2009/07/09

運転見合わせ対策

運転見合わせ対策
JR東日本大宮支社では、管内の橋に防風柵を作っているようです。強風時によく運転見合わせになる武蔵野線の江戸川橋梁、中川橋梁、荒川橋梁、川越線の荒川橋梁、宇都宮線の利根川橋梁などが対象だそうです。

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2009/05/15

それはナンセンス

京浜東北線の動画広告で方言にまつわるものがあります。「この言葉を使う人はこの都道府県の人」と断定するもので、例えば今週は「トリノコヨーシ」ということばを使うのは愛媛県の人なのだとか。これは模造紙の事で製紙業の盛んな土地柄である事から生まれた言葉だというのです。しかし愛媛県で製紙業と言えば東部の伊予三島とか川之江の辺りでしょう。果たして八幡浜や宇和島の人まで使うのかな〜?

福岡県は旧豊前、筑前、筑後の3つのエリアからなり、筑豊直方地方もあって、それぞれ雰囲気が全く違います。言葉も違います。筑後の方言は福岡市では通じない事もあるのです。 千葉県だって房総半島と佐原・銚子方面と松戸・船橋・野田方面では言葉もずいぶん違うはずです。

何がいいたいかというと、現在の都道府県で地域分けするのはナンセンスだ!ということです。NHKの地域番組で県域毎に一週間中継するというのがあるけれど、例えば山梨県なんか狭くて、静岡県なんか広いのに同じく扱うのがムリ!NHKに限らずこういうことが世の中多くて(参議院の選挙区分けとか)ほぼ全国を旅歩いた自分にはナンセンスに思える事がたくさんあるのです。

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2009/05/05

愛媛から帰る

今朝四国から無事に帰ってきました。携帯から投稿しようと思っていたのですが、電池の消耗が早くて帰路に着いたら電池切れでした。残念。

高速道路1000円均一の効果はすさまじいものでした。帰路では高松道ですでに渋滞が始まり渋滞通過に1時間。大鳴門橋を渡って南淡路パーキングエリアで臨時休憩をしたときには0時を回っていましたが駐車場がほぼ満車。その後は眠ったので分かりませんが、6時半に目を覚ましたときは由比パーキングエリア付近で時刻どおり朝7時半に東京駅に着くことはありませんでした。でも1時間半遅れの9時過ぎには東京駅に到着し10時過ぎには帰宅しました。

宿泊先が双海町というところでした。ここは「夕日が立ち止まる町」というキャッチフレーズどおり瀬戸内海に沈む夕日が実に美しかったです。青春18切符のポスターにも採用されたことがあります。道の駅があるのですが、いかの炭火丸焼き500円に行列が絶えず一日で1000はいくらい捌けるのではないかと思われるほどの行楽客でにぎわっていました。駐車場の車の約7割が本州各地のナンバーをつけていました。すごかったです。今日の夕方着のバス便では深夜終電がなくなるくらいの到着だったかもしれません。バスは行きも帰りも満席でした。

現地に着いた当日は朝から奥道後温泉に行った後、深夜12時まで体を使ったり頭を使ったりいろいろと活動していましたが、翌日も午前中少しつらい時間があったもののなんとか楽しく過ごすことができました。昨年九州へ行ったときよりも体調がよくなった気がします。帰宅してからすぐ寝込むつもりでいたのですが、少し休んだ後は寝込まずに洗濯したり片付けたりといった作業ができています。

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2009/05/03

淡路島で休憩

淡路島
淡路島
明石海峡を渡り淡路島の室津パーキングエリアにいます。1時間遅れましたか、なんとか順調です。JRバス関東とJR四国バスの2台で運行中です。この2階建てバスは3列シートでなかなか快適です。バスの先には瀬戸内海が見えます。

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2009/05/02

納得

甲府盆地の境川パーキングエリアです。順調に走っていますが交通量の多さに驚いています。笹子トンネルでは車間距離が十分に確保出来ないくらいでした。東名高速が深夜でも渋滞するのが分かる気がしました。

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何時に着く?

東京駅を出発しましたがアナウンスを聞いてびっくり!昨日の同じ松山行きは渋滞のために夕方4時に松山に着いたそうです。定刻は朝8時半です。このバスはせめてお昼には着いてくれないと、何のための四国行きなのか分かりません。東名高速がこの時間でも50キロの渋滞が発生しているため、この便は中央道を迂回するそうです。中央道で渋滞が無ければ、その先名神高速は2ルートあります。なんとかなるよう期待しています。

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遠くなったり近くなったり

実は昨年のインドで新たにお友達になって頻繁に連絡を取っているのは、ダージリン近郊に住む30歳前後の人です。日本に一度来たことがあって日本語を勉強しているし働いていてもいるので忙しそうです。

インドの人はほとんど携帯電話を持っているので固定電話をあまり使いません。ところが相手の住んでいるのはダージリン。ダージリンなら山の上の街ですから携帯電波はばっちり届きますが、時折電波の届きにくいところへ出かけていることがあります。あるいは2月~3月にかけて一ヶ月もタイに旅行に行っていました。だから基本的には毎週電話しているのですが、電話が通じないことが頻繁にあります。海外通話ですからいくつもの交換局を経由しているのも理由のひとつかもしれません。

前回、前々回と自分を受け入れてくれたニラージュさんは、もうさすがに自分を受け入れる義理もないので、今度行くときは、連絡は取りますがニラージュさん宅以外に泊まる場所を探さなければなりません。デリーやムンバイにも知り合いができたので宿泊のあてはありますが、一番会いたいのがこのダージリンの人。独身で下宿しているようなので、自分をホームステイ受け入れする余裕はないのですが、もし自分が来るなら友人をあたってくれることになっています。

というか・・・なっているというのも口約束ですから実際どうなるか分かりません。相手と電話が一ヶ月もつながらないと「もうインドに行くのも難しいかな?」なんておもったりします。でも昨夜電話が通じて少し話して「また電話してください」といわれたので、なんだかまた近くなったような気がして。日本語2割英語8割で話しています。

観光だけのために行くのはつまらないし、今の自分にとって大きな金額をかけていく理由にはならないのです。やはりつながりを作るための旅でなければ。今晩から松山に行くのも観光目的ではありません。そういう意味では電話が通じるか通じないかでインドが近くなったり遠くなったりするのです。昨日電話が通じてやっとまたインドが近くなりました。インド人といってもチベットやネパールの系統のモンゴロイドなので顔立ちが日本人とそっくり。先日行ったタイでは何度も日本人と間違えられたそうです。片言とはいえ日本語が話せるのだからそうでしょう。会いたいなあ。

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2009/05/01

明日よるから

十数年ぶりに四国へ行きます。明石海峡大橋をはじめて通過してバスで松山。明日はゆっくり体をやすめて出かけます。また携帯から実況中継ができればと思っています。道後温泉も行きますよー。

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2009/04/23

鮮やかなつつじ

去年も記事にしたかも
去年も記事にしたかも
去年も記事にしたかも
今が盛りのツツジ!今日の根津神社は平日ながら大盛況です。こんなに鮮やかな時にあたったのは久しぶりかも。

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2009/03/30

つばさ

たまたま今朝叔父の家で朝の連ドラ「つばさ」の初回を少し見ました。今回は川越の菓子屋横丁が舞台です。あそこを必死に守ってきた川越の人たちの努力に頭が下がります。一軒だけ頑張ってもダメ。地域が一本にまとまらなければ。そういう意味でかじ取りがうまくいかずに苦闘する鳩ヶ谷の本町商店街みたいな方が普通なのだろうと思います。一部有志だけ頑張っても形にならない。川越には城下町として、そして埼玉県西部の中心都市としての誇り(京都が町家保存に力を注ぐのと似た)があるのだと思います。

童謡「とうりゃんせ」のふるさとでもある川越。天神様のお参りの為にわざわざ門番に断らなければならないのは、この天神様が川越城内にあったからでした。

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2009/03/29

四名山

4名山
4名山
4名山
4名山
今日は良い天気。かすみでよく分からないかもしれませんが、下から富士山、白根山、八ヶ岳、金峰山の四名山が雪をかぶって四方に見えます。桜とともに甲府盆地をピンクに染める桃の花はまだ咲き出したばかりのようです。

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2009/03/22

ガイドに載っていない香港と中国をかじる

今日3時間かけて読み終わったのは「転がる香港に苔は生えない」と言う本(文春文庫 2006年10月)です。これは文庫本にして990円という値段が示すようにかなりの長編です。著者は星野博美さんで、2000年4月に単行本として出版されたとき大宅壮一ノンフィクション賞をとっています。自分は2月から「愚か者中国を行く」(光文社新書(2008年5月)と「転がる香港~」を続けざまに読みました。すごく面白かったと同時に考えさせられました。「愚か者~」は著者が大学時代に留学した香港を基点に中国大陸を友人とともに列車で旅をしたときの記録。ほんの20年くらい前の、でも今では味わえないような中国を知ることができます。そして「転がる香港~」は香港が中国へ返還される前後の2年を著者が過ごす体験記。

インドでの体験とだぶらせながら読みました。多くのアジアの国で経済発展とともに同じようなことがおきているのかもしれないと思いました。ただ「中国」と言う大国にして表面上は社会主義の国ならではの人々の生き様を感じさせられました。日本に住んでいると「安心」できる生活こそが一番だと考えがちですが、「安心」と言う言葉は少なくとも香港にはない。中国大陸から様々な理由で移住してきた人たち、その人たちは今の自分たちを肯定することなく常によりよい地位を求めて動き続けるのです。主張し続けることでもある、日本人には生きづらいところだろうと思いました。でも自分の今の生きづらさを考えてみれば、動き続けることでなんとか病気でも食っていける人生を模索する自分と、政府をまったく信頼できず動き続けながら将来を自ら作っていこうとする香港の人たちはちょっとだけ似ているかもとおもいました。あとは「社会主義」「結果平等」ということがどういうことかも思い知りました。

いや、思い知ったというには書物の上の体験は穏やか過ぎます。ほんのさわりをかじっただけ。でもその衝撃は強かったです。インドを知っているがために推測できる事情もあります。インドも事実上の社会主義体制を放棄してから経済発展がものすごい速度で進んでいます。インドでも「安心」というのはないのではないか。「安心」というのは「他人任せにしても安全」ということではないですか?他人任せにするという発想がいかにも日本的なのではないか・・・その「安心」は異質なものを排除することで成り立つ・・・だから日本はインドのニラージュ曰く「アメリカやイギリスよりも、世界一ビザの取りにくい国」として入国管理が極めて厳格なのでしょう。ただ、入国に関してはことこれほど難しいのに、出国に関しては「国民の生命財産を守る」というにはあまりにもお粗末な対応しかできていないので、これは以前読んだ「金色のゆりかご」(佐川光晴著 光文社 2008年6月)を読むと分かります。

自分は観光地に最近あまり興味がありません。地元の人の生活、文化を体験しそこから自分の生きる指針を得ることに興味があって、だから昨年夏の国内旅行でもいったい何人の人と会ってきたことか。ガイドブックでも「地球の歩き方」のほんとうに「歩き方」、つまり習慣の違いや食べ物、水、その他気をつけなければならないこと様々に興味があります。

社会福祉政策に決定的なミスがあり、そこからこぼれ落ちている(それでもずいぶんと自分はましな生活をさせてもらっていますが)自分にとって、普通に過ごしていては見えない、同じようにこぼれ落ちている多くの人たちの生活が否が応でも見えてしまう。だから自分の将来を他人に委ねるにはまだ早いように思えるのです。

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2009/03/21

旧日の出小学校

旧日の出小学校
旧日の出小学校
旧日の出小学校
旧日の出小学校
今日は池袋地域ヒッポ主催の運動会が池袋にある旧日の出小学校で行われました。ここ、電気曲馬団時代の稽古場の一つだった南池袋区民集会室の真裏でした。とっても懐かしかったです。電気曲馬団も荒川区の廃校になった小学校の体育館で公演をしたことがありますが、あの第四瑞光小学校(だったかな)は再開発で跡形もなくなりました。ここは校庭の一部分がなくなっていますが建物は色々な団体が活用しているようです。運動会の様子は豊島区のケーブルテレビで放送されるそうです。

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2009/03/17

お子様御用達

お子様御用達
東京から大宮まで新幹線を使いニューシャトル往復と鉄道博物館入館料まで込みのチケットだそうです。大人3,500円、小学生1,000円。

今の子どもたちの憧れはブルートレインではなく新幹線なんですね。楽しい春休みの行楽にいかが?

