2008/11/06

オバマ氏勝利

アメリカ大統領選挙はバラク・オバマ氏が勝利しました。一般的には初の黒人大統領ということに焦点が集まっていますが、自分は別の点からオバマ氏の勝利は好ましいと考えます。彼はまだ47歳なんです。対抗馬のマケイン氏が72歳であることを考えるとすごい事に思えます。ロシアでもプーチン氏が後ろで糸を引いているとはいえメドベーチェフ大統領は40代でオバマ氏とほぼ同じ年です。

過去の成功体験が通用しない、世界が今までにない形でつながりを深める現代21世紀において、指導者は過去の体験にとらわれない柔軟な発想でリーダーシップをとるべきだと思います。70代の人がそうしたリーダーシップをとれるとは思えないのです。経験は毒にも薬にもなります。新しい世界秩序が模索されるまさに今この時に若い大統領がアメリカに誕生したことを自分は良い兆候と捉えたいです。

自分はやみくもに年長者を排除すべきと思っているわけではありません。むしろ脇を経験豊かな年長者が固めてほしいです。若い俳優が主人公でありながら、円熟した名優が脇役を固めていい味を出す映画のようなスタイルが理想的だと自分は考えています。意思決定はチャレンジ力のある人のほうがいいということです。

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2008/11/05

地方経済の実情

自分は日経メディカルオンラインや日経コンストラクションのメルマガを読んでいます。読んでいるといっても丹念に目を通すことはできないのですが、それでも業界ならではの視点を持つことができるのでテレビを見ているだけでは分からないこの「日本」という国の、本当の実情が少し分かります。

10月22日のケンプラッツ土木の記事の一部を引用します。これを読むと地方経済が公共事業なしには立っていられない実情が透けて見えると思います。無駄な道路、無駄なダム、無駄な○○(ハコモノ)を作らなければならない実態、そうした経済構造を変えていくことの難しさ、しかし変えないと国が滅ぶという自分なりの危機感を少しでも感じていただけたら・・・と思います。


民間信用調査機関の東京商工リサーチは、2008年1月から9月までの建設業の倒産を都道府県や地区ごとに分析。10月20日に発表した。富山県や鳥取県では前年同期に比べて倍増しており、地区別では中国地区を筆頭に、すべての地区で前年同期の倒産件数を上回った。

 2008年1月から9月までの建設業の倒産件数を都道府県別で見ると、36都道府県が前年同期を上回った。増加率が最も高かったのは富山県で、前年同期に比べて117.6%増加。鳥取県も同106.6%増と倒産件数が倍増した。これらに和歌山県が84.2%増、広島県が73.4%増、石川県が60.8%増で続いた。

 全国を9地区に分けた地区別で見ると、すべての地区で建設業の倒産件数が前年同期より増加した。増加率が最も高かった地区は中国地区で、前年同期に比べて47.4%増加。40.9%増の北陸地区と23.6%増の北海道が続いた。
 倒産した企業全体の中で建設業が占める割合を都道府県別で見ると、最も高かったのは宮崎県で57.3%。これに沖縄県の51.9%と鳥取県の50.8%が続いた。これらの3県では、建設業の倒産が全体の過半数を占めている。

 さらに、建設業の倒産が全体の倒産件数の40%以上を占めていたのは14県に及び、例えば鹿児島県では47.0%を、愛媛県では46.6%を建設業の倒産が占めた。

 東京商工リサーチ情報出版本部の友田信男統括部長は、「これらの県では、建設業が基幹産業の一つ。公共投資の削減で、地元の経済は大きな打撃を受けている」と言う

ここには公共投資と書いてありますが、投資の部分は少なく多くが浪費であることは地元に住んでいる人でも感じることでしょう。その浪費産業が地域の基幹産業となっている、税金と借金が地域経済をまわしているのです。これではまずその地方がよくならない。公共事業に頼らなくても自力で考える力があれば、地域の特色を生かしたさまざまな仕事をベンチャーで起こせるはずなのです。中学・高校と(最近は小学校も)自分で考える力を育てることがまったくなく、制服を押し付けて「TPOにあわせて何を着たらいいか」などという切り口で物を考える力を奪い、さらに暗記中心の「実学」ではない、選別のための教育を延々と受けさせられるのですから、そりゃ自分で考えられなくても仕方ない。宮崎県の恥として有名になった宮崎一区選出で引退表明をしている中山氏の「戦後教育の失敗」とは何を指すのか、彼は学力をどういうものと心得ているのか、福沢諭吉の示す「愛国心」について彼はどう思っているのか・・・聞くまでもないか・・・。福沢諭吉が「学問のススメ」で示している本来の愛国心について、ぜひここのリンクからたどってもう一度読んでください。

こんなところでは仕事を作ってくれる議員と発注する公務員が一番えらいということになってしまうのも仕方ないですね。ホントは逆なんだけど・・・。そのためには逆の発想ができる人材が必要です。お金じゃなく人、本当のリーダーが足りないのだと思います。はやく気づいて!!

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2008/08/10

日本人の精神年齢

エルメスのラジオ番組のポッドキャストを聞いていました。デザイナーの山本耀司さんのインタビューだったのですが、山本さんはこう言っています。

日本人の二十歳は小学生と同じ。四十歳を過ぎてやっと成人になる

自分は確かにそうだと思いました。大人とは自分で自分の事を分かっていること、自分で判断を下せることです。下手すると四十歳でも誰かの金魚のふんのまま何も自分で考えられない、人の意見を自分の意見にしてふわふわ浮いている。パリのデザイナーたちと長い間競って切磋琢磨した山本さんには自分の母国の人達が極めて幼稚に見えるのです。なぜか?

日本人は子どものことを親の私物だと思っていて、先回りして生き抜くために必要な苦労の種を摘み取り、代わりに幼稚な自分達の世話を押し付ける。子どもたちは生き抜く力がない上に人生に疲れ切って希望も持てないのはそこに原因があると思います。安定した仕事、安定した人生を送ることで親に最後まで尽くして欲しいと思っている。これでは大人になれないし、なりたくなくなるだろうと思うのです。もちろんこれは一つの側面であって、もっと色々な原因が複合的に重なっているでしょうが。

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2008/05/03

財政赤字による子ども虐待

昨日ひっぽの集まりに出かけたときのこと。約束があって(そのつもり)自分は参加している子どもたちに向けて、自分のうつ病の話からインドへ旅立ち、今度はインドに滞在することを目指して再訪問するまでのことを子どもにもわかりやすいように原稿を書いて、お話ししました。いつもは大人向けにばーっと話してしまうのですが、子どもたちに語りかけるように話したら、自分の周りに集まってきてみんなで話を熱心に聞いて質問もしてくれました。こんな子どもたちが自分はかわいくて仕方がありません。

帰宅する道すがら、子どもたちの顔と数日前にここに書いた記事「みえてきたもの」が思い浮かんで何とも言い難い気持ちになりました。国や自治体が抱える数百兆円の借金の山は、私たちはもちろんですがあの子どもたちも担保になっているのです。ごく短期的な仕事や特定のセクター向け財政支出のために巨額の借金を重ねることは、全く事情を知らない子どもたちに対する虐待といってもいいでしょう。

この記事を読んでみてください。新福岡空港にみる財界人の駄目さ加減土地勘がないと具体的な話にはついて行けないかもしれませんが、趣旨はよくわかると思います。本論で特に大事なところを引用します。

ところが、移転推進派はそうは考えないらしい。地元の財界で構成する新福岡空港促進協議会は、新空港建設に向けて活動するという方針を決めた。しかもその候補となったのは、国などが示した三苫・新宮ゾーンである。ここから博多駅に向かうとなると、迂回したコースをたどらざるを得ない。当然、従来の福岡空港に比べれば、空港から市街地・商業地への所要時間はゆうに1時間はかかるだろう。当然、東京便などは至極不便になり、既存の福岡空港存続運動が起きるであろうとことは伊丹の例からも想像に難くない。(中略)

現状の関西国際空港と同等以上のアクセス性を実現するとすれば、陸から空港まで渡る陸橋の建設と鉄道の敷設も必要だろう。工事費は数千億円と発表しているが、関空の例(第二滑走路まで入れて総額4兆円)を見れば分かるように、すべて含めて考えれば滑走路一つでも2兆円くらいはかかると見て間違いないだろう。冬季には強風が吹き荒れる玄界灘の真ん中に造るとなれば、横風用の第二滑走路が必要、などということを後で言い出す可能性もある。なぜわざわざ余計なコストを発生させてまで、そのような不便かつ危険なところに空港を造らねばならないのか。

いや、余計なコストがかかる大工事が必要だからこそ、「なるべく遠いところに、でかい空港を造ろう」ということになるのが、我がニッポンなのだ。まさに「壮大なゼネコン国家」である。地元の経済人にとっては、工事がしたいだけなのは明らかだ。これが実現することになったら、うれしくて仕方ないだろう。(中略)

結局、そのような不便な条件を持つ場所に空港が造られるのは、「なるべく遠くに置いたほうが土木にはいい」「余分に工事ができる」からだ。必要もない海上空港などその最たるものといえよう。あたら利便性の高い場所を捨ててへき地に空港を移転したために、地域経済が縮小した例は日本にたくさんあることを移転推進派は知ったほうがいい。(中略)

嘆かわしいことに、広島空港を山の中に移転させた張本人の財界人たちは、いま元の場所である観音町に主として東京行きの便を復活させようと動き出している。無節操の極みと言うべきであろう。大工事をしたいがために、自分たちが山の中に移転させておきながら、このやり方はないだろう(もっとも移転の当時は、福山市出身の宮沢喜一氏の働きでこの場所に決まったという一面もあるのだが)。

 いま、このような話が全国至る所にある。圧巻は神戸空港と静岡空港(建設中)だ。前者は伊丹と関空の間に付け入るスキがあるはずもなく、有用性があるのは1日数便と貨物ぐらい、そして後者はスズキとヤマハの社員のための成田便くらいしか有用性がないのではないか、といわれている。(後略)

ガソリンの暫定税が復活して、たぶん今まで以上に車のユーザー、特に運送業者は重い負担を感じているでしょう。これが食料品をはじめとした物価上昇に拍車をかけるのは間違いないし、中小零細運送業者のなかにはコスト負担に耐えられずトラックの整備を怠り、先日の東名高速の事故のように走行中にタイヤが脱輪して対向車線に飛び出すようなことが頻発するのではないでしょうか?「税率を復活させなければ赤字が増える」という論理に至っては「本気か?」と叫ばずにいられません。総理の福田が暫定税率失効に際して「国民におわび」しましたが、そのとき「財政に穴が開けば将来の子どもたちに負担を先送りすることになる」と言っています。話が逆だ!

国のありかたを根本から考えるべきです。前から自分が書いていることですが、繰り返します。財政赤字は子ども虐待の最たるものだと思います。

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2008/04/11

山梨で起こっていること

自分の叔父の話をします。叔父は母の実家を継いで、勤めていた時代もありましたが今は農業一本です。桃とぶどうを作っていて、他に自宅用程度の田んぼがあります。

前に書いたようにこの地域では中部横断自動車道なるものが建設されました。これはひどい道路で東京に向いていません。長野方面に行く人がたまに使う程度で「3分に1台程度」しか利用者がいません。東京を向いていないのは満遍なく故金丸信氏の地盤である山梨3区(衆議院の小選挙区、ちなみに山梨は人口85万程度で選挙区が3つもあります。埼玉県なら人口50万で1つの選挙区です)に金をばら撒くためのようです。道路だけでは足りないのでインターチェンジも数キロごとに作りました。そしてそのインターチェンジに接続するための立派な道路をまた作りました。これが県庁所在地の甲府、そして東京に向いています。さらに高速道路の下に側道があります。埼玉県の外環自動車道の下に国道298号があるようなものです。この側道もたまにしか車は通りません。

道路は市街地や集落をよけて畑のど真ん中に作られました。このためもともと畑だったところが道路で分断されてしまいました。さらにその道路沿いに店や住宅がどんどん建っています。旧ヤオハンだったマックスバリュー東海の店の他、イオンのショッピングセンターが出来るという話も持ち上がりました。川口の金山町のような工場街がマンション地区になってトラブルが起きているように、畑の中に家が出来てしまったのでスプリンクラーによる水撒きや農薬散布も思うように出来ません。

叔父は自分の農地が道路やらショッピングセンターになっていくのに困っていました。叔父は農業を続けたいのですが、農地が農地外の用途で買収されると法外な値段がつくため周囲の人は喜んで土地を手放しました。そして家を新築して・・・その主が亡くなったりすると親族が相続をめぐって骨肉の争いをしたりしました。叔父は自分の土地がインターチェンジになる時は仕方なく売ったようですが、ショッピングセンターは30年の借地契約だったので売って別の農地を買いました。そのほかに借りた農地も使って桃やぶどうを栽培しています。これらは農協に出さず自前で直販ルートを開拓して売っています。毎年できばえを反省して来年はもっといいものをと研究しています。が、畑だったところにどんどん家が建ち農業を営む事が難しくなっています。「あと何年できるかな」が叔父の口癖になりました。

ところで、道路とは無関係の甲府盆地東部では勝沼のぶどう、一宮の桃など産地ブランド化が進み年収一千万をたたき出す農家が数多くあります。そのため若い人たちも農業を積極的に継いでいます。

これが公共工事、「必要な道路」の実態です。

同じような事は諫早湾でも起こりました。のどもと過ぎたのでみなさん忘れているかもしれませんが諫早湾の干拓問題です。もともと諫早湾の農家は、干拓して作った農地が土地が低いために高潮に襲われることがあるためにそれを防止するための小規模な堤防を作る事を望んでいました。この地域はタイラギという30センチを越える二枚貝が豊富に取れました。これが値段が良かったために漁師の人たちはずいぶんと稼いでいましたし、地域では「夕ご飯のおかずは干潟でとってくる」くらい豊かな土地だったのです。ところが干拓事業が始まって干潟も無くなりタイラギも取れなくなりました。漁師の人たちは食い扶持がなくなってやむを得ず干拓を請け負う土木業者になっていったのです。公共事業が無ければ食べられない人にさせられたのです。もともと肥沃な土砂を供給していた筑後川などには上流にダムがいくつも建設され、土砂の供給がほとんど止まっていました。そこに諫早湾干拓という最後の一撃が加えられ、宝の海はその姿を変えました。

今でもアサリを育てるための公共事業が続いています。湾内に別のところから採ってきた海砂を撒いているのです。しかし河川からは肥沃な土砂が供給されなくなっていて、流れも以前に較べて緩やかになったために海砂を撒いてもすぐその上に細かい泥がたまってしまうのだそうです。それを防ぐためにまた海砂を撒くという不毛な工事が続いていて、しかもその海砂は壱岐の島の周囲から採取しているため壱岐も漁業不振になっているのです。

ひとつ前の記事とあわせて考えると、こんな不毛な事はもう止めようと声を大にして言わざるを得ないと思います。

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農業政策の180度転換を!

