精神福祉・精神障害

2016/07/02

アルコール専門

活動的になっているのはヒッポの活動ばかりではなく、このところとても多くの方と出会っています。その中で身内にアルコールの問題を抱えている方が3人もいます。自分にぶっちゃけで打ち明けてくださった方で3人ですから、世の中には相当の方がこの問題で悩んでおられるのではないでしょうか。

この3人の方の身内に共通するのが久里浜病院に入院したり一時的に通院されたりしていることです。久里浜病院は正式には「国立病院機構久里浜医療センター」といいます。ここは「精神科」とはあえて分けられた「アルコール科」というのがあって専門的な治療をしているのです。アルコール問題を抱えている方は一度ホームページなどで調べてみたり問い合わせてみたりするとよいと思います。

他にも最近多いネット依存治療部門やいわゆるギャンブル依存(病的ギャンブリング)治療部門、思春期・青年期精神科外来なんていうのもあります。他院通院でこの病院のデイケアに通うなんて言うことも場合によっては可能みたい。自分が今の病院に通うきっかけだったのも主治医が大学病院でありながらそこにデイケアがなかったためデイケアだけ使わせてもらえたからなのですが、主治医と利用するデイケアの病院が違うというケースは実はあまり認められないんですよね。

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2013/06/30

統合失調症講座

きょうの「やさしく学べる統合失調症の話」(川口市保健センター主催)はとても分かりやすく良かったです。具体的な症例を交えた話だったので当事者の人はちょっときついかなとも思いましたが、その辺り配慮もありました。講師は北区の西ヶ原病院の院長先生でしたが、とても親しみやすい感じで、質問にも気持ちをこめて丁寧に答えてくださっていました。こういう先生だったらついていけそうな気がします。

うつ病と統合失調症の関係についても言及があったので少し書いておきます。以前だったら「うつ病」と「統合失調症」は全く別の病気と考えられていて、今でも診療報酬の計算上は分かれているけれども、最新の考え方では統合失調症の初期症状や陰性症状として「ゆううつ気分」や「やる気がしない」といったうつ病の典型症状もあるので、厳密な線引きはできないのだそうです。虹の色が明確に7色に区分できないのと同様、グラデーションのあるなかのいくつかのピークのことをさして「うつ病」とい言ったり「統合失調症」と言ったりするというはなしでした。確かに自分の場合、視覚聴覚の過敏状態に対しては抗精神病薬(統合失調症の薬)が処方されました。あの時はショックを感じましたが、ドーパミンが過剰に分泌されるとそういう状態になるみたいで、被害妄想や幻聴などもそれが原因だそうですからそういう処方もありなのでしょう。

一般にどのような文化的背景の集団の中でも100人に1人程度は統合失調症の患者はいると言われてきましたが、最近は軽症化して、ひとつのプロジェクトメンバーの中に1〜2人いてもおかしくないくらいの割合で患者がいるそうです。

西ヶ原病院では副作用が少なくこれからでる薬も出せる場合があるそうです。これは自分は「治験をやっている」と言う意味に解釈しました。川口周辺ではあまりやっていないそうなので、もし困っている方がおられたら、南北線で王子から一駅ですから、この病院にかかるのも考えていいのではと思いました。

あと患者さんへの周囲の対応と言う点では、認知症やひきこもりなどと共通する点もあって奥が深いという印象をもちました。

久しぶりに病気に関してこんなに書きました。

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2012/09/30

うつ病講演会

きょうは午後から川口市の「みんなで学ぶうつ病」〜回復へのヒントを得るために〜と題した講演会が西川口駅近くの並木公民館であったので聞きに行ってきました。たまたま先日書いた浦和の病院の先生が講師で、うつ病の基本知識からそちらの病院で行っているリワークプログラムの概要に至るまで2時間、中身の濃い講演会でした。あまりにも情報が多く、頭が疲れて帰宅後2時間くらい横になってしまいました。情報過敏は収まってきても、頭の情報処理能力はまだ落ちているのかもしれません。

