オピニオン

2008/11/06

オバマ氏勝利

アメリカ大統領選挙はバラク・オバマ氏が勝利しました。一般的には初の黒人大統領ということに焦点が集まっていますが、自分は別の点からオバマ氏の勝利は好ましいと考えます。彼はまだ47歳なんです。対抗馬のマケイン氏が72歳であることを考えるとすごい事に思えます。ロシアでもプーチン氏が後ろで糸を引いているとはいえメドベーチェフ大統領は40代でオバマ氏とほぼ同じ年です。

過去の成功体験が通用しない、世界が今までにない形でつながりを深める現代21世紀において、指導者は過去の体験にとらわれない柔軟な発想でリーダーシップをとるべきだと思います。70代の人がそうしたリーダーシップをとれるとは思えないのです。経験は毒にも薬にもなります。新しい世界秩序が模索されるまさに今この時に若い大統領がアメリカに誕生したことを自分は良い兆候と捉えたいです。

自分はやみくもに年長者を排除すべきと思っているわけではありません。むしろ脇を経験豊かな年長者が固めてほしいです。若い俳優が主人公でありながら、円熟した名優が脇役を固めていい味を出す映画のようなスタイルが理想的だと自分は考えています。意思決定はチャレンジ力のある人のほうがいいということです。

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2008/11/05

地方経済の実情

自分は日経メディカルオンラインや日経コンストラクションのメルマガを読んでいます。読んでいるといっても丹念に目を通すことはできないのですが、それでも業界ならではの視点を持つことができるのでテレビを見ているだけでは分からないこの「日本」という国の、本当の実情が少し分かります。

10月22日のケンプラッツ土木の記事の一部を引用します。これを読むと地方経済が公共事業なしには立っていられない実情が透けて見えると思います。無駄な道路、無駄なダム、無駄な○○(ハコモノ)を作らなければならない実態、そうした経済構造を変えていくことの難しさ、しかし変えないと国が滅ぶという自分なりの危機感を少しでも感じていただけたら・・・と思います。


民間信用調査機関の東京商工リサーチは、2008年1月から9月までの建設業の倒産を都道府県や地区ごとに分析。10月20日に発表した。富山県や鳥取県では前年同期に比べて倍増しており、地区別では中国地区を筆頭に、すべての地区で前年同期の倒産件数を上回った。

 2008年1月から9月までの建設業の倒産件数を都道府県別で見ると、36都道府県が前年同期を上回った。増加率が最も高かったのは富山県で、前年同期に比べて117.6%増加。鳥取県も同106.6%増と倒産件数が倍増した。これらに和歌山県が84.2%増、広島県が73.4%増、石川県が60.8%増で続いた。

 全国を9地区に分けた地区別で見ると、すべての地区で建設業の倒産件数が前年同期より増加した。増加率が最も高かった地区は中国地区で、前年同期に比べて47.4%増加。40.9%増の北陸地区と23.6%増の北海道が続いた。
 倒産した企業全体の中で建設業が占める割合を都道府県別で見ると、最も高かったのは宮崎県で57.3%。これに沖縄県の51.9%と鳥取県の50.8%が続いた。これらの3県では、建設業の倒産が全体の過半数を占めている。

 さらに、建設業の倒産が全体の倒産件数の40%以上を占めていたのは14県に及び、例えば鹿児島県では47.0%を、愛媛県では46.6%を建設業の倒産が占めた。

 東京商工リサーチ情報出版本部の友田信男統括部長は、「これらの県では、建設業が基幹産業の一つ。公共投資の削減で、地元の経済は大きな打撃を受けている」と言う

ここには公共投資と書いてありますが、投資の部分は少なく多くが浪費であることは地元に住んでいる人でも感じることでしょう。その浪費産業が地域の基幹産業となっている、税金と借金が地域経済をまわしているのです。これではまずその地方がよくならない。公共事業に頼らなくても自力で考える力があれば、地域の特色を生かしたさまざまな仕事をベンチャーで起こせるはずなのです。中学・高校と(最近は小学校も)自分で考える力を育てることがまったくなく、制服を押し付けて「TPOにあわせて何を着たらいいか」などという切り口で物を考える力を奪い、さらに暗記中心の「実学」ではない、選別のための教育を延々と受けさせられるのですから、そりゃ自分で考えられなくても仕方ない。宮崎県の恥として有名になった宮崎一区選出で引退表明をしている中山氏の「戦後教育の失敗」とは何を指すのか、彼は学力をどういうものと心得ているのか、福沢諭吉の示す「愛国心」について彼はどう思っているのか・・・聞くまでもないか・・・。福沢諭吉が「学問のススメ」で示している本来の愛国心について、ぜひここのリンクからたどってもう一度読んでください。

こんなところでは仕事を作ってくれる議員と発注する公務員が一番えらいということになってしまうのも仕方ないですね。ホントは逆なんだけど・・・。そのためには逆の発想ができる人材が必要です。お金じゃなく人、本当のリーダーが足りないのだと思います。はやく気づいて!!