日経夕刊水曜日に載る立松和平さんのコラム。この人はほんとうに現場で色々なものを見てきた人だなといつも思わされます。作家だから文章が秀逸という事以上の目の鋭さを感じます。

今週のコラムは「日本の農業への提言」というタイトルでした。以下一部を引用します。

昭和四十年代以降、日本の農村は米の生産調整に苦しんできた。米はまだまだできるのに、つくれなかった。収入を充分に得られず、村は疲弊してきたのである。減反は耕地面積の約四〇パーセントで、四〇パーセント分の収入が、手をこまねいていたのでは減るということになる。余った耕地の米からの転作、つまり他の作物をつくることに成功したところが、よい産地に育ってきたのである。

日本中を旅行していると日本人の米作に対する執念に驚かされます。山また山のさらに山奥に何代もかけて開墾してきた棚田が広がっているし、冬は(以前は)氷点下30度が当たり前だった上川盆地(旭川のある盆地)のさらに北、名寄盆地に広がる田んぼを見たときの驚きといったらないです。どちらも極限に挑んできた日本の農家の偉大な成果だと思います。しかし米があまり、減反。苦労に苦労を重ね転作がうまくいった所はまだ良かったです。土地の性質上米しか作れないところもたくさんありました。あるいは山口県の油谷半島の棚田。先祖代々継いできた棚田を泣く泣く牧草地にした人たちは、牛を田んぼに入れたらもう元には戻らないと分かっていながらそうせざるを得ませんでした。この半島はJR山陰本線の車窓から見ると実に美しいです。

日本の農業カロリーベースの自給率はとうに四〇パーセントを切り、なお下がりつづけている。世界の食糧事情も逼迫し、日本の経済力もかつてのように絶対ではない上に、資金があれば食料が買えるという時代ではなくなった。それなのに日本農業の偉大な潜在力を眠らせたままにしておいていいのだろうか。眠っているつもりが、いつのまにか死んでいたとなりかねない。 近い将来、車は石油で走るのではなく、穀物からつくられたバイオ燃料が主力となる。米はコストさえあえば、飼料にもなる。牛は藁まで食べる。農業にありったけの力をふるえるようにすべき時代がきたと、私は確信するのである。

食料自給率にも色々な説があって、ある人は「カロリーベースで見るのはナンセンス。金額ベースでは70%以上確保できている」といいます。しかしそれでも70%。先だって(4月1日号)の週刊エコノミストでは国際農林水産業研究センター研究戦略調査室長(長い肩書き!)小山修氏が驚く指摘をしています。曰く「人口一億人以上の国はみな自給率が高い。人口が多い国は海外からの穀物安定的大量調達は困難」とのこと。人口一億人以上の国というと中国、インド、ロシア、ナイジェリア、パキスタン、インドネシア、バングラディシュ、メキシコ、アメリカと日本だけ。うち7カ国の穀物自給率は90%以上、最低のメキシコでも64%。対して日本の穀物自給率は28%。これは異常なことで、国際市場における食料過剰(あくまで市場)時代(80年代)に、貿易交渉において日本が有効な反論が出来ないまま輸出国主導の国際機関に迎合してきたからだと指摘しています。

最近日本が批判の矢面に立つことも。「日本の水輸入量は看過できない」というものです。水を輸入?ミネラルウオーターの話ではありません。食料を生産するのに使われる水の量が話題になっているのです。というのもアラル海のように灌漑で水資源を使った結果その先に水が行かずに干からびてきている土地が増えているのです。水が資源のひとつとして台頭し値段が高騰しているのです。実際インドでは我々のような旅行者はミネラルウオーターを飲むのが普通です。自分が買ったミネラルウオーターの値段は大体1リットル10ルピー。1ルピー3円くらいなので30円です。しかしインドでは年収が20万ルピー(60万円弱)で、耐久消費財を買い始める中流階級との位置づけです。デリーのような都市なら水道もありますが、日本のようにどこの家にも水道が引かれている(ごく一部は井戸でしょうが、それでも安全な水である事が保証されているはず)わけではないのです。

農業を単なる世界的コスト競争にさらして良いわけが無い。それは分かっているつもりでも消費の現場では99円のアメリカ産ブロッコリーと198円の国産ブロッコリーがあって、明らかにアメリカ産のほうが売れています。先日書いたように米も価格崩壊が進んでいて、魚沼産コシヒカリでさえ採算に合わないほど安くなっているのです。自分も「米を食べるのが一番安くて合理的」と思っていても、幼少から続けているパン食が止められません。輸入小麦価格の上昇でパンの値段が跳ね上がっていてもパンを見るとつい買ってしまうのです。パン職人の息子だからしょうがないのか・・・。

農地をこのまま荒れ放題にしていいのか?あるいは道路や公共事業用地にしていいのか?インドの山の中に何百枚と作られている棚田が食べ物をはぐくむのを見て、またインドの農産物が100%国産と聞いて(実際はいくらか輸入もあるでしょうが、基本的には国産)日本は農業に対する考え方を180度変えないとダメなのではないかと考えてしまうのでした。

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2008/04/02

愛国心と自立

「愛国心」と「自立」という言葉は、国が使う時よく間違った意味で使われます。先ほどもラジオのニュースで「愛国心」を養う教育云々というのが出てきたのですが、その意味するところが全然違う!

改めて意味を定義します。過去記事丸写しですが、リンクを張るよりじかにこの場で読んで欲しいので、書き出します。2006年の記事です。

教育基本法改正案が閣議決定され国会審議になりましたが、あれに盛り込まれている「愛国心」とはいったいどんなものでしょう。

この問いかけに壱萬円札の福沢諭吉先生がこんなことを書かれています。

右三箇条に言うところは、皆、人民の独立の心なきより生ずる災害なり。今の世に生れ苟(いやしく)も愛国の意あらん者は、官私を問わず先ず自己の独立を謀り、余力あらば他人の独立を助け成すべし。父兄は子弟に独立を教え、教師は生徒に独立を勧め、士農工商共に独立して国を守らざるべからず。概してこれを言えば、人を束縛して独り心配を求むるより、人を放ちて共に苦楽を与(とも)にするに若(し)からざるなり。「学問のすすめ 三編 岩波文庫版」
つまり「愛国心」とは人々がみな知恵を持って独立すること、自分で考えることだというのです。

どうも「あれっ?」という感じではありませんか

何か違和感を感じる方は、こちらを読んでどう思いますか?

独立の気力なき者は必ず人に依頼す、人に依頼するものは必ず人を恐る、人を恐るる者は必ず人に諛(へつら)うものなり。常に人を恐れ人に諛う者は次第にこれに慣れ、その面の皮鉄の如くなりて、恥ずべきを恥じず、論ずべきを論ず、人をさえ見ればただ腰を屈するのみ。いわゆる習い性となるとはこの事にて慣れたることは容易に改め難きものなり。(中略)目上の人に逢えば一言半句の理屈を述ぶること能わず、立てといえば立ち、舞えといえば舞い、その従順なること家に飼いたる痩犬の如し。実に無気無力の鉄面皮と言うべし。昔鎖国の世に旧幕府の如き窮屈なる政(まつりごと)を行う時代なれば、人民に気力なきもその政事に差支えざるのみならず却って便利なるゆえ、故(こと)さらにこれを無知に陥れ無理に従順ならしむるをもって役人の得意となせしことなれども、今外国と交わるに至ってはこれがため大なる弊害あり。
これでしょう?「役人の得意となせしこと」を無理無理させようとしているのでしょう。福沢諭吉は、それは結局国のためにならないと明言しています。

自立して考えることは国のことを憂うだけではなくもっと身近なことに通じるはずです。県政、市町村、街づくり、自治会、PTAその他あらゆることにおいて人に下駄を預けたままのこと、多くありませんか。女性だって対等に考えるべき。某都知事は「フェミニズム」という言葉も嫌いらしいけれど、恥知らずというべきでしょう。

身近な分野で、国民がまる投げしていることがおおすぎます。これは結局為政者に都合よく使われるだけです。


これが2006年5月に書いた記事ですが、何度読んでも新しいでしょう?昨日書いた裏寺交差点の信号機の事も、自分が言いたいのはこういうことなのです。

さて、ここに「自立」という言葉も出てきます。さあ、「自立」とは。

自立というのは自分で何でもこなせる事ではありません。

正直に「できない。助けて」と言って支えてもらうと、(保育士さんは)どんどん力を発揮する。結局、自立というのは、自分ができることと、できないことを認めて、自分一人では何もできないことを自覚し、他人に「支えてほしい」とメッセージを出す。そして「ありがとう」と言う。それが自立なのだと思います。親だってそうです。(不思議なアトムの子育て P217)

つまり人と人とが支えあう事を前提として、自分でこなせる事はこなすけれどもダメな時にはSOSを出して援助してもらう事。それが自立なんです。「あれっ」と思うでしょう?「障害者自立支援法」という言葉はおかしいですね。支援してもらう事こそ自立なのですから二重に「自立」と言っているようなものでしょう?こういうおかしな言葉が通用するのは「自立」=「一人で何でもやる事、人に迷惑をかけないこと」という定義で間違って使われているからです。

人の能力はお互いのかけている部分を補い合う事で十分に発揮する事ができるものです。成果主義がまずかったのは「成果」を個人の力で成し遂げたものと考えて設計されたからでしょう。でも数字のノルマにしろ、達成するのに一人の力で成し遂げる事なんて出来ません。昔自分の勤めていた会社には「成果配分制度」というのがあって、部門の目標数値を達成すると達成度合いに応じて臨時ボーナスが支給されました。部門の責任者個人に支給されるものですが、多くの人はそれが自分の力だけで達成できたわけではない事を痛いほど分かっていたので、「成果配分」が出ると個人的に部下に分けたり、小額なら達成会をやってそこに使ったりしたものです。成果主義そのものは別に悪くないと自分は思うのですが、評価単位をチーム全体にするべきだろうと思うのです。

ただ、自分は「自立」という言葉を違う意味に定義して使っている時があります。次に引っ張り出すのは2005年、ちょうど病気を割り切った頃の記事です。


今、とてもどきどきしています。自分はまた殻を割ってしまいました。

前の記事に書きましたように共同通信社会部元記者の横川和夫さんの本(「大切な忘れ物 -自立への助走- 」)を読んでいく中で自分の中で「ぷちん」とはじけたものがあります。それは「治らなくても良いや」という割り切りの発想でした。じつはこのはじけ方が衝撃的で、自分の中でひとつはじけるとそれが誘発して他の考えもはじけていくという連鎖を生み出していて、自分は混乱状態にあるのです。こういう体験は久しぶりです。

今までの自分の過ごしかたは「病気が治る」ということを前提にしたものでした。勉強をしたりしましたが、「病気なんだからだめでもともと」と思っていました。実際社労士の勉強では終盤やっていられなくなりリタイアしました。リタイアしてもそれは規定路線の範囲内だったのです。何しろ治らなければ何も始まらないわけですから、モラトリアムの時間に少しでもスキルを高めておこうという発想でした。結構それでも自分に負荷をかけながらやってはいたのですが・・・。その中で簿記2級と初級システムアドミニストレータの資格を取ることが出来たのは成果でもありました。特に簿記は経済に関する話題を理解するのに無くてはならないツールでした。

しかし横川さんの著書を読んでいるうちに自分の中で何かががらがらと音を立てて崩れていきました。横川さんの本には、不登校の子どもを「学校に行かせなければ落ちこぼれる」という発想のもとで学校に行かせようとしていた親が、「必ずしも学校は必要でない」ということに気づかされ、変わっていくさまを追っているところがあります。「必ずしも学校は必要でない」という発想が、自分の「必ずしも治らなくても良い」という発想につながりました。自分も「義務教育の学校に行かない」なんていうことを考えたことがありませんでした。しかし横川さんの本を読んでいくと、子どもが不登校になる原因は、実は学校の環境が悪くて子どもが本能的に自己防衛をしているのだということに気付かされます。それは原因のひとつなのかもしれません。しかしとても思いがけない理由でした。自分はそのことと自分のおかれた状況とをつなげて考えていました。本当に治らなければ何も出来ないのだろうか。このまま治らなければ自分のたくわえばかりでなく、本当は頼りたくない親の金も食いつぶしモラトリアムを続けるのだろうか。確かに「復帰」というスタンスで考えたら「治る」ことは最低ラインです。しかし6年にわたる闘病生活の中で矛盾を感じつつありました。病気になる前の姿だけが自分の姿なのか?発病前は崩壊家族の中でもがき苦しみ、逃避としてワーカホリックに走っていた部分だってある。あのときの100%の力に戻ることでしか自分は存在を認められないのだろうか?