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地域性

JR西日本がICカードを導入したとき、種ともこさんが「関東がSuicaで関西がICOCAというネーミングセンスに地域性を感じる」と書いていました。その後関西の私鉄に導入されたのはPiTaPa、関東はPASMO。JR東海がTOICA、北海道がキタカで、九州はスゴカ。確かに地域性がよくでますね。以前から西鉄と福岡市営地下鉄で使えた磁気カードは「よかネット」だし。

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2009/03/09

ロシアから

ロシアから
今月半ば過ぎから、我が家の近所のヒッポメンバー宅にロシアの方々が家族交流のためにホームステイします。日本からも小学5・6年生が一週間ホームステイに行き家族交流も盛んなロシアですが、自分の中ではとても遠い国です。このポスターは地下鉄の駅に貼ってあったもの。ポスターのような教会(だと思います)よりも人びとが普通に暮らす家がどんなものだか気になります。遠い気がするけれどもお隣なんですよね。

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2009/03/01

ムーンライトながら・ムーンライトえちご廃止

3月14日のJRダイヤ改正で寝台特急富士とはやぶさが廃止になります。これは事前に予測していたので残念ですが仕方がない。せめて前から書いているように「サンライズあさかぜ」東京~下関間を運転してほしいです。東北・北陸方面の寝台特急は残るのだから、やり方しだいでせめて赤字が出ないくらいの利用率は取れるのではないかと思うのですが。九州へ新幹線でも飛行機でもないのんびりかつ豪華な行きかたがあってもいいと思います。昨年熊本駅で偶然反対側のホームについた「はやぶさ」の写真があるのですが、容量過多でアップロードできない!ココログ、だめじゃん。

それとは反対に先月初めて知ったのがムーンライトながら・ムーンライトえちごの廃止です。両方とも臨時列車として残るとのことですが、使いたいときに運転されない日がある可能性が高いです。青春18切符で西日本・九州へ行くのになくてはならないのがムーンライトながら。北海道へ行くのになくては面倒なのがムーンライトえちごです。どちらも最近の高速バスブームで一般の利用客(つまり青春18切符などではなく正規料金で利用するひと)が減ったのが廃止の理由でしょう。自分でも名古屋だったらJR高速バスで行くくらい。3列シートのドリーム号でも片道JR運賃より安い。JR以外のツアーバスなどなら5000円未満で名古屋・京都・大阪までいけますものね。

うーん、残念。

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2009/02/12

パワナ・クマールさん

クマールさんはインドのニューデリーで活躍している日本語ガイドさんです。自分は日本の旅行会社で空港からホテルまでの送迎を頼んでいました。ニューデリーのインディラガンジー空港は慣れない旅行客がトラブルに巻き込まれることがとても多いです。自分は基本的には自力でタクシーを頼めますが、不測の事態に備えて今まではいつも日本から送迎を頼んでいました。

クマールさんは今回の旅が初めての出会い。何人か出会っている通訳ガイドさんの中でもとても人柄が良いと見受けました。

自分がシッキムに行って三週間を過ごしている間にご承知の通りムンバイの同時多発テロが発生しました。デリーに戻って来てクマールさんと再会したら、テロの後旅行客がさっぱり来なくなり仕事がないとの事。自分の送迎の仕事が済んだら一旦実家に帰るというので、お願いして帰国日の空き時間にレストランを案内してもらう事にしました。

1ヶ月の滞在が無事に終わる日。ホテルのチェックアウトが12時で飛行機は夜9時出発。この中途半端な時間を利用して中華料理を食べに行きました。日本円で約三千円のコース料理。自分にとっては豪華なランチでしたが1ヶ月の滞在よくやったので言わば自分へのごほうびプラスデリーにも友達がいたら心強いとの気持ちで奮発しました。

そこでぶっちゃけの話を色々しました。彼はヒッポの事を知っていました。そして「語学力よりもコミュニケーション力が大事」との事。言葉を仕事の種にしている彼からそう言われると「ホント、そうなんだよねぇ」と改めて思わされました。とても楽しくおいしいランチの後連絡先を交換してから空港に送ってもらいました。

帰国してからすぐに連絡してみました。「まった来てください」との言葉が胸に染みました。

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2009/01/12

富士山を間近に

富士山を間近に
富士山を間近に
富士山を間近に
御殿場で楽しい一泊二日でした。帰りも高速バスで楽チン快適。

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2009/01/11

安くて楽チン

今日はヒッポのイベントの為御殿場へ向かっています。昨年同じような泊まりがけのイベントに出るつもりだったのですが、意気込みすぎたために体調悪化し、やむなくキャンセルしました。今回もなるべく役割を引き受けず(ホントはなんでも手伝いたい)お客さんとして気楽に参加します。

いつもなら普通列車で行くのですが、検討の結果JRバスにしました。渋滞の可能性もありますが必ず座れるし、鈍行列車で行くよりかなり安いです。最近ハイウェイバスの魅力は増したと思います。良く調べないとどこ行きのバスがどこから出発するかなど難しいこともありますが(東京駅・浜松町駅・渋谷駅・新宿駅・池袋駅・・・新宿駅は会社によって乗り場が3つ)調べる価値ありです。

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2008/12/28

続々たくさんのびっくり

インド各都市がそうなのか、ちょっとさだかではないのですが、少なくとも自分が立ち寄る街は交通信号機がとても少ないです。首都デリーでさえ、あの街の規模からしたら信じられないほど信号機が少ないです。でも当然交差点はたくさんあります。デリーでは交差点がロータリーになっていて時計回りに走りながら合流しそれぞれの方向へ散っていくのです。大きな交差点はもとより市街地のブロックの中でもそのような交差点になっています。運転が乱暴なのとスピードの違うサイクルリクシャやオートリクシャ、自動車、トラック、野良牛や野良犬などが渾然一体と街中の道を通るので、とても交通事故が多いのではないかと想像しますけれど。地方になると交差点には信号がなく、交通量の多い交差点はやはりロータリー式になっていて、中心の小さなサークルに交通警官が立って交通整理をしています。

帰国して赤羽駅からバスに乗ったとき、赤羽岩淵駅をはさんで両側にある交差点の複雑さにあらためてびっくりしました。王子駅前の交差点もすごいのですが、これらはメインストリートである国道122号線が直角に曲がるところにあり、しかも明治通り(王子駅前)や環八通り(赤羽岩淵駅)との分岐になっています。そこへ斜めに交差する道路があったり都電が出入りしたり、さらに歩行者用信号があったりと、すさまじい複雑さです。これを秒単位で正確に管理する交通管制システムにあらためて感心しました。

川口市内のあずま橋通り、あずま橋から国道122号との十二月田交差点までの間は川口駅発着のバスが大変多く通る道です。ここではバスがスムーズに走れるようにバスロケーションシステムと交通信号が連携しているのだそうです。たとえば信号が変わりかけるときにバスが通りかかると、バスが通り過ぎるまで信号機がかわるのを遅らせたりするんだそうです。すごいですね。日本おそるべし。

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2008/12/24

続たくさんのびっくり

電車やバスの車内が静か。ただ多くの人が携帯片手にメールしているのがとても不思議に感じます。インドは結婚式のセレモニー最中も携帯の電源を切らず、電話使い放題のお国柄。逆に携帯でメールを使う人を見たことがありません。

それまでは電車内で携帯を使って通話している人がいると反発を感じていたのですが、口で言わずにメールで伝えるという事はとても日本人的な事なのだと思います。以心伝心という理想系に近いからなじむのかも。

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2008/12/14

ただいま

一ヶ月ぶりのご無沙汰です。ただいま。無事に昨日朝成田に着きました。先ほどまで疲れて眠っていましたが、昨年の帰国時より体調はいいです。

ムンバイのテロでいろいろとご心配いただいた方々、ありがとう&ご心配をおかけしました。自分の行っていたのは北東部のヒマラヤの山の中。紅茶の里ダージリンの近くです。なので、沖縄の離島から東京のホテルニューオータニか帝国ホテルでおきたテロを見ているような感覚でした。実際タージマハルホテルというのは現地のランドマーク的なホテルで、東京にも現地予約事務所があるような最高級ホテルなのです。帰国時に空港の警備が非常に厳しくなっていると聞いていたのですが、ほとぼりが冷めたのかスムーズに手続きできました。

日本では日本人が一人亡くなったということで大変大きく報道されたようですが、インドの新聞を見ると世界中の旅行客が犠牲になったそうで、インド政府は国家の威信をかけて犯人逮捕しています。パキスタンに根拠地がある勢力だそうで、パキスタン政府も自国にいた犯人数人を拘束しました。が引渡しをめぐって少々もめています。

1ヶ月向こうにいて、下痢を一度もしなかったのは昨年と同様。ただ金銭感覚が現地のものになってきてしまったのでこちらの物価高に辟易しています。缶コーヒー120円?ということは250ルピーでしょう?2本分で田舎のまともなホテルに一泊できます。もって行ったレンタル携帯も1分270円というべらぼうな値段で着信にも料金がかかるので電源を切っていました。

1ヶ月も行っていたので、一日寝ている日も多かったです。ある日などは外出しなければならなかったにもかかわらず体が動かなくてうなりながら這っていって「今日は無理」と相手に伝えたりもしました。がおおむね元気でいろいろとこなすことができました。現地の1週間にも渡る結婚式に友人として招待され、大変もてなしていただきました。

詳しくはこれからおいおい書いていこうと思います。

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2008/10/14

都電の車庫?

都電の車庫?
都電の車庫?
インドのビザを申請するため茗荷谷へ来ました。初めて降りた駅です。去年は麹町のインド大使館で受け付けていたのですが、場所が変わりました。申請そのものは特に問題なく済みました。

写真は近所にある都バスの車庫ですが、奥の方にある建物を見るとどうもこれは昔は都電の車庫だったようです。渋谷車庫のように都電車庫が再開発されバス車庫が別にあるケースの方が多いでしょうが、ここはそのまま転用したみたいです。面白いですね。

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2008/09/23

秋の色

秋の色
まだ少し汗ばみますが、夕方海の方から涼しい風が吹いてきました。

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目的違い

目的違い
いやに人が多くて驚きましたが、過半数のお目当てはジブリでした。自分はパラレルワールドの方を見にきたのですが、インスピレーションのわく楽しい展示でした。

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東京都現代美術館へ

東京都現代美術館へ
東京都現代美術館へ
東京都現代美術館へ
東京都現代美術館へ
東京都現代美術館へ
東京都現代美術館はお気に入りの一つでしたが病状が悪化してからずっと来られませんでした。久しぶりに来たら地下鉄清澄白河から近い!前は木場から歩いたのに。道路は広がり、タワーマンションが立って、ずいぶん周囲の雰囲気が変わりました。

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2008/08/13

やっと

やっと
ここまで帰ってきました。Suicaが使えるようになりました。あと1回乗り換えて湘南新宿ラインに乗ってしまえば赤羽までまっすぐです。

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2008/08/12

ムーンライト九州

最近は夜行バスが人気なので夜行列車は減る傾向にあります。やっと帰路につきムーンライト九州に乗っています。この列車は臨時列車で、車両は14系という国鉄時代から臨時列車として使われている車両です。この列車は特に、スキーが流行っていた頃にシュプール号として使われていたようで、なんとスキー置き場があります。いつまである列車でしょうか。今日は満席だそうですが、時代とともに近い将来なくなる列車だと思います。

行きに使ったムーンライトながらと同様に冷房が効きすぎで上着が手放せません。

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門司港駅

門司港駅
門司港駅
門司港駅
門司港駅
初めて門司港駅にもきてみました。ちょっと時間がなくなってしまい駅前に出ただけですが、関門橋の眺めも良く、レトロな街並みも本物だけに見応えがあります。目と鼻の先に見える下関へ船で渡ることも出来るようです。ここへはもう一度時間を取ってゆっくり来たいです。若松もホンのさわりを見ただけですのでまた来たいです。

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ここだ!

ここだ!
air plants がメンバーの橋本歩さんの出身地である若松でライブをしたのが多分ここだと思います。今日は休館日で中を見る事は出来ませんでした。

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若松から渡し船

若松から渡し船
若松から渡し船
若松から渡し船
若松から渡し船
若松から戸畑まで若戸大橋の下に渡し船がありました。片道150円ですが例の障害者手帳を見せたら障害者運賃で50円でした。係の人が「いったいどうしたとね」と聞くので手短にうつ病で働けず9年たつ事を話したら、良く来たねと言って出発する時手を振ってくれました。なんだか暖かい気持ちになりました。船から偶然虹が見えました。わかるかな?

