐えてしのいで、とにかく「今日がなんとか終われば明日もある」と猛暑の中を過ごしてきました。そうやって自家発電したエネルギーを一滴一滴ため続け2ヶ月、こういう文章が書きたくなって書きはじめました。これはとにかくCDをBGMのように浴びながら体の中に音を溜めていき、それが口から溢れ出すのを待つのと一緒。
○既成概念や過去のしがらみにとらわれない。体調を崩したというよりもこの歳になって人格の発達成長が進み、抑えつけられていた情緒がぽーんと開いたのです。インドに1ヶ月いた時に、分からない英語やヒンディ語と格闘して必死に分かろうと努力していたら、日本に帰ってきて日本語の看板の文字やアナウンスの声が洪水のように押し寄せてきたのと同じことが100倍くらいのスケールで起きたようなことになりました。あかちゃんだって生まれた当初はいっぺんに見えたり聞こえたりしないよう自然に少しずつ分かるようになるのに、ある瞬間から一気に見えたり分かるようになったりしたらどうなることか。自分の場合は情緒が開く前には何気なくできたことでも、情報過剰のなかいちいち慣れ直ししなければならないのです(現在進行形)。昔はできた、他の人はできる、ということは一切投げ捨てて今の自分に見合う感覚やバランスを0に近いところからやり直さなければなりませんでした。とらわれていたら前へ進めないところをぐいぐいここまできたのは、ヒッポのこの思想のようなものを真ん中に置きながら過ごしたからだと思います。
○答えが無くても、本質的な「同じを見つけ」それを指針にする。ヒッポの活動は「人間の同じを見つける」活動です。人はそれぞれみんな違う。全部違う。でもよく観察すると構成要素のなかに同じがたくさん見つかる。「違う」を尊重する中に「同じ」がある。実はこれが分かると人に限らず様々なことの中に同じを見つけることができるようになってきます。一時は週1回の診察でも足りないくらい毎日症状や心持ちが変化していた7月から8月は主治医も判断に迷う様子が見えたこともありました。当事者である自分はなおさら「次はどうなるのか」「明日はどうなるのか」答えの無い日々を過ごしていました。しかし、「これがラク」という対処法を毎週編み出しなんとかしのぐことができました。必死に時間を過ごしている中で「あ、この感覚は前のと似ているぞ」「あ、これは先週ばっさり切ったよけいな思い煩いと姿が違うけれど本質的に同じだぞ、これもばっさりきっちゃえ」ということをしているうちにだんだん「これも同じ」「あれも同じ」だと気づくスピードが早くなり、それによってここまで急速に持ち直してくることができました。
○思い(想い)や体験をことばで伝える。それも相手のことばで。私たちは同じ「日本語」という共通語で話しているつもりでいますが、実はそれは幻想です。仕事の世界と家庭、学校、世代、その他様々な要素ごとにそれぞれの語彙や言い回しがあり十人十色といっても過言ではありません。私たちはそれを無意識に相手によって使い分けているのですが、無意識であるが故に伝えたつもりで伝わっていない、誤って伝わっているということはいくらでもあります。自分はこの数ヶ月の話ではなく昨年ころから明確に意識しだして、ちゃんと伝わっているかを「相手の顔を見て」確認しながら話すということをやっています。本質的に言いたいことを話題や譬えを変えながら話すのが当たり前になりました。このくらいの年齢の人にはこんな感じ、この分野の人にはこういう言い回しなどとやっています。こういうことは様々な患者さんを診る医師のような職業の人はきちんとやっています。春先に自分の食事にタンパク質が足りなさそうだとなると、主菜副菜などといっても通じないので「インドの人は豆なんかよく食べるんじゃないですか?」と言ってくれたりしました。そこまでのレベルではないけれど似たようなことをやっています。そうすると適切なアドバイスがもらえたり、分からないことは聞き直してくれたり、やって欲しいことをするっとやってもらえたりする確率がぐーんと上がり、いろんな意味でとても助かりました。

久々に書くので少し調子に乗って長くなってしまいました。ヒッポが本当に好きなんだなあと今さら思いました。

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2010年9月15日 (水)

5月1日〜8月31日

久々に更新します。活動記録がたまっているのでそちらから。といっても8月は入会して以来初めて、全くファミリーに出られませんでした。

5月4日 国際交流フェスティバルのヒッポブース(さいたま市見沼の森)
5月31日護国寺ハオハオF前の1時間 パフニと歌う会
6月24日大宮なみのりF(PTPI受け入れ持ち寄り&空海帰国)
6月26日南越谷ぱおぱおF(南アジア交流受け入れ持ち寄り)
7月2日 王子たまごF(ドルフィン帰国)
7月16日鳩ヶ谷ぽっぽF(アメリカ青少年交流送り出し)
7月23日王子たまごF(メキシコ交流送り出し)(30分しか体力持たず)

9月もじーっとファミリーに出られるだけのエネルギーがたまるのを待っているところです。半月でこのくらい回復するのだからおいおい出られるようになるでしょう。ムリせずにやっていきます。それに、ファミリーには全く行けていないけれど日常がヒッポなのです。これは項を改めて書きます。

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2010年8月 9日 (月)