それとは別に、自分がソーシャルワーカーという援助職を目指すことは、ACの連鎖で自分をつぶしながら親の代わりに誰かのケアをすることなのではないかと思えてきました。援助職を目指すという人生の道選びだけではありません。同じくうつになっているいとこのことに介入したりすることも同じ発想。はたまた恋愛感情のなかで「相手が生き生きとすごしてくれるためなら自分をつぶすこともいとわない」と思っている自分に気がつきました。そうではないだろう・・・、ケアを必要としているのは自分だ、満たされるべきは自分だ、自分が満たされないのにどうして相手のことが尊重できるだろうか・・・。恋愛でも仕事でも何でも、自分が自分をまず大事にしなくてどうして人のことを大事に出来るのか。そう思い至った時今度は別の考えがはじけます。自分は援助しようと思って人に近づきながら本当は援助されたがっていたのではないか。自分で自分をケアすることを怠り、人にケアしてもらおうとばかり思っていたのではないか。

ついこの間まで「自分が生きることで一人でも楽に生きられるようになれば、生きる価値がある」と思っていたのですが、これではだめです。「自分で自分を活かす」ことを考えなければ・・・。

これは、実は自立の一歩です。自分は今まで人に依存してきたのです。自分で自分を支えるという当たり前のことにいまやっと踏み出すのです。「自分をつぶして人に尽くす」というのは共依存関係そのものであることにやっと気がつきました。

だからどきどきしているのです。自分で自分をケアする、生かすという未知の事をしていかなければなりません。病気というハンデもあります。正直少々びくついています。

ゆっくり慣れていくしかないのでしょう。それこそ、これに気がつかなかったらずっとモラトリアム状態を続けていたわけで、そこから少しでも違う方向に体を向けることが出来ればずいぶんと違うものが見えてくるはずです。あせらずに、少しずつ「病気とともに生きる」(にしまるせんせは病気を人格化するのはクレイジーだといいますが・・・ってわからないですよね)「自分で自分をケアする」「自尊心を持つ」ということをやっていきます。ACは自尊心が低いといわれていたけれどこういうことだったんだ・・・やっと納得です。


つまり「自立」とは自尊心を持って自分のことを大事にできるという意味でもあるのですね。

「障害者自立支援法」という言葉の中に「自尊心を持つ」というニュアンスは感じられるでしょうか?

この2つの言葉はとても大事なものなので、折りに触れて同じことを何度も書こうと思っています。

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2008/04/01

浦寺交差点に信号機

鳩ヶ谷七不思議のひとつといっても良かった浦寺交差点。路線バスが複雑に行き交うにもかかわらず事故が起きない名物交差点でしたが、道路拡幅にあわせて信号機が設置されました。

自分はこの信号機設置は悪く出ると思うのです。あの交差点は信号機がない上に見通しがきかないことから、車はすべて徐行して通らないと危なかったのです。だからこそ信号機無しでも事故が起きなかったのです。しかし信号機が設置されると、みんなが信号機に頼るようになります。当たり前のように聞こえるかもしれませんが、自分で自分の安全を確保する注意力を放棄する事になるのです。つまり赤信号になりかけのところをあえてスピードを上げて通り抜けようとする車が出てくるのです。本町方面には歩行者スペースが全くないだけにとても危険な交差点になるでしょう。

これは先だっての中国製餃子事件に通じるものがあると思います。こじ付けと思う方もいるでしょうが、自分には質的に同じことだと感じられます。つまり危険を自分の目や耳、鼻など五感で感じて判断する事を放棄して外部の判断にすべてをゆだねる事になるのです。そうやって自分の身を守る習慣を退化させて、何でも他人任せにしてきたのが今までの日本だったなあ、と強く感じます。住民自治などという言葉が実質的には死語と化していて、役所と議員におんぶにだっこにした結果、日本全国どこへ行っても借金だらけで首も回らない、それでも既得権益があるから借金を止められないこの国の今。借金漬けのはじめの一歩が浦寺の交差点のように、自己判断の放棄だった様な気がするのです。

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2008/03/30

ちっとも奇跡ではないけれど

埼玉の“奇跡”目下進行中

これは日経ビジネスweb版で、埼玉県の上田清司知事へのインタビュー記事です。埼玉県民ならぜひ一読してみてください。

ここに出てくる話は最後の読者コメントにもあるようにちっとも“奇跡”なんかではないです。金融問題に関しては話題の「新銀行東京」と較べると「ずいぶんすすんでいるな」と感じましたが、それ以外は当たり前のことです。特に「天下り」を止めれば黒字が出る県出資企業の問題など当たり前が当たり前といわれずに“奇跡”などといわれてしまうところに官業の深い闇を感じます。

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2008/03/07

産業革命以来の大変革

現代は産業革命以来の大変革の最中にあると考えられます。産業革命は物の生産力を飛躍的に高めたのですが、今ITによって人と人とのつながり方が劇的に変わってきています。自分がインドへ行く事ができたのも電子メールのおかげです。電子メールでインドのニラージュといろいろなやり取りが瞬時にできたからこその交流だったと思います。そして先日書いたグラミンフォンです。携帯電話網によって発展途上国の人々が国営の通信インフラを使わずに農村部の人たちが電話をかけあっているのです。今までじかに行って話すしかなかった人たちが行かずに電話で用件を話すことが出来るようになっている、これは実にすごい事です。そしてさらに携帯電話のデータ通信でお金のやり取りまでできるようになっているのです。

21世紀にいるということを自分は忘れていました。自分が子どもの頃、21世紀は夢のようなことが実現していると思ったものですが、子供心に予想していたこととずいぶん違う形で新時代に突入しているのだと思います。本や雑誌を読めば読むほどにすさまじい変化が起きていることを実感させられます。

もし都市と地方で格差があるとしたらそれは人材の偏在格差であり、情報格差だと思います。道路を作る事ではなく情報インフラを整備することのほうが100倍意味あることになるはずです。情報インフラの構築には皆がネットにアクセスできるように、使い方を教えたり、端末(パソコンとは限りません)を使いやすく改良したりすることも含みます。福岡の八女では、何回も書きますが農協が中心になってwing8というプロバイダをつくり、エリア農家にネットを普及させているのでみんながネットで知りたい情報を瞬時に検索できるようになっているのです。それが10年以上前のことなんです。ポータルサイト(例えばインターネットエクスプローラーを開いた時最初に表示される画面)も、八女に住んでいる限りはwing8が一番使い勝手がいいはずです。よく作りこんであると感心するポータルサイトですよ。あれを全国でやれば日本は相当変わるでしょう。そういう発想が出来る人材を地方は必死に呼び込むべきです。そうでないと国ごとドボンでしょう。ホント、変わらなければ大変ですよ。

追記:wing8のリンクをはりました。一度のぞいてみてください。すごいのがよく分かっていただけます。全国でこれができたら変わるでしょう?

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2007/10/27

平和と宗教

せっかくパソコンを置いてきたのについブログに投稿してしまうのはパソコン中毒かもしれません。

昨日自分にとってちょっとした事件がありました。それでふと宗教というものを考えたのですが、宗教程戦争をあおるものは世の中にはないように思います。え?と思いますか?宗教と言えば大体平和を唱えるものだからでしょう。しかし宗教の唱える平和は自分達の宗教の内輪の中の事であって、基本的には違いを見つけて排除する性質を持っています。とある宗教の機関紙では一面で世界平和を唱える一方、その裏面では、自分達にくみしない集団を醜い言葉で罵倒しています。カトリックの神父が、カトリックとプロテスタントの融合は可能だと言っていましたが、プロテスタント教会の牧師に言わせれば「あり得ない」話だそうです。カトリック教会のシスターが、自分の思い通りに活動しない信徒に対してイジメをしていた事も見てきているので自分は「組織とは付き合えない。個別の人を見てでしか、信用出来ない」と思うのです。

日本人は無神論が多いと言うのは錯覚で、むしろ宗教による縛りを好む民族に思えます。良くも悪くも判断基準が「世間」になるからです。不祥事を起こした組織のトップが「世間をお騒がせして申し訳ありません」と謝罪するのは典型的です。世間というものは日本人社会にしか通用しない、しかし日本人として暮らすためには侵してはならない掟です。これは不文律で時代によって多少変化する事もありますが神道の経典のようなものです。神社をまつることと、世間様に恥ずかしくない生き方をすることはセットだったのです。クリスチャンなのに世間体を気にするなんて日本人以外あり得ないでしょう。世間体を守れるかどうかは日本人として生きられるかどうかの踏み絵のようなものです。だから世間の常識から外れると日本人社会から排除されます。いわゆる村八分です。こういう排除の論理がまかり通る事こそ、世間様が宗教性を持っている事の証明なのです。

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2007/08/06

今日の旅で思ったこと

インドへ行くことを意識したうえで今日思ったことです。しなの鉄道のことを書きましたが、あそこはまだましとはいえ長野駅と東京とのスピードを縮める事は他の街の切り捨てになっていると思います。しかしそれは全体を見た時やむを得ない事なのかも知れないと思うのです。

というのも、東京をもっと高度な産業の中心にしていかないと世界的競争の中でおちこぼれるからです。インドへ行く場合、多くはタイのバンコクで乗り継ぎすることになります。バンコク空港は東アジアと南アジアや東南アジアを結ぶ飛行機が多数乗り入れるハブ空港です。これはタイが国策でそうしたのです。これによって多数の国と結びつき乗り換え客相手の商売や貨物の積み替えなどの作業のため多くの雇用を生み出す事ができます。日本でも北米と東アジアのハブ空港を作る必要性は訴えられていますが、利害関係の問題で実現していません。

タイのお隣りのマレーシアは今イスラム圏の金融の中心になることを目指して、国をあげて取り組んでいます。イスラム金融については前にもサラッと触れましたが詳しくは後述します。イギリスはロンドンを金融の中心にすることで国の経済を立て直しました。工業が国内で立ち行かなくなっていて、地方都市で失業者があふれそうになった時、金融で立て直した国の経済の余力を使って労働者の再教育や中小企業の支援をしました。これは国の経済に余裕があってこそです。日本は企業のリストラの影響で民間には力がありますが、借金過剰で国も自治体もアップアップしています。地方にお金が回っていないのは国の補助金削減というよりもむしろ、サラ金の多重債務者のように地方が借金まみれになっていて、予算の多くを借金の元金と利息の返済におわれているからです。国も多額の借金で将来が描けない状況です。これでは地方が厳しいのも「さもありなん」でしょう。

あらゆる分野で人の移動が激しくなりました。国際分業は避けて通れません。だから国の中では一極集中してしまうのは、全体を見た時不可避だと分かります。国際的に見たときの役割分担をこなすためには高度な設備が必要でそれを国内にたくさん作るのは現実的でないからです。だから中心都市へのアクセスを良くしていくことで同じサービスが地方でも享受できるようにするのだろうと思いました。異論もあるかもしれません。自分はしかし後戻り出来ない時間のうねりを感じます。農業の時代から工業の時代へ、サービス業の時代へと産業構造が変化してきました。今また変化の時です。金融とITを国の基幹産業にしなければなりません。うねりを自分のものとして捕えて行くのが大事だと思います。その為にはどうすれば良いのかそれぞれ考えなければなりません。古き泉は新しき水なのです。

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2007/06/06

増える単身世帯

税金の課税対象はもとより、最近は障害者自立支援法をはじめとした福祉サービスの支給基準も世帯収入によって格差が付けられています。自分は働けない状況なので、所得税課税対象外ですし、うつ病の治療費や薬代は1割負担で上限が2500円となっていますが、自分が食べて行ける分だけ働いて稼げる場合はもっと上限が上がります。家族の食いぶちが稼げる場合はもっと上限が上がります。下手すると公費負担の適用除外になってしまいます。それを考えると、例え結婚するようなことがあっても、自分のほうが相手より所得が低ければ籍を入れない方がいいと考えています。子どもが出来るなど民法上の問題が発生するときは考えますが、そうでなければ事実婚で十分でしょう。

今こういう家庭が増えています。世帯収入で勘定されると高額の医療費がかかったり税金が上がったり介護費用が払えないほどに上がったりします。やむを得ず世帯分けするのです。過疎地でも人口が減っているのに世帯数は増えている事が多いです。これは不幸な事態だと思います。

自由競争に委ねて世界的競争力を付けることは絶対に必要だと自分は考えていますが、いかんせん日本はセーフティネットが脆弱過ぎます。福祉の網の目が大雑把過ぎるのです。精神科病棟の7万床削減がすすまないのは、多くの人が生活保護を受けていて病院にとって安定収入が得られるという実態も影響しているのでしょう。これは介護現場でも同じです。結局質を落として儲けようという病院や施設がいくつも出来て患者への虐待も起ります。精神科病棟には人権侵害を告発する為に患者が自由に使える公衆電話と警察や保健所への電話番号案内の設置が義務付けられています。介護の現場にもこういう対策が必要と感じます。

話がずれましたが、単身世帯の増加は国の根幹を揺るがす事態にもなりかねません。そういう事をやむにやまれずやらなければならない事態は異常だと思います。

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2007/03/16

人身事故をなくそう

今日もJR線で人身事故がありました。ホームドアを付けて下さい。再来年開通する東京メトロ副都心線にはホームドアが付くそうです。丸の内線の工事も進んでいます。以前は無理だと言われたバリアフリー化工事が今や主な駅を中心にどんどん進んでいます。難しいと思われた駅でもエレベーターやエスカレーターが設置され、いまや車椅子で電車を利用する人が当たり前になってきました。自分達パニック発作を持つものの他、目の見えない人も現状では一度はホームから落ちると言われているそうです。すべての人にバリアフリーを!