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2008/08/10

日本人の精神年齢

エルメスのラジオ番組のポッドキャストを聞いていました。デザイナーの山本耀司さんのインタビューだったのですが、山本さんはこう言っています。

日本人の二十歳は小学生と同じ。四十歳を過ぎてやっと成人になる

自分は確かにそうだと思いました。大人とは自分で自分の事を分かっていること、自分で判断を下せることです。下手すると四十歳でも誰かの金魚のふんのまま何も自分で考えられない、人の意見を自分の意見にしてふわふわ浮いている。パリのデザイナーたちと長い間競って切磋琢磨した山本さんには自分の母国の人達が極めて幼稚に見えるのです。なぜか?

日本人は子どものことを親の私物だと思っていて、先回りして生き抜くために必要な苦労の種を摘み取り、代わりに幼稚な自分達の世話を押し付ける。子どもたちは生き抜く力がない上に人生に疲れ切って希望も持てないのはそこに原因があると思います。安定した仕事、安定した人生を送ることで親に最後まで尽くして欲しいと思っている。これでは大人になれないし、なりたくなくなるだろうと思うのです。もちろんこれは一つの側面であって、もっと色々な原因が複合的に重なっているでしょうが。

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2008/05/03

財政赤字による子ども虐待

昨日ひっぽの集まりに出かけたときのこと。約束があって(そのつもり)自分は参加している子どもたちに向けて、自分のうつ病の話からインドへ旅立ち、今度はインドに滞在することを目指して再訪問するまでのことを子どもにもわかりやすいように原稿を書いて、お話ししました。いつもは大人向けにばーっと話してしまうのですが、子どもたちに語りかけるように話したら、自分の周りに集まってきてみんなで話を熱心に聞いて質問もしてくれました。こんな子どもたちが自分はかわいくて仕方がありません。

帰宅する道すがら、子どもたちの顔と数日前にここに書いた記事「みえてきたもの」が思い浮かんで何とも言い難い気持ちになりました。国や自治体が抱える数百兆円の借金の山は、私たちはもちろんですがあの子どもたちも担保になっているのです。ごく短期的な仕事や特定のセクター向け財政支出のために巨額の借金を重ねることは、全く事情を知らない子どもたちに対する虐待といってもいいでしょう。

この記事を読んでみてください。新福岡空港にみる財界人の駄目さ加減土地勘がないと具体的な話にはついて行けないかもしれませんが、趣旨はよくわかると思います。本論で特に大事なところを引用します。

ところが、移転推進派はそうは考えないらしい。地元の財界で構成する新福岡空港促進協議会は、新空港建設に向けて活動するという方針を決めた。しかもその候補となったのは、国などが示した三苫・新宮ゾーンである。ここから博多駅に向かうとなると、迂回したコースをたどらざるを得ない。当然、従来の福岡空港に比べれば、空港から市街地・商業地への所要時間はゆうに1時間はかかるだろう。当然、東京便などは至極不便になり、既存の福岡空港存続運動が起きるであろうとことは伊丹の例からも想像に難くない。(中略)

現状の関西国際空港と同等以上のアクセス性を実現するとすれば、陸から空港まで渡る陸橋の建設と鉄道の敷設も必要だろう。工事費は数千億円と発表しているが、関空の例(第二滑走路まで入れて総額4兆円)を見れば分かるように、すべて含めて考えれば滑走路一つでも2兆円くらいはかかると見て間違いないだろう。冬季には強風が吹き荒れる玄界灘の真ん中に造るとなれば、横風用の第二滑走路が必要、などということを後で言い出す可能性もある。なぜわざわざ余計なコストを発生させてまで、そのような不便かつ危険なところに空港を造らねばならないのか。

