発達障害

2014/02/10

選挙結果と講演会

都内では都知事選挙、川口では市長選挙が行われた昨日の選挙結果はだいたい予想通り。川口は故岡村市長の存在感が大きすぎて、誰がなっても物足りない感があります。都知事選も「あの人」が知事になるくらいなら、お金の不始末があったとはいえ前職の方がマシだったのではと言う気がしてなりません。

きょう広報かわぐちをもらってきたら、2〜3ページが故岡村市長の追悼記事。年表を読んでいろいろなことがありましたなーと懐かしくなりました。

その広報に載っていた記事で、今月のこころの健康講座の案内がありました。統合失調症やうつ病等、いろいろなテーマを取り上げてきましたが、次回は発達障碍だそうです。2月22日13時受付開始、13時半スタート。場所は西公民館だそうです。川口駅の西口ですね。

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2010/03/17

川口市の障害者就労支援施設

自分が登録した川口市のNPO法人が運営する就労支援施設は、実は7つあるうちのひとつでした。川口市には7つもの障害者就労支援センターがあり、それぞれが専門の職員を配置して相談の受付、障碍に応じた施設の紹介など様々な事業を展開しています。これらは川口市が直接運営しているわけではないところがミソで、NPOだからこその人脈、経験、きめ細やかな支援スキルをもっています。

7つの施設名をご紹介します。この手のお悩みやご相談のある方はぜひ直接各施設へお問い合わせになることをお勧めします。施設によって三障害(身体、知的、精神)すべてに対応しているところとそうでないところがあります。

障害者支援センター わかゆり
川口市障害者地域生活支援センター しらゆり
精神障害者地域生活支援センター ハートフル川口
精神障害者地域生活支援センター グリーンハウス
川口・鳩ヶ谷障害者支援センター みぬま
川口市 青木障害者生活支援センター
川口市障害者地域生活支援センター ねこのて

確認はしていませんが、すべて鳩ヶ谷市民でも利用できるようです。それどころか蕨・戸田・さいたま・草加の各市民でも受け入れ・相談可能な施設があります。ぜひ電話帳(ネットでも検索できますし、iタウンページなんてのもあります)等で調べてみてください。今日は施設が7つあることしか分からなかったので、とりあえずの情報です。

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2010/03/12

腕がへし折れるほど重い1000円札

2月から正式に通っている就労支援センター併設の作業所。今週は若干波の幅が大きくなり、朝10時まで起きられなくてへこんだかと思えば、朝7時にするっと起きられて、調子に乗って我が家の大掃除の続きを始めてしまい、すぐに疲れがでて診察でそれを指摘されたりしましたが、そうはいっても正月あけに大きく変調して2〜3日でデイケアを休んだ以外はデイケアか就労支援センターへ、落とすことなく通うことができています。昨年「就労支援センターというものを利用してみよう」という話になったのが11月〜12月。それまでは考えることも出来なかった境地が開けつつあります。

先日制度のことを少し書きました。自分の通所先は時給ではなく工賃扱いで下請け作業の請負金が分配されるのです。作業に携わるのは週3日です。今日、思いがけなく先月分の工賃が支給されたのです。利用料負担額のほうが大きいので実質は持ち出しなのですが、たった1000円札一枚が給料袋の中に入っていました。「たった」と書きました。しかしこの1000円札を見た瞬間、先日の日記30冊と同様、今までの12年のうつ病の歩みがよみがえりました。この1000円札は12年の模索があって、さまざまに動いて出会いがあって、やっと運が味方して、それで出てきた1000円札です。ふけば飛ぶような薄い1000円札一枚が、自分には腕がへし折れるほど重い1000円札に感じられました。