リワークプログラムは長期(といっても半年とか1年とかいったスパンのよう)休職していて、復職をめざす方が対象で、自分みたいに完全に職から離れている場合は対象外であることを再確認できました。現在15〜20人の方がプログラムに取り組んでいるそうです。集団認知行動療法も休職中を含む就業者が対象だそうです。中身はそちらの病院のホームページで紹介されています。午前中その日の新聞を読んで気になった記事の要約をし、午後利用者同士でディスカッションをするなどかなりレベルの高いことをやるようです。多くの方が半年くらいで復職を果たすそうです。自分みたいな状況の場合はまず体力をつけることが先なのが良くわかりました。全国のリワークプログラム実施施設はこちらでも紹介されているそうです。

うつ病は、良くなってからも持続治療として1年は薬を飲み続けるほうが再発を防止できるとのこと。またちゃんと良くなって(寛解して)から復職しないと約5割の確率で再発し、その後も同じことを繰り返すと再発率が7割になると言った感じで治りにくくなるそうです。10年前の約2倍の100万人以上がこの病気を発症しているという話もありました。実に15人に1人は一度はこの病気にかかるそうです。

会場には精神障碍を抱える人が利用できる市内施設の紹介ボードもあり、自分の通っているのと同じ法人の施設も紹介されていました。

講演会の定員は100人とのことでしたが、ざっと見た感じ100人以上の聴講者がいたようです。いろいろと質問も出て、当事者でなくその周囲の方もおられたようでした。

台風が心配でしたが、降られる前に帰宅できたので良かったです。でもこの程度の情報量でもずいぶん疲れるのだなと思いました。あまりいろいろ知識を入れずに、目先の課題に集中していったほうが自分の場合良さそうです。

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2012/08/22

請求書兼領収書

きょうは施設で請求書兼領収書をもらいました。金額は0円です。どういうことかというと、自分が仕事をもらっている施設では自分は「利用者」というお客さん待遇で、施設の職員の人件費その他は利用者の「利用料」でまかなわれているのです。これが小泉政権時代にできた「障碍者自立支援法」の決まりで原則「利用者」の1割負担なのです。「工賃」という名前の給金は出るけれど,代わりに「利用料」を納めなければならないのです。これは障碍が重くて介護や家事援助を頼んだりグループホームを利用したりすればその分だけ増える「応益負担」になっていて、その矛盾(障碍の重い人は概して収入も少ない)を指摘したのが、このブログのサイドバーにある「障碍者自立支援法と応益負担」というブックレットです。自分が最初に福祉作業所を利用した時、工賃が月1000円もらえる一方で利用料が1500円自己負担で差し引きマイナスだったのはこの仕組みによるのです。現在は世帯の所得が一定以下の人は負担上限額が0円になりましたが仮に1割自己負担だと工賃の3分の1を利用料として払わなければなりません。「工賃」を稼ぐために「利用料」を自己負担している人もまだいるのです。今の施設は工賃水準が高いからこれでもかなり良いほうです。

今の施設へ通っている人は世帯所得が一定以下の人が多いようですが、この場合の「世帯」に親は含まれないことになっているので、実際は両親と同居している人が多いようです。自分みたいに仕事の日には食事の支度をきちんとしなければならないという話をあまり聞かないからです。ある意味障碍者の中でも「恵まれた」人でなければ、この施設で働くのはムリでしょう。自分もこれでも恵まれていることは痛感します。デイケアに通っている人の中には、もっと大変な人が数多くいます。でもきついことは確かです。良くやっているよなあ、自分。

きょうのAFNラジオではイーグルスのホテル・カリフォルニアやらジョン・レノンのスターティング・オーバー、ダイアナ・ロスのタッチ・ミー・イン・ザモーニングなどイントロですぐ分かる曲がかかり懐かしすぎです。

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2012/08/10

それ以前

施設の仕事で関連のグループホームへ行く途中に、精神科の病院みたいに見えるけれど「サナトリウム」という名前で良くわからない建物があってずっと気になっていました。昨日デイケアのパソコンで検索をかけてみたら、やはり精神科の病院でした。そしてそのホームページを見ると、職場復帰のための「リワーク」プログラムや、効果は高いけれど保険の算定点数が低いためになかなか普及していない「認知行動療法」のプログラムをやっていることが分かりました。そこできょうデイケアで、どの程度の人が対象でどんなことをやっているのか、調べてもらいました。すると、「リワーク」というのは長いと言っても私傷病休職ですむ1年とか2年仕事から遠ざかっている人が対象で、「認知行動療法」プログラムもそうらしく、自分みたいに8年以上もブランクがある場合は「リワーク」以前だと言うことが分かりました。自分の場合はデイケアと今の就労支援施設を続けて体力をつけ、通えている実績を作るところからやらなければならないのです。まだまだ長い時間が必要です。ただどういう流れで社会復帰へつながって行くのかが多少具体的になってきたとも言えるので、それは良かったと思います。ちなみにその病院はこちらで、埼玉県でいまのところ唯一うつ病患者のリワークプログラムを実施しているらしいです。