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2007/03/07

考えるということ

自分が愛読しているメルマガに

「社長と幹部と社員のカン違い」から目を覚ませ!!

というのがあります。以前は日経BP社のホームページにコラムを書いていらした小山昇さんという方が、社長を務めるダスキンのフランチャイザー(株)武蔵野の社員も動員して発行されているメルマガです。うわさがうわさを呼びいまや2万人を超えるほどの読者がいます。

小山さんと言う方は実にユニークなものの見方をします。それが本質を突いているだけにいちいちうならされるのです。先日などは社員の採用面接の話を書かれていましたが、「素直な人が欲しいので、面接の時に『手を動かしてください』といって手を動かせた人は合格」だそうです。これはたとえばの話でしょうが、新人を採用する時に自分が人事担当だったとしてもやはりいい学校を出たかどうか、勉強が出来るかどうかではなく素直な人が欲しいです。素直な人は教え込めばどんどんスポンジのように知識技能を修得して間違いなく戦力になってくれるからです。自分の親方新井もまだ学生だった頃から劇団員の採用にあたって「素直」を条件としていました。自説に凝り固まっている人は、人のいうことも聞けず先々伸びないし素材としての面白みも出てこないのです。

ところで先週のメルマガでは「考える」ことがテーマとなっていました。小山さんは「考えるとは過去の体験を思い出して整理することです。体験、経験がないと考えられません。組み合わせを変えることです」と書かれています。例として「あなたの自宅の間取りを書きなさい。かけますね。次に私(小山氏)の自宅の間取りを書きなさい。かけませんね。データが無いからです。データの無いことは考えられないのです」と述べられ「データベースは経験。だからいっぱいチャレンジして失敗した経験が必要」と述べられています。

ところで、日本の教育ということを考えた時、自分の経験則から言うといまさら驚くほどデータベース作りの時間がありません。自分で調べる、納得するという手間のかかる作業をホントさせません。最初から正解を示してそれを暗記させることが教育だと勘違いしている教員が掃いて捨てるほどいます。だから小・中・高と12年も学校へ行っても何も身につきません。自分が「身についた」とはっきり感じられるのは中学校の文化祭で公害をテーマに取り上げて班毎に取材に行った時の経験と、高校の地学の授業で当時住んでいた埼玉県春日部市にある旧公団武里団地の地盤沈下の状況を有志で調査した時の経験くらいです。むしろ学校外で身についたことが多いです。例えば大学時代に大手地図メーカー「ゼンリン」のアルバイトで住宅地図改定にむけて、指示されたエリアの住居を一軒一軒回って歩いた時の経験(人口密集度が高いほど居留守を使われたりして、他人を警戒する。田舎は知らない人間の訪問でもまずは座布団とお茶が出てくる)や劇団「電気曲馬団」の製作で、演出にビー玉を使うことがあって、おもちゃ屋さんを何軒か回って「浅草橋に問屋があり、そこならいろいろなビー玉を扱っている」と言うことを教えてもらい、浅草橋へ通ってさまざまなビー玉と出会えたことなどきりがないくらいいっぱい出てきます。

この地図のバイト、ビー玉探しとも一軒一軒まわって断られたりしかとされたりと壁にぶつかりながらも乗り越えていくことで結果的に目的の情報にぶち当たる経験をしてきました。これが「やってみなければわからない」という今の自分のスタンスの大本を築いたといえるかもしれません。

受験に受かるための要領の良い勉強は、実は「考える」ためのデータベースとしてはほとんど役に立ちません。要領の悪い勉強法の方が逆説的ではありますが「考える」データベースをつくる上で有効です。つまづいて失敗して、「これじゃだめだから次」と自分で答えを見つけていく訓練がほとんどなされないのはなぜでしょうか?下手をすると大学院までこんな教え方をしています。こんな教育をしていたら国が滅びると思います。

就職しても、教えられる機会は非常に限られます。OJT(オンザジョブトレーニング=実際の仕事を通して教育する)などとうまいことを言って、実はその人の能力の10分の1も引き出せない企業・組織がおおい。「即戦力」ばかり求めて育てることを全然しないのです。なぜかアメリカ育ちの企業は教育熱心で、ディズニーランド然り、マクドナルド然り、スターバックスコーヒー然りなのです。日本企業ででまともに育ててくれそうなのはリクルートと星野リゾートくらいか?と思います。学生がそこに殺到するのもよく分かります。

自分が最近「フリースクールの教師」になりたいと思うのは、既存の学校教育の枠組みでものを教えるのが不可能だと思うからです。年末に町屋堂さんの奥さんの知人で、愛知でフリースクールをやっている方とお話しする機会があったのですが、「フリースクールは一種の英才教育だ」とおっしゃっていました。やはりフリースクールだけでは食べていけなくて他のお仕事もされているそうですが、これからの社会においてフリースクールが果たす役割は相当大きくなりそうな予感がしています。私立に行っても受験対策だけの学校なら行かせるだけお金の無駄遣いでしょう。自分で調べることを通して「考える」ためのデータベースを育てていくこと。これこそ「生きぬく力」だと自分は思います。

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2007/02/09

地方に不足するもの

それはお金の前に、仕事の前に、人でしょう。今談合の摘発が相次いで、知事の逮捕が相次いでいますが、公共事業が減らされるなかで、仕事にあぶれた関係者が証拠付で談合事件を暴露しあっていることが背景にあるようです。今後も公共工事は減る一方。何しろ自治体が借金漬で夕張のような、会社で言えば倒産状態の所がいっぱいあるからです。国は今後直接ではないものの事実上債務保証している、いわゆる第三セクターの会社まで含めた連結決算書を作らせようとしています。隠れ借金があぶり出される事は間違いなく、深刻な事態が明らかになるでしょう。そうならないと逆に問題です。建設業は過剰なのが明らか。でも雇用を創出しなければ失業者があふれることになります。

そこで必要なのは新しい発想や知識、技能を持つ「ひと」だろうと思うのです。そんなに高度ではなくて良いです。実際自分が八女の農協に勤めた時も、上司が「さすがに東京の人は違う」と言われたくらい。まだ見習いで一か月働いただけで。これは地方の人が劣っている訳ではなく学校にしろ会社内にしろ、都会の方が、教育訓練の機会が多いという事だと思います。UターンやIターンのひとが増えるべきだと思います。その為の魅力を地方自身が自分で発見してアピールする事が不可欠だと思います。

雇用の受け皿は、一次産業にあると思います。例えば、有明海の干拓に携わる長崎の土建業者には、もともと漁業で生計を立てていた人が多いそうです。ところが度を越した干拓でタイラギ貝が全く採れなくなったりして、やむなく建設業に転換したりしています。農林漁業で食べて行ける国土に戻していく、守っていくことが一番大事だと自分は感じています。

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2007/01/11

浦河も問題だらけ

ホテルにつきました。久しぶりにパソコンから記事を書きます。まあパソコンを持ち歩いていることは、雑記にコメントをいただくと即レスしていることでお分かりだと思います。が、記事をひねり出すのにはホテルで落ち着いているときより列車で移動しながらのほうが、感じたことをすぐにかけるので便利なのです。それにハードスケジュールのためホテルでは食事のとき以外ほとんど横になっているという事実もあります。それでもパソコンはメールチェックなども必要なので必需品。この浦河の町でも携帯の電波が飛ぶし、ホテルは客室までLANにはなっていなかったのですが、ロビーで無線LANを使えるようになっています。ネットや携帯は社会的なインフラとして今やなくてはならないものになりました。鹿児島の内陸に住んでいる友人は、以前ネットを使うためにADSLを早く自分の地域にも引っ張ってくれと要望したそうですが、今は携帯電話でパケット通信すれば有線のADSLなんか必要ないし、先日の日経新聞によれば、蛍光灯の光で光ファイバー以上の高速大容量通信ができる時代がすぐそこまで来ているそうです。

前振りが長くなりました。「べてるの家」を訪問した後、先ほど携帯から投稿したように東町駅からホテルまでずっと歩いて見ました。浦河赤十字病院の精神科を訪ねてみました。もちろん川村先生はいませんでしたが、アルコール依存症の人たちが東京で発行している雑誌が待合にあってさらっと読んだらとても興味深い内容だったので発行元を控えてきました。うちに帰ったら連絡をとって購読できないか相談します。またギャンブル依存症のための会があることも知りました。これも控えてきたので帰宅してから連絡先を雑記に載せます。

赤十字病院の入り口に「皆さんにご心配をおかけしましたが、北大と○○(ちょっとわすれました)から1週間交代で医師を派遣してもらうことになりました。これからも当院でお産はできます」と書いてありました。「よかったねえ」と思わずつぶやいてしまいました。ここ日高支庁のある浦河でお産もできないとなると、おそらく苫小牧まで行かなければならなかったでしょう。

赤十字病院から少し先に進んだところが町役場などのある中心街でした。ここであちこちに貼ってあるポスターを見て絶句。なんとこの日高支庁を他と統合する(やるとすれば胆振支庁でしょう。車のナンバーも室蘭ですから)計画があるらしく、「支庁の存続を」と訴えるポスターです。

明るいうちに浦河駅を見てさらにびっくり。浦河駅は支庁所在地の駅にもかかわらず列車交換設備すら撤去されてないのです。つまり浦河のずっと手前の駅で行き違いをしたあとは、様似まで行った列車がそのまま戻ってくるしかないのです。「列車」と書きましたが、道内の普通列車で2両以上つないでいるのは電化されている室蘭・小樽から札幌を経て旭川までの区間以外めったにないのです。1両のワンマンカーが当たり前。列車というより汽車ですね。浦河駅は駅員がいますが、先ほど書いたようにどうしようもないくらい暇らしく、そのうち運転拠点がある静内以外はすべて無人になるような気がします。

つまり浦河という町自体が問題だらけなのです。浦河で暮らす人々は過疎化で悩み、役場は公債(借金)と補助金削減で悩み、さらに支庁まで存続の危機なのです。精神障害者にたいしてデイケアへ行って社会復帰を目指そうという、その社会が疲弊しています。社会復帰なんていう言葉があほらしいです。

「べてるの家」は問題だらけ、それで順調というフレーズがあります。まさに「べてるの家」のメンバーは自分の生きざまと向き合いながらまじめに悩んで苦労して問題を引き起こします。それはしかし、「べてるの家」だけでなく地域で暮らす人々全体の問題なのです。むしろ「健常者」といわれる人々のほうが、自分と向き合うことなしに日々の問題を先送りしてパチンコ屋で無為に時間を過ごしたり、いろいろと現実を見ないような行動に走っているのではないでしょうか。べてるのほうがむしろ時代の先端にいる。そんな気がしてなりません。

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2006/10/26

作られた部族対立

アフリカのルワンダ(ダルフール地方)で世界最悪ともいえる部族紛争の結果多くの人が命を失い、国連が関与するのが遅れたせいではないかと批判を浴びています。ツチ族とフツ族の対立と伝えられ、アフリカの国々には多数の部族が存在するという漠然とした知識から自分たちはその中の一部の部族が国の主導権を握るために争っているという印象を受けてきたと思います。(ヒッポの体験談としてよく話題になるのがケニアの話。公用語であるスワヒリ語と英語のほかに100を超える部族語があり、ケニアで暮らす人は15くらいの言葉を話せるのは、15しか話せないことだとか) 現在日本では国境なき医師団として現地に入り活動を続けているメンバーがいるそうで、一日50円募金などで援助して欲しいという訴えが伝わっています。

ところが敬愛するニノチカさんがアフリカ旅行に出かけられて、その旅行記の一部としてこのルワンダ内戦のことを取り上げていらっしゃいました。そのお話を読んで愕然としました。ツチ族とフツ族というのは、伝統的に存在した部族ではなく、以前占領していたベルギーが容姿の差からヨーロッパ人に近いツチ族という部族とそれ以外のフツ族という部族を意図的に作り上げ、ツチ族を優遇したことからお互いの対立が生まれたのだそうです。単なる部族間対立ではなくベルギーによって作られた部族対立なのだそうです。詳しくはこちらをお読みください。

今、日本では生活保護も受けられない人たちが大勢存在し、社会問題化しています。この身近な問題に取り組むのがまず優先順位としては一番だと思いますが、こうした問題も遠くの話として流してしまうのではなく少なくとも事実関係を知っておくのは大切なことだと痛感しました。

ニノチカさんのブログにトラックバックします。

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2006/05/22

愛国心とは

硬い話題を書いたついでに、もう一本。

教育基本法改正案が閣議決定され国会審議になりましたが、あれに盛り込まれている「愛国心」とはいったいどんなものでしょう。

この問いかけに壱萬円札の福沢諭吉先生がこんなことを書かれています。

右三箇条に言うところは、皆、人民の独立の心なきより生ずる災害なり。今の世に生れ苟(いやしく)も愛国の意あらん者は、官私を問わず先ず自己の独立を謀り、余力あらば他人の独立を助け成すべし。父兄は子弟に独立を教え、教師は生徒に独立を勧め、士農工商共に独立して国を守らざるべからず。概してこれを言えば、人を束縛して独り心配を求むるより、人を放ちて共に苦楽を与(とも)にするに若(し)からざるなり。 「学問のすすめ 三編 岩波文庫版」

つまり「愛国心」とは人々がみな知恵を持って独立すること、自分で考えることだというのです。

どうも「あれっ?」という感じではありませんか

何か違和感を感じる方は、こちらを読んでどう思いますか?