いや、余計なコストがかかる大工事が必要だからこそ、「なるべく遠いところに、でかい空港を造ろう」ということになるのが、我がニッポンなのだ。まさに「壮大なゼネコン国家」である。地元の経済人にとっては、工事がしたいだけなのは明らかだ。これが実現することになったら、うれしくて仕方ないだろう。(中略)

結局、そのような不便な条件を持つ場所に空港が造られるのは、「なるべく遠くに置いたほうが土木にはいい」「余分に工事ができる」からだ。必要もない海上空港などその最たるものといえよう。あたら利便性の高い場所を捨ててへき地に空港を移転したために、地域経済が縮小した例は日本にたくさんあることを移転推進派は知ったほうがいい。(中略)

嘆かわしいことに、広島空港を山の中に移転させた張本人の財界人たちは、いま元の場所である観音町に主として東京行きの便を復活させようと動き出している。無節操の極みと言うべきであろう。大工事をしたいがために、自分たちが山の中に移転させておきながら、このやり方はないだろう(もっとも移転の当時は、福山市出身の宮沢喜一氏の働きでこの場所に決まったという一面もあるのだが)。

 いま、このような話が全国至る所にある。圧巻は神戸空港と静岡空港(建設中)だ。前者は伊丹と関空の間に付け入るスキがあるはずもなく、有用性があるのは1日数便と貨物ぐらい、そして後者はスズキとヤマハの社員のための成田便くらいしか有用性がないのではないか、といわれている。(後略)

ガソリンの暫定税が復活して、たぶん今まで以上に車のユーザー、特に運送業者は重い負担を感じているでしょう。これが食料品をはじめとした物価上昇に拍車をかけるのは間違いないし、中小零細運送業者のなかにはコスト負担に耐えられずトラックの整備を怠り、先日の東名高速の事故のように走行中にタイヤが脱輪して対向車線に飛び出すようなことが頻発するのではないでしょうか?「税率を復活させなければ赤字が増える」という論理に至っては「本気か?」と叫ばずにいられません。総理の福田が暫定税率失効に際して「国民におわび」しましたが、そのとき「財政に穴が開けば将来の子どもたちに負担を先送りすることになる」と言っています。話が逆だ!

国のありかたを根本から考えるべきです。前から自分が書いていることですが、繰り返します。財政赤字は子ども虐待の最たるものだと思います。

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2008/04/11

山梨で起こっていること

自分の叔父の話をします。叔父は母の実家を継いで、勤めていた時代もありましたが今は農業一本です。桃とぶどうを作っていて、他に自宅用程度の田んぼがあります。

前に書いたようにこの地域では中部横断自動車道なるものが建設されました。これはひどい道路で東京に向いていません。長野方面に行く人がたまに使う程度で「3分に1台程度」しか利用者がいません。東京を向いていないのは満遍なく故金丸信氏の地盤である山梨3区(衆議院の小選挙区、ちなみに山梨は人口85万程度で選挙区が3つもあります。埼玉県なら人口50万で1つの選挙区です)に金をばら撒くためのようです。道路だけでは足りないのでインターチェンジも数キロごとに作りました。そしてそのインターチェンジに接続するための立派な道路をまた作りました。これが県庁所在地の甲府、そして東京に向いています。さらに高速道路の下に側道があります。埼玉県の外環自動車道の下に国道298号があるようなものです。この側道もたまにしか車は通りません。

道路は市街地や集落をよけて畑のど真ん中に作られました。このためもともと畑だったところが道路で分断されてしまいました。さらにその道路沿いに店や住宅がどんどん建っています。旧ヤオハンだったマックスバリュー東海の店の他、イオンのショッピングセンターが出来るという話も持ち上がりました。川口の金山町のような工場街がマンション地区になってトラブルが起きているように、畑の中に家が出来てしまったのでスプリンクラーによる水撒きや農薬散布も思うように出来ません。

叔父は自分の農地が道路やらショッピングセンターになっていくのに困っていました。叔父は農業を続けたいのですが、農地が農地外の用途で買収されると法外な値段がつくため周囲の人は喜んで土地を手放しました。そして家を新築して・・・その主が亡くなったりすると親族が相続をめぐって骨肉の争いをしたりしました。叔父は自分の土地がインターチェンジになる時は仕方なく売ったようですが、ショッピングセンターは30年の借地契約だったので売って別の農地を買いました。そのほかに借りた農地も使って桃やぶどうを栽培しています。これらは農協に出さず自前で直販ルートを開拓して売っています。毎年できばえを反省して来年はもっといいものをと研究しています。が、畑だったところにどんどん家が建ち農業を営む事が難しくなっています。「あと何年できるかな」が叔父の口癖になりました。