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2010/02/13

障がい者就労支援制度の全体像 その2

その1では中身に全く触れないままでした。

障害者自立支援法が出来るまでは、統合失調症などの障がいを抱えている人の就労先は授産施設か作業所しかありませんでした。これらは「福祉」の枠組みという建前があり、都道府県別の最低賃金以下の給料でもいいことになっていました。これは今でもそうです。ヤマト運輸の元会長だった故小倉昌男氏はその実態を「福祉を変える経営」(日経BP社 2003年10月)の中で指摘しています。そして1993年に保有していたヤマト運輸の株式のうち200万株(当時の時価で24億円)を拠出し「ヤマト福祉財団」を設立、役所の福祉制度のもとでは障害者は自立できないと福祉施設の施設長や職員を対象に経営セミナーを開くほか、「スワンベーカリー」という焼きたてパンの店を広島のタカキベーカリーと共同で立ち上げました。この「スワンベーカリー」は大変好評で業績もよく、今はフランチャイズで店舗を広げていますがフランチャイズ1号店が十条店(東京都北区)でした。スワンベーカリー十条店の取り組みは、今や多くの北区民に知られており、埼京線十条駅前に最近出来たNPOのカフェ&集会場でも朝の通勤客に焼きたてパンを販売して好評です。

しかし、そうした先進的な取り組みにも関わらず福祉施設のほとんどは未だに中身があまり変わっていません。が、障害者自立支援法はその状況を少し変えました。現在授産施設や作業所は公式の名称が次のように変わっています。

就労移行支援
就労継続支援A型
就労継続支援B型
自立訓練(生活訓練)
生活介護
地域活動支援センター
身体障害者通所授産施設
知的障害者通所授産施設
知的障害者通所更生施設
精神障害者通所授産施設
精神障害者小規模作業所

このうち上の3つが就労へのステップとして大きな役割を持っています。就労移行支援施設とは2年を限度に就労することが前提の福祉サービスです。この施設の運営主体は当事者一人当たり1日7828円の費用を受け取り就労に向けての訓練を当事者に施します。サービス内容は個々に応じてアレンジされます。そして2年以内にサービス利用者が就職し、5ヶ月以上就業が続くと運営主体と雇用企業に補助金が出る仕組みになっています。

この就労移行支援サービスは2年の限度があるため、生活リズムが整っていて毎日決められた時間に通所出来ることが要求されるらしいのです。自分の場合は次のステップというイメージです。

就労継続支援サービスは期間の定めのないタイプになります。A型は雇用契約となり法定最低賃金が適用になりますがB型は工賃契約で、事業(多くは内職のような一つあたり○銭という仕事です)収益に応じて通所者に分配されます。

これらのサービスを受けるためには利用料がかかります。就労移行支援の一日あたり7828円の費用は市町村が利用申請した当事者に対し現物支給する形になっています。ただし、費用の1割は自己負担なのです。通所すればするほど費用がかかる仕組みになっています。これが「自立支援ではなく自立阻害」と言われるゆえんです。世帯の所得に応じて減免制度があり、自分は一人世帯で障害年金生活なので上限は支払うのに問題ない程度の額ですが、何らかの理由で世帯分けできない場合、例えば夫婦の一方が利用者という場合はもう一方が生活を支えるために稼げば稼ぐほど費用負担の上限が高くなります。

分かりにくい話なので図を使いたいのですが、ブログに図を埋め込む方法を調べる余裕がなさそうです。今日のところはここまで。

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2010/01/20

障がい者就労支援制度の全体像 その1

「そろそろ体調も安定して毎日通所できるようになってきたのでデイケアから一歩足を踏み出してみませんか」と主任看護師さんから提案をもらったのが11月。それから「とにかく動こう、情報を集めよう」とあちらこちら電話したり、足を運んだり、参考文献を読んだりしてきました。12月には実際に市にひとつはある(はずですが鳩ヶ谷市では設置予定がなく川口市のセンターが受けています)就労支援センターを訪問、面談し登録しました。そして「就労移行支援型」というサービスを受けるべく数箇所の施設を見学し、いよいよ今週から、ある支援施設へおためし通所をはじめました。

ここへ来るまでなかなか大変な思いをしました。「した」と過去形ではなくむしろ現在進行形です。一番大変なのは制度を勉強することでも、あちらこちらの施設へ足を運んで情報を集めることでもなく、「自分を知る」ことでした。

このブログでよく登場する「べてるの家」のソーシャルワーカー、向谷地生良さんは著書「安心して絶望できる人生」(生活人新書199 NHK出版 2006年)のなかでこんなふうに書いています。

 