独立の気力なき者は必ず人に依頼す、人に依頼するものは必ず人を恐る、人を恐るる者は必ず人に諛(へつら)うものなり。常に人を恐れ人に諛う者は次第にこれに慣れ、その面の皮鉄の如くなりて、恥ずべきを恥じず、論ずべきを論ず、人をさえ見ればただ腰を屈するのみ。いわゆる習い性となるとはこの事にて慣れたることは容易に改め難きものなり。(中略) 目上の人に逢えば一言半句の理屈を述ぶること能わず、立てといえば立ち、舞えといえば舞い、その従順なること家に飼いたる痩犬の如し。実に無気無力の鉄面皮と言うべし。昔鎖国の世に旧幕府の如き窮屈なる政(まつりごと)を行う時代なれば、人民に気力なきもその政事に差支えざるのみならず却って便利なるゆえ、故(こと)さらにこれを無知に陥れ無理に従順ならしむるをもって役人の得意となせしことなれども、今外国と交わるに至ってはこれがため大なる弊害あり。

これでしょう?「役人の得意となせしこと」を無理無理させようとしているのでしょう。福沢諭吉は、それは結局国のためにならないと明言しています。

自立して考えることは国のことを憂うだけではなくもっと身近なことに通じるはずです。県政、市町村、街づくり、自治会、PTAその他あらゆることにおいて人に下駄を預けたままのこと、多くありませんか。女性だって対等に考えるべき。某都知事は「フェミニズム」という言葉も嫌いらしいけれど、恥知らずというべきでしょう。

身近な分野で、国民がまる投げしていることがおおすぎます。これは結局為政者に都合よく使われるだけです

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2006/05/21

差別や戦争をなくすには

日経夕刊で、毎土曜日に書いているヘルベルト・プルチョウさんのコラムが秀逸です。5月6日には「共通文化としての暴力の回避」と題して、戦争が起きたり被差別民が出る理由を簡潔に書いています。マックス・ウエーバーの「国家の機能の一つは暴力を正当化すること」という解釈を引用した上で、

どの人間グループもそうだが、グループの中に、その存在を脅かすような問題が起きたら、人々の関心を外へそらす。内を維持するためには、どうしても外敵か、即座に犠牲にできるアウトサイダーが必要。そのようなものがない場合無理にでも作らねばならない。このような悲惨な政策は昔からどこにでも見られる。

とかかれています。人がグループを作る時、差別や戦争は必然的に起こるということです。ブッシュは、戦時中の大統領は支持率が高い(外敵に目が行くから)という理由でイラクを攻撃し、次なる獲物を虎視眈々と狙っているようです。

逆に言えばグループ化せず、一人ひとりが国内海外問わず相手を尊重する、違いを大事にするということは暴力や差別から身を遠ざけるために大変有効だということです。どの国もそうでしょうが日本も民族差別、部落差別、をはじめ精神病患者への差別など、アウトサイダーとなって犠牲にされてきた人々は多いです。和を重んじるのはいいのですが、そのためにいけにえを要求する社会は、結局外敵を作り出してまた戦争への道を歩む社会になると感じます。そうではなくて一人ひとりを尊重すること。国内でこれを徹底してやっていったら力になるはずです。言うは易しかもしれません。でもべてるの家しかり、ヒッポファミリークラブしかり、違いを認め合うこと、そしてそれを分かち合うことによってグルーピングしない、だからこそみんなの力を合わせられるコミュニティというのは確実に存在するのです。あとはそれをいかに広げていくかなのではないかと思います。

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2006/02/12

松栄学園高等学校

今日はねたきりで、例のごとくお湯も沸かせない、トイレに行くのも大変な状態なんですが、うつうつとはしていなくて、むしろ頭だけがハイテンションで回っています。コメントのお返事や記事の続編はかけないかもしれませんが、ゆっくりお待ちください。

「松栄高等学校」を検索すると福島県原町市(今は南相馬市になったようですが)にある高校のことばかり出てきて、自分が話題にしたい高校のことはほとんどありません。おかしいなと思ったら 松栄学園高等学校.でした。ここは桐蔭情報経理専門学校.が母体となっています。

実は東武伊勢崎線に車内広告が出ていて知ったのです。週3日制の高校で卒業も年2回出来るそうです。校舎が埼玉県春日部市、越谷市、千葉県柏市にあるそうです。広告はイラスト仕立てで、たとえば音楽をやりたくてアルバイトもしているため高校へ通えないと言う子が週3日の通学ですむところを生かして音楽練習とアルバイトと学校を両立させて将来CDデビューするとか、既存の高校のペースについていけない子がゆっくり自分のペースで高校に通ってゆくゆくは大学も受けるとか、そんなストーリーが書かれています。

これは今、望まれている高校のあり方なのではないかと思いました。ひょっとすると問い合わせが多すぎてホームページを閉鎖しているのかなと思ったりもしました。グーグル検索でも、この高校のことが知りたいとブログに書いている人が引っかかったりしました。「学園」が抜けて伝わっていたんですね。

ついにここまできたか、という感じです。北星学園余市高校みたいに寮生活をしなくてすむからいいかもしれませんが、教師にとっては生活指導など大変だろうなとも思いました。北星余市の先生は授業はもとより、生活指導でも苦労されていた様子が数々の本で詳しく語られています。しかし効果はてきめんで「ヤンキー先生」として有名になった義家 弘介先生などを輩出しています。

この松栄学園高等学校のことはよく調べてみたいと思います。

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2005/11/29

逆ピラミッドの組織論(未完)

現場主義を徹底し、顧客も満足、現場従業員も仕事の満足度があがるやり方として、自分は会社に勤めていた時から「逆ピラミッドの組織論」というのを理想に持っていました。まだこちらにアップするには言葉や概念の説明が必要で、時期尚早だと思っていたのですがみんなでつくる歯科医院.に、コメントとして少々熱くなって書いたものをomori-shさんが記事にしてくださいました。せっかくですのでちょっとお読みいただければと思います。

まだ、ファシリテートの意味とかワークショップの考え方などを説明しないといけないなと思っています。

omori-sh先生は大変ボランティアに尽くされており、その行動やお考えには大変共感しています。先生も「ヨセフを知る一族」だと考えています(これはクリスチャンという意味ではありません。詳しくは鳩ヶ谷雑記: ヨセフを知っている一族.をごらんください)。他の記事もぜひ読んでみてください。

みんなでつくる歯科医院にトラックバックします。

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2005/11/04

患者学という考え方(当事者性の回復その3)

もう2ヶ月くらい前になるでしょうか。加藤眞三先生という肝臓病の専門家で慶応大学におられる方の「患者の生き方」という著書をベースに患者学という考え方について書きたいと書いた記憶があります(調べたら8月17日でした)。1ヶ月くらいで何とかなるかなと思っていたのですが、いつまでたっても書けません。実のところ本はとっくに読破して今3回目の読み直しをしています。難しい本ではありません。平易に分かりやすく書いてある本です。自分が考え違いをしたのは、患者学のテーマで取り上げられている分野が幅広いことと、医者と無縁の健康体の人が医者と患者の関係をここまで突っ込んで考えることは普段まず無いということ、だから自分にとっても思いもよらなかった話題がたくさん出てきて消化し切れなかったという2点でした。

1回で書ききるのは到底不可能なことに気づいたのは1ヶ月くらい前でしょうか。それからノートをとりつつ他の話題にももまれながら今日まできました。とりあえずの1回目を書いてみようと思います。前振りが長くなりました。ごめんなさい。

患者学という考え方も、自分が大きなテーマとして掲げている「当事者性の回復」につながるのは漠然と分かっていました。要は医者と患者という関係の中で、今までは医者が優位にたち患者はそれに従うしかないという構図があったのです。それはテレビドラマなどでよく話題にされましたよね。しかし医者と患者が対等に話せるかといえば、知識の量が圧倒的に違うのですから医者のほうが患者に歩み寄ろうとしない限り難しいでしょう。自分のことで言えば、医学部を出て国家試験を受け、合格して研修医として病院に勤める・・・ここまでは医者の卵は専門(たとえば内科とか耳鼻科とか精神科とか)を持っていないということを知りませんでした。研修医としての年限を過ぎて初めて医師は内科の医師になったり耳鼻科の医師になったり精神科の医師になったりするんですよね。ということはどの科にも共通するベースの部分は医者と名乗る限りみんな持っているんですね。そんなことすら知らなかったんです。

患者学の手始めとして本では「かかりつけ医」を持つことの重要性が説かれます。しかし・・・

決して「著しく健康」だったわけではない自分ですが、うつになる前は風邪を引いても薬は飲まないし、ヘルペスが出ても医者にはいかない。気合と時間で治していました。いや治ってしまいました。ですから医者や薬というものからすごく縁遠いところにいたのです。かかりつけ医の重要性をいわれても、「医者に行くような病気していないし」という感じで、うわのそらでした。おそらく自分の同級生などは持病があるか、親類縁者に医者がいるかしなければ、「自分のかかりつけ医」なんていうことは考えもしないでしょう。

うつ病になって、医者とのながーいお付き合いが始まりました。今思えば、はじめにかかった先生は医者との付き合い方を「教育」してくれていたような気がします。まず日記をつけなさいといわれました。そして診察のときは日記のコピーを持ってくるように言われたのです。これは、どういうことがあってその結果どうなったのかを知ることが精神科の先生にとって重要だからで、診察室でうつのつらさをだらだらと話されても得るものが無いからだとだんだん分かってきました。今は受診前に30分くらいかけて、主治医が重要と考えるだろう点と自分が知りたい点をピンポイントで話すことができるようメモをまとめてから受診しています。だから10分足らずの診察でも自分は十分満足できます。

かんぞうのしんぞう先生(加藤先生は肝臓病が専門でありながら、お名前が「しんぞう」なのでエキブロ・メディカルで愛着を込めてこのように呼ばれていました。じぶんもそれに倣います)の本の中には「医師にかかる10か条」という項があります。これは「NPO ささえあい医療人権センター コムル」という患者団体が提唱したものに先生が医者の立場から解説を加えている部分ですが、ここではその10か条を列挙してみます。

1、伝えたいことはメモをして準備
2、対話の始まりは挨拶から
3、よりよい関係作りはあなたにも責任が
4、自覚症状と病歴はあなたの伝える大切な情報
5、これからの見通しを聞きましょう
6、その後の変化も伝える努力を
7、大事なことはメモをとって確認
8、納得できないときは何度でも質問を
9、医療にも不確実なことや限界がある
10、治療方法を決めるのはあなたです

実にこの10項目のうち1~9までは自分が最初にかかった神経科クリニックの先生が少しずつ教えてくれたものです。10番目も一昨年「入院したほうがよくならないか」という問いかけに「自分で決めなさい」といってくれたのですから、全部おそわったようなものです。この心がけは皮膚科にかかるときも消化器内科にかかるときもすべて応用が効きました。ですからこれができるということは変な話ですが「患者として一人前」になったというところでしょうか。

入り口の段階から途方もなく長い記事になってしまいました。しかし普段から医療に従事しているお医者さんと、普段は健康で医者に行くということがとても珍しい患者とでは、発想に埋めがたいギャップがあるというのが感想です。

最後にもう一言だけ。実は自分は歯医者さんだけはかかりつけがあるのです。これも特殊な事情で、勤め先のショッピングセンターのテナントに歯医者さんがはいっていまして、大変フレンドリーな方で店の行事にも積極的に参加されていたので親しみがあり、自然とそこに通うようになったのです。最初は歯磨き指導から始まって、親知らずのことも知らなかったのを教えてもらって全部抜き(最後のひとつは大学病院を紹介されました。皮膚がかぶっていたんです)、今では歯に関してまったく心配が無いのです。でも歯石というものはきちんと磨いてもたまるから半年に一回はおいでといわれています。かかりつけというのは確かにあると心強いものです。

この記事、ちょっとシリーズ化させてください。また今度。

かんぞうのしんぞう先生の記事 加藤眞三(消化器内科) 患者学;医療はどこまで患者中心になれるのか 1 - MELIT 医療情報リテラシー.にトラックバックします。

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2005/10/17

3つのどん底

今は輝かしい成果を挙げている3つの施設があります。いずれも北海道にあります。

ひとつは何度も紹介している「べてるの家」。統合失調症や親の代から続くアルコール依存症でどん底を見てきた人たちが始めた商売が、いまや年商1億。鳩ヶ谷雑記: べてるの家.

ひとつは「旭山動物園」。札幌の円山動物園に倣って作られた日本一北にある動物園ですが、当初の賑わいもじわじわ無くなり、閉園か民間譲渡というところまで追い込まれました。しかし飼育員さんたちの「動物の本当のすごさを伝えたい」という熱意が手書きの看板や見せ方の工夫のアイデアを生み、だんだん人々の心をつかみ予算もついて、ここならではの施設もできてとうとう月間の入場者数が上野動物園を抜いてしまいました。

ひとつは「北星学園余市高校」。過疎地にある私立の高校で、定員割れが続き存亡の危機を迎えました。教職員が給料から4%づつの基金を積むとともに、全国から不登校生や中退者などどん底を見てきた子どもを受け入れました。生徒一人一人に教職員が歩み寄る中で、徐々に子ども達の心に変化が起こり、やがて大学へ進学する生徒まで出るほどの成果を挙げました。進学という果実は一面に過ぎず、ここで過ごした子ども達漢字も読めず、ひらがなでの作文も思うようにかけなかった子、がんじがらめの規則や偏差値教育から脱落して、1年、2年遅れて高校をやり直した子たちがここでかけがいの無い仲間を見つけて夢を持って卒業していく、そういう果実を実らせています。

どん底を見ること。後は這い上がるしかないところまで落ちてみて、それで見えてきた自分たちの理想、夢。そういったものを形にしてきた人たちがなぜか北海道という地に3つ集まっているのです。何がかれらを導いたのでしょう。それは「あきらめないこと」だったような気がします。「がんばる」というのは一時的な力の入れ方です。でも人間がんばり続けたら筋肉疲労を起こして、がんばった状態を維持し続けることはできません。「あきらめない」は「がんばり」から見ると負け犬が牛歩の歩みで進んでいるようにうつるかもしれません。でも「あきらめない」ことを続けるのは実は「がんばる」よりもずっと大変かもしれません。粘り強さが必要なのです。究極をいえば「人間をあきらめない」ことです。生き続けることに価値を見出すやり方です。でもここにこそ生きる喜びを見出すことができるのではないでしょうか。競争から脱落したからこそ見えた本当の価値。それを大事にしながら生き続けることが成果を生み、その物語が人を涙させる。

北海道というところは人間の底知れないパワーを引き出す力があるようです。

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2005/10/12

お粗末な性教育

わさびさんの記事にトラックバックします。すてきな奥さんなれるかな: 子供を産むなら大人になろう。そんな当たり前のことを言わねばならないこの現実。.