今朝も4時起きで女子サッカーの試合をリアルタイムで聞くことができました。アメリカに2点取られたのは痛かったけれど、よく1点返しましたね。昼間若干ですが眠かったです。

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2012/07/08

やはり「社会復帰」

目下の心配事というのはこういうことです。身体・知的障碍と精神障碍の違いのひとつで、精神障碍は治る可能性があるので、2年に一度診断書を年金機構に提出しなければならないのです。その時期がもうそろそろなのです。

障碍年金をもらえることになった時、自分は2年限りのつもりでした。うつ病という病は統合失調症などとは違って数年で治るものだとおもっていて、それを前提に動いていました。それがそうならず今度で4枚目の診断書になります。デイケアで相談すると、前回の診断書の控えを確認してくれて「うそは書けないけど、現状から考えれば基本的に前回と同じような診断書になると思いますよ」と言われました。だから大丈夫だとは思うのですが、逆に言うとそれだけ快復に時間がかかっているわけで、これは想定外のことです。結果(書きたくはないのですが)お金の心配を第一にしなければならなくなってきました。今すぐにどうなるということはありませんが、まだ少なくとも数年かかると考えざるを得ないので出費は最低限におさめて行かねばなりません。バスをなるべくやめて自転車での移動を増やしたのも、自転車が好きということもありつつやはり経済的な問題もあったからです。一時期に較べるとだいぶ止血できて、なんとかヒッポは続けられるくらいではありますが、年金が支給停止になるとそうもいかなくなります。

統合失調症でも自分より短期間に完治はしなくても緩解して社会復帰している人はいます。逆に言えばそれは希望かもしれません。つまりうつ病ならいつか必ず治るから。しかしそれにしても長いです。

ヒッポを始めた頃は「べてるの家」の人たちの生き方を知って、「自分も社会復帰しない。社会進出する」と言っていました。しかしそれも簡単なことではありません。前の主治医は「べてるの生き方はすばらしいけれど、あなたの生き方はそうではないと思うよ」と言っていました。今の施設を続けて「社会復帰」をめざすのが自分には一番現実的な選択なのだと思います。地味に「一日一日」の積み重ねです。

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2012/06/29

きょうの「法定雇用率」

先日の新聞を見たら「精神障碍者雇用義務化へ」との記事。法定雇用率算定の範囲が身体、知的の障碍に限られていたことを初めて知りました。交通機関の割引の件など2障碍限定の規定が結構あるので、統一して欲しいと強く感じます。新聞が読めるくらいなので体調は良いです。

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2012/05/22

きょうの「次のステップ」

昨夜は床に就いたのが23時半になってしまいましたが、今朝は6時起床でまずまずでした。

午前中、就労支援施設へ行き今後のことを打ち合わせ、6月から週2日で再開させることになりました。以前「4時間作業」と書いていたのがこれです。今の生活リズムなら4時間どころかフルに10時から17時までできるかもしれませんが、あまり急いても悪化しては仕方ないので、少しずつ増やしてデイケアからこちらへスライドさせる方向です。

この施設は川口駅からさほど遠くないところにあります。自分のような精神障碍の人だけでなく知的障碍の人もいます。知的の方は養護学校や特別支援学校を卒業してすぐというケースもあり比較的若い子が多いです。精神の方は病気がだいたい落ち着いてからとなり、年齢層は幅広いです。レストラン、園芸、清掃のプログラムがあり、これらを通して生活力をつけ就労につなげて行くことになります。工賃という名のお金も出ます。わざわざ「賃金」ではなく「工賃」と言うのは、就労契約を結ばないためでこういう施設は都道府県の最低賃金が適用にならないのです。以前半年ほど通った同じような施設では週3日午後2時間やって月千円とか2千円くらいにしかならず、意味がないので全額あしなが育英会に寄付してしまいました。今回再開させるところは最初が時間あたり250円で、2ヶ月を経ると意欲や能力によって昇給するのですが、それでも最低賃金には満たない額です。自分みたいに実務経験が10年もある人は少ないので、自分の場合自炊も含めた生活リズムの構築がテーマになります。将来的には就労の斡旋やサポートもしてくれます。が、とりあえず順調に一日一日をこなして行くことだけ考えて進めようと思っています。