精神障害を抱えて生きる苦労を繰り返す当事者を見ていると、その最大のテーマが「自分を知ること」において生じるジレンマにあることがわかります。
 実は、「自分を知る作業」というのは想像以上の苦しさを伴います。自分を知る作業がはじまるのはいわゆる「思春期」です。子どもから大人へと脱皮する作業は、人間という生き物が延々と繰り返してきた自然の営みであるはずが、いつの間にか「逸脱」や「病理」の世界として括られ、問題視されるようになってきました。(p21)

つまり、思春期にほとんどの人が成長のプロセスとして通る葛藤を、この年になって再度やっているようなものなのです。そして思春期の子どもたちが進路が思うように決まらずもんもんとしたり、自分の能力を思い知らされたりするのとほぼ同様、進路指導や面談を受けたりしています。年齢が違うだけでやっていることの根本は一緒です。いわゆる普通の「思春期の葛藤」は子ども時代にもっている「全能感」とでもいうようなさなぎの中から出て進学・就職その他の人生イベントを通して自分の限界を悟りゆく過程で起こるものです。しかし、この年代の「自分を知る葛藤」は「以前はこんなことも出来た、あんなことも出来た」という実績があるのでなおさら面倒だといえます。いい意味での自尊心すらずたずたにされ「こんなことすらできない自分」をいやというほど味わわなければなりません。これは精神障がいに限らず、身体障がいでも同様でしょう。屈辱的な気持ちすらするかもしれません。しかし、逆を言えば人々は年を取るにつれて社会的ステータスをもつのが順調と考えられている社会の中で、一度身ぐるみはがされて、「もう何も残っていないのではないか」という境地まで来たところに、家族・親類・友人・知人その他の人々が見捨てることなく「がんばれ、一緒にやっていこう」と言ってくれる。実は何も失っていなかったことに気づく。それは、社会的に順調に過ごしてきている人には決してわからない大事な気づきであり、ここをくぐり抜けることは本当の意味での「生きる力」を身につけることなのではないか、という気がしています。こういう類いのものですから「思春期」や「反抗期」の子どもに必要なのと同じような周囲のサポートが不可欠です。

就労支援制度の活用は、まずこの境地に来てからなのかもしれません。自分の今いるエリアには意欲と能力がかみ合わず空回りしている人が大勢います。「あせらず」という意味は、病気や障がいを再発させないということ以上に、意欲を空回りさせないことが大事で、そのためのプロセスをきちんと踏んでいくことが必要なのだ、という意味であるようです。

次の機会に支援制度の全体像を書いてみたいと思います。専門家以外に全体像をつかんでいる人はごく少数だと思いますので、上手に文章にして少しでもお役に立てるものになればと思っています。ぼちぼちいきますので、少々お待ちください。

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2009/12/30

第四の障害

ただでさえカテゴリーの多いこのブログですが、今日から新しく発達障害カテゴリーを追加しました。発達障害とは自閉症やADHD(注意欠陥・多動性障害)などのことを言います。これらの障害、特にADHDは最近の子どもたちに起きている現代病のように思われている方が多数派でしょう。自分も数年前までそうでした。事実はそうではありません。これらの人たちはそれまで無理やり知的障害か精神障害の範疇に押し込められていたのです。あるいは高機能自閉症の人のように「おかしい」と自分で感じ、周囲も変だと思いつつ、無理やり社会に適応してきたのです。過去記事で紹介した「発達障害当事者研究」や「僕の妻はエイリアン」などの本、「光とともに・・・〜自閉症児を抱えて〜」などのドラマ(このドラマは2005年日本テレビ系で放映されたものですがホームページは現存します。)をご覧いただければ、少し分かっていただけるものと思います。現在アメリカや日本でもADHDを抱える人に坑うつ剤を投与する精神科医がいます。ADHDや自閉症(アスペルガー障害ともいいます)という障害は一般的に周囲の人と気持ちを合わせていくのが苦手なため、生きぬいていくのが大変ということもあり二次的にうつ病を発症することはありますが、最初からはおかしいと思います。自閉症の人はパターン認識が一般の健常者より得意で、決められたことを決められた通りやる仕事でも健常者以上の能力を発揮します。知的障害とも精神障害とも違うのです。

発達障害が良く理解されてくるにつれ、「どうも自分もそうだ」と言う大人が増えています。その中には社会的に問題なく過ごしている(職場でマネジメントもしていたり、家族や子どももいて普通に暮らしていたり)人もいます。今働けていなくても、適切なサポートがあれば普通に働ける可能性が高いです。