ところで、道路とは無関係の甲府盆地東部では勝沼のぶどう、一宮の桃など産地ブランド化が進み年収一千万をたたき出す農家が数多くあります。そのため若い人たちも農業を積極的に継いでいます。

これが公共工事、「必要な道路」の実態です。

同じような事は諫早湾でも起こりました。のどもと過ぎたのでみなさん忘れているかもしれませんが諫早湾の干拓問題です。もともと諫早湾の農家は、干拓して作った農地が土地が低いために高潮に襲われることがあるためにそれを防止するための小規模な堤防を作る事を望んでいました。この地域はタイラギという30センチを越える二枚貝が豊富に取れました。これが値段が良かったために漁師の人たちはずいぶんと稼いでいましたし、地域では「夕ご飯のおかずは干潟でとってくる」くらい豊かな土地だったのです。ところが干拓事業が始まって干潟も無くなりタイラギも取れなくなりました。漁師の人たちは食い扶持がなくなってやむを得ず干拓を請け負う土木業者になっていったのです。公共事業が無ければ食べられない人にさせられたのです。もともと肥沃な土砂を供給していた筑後川などには上流にダムがいくつも建設され、土砂の供給がほとんど止まっていました。そこに諫早湾干拓という最後の一撃が加えられ、宝の海はその姿を変えました。

今でもアサリを育てるための公共事業が続いています。湾内に別のところから採ってきた海砂を撒いているのです。しかし河川からは肥沃な土砂が供給されなくなっていて、流れも以前に較べて緩やかになったために海砂を撒いてもすぐその上に細かい泥がたまってしまうのだそうです。それを防ぐためにまた海砂を撒くという不毛な工事が続いていて、しかもその海砂は壱岐の島の周囲から採取しているため壱岐も漁業不振になっているのです。

ひとつ前の記事とあわせて考えると、こんな不毛な事はもう止めようと声を大にして言わざるを得ないと思います。

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農業政策の180度転換を!

日経夕刊水曜日に載る立松和平さんのコラム。この人はほんとうに現場で色々なものを見てきた人だなといつも思わされます。作家だから文章が秀逸という事以上の目の鋭さを感じます。

今週のコラムは「日本の農業への提言」というタイトルでした。以下一部を引用します。

昭和四十年代以降、日本の農村は米の生産調整に苦しんできた。米はまだまだできるのに、つくれなかった。収入を充分に得られず、村は疲弊してきたのである。減反は耕地面積の約四〇パーセントで、四〇パーセント分の収入が、手をこまねいていたのでは減るということになる。余った耕地の米からの転作、つまり他の作物をつくることに成功したところが、よい産地に育ってきたのである。

日本中を旅行していると日本人の米作に対する執念に驚かされます。山また山のさらに山奥に何代もかけて開墾してきた棚田が広がっているし、冬は(以前は)氷点下30度が当たり前だった上川盆地(旭川のある盆地)のさらに北、名寄盆地に広がる田んぼを見たときの驚きといったらないです。どちらも極限に挑んできた日本の農家の偉大な成果だと思います。しかし米があまり、減反。苦労に苦労を重ね転作がうまくいった所はまだ良かったです。土地の性質上米しか作れないところもたくさんありました。あるいは山口県の油谷半島の棚田。先祖代々継いできた棚田を泣く泣く牧草地にした人たちは、牛を田んぼに入れたらもう元には戻らないと分かっていながらそうせざるを得ませんでした。この半島はJR山陰本線の車窓から見ると実に美しいです。

日本の農業カロリーベースの自給率はとうに四〇パーセントを切り、なお下がりつづけている。世界の食糧事情も逼迫し、日本の経済力もかつてのように絶対ではない上に、資金があれば食料が買えるという時代ではなくなった。それなのに日本農業の偉大な潜在力を眠らせたままにしておいていいのだろうか。眠っているつもりが、いつのまにか死んでいたとなりかねない。 近い将来、車は石油で走るのではなく、穀物からつくられたバイオ燃料が主力となる。米はコストさえあえば、飼料にもなる。牛は藁まで食べる。農業にありったけの力をふるえるようにすべき時代がきたと、私は確信するのである。