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若松駅

若松駅
若松駅
若松駅
現在若松駅です。ここは昔筑豊地区から製鉄用の石炭が運ばれてきて貨物列車が沢山止まっていたはずですがその面影はなく、昔貨車のヤードだったと思われるところは新しい団地や駐車場になっています。列車内から洞海湾も見えました。かつて社会の時間に勉強した、これが本物なんだなと思いました。

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2008/08/11

みんなカラフル

みんなカラフル
みんなカラフル
みんなカラフル
九州の電車は国鉄時代から使っているものを除きとてもカラフルなデザインです。東京近郊もデザインがもっと良ければそれだけでも少しは気持ち良く乗れると思うのです。

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乗り換え

乗り換え
乗り換え
現在はこのように同じホームで新幹線とリレーつばめを乗り換えることになります。この風景はもうすぐ見られなくなります。

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九州新幹線つばめ

九州新幹線つばめ
つばめに乗りました。鹿児島中央駅から乗り降りしたことは一度もなくていつも川内〜新八代です。そのままリレーつばめに乗りかえたこともありますが、たいていは新八代からまた普通列車です。車内は新幹線としての機能性も保ちつつ、木目調の落ち着いた雰囲気です。殺風景な東海道新幹線とは雲泥の差があります。新幹線区間はほとんどトンネルですが、この区間の在来線は天草列島と海が眺められる鹿児島線随一の景色の良い区間でした。しかし概して景色がいいということは難所でもあるわけです。海岸線にそってうねうね行くのと新幹線では20キロ位新幹線の方が距離も短いです。

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床にぺったん

床にぺったん
九州に来たなあと思うシンボルはいくつかありますが、特にこれ!九州管内の普通列車のドアにはすべてこのステッカーが貼ってあります。東日本には絶対ないステッカーです。中途半端に空いていると高校生くらいの子がぺったんと集団でしゃがみこんでしまいます。ジャージ姿で電車に乗ってくる子もいるので、自宅と区別がつかないのかなとも思います。いずれにせよのどかということでしょうか。

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2008/08/10

明日は

明日は
明日は
明日は
スケジュールを調整して九州新幹線に乗ります。この5年位東海道・山陽新幹線や東北・上越新幹線には乗っていないのに九州新幹線だけは今回で3回目。九州新幹線の並行在来線が第三セクターに移管され青春18切符では乗れないことなど色々な理由があるのですが、何しろよく来ていますね。写真は明日出発する鹿児島中央駅です。

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2008/08/09

夜の桜島フェリー

夜の桜島フェリー
夜の桜島フェリー
夜の桜島フェリー
夜の桜島フェリー
桜島フェリーに乗るのは2回目ですが、車を載せていくのは初めて。垂水で花火大会があったので普段のこの時間より混んでいるようです。以前フェリーに車を載せていったのは鹿児島県の長島から天草の牛深まで。この時は天草を縦断しましたが、その景色の美しさにうっとりするほどでした。

さあ鹿児島港へ出発です。

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ぐっと迫る

ぐっと迫る
ぐっと迫る
ぐっと迫る
桜島の横にある展望台からの眺めです。このあたりには急な噴火に備えた防石壕が至る所にあります。観光客の中には韓国語を話している人やマウンテンバイクで沿道を走る欧米人もいて国際色豊かです。

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桜島フェリー

桜島フェリー
桜島フェリー
桜島フェリー
桜島フェリー
桜島フェリーに乗って桜島へ向かいます。朝雨が降っていましたが今は曇り空です。

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2008/08/08

鹿児島と言えば

鹿児島と言えば
もちろん桜島ですよね。

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鹿児島にいます

鹿児島にいます。
鹿児島にいます。
今日も暑いです。鹿児島につきました。

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2008/08/07

これは何?

これは何?
これは何?
今回初めて天候が少し悪化してぱらぱらと雨が降ってきました。現在大隅横川駅です。窓ガラスの外が曇るほどの湿度。
ところで蚊取り線香のように渦巻きを巻くこの写真のもの、何か分かりますか?自分の高校時代、大宮から出る川越線の駅にもあったのです。答えを説明するのは難しいので省きます。ただこれを知っている年代はやはりおっさんの仲間入りをしてると思います。鉄道博物館にも無いだろうなあ〜。

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車掌はいないけど

このいさぶろう号には客室乗務員がいます。東京近郊の普通列島グリーン車のように、車掌ではありませんが検札もして観光案内もして弁当や飲み物も売ります。JR東日本のグリーン車乗務員のように早朝深夜の乗務がないですから、その点はいいかもしれません。

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肥薩線ゴトゴト

肥薩線ゴトゴト
肥薩線ゴトゴト
肥薩線ゴトゴト
肥薩線は現在の鹿児島線(肥薩オレンジ鉄道)より早く熊本〜鹿児島間を結ぶルートとして開通したそうです。その当時、海沿いは艦船から攻撃される可能性があったからとか。ところが人吉〜吉松間の勾配がきつく、初期の蒸気機関車は登りきれないこともあったとか。沿線の駅はほとんど写真のような開業当時そのままの姿です。

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肥薩線に入ります

肥薩線に入ります
肥薩線に入ります
肥薩線に入ります
今日は朝早い出発でした。6時半には熊本駅に。そこから南下して八代に来ました。

以前八代から乗ったのは写真下の1両編成ワンマン列島でした。ところが今日は上の写真のような変わった列島です。この列車は、実は人吉から乗り換える予定のいさぶろう号の車両。日本三大車窓といわれる眺めを売りに、乗客がほとんどいなかった峠の区間にわざわざ乗りに来る客を増やしたのです。実際人吉からの指定券は9Aになっているので結構売れているはず。面白い試みですね。山陰線の餘部鉄橋を列車で渡る為だけに観光バスで来る人も大勢いました。

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2008/08/06

熊本

熊本
熊本
熊本
熊本にいます。驚きました。駅舎はなくなっていなかったけれど駅前の風情ある町家がすべて取り壊されているところでした。街が壊れていくところでした。熊本らしさがなくなったら福岡で何でも済んでしまいます。新幹線というハードウェアは熊本をずたずたにしているところです。

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有明海が見える

写真には撮れないですが有明海が少し見えます。ここは南荒尾です。有明海はこの国の矛盾がすべて凝縮されているようなところです。先ほどは自分の知らない巨大な橋が建設されていました。誰も止められない。政治家とゼネコンと地元有力者が国の金を分けあうために不毛な営みが続きます。

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スタンダード

スタンダード
2両編成のワンマン列島で熊本に向かっています。写真は車内の様子。すっきりとしたデザインで椅子は進行方向向きに簡単に変える事が出来ます。西日本以西ではこのように普通列島でも椅子の向きが変えられるタイプがスタンダード。広島地区ではボックスシート(お見合い席などと呼ばれます)車両ももこのようなタイプに改造されつつあります。

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工事中

工事中
羽犬塚駅は新幹線工事のため駅舎がなくなっていました。久留米もです。多分熊本もでしょう。ちょっと寂しい気がします。

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2008/08/05

種さん熊野古道を歩く

種ともこさんのブログを見たら、なんと熊野古道を踏破したそうです。写真満載です。ぜひここから見てみてください。音楽の話はこの記事には書いていないけれど、ついでに種さんのミュージシャン生活もご覧あれ。

実は最近種さんの歌がまた聞きたくなっています。種さんの歌をデビュー以来20年以上聴き続けて、エッセイも何度も読んでぼろぼろになってしまったくらい。最新アルバム「おひさま」を聴いて「あれっ、違うなあ」と思ってしまい聴けなくなっていたのですが、最近少しずつ気持ちが種さんに戻りつつあります。ファンクラブ「種の友」も終了したらしい・・・。そりゃそうだ、以前はファンクラブ会報でしか知る由の無かった種さんの音楽的日常やライブ情報をブログで簡単に知ることができるのですから。

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2008/08/04

明るい!

明るい!
博多を過ぎて南福岡で特急待ちです。車庫があります。6時半を過ぎてまだこの明るさです。東京の夏至の頃がこんなものではないでしょうか。1時間くらい感覚的に違います。当然朝も日が昇るのは遅いです。九州で住んだ頃この「時差」のため何度遅刻しそうになったことか!もちろん発病していましたので基本的に朝はつらかったのですが。

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九州へ

九州へ
九州へ渡りました。写真は戸畑駅から若戸大橋を撮ったのですが分かるかな?若戸大橋は洞海湾を挟んで戸畑と若松を結ぶ橋。この橋ができた頃このあたりは国の経済の中心の一つでした。若戸大橋開通記念に切手が出たほどです。当時は記念切手が出るのはすごい事でした。

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本気でメンテナンス

山陽線を下って下関へ向かっています。目に付くのが並行する山陽新幹線の高架。はっきり言ってボロボロです。もちろん鉄筋コンクリートの強度はそれなりにあるのでしょうが、これではコンクリート片がたびたび剥がれ落ちるのも当たり前だろうと思います。山陽新幹線が開通してから30年以上。この構造物があと20年もつだろうか?新しいものを作るより既存設備のメンテナンスをしっかりしないと20年後社会資本がボロボロになるでしょう。少子化で経済成長も見込めないのに。本気でメンテナンスをしよう。

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巨大金魚ちょうちん

金魚ちょうちん
柳井駅です。ポスターにもなっている金魚ちょうちんの、これが本物です。

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2008/08/03

はす畑

はす畑
柳井に初めて行った時の3人は岡山から南岩国行きに乗りました。終点の南岩国で次の電車を待つ間、強烈に印象に残ったのがこのはす畑。駅の裏手に大きく広がっています。花が咲いていましたが夕方なので花びらはつぼみのように閉じていました。

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呉線

呉線
呉線
初めて呉線に乗っています。現在竹原です。呉線は予想通り海としまなみが美しく見える路線です。途中海水浴場も見えました。この暑さで日曜日ですからたくさんの人たちが泳いだり遊んだりしていました。うらやましいです。

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尾道

尾道
尾道
尾道
尾道
自分たちが十代だった頃のいわゆるアイドルと尾道は切り離せないです。大林宣彦監督の映画でヒロインを演じていて、その舞台が尾道だからです。船着き場一つ、路地の一本を見ただけでよみがえるシーンがいくつもあります。今日は急いで九州へは渡らないので、時間はそんなにありませんが、尾道で7年ぶりくらいに途中下車します。

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赤穂線

姫路から岡山までは以前座席確保が大変でした。1時間おきにしか列車がなかったからです。最近は米原からの列車が播州赤穂行きになったので、少し時間が余計にかかりますが赤穂線回りで岡山まで出ます。相生で山陽線に乗り換えるのは大変なのです。赤穂線からは入江になった海が時折見えます。ここ、日生(ひなせ)もそうです。フェリーも見えました。瀬戸内沿いをのどかに進みます。

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蝉しぐれ

今年は、なのか、木がないからか、鳩ヶ谷や都内ではわずかしか聞こえない蝉しぐれが滋賀県に入ったらうるさいくらい聞こえます。電車からそれだけ聞こえるのだから相当すごいのでしょう。猛暑が続く西日本だからというのもあるのか、本当に度々聞こえます。今日も暑いぞ、ばてずに行きます。

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米原を出ました

昨夜のムーンライトながら91号で出発しました。初めて柳井に行った時は指定席ではなかったので男3人で夜9時から品川駅でビールのみながら列車を待ちました。椅子も直角のお見合いシートでとても窮屈でした。同行のSさんは当時仲の良かった子と結婚してもう何年もたちますが、直角の椅子に耐えられず、沼津あたりからデッキに新聞紙をひいて寝ていました。昔の大垣行きはホント通路に丸太のように人がゴロゴロ寝転がっていたものでしたね。今は全車両座席指定で往年の面影はありません。座席もリクライニング。でもいろんないでたちの人が乗っているのは相変わらずでしょうか。

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2008/08/02

金魚ちょうちん

約5年ぶりのJRグループ・山口キャンペーンです。今回も柳井の金魚ちょうちんがポスターになっています。前のポスターの方が風情あったなあー!でも柳井のこの風景は何度見ても和みます。柳井には8月4日に立ち寄り昔の演劇仲間と再開する予定です。またこの金魚ちょうちんはインドのニラージュが我が家に来たときお土産に渡したので、なんとインドシッキムのニラージュ宅にも飾られています。もちろん我が家にもあります。完全手づくりなのでお盆休みを過ぎると買えないとか。

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2008/07/23

積極的乗客開拓

積極的乗客開拓
京浜東北線車内にはつくばエクスプレスの広告が掲載されています。筑波山への周遊切符の広告です。鉄道利用ハイカーにとって、関東鉄道が廃止になってからは少々行きづらいところでしたが、この切符を使えばわりと手軽に筑波山へも行けそうです。それにしても、京浜東北線車内広告までだせるのは新規開業路線の中では順調に乗客がついて余裕があることもあるのでしょう。

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2008/07/07

来月は旅行だ!