以前「子どもへのまなざし」という本を紹介したことがある、児童精神科医の佐々木正美氏は、最近この分野でかなりの著作があります。その中に今年8月に出たばかりの本「アスペルガー障害、就労支援編」(講談社)は、先日立ち読みしたのですが、当事者に分かりやすいように図や写真、イラストを多用して、かつ具体的で使える内容です。この本の中で佐々木正美氏が発達障害を第四の障害と定義していました。すとんと理解できる考え方です。佐々木正美氏の発達障害に関する認識は優れているので当事者の間では良く知られているようです。

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2009/03/17

自分のうつ病

うつ病の治療法として、早寝早起きをして生活リズムを整えることを提唱する人もいます。じっさいそれで効果が出る人もいるようです。でも自分の場合はどうもあてはまらないようです。朝日をうけて自然に目覚めるよう雨戸を閉めずカーテンもはずした時期があるのですが、目は覚めるけれど鈍い動きしかできませんでした。結局金縛り状態がとけるのは午後なのです。朝、意識は「このなまけもの、なんとか動け」と体にはっぱをかけるのですが、かえってそのことで「できない」意識が強くなって、気持ちの上ではマイナスに働くように思います。昨日もそうでした。とても緩慢な動きでゴミ出しのために外へ出ても全然さっぱりしないままで、結局ふとんへずるずる。ところが午後ふっと体が自由に動くようになって頭も働くようになるのです。

現在6人に一人くらいがうつ病であるか過去うつ病だったとも聞きます。自閉症などの別の障害がきっかけで2次的に起こるうつや、産後うつのようにホルモンバランスが崩れることからだれでもかかりえるうつまでいろいろあって、「うつ病」という言葉ではなにも説明できていないといってもいい状況です。

自分は自分とわりきること。そして身近で客観的に見てありのまま受け止めてくれる人がいると心強いですね。

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2009/03/08

とても難しい「できるけれどやらない」

今年の自分の目標は「できるけれどやらない」です。なんじゃそりゃ?というかんじですか。

今までの自分は「自分でできることはやる」がモットーでした。そしてその結果として週に2日くらいは完全沈没(トイレしか行けないで寝たきり)の日が出ていました。それを何とかしようという意識は希薄でした。普通の人並みにできて当たり前で、結果として沈没する日があることが自分の「障害」ととらえていたのです。しかし昨年主治医が変わってからこの方針は積極的に直すように言われてきました。波をおだやかにすべきだ、そうでないと社会進出以前に日常のベースとなる生活ができないではないか。

そういわれても自分をセーブできない時間が長く続いていました。セーブできないことよりも人並みのエネルギーで活動できないことのほうが自分にとって大きな障害と考えていました。実際ひっぽの活動に参加するのはかなりのエネルギーを消費するので、ある程度テンションをあげないと、特に初対面の人が多いケースではこなすことができないです。基本的にやっていることは一緒なのですが、それでも初参加の地域ではどんな流れになってもついていく柔軟性が必要です。学校ではないので自主性がもとめられるからかな・・・。

先日買った「発達障害当事者研究」(医学書院 2008年)はアスペルガー障害(自閉症のひとつ)の当事者が、自分の感じている世界を言葉としてつむぎだした画期的な本で、日々をすごすことのどういうところが大変なのかがものすごくよく分かります。その執筆者があとがきで「しかし、家事、具体的には『買い物、炊事、洗いもの、片付け』、この四つは特に、情報を絞り込みまとめあげる作業そのものであり、(中略)私に多大な負担をかけるのである。それらの仕事を、わたしは決してできないわけではない。『ゆっくりていねい』でよければ、むしろ人よりうまくできるかもしれない。しかし日々の生活というのはそういうわけにはいかない。朝ごはんは七時一五分までに作らなければ家族が遅刻してしまう。(中略)母親が苦もなくこなしているのを見てきて、自分も当然できるのだろうと思っていたし、実際、自分もなんとかこなしていたので、実はそれが自分に多大なる負担をかけていることに気づかなかった」そうです。そこで「がんばればがんばるほどできる範囲は広がるし、『できるできない』の境界線があらかじめ引かれているわけでもない。だから『できるできない』の二択ではなく『できるけれどもどれくらいの負担が伴うか』と量的に伝えて『できるけれどもやらない』と周囲に伝えることが大事」とアドバイスを受けています。