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2010/05/18

揺り戻し

先週火曜日の診察後の話です。実は頭がすさまじい勢いで回転していて、考えさせられることや思いつくことが多すぎで、大変なことになっています。

割り切り後、その気持ちの軽さに驚き、数日は「なんて楽チンで気持ちいいんだ」とすごしたのですが、金曜日頃から、実はうつ病に限らずあらゆる精神疾患が子ども時代の情緒の未発達が本来の原因であり脳内物質云々は現象を捉えているに過ぎないという事実(これは佐々木正美さんという発達障碍の権威でもある児童精神科医が90年代初頭にはすでに指摘(「子どもへのまなざし」福音館書店 1998年)していて、今や精神科リハビリテーションの最先端の現場でも情緒を育てるために小学校高学年向けくらいの児童文学をよんでもらったりする事実がその正しさを物語ります)を、今苦しんでいる当事者にもその親御さんにも事実として伝えられない、なぜならいまさら保育園をやり直すことは不可能で「いい年をして」赤ちゃん返りする受け皿もほとんどの人がもっていない、その親御さんには自分の子育てが間違っていたという苦痛を与える。自分はきわめてラッキーだっただけ、だから自分がどうやって快復できたのかを他の人に説明することが相手に苦しさを与えてしまうし、まだまだ社会的にも受け入れられないだろうと思って、そうした自分の事実と現実の環境のギャップから起床が大変勇気のいる事柄になってしまい3日くらいもがいたのです。そんな問題、分かっている専門家ですら社会を納得させられないことを自分が一生かかったって説明したって理解されないでしょう。それは自分がすることではない、自分は自分と言う存在をそのまま受け入れてもらえばいい。そう紙に書いて、大丈夫大丈夫と自分を励ましました。

昨日の朝はその流れで多少起きるのがしんどくなるだろうと予想していたのですが、なんと6時半にすっきり目が覚めてしまったのです。何の勇気もいらない、ただ外の明るさから自然に目がさめ、今までは体調を安定させる意味もあって寝なおしていたくらいの時間なのにもう寝る必要が無いのです。その時間から安定している。その証拠にこれだけの文章を紡いでいる(この辺りは昨日の朝書いたところです)。 今日も寝付きが悪くて0時過ぎまで眠れなかったのに4時頃から文章を書きだしているのです。一度眠って脳が前日までの情報を自然の摂理に従って整理したあとは、起きた瞬間からまた頭がフル回転してしまって、向き合う現実と折り合いを付けるために何か書かないといられないというすさまじい状態になっているのです。今日これからデイケアへ行き、診察も受けるので「どうしてくれるんだ(笑)」と文句を言おうと思っています。

あかちゃんは生まれた時から外部の音や光を全部感じているわけではないそうです。真っ暗なお母さんのおなかの中にいたわけだから、いっぺんに感じてしまうと当然騒音とまぶしさから不適応をおこしてしまう。だから徐々に見えるようになり聞こえるようになる。これはヒッポ創始者の榊原さんが自著「ことばを歌え、こどもたち」で書かれていることですが、自分の脱皮もそれと似ているようです。割りきりが進む中で物事の本質が次々に分かるようになって、分かりすぎるようになったゆえに、どかんとゆりもどしがあったけれど、もう大丈夫でしょう。ただ、大丈夫だとは思うけれど、もう以前の生活には戻れない。多様な価値観がありそのどれも正解ではない。ただ自然の摂理だけは動かしようが無くて、それが人間という存在の中にも息づいているのです。眼科医ならば眼の病気が治った人にいきなりまぶしい光をあてるようなことはしないはずで、徐々に明るさに慣れさせるような治療をするはずなのですが、精神疾患の治療は子どものやり直しが必要でそれが環境的に難しいことが当たり前でしかも利息付きで人間の無償の愛情をうける必要があるので、こんなにするっと皮が剥けたような事例があまりないのだと思います。だからいきなりまぶしい世界に放り出されてしまった。自分はものすごく戸惑っているというのが実情です。