食料自給率にも色々な説があって、ある人は「カロリーベースで見るのはナンセンス。金額ベースでは70%以上確保できている」といいます。しかしそれでも70%。先だって(4月1日号)の週刊エコノミストでは国際農林水産業研究センター研究戦略調査室長(長い肩書き!)小山修氏が驚く指摘をしています。曰く「人口一億人以上の国はみな自給率が高い。人口が多い国は海外からの穀物安定的大量調達は困難」とのこと。人口一億人以上の国というと中国、インド、ロシア、ナイジェリア、パキスタン、インドネシア、バングラディシュ、メキシコ、アメリカと日本だけ。うち7カ国の穀物自給率は90%以上、最低のメキシコでも64%。対して日本の穀物自給率は28%。これは異常なことで、国際市場における食料過剰(あくまで市場)時代(80年代)に、貿易交渉において日本が有効な反論が出来ないまま輸出国主導の国際機関に迎合してきたからだと指摘しています。

最近日本が批判の矢面に立つことも。「日本の水輸入量は看過できない」というものです。水を輸入?ミネラルウオーターの話ではありません。食料を生産するのに使われる水の量が話題になっているのです。というのもアラル海のように灌漑で水資源を使った結果その先に水が行かずに干からびてきている土地が増えているのです。水が資源のひとつとして台頭し値段が高騰しているのです。実際インドでは我々のような旅行者はミネラルウオーターを飲むのが普通です。自分が買ったミネラルウオーターの値段は大体1リットル10ルピー。1ルピー3円くらいなので30円です。しかしインドでは年収が20万ルピー(60万円弱)で、耐久消費財を買い始める中流階級との位置づけです。デリーのような都市なら水道もありますが、日本のようにどこの家にも水道が引かれている(ごく一部は井戸でしょうが、それでも安全な水である事が保証されているはず)わけではないのです。

農業を単なる世界的コスト競争にさらして良いわけが無い。それは分かっているつもりでも消費の現場では99円のアメリカ産ブロッコリーと198円の国産ブロッコリーがあって、明らかにアメリカ産のほうが売れています。先日書いたように米も価格崩壊が進んでいて、魚沼産コシヒカリでさえ採算に合わないほど安くなっているのです。自分も「米を食べるのが一番安くて合理的」と思っていても、幼少から続けているパン食が止められません。輸入小麦価格の上昇でパンの値段が跳ね上がっていてもパンを見るとつい買ってしまうのです。パン職人の息子だからしょうがないのか・・・。

農地をこのまま荒れ放題にしていいのか?あるいは道路や公共事業用地にしていいのか?インドの山の中に何百枚と作られている棚田が食べ物をはぐくむのを見て、またインドの農産物が100%国産と聞いて(実際はいくらか輸入もあるでしょうが、基本的には国産)日本は農業に対する考え方を180度変えないとダメなのではないかと考えてしまうのでした。

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2008/04/02

愛国心と自立

「愛国心」と「自立」という言葉は、国が使う時よく間違った意味で使われます。先ほどもラジオのニュースで「愛国心」を養う教育云々というのが出てきたのですが、その意味するところが全然違う!

改めて意味を定義します。過去記事丸写しですが、リンクを張るよりじかにこの場で読んで欲しいので、書き出します。2006年の記事です。

教育基本法改正案が閣議決定され国会審議になりましたが、あれに盛り込まれている「愛国心」とはいったいどんなものでしょう。

この問いかけに壱萬円札の福沢諭吉先生がこんなことを書かれています。

右三箇条に言うところは、皆、人民の独立の心なきより生ずる災害なり。今の世に生れ苟(いやしく)も愛国の意あらん者は、官私を問わず先ず自己の独立を謀り、余力あらば他人の独立を助け成すべし。父兄は子弟に独立を教え、教師は生徒に独立を勧め、士農工商共に独立して国を守らざるべからず。概してこれを言えば、人を束縛して独り心配を求むるより、人を放ちて共に苦楽を与(とも)にするに若(し)からざるなり。「学問のすすめ 三編 岩波文庫版」
つまり「愛国心」とは人々がみな知恵を持って独立すること、自分で考えることだというのです。

どうも「あれっ?」という感じではありませんか

何か違和感を感じる方は、こちらを読んでどう思いますか?