長々引用しましたが、まさに自分の問題はこれだと思いました。「できる」からなんでも引き受けているのではダメで、「できるけれどこのくらい疲れるからやらない」という判断をつけること、それを周囲に伝えることが自分の本当のリハビリであり課題であると認識したのです。

こんなに小難しく納得させないと自分は動けない。頭でっかちといわれればその通りです。ただ前掲の本で「健常者と障害者、あるいは障害者どうしもスペクトラム(グラデーション)になっているので『同じでも違うでもない』という人と人との相互理解が必要だ」とあって、「なるほど、別に障害ととらえて小さくなる必要もないか」と思ったら、本当に自分の個性として伝えていく、それでも受け入れてくれる人たちともっとつながりたいと考えられるようになって、「できるけれどやらない」と周囲の人に言って休みながらこなすことに抵抗が薄れてきたような気がします。実践するのは難しいのですが、今年の新たなチャレンジとして取り組みます。

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2007/10/29

昨日の続き

昨日ご紹介した「僕の妻はエイリアン」は、ほんとうに労作です。物語は夫側が書いたような書き方をしてあるのですが、実はほんとうの著者は自閉症である妻なのです。相手の気分を察する事が困難である著者が夫側からの視点で文章を紡ぎだすのは並大抵の事ではなかったでしょう。読みやすいように、楽しみながら読めるように工夫してある上に「夫婦って何?」という問いかけにも答えられるような濃い中身の本に仕上がっているのはすごい事だと思います。

著者の生まれ育った家庭は、特に裕福ではなかったそうですが好奇心が旺盛で、見たことのない食材や珍しい果物などがあると高価でも少しだけ買ってきてみなで分け合うような家族だったそうです。ご両親は「人に迷惑をかけること」に関しては非常に厳しかったものの、「人と違うのは良いことだ」と言って筆者を育てたので「他人と違う」ことを理由に怒られた事は一度もないそうです。この親御さんのスタンスが著者にとっては非常に良かったようです。

こんな両親のおかげで、私は周囲の人々とうまくいかず、どんなに居場所のない思いをしていても、自分の生まれ持った異質さそのものが「良くない」のだと、自分を全面否定してしまうことがありませんでした。自閉系人間は、慣れないことや未知のものに対して不安や恐れを感じる事が多いのですが、私の場合、好奇心たっぷりに育ったおかげで(不安は常にありますが)、一人で世界を旅してまわるほどの積極性や行動力を持つ事ができました。広い世界を歩き、見聞を広げた事で、世の中には多様な文化があり、ものの見かたや考えかたもそれぞれに違っていること、それが当たり前なのだということを、実際に身をもって経験する事ができました。

そうやって「物事の捉え方はそれぞれで答えがない」ことを体験した事が、実際の結婚生活をおくる上で大きな役割を果たしたそうです。

自分は自閉症(筆者の診断名は自閉症スペクトラム(障害のグラデーション)で言うと「アスペルガー症候群あるいは高機能自閉症」です)ではありませんが、筆者との共通点がとても多い事に気がつきました。例えば・・・

筆者は自分が直面する問題があると徹底的に自分で調べ、自分で解決手段を見つけてくるのです。アルコール依存症になってしまっても自分で専門病院を見つけてくる。自閉症との診断がついたのも努力して情報を集め、大人の自閉症を診断してくれる専門医を自分で見つけてきているのです。自分も何か問題を感じると本屋へ日参したり、仕事で思うように行かないと競合店を見に行っては、何かヒントをつかんでくるまで帰らないようなタイプでした。債務整理に弁護士なんか必要ないということも自分でみつけてきたことです。