昨年冬、浦河と旭川に行って以来、一泊など小さな旅行はあってそれはそれで良かったのですが、「インドへ行く前にまたハードな旅に出てみたい」と思いました。インドへ一人で出かけるなどということは、国内でバックパッカーもどきの旅をさんざんしているからこそ出来たのだと思います。あの野生の勘(?)を研ぎ澄ましにいきたいと思っていました。

1週間ほど前から様々にコースを検討、吟味。今日だいたい決めました。

8月2日のムーンライトながら91号で出発。
8月3日は徳山
8月4日~5日は羽犬塚(福岡)
8月6日は熊本
8月7日から10日まで鹿児島
8月11日は博多
8月11日ムーンライト九州で帰郷の途に。

こんな感じで大雑把にきめて現在現地で会いたい人たちにスケジュールを打診中です。

人に会い、景色に会い、さまざまなものに会ってきたいと思います。

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2008/07/06

ミゾラム

ミゾラムってどこだと思います?先週の地球ラジオを聞いていたら「インド・ミゾラムにお住まいの~~さんから」というお便りがあってたまげました。調べたらミゾラムはインドの一番東のはずれ。ミャンマーと国境を接しているところです。これは大きな被害は無くてもミャンマーを直撃したサイクロンでなんらかの影響が出たでしょう。

紅茶で有名なアッサムをはじめとして、インドでもバングラディシュの東側はミャンマーなど東南アジアの影響が強く反政府勢力なども活動しているそうで、外務省の海外安全情報を読む限り旅行者にはお勧めできないところのようです。そんなミゾラム州にも日本人がいて短波ラジオかインターネットか分かりませんが地球ラジオを聞いてお頼りを投稿したりしているんです。すごいですね。

もっともミゾラムの方から見たら、チベット(中国)と国境を接し、ビザのほかに入域許可証が必要で15日ごとに延長を願い出なければならないシッキム州のほうがとんでもないように思えるのかもしれません。7月になりましたからいよいよあと4ヶ月でまた自分はシッキムにいくことになるはずです。

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2008/07/02

潮の香り

ビルだらけの東京ですが年に数回、街に潮の香りが漂うことがあります。今日のように南風の強い日に川に沿って上って来るようです。風がわずかでも湿度の高いときは海の近い銀座辺りでは海の香りが漂うことがあります。この街も人間の建築物ばかりではないんだな〜と思う瞬間です。

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2008/06/25

ちょび特集

今月の散歩の達人は副都心線と池袋の特集ですが後ろの方に川口のちょび特集があるので買ってしまいました。散歩の達人を買ったのはリニューアル直前に川口や鳩ヶ谷、蕨、戸田の特集が組まれて以来3年ぶりくらいかも。個人的にはナガセレコードが出ていないのが残念!

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2008/06/06

恐ろしい地盤沈下

恐ろしい地盤沈下
恐ろしい地盤沈下
恐ろしい地盤沈下
敢えてどことは書きません。このエリアでは昭和50年代から軟弱地盤と地下水の汲み上げにより全国的にみても激しい部類の地盤沈下に見舞われていました。地下水の汲み上げをやめたことで一時沈静化したのですが、たまにここに来ると確実に以前より被害が酷くなっていて何ともいえない気持ちになります。鉄筋コンクリートで深いところにある堅い岩盤に杭をうっているところだけが浮き上がるので木造住宅などはこれほど大きな被害は出ませんが分譲マンションなどは要注意です。

写真ですが、上2枚は建物が浮き上がってステップが高くなってしまったので、新たに階段式にステップを刻んであるのです。一番上の写真では、その階段がさらに浮き上がってきているものです。3番目の写真はもろに建物が浮き上がってしまっています。じわりじわりと被害が広がるところが地盤沈下の恐いところです。

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扇風機のある電車

扇風機のある電車
扇風機のある電車
昔の電車には天井に扇風機がついているのは普通のことでした。今や東京近郊で車内に扇風機がついているのはかなり少ないです。1970年代に作られたもので、JR東日本からはなくなったと思われます。写真は東急田園都市線(メトロ半蔵門線、東武線にも直通)の扇風機付き電車です。この他にはメトロ千代田線にある車両(小田急線、JR常磐線乗り入れ)位が往事を偲ぶものになっています。もうすぐ東京近郊からは消え失せるでしょう。

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2008/05/29

為替のいたずら

自分が「インドで小学校に本を寄贈しよう」と思うきっかけになった本、「マイクロソフトでは出会えなかった天職」(ジョン・ウッド著・ランダムハウス講談社)の原著が我が家に積ん読状態になっています。英語のペーパーバックです。この本、英語なので英語が通じる国なら日本語の本と違ってどこでも売ることができます。そこで値段表記は3つあります。US$15.95 canada$18.95 UK£12.99です。これを今日の日経新聞朝刊に載っているレートで円換算すると…。アメリカ約1864円、カナダ約2008円、イギリス約2713円となります。同じものなのにこんなに値段が違うんですよ。

特に注目なのはカナダです。新聞記載レートだと対円でアメリカドルが104.38円、カナダドルが105.98円。つまりカナダドルの方が高いのです。これは近年にはなかったことです。本の値段を見ていただけば分かるようにカナダドルはアメリカドルの約85%くらいの価値がずっと続いていました。それが徐々に近づき逆転してしまいました。これはアメリカがいわゆる「サブプライム問題(これもわかりやすく書き下ろしたいですが)」で混乱し米ドル安がすすんでいることと、原油価格の高騰が原因です。実はカナダにはオイルサンドという、原油を含んだ地層が広範にあるのだそうです。普通の原油価格では原油として取り出すのはコスト割れなのですが昨今の原油高でオイルサンドを原油にしても採算が合うのだそうです。そこで「資源国通貨」としてカナダドルに投資するディーラーが増えて米ドルとカナダドルの価値が逆転したのだそうです。

今アメリカとカナダの国境ではたくさんのカナダ人がアメリカへ買い物に来ているそうです。アメリカで買った方が同じものでも安いからです。これは90年代の円高で日本人が海外へ買い物ツアーに出かけていたのと同じ構図です。ただ隣国だけに、カナダの人は生活用品なども買っていくようです。

以前の週刊ダイヤモンドで為替の特集がありました。それを読んでびっくりしたのですが、為替変動は今や実需よりも投機のウエイトが高いのだそうです。つまり学者先生方が「理論的には1米ドル80円を割っても不思議はない」と言っても、理論で相場は動かないということ。思惑が相場を動かすのです。これは昨今の原油や穀物価格の上昇の原因と全く一緒です。

投機のおかげでガソリンや食品の値段が上がるのではたまったものではない、投機なんか規制した方が良いのではないかと思う方も多いでしょう。しかし(これはひとくちで言い尽くすのは困難ですが)市場である以上規制をかけることは悪影響の方が大きいのです。だからたとえば為替なら市場のルールに従って介入することはあり得ます。

アメリカの連邦準備制度理事会(FRB)のバーナンキ議長がサブプライム問題への対処として緊急の利下げを繰り返しました。ところがそこで流れ出たお金が狙いとは違う方向、つまり商品相場への投機に使われているのです。いろいろ読んでいますがこの事態への有効な処方箋はまだ見つかっていないようです。

ちなみに冒頭で紹介した本は日本では税込み1680円です。ハードカバーで翻訳と装丁の手間がかかっているのにアメリカの値段より安い!勝間和代さんの言うように日本の本は安いです。しかも情報の質が高いのです。本をたくさん読もうではありませんか。

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2008/04/30

オレンジの光に包まれて

オレンジの光に包まれて
オレンジの光に包まれて
オレンジの光に包まれて
本郷の東大周辺はけばけばしい明かりがなくナトリウムランプのオレンジ色の灯りに包まれています。いい雰囲気です。近頃聞かなくなったかえるの鳴き声もするのです。げろげーろ・・・。

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2008/04/26

柏の葉キャンパス駅

この柏の葉キャンパス駅は駅前にららぽーと柏の葉があり、マンションは三井不動産レジデンシャルが作っているようです。まるで三井不動産の街です。新三郷ららシティもマンションとショッピングモールを一緒に開発するそうで、この柏の葉キャンパス駅と同じようになるイメージですね。ただし規模はもっとずっと巨大でしょう。

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つくば

つくば
初めてつくばへ来ました。北千住からつくばエクスプレスで40分くらいで来てしまうのにびっくりです!しかもすごいスピードで突っ走るのにあまり揺れないのでとても快適。これなら北千住からつくばまで1000円でも納得です。つくば駅の周りはショッピングモールだらけですごく暮らしやすそう。茨城を見直しました。JR常磐線が不便すぎるのです。つくばエクスプレス(首都圏新都市鉄道)は埼玉高速線より赤字が少ないらしいですがさもありなん。

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2008/04/22

高速バス選び

今日は珍しく薬飲んでも眠れません。諏訪湖サービスエリアから談合坂サービスエリアまでほとんど眠れませんでした。多分このまま新宿まで眠れないでしょう。中央道は勾配が激しいのでエンジンの音と時間を総合すると景色が見えなくても今どの辺を走っているかほぼ分かるようになりました。
今はツアーバスがはやっていて格安で運んでくれますがツアーバスには資本の乏しい会社も参入していますから何かあった時のフォローが心配です。JRバスならその辺りは確実だと思いますので少しの運賃を削るより安心料込みで考えた方がいい気がします。JRバスでも色々な割引運賃を使えばツアーバスと遜色ない運賃で利用出来るんですよ。

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2008/04/21

もうすぐ帰ります

もうすぐ帰ります
このバスが帰りに乗るバスになります。あと約5時間で帰路につきます。

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町家再生

町家再生
町家再生
町家再生
古い町家を使って現代風のお店を経営するという流れがしばらく前から京都でかなり多く起こっていましたが、今は全国に広がっているようです。名古屋駅近くにも少し歩くと古い町家がかなり残っています。今回そこを通ったらパスタ屋さんや焼き鳥屋さんになっていました。建物の構造はそのまま生かしかつ空間は今風のものになっています。これは全国的な流れなんですね。

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2008/04/18

工事中

工事中
工事中
工事中
工事中
バス乗り場は工事中でこんな風になっています。ですから発車時刻の近いバスはスムーズに出発できません。ちなみに新宿には高速バス乗り場が3カ所(小田急系、京王系、JR系)もあるので慣れないと大変でしょう。

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今晩から名古屋

今夜のJR夜行バスで名古屋へ出かけます。

最近の夜行バスは大人気。特に週末は大混雑で新宿駅新南口の乗り場も大変狭いため定時出発は困難な情勢です。自分のバスは23時50分発ですから日付が変わってからの出発になると思われます。

名古屋は最近良く行きますが、夕方の東名ハイウェーバスに乗ったとき渋滞に巻き込まれて東京に着いたのが赤羽行き終電にやっと間に合うような時間だったことがあるので(このブログで実況中継しました)、夜行で、中央道経由にしています。

自分の席は行きも帰りも1番A席。2階建てバスの一番前です。カーテンが閉められているので景色はそんなに見られませんが3列シートですし、一番前は荷物が目の前におけるのでいいです。

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2008/04/11

山梨で起こっていること

自分の叔父の話をします。叔父は母の実家を継いで、勤めていた時代もありましたが今は農業一本です。桃とぶどうを作っていて、他に自宅用程度の田んぼがあります。

前に書いたようにこの地域では中部横断自動車道なるものが建設されました。これはひどい道路で東京に向いていません。長野方面に行く人がたまに使う程度で「3分に1台程度」しか利用者がいません。東京を向いていないのは満遍なく故金丸信氏の地盤である山梨3区(衆議院の小選挙区、ちなみに山梨は人口85万程度で選挙区が3つもあります。埼玉県なら人口50万で1つの選挙区です)に金をばら撒くためのようです。道路だけでは足りないのでインターチェンジも数キロごとに作りました。そしてそのインターチェンジに接続するための立派な道路をまた作りました。これが県庁所在地の甲府、そして東京に向いています。さらに高速道路の下に側道があります。埼玉県の外環自動車道の下に国道298号があるようなものです。この側道もたまにしか車は通りません。

道路は市街地や集落をよけて畑のど真ん中に作られました。このためもともと畑だったところが道路で分断されてしまいました。さらにその道路沿いに店や住宅がどんどん建っています。旧ヤオハンだったマックスバリュー東海の店の他、イオンのショッピングセンターが出来るという話も持ち上がりました。川口の金山町のような工場街がマンション地区になってトラブルが起きているように、畑の中に家が出来てしまったのでスプリンクラーによる水撒きや農薬散布も思うように出来ません。

叔父は自分の農地が道路やらショッピングセンターになっていくのに困っていました。叔父は農業を続けたいのですが、農地が農地外の用途で買収されると法外な値段がつくため周囲の人は喜んで土地を手放しました。そして家を新築して・・・その主が亡くなったりすると親族が相続をめぐって骨肉の争いをしたりしました。叔父は自分の土地がインターチェンジになる時は仕方なく売ったようですが、ショッピングセンターは30年の借地契約だったので売って別の農地を買いました。そのほかに借りた農地も使って桃やぶどうを栽培しています。これらは農協に出さず自前で直販ルートを開拓して売っています。毎年できばえを反省して来年はもっといいものをと研究しています。が、畑だったところにどんどん家が建ち農業を営む事が難しくなっています。「あと何年できるかな」が叔父の口癖になりました。

ところで、道路とは無関係の甲府盆地東部では勝沼のぶどう、一宮の桃など産地ブランド化が進み年収一千万をたたき出す農家が数多くあります。そのため若い人たちも農業を積極的に継いでいます。

これが公共工事、「必要な道路」の実態です。

同じような事は諫早湾でも起こりました。のどもと過ぎたのでみなさん忘れているかもしれませんが諫早湾の干拓問題です。もともと諫早湾の農家は、干拓して作った農地が土地が低いために高潮に襲われることがあるためにそれを防止するための小規模な堤防を作る事を望んでいました。この地域はタイラギという30センチを越える二枚貝が豊富に取れました。これが値段が良かったために漁師の人たちはずいぶんと稼いでいましたし、地域では「夕ご飯のおかずは干潟でとってくる」くらい豊かな土地だったのです。ところが干拓事業が始まって干潟も無くなりタイラギも取れなくなりました。漁師の人たちは食い扶持がなくなってやむを得ず干拓を請け負う土木業者になっていったのです。公共事業が無ければ食べられない人にさせられたのです。もともと肥沃な土砂を供給していた筑後川などには上流にダムがいくつも建設され、土砂の供給がほとんど止まっていました。そこに諫早湾干拓という最後の一撃が加えられ、宝の海はその姿を変えました。

今でもアサリを育てるための公共事業が続いています。湾内に別のところから採ってきた海砂を撒いているのです。しかし河川からは肥沃な土砂が供給されなくなっていて、流れも以前に較べて緩やかになったために海砂を撒いてもすぐその上に細かい泥がたまってしまうのだそうです。それを防ぐためにまた海砂を撒くという不毛な工事が続いていて、しかもその海砂は壱岐の島の周囲から採取しているため壱岐も漁業不振になっているのです。

ひとつ前の記事とあわせて考えると、こんな不毛な事はもう止めようと声を大にして言わざるを得ないと思います。

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農業政策の180度転換を!