独立の気力なき者は必ず人に依頼す、人に依頼するものは必ず人を恐る、人を恐るる者は必ず人に諛(へつら)うものなり。常に人を恐れ人に諛う者は次第にこれに慣れ、その面の皮鉄の如くなりて、恥ずべきを恥じず、論ずべきを論ず、人をさえ見ればただ腰を屈するのみ。いわゆる習い性となるとはこの事にて慣れたることは容易に改め難きものなり。(中略)目上の人に逢えば一言半句の理屈を述ぶること能わず、立てといえば立ち、舞えといえば舞い、その従順なること家に飼いたる痩犬の如し。実に無気無力の鉄面皮と言うべし。昔鎖国の世に旧幕府の如き窮屈なる政(まつりごと)を行う時代なれば、人民に気力なきもその政事に差支えざるのみならず却って便利なるゆえ、故(こと)さらにこれを無知に陥れ無理に従順ならしむるをもって役人の得意となせしことなれども、今外国と交わるに至ってはこれがため大なる弊害あり。
これでしょう?「役人の得意となせしこと」を無理無理させようとしているのでしょう。福沢諭吉は、それは結局国のためにならないと明言しています。

自立して考えることは国のことを憂うだけではなくもっと身近なことに通じるはずです。県政、市町村、街づくり、自治会、PTAその他あらゆることにおいて人に下駄を預けたままのこと、多くありませんか。女性だって対等に考えるべき。某都知事は「フェミニズム」という言葉も嫌いらしいけれど、恥知らずというべきでしょう。

身近な分野で、国民がまる投げしていることがおおすぎます。これは結局為政者に都合よく使われるだけです。


これが2006年5月に書いた記事ですが、何度読んでも新しいでしょう?昨日書いた裏寺交差点の信号機の事も、自分が言いたいのはこういうことなのです。

さて、ここに「自立」という言葉も出てきます。さあ、「自立」とは。

自立というのは自分で何でもこなせる事ではありません。

正直に「できない。助けて」と言って支えてもらうと、(保育士さんは)どんどん力を発揮する。結局、自立というのは、自分ができることと、できないことを認めて、自分一人では何もできないことを自覚し、他人に「支えてほしい」とメッセージを出す。そして「ありがとう」と言う。それが自立なのだと思います。親だってそうです。(不思議なアトムの子育て P217)

つまり人と人とが支えあう事を前提として、自分でこなせる事はこなすけれどもダメな時にはSOSを出して援助してもらう事。それが自立なんです。「あれっ」と思うでしょう?「障害者自立支援法」という言葉はおかしいですね。支援してもらう事こそ自立なのですから二重に「自立」と言っているようなものでしょう?こういうおかしな言葉が通用するのは「自立」=「一人で何でもやる事、人に迷惑をかけないこと」という定義で間違って使われているからです。

人の能力はお互いのかけている部分を補い合う事で十分に発揮する事ができるものです。成果主義がまずかったのは「成果」を個人の力で成し遂げたものと考えて設計されたからでしょう。でも数字のノルマにしろ、達成するのに一人の力で成し遂げる事なんて出来ません。昔自分の勤めていた会社には「成果配分制度」というのがあって、部門の目標数値を達成すると達成度合いに応じて臨時ボーナスが支給されました。部門の責任者個人に支給されるものですが、多くの人はそれが自分の力だけで達成できたわけではない事を痛いほど分かっていたので、「成果配分」が出ると個人的に部下に分けたり、小額なら達成会をやってそこに使ったりしたものです。成果主義そのものは別に悪くないと自分は思うのですが、評価単位をチーム全体にするべきだろうと思うのです。

ただ、自分は「自立」という言葉を違う意味に定義して使っている時があります。次に引っ張り出すのは2005年、ちょうど病気を割り切った頃の記事です。


今、とてもどきどきしています。自分はまた殻を割ってしまいました。

前の記事に書きましたように共同通信社会部元記者の横川和夫さんの本(「大切な忘れ物 -自立への助走- 」)を読んでいく中で自分の中で「ぷちん」とはじけたものがあります。それは「治らなくても良いや」という割り切りの発想でした。じつはこのはじけ方が衝撃的で、自分の中でひとつはじけるとそれが誘発して他の考えもはじけていくという連鎖を生み出していて、自分は混乱状態にあるのです。こういう体験は久しぶりです。