先月のべグライテンの例会の内容が児童養護施設の慰問ボランティアの話でした。高島君の話(横浜そごうで意図的に迷子にさせられ親が引き取りに来なかった子の話。その子はとても賢くて、なぜ自分が親から見捨てられたのかを知っているようで、絶対に自分の名前も親の名前も言わないので仕方なく見つかったそごうの住所から「高島君」と呼ばれるようになった・・・)やらなにやら、かわいそうな子ども達の話ばかりでいたたまれなくなったのですが、最後の話が自分をうーんとうならせました。

講演者の友人が北欧のある国でボランティアをしているのだそうですが、彼女から「日本はまだ養護施設なんてものがあるの?」といわれたそうです。というのもその北欧(ノルウエーかフィンランド)の国では性教育が徹底しているので、望まれない妊娠というのがほぼ皆無だそうです。そして以前存在した養護施設もホーム形式(具体的にどんな感じなのかは分かりませんでしたが)で、今はそれすら必要なく里親希望者はほかの国から孤児を引き受けるといいます。

確かに。自分が大昔に読んだ思春期の子供向けの性教育の本(小説仕立て)がまだありますが(「結婚ごっこ」ベルイクヴィスト 晶文社・・・・・・ちなみに訳者あとがきで「この本の出版ひとつとってみても、おそらく、児童文学界は、ご馳走を遠巻きにしたよわいいぬのようにうろうろするだけだろうし、親や先生にも子どもに勧める勇気のある人は少ないのではないか」と書いています。それが1982年のことで、しかも本国より10年遅れての出版だったのです)セックスありきではなくお互いの体を刺激しあったり抱き合ったりということでも十分お互いの愛情は確認できるということや、初めてのセックスはうまくいかなくて当然とか、コンドームは二人で手伝ってつけたっていいこととか、徐々にうまくなればいいなどということが書いてあります。以前ご紹介したスウェーデンの中学生向け社会科教科書には「みんなが性に関するすごい話をしていて、自分だけ取り残されていると感じるのは間違い。半数以上の同級生が同じように考えているのだ」と指摘しています。「多くの人が中学生時代に初恋の経験をします。しかし約3分の2の人が関係を持つのは卒業後です。20歳過ぎまで待つ人も大勢います」とあり、統計上の初体験の年齢をパーセンテージで示しています。これらは事実を知らせた上で「あせる必要はないよ」と呼びかけているように思えます。(「あなた自身の社会」 新評論刊)

日本では学校も親も性の話はしません。あるいは上手ではありません。思春期の子ども達は雑誌やロマンス小説で性のことを想像するしかありません。しかし女性向けの本では彼がものすごく大切に抱いてくれる、そばにいてくれるイメージばかり強調され、男性向けの本ではいかにセックスするかが攻撃的に書いてあるばかりです。映画だって良心的な作品でもベットで愛撫だけで終わらせるシーンなんてないものねー。絶対に最後まで行きますよね。しかもコンドームしている時間なんかないですよね。だから性の世界観がゆがむのはある意味当然でしょう。しかも最近の芸能人のいわゆる「できちゃった婚」が拍車をかけます。しなければ恋人と認められないような感覚を持っている子ども達や若い人(と書くと自分がそうではないみたいだな・・・)がほとんどでしょうね。街中で若い恋人たちに「お互いの体を大事にするんだよ」とコンドームを配りエイズ検査を簡単にやってあげるなんていうのは六本木の赤ひげと呼ばれる赤枝医師くらいでしょうか。鳩ヶ谷雑記: こんな産婦人科医もいます.

水谷先生の本でも援助交際でエイズをうつされて、投げやりになって仕返しとばかりに援助交際を続け骨だけのようにやせ細って亡くなる10代の女の子の話があります。真剣にこの問題を考えないと虐待も減らない、若い子のエイズはじめ感染症は増える一方というどうしようもないことになりますよ。

以前も似たようなこと書きました。やはりわさびさんの記事がきっかけでした。こちらもどうぞ小5の中絶って、どうよ。

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2005/09/20

あきらめることの効用(当事者性の回復その2)

前の記事の続きみたいなんですが、相手のことをあきらめるというのがどういうことか書いてみます。

べてるの家と深く関わっている浦河赤十字病院の精神科部長、川村先生は浦河に赴任する前に札幌のアルコール中毒患者専門の病院に勤めていたそうです。そこで目からうろこの体験をしています。

アルコール中毒の患者さんと言うのは、「もう飲むのをやめる」と言うとき、本気でやめようと思っているのだそうです。でもやめられない。だから中毒なんですね。例えば旦那さんがアル中の場合、奥さんは懸命にやめさせようとします。そのうち奥さんは「自分がいないとこの人はだめになる」と思ってなおさら深く沈没して行きます。これを共依存というのです。

実は治療者も共依存みたいなことになっている場合があるんですね。川村先生は医者になって3年間、熱心に取り組んだのに一人の患者さんも断酒に持っていくことすら出来なかったそうです。ところが札幌のそのアル中専門病院に赴任したら自分はほとんど何もしないのに1年目から回復する患者さんが出たのだそうです。

なにかやり方に違いがある。これまでは失敗ばかり重ねてきたと仮定して、成功例を見たとき、失敗したことの意味が分かってきたんですね。アルコール依存症の場合は、まわりが一生懸命やればやるほど、本人は問題に気づかないようになっていく。責任や問題の後始末を誰かに委ねるというアルコール依存症特有のパターンがあって、医者として一生懸命やりすぎ、まんまとそのワナにはまってしまっていたんです。(「降りて行く生き方」横川和夫著 太郎次郎社)
その失敗を通じて川村先生はやり方を変えます。
大工の寺さん-寺澤繁さんは川村先生が札幌でアルコール依存症の専門医として活躍していた頃の患者さんだ。寺さんの話によると、その頃から川村先生は変な先生だったらしい。お酒をやめなさいなんて金輪際言わない。お酒を飲むのはあなたの自由だし、やめるのもあなたの自由だと言うのだった。寺さんはその言い種に閉口して、ぷっつりと酒を断った。
寺さんの話によると、アルコール依存症の人は誰かが自分のことを心配してくれるかぎり、お酒をやめることができないんだそうだ。寺さんの場合もそれはあなたの問題でしょ、と突きつけられてはじめてお酒をやめることができたんだという。(「とても普通の人たち」四宮鉄男著 北海道新聞社)


つまり、相手の世話を焼くのではなく相手の問題は相手の問題として返してあげることで、当事者はやっと自分の問題として受け止め自分でどうすべきか考え出すんです。

自分も終わりの頃は親に対して共依存状態でした。この馬鹿親、自分がいなかったらどうなるんだろう。一生面倒見続けなければならないのか、と思って絶望したこともあります。現在彼らは離婚調停をしてそのうえで一緒にいることを選択したので、自分としてはとてもすっきりしました。彼らは彼らのために一緒にいることを選んだので、自分のためではないことがはっきりしたからです。それでも未だに彼らは自分を心配すると言う口実で、実は逆に自分に甘えてきますけど、病気が悪くなるからやめてくれといって放置しています。

精神疾患を持つ人は医者や親から何も出来ない人として扱われます。おかしな話ですが、「責任能力が無い」と言う理由で日本の法律は精神障害があると罪を問いません。すごくおかしい。精神障害があろうと無かろうと同じ人間です。罪は償わなければなりません。同じように精神障害があろうと無かろうと本人の意向というのはあるのです。それなのに暴れる患者さんを無理やりだまして精神病院の閉鎖病棟に入れるなんて事が未だに行われているのは異常だと思います。もちろん緊急を要する場合はあるでしょうが、入れっぱなしでよだれがたれ続けるほど薬を飲ませて何が病院か。何が医者か。何が保護者か。(24日追記:これは言いすぎでした。自分は急性期の患者さんと直接接したことがありませんから反論されたらぐうの音も出ません。でも元気な統合失調症の患者さんや躁うつ病の患者さんとは交流があります)

この国では子ども達に対して全く同じことが行われています。べてるの本のひとつを書かれている横川和夫さんは、共同通信の記者として主に青少年問題を扱ってきた方でした。その横川さんはこんなことを書かれています。


かつてオランダの学校教育を知るために、メディア数社の論説・解説委員とともに、オランダの教育省や学校を見学したことがある。ちょうど日本では、厳しい校則が問題になっていたときだった。
 行くさきざきで「校則はありますか」と言う質問をくり返した。どこに行っても校長からは同じような言葉が返ってきた。
「校則はあります。それは『人間らしく行動すること』ということです」
 驚いて、「それだけですか」「人間らしく行動するとは、具体的にどんなことですか」と、私たちは矢継ぎばやに質問した。
「それは生徒が自分で考え、自分で決めることです。あまり細かい規則をつくると、生徒は自分の頭で考えなくなるので、つくりません」
 このオランダの中学校長の言葉は、日本の学校教育が、生徒の当事者性をいかに奪ってきたかをみごとに浮き彫りにしてくれていると思う。(「降りていく生き方」横川和夫著 太郎次郎社)

「朝2時おきで何でも出来る」と言う本を書かれた通訳者であり、今は環境ジャーナリストの肩書きを持つ枝廣淳子さんは著書の中で、「勉強しろと親に言われたことは無い。代わりに『あなたが持って生まれた才能を生かすも殺すもあなたしだい』と言われた」と書かれています。それで自分でいろいろ工夫しながら勉強されたそうです。

一度、相手(親、子ども、夫、妻、隣人、上司、同僚etc)をあきらめてみたらどうでしょう。嫌なところ、だめなところも丸ごとその人そのものであると認めてあげてはどうでしょう。

最後にべてるの本の中から印象的な言葉を引きたいと思います。

そして気づいたのは、私はべてると10年かかわるうちに、人を選ぶということにひどくいい加減な人間になってしまっていた、ということだったのです。  かつての私は、どうでもよい些細な事柄でまわりの人間を峻別しては、嫌ったり嫌われたりして人間関係をこじらせてしまうのが得意でした。その私が「選ぶ」と言う行為を放棄してぼんやりしてしまっていたのです。それは無意識のうちに、人生でどんな人と出会うかは、実は選べそうで選べないことだと思うようになった自分と出会うことでした。これは、なかなか愉快なことでした。(小山直さん、マルセイ協同燃料・社長  「べてるの家の「非」援助論」 医学書院)

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2005/09/03

今そこにある幸せ

選挙が公示になって、外がうるさくなってきました。新聞もいろいろな分析を載せるので、あまり影響されないように(思想的にと言う意味でなく、考えすぎで体調を悪くしないようにと言う意味で)と思っているのですが、つい他の新聞や、街中の店などにあるテレビにどうしても目が行ってしまいます。

そのなかで街の有権者の声と言うのが毎回載りますけれど、「景気を良くして欲しい」「不景気だから」というコメントをする人が必ずいて、それをメディアも必ず取り上げますけれど、統計的には今不景気では無いんですよね。景気はいいです。時々書いていますが、川口のマンションなんか飛ぶように売れているようです。地上げがさかんです。都心部も高層ビルがにょきにょき建っています。これは東京の話だけではなく、札幌でもやたらめったらマンションが建って、それが景観に影響を与えると言うことで争議になっていたりします。九州では新幹線効果でJR九州が発足以来初の黒字を確保したと言います。全国的に雇用も改善しているし、消費支出も伸びているんです。

不景気は言い訳に過ぎません。

いろいろな考え方があることを尊重する中で、じぶんの意見として一つ言わせてもらうと、共産党は本当に何をしたいのかわからないです。増税反対、大企業や金持ちや高い地位の人間から税金を分捕れということのようですけれど、それは裏を返せば大企業や金持ちや高地位に対する憧れでしょう?果たして大企業や金持ちや高い地位が共産党支持者に幸福をもたらすんでしょうか?