日経夕刊水曜日に載る立松和平さんのコラム。この人はほんとうに現場で色々なものを見てきた人だなといつも思わされます。作家だから文章が秀逸という事以上の目の鋭さを感じます。

今週のコラムは「日本の農業への提言」というタイトルでした。以下一部を引用します。

昭和四十年代以降、日本の農村は米の生産調整に苦しんできた。米はまだまだできるのに、つくれなかった。収入を充分に得られず、村は疲弊してきたのである。減反は耕地面積の約四〇パーセントで、四〇パーセント分の収入が、手をこまねいていたのでは減るということになる。余った耕地の米からの転作、つまり他の作物をつくることに成功したところが、よい産地に育ってきたのである。

日本中を旅行していると日本人の米作に対する執念に驚かされます。山また山のさらに山奥に何代もかけて開墾してきた棚田が広がっているし、冬は(以前は)氷点下30度が当たり前だった上川盆地(旭川のある盆地)のさらに北、名寄盆地に広がる田んぼを見たときの驚きといったらないです。どちらも極限に挑んできた日本の農家の偉大な成果だと思います。しかし米があまり、減反。苦労に苦労を重ね転作がうまくいった所はまだ良かったです。土地の性質上米しか作れないところもたくさんありました。あるいは山口県の油谷半島の棚田。先祖代々継いできた棚田を泣く泣く牧草地にした人たちは、牛を田んぼに入れたらもう元には戻らないと分かっていながらそうせざるを得ませんでした。この半島はJR山陰本線の車窓から見ると実に美しいです。

日本の農業カロリーベースの自給率はとうに四〇パーセントを切り、なお下がりつづけている。世界の食糧事情も逼迫し、日本の経済力もかつてのように絶対ではない上に、資金があれば食料が買えるという時代ではなくなった。それなのに日本農業の偉大な潜在力を眠らせたままにしておいていいのだろうか。眠っているつもりが、いつのまにか死んでいたとなりかねない。 近い将来、車は石油で走るのではなく、穀物からつくられたバイオ燃料が主力となる。米はコストさえあえば、飼料にもなる。牛は藁まで食べる。農業にありったけの力をふるえるようにすべき時代がきたと、私は確信するのである。

食料自給率にも色々な説があって、ある人は「カロリーベースで見るのはナンセンス。金額ベースでは70%以上確保できている」といいます。しかしそれでも70%。先だって(4月1日号)の週刊エコノミストでは国際農林水産業研究センター研究戦略調査室長(長い肩書き!)小山修氏が驚く指摘をしています。曰く「人口一億人以上の国はみな自給率が高い。人口が多い国は海外からの穀物安定的大量調達は困難」とのこと。人口一億人以上の国というと中国、インド、ロシア、ナイジェリア、パキスタン、インドネシア、バングラディシュ、メキシコ、アメリカと日本だけ。うち7カ国の穀物自給率は90%以上、最低のメキシコでも64%。対して日本の穀物自給率は28%。これは異常なことで、国際市場における食料過剰(あくまで市場)時代(80年代)に、貿易交渉において日本が有効な反論が出来ないまま輸出国主導の国際機関に迎合してきたからだと指摘しています。

最近日本が批判の矢面に立つことも。「日本の水輸入量は看過できない」というものです。水を輸入?ミネラルウオーターの話ではありません。食料を生産するのに使われる水の量が話題になっているのです。というのもアラル海のように灌漑で水資源を使った結果その先に水が行かずに干からびてきている土地が増えているのです。水が資源のひとつとして台頭し値段が高騰しているのです。実際インドでは我々のような旅行者はミネラルウオーターを飲むのが普通です。自分が買ったミネラルウオーターの値段は大体1リットル10ルピー。1ルピー3円くらいなので30円です。しかしインドでは年収が20万ルピー(60万円弱)で、耐久消費財を買い始める中流階級との位置づけです。デリーのような都市なら水道もありますが、日本のようにどこの家にも水道が引かれている(ごく一部は井戸でしょうが、それでも安全な水である事が保証されているはず)わけではないのです。

農業を単なる世界的コスト競争にさらして良いわけが無い。それは分かっているつもりでも消費の現場では99円のアメリカ産ブロッコリーと198円の国産ブロッコリーがあって、明らかにアメリカ産のほうが売れています。先日書いたように米も価格崩壊が進んでいて、魚沼産コシヒカリでさえ採算に合わないほど安くなっているのです。自分も「米を食べるのが一番安くて合理的」と思っていても、幼少から続けているパン食が止められません。輸入小麦価格の上昇でパンの値段が跳ね上がっていてもパンを見るとつい買ってしまうのです。パン職人の息子だからしょうがないのか・・・。

農地をこのまま荒れ放題にしていいのか?あるいは道路や公共事業用地にしていいのか?インドの山の中に何百枚と作られている棚田が食べ物をはぐくむのを見て、またインドの農産物が100%国産と聞いて(実際はいくらか輸入もあるでしょうが、基本的には国産)日本は農業に対する考え方を180度変えないとダメなのではないかと考えてしまうのでした。

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2008/04/06

新芝川を散歩

新芝川を散歩
新芝川を散歩
新芝川を散歩
新芝川を散歩して荒川まで出てきました。お天気でたくさんの人が出ています。

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2008/03/30

動物渋滞

先ほどの地球ラジオで、コスタリカの話題が出ていました。コスタリカはパナマの隣にあり、2007年末から今年初めにかけて、ヒッポのメンバーがパイオニア交流に出かけた国です。話題は「ナマケモノ」という、普段は木の上に住んでいる動物が道路を横断していて、そのため車がそれを待つために停車、渋滞になっていたというものです。日本では道路に猫や鹿などが出てくるとはねられてしまうのが普通ですが、コスタリカでは他の動物が横断している時も車は止まってくれるのだそうで、しかもそれが当たり前のようです。

インドに出かけたときに似たような話を聞きました。ホストのニラージュが住むシッキム州ガントクへスウィリグリからの一本道を行くと山道に入る前にちょっとした森があるのです。ここにはインド象が住んでいるそうで、まれに象が道路に出てくることがあって、そのときは象が道路から引っ込むまで車などはずっと待っているのだそうです。確かに象と車では車のほうが負けてしまいますから止まるのも無理もありませんが、20分や30分待つのは平気なようです。

実は自分ものんきな性格で、待ち合わせで相手が遅れてくる場合連絡無しでも30分は待っています。1時間くらい待つのは平気です。先日の日経新聞朝刊「私の履歴書」でサッカー協会の川渕三郎氏が書いていたのですが、奥さんと初めてデートの約束をしたときに、5分待って「振られたと思っ」て帰ってしまったそうです。相手は友人のアドバイスで意図して40分くらい遅れて出かけたというのです。そちらのほうが自分には分かる気がします。初デートで5分しか待てないというのは、さすが日本人と思ったものです。まとまるものもまとまらないのではないでしょうか?たまたま川淵氏にはご縁があったようで、後日奥さんとのデートが叶い結婚までいけたそうですが・・・。5分しか待てない人とは自分はあまり付き合いたくないなあ・・・。

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2008/03/23

十日市

この写真は母の実家山梨県南アルプス市で2月に行われる十日市の様子です。母の実家は叔父が継いでいます。この叔父の話も書きたいのですが、ひとまず写真を前のモノストリー門前の市の写真と比較してみてください。

十日市は冬場に農家が副業で作った農機具やうす・杵、その他さまざまなものを売り買いするイベントだったそうですが、今はそういう品物は少なく、どこでも見られるような屋台が多くなりました。佐世保バーガーというのははじめて見ましたが、この手のモノが流行っているそうで、元は佐賀県唐津の虹ノ松原で売られていた「からつバーガー」からきているらしいです。Dsc00370
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2008/03/22

次に行く時は

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この写真はガントクの目抜き通りの一部分です。なんと舗装を全部ひっぺがして工事しています。日本ではありえない工事風景でしょう。

ニラージュの奥さん、コウシュリャが自分に言ってくれた言葉を今日思い出しました。

「なんちゃんが来年また来る頃にはここはきれいに工事が出来上がっているわよ」

行くぞ、今年もインドへ、ガントクへ!

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2008/03/21

門前の市場は世界共通?

今日ご紹介する写真は、ガントクの更に奥にある集落のモノストリー(仏教寺院の一種。インドではモノストリーとテンプルがあり、同じ仏教寺院でも役割が違うのです)の参道に出来た露店の数々です。ガントクからさらに50キロ以上山奥だと思いますが、やはりものがたくさんあります。自分が行った日はブッディストにとってのお正月のようなもので3が日の最後の日に当たるそうです。モノストリーではたくさんの踊りが披露され、多くの人たちが訪れていました。

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お寺(モノストリー)の写真より物売りの写真のほうがたくさんあるのが自分流です。(しかもお寺はうまく写らなかったのです)

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2008/03/17

インドの食事いろいろ

インドにいる間、食事がとてもおいしくて、ちっとも日本が恋しくなりませんでした。

まずエア・インディアの機内食
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最初が行きの昼食、次が晩ごはん、次はバグドグラへいく国内線の昼食です。なんていってもカレーですね。

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これらはステイ先でいただいた食事やおやつの数々。最後の一枚はホテルの朝食。ビュッフェスタイルでいろいろと選べました。ステイ先ではとん足、魚のフライ、蒸し餃子、インド式納豆、野菜の炒め物などバリエーション豊富にいろいろと出してくれました。カレーももちろんありました。さすがインド、彼らは手で食べるのですが、汁物も本当にきれいに食べるので驚きました。自分はスプーンとわざわざ用意してくれたおはしで食べました。用意はしてくれたけれど、実際に自分が器用にはしで食べるのが興味深かったみたいです。お互い様ですね。

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2008/02/22

たくさんの20周年

瀬戸大橋も20周年なら、青函トンネルも20周年。この春のJR東日本&JR北海道パスは青函トンネル20周年を記念して500円引きの9500円だそうです。

1988年といえば自分が大学2年。日本経済の絶頂期ではないでしょうか。もうあの熱狂の時間は来ないでしょうね。自分は電気曲馬団に本格的に関わりだし役者をやったりしていました。

起きられなかったので遊佐未森さんのライブDVDを見ていました。遊佐さんは今年デビュー20周年。昨年の七夕コンサートのDVDなのですが、大きなステージなのに存在感がすごくて感動しました。デビューしたての頃は種(ともこ)さんと三軒茶屋で2人で飲んだ事もあるとか。種さんの20周年はもう通り過ぎてしまいましたけれど・・・。20年音楽をやり続けるというのは並々ならない事でしょう。

種さんの曲が自分に響かなくなったとはいえ、遊佐未森さんを知ったのも種さんつながりだし、コーラスで戸田和雅子さんを知って、戸田さんつながりでair plantsに出会っているのです。種さんがデビューした頃、同じ事務所にいたのがレベッカ。知らない人もいるでしょうね。自分が会社に入ったのが17年前で、当時自分の勤めていた会社はハミングバードというレコード会社を持っていました。「翼の折れたエンジェル」が大ヒットした中村あゆみさんやJ-WALKなどが所属していました。自分の入社式は大阪だったのですが、第一部が普通の入社式、で第二部がありまして、なんとJ-WALkのコンサートでした。サプライズだったので熱狂的なファンはびっくり!かつ一番前へ飛んでいったものです。ま、これは正確に言えば20年前ではありませんが。

JR東日本&JR北海道パスは青春18切符とよく似ていて、普通列車専用切符です。ただ特徴があります。このパスは青春18切符のように多人数で使う事ができず、一人で5日間連続使うことになります。そして北海道へ渡るのに便利なように旧東北本線であるIGRいわて銀河鉄道と青い森鉄道にも乗車できますし、青森~函館間に限り乗車券を買いなおさなくても自由席特急券を買い足せば特急に乗車できます。また急行はまなすの自由席も追加料金無しで利用できます。500円引きのこの春、利用してみてはいかがでしょうか。

