川口・鳩ヶ谷

2026/03/15

久しぶりに見た値段

最近、コメの値段が少し落ち着いているというニュースを聞きました。

全国平均の米5キロの価格が4000円を切ってきたとのこと。

自分の職場はほとんどがまだ4000円台なので高い。

いつも行く川口の激安八百屋さんに昨日行ったところ、5キロのあきたこまちがなんと2999円でした。

まだお米がかなりあるので、いろいろと考えて昨日は買わなかったのですが、何をきっかけに市場が変動するか分からないので、「買っておいた方が良いかなあ」と悩みます。

3連勤明けで、身体の硬直が残ったりしていたので、判断力も鈍い。しょうがないですね。

強いストレスで、胃腸にもきています。内科では「痛み止めはやめた方が良い」ということでいつもの薬しか出してくれなかったのですが、いつもの薬局で相談すると「それはしぶり腹だと思う」ということで漢方薬を勧めてくれた。ところが「つなぎで5日分」ということにしたのだが、それで2000円。効いているとは思いますが、ほんとうに一時しのぎにしか使えないと思いました。

| | コメント (0)

2026/01/24

東京北部空襲

きょうは、午前中が全くダメで、食事と洗濯は9時過ぎになった。出勤日だったら出勤ぎりぎり。昨日は頭が重かったが、今朝は身体がだるくて重かった。動けるようになったのは14時過ぎだった。それまでは湯たんぽをいれて布団でうとうとする場面もあった。頭の重さもやや残っていて、積極的にラジオを付けられない時間もあった。

この調子で2月から3連勤ができるのか、主治医の判断次第だ。

 

さて北区は、今は主に赤羽と王子エリアに分かれているが、かつて赤羽は王子区であり、その南に滝野川区があった。最初は滝野川地区の概念がつかめなかったが、北区内に警察署が3つあり、赤羽、王子、滝野川なので、滝野川署の管轄がだいたい戦前の滝野川区とみていいのでは、と思う(調べれば良いのだが)。区の拠点施設も北とぴあ、赤羽会館、滝野川会館と三か所ある。

星野さんの著作に出てきた「東京北部空襲」には「旧王子区内」と記載があるが、以上の通り、旧王子区には「赤羽」が含まれたのだ。

鳩ケ谷に住んでいる時には全然分からなかったが、北区の「旧王子区」は、かつて軍事都市だった。川口から荒川の橋を越えると、山の手が迫ってくるが、この高台の上が軍事施設だらけだった。今は団地や競技場など様々に活用されているが、あれだけまとまった土地があったのは、もとが軍事施設だからだ。なぜそうなったのか。高台であるにも関わらず荒川が目と鼻の先で水運が利用できたことが、「赤羽」を「軍都」にしたと聞いたことがある。水運だけでなく鉄道も使うことができた。

「赤羽」ばかりでない。北区(旧王子区)には、貨物の引き込み線跡が多数存在する。道路や地形がいやに不自然なところがたくさんあるのだ。十条にはエリアは縮小されたが、今でも陸上自衛隊が駐屯している。区立中央図書館の案内によると、中央図書館の建物の一部を構成している建築は、本の記載にある「東京第一陸軍兵廠」の中にあった倉庫。戦後いろいろな経緯を経て図書館の一部として使っているそうで、確かに貴重な建物だとは思うが、軍事施設の街を象徴しているともいえる気がする。

きょう、図書館へ向かって散歩していて看板を発見。かなり字が見にくくなっていて夜では読めないのだが、そこは豊島ドッグと呼ばれた掘割で、軍が掘ったのだとのこと。隅田川から引かれたその掘割の行く先は王子6丁目。王子6丁目は付近と比べて盛り土がされて標高が数十センチ高いことと、学校や郵便局、ハローワークなど公共施設が集中していて明らかに不自然なのだが、実はかつて「板橋火薬製造所王子工場」なる施設があったのだとか。ここは南側にこの掘割が、北側におそらく鉄道の引き込み線があった。