居場所。筆者は社会にもっと関わりたいと願っていて、重度の自閉症の人が通う作業所を夫婦で見学に行った事もあるそうです。ところがその環境では筆者は普通すぎて逆になじめなかったそうです。これは自分にとっての精神科デイケアにあたります。多くの精神科デイケアでは患者同士のトラブルに備えて屈強な男性が職員の中にいたりすることが多いそうです。またデイケアのメニューに強制参加させるところも多いのだそうです。ところが自分は重度精神障害者の範疇の中では普通すぎて浮いてしまいます。話をあわせることやデイケアメニューを消化することにむしろずっとストレスを感じてくたびれ果ててしまうのです。今通っている精神科デイケアはその点とても自由で、プログラム参加は任意です。ナイトケアという名前で18時40分まで時間があるのですが、多くのメンバーは15時半のデイケアプログラム終了時点で帰ります。だから彼らが帰って、多くても10人という環境になってから自分はデイケアに行くようにして、それまでは元気な時は部屋の掃除や洗濯、料理のほか、このブログの更新をしたり記事の下書きをしたりしています。ヒッポに参加するようになってからは日中のヒッポの集まりに参加する事も多くなりました。では自分にはデイケアなんて必要ないのでは?というとそうではなく、一人暮らしということもあって体調の悪い時には料理はおろかお湯も沸かすことができないので、バランスの取れた夕飯をたべられるということや、スケジュールがなくても寝転んでないで出かける先があるということで生活にリズムをつけることができるのです。デイケアに通いだしてから生活の質は確実によくなりました。

仕事をこなす能力は十分あるのに使い物にならないというところも筆者とそっくり。筆者は旅行が大好きで、飛びぬけた情報収集能力で並みの旅行会社の人間よりずっと現地の事情に詳しく、しかも確実な情報を提供できるそうです。英語の能力も人並み以上で、今では小さなつてからつかんだ翻訳の仕事を自宅で自分のペースでこなしているそうです。責任感も人一倍強く、仕事ひとつひとつが全体の中でどういう役割があるかを意識しているそうです。だから単にマニュアルどおりに動くのでなくよりより最適な仕事をこなすことを考えるそうです。ところが場の雰囲気や相手の気分を察する事ができず人の表情も読めない、一度に複数の事をこなす事ができないので組織の中で働く事が不可能なのです。自分も責任感が強く、言語能力が優れているので複雑で分かりにくいことを単純化して相手に伝えるのは得意、しかもお客さんに合わせて物を売ったりするのは得意で、八女の農協勤務時代に50坪くらいの小さなAコープの店頭でお茶の店頭販売をして、新茶が出る直前にもかかわらず日販15万という記録的な数字を出して上司にびっくりされた事もあります。でも朝が弱くてその日にならないと体調が読めない、疲れやすくて途中でダウンしてしまうなど、致命的な弱点を抱えています。この弱点は、先日「あと2年くらい我慢すればなんとか改善するかも」と思ったりもしたのですが、どうもムリっぽい事がまた最近分かってきました。

見た目には障害があることが分からないので、どうしても普通の人と同じ水準のレベルを期待されてしまうことも一緒でした。

でもこの本の筆者さんのように非常に難しい事柄も何とか克服してこういったいい本(重い話はほとんどなく、実に軽快でコミカルなつくりになっています。とても読みやすいです)を仕上げる事ができる、サポートしてくれる人さえいれば十分力を発揮できるという事がわかってすごく励みになりました。

自分の症状が一般的な働ける状態には改善しないだろうと思った根拠もこの本の中から見つけたのですがそれは別記事にしたいと思います。

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2007/10/28

僕の妻はエイリアン

今日も時間があったので、読書に費やしました。今日読んだのはタイトルにあるとおり「僕の妻はエイリアン『高機能自閉症』との不思議な結婚生活」(泉流星 新潮社 2005年9月)という本です。ベースは自閉症とはどういう障害なのかを実体験から解き明かしていくながれですが、実はこの本は良質のラブストーリーとしても読むことができます。著者をモデルにしたこの夫婦は、はじめは妻のとっぴな行動や腹立たしい態度などを夫が受け止めようと努力していく話からはじまります。そして二人の馴れ初めも書いてあります。そこから努力に継ぐ努力でお互いがお互いの事を理解し、「高機能自閉症」という障害が二人をすれ違わせる原因であることに行き当たり、さらに二人が努力しながらベストパートナーでいる様子が描かれていきます。自閉症ってなんだろうと思う人にはもちろん、「夫婦ってなんだろう」と思う人にもお勧めできる本です。この本が増刷されるほどには売れていないらしいのはもったいない!ぜひお手元に一冊!

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