今までの自分の過ごしかたは「病気が治る」ということを前提にしたものでした。勉強をしたりしましたが、「病気なんだからだめでもともと」と思っていました。実際社労士の勉強では終盤やっていられなくなりリタイアしました。リタイアしてもそれは規定路線の範囲内だったのです。何しろ治らなければ何も始まらないわけですから、モラトリアムの時間に少しでもスキルを高めておこうという発想でした。結構それでも自分に負荷をかけながらやってはいたのですが・・・。その中で簿記2級と初級システムアドミニストレータの資格を取ることが出来たのは成果でもありました。特に簿記は経済に関する話題を理解するのに無くてはならないツールでした。

しかし横川さんの著書を読んでいるうちに自分の中で何かががらがらと音を立てて崩れていきました。横川さんの本には、不登校の子どもを「学校に行かせなければ落ちこぼれる」という発想のもとで学校に行かせようとしていた親が、「必ずしも学校は必要でない」ということに気づかされ、変わっていくさまを追っているところがあります。「必ずしも学校は必要でない」という発想が、自分の「必ずしも治らなくても良い」という発想につながりました。自分も「義務教育の学校に行かない」なんていうことを考えたことがありませんでした。しかし横川さんの本を読んでいくと、子どもが不登校になる原因は、実は学校の環境が悪くて子どもが本能的に自己防衛をしているのだということに気付かされます。それは原因のひとつなのかもしれません。しかしとても思いがけない理由でした。自分はそのことと自分のおかれた状況とをつなげて考えていました。本当に治らなければ何も出来ないのだろうか。このまま治らなければ自分のたくわえばかりでなく、本当は頼りたくない親の金も食いつぶしモラトリアムを続けるのだろうか。確かに「復帰」というスタンスで考えたら「治る」ことは最低ラインです。しかし6年にわたる闘病生活の中で矛盾を感じつつありました。病気になる前の姿だけが自分の姿なのか?発病前は崩壊家族の中でもがき苦しみ、逃避としてワーカホリックに走っていた部分だってある。あのときの100%の力に戻ることでしか自分は存在を認められないのだろうか?

それとは別に、自分がソーシャルワーカーという援助職を目指すことは、ACの連鎖で自分をつぶしながら親の代わりに誰かのケアをすることなのではないかと思えてきました。援助職を目指すという人生の道選びだけではありません。同じくうつになっているいとこのことに介入したりすることも同じ発想。はたまた恋愛感情のなかで「相手が生き生きとすごしてくれるためなら自分をつぶすこともいとわない」と思っている自分に気がつきました。そうではないだろう・・・、ケアを必要としているのは自分だ、満たされるべきは自分だ、自分が満たされないのにどうして相手のことが尊重できるだろうか・・・。恋愛でも仕事でも何でも、自分が自分をまず大事にしなくてどうして人のことを大事に出来るのか。そう思い至った時今度は別の考えがはじけます。自分は援助しようと思って人に近づきながら本当は援助されたがっていたのではないか。自分で自分をケアすることを怠り、人にケアしてもらおうとばかり思っていたのではないか。

ついこの間まで「自分が生きることで一人でも楽に生きられるようになれば、生きる価値がある」と思っていたのですが、これではだめです。「自分で自分を活かす」ことを考えなければ・・・。

これは、実は自立の一歩です。自分は今まで人に依存してきたのです。自分で自分を支えるという当たり前のことにいまやっと踏み出すのです。「自分をつぶして人に尽くす」というのは共依存関係そのものであることにやっと気がつきました。

だからどきどきしているのです。自分で自分をケアする、生かすという未知の事をしていかなければなりません。病気というハンデもあります。正直少々びくついています。

ゆっくり慣れていくしかないのでしょう。それこそ、これに気がつかなかったらずっとモラトリアム状態を続けていたわけで、そこから少しでも違う方向に体を向けることが出来ればずいぶんと違うものが見えてくるはずです。あせらずに、少しずつ「病気とともに生きる」(にしまるせんせは病気を人格化するのはクレイジーだといいますが・・・ってわからないですよね)「自分で自分をケアする」「自尊心を持つ」ということをやっていきます。ACは自尊心が低いといわれていたけれどこういうことだったんだ・・・やっと納得です。


つまり「自立」とは自尊心を持って自分のことを大事にできるという意味でもあるのですね。

「障害者自立支援法」という言葉の中に「自尊心を持つ」というニュアンスは感じられるでしょうか?