これだけ軍事施設が集まっていれば、それ以降の軍需工場を対象とした蒲田・川崎や城南空襲よりも先に狙われて不思議はないと思った。

赤羽・王子がどのくらいの規模の空襲を受けたのかは、この本には記載が無いので調べてみたい。が、少なくとも赤羽台の火薬庫が空襲を受けて燃えたとしたら、川口はもとより鳩ケ谷の坂の上からも見えたはずだ。もちろんというか、この時川口も攻撃を受け多くの家屋が焼失し住民が死傷した。蕨や大宮にも影響があったという記述もある。東京大空襲というが、川口とか川崎とか、東京以外も被害を受けたのだ。川口は終戦の日の8月15日にも機銃掃射や焼夷弾の爆撃を受けたという記事もあった。

川口ではB29の墜落事故というのもあった。

こういうのを今の時代に語り継ぐ必要があるのだとしみじみ思った。

| | コメント (0)

2025/06/06

やっとぴんとくる

なんだか、変なことを思い出した。

昔、国鉄のコンテナには「戸口から戸口へ」というキャッチフレーズが書かれていた。

小、中学生の自分にはピンとこないキャッチフレーズだったが、あれは当時大改革だったのだと理解できるようになった。

あの頃はまだ、コンテナ貨物は少数派。車扱い貨物といって貨車単位で運ばれることが多かった。当然貨車は道路を走れないので、物は駅へ運んで貨車に載せ、相手も駅まで引き取りに行かなければならなかった。

今のように道路優位ではない時代。荷貨物の運搬は鉄道によることが多かった。駅へ運んだり取りに行ったりするのを省くため、駅の脇に工場を作ってしまう会社もあった。今はアリオ川口などになっているリボンシティは、自分が鳩ケ谷に引っ越したばかりの頃はサッポロビール川口工場だったが、それは「戸口から戸口へ」がまだ一般的でなかった時代はとても合理的な立地だったわけだ。

自分が鳩ケ谷に来た頃は、もうトラック輸送が主体になっていたビール工場だった。が、それ以前に京浜東北線でわきを通ると原料を運ぶホッパー車という独特の貨車、そして製品を運ぶためのパレット専用貨車がたくさん止まっていたと思う。フォークリフトで貨物の積み下ろしができるパレット専用貨車が普及する前は手積みだった。

貨物だけではない。宅配便が普及していなかったので、荷物は郵便小包か鉄道小荷物で送られることが多かった。貨物同様駅まで持参し、駅まで引き取りに行っていた。小学生の自分は三郷に住んでいたが、三郷では当然荷貨物の扱いがない。もともと貨物線として計画された路線に申し訳程度に作られた駅。操車場はあったが、仕分け機能しかない。だから母の実家からブドウなどが届けられても、南越谷の貨物ターミナルにしか届かない。貨物駅ではあるが、引き渡し施設が無いので越谷駅まで引き取りに行かねばならなかった。新越谷駅が無かったので、南越谷駅から越谷駅までは歩くしかなかった。大変な時代だった。

「あまちゃん」を見ていると「1984年」という年がクローズアップされることがある。それがきっかけでこんなことを思い出すのかもしれない。

普段聞いているラジオを取りやめて「あまちゃん」の世界に没頭している。今年は新しい取り組みは何もしていないが、仕事がきつく感じる。片づけ作業はやめていないが、家に帰ってもそればかりやっていたら苦しくなるばかり。一時的にでもボケっとするために借りてきたDVDだが、これのおかげでなんとかしのげているという状況になっている。

夏の終わりごろに想定している「妄想トラベル」実現までは、つらいがなんとかしのいでいくしかない。

| | コメント (0)

2025/05/20

病院あれこれ

きょうはたくさん書きます。

 

このところ、物や本、PCファイルなどを処分しまくっていて、なるべく新しいものや情報を入れないようにしていたのですが…。

きょう、サイクリングの途中で図書館につい立ち寄り、雑誌を借りてしまいました。帰宅してからも疲れがひどくないので2冊借りたうちの1冊を読んでみました。

週刊東洋経済の2月8日号で、病院に関する特集。

公共交通も自治体が支えなければならない時代に突入していますが、病院はもっとすごい事態になっていると知りました。

かつてはこのブログでも医療に関していろいろと書いていたことがありました。その後のことはあまり深追いしていなかったので、記事を読んで驚くことばかり。

中で川口・鳩ケ谷関連の話題がありました。

ひとつは、済生会川口総合病院のこと。この病院は自分が鳩ケ谷在住時かなりお世話になった病院で、建て替える前のつぎはぎだらけの病棟の頃に一度入院したこともあるのですが、それはさておき。