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2008/02/17

こんなところにもイギリスの影響

インドへ行った時に強く感じたのは植民地時代の宗主国イギリスの影響が強い事です。

一番強烈なのは、コーヒーを飲む事がほとんどないこと。イギリススタイルの紅茶(ミルクティ)ばかりで、しかもこれがとってもおいしい!ホテルでコーヒーを頼むと20ルピーでネスレのインスタントコーヒー。お茶を頼むとすばらしくおいしいミルクティが出てきて15ルピーでした。

鉄道大国なのもイギリスの影響でしょう。国中網の目のように鉄道網が張り巡らされています。但し乗るのは大変で、チケットを買うのに一日がかりとか。貨物列車もたくさん走っています。別にインド中を旅して回ったわけでもないのにそう感じるくらいですから、鉄道はずいぶんと活用されている気がします。

そして一階が一階ではないこと。一階はグランドフロアで、2階のことを1階と呼びます。部屋番号が204なら日本で言う3階に部屋があります。

そして、メジャーなスポーツがクリケットであること。サッカーでも野球でもないのです。サッカーワールドカップにもほとんど興味がないようです。確かにサッカーで「インド」とは聞きません。日本を始めとした東アジア・東南アジアか中東が強いですね。

実はスリランカもほとんど同じのようです。メジャースポーツはクリケット、メインの飲み物はホットミルクティ。我が家に泊まったアジスさんは朝食にホットミルクティをリクエストしました。他の食べ物は何でも特にリクエストもなかったのに飲み物だけはこだわりがありました。川べりで缶コーヒーを飲んだ時も彼はカフェオレを選んでいました。

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初投稿

昨日の地球ラジオで自分が初めて投稿したインドシッキム州ガントクの話題がラジオで読まれました。ぜひ聞いてみてください。サイドバーの地球ラジオのリンクからどうぞ。

(放送ではすべての部分が読まれているわけではありませんが、ホームページ上の質問箱「古新聞の使い道」の17に全文が掲載されています。ブログには書いていないネタなのでどうぞご覧になってみてください。ほかの方の投稿もおもしろいですよ!)

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2008/02/13

なぜ瀬戸大橋

春の青春18切符のポスターが掲示されました。いつもはローカル線の写真なのに今回はなぜか幹線の瀬戸大橋。あれれ?と思っていたら、先ほど理由が分かりました。瀬戸大橋開通20周年記念なのでした。

2月14日追記:自分は友人2人と20年前のちょうど今頃、四国へ行ったことがあります。当時一緒に行った高校時代の同級生は最近一戸建ての自宅を購入してしまい驚きましたが・・・。そういう年代でもあります。

当時は高松駅から高知駅まで夜行列車がありそれを利用しました。高知から窪川へ出てJRとして運行される最終日の中村線に乗車、ちょうど乗った15時台の列車がお別れ列車となっていて窪川駅で最終列車発車イベントがありました。地元の中学生が瀬戸大橋キャンペーンでJR四国がキャンペーンソングに採用していた「さびしんぼう」(by富田靖子・原題は別れの歌)を演奏している中、中村行きはゆっくりと窪川駅をあとにしたのでした。あの時ホームで演奏してくれた地元中学生たちは今30代半ばのはず。どんな人生を過ごしているでしょうか?

自分の鹿児島の友人あきゅのの奥さんは鹿児島出身。近くを走っていた国鉄宮之城線廃止のときは、こぞって最終日の列車に乗りに行ったそうです。自分が住んだ福岡県の八女も国鉄矢部線というローカル線が走っていました。今でも市の中心に近い筑後福島駅のあとはなんとなく残っていますし、廃軌道の一部が道路になっています。20年前の鉄道は激変の時代でしたね。

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2008/02/02

ガントクの街その2

ガントクの市場の写真を載せます。最寄の空港から120キロ、大都市コルカタ(カルカッタ)から400キロ。山道をうねうねいったところにあるとは思えない物の豊富さに圧倒されます。ヒマラヤの山の中とはいえ人口5万人。あのすごさは行って見ないとなかなか実感できないでしょう。

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これらの写真でお伝えできるガントクの様子は本当にごく一部だと思ってください。写真をクリックすると大きく拡大されますので臨場感が出ると思います。

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2008/01/30

ガントクの街

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これは自分が行ったインドのシッキム州ガントクの街を山の上から見たところです。ガントクには平坦な土地がまったくなくこのように山の傾斜を使って建物がいっぱい建っています。人口は約5万人。昔はブータンと同じような独立した王国だったそうで、住んでいる人は先祖がネパールやチベットの人が多いです。ニラージュのいとこの奥さんなどは「どうみても日本人だろう?」というような顔立ちの方でした。

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これはガントクの中心部の街並みです。これを見てある人が「なんだ、熱海じゃん!」と言っていました。温泉はありませんが、斜面に建物が寄り添うように立ち並ぶ様子は確かに熱海っぽいですね。ちなみに走っている車は全部タクシーで、しかも日本のスズキと地元の企業が合弁で作ったマルチスズキの車。マルチスズキはインドでナンバーワンの車と評価されています。

自分もここのある店でローカルの人と間違われました。これでネパールの帽子でもかぶっていれば問題なく溶け込んでしまいそうです。

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2008/01/20

ためしに

「DSC00068.JPG」をダウンロードこれはインドで見たタタモーター製のトラックです。

自分のデジカメで撮った写真をためしにアップしてみました。うまくいったらインドの様子がかなり伝わると思います。

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2008/01/13

コーヒーと紅茶

インドは世界有数の紅茶の産地。自分が行ったシッキム州ガントクへの山道の入り口にスイリグリという町があるのですが、ここから50キロくらい山の中に入ったところがダージリンです。ダージリンと言えば紅茶の代名詞と言ってもいいでしょう。ここにはトイ・トレインというミニ鉄道があって有名です。そのほかスイリグリから東へさらに行くとアッサム州です。アッサムティも有名ですよね。こういう土地柄なので地元の人はコーヒーではなく紅茶を飲みます。デリーのホテルではルームサービスにコーヒーと紅茶がありますが、紅茶は15ルピーでとてもおいしいものが出てくるのに、コーヒーは20ルピーと紅茶より高くてしかもインスタントコーヒーでした(1ルピーは約2.8円)。

日本では紅茶にもコーヒーにも砂糖を入れない自分。なぜかインドでは甘いミルク入り紅茶がとてもおいしくて病み付きになりました。朝少しウツ気味でつらい時にニラージュの家で出してくれたティは、飲むと頭がすっきりしてきて、30分もするとウツが飛んでいくような感じがしました。あの紅茶を日本で飲んでみたいなと思いましたが、全くだめですね。あれはインドでないと飲めないようです。

昨日のNHK地球ラジオでは「あなたのお住まいの国や地域ではコーヒーをどのように飲みますか」というテーマで投書を募集していました。東南アジアや南アジアではみんな甘くして飲むそうです。インドもなぜか甘いのがおいしい。コンデンスミルクを入れる国や地域もあるそうです。ものすごく甘ったるいのがなぜかおいしいインド。風土がそう感じさせるのでしょうか?それとも食べ物と関係があるのでしょうか?ちょっとした謎です。

ちなみに自分は、帰国してすぐは甘い飲み物を飲んでいましたが、次第にもとのように砂糖抜きで飲むようになりました。

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2008/01/11

スターアライアンスに加盟

インドから帰国する日、12月14日のインドの新聞のビジネス面トップ記事が「エア・インディア、スターアライアンスに加盟」という記事でした。2008年からエア・インディアはトルコ航空などとともにスターアライアンスに加盟するのだそうです。スターアライアンスというのは国際線を運営する航空会社のネットワークの一つで、日本では全日空が加盟しています。スターアライアンスの航空会社同士でコードシェア便(たとえばエア・カナダの飛行機でありながら全日空便扱いする)を運行したりしています。このネットワークにいち早く全日空が加盟したことで全日空は国際線のシェアを大きく拡大することが出来ました。逆に日本航空はこのネットワーク化の流れに乗り遅れて劣勢にたったという経緯があります。

今年も自分がインドに行く場合、エア・インディアを使えば同じアライアンスの全日空とマイレージの積算を共通化できるので、全日空のマイルとしてためることができるようになります。全日空のマイルはエディとして電子マネーに交換することも出来るのでかなりお得になるのではないかと思います。

今年も本当にインドへいけるかどうかはまだわかりませんが、ちょっと楽しみです。

インドでも格安航空会社が台頭していて、特にジェットエアウエイズという航空会社はサービス面で非常に優れているということで利用客を伸ばしています。エア・インディアとしては後発組にこれ以上シェアを取られないよう、大決断をしたのだと思います。

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2008/01/03

インド人も吹きだす

インドでのエピソードを覚えているうちにどんどん文章化していこうと思います。最近は過去記事に書いたことを自分でも忘れていて、過去の自分に教わる事も出てきました。実は自分は手書きの日記もずっと書いています。これはうつ病を発症してから特にまめに書くようになりました。当時の主治医が日記をつけて2週間毎(診察の都度)にまとめたものをそのままコピーして出すように要求したのです。口で「あんな症状があった、こんな事を考えた」と言うより書いたものを読んだほうが早いからです。今の主治医にも日記を診察前に手早くまとめてから、それをもとに病気の経過を話しています。しかし手書きの日記ではあとで検索したりする事ができません。結構重要な事が書いてあったりするのですが・・・。ブログ記事にしておけば容易に検索できるし、カテゴリー別に読み返すことも出来るのでとても便利です。

前置きが長くなりました。

2週間のインド滞在中、自分が観光地を訪れたのは1日だけ。インドの友人ニラージュが「タージマハールはぜひ見るべきだ」と言うので12月4日にアグラまで行きました。自分は最近観光にはほとんど興味がなくて、国内旅行でも人が行かないようなところでぼーっと時間を過ごしたりするほうが好きなのです。だからガイドブックも、現地の習慣や注意すべき点などを熟読したものの観光ガイドはほとんど読まずに行きました。ですからデリー観光には必ず組み入れられるタージマハールのあるまち、アグラがデリーから260キロも離れている(大体東京から浜松くらい?)ことは行った後にガイドブックで復習して初めて知りました。どうりで朝6時半にロビー集合とか言われるわけだよ。ハイウェイをすっ飛ばして5時間かかりました。

初めてのインド旅行で、しかも病気持ちの自分。安全第一ということで、少々お金がかかりましたが日本語ガイドつきの個人ツアーにしました。それでも諸経費を考えると結果的には安かったと思いましたが。ガイドは日本語がぺらぺらのインド人リアズさん。彼は本当にすごかったです。日本語が話せる以上に日本のことをよく知っていました。来日していくらか滞在したことがあるのでしょう。また、自分が他の観光客と違って買い物などには興味がないことを知ると、おもしろそうなうんちく話をいろいろとしてくれました。

感情を顔にあらわさず、すばらしいリードぶりでガイドをしてくれたリアズさんが唯一びっくりした表情をしたのは、自分が「日本ではインドとイランが映画大国として知られているよ」と話したとき。「イラン?」といってびっくりしていました。そして「日本では『私はなぜ生まれてきてしまったのだろう』と真剣に悩んでいる人が大勢いる」と話したら思わず吹きだしたあと大笑いされました。ひとしきり笑った後かれはこういいました。「インドにはそんなことで悩んでいる人はいません。なぜならインドには宗教があってみんなその教えに従って生きているから。そして多分日本人は一人暮らしが多くて孤独だからでしょう。家族が大事だし、それがダメでも友人がたくさんいることが大事です。」これにはのけぞりました。なんて的確な分析だろう!確かに日本人は家族の中でも集団の中でも孤立している人が非常に多いですよね。でも抽象的な難しい話だと思うのに、これをきれいな日本語で言ってのけるのです。

こんな感じで往復10時間、まったく退屈することなく楽しく観光してこれました。感謝です。

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2007/12/27

ネパール情勢

直前までインドとともに訪問してホームステイを体験するつもりだったネパール。牛を神聖視するヒンズー教の国なのでインドのデリーと同じように飼い主のいなくなった牛が「野良牛」となってカトマンズの町をさまよっているそうです。

ネパールでは毛沢東主義を掲げる反政府活動(マオイスト)がさかんで、特に活動の盛んな東部は外務省の海外安全情報でも「渡航の是非を検討してください」となっています。自分が当初考えたようなプラン・・・カーカルビッタからネパールに入り17時間バスに揺られてカトマンズに入る・・・はそういう意味でも現実的ではありませんでした。もっとも本によっては「マオイストは外国人に直接危害を加えることはない」と言う記載もありました。これは世界中から来るヒマラヤトレッカーの落とす外貨が国に与えている恩恵を理解していると言う事なのかな?と思ったりしました。今回ネパールのビザもとったのですが、ビザの申請書には「持ち込む米ドルの金額(最低400ドル)」を記載する欄があってびっくりしたものです。