以前取り上げた「べてるの家」鳩ヶ谷雑記: べてるの家.の本を最近また読んでいるのです。その本を読むたびに思わせられるのですが、精神障害者あるいは精神疾患以外の不治の病にかかった人は今までのような「上を目指す」生き方が出来なくなります。「以前出来たのだから」といって頑張るのですが、そのたびに症状を悪化させたりして挫折してしまいます。生きかたの転換が必要なのです。

別に貧乏を奨励するわけではありません。ただ障害によって目も見えなくなり手の感覚も失った人が、舌で点字を読むことを覚えて本を読める幸せを味わったり、手の不自由なひとが口や足で素晴らしい絵をかいたりと言う話題、皆さんも一つや二つ見たり聞いたりしていると思います。「べてるの家」にいる人々は病気を治そうとはしません。病気とつきあう中で、幸せを見出して生きます。それは右肩上がりの何かを達成し続ける生き方ではなく「降りていく」生きかたです。地位や学歴と言った衣を脱いでいくことで無理の無い自分自身と出会い、その価値観を仲間と分かち合いながら「弱さ」をむしろ力として生きていく。これは障害者として脱落した人だからその傷の舐めあいをしているのだろうとうがった見方をする人もいるでしょうがそうではありません。人間として本質的に生きるとはどういうことかを見つめざるを得ないのです。そこから得られた発見がビデオや本になってちまたの人に紹介されているのですが、見たり読んだりした人は病気に対する理解よりも人間としての生き様に気づかされることが多いといいます。

なんでも国に政府におんぶに抱っこではなく、自立した生き方をする、そこに福祉がさりげなくサポートする。そういうあり方が今求められている気がします。国におんぶに抱っこだった地域、例えば九州の筑豊などは炭田が無くなった後、公共事業でつないでいるうちに自立することを忘れてしまいました。仕事といえば公共事業になってしまった、そういう土地は待ったなしで自立を求められるのですから本当に大変だと思います。でも、無い袖は振れません。郵政造反議員の代表である亀井、堀内、綿貫のいずれの年齢も60代以上、中には任期中に80になる人もいます。こんなひとに将来を任せられますか。

イデオロギー対立の時代は終わりました。今日ある候補が地方都市での演説で「東京対地方」の決着をつける選挙だと言っていましたがこれもおかしい。地方にお金を持ってきて新幹線や高速道路を作って豊かになったんでしょうか?主に県庁所在地の都市だけが大きくなって過疎地はさらに寂れているのではありませんか?都市と地方の問題は地方のなかの都市と過疎地の問題になっているのではありませんか?何でも東京に原因を求めるのは大企業や金持ちに原因を求めるのと同じ構図です。

足元にある幸せをもっと掘り起こしましょう。それは人とのつながりであり、分かち合いであり、支えあいです。それが壊れかかっているから「べてる」が脚光を浴びるような気がしてならないのです。幸せは今すぐそこにあって、あとは認めればいいだけのような気がしてなりません。それさえ出来れば政府なんか小さいほうがいい。大きな政府に福祉や公共事業をおんぶに抱っこされるのは、自分は早くやめたいです。

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2005/08/23

トイレを磨く

昨日書いた怒りはまだ沈静化しません。ここはぐっと自分をこらえる時期だなと思います。

ここのところ体の調子が大変良く、部屋の掃除に力が入っています。最初は掃除機をかけるだけで精一杯だったのですが、先週くらいから雑巾がけをするようになりました。狭いアパートの一室ですからやる気になればわりと簡単にできるのです。そして毎日やっていると、最初は本当に見えるスペースだけだったのが、今日はここをやろう、と言うように発展していくのです。料理もそうみたいです。自炊でいつも同じようなものしか作れなくても、毎日やっていると、「今日はこの野菜をいれてみようか」とか「味付をこんな風にしてみようか」とか思うようになり、だんだんそれがバリエーションにつながっていくのです。主治医にこんな話をしたら一緒になって喜んでくれそうです。

さて掃除で一番の難関がトイレでした。トイレはやはりかなりの抵抗感がありました。普段自分の排泄物を全部受け止めているところですから、そこに触るだけで「穢れ」るような気がするんです。でも部屋は狭いしやるところは限られている。自分は取り掛かりました。その結果不思議な感情がわくようになりました。トイレを磨いてきれいにすると満足感が違うんです。不思議と優しくなれるんです。気持ちがおとなしくなって謙虚になれるんです。はじめの時の「穢れ」に対する抵抗感なんかどこかへ行ってしまうのが本当に不思議です。

トイレを磨くことが出来るようになると、外出して、電車に空き缶が転がっていたりする時本当に自然に手が伸びて、拾ってゴミ箱へもって行くことが出来るようになります。自分のごみとか他人のごみとかそういうことは超越してしまうんですよ。

評判が悪かったので見ておられた方は少ないかもしれませんが、NHKの朝ドラで「ほんまもん」という池脇千鶴主演のドラマがありました。亡くなった父の仕事を引き継いで自分が一流の料理人になるという決意で精進料理を学ぶという筋なんですが、修業先でヒロインがまずやらされるのがトイレ磨きなんです。それも何度もやり直しさせられます。あれはトイレを磨いているようで、実は自分の心根を磨いているんだと思います。

そういえば、自分の以前勤めていた会社は創業当時、家業で小売をやっていた4人が一緒にやりましょうということで起業するんですが、その前にみんなで修行をしたそうです。それが、今でもそういう風習が残っているのか分かりませんが、京都の町家を一軒一軒訪ねて、トイレを磨かせてくださいと頼むんです。そういうことを受け入れる風土も京都にはあったようです。そうやって謙虚な気持ちをはぐくんでから小売と言うお客様相手の仕事をするわけなんですが、それを提案した人はすごかったと思います。小売はお客様だけが相手ではなく、取引先も大事にしなければ成り立ちません。常に謙虚な姿勢が求められる仕事なんです。この話は多分古い社員は知っていると思うのですが、会社が大きくなってから入った人は殆ど知らないでしょうね。一応冊子があってどこの店の従業員休憩室にも置かれているはずだったのですが、たいていなにかの折になくなってしまうようでした。そういう体質の会社になってしまった、その先と言うのは推して知るべしですよね。

最近聞いた話ですが、主婦が旦那に小用を座ってさせるうちが増えているとか。男性の小用は飛び散るんですよね。自分でトイレ掃除するようになってはじめて分かりましたが、トイレが黄ばむ原因はあれしかない。

今、うちのトイレの黄ばみを年内にすべてきれいにするのが自分のひそかな目標になっています。

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2005/07/24

語り継ぐ

これを書くと、自分が勤めていた会社がどこだかお分かりになる方もいるでしょう。自分が勤めていた会社は実は千日前デパート火災という惨事を引き起こしたことがあります。昭和47年5月13日、先日のJR事故並みの死者118人を出す大惨事でした。会社にはそのときの模様を綴った記録があり、主に幹部社員は今でもそれを1度は読んでいると思います。毎月13日と5月の13日を含む1週間は防災の日とされて、パート社員まで、ワッペンをつけたりすることでその記憶を風化させないようにと取り組んでいました。当時は、一小売業の会社が多くの被災者を出す惨事を引き起こして、会社が存続するかどうかと言うところまで行ったそうですが、その後の社員の頑張りで後に大手の一角に名を連ねることになりました。バブルが起きる前に一度経営が悪化し、同じ大手のチェーンと合併するという話もありましたが、そのときも社員が奮起し難局を乗り越えてきた経緯があります。

自分は千日前デパート火災のときまだ3歳でした。でも物心付く頃にはなんとなくそういう名前の災害があったことだけは知っていました。入社してから新入社員教育で、その惨事を出した会社が自分の入社した会社だということを知らされた時はちょっとショックでした。

後に労働組合の非専従役員になったときの研修で、惨事の模様を綴った記録を自分も読まされました。店は今だと雑居ビルに近いイメージのビルだったようです。下層の部分に店舗がありましたがすでにその日の営業を終え閉店していました。一番上の7階にはナイトクラブみたいな飲食店があったそうです。火元は店舗が閉店したあと内装工事をしていた業者の工具で、漏電が原因でした。最上階にいた人々が、煙で火事に気が付いたときにはすでに手遅れの状態でした。当時は今と違ってあらゆるビルの防災設備が不十分でした。防火シャッターもない、非難袋もない、ないない尽くしでした。多くの人が煙に巻かれ、あるいは熱さに耐えかねてビルから飛び降りた人もたくさんいました。結果的に未だに語り継がれるほどの惨事になってしまったのです。

翌年熊本で太陽デパートビル火災と言う惨事が起こりました。これも100人以上の死者を出す大惨事になりました。これらの火災を契機に商業ビルの防災設備が整えられてきた経緯があります。

関連ホームページ商業施設士.
耐熱盤認定の背景と根拠.
【トステム鈴木シャッター】シャッターの歴史.

ほかに工具メーカーが、工具の漏電防止技術を開発したりしています。

最近では1990年3月の長崎屋尼崎店火災、先日のドンキホーテ浦和花月店と放火(それも寝具売り場)により従業員が亡くなる火災が続きます。神戸新聞Web News NEWS&ニュース

自分の勤めていた店では年に二回棚卸の日に地元の消防署を招いての防災訓練が行われていました。ただちょっと気がかりだったのは、いつもパート社員がお客様で社員が誘導係という役割での訓練でした。棚卸の時はほぼ全員が出勤している体制ですが、普段はローテーションで休みを取っていますからパートさんの力を借りなければお客様の誘導は難しいと思っていました。ですから、定期的に役割を入れ替えることも必要なのでは?と感じていました。また、どの時点で社員が退避すべきかもいつも考えさせられることでした。本当にお客様が全員逃げられたかの確認と自分の避難はぎりぎりの判断が必要でした。ドンキホーテの火災では、従業員が非難した後、逃げ遅れた客の探索の為3人が再度売り場に入って亡くなっています。あのきもちは自分には痛いほど良く分かりました。

幹部社員だけでなく多くの従業員があの千日前デパート火災の記録を読むべきだと思いました。そうやって語り継いでいかないと、再び同じ過ちを繰り返すことになりかねません。

JR西日本は過ちを2回繰り返してしまいました。信楽高原鉄道内でのJR臨時列車の衝突事故以降、事故の記憶はどこかで語り継がれていたでしょうか?語り継ぐことがおろそかになっていたために、先日の脱線転覆事故が起きた側面は無いのでしょうか。


実は語り継ぐことの大切さを感じたのは、6月23日の沖縄戦終戦の日のNHKラジオ「土曜ジャーナル」の特集でした。沖縄にひめゆり記念館(ひめゆりの塔)というのがあることは多くの方がご存知だと思います。ここでは当時をしる語り部の方がおられて、展示だけでなくじかに体験を聞くことが出来るのです。しかし戦後まもなく60年という時間を重ね、語り部の方の高齢化は進むばかりです。記念館では語り部の方の話をビデオに収録したりしていました。しかし館長の本村つるさんはそれだけでは不十分だと考えていました。やはりビデオからの語りかけと生身の人間の語りではインパクトに大きな差がある。

本村さんは沖縄の大学で沖縄戦をテーマに勉強していた仲田明子さんに目をつけました。彼女に語り部役を引き継いでもらおうと思ったのです。仲田さんは記念館の一員に加わりました。しかしどうやって彼女に語り継いでもらうかと言うことで本村さんは考えました。仲田さんにはすぐに館内に出てもらうことはせず、長い時間をかけて語り部の人たちと共に過ごすことで、うわべの事実だけではない出来事の悲惨さを伝えようとしていました。しかし本当に伝わるのかと自分に問いかける日々が続きます。仲田さんも戸惑っていました。

そんな折、ポーランドのアウシュビッツ記念館で30代の日本人の語り部が入るという話を耳にして、本村さんはポーランドに飛びました。彼と話すことで本村さんは仲田さんにも語り継いでもらえるという手ごたえを感じました。

本村さんは、戸惑っていた仲田さんに、語り部の人たちにどんなことを教えてほしいかと言うことを改めて尋ねてみました。仲田さんの答えは意外でした。仲田さんは体験のことではなく、どうして語り部の人たちがつらい記憶を手繰り寄せて話すことをはじめたのかということを質問したのです。

そこから仲田さんは戦時中のことだけでなく語り部の方の生きざまそのものを吸収しようと、いっそう語り部の人たちとともにする時間を大切にし始めました。そして今までの生きざままで知ることで、やっと自分自身が語り部を引き継ぐことが出来るという自信を得ることが出来るようになったといいます。

私たちは失ってはならない過去の記憶を沢山持っています。戦争体験、惨事や地震の体験、あるいは民間伝承や民話など。それを語り継いでいくことはとても大事です。しかし、コミュニケーションが以前より希薄な現代、語り継ぐという行為はそうそう簡単なことではありません。語り継ぐべき事柄のうらに語り部の生きざまがあり、そこも含めて理解していかないと本当に語り継いだことにはならないのでは、と思います。

語り継ぐことの難しさに、しかし私たちは取り組んでいかなければなりません。

#書き始めから1ヶ月もたってしまいました。若干記憶のあいまいになった部分もありますが、ご意見、ご指摘お待ちしています。

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2005/06/02

子どもに見せたい?

今日は、あまり調子が良くないので(主治医に言われて気づいたのですが、本当に動けないくらい調子悪い時と、ストレスを感じる事柄にだけ自分をコントロールできない日と、いけいけでなんでもチャレンジし、ストレスにも耐えられる日とあります。今日は2つめ)簡単に。

おとといでしたか、こどもに見せたい番組の1位にNHKの「プロジェクトX」が選ばれたと聞いて仰天しました。あれは高度成長期のノスタルジーを体現するための番組で、だからこそ人気があるのだと思っていたのですが、「子どもに見せたい番組」となると話は別です。

あの番組は、最初の1~2年は自分も良く見ていましたが、今はちょっと嫌悪感すら感じます。何でもかんでも美談にしてしまうのだもの。黒四ダムの建設は確かに難工事で、完成後は水力発電にも観光振興にも大きく寄与しましたが、今あのダムはそこにたまったヘドロをどう処理するかと言う大問題を抱えています。試験的に排砂したところ黒部川の澄んだ流れがみるみる茶色になり、そのヘドロは富山湾まで注いで、流域や河口付近の漁業に打撃を与えました。流域のきれいなよどみにも泥がたまって無残な姿になったのです。

そういう裏の部分に触れずに表の部分だけを取り上げ、しかも何でもかんでも美談にしてしまう。水戸黄門じゃないんだから、妙に人気があろうとねた切れと言うことで早く打ち切りにして欲しいです。何でこんな番組を子どもに見せたがるのか?ちょっと思考が単純すぎやしませんか?