済生会ってかつて「恩賜財団」といっていたと思いますが、明治天皇が生活困窮者を救済するために設立した財団なのだそうです。なので社会貢献事業にも積極的なことで知られ、川口総合病院の関連事業として障碍者の就労支援もしているし、川口の人ならおなじみなことに、休日夜間の診察を受ける市内3病院のうちの一つ。でも23年度は6億円の赤字だったとか。17年から現職にある院長先生曰く着任以来初めてのことだそうです。原因はコロナの時に専用病棟をつくるため1病棟を閉鎖、その後人員不足でそこを再開できないため病床を減らしていることだそうです。

もうひとつは、直接川口・鳩ケ谷ではないのですが。埼玉高速鉄道沿線の話。

延長計画が具体的になってきていますが、浦和美園と岩槻の間に想定されている新駅の一つが、目白大学と順天堂大学の付属病院を核にした街になると聞いていました。ところがこの順天堂大学の付属病院計画は白紙になってしまったそうです。

この病院は単なる医療機関の役目を期待されていただけではないとのこと。国立大の医学部がないために地域に医師を派遣する拠点がない埼玉県が、医師派遣の拠点として公募して決まっていたそうです。ところが近年の建設費の高騰などに加えて、医師をはじめとしたスタッフ不足の影響、その他の理由で全くの白紙に。埼玉県は人口10万人あたりの医師数が47都道府県中最低なのだとか。今後の妙案はないとのこと。

余談ですが、自分は「埼玉県にも埼玉医大があるじゃないか」とぼんやり思っていました。でも埼玉医大は私立で、地域に医師を派遣するような組織ではないのですね。精神保健福祉士の実習で行った先が埼玉医大の関連病院で、沿革を調べて初めて知りました。

一生懸命医師を育てても、都会で手っ取り早くお金になる美容外科が人気で、厳しい診療科や生活しづらい地域は敬遠されてしまうようです。年収3000万円積んでも応募がなかったという地域もあるとか。確かにそんな話は主治医もしていました。交代の医師がいなくて24時間休み無しになってしまう可能性があるからだと思います。

病院も公共交通も公費で支えないと立ち行かない、介護だってお金が回っていないし人手不足なのは一緒で、どうなるのかと思ってしまいました。

| | コメント (0)

2025/04/26

地下鉄運賃に近づく

国際興業バスの値上げが川口市民には結構影響があると思います。このところ国際興業バスは毎年値上げをしていて、昨年10月に都内路線の値上げ、そして4月から埼玉県内の値上げ。今年10月には都内路線を再値上げするとのこと。

今回の値上げは、埼玉県内区間の運賃を一律20円値上げするというものでした。自分が鳩ケ谷に住んでいた頃の赤羽駅東口~鳩ケ谷公団住宅間の運賃は250円でしたが、現在は310円とのこと。当時と比べて2割以上の値上げになっています。

ここまで上がると、高運賃と赤羽駅に直接乗り入れない不便さで不人気だった埼玉高速鉄道の運賃に追いつく感もあり。鳩ケ谷に住むのは、交通費面ではなかなかだなと思ってしまいます。

 

きょうは午前中就労支援センターで一年ぶりの面談がありました。連絡はちょくちょくしているのですが、1時間の面談はなかなか密度が濃く、現在の状況も評価してもらえましたし、先々目指す方向も確認することができました。

ただ、その後疲労感が相変わらず強く、夕方になってもぐったり感がとれません。こんなにひどいのは、1月2月にかなりテンションが高かったことの裏返しということなのか。調べてみると気分の落ち込みはそこまでひどくないものの、昨年8月以来の不調のようです。

訪問看護も来たのですが、看護師さんによると退職が相次ぎ訪問看護ステーションの人員やりくりがかなり厳しそう。今まで来てくれた方々が軒並み退職されたようで、また関係性を築きなおさなければならないようです。

| | コメント (0)

2025/04/24

JR上野東京ライン、川口駅に停車へ 将来的に羽田空港と直結

JRの上野東京ラインが埼玉県川口市のJR川口駅に停車することになりそうだ。JR東日本大宮支社と川口市が24日、同路線の川口駅停車について基本協定を結んだ。  川口駅は1日の乗客人員が約7万1千人だが、京浜東北線のホームが1本あるのみ。事故などで同線が止まると、駅周辺に利用客があふれかえる。