メーリングリスト

ヒッポではメンバー間同士でメーリングリストに登録していて情報を共有できることが多いと思います。自分も頻繁に参加している地域のMLにいくつもはいっていて毎日沢山のメールが届くのですが、実は7月はメーリングリストのメールをほとんど開くことが出来ませんでした。理由はいくつかあります。5月に今まで病気で眠っていた情緒が突然すぽんと目を覚まし、それまで分からないなかで必死に過ごしていたのが情報過多になって頭が情報をとったり考えたりすることがストップできなくなったことです。疲労が極限までたまり日々を過ごすエネルギーが極端に落ちていました。そこへ父の一周忌が加わりました。逝ったすぐあと、去年の今頃は韓国交流準備もあり毎日どこかのファミリーに出て、半ば力づくで悲しみをやり過ごしていました。その後にどん、と疲れがでたことはかるたにも書きました。実は一周忌というのはさらに大変で、時間の経過をありありと感じるとともに「自分自身がしっかりするしかない」という自覚のようなものが生まれてくるのですが、最初はそれが大きな重圧として感じられるのでした。命日から3週間がすぎ、やっとこの程度の文章をひねることが出来るようになってきました。

そういうわけで、メーリングリストもやっと少しずつたまっていたものを読み出すことが出来るようになりました。そして夏の交流で今年も、大人子ども問わず沢山の人が温かい人との出会いのなかで自分自身を育て、またメンバー同士の育ち合いをファミリーで感じているということがよく伝わってきました。7月はかろうじて顔を出したファミリーでもほとんど電池切れ状態でした。昨年あれだけやっていたのは、辛いなりにもエネルギーがふつふつと湧いていたのだなあと感じました。

毎日なんとか「しのぎやりすごす」だけで手一杯のこのごろですが、エネルギーがたまってくればまたファミリーにも出られる、もっとたまれば交流にも行ける!

やっと、そんな風に思えるようになってきました。

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2010年7月10日 (土)

深い「ことば」

明日、埼玉中央地域のイヤロン報告会があるのですが、チラシのキャッチフレーズが「育てたいのは、人にもことばにも壁をつくらない自分」・・・。

これはイヤロン生だけの課題ではありませんね。

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2010年5月22日 (土)

イヤロン生への手紙

「○○」へ

元気で過ごしていますか?ひょっとするとこの手紙が届くのは6月になってしまうかもしれませんね。

今日、2月3月のマンスリーをもらいました。読んで泣いたよ。ありがとう。このところのなんちゃんは涙もろいです。なぜかというと11年かかった「うつ病」という名前の「イヤロン」から卒業しつつあるのです。

ここまで治ってきてはっきりしたのは「うつ病」を卒業するためには他人が勝手に決めた「なんちゃん」を一旦脇に置いて、いろんな人たちとぶつかり合いながらもう一度自分自身で「なんちゃん」を編み出さなければならなかったということ。というのは、他人の決めた「なんちゃん」を演じようとしてムリしたことが病気の原因だったからです。30歳で今まで作ってきたなんちゃんを一旦脇に置いて新しい世界にどぼんと飛び込み、1から人間関係を作るのにはものすごい勇気が必要でした。でもそこで一歩踏み出したからもがき苦しみながらも新しい人間関係を作り上げた。だから卒業がもう一歩というところまできたのです。でも病気にならなかったらこんなことやっていないよ。

そう、よく考えてごらん?○○は仮に誰かの影響があったとしても、自分から手をあげて新しい世界にどぼんととびこんで、異国で1から人との人間関係を編み上げるということにチャレンジした。そこだけが○○となんちゃんの違いです。それがどれほどすごいことかなんちゃんには良くわかる。やってきたことは本質的に同じなのです。

今、なんちゃんのかるたを読んで勇気づけられたと言ってくれる人が何人もいる。言ってくれる人のうしろには、言葉にはしないけれどそう思ってくれる人が何倍もいることが分かってきました。同じように○○のマンスリーを読んで勇気づけられている人が実はたくさんいます。あなたが一日一日と勇気をふりしぼりながら踏みとどまってがんばっている、その○○の一日一日を想像してなんちゃんもものすごい勇気をもらっているのです。

もうあと一ヶ月くらいかな?残りの日々はおまけみたいなものだ。そのおまけをどれだけ自分自身の価値に変えられるかはもう○○次第だ。あくまで「おまけ」だよ。なくてもいいんだ。なくても十分。ホントだよ。だからこそ「おまけ」の一日一日、ホストファミリーや友達や学校やらと「どーん!!」と向き合ってごらん。それはすごいことになるよ。宝物になるよ。なんちゃんも「うつ病のなんちゃん」を卒業してまた新しいチャレンジをすることになって、ものすごくしんどくて不安です。でもあなたの過ごす一日一日を想い、勇気に変えていきます。○○もそうしてください。最後まで応援しています。

なんちゃん

今年度のイヤロン(高校交換留学プログラム)生に、書いた手紙がのべ10通近くになりました。これは20日に書いたものでじかに航空書簡でおくりました。他にご両親へ託したものやファミリーで寄せ書きとして書いたものもあります。

イヤロン生への手紙は結局自分自身への手紙でした。その手紙を書かせたのは結局自分と関わってくれているヒッポの人たちでした。イヤロンというのは若いからこそできる、この時期だからもっているエネルギーがチャレンジへの勇気となり、手をあげさせ、具体的な行動へと駆り立てる。周囲の暖かいまなざしも本人の若さと勇気に感じ入ればこそだと思います。同じようなまなざしで自分を見てくださった方々が自分の周りにたくさんいました。だからこういう手紙が書けるのだと思います。

自分から手をあげることがすごい。そして厳しい下準備をこなして実際に行ってしまうところがすごい。1年でこなしてくるそのエネルギーがすごい。イヤロン帰国生がそこで終わらずその後も次々ともっと大きなチャレンジに踏み出していくのはある意味当然なのかもしれません。

自分もそうなれるでしょうか。

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