#この記事は5月21日に書きかけて、お蔵入りにしようかと思っていた記事ですが、公開してしまいます。

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2005/05/31

出生率また1.29

夕刊には載っていないのですが、今のNHKジャーナルでさらっとこのニュースが流されました。「年金の給付水準などに影響を与えることは必至」との内容でした。要はそのための出生率かい?

子どもを取り巻く様々な環境を総合的に考えれば、下がって当たり前と思わざるを得ません。夜回り先生の話、CAPシステムの話、先日取り上げた教育の問題、社会秩序が今までとは根底から違ってきていること(希望格差社会の話)小児科運営にまつわる問題、・・・・・・・これらみんな何の解決もされていないです。ごく一部の人が「大変だ」といって走り回っている。

子どもを年金のねたにするのはやめてください。年金ねたにするならちゃんと年金について教えるべきです。先日書いたようにこの国は、若年者に年金のことを隠し続けてきました。

右肩下がりの、ちょうど良い国のあり方を考えるべきではないか?と思います。

#6月1日追記@nifty:NEWS@nifty:04年の出生率は1・29(共同通信).

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2005/04/29

子守唄

かなり心の傷は治りつつありますが、まだ不安定で今日はめずらしく、うちに備蓄してあった日本酒やら泡盛やらを飲みながら夜の時間を過ごしています。火曜日から水曜日にかけては夜も昼も分からないくらいのぐちゃぐちゃなかんじでした。

少し心を落ち着けて考えるに、自分は小さい時から埼玉に住んでいて(最初は三郷でした)、いつも足はバスと電車でした。会社に入ってまる4年たったころ車を買いますが、それ以外はすべて電車とバスが足代わりでした。

電車やバスを使いこなすには、発達した地理感覚が必要なんだと思います。自分は今どの位置を移動しているかわからないと乗り物酔いします。ですから観光バスでどこだか分からないところを走る時や、船に乗るときはよく酔っていました。同じバスでもバスの形は関係なく、路線バスで停留所が案内されるものでは酔ったことはありません。船に乗るときは必ず船室ではなく外に出て、かすかに見える陸の形から「今この辺かな」と想像できるうちは酔わないのです。

そんな自分は、恥ずかしながら列車の音が子守唄でした。風呂に入ると唄が出るお父さんは沢山いますが、風呂場でつい列車の音をまねしてみたくなるのはほんっとうに恥ずかしい自分の癖です。

夜行列車に乗ったときなど、かたこん、かたこんとれっしゃが気持ちいいリズムを刻みながら進んでいくのは安心感がありました。自分の中で列車と安心はひとつの物といってもいいくらいでした。

しかし山陽新幹線でコンクリート片が落下するようになってから、気持ちの中に少し割り切れない感じが残り始めました。当時のJR西日本の南谷社長(現会長:引責辞任予定)は「緊急点検を」と言う声に一切こたえませんでした。乗り上げたら列車が大破するような落下物があったにもかかわらずです。「新幹線は国の重要なインフラであるからとめることは一切出来ない」。南谷氏のこの回答が自分の中で列車と安心という事柄に割り切れない何かを残していました。

その後尼崎のJR東海道線で、人身事故の処置に当たっていた尼崎の救急隊を特急列車が轢き殺すという事故がおきました。どういうミスが重なってこんな痛ましい事故がおきたのか、その検証はマスコミによってきちんとされないままでした。しかしこのとき自分の中では列車と安全を同一の物として捕らえられなくなっていました。特にJR西日本です。どういうわけか関東に住む自分たちの耳にもJR西日本の事故のニュースは度々飛び込みました。異常な多さ。衝突事故で橋の上から落下した車にJRの快速が突っ込むとか、JRの責任とはいえないような偶発的事故もありましたけど、それにしても多いなと思っていました。

月曜日の事故。電車の大破した様子は20分ほど叔母の家のテレビで見ただけでした。しかしその衝撃は自分の心の中に同じ勢いを持って伝わりました。「やっぱり起きた。」その晩から列車の「かたん、かたん」と言う音が子守唄でなくなりました。

マスコミが社長をつるし上げる会見の場面をほんの少しだけ見てしまいました。尼崎の救急隊員轢死事故や山陽新幹線のコンクリート片落下の時にこのくらいやってくれれば今回の事故は起きなかったかもしれない。何で今になってつるし上げる?今になって徹底究明(実はしていないが)の番組をやる?もっと早くやれよ。自分の子守唄が安全と一体であった頃に戻して欲しい。

月曜日の段階でこれだけのことを文章にするだけの気力が、自分にはありませんでした。それでわさびさんのブログを雨宿りに使わせていただきました。勝手なわがままを許してくださったわさびさんに心より感謝を申し上げます。

今日の夕方5時くらいに口から「かたん、かたたん」と言う声が漏れ出しました。はっとしました。それから随分すっきりしてきました。食事が食べられるようになりました。それまでは押し込む感じだったのですが。人と冷静に会話できるようになりました。コーヒーを飲めるようになりました。ココログを書けるようになりました。

まだ、かなり不安定感があるので、明日、土曜日ですが開いているはずの病院へ行きます。ご心配をおかけしました。

#今回引用はないのですが、関連性と言う意味でわさびさんのブログにトラックバックします。

#5月7日追記:事故に対する考え方とマスコミの報道姿勢に対して共感するところがあり、Tompeiさんの葉桜日記: JR脱線事故に思うこと(その2).にトラックバックします。

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2005/03/15

生きることを望まれない子どもたち

ショッキングなタイトルでものを書きます。願わくはこういうことがなければ良いのですが・・・。

虐待としつけ|ACで死別シングルママの鬱・PD克服記
を読んで、最近読んだ「希望格差社会」の本の内容が頭に浮かびました。

家族の二極化が進んでいると言う話の中の一節です。この本は現代の経済の形が1998年ごろから変わってきたと述べ、その結果として高い給料で正社員として囲われ企画・経営などに携わる労働者と単純作業に派遣や請負、パート・アルバイトのような取替えの効く人材として携わる労働者の二極化が進んでいると指摘します。その結果家族というものが(極論すると)高収入を得られる者同士が結婚し、あるいは経済基盤の不安定な者同士が結婚するというパターンに分かれつつあると述べています。その結果急速に増えているのが、20代前半までにできちゃっった婚で結婚した夫婦で、この割合が増えるのと児童虐待相談処理件数の増えるのが時期を同じくすると言うのです。

20代前半までの年齢層は、生活基盤が整わないにもかかわらずレジャーへの関心が高いことを述べています。そうなると子どもは生活を脅かす存在であるばかりでなく、子どもそのものが生活を送るときの邪魔者になる傾向があるということです。極端な例だと信じたいところですが、中高生が親に虐待を受けているといって自ら児童養護施設に駆け込むなどと言うことすらおきているそうです。

自分のような人間は、確かに親のせいでAC(アダルトチルドレン)になりましたが、虐待されたわけではないです。親が未熟な為に過剰な負荷をかけられたり、ペットに対するようなゆがんだ愛情を注がれたりして心がゆがんでしまったわけです。

ところが虐待を受ける子どもたちは、しつけと言う名目で虐待されているというより積極的な虐待を対外的にしつけと言う言葉でくるもうとしている親に育てられていると言う感じがします。「夜回り先生」のなかのエピソードに「背中のない子ども」というのがあります。なんとタバコの吸殻を背中に焼印のようにいくつもいくつも押し付けられ、その傷跡のせいでプールに入れない子どもの話です。中学までは、プールのあるときは学校をサボればよかったけれど高校になって、プールに入らないと単位が取れなくて留年してしまうという子にたいして「夜回り(水谷)先生」が策を講じて救ってあげるという話です。こんな積極的な虐待をうけても子どもは親をかばおうとするのですね。CAPプログラムを日本の学校でも本格的に取り入れるべきなのでは、と痛感します。(CAPプログラムについては今月中にコメントすることを目標にしています)

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2005/03/11

みんなが必要な専門家の知識

今週は比較的調子よく、火曜日以外は毎日勉強の時間をとることが出来ています。ご承知のように自分は社会保険労務士の資格を取るつもりでいます。ただその資格は脇役で、本当は病院のワーカーになる資格を取ってその道で働きたいと思っていることは何度か書いています。

自分が社会保険労務士の講座を受けている専門学校は、他にもいろいろな資格のための講座を提供しています。この学校の講座で自分はすでに簿記2級とシステム・アドミニストレータの資格を取りました。そうした資格と出会うたびにいつも思うことがあります。少なくても商業や営業職につく人間は、簿記が分からなければ自分の仕事の成果をつかむことは難しいと思います。システム・アドミニストレータの資格のうち特にセキュリティに関するものは、こうしてパソコンを触る人間なら一通り知っておくべき知識だと思います。そして今、社会保険労務士の勉強内容のうち体系的なことは日本と言う国で暮らすにあたり、知らないと損する内容ばかりだと思います。

これらの知識がそれぞれの資格保持者の頭の中だけにしまわれているのは、なんとももったいないと言うか意味がないというか・・・。

もっとも一人の人間の頭に詰め込める知識も限界があるでしょうから、専門家にゆだねるべきはゆだねて良いと思うのです。しかし例えば国民年金の今年度改正事項(が試験に出されやすいと言われて細かく追っていますが)は、先だっての年金改革論議の中で、国会議員も制度を知らずに保険料が未納だったと言うお粗末なはなしをベースに、主に専業主婦だった人の届け忘れや、年金受給権を得る為に必要な25年の保険料支払い要件に届かない人などの救済措置がたくさん講じられているのです。そもそも制度のほんの概略だけでも一般常識になっていれば、こんな事態にはならなかったでしょう。

現在ライブドアとフジテレビによるニッポン放送株争奪戦が繰り広げられていますが、これにまつわるニュースを理解しようと思ったら株式に関するかなり専門的な知識が必要です。自分も分からないことが多いです。こんなことがニュースのトップで扱われてもちんぷんかんぷんな人のほうが多いでしょう。日経ならまだしも一般紙や通常のニュースで大きく取り上げるようなことなのかなと思います。ニュースが理解できるようになっても日常生活にはあまり役に立たないでしょう。

その一方みんなが知っておくべき専門家の知識(例えば32条にまつわる議論も含め、障害者福祉全般を改めようとしている厚生労働省のグランドデザイン案のこととか・・・もちろん年金や医療保険のこととか)が、あまり報道されないままいつの間にか変わってしまったりするわけですよね。知らぬ間に制度変更されてしまったそのことによって、大きく生活に影響が出てくることもあるわけです。主としてフリーターを対象とした国民年金保険料の支払猶予制度があるなんて、今日講義を聞くまで知りませんでした。対象者も知らないのではないでしょうか。主客転倒です。なぜ積極的に教えてくれないのだろう。

自分は親の借金で苦労したり、病気で苦労したりした分だけ利口になりました。東京近郊に暮らしていると、それでも図書館や本屋も充実していて、がんばって調べれば分かることも結構多いですが、地方ではムリです。明らかに。

どうにかならないものだろうかと頭をひねるばかりです。

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2004/12/04

こんな産婦人科医もいます

最近は耳にしなくなりましたかね。ベネッセの育児系雑誌が「たまごクラブ」(妊娠中)「ひよこクラブ」(出産後)と言う名前で、発売日はラジオでも「今日はたま・ひよの日」といって宣伝していたのですが。(今はそのさきの「こっこクラブ」もある)

こちら鳩ヶ谷雑記でも複数のお母さんやお母さんの卵が読んでくれている可能性があるので、充実したサイトをご紹介します。
すくすくネット -こどもを心豊かに育てるためのインターネット放送
ここに出ているDr.Nさんはひょんなことから知り合った若手の産婦人科医です。「歌って踊れる産婦人科医」と言うキャッチフレーズどおり、ミュージカルにも挑戦されたりいます。ゆくゆくはお母さんたちの精神的なケアまでできるといいなといいうことで、マタニティブルーとか、産後うつのことまでカバーされていくのかなと思って期待しています。
サイトでは読者の質問に答えてくれるコーナーやお子さんの年齢別掲示板など、その他書ききれないほどのお役立ちコーナーがあります。ぜひ一度ご覧ください。

ついでにもうひとつ
赤枝六本木診療所
をご紹介します。この方は「六本木の赤ひげ」と異名がついている先生で主に若い男女の性感染症や望まない妊娠といったことを少しでも減らそうと六本木や横浜のクラブやライブハウスへ出張してエイズ検査を無料でしたり、六本木のハンバーガーショップで相談を受け付けたりしています。ラジオ番組も持っていて、文化放送の月曜1時半から2時まで(以前はInter FMでしたが2月からこちらになっているようです。)リスナーの相談に応じています。
性感染症もそうですが、いわゆる不妊治療についても「男性の側も知識を持って女性の体を守るべき」といい、パートナー2人そろっての受診を勧めたりしています。自分はこの方の事をFM放送時代に知りましたが週刊誌でもとりあげられるなど、また財団を設立し研究助成をするなど、本当に多方面での活躍をなさっています。興味をもたれた方は一度ご覧になってください。

そう、不妊治療に関してパートナーが2人で受診することを勧めるのは、男性の側に原因があることもあるからです。当然といえば当然なのですが、雅子さまの例を見てもそうだったように、どうも世間一般では女性に原因を求めがちです。この際だから書いてしまいますが、自分は以前「不妊の原因になりそうだ」という下腹部の手術を受けたことがあります。血管が少し伸びているために、精子に体温が伝わり熱で殺してしまう可能性があるということでした。

これは泌尿器科でかかりましたが、精神神経科にも行って泌尿器科にも行ってどちらでも入院していれば、もう病院に恥ずかしくて怖い受診科なんかあるもんですか(笑)

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