そのマオイストが先ごろ政府と和解、国王が権力を握る王国制から共和制に移行したとのこと。これは南アジアではかなり大きなニュースとなったようです。今後具体的にどういう変化が出てくるか分かりませんが、国がよりよくなる方向へ変わっていって欲しいと思います。

ネパールの山岳地方では、英語が話せるとトレッカーのガイドやシェルパとして活躍できて収入が格段に増えるので、子どもたちも英語を学びたがっていると聞きます。しかし車も入れないような村も多く学校がない、あっても教材や図書館の本がない、机がないなどないないづくし。そこで図書館に本を寄贈したり、学校そのものを建設したり、いずれ母となる女子児童・生徒に奨学金を出したりする活動を行っている団体があります。ルーム・トゥ・リードという団体の活動を、自分はデリーで、シッキムに行く前日に知りました。たまたま7月に出版になったばかりの「マイクロソフトでは出会えなかった天職」(ジョン・ウッド著 ランダムハウス講談社)と言う本を偶然インドまで持っていったのです。ヒマな時に読もうと思って持っていった本が、自分にあるきっかけをくれたのです。これはまた別記事で書こうと思います。

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2007/12/16

ただいま

昨日無事帰国しました。コメントをくださったみなさんありがとうございました。疲労困憊しているので少しお返事お待ちください。

現地時間20時半ころJALの便が先に出たのですが、そちらは定刻出発。しかも空港で日本語のアナウンスが流れるのです。破格の待遇です。格安航空券のエアインディアは出発が1時間遅れた上に当初予定のなかった香港経由。朝8時到着のはずが12時になってしまいました。まあ、無事に帰れてよかったです。

現地の水事情が悪いことと、水の質が違う(日本は軟水、インドは硬水)ために、ほとんどの人が下痢をすると言われていました。なので自分は日本からミネラルウオーターや麦茶などを3リットルくらい持っていって、徐々に向こうの水に慣らしたので全く下痢しなかったのです。ところが日本に帰ってからいきなり日本の水を大量摂取したおかげで、昨夜からおなかの調子が悪くなりました。油断したところに落とし穴がありました。とほほ。

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2007/12/07

I am in INDIA

Hello.I am in INDIA now. My friend house in Sikkim. North area of INDIA. My friend computer do not have Japanese soft. So I write by English. INDIA is very nice country&Sikkim is very nice like KARUIZAWA in HIMARAYA. I am nice for helth. Please wait I come back JAPAN!

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2007/11/29

インド 続き

インドと日本のつながりはいろいろなところにあります。一般の人が知らないような話もあります。

インドで指折りの財閥のひとつ、「タタ」財閥の旗揚げは日本とのつながりから始まりました。当時の海運業は西欧列強がほとんど支配していたのですが、タタ財閥の創始者と現在の日本郵船が共同でアジア航路を創設したのがタタの始まりだったのです。先だってタタの3代目が来日して週刊ダイヤモンドのインタビューに答えていましたが「当時は起業家精神旺盛だった日本だが今は守りに入っているのでは」と、ちょっと皮肉な見方を披瀝していました。

日本との関係と言えばもうひとつ痛烈な皮肉があります。日本企業は発注元がえらくて受注先は一段下という見方をします。自分が以前勤めていた流通の会社でも、経営理念では「お取引先とともに発展しよう」と言っていましたが、実際のところは下請けいじめをずいぶんやっていました。例えば改装売り尽くしを連発してその都度協賛金を求めたり、繁忙期に売り場応援を半ば当たり前のようにお願いしたりしていました。これらは独占禁止法違反で、実際有名な会社のいくつかが割りと最近続けざまに公正取引委員会から告発されています。本来は受けてくれるからこそ発注元の仕事が成り立つのです。ですからお互いに対等のパートナーのはずなのです。ところが日本企業は、世界的にはナンセンスな態度を海外の企業にもとるのです。インドのIT企業に対して仕事を依頼する際に相手を下請けと言う態度で扱うのです。ですから無理なスケジュールで発注内容を修正したりして顰蹙をかっています。日本の「下請け」と言う発想は日本人の働きすぎ(サービス残業)や、労働強化によるうつ病の発生と密接に結びついています。「下請け」発想をやめない限り日本は世界的に取り残されるのではと自分は心配しています。実際「日本企業とは取引したくない」というインドのIT企業がたくさんあるそうです。インドのIT産業は実にハイレベルです。アメリカのシリコンバレーでもインド人技術者が大活躍しています。

インドでは観光客が入るべきでない地域が2つあります。ひとつは有名なカシミール地方です。インドの西北にありパキスタンと領土争いをしています。インドとパキスタンの仲が悪く、お互いに核爆弾を作りあっているのは周知の通りです。最近は融和しつつあるようですが、いつまた戦争になるか分かりません。もうひとつは自分が行く地域のさらに東側、地図で見ると付け足しのように見えるアッサム地方です。付け足しのように見えるだけのことはあって、ここではインドからの分離独立運動が起こっています。ブータンとバングラディシュにはさまれた細い回廊の先にあるだけに、陸路の移動もなかなか大変な地域です。ですから他国の影響も受けやすいのだと思います。

インドで一番高い山は世界第3位の高峰、カンチェンジュンガです。この山はインド、ネパール、中国の国境に位置します。自分が行くシッキム州のガントクはこのカンチェンジュンガのふもとにあります。もともとはチベット族が住んでいた地域だそうで、1975年にインドの州として確定しました。ですから今でもチベットの影響は大きく、チベット学研究所などもあります。ネパールからの移民が多く、シッキム州になってからはインド各地から人が流れ込んでいるそうです。交通不便なイメージですが(なんていったって最寄空港から自家用車でも4時間かかるのです)、インド人の避暑地として有名でロープウエイまであるそうです。街そのものが坂になっていて、街中の移動はかなり体力を使うようです。

だいたいこんなところでしょうか。現地へ行ってこれらの書物や新聞からの知識とのギャップにどのくらいおどろかされるか、本当に楽しみです。

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インド

本当は子どもたちにも分かるインドの話を書く予定だったのですが、ちょっと時間がなさそうです。現状分かっているインド事情を少しまとめておきたいと思います。

前の記事にも書きましたが時差が3時間半。飛行機では直行便で9時間かかります。エアインディアとJALがデリー~成田の直行便を運行していますが、どちらも毎日運行ではありません。日経新聞の国際面でインドの記事が出ていない日はほとんどないのですが、行き来は意外に少ないんですね。ただバンコクやシンガポール、香港乗換え便はたくさんあります。少し前まではバンコクでチケットを買い換えたほうが安く上がったらしいですが、今はあまり大差ないそうです。今年9月からはANAが商業の中心ムンバイに、オールビジネスクラスという飛行機を就航させて話題になっています。これからはインドと日本はもっともっと近い国になるでしょう。

現在1ルピーは3円くらいの換算です。しかし現地の庶民感覚では1ルピー100円くらい価値があるそうです。この価値観のギャップをどのように捉えて行動するかでインドのイメージはずいぶん変わるでしょう。

インドと言えば「BRIC'S」のひとつで今劇的に経済成長している国のひとつです。BRIC'Sとはヨーロッパの投資会社が使い始めた言葉で、ブラジル、ロシア、チャイナ、インドの頭文字を取ったものです。ただインドの発展の仕方は他の国と大きく違います。インドは公用語として英語が採用されています。これは昔イギリスの植民地だった影響ですが、公用語だけでも18というお国柄なので国の中での共通語が英語になっています。だからある程度教育のある人なら普通に英語を話します。ここがミソで、インドはいわゆる2次産業(工業やインフラ整備)より先に3次産業(サービス業)が発達したユニークな発展の仕方をしています。具体的にはIT産業(インドは日本でも有名になりましたが数学の教育水準が高いのです)と、欧米各国のコールセンターが林立しています。時差の関係で、24時間対応のコールセンターでは欧米が深夜の時間帯にインドは昼。だから欧米の利用者で深夜に電話をかけるとインドのコールセンターにつながる仕組みになっています。インドは先述したように英語が日常的に使われていますから、欧米のユーザーと話しても違和感ないのだそうです。

インフラ整備はかなり遅れているそうです。インドはイギリスの影響で日本と同様鉄道王国ですが、高速鉄道の整備はまだこれから。また道路の整備は非常に遅れているそうです。先日ヒッポのメンバーさんがビジネスでバンガロールに短期出張したそうですが、インフラ整備の遅れはとても大きいそうです。中国と違って工業はあまり発展していませんので、輸出が少なく原油は輸入に頼っているので経常収支は赤字(といってもアメリカほどではありませんが)なのだそうです。これもユニークなところだと思います。

生活面で言うと女性が着る民族衣装(サリー)は100人が100通り全部違う柄を着ているそうです。これは本当に驚きのようです。有名なカースト制度は公的には既に廃止されていますが、宗教と結びついているので今でも国民生活に深く根付いているとのこと。またヒンズー教徒が多いのですがムスリムやキリスト教信者なども多く他宗教の国といってもいいです。ヒンズー教徒は牛を神聖視しますし、ムスリムは豚を食べません。そこでインドに進出したマクドナルドは主にチキンを使っているそうです。

日本では最近年収300万円というとかなり厳しい生活になりますが、インドでは年収350万円もあれば相当のお金持ち。車の普及率は6%程度だそうです。といっても人口そのものが多いので都市部の交通渋滞も激しいようです。そこで首都デリーには地下鉄が3系統くらいあるそうです。この地下鉄は日本の援助で作られたのですが、改札システムが韓国のものなので、多くの利用者は地下鉄そのものが韓国の援助で作られたと思っているそうです。

インドで一番有名でステータスのある自動車会社は日本のスズキです。現地の会社と合弁でいち早くインド市場を開拓し3割~5割のシェアを持っているそうです。実はインドでスズキが躍進した陰にはヒッポの存在があります。スズキの社員で浜松でヒッポのメンバーだった方が切り込み隊長としてインドに赴任し、現地のヒンディ語を使いながら現地企業との合弁を成功させたのだそうです。もちろんスズキの会長も現場主義の方で、早くからインドへ自分から出向いて自らアピールしたと言います。スズキは日本ではマイナーな自動車メーカーですので、早くから活路を海外、それも新興国に目をつけていたのだそうです。ヨーロッパで今急成長しているハンガリーでもスズキの車がナンバーワンです。

ひとまずこの辺で区切って、時間があればもう少し付け足したいと思います。

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2007/10/16

旅の日にち

インドへの旅行日程がほぼ決まりました。当初より2週間繰り上がり12月2日から12月15日になりました。わあ!2ヵ月切りました!相手先が何となく第一週に都合良さそうなのと、自分の通う病院の通院日が連休に絡む為、17日に通院日を設定せざるを得ませんでした。ですからこれでもうほとんど動かないでしょう。

おとといデイケアで自分のかるたが作業療法士さんの目に留まり、一揃い渡して読んでもらいました。ものすごく驚いたようですが「応援します」とのこと。インドへ2週間一人旅するデイケア通所者なんて、なかなかいないでしょうね。

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2007/10/08

お休みの時間ですが

海老名からやっと渋滞を抜け出して、現在江田です。霞ヶ関では、そもそもメトロの終電が出てしまう可能性が高いです。東京駅まで行って赤羽行に間に合えば上出来というところまで追い込まれました。参った。ここまで遅れるのは考えていなかった。この反省は次回の旅に活かします。おやすみなさい。

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2007/10/07

大宮行もアウト

浦和美園行に1時間以上遅れた上に、京浜東北線の大宮行最終も危なくなってしまいました。赤羽駅から徒歩ですね。一時間歩きますか。平日なら深夜バスが使えるけれど、日曜日ですからねー。なるに任せるしかありません。

先程から反対車線に関西以西へ行く夜行ハイウエイバスが何本も通り過ぎて行きます。ハイウエイバスの本数も合わせると相当量ありますね。夜行のほうが良かったなあ!名古屋で持ち寄りパーティがあって、ほんの少しだけ参加しました。夜行ハイウエイバス利用ならもっと楽しく過ごす事が出来ました。今更だけど。

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結果的に

中央道経由のバス利用が賢いと感じました。秦野中井の手前で渋滞に引っ掛かりましたが名古屋市内の遅れが無ければ終電間に合ったでしょう。中央道経由は名古屋市内から小牧まで都市高速を使うので事故でもなければ東京の小仏峠がネックの渋滞だけ考慮すればいいです。東名ハイウエイバスの上りを使うのは初めてだったのですが交通量も明らかに東名のほうが多いです。中央道経由なら新宿駅発着ですからその分首都高を走る距離も短い。値段は一緒だけど停留所の数も東名のほうが多いです。名古屋や京都、大阪へバス利用する時は昼便は特に中央道経由が有利との結論です。

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終電アウト

足柄SAに着きました。渋滞は25キロに縮まりましたがまだ2時間以上かかる見込み。霞ヶ関で降りて地下鉄乗り継ぎで帰るつもりでしたが浦和美園行最終には間に合わない見通しです。川口駅から徒歩ですね。名古屋から5100円で来たのに自宅までタクシーで1000円払うなんてばかばかしいと今の所思っています。

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渋滞35キロ

日本坂PAに着きました。名古屋市内の渋滞で遅れ30分で運行されています。自分は連休の渋滞を考慮して、敢えて遅めに到着するバスを選んだのですが、事故渋滞などもあって御殿場から先35キロの渋滞出そうです。中央道経由のバスとどちらがベターだったかな?ちなみに小牧JCTから首都高まで実は距離はほとんど変わらないそうです。中央道はアップダウンがあるので燃料は食うでしょうが。

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スタバもある!