体重も毎月1.5キロから2キロくらい落ちていくのですが、それはインドで食べた日常食の影響で野菜中心になっているから。リズムが整ったから他の面でも調子が良く中性脂肪値は発病前よりよくなりましたが、普通の日本の日常食を食べている限り、玄米にしようが健康食品にしようが、サプリメントにしようがダメで、バカになって季節の野菜とたんぱく質(卵や牛乳、豆類)をまんべんなく食べていくようなことをしていると自然と内蔵脂肪も落ちるのです。でもこの食事スタイルと食事時間を守るためには、世間一般の意識にある社会復帰をするのはとても難しいことです。どちらかをとるしかありません。今のところ、自分は「バカになりたい」という気持ちが強いです。これから診察を受ける中で相談してきます。どういうことになりますやら。

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2010/04/28

幸運に恵まれ尽くした自分のうつ病と回復

おかげさまで最近は「疲れの発作」が時々出るものの大きなリバウンドもなく、順調と言っていい回復ぶりだと思います。先週の診察で薬がまた減りました。ほとんど生活リズム作りの問題がメインで、落ち込むこともなく過ごしています。

勤めていた時代から自分はシティバンクに口座をもっていて、外貨預金や投資信託を購入していました。シティバンクには通帳が無く、毎月送られてくるお取り引き明細書で現預金を把握するしかありません。それを一度捨てたことがあるのですが、2002年以降はきちんとファイルして保管してありました。最近エクセルファイルを利用するための練習の一貫として、その明細をすべて打ち込みどういう投資行動がどういう結果を生んだか、それはどういう理由か、残高の上下した理由は何だろうか?と実に細かく分析をしています。行き当たりばったりの投資はほとんど成果に結びつかないかマイナスの成果となるということが分析の結果分かってきました。それ以上にうつ病発症当時、自分に資金的余裕があったことが、その後の展開に大きな影響を与えてきたなあ・・・と強く感じます。1軒目のクリニックで今の自立支援医療制度にあたる精神通院医療費公費負担制度(当時通称32条と呼ばれていました)を申請したおかげで、医療費そのものは低く抑えられました。しかし薬の副作用や運動量の低下とともに内蔵脂肪がすさまじくなりました。この治療費薬剤費負担は一般同様3割でしたから結構な額になりました。

それ以上に「生活保護でもいいや」と割り切り、仕事をいっさい辞めて治療を考えたころからの生活費の累積額たるやすさまじいものがあります。親との同居が、即症状の悪化につながる(それだけ頑張っていたようです。当時のカウンセラーからは「あなたのやってきたような親の面倒の見方は普通できない。逃げ出す方が普通」といわれていました)ので、鳩ヶ谷のこの小さなアパートを自分の城として維持する必要がありましたが、それだって家賃も安めとは言えばかにならず、割り切りを進めて障碍年金をもらえるようになったことは大きかったと思います。

完治を目指すためには親との共依存関係(お互いがお互いの面倒をみることを生きる目的と考えている状態・・・これはすさまじく苦しいものですが、それでも多くの人が抜け出せないのは新しい環境に飛び出す勇気をもてないからのようです)を断ち切り、親と子どもそれぞれが自分の生き甲斐を別に作る必要があります。しかし経済的な裏付けがないとこれは困難です。

精神疾患からの回復と経済問題は切っても切れない問題です。公的サポートにしろなんらかの支援にしろ限界があります。自分は周囲の理解者も多かったですし、勤めていた頃の貯金が結構な額でしたし、模索の中でしたが親からの金銭的支援もあるときを境にうけいれ、それが亡き父の職業能力の関係(定年以降も技術を活かして勤め続けられた)で結構な金額だったからこそ、今に至るといえます。

自分が模索とチャレンジを続けた持久力もあるとは思いますが、それも裏付けとなるお金があったからこそでした。なまじ力があったために親の苦境を普通以上に支えられたことが、無理のし過ぎにつながり、病気の程度を重くしましたが(うつ病で障碍等級2級というのは、やはりすさまじかった)結果的には経済的サポートなしにはここまでこられなかったでしょう。

うつ病とは「こうすれば治る」という答えが、他の疾患以上にその人の属人的要素や環境に左右されるので、「答えはない」と言った方がいいくらいのものでした。ここまで良くなった自分はやはり幸運でした。

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