この2つの言葉はとても大事なものなので、折りに触れて同じことを何度も書こうと思っています。

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2008/04/01

浦寺交差点に信号機

鳩ヶ谷七不思議のひとつといっても良かった浦寺交差点。路線バスが複雑に行き交うにもかかわらず事故が起きない名物交差点でしたが、道路拡幅にあわせて信号機が設置されました。

自分はこの信号機設置は悪く出ると思うのです。あの交差点は信号機がない上に見通しがきかないことから、車はすべて徐行して通らないと危なかったのです。だからこそ信号機無しでも事故が起きなかったのです。しかし信号機が設置されると、みんなが信号機に頼るようになります。当たり前のように聞こえるかもしれませんが、自分で自分の安全を確保する注意力を放棄する事になるのです。つまり赤信号になりかけのところをあえてスピードを上げて通り抜けようとする車が出てくるのです。本町方面には歩行者スペースが全くないだけにとても危険な交差点になるでしょう。

これは先だっての中国製餃子事件に通じるものがあると思います。こじ付けと思う方もいるでしょうが、自分には質的に同じことだと感じられます。つまり危険を自分の目や耳、鼻など五感で感じて判断する事を放棄して外部の判断にすべてをゆだねる事になるのです。そうやって自分の身を守る習慣を退化させて、何でも他人任せにしてきたのが今までの日本だったなあ、と強く感じます。住民自治などという言葉が実質的には死語と化していて、役所と議員におんぶにだっこにした結果、日本全国どこへ行っても借金だらけで首も回らない、それでも既得権益があるから借金を止められないこの国の今。借金漬けのはじめの一歩が浦寺の交差点のように、自己判断の放棄だった様な気がするのです。

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2008/03/30

ちっとも奇跡ではないけれど

埼玉の“奇跡”目下進行中

これは日経ビジネスweb版で、埼玉県の上田清司知事へのインタビュー記事です。埼玉県民ならぜひ一読してみてください。

ここに出てくる話は最後の読者コメントにもあるようにちっとも“奇跡”なんかではないです。金融問題に関しては話題の「新銀行東京」と較べると「ずいぶんすすんでいるな」と感じましたが、それ以外は当たり前のことです。特に「天下り」を止めれば黒字が出る県出資企業の問題など当たり前が当たり前といわれずに“奇跡”などといわれてしまうところに官業の深い闇を感じます。

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2008/03/07

産業革命以来の大変革

現代は産業革命以来の大変革の最中にあると考えられます。産業革命は物の生産力を飛躍的に高めたのですが、今ITによって人と人とのつながり方が劇的に変わってきています。自分がインドへ行く事ができたのも電子メールのおかげです。電子メールでインドのニラージュといろいろなやり取りが瞬時にできたからこその交流だったと思います。そして先日書いたグラミンフォンです。携帯電話網によって発展途上国の人々が国営の通信インフラを使わずに農村部の人たちが電話をかけあっているのです。今までじかに行って話すしかなかった人たちが行かずに電話で用件を話すことが出来るようになっている、これは実にすごい事です。そしてさらに携帯電話のデータ通信でお金のやり取りまでできるようになっているのです。

21世紀にいるということを自分は忘れていました。自分が子どもの頃、21世紀は夢のようなことが実現していると思ったものですが、子供心に予想していたこととずいぶん違う形で新時代に突入しているのだと思います。本や雑誌を読めば読むほどにすさまじい変化が起きていることを実感させられます。

もし都市と地方で格差があるとしたらそれは人材の偏在格差であり、情報格差だと思います。道路を作る事ではなく情報インフラを整備することのほうが100倍意味あることになるはずです。情報インフラの構築には皆がネットにアクセスできるように、使い方を教えたり、端末(パソコンとは限りません)を使いやすく改良したりすることも含みます。福岡の八女では、何回も書きますが農協が中心になってwing8というプロバイダをつくり、エリア農家にネットを普及させているのでみんながネットで知りたい情報を瞬時に検索できるようになっているのです。それが10年以上前のことなんです。ポータルサイト(例えばインターネットエクスプローラーを開いた時最初に表示される画面)も、八女に住んでいる限りはwing8が一番使い勝手がいいはずです。よく作りこんであると感心するポータルサイトですよ。あれを全国でやれば日本は相当変わるでしょう。そういう発想が出来る人材を地方は必死に呼び込むべきです。そうでないと国ごとドボンでしょう。ホント、変わらなければ大変ですよ。

追記:wing8のリンクをはりました。一度のぞいてみてください。すごいのがよく分かっていただけます。全国でこれができたら変わるでしょう?

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