 このため、市はJRに中距離電車の停車を要望していた。停車に伴い、新ホームを造るほか、駅舎も建て替える。市による「請願」のため、建設費のほとんどは市が負担する。430億円程度と見積もられているが、原材料費や人手不足による人件費の高騰で、費用が膨らむ可能性もある。停車するのは2040年以降の見通しだが、こちらもさらに延びることも予想される。湘南新宿ラインはこれまで通り、川口駅は通過する。

 JRによると、同ラインは今後、羽田空港と直結することが決まっており、市は「東京駅などへの時間短縮だけでなく、空港直結の利便性もある」としている。(浅野真)

(朝日新聞社のネット記事より)

なんかこの運動は湘南新宿ラインを川口に止める運動だったはずですが、話がおかしくなって決着を見るようです。

| | コメント (0)

2025/01/16

川口駅前に商業施設復帰

川口駅前から撤退した川口そごうの後釜に「三井ショッピングパークららテラス川口」がオープンするというニュースがありました。今年5月オープン予定。

西武・そごうショップなんてものも入店するほか、そごう時代にあったテナントで川口に戻ってきてくれるところも複数ある様子。

旧イトーヨーカドー川口店を含めた樹モール沿いの再開発商業施設と合わせ、川口駅前がまたにぎやかになりそうなので、ほっとした。

ちなみに三井系の「ららテラス」は、6月に北綾瀬駅前にもできる。(地域NEWS 号外NET)北綾瀬駅は最近千代田線の本線と直通になって利便性が上がったことと、環七沿いということもあり、車と電車双方とも便利。イオンモールの競合相手は、アリオのような同業が運営するショッピングセンターではなく、アウトレットも含め多彩なブランドを持つ三井系の商業施設になってきそうな気がした。

| | コメント (0)

2019/01/30

やってくる

政府が無理に通した外国人労働者にまつわる法案、川口はかなり影響を受けそうです。

この法案は、猛烈にプッシュしていたのが日本商工会議所で、主に中小企業の人手不足に対応する想定らしいのです。川口商工会議所は中小企業の数でいえば日本で10本の指に入る多さの街の産業の代表ですから、これから外国人はさらに増えそうです。

彼らは出国する際にブローカーに借金をしてくることが多く、環境が劣悪でもやめるわけにはいきません。ちゃんと受け入れてあげるのでないと、脱走者が今以上に増えて、治安に影響しそうです。

| | コメント (0)

2018/04/24

川口味噌

川口の南平地区(旧南平柳村など)では、江戸時代から味噌が盛んに作られていて、なんと全国有数の規模だった時代があるんだそうです。知ってました?

いろんな理由で一時は滅びかけたらしいのですが、最近「御成道味噌」というネーミングで復活しています。市役所の物産展示スペースなどでも見ることができるようです。

きょうはその川口味噌を広めようという地域の有志の会に参加してきました。実は川口の障がい者施設の中では有名な晴れ晴れのクッキーにも味噌を使ったものがあるんだそうです。我が家にある「地図に刻まれた歴史と景観3 川口市・鳩ケ谷市」という本にも、よく読むと南平柳では農業以外の産業として醤油や味噌の醸造があったと記載があります。

その場ではそこまで突っ込む余地がなかったのですが、今振り返って考えると南平地域は芝川による洪水が頻繁に起きていて、江戸時代に開墾されるまでは湿地だったはず(だから弥平新田などの地名があるわけですね、新田とは江戸時代に湿地を開墾して田んぼにしたところです)。それでもそういう産業が興るところが川口らしいし、水(地下水)が良質だったのだと思います。

きょうは初めてのお弁当屋さん2連続勤務でしたが無事こなせました。

| | コメント (0)

2017/12/28

突然変わる・・・

川口駅の電車発車時のメロディが上り下りとも変わりました。

個人的には駆け込みたくなくなるような、ゆったりとしたメロディにするか、そもそもメロディそのものを廃止して「扉が閉まります」という車両からのアナウンスだけにしてほしいです。発車メロディは駆け込み乗車を誘発する以外の意味は感じられないからです。

そういう無用の長物でありながら一応存在感のある音。であるならせめていちいち意味もなく変えないでほしいです。はっきりいってけたたましくなって、一層駆け込みたくなるメロディという印象です。

| | コメント (0)

より以前の記事一覧