今名古屋から帰る途中です。帰りはバス利用です。浜名湖SAで休憩停車していますがなんとサービスエリアにスターバックスコーヒーがあるんです。これはびっくり!と思ったら乗客の中にスタバのコーヒーを買ってきた人も。すごい進出ぶりですね。自分は缶コーヒーで我慢です。

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2007/10/06

快適なトイレ

JR東海は三月のダイヤ改正で、静岡県内の旧国鉄車輌を全廃して新車を導入しました。JR九州もそうですが、普通列車でもトイレが広くて快適です。東日本は新型車輌でもトイレが狭くイマイチだったのでとても新鮮な感じです。オムツ換え用の台もあるんです。新型車輌にはJR各社の地域性や大事にしている事が良く現れていると思います。

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いつまであるか

特急車輌の伊東行は横浜〜小田原間の混雑が年々激しくなっている気がします。いずれは高崎線の上り一番列車と同様普通の通勤車輌に置換えられるでしょう。混雑の他にも車輌が古いことが影響しそうです。JR東日本の最近の設備更新のスピードは早く、JR西日本では新しい部類の車輌も置換えが進んでいます。

いつまでこの列車が生き延びるか、予断を許さないと思います。

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25年

今乗っている列車は1982年製だそうです。東北新幹線が開業した時、上野〜大宮間の新幹線リレー号として活躍しました。25年前というのが驚きです。自分の年を感じさせられますね。しかし30代なんてまだひよこという世界もあります。政治家なんかはそうですね。結局戦後生まれの人では総理大臣が務まらず70代の人が後任ですものね。まあ年のことは気にしないで生きましょう。

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知る人ぞ知る

知る人ぞ知る
これから蒲郡まで行きます。東京駅7時24分の伊東行は特急車輌なので朝早い出発には楽チンです。

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2007/10/01

若松へ行きたい

9月30日のair plantsライブはすばらしかったです。チェロとバイオリンとアコースティックギターという取り合わせが異色だと思うのですが、それぞれの質感がすばらしくて、曲として合体するとそれが二重三重に勢いと繊細さを兼ね備えた、うっとりとするような音色になるのです。

air plantsについては過去記事をご覧ください。

さて、このair plantsが10月は西日本各地を回るのです。特に北九州はチェロの橋本歩さんの出身地だそうですが、古い街だけあって面白そうなロケーションのたくさんあるところなのですが、さらに自分がとても興味をそそられているのが若松区の旧古河鉱業若松ビルでのライブ。どんなビルでしょう?若松と言えば洞海湾の突端で向かい側は戸畑の街、そしてその隣が新日鉄八幡製鉄所です。昔で言う筑豊本線(今はJR若松線というらしい)で石炭が運ばれてきて、鉄を作って・・・日本の産業の中心地のような時代があったところです。そんなところの由緒ありそうなビルでair plantsのあの音色はどんな風に響くのでしょうか?街並みもぼんやりゆっくり歩きながら眺めてみたいです。

時間はあるけれどお金がなあ・・・(ため息)。でも30日のライブを聞くまでは「ムリだよね」と思っていたのですが、演奏を聴いてやっぱりいきたくなってしまいました。数日悩みます。

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2007/09/30

渋谷の発展

経済評論家なども言っていますが、間もなく東京メトロ新都心線が開業し、5年後くらいに東横線が新都心線と直通運転になります。この事は渋谷をますます大きな街に変えるきっかけになるでしょう。東横線が新都心線と直通運転になると、東横線の渋谷駅は地下に移転します。その跡地は東急グループが他の自前のビルや土地と共に大規模に再開発するそうです。プラネタリウムが有名だった東急文化会館などは高層ビルになり、災害の際には避難所になる大きなホールを併設するそうです。

最近浅草に行く用事も多いのですが、浅草が東京で一番の盛り場だった時代もあった訳です。街の重心が確実に南西に移動しています。新宿だって開発が進んでいるのは南口の方で、あの辺りは実は既に渋谷区ですから、港区と渋谷区がどんどん栄えて行くのだと思います。

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2007/09/29

爆弾テロ

モルディブの首都マレで爆弾テロがあったそうですね。モルディブはごく最近日本に大使館ができた国で、インド洋の島国。観光に力を入れているようです。今埼玉高速線(地下鉄)の一部列車でモニター画面にCMが出るのですが、モルディブの宣伝も入りますし、先日は各駅にモルディブ観光のパンフレットがおいてありました。聞いた話では、海水を真水にするプラントに莫大なお金をかけて観光客に提供しているそうで、それというのも地球温暖化でフィジーと同じように水没の危機にさらされており、観光に来てもらうことでその実態をみてもらいたいという思いもあるのだそうです。でもこういうことがあるのは、やはり国内には一筋縄でいかない問題があるのでしょう。9月2日には自分が行くつもりでいるネパールのカトマンズでも爆弾テロがありました。カトマンズでの爆弾テロというのはきわめて異例だそうですが、何が起こるかはわからないと思う必要があるのでしょう。もし憲法を改正しようものなら日本でも爆弾テロが起きるに違いない、と自分は思っています。わがアパートなんか隣にどういう人が住んでいるか分かりません。オウムの手配犯がうちの近所に住んでいても全くびっくりしません。東京近郊の一人暮らしが多い地域は多かれ少なかれ似たようなものでしょう。日本に住んでいたって何があるか分からないもの。そういう意味でびびらないようにしようと思います。

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2007/08/26

行くか?カトマンズ

基本的に体力の問題だと思いますが、インドへ行くついでにネパールのカトマンズでもホームステイする可能性がでてきました。アネックスに経緯は書いてありますが、ヒッポのメンバーが知人のネパール人を訪ねるのについていったらネパールの方と自分も知り合いになって、「ガントク(インド)までくるならネパールまでおいでよ。」と言われたのです。名刺やら絵葉書やら帽子までもらってしまって、「行けるなら行きたいな」と思いました。

しかし、インドへ行く事そのものがまだはっきり実現すると決まっている事ではないのであって、体調だって安定していないのにネパールまでいけるのか?実は「時間があるならネパールまで案内する」とわがインドの友人ニラージュさんにも言われていたのです。おもしろいことは面白いらしいです。

調べてみるとデリーに行くのにロイヤルネパール航空でカトマンズ経由にすれば、とりあえず物理的にいけなくはないということが分かりました。このロイヤルネパール航空という会社(たぶん国営だと思いますが)、国際線に当てている機体が2機だけなのだそうです。それで香港とバンコクと関空(上海経由)に乗り入れているのだそうです。関空から直行便でいけるというのはすごいじゃありませんか?CA(キャビンアテンダント=スチュワーデス)は民族衣装で乗り込んでいるらしいですよ。おもしろいですね。

まあ、いずれにしろインドにいくことが優先で、それも体力の問題・・・と。カトマンズなあ・・・。

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2007/08/15

ひまわり畑

ひまわり畑
念願だった山梨県旧明野村のひまわり畑に来ました。今はすっかり観光名所になり、にぎわっています。ここは全国一日照時間が長いと言われます。標高があるので日陰なら割と涼しいですがやはり畑の真ん中で長い時間ひまわりとたわむれるにはちょっと暑いです。

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2007/08/14

山好きのための夏

お墓参りで甲府に来ました。先週はあまり天気が安定していませんでしたが、ここ数日は本当にいいお天気で午後でも富士山のてっぺんを見る事ができます。今時分にこんなに天気が安定している事はほとんどないです。下界は暑くて「酷暑」と言ってもいいくらいですが、山へ行っている人たちにとっては天国のような夏休みでしょう。午後になっても多少霧がでるくらいで雷雲などほとんど出ないのですから。富士山も、南アルプスも、八ヶ岳も人であふれている事でしょう。うらやましいなあ。登山装備の人を見るたびにそうおもいます。

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2007/08/06

遅れ波及

自分が乗っていた飯田行は松本で運転打ち切りになりました。松本始発で別列車が運転されたようです。自分が乗るつもりだった甲府行も長野始発のところ、松本始発で別列車として運転されています。3両編成の電車が6両編成に変更されています。名古屋行の特急などは一時間以上遅れて行きました。あちらこちらに遅れが波及しています。こういう事が言葉の違う海外で起った時にどう行動出来るかというのは大切な処世術でしょう。松本駅の改札で「金返せ!」と駅員にかみついている人がいました。ピチピチに予定を立ててしまいそれ通りになって当然と思う人は日本人だけかもしれません。そうでもないのかな?

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事故現場

一時間程前に、西条駅の踏み切り事故で衝突した電車が応急処置を施されて行き違いました。ライトなどがつぶれていたので大きな車とぶつかったと思いました。そして先程事故現場の駅を二時間遅れで通りました。案の定トラックでした。駅に停車する為減速していたのが不幸中の幸いで怪我人はいなかったそうですが車はひしゃげてペシャンコになっていました。電車の本数もそれほどないところを無理に踏切に入ったのでしょう。迷惑極まりないです。

自宅へ帰り着くのは23時を回りそうです。

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姨捨駅で

現在姨捨駅に電車が停まっています。復旧にはかなりかかりそうです。姨捨駅は日本三大車窓と言われます。善光寺平とも呼ばれる長野盆地が一望に見渡せます。今は雷がなっていて盆地のあちこちに雷の落ちるのが手にとるように見えます。

春に仙台に行った時も東福島でトラブルがあり一時間遅れたのを思い出しました。ツイてないです。

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トラブル色々

昨日甲府へ出かけて今日小海線から横川回りで帰るつもりでしたが、列車に忘れ物をしてしまいました。色々と聞いてみたら松本駅で預かってくれたそうで、予定を変更して長野駅経由で松本駅へ向かっている最中です。しかし今度はこの先の踏切で事故が発生したそうで、松本の手前で電車が停まっています。トラブルというのは重なるものですね。ちなみに忘れ物は何かと言うとパソコンです。日本以外でこんな事してたら100%出て来ないでしょう。日本だからこその有り難い話です。

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しなの鉄道

小諸からしなの鉄道に乗換えました。乗客は随分乗っている方だと思いますが、それでもJRでないというのは大変なことです。駅売店がしなの鉄道直営になって、新聞も週刊誌もお菓子もビールも置いてないのです。買うものがありません。ローカル線の小海線には新型車輌が入りしなの鉄道は古い車輌だし、びっくりするほど違います。新幹線を通す為在来線を切り捨てるとこうなるんだと思いました。

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2007/08/01

更新準備

今日はめずらしく午前中から調子がよかったので、洗濯やら布団干しやら掃除やらをした後も時間に余裕がありました。で、写真屋さんでパスポート用写真を撮ってきました。ついでに住民票も取ってきたので、明日以降余裕のあるときに大宮ソニックシティのパスポートセンターに出向くことにしました。本当にいけるのかどうかはともかく、インドへ向けて外堀を埋めていこうと思っています。

まだインドへ観光で行く人は限られるでしょうから写真はビジネススタイルがいいと思っていたのですが、写真屋さんにあらかじめ電話すると「最近写真のサイズが変わったので襟付きなら大丈夫ですよ」とのこと。確かに撮ってもらった写真をみると、以前のパスポートではスーツの上着まで少し写ったのに今回のサイズだと顔以外はほとんど写らないのでした。いろいろなことが微妙に変わっているんですね。パスポート申請費用の16000円も昨年でしたか、ICパスポートになった為そのコスト分値上がりしたのだそうです。

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2007/06/22

東北新幹線開通25周年

明日6月23日は東北新幹線が大宮~盛岡間で部分開業して丁度25周年になります。本格的なダイヤ改正は上越新幹線開通の11月に行われているので、6月から11月は在来線の特急も数多く残りつつ、新幹線も使えるという状態でした。また上野~大宮間には新幹線リレー号が運転されました。

東北新幹線の開通は2つの大きな変化をもたらしました。一つは言うまでもなく東北と東京が身近になったことです。仙台まで4時間半、青森なんか一日で行くのは大変だったのが大宮~盛岡3時間ほどで結ばれました。この影響で羽田~仙台、羽田~花巻の空路が休止になってしまいました。それとともに東北の中心としての仙台の街が太く強くなっていくことになります。いまや郡山駅では朝新幹線で仙台へ行く人の行列ができるほど。盛岡方面は言わずもがなです。盛岡から東京まで乗りとおすと、仙台でかなり乗客が入れ替わります。東海道山陽新幹線の新大阪みたいです。

2つ目は在来線特急の廃止によって余った線路枠を使って東北線の普通列車が増発されたことです。それまでは日中30分に一本しかなかった大宮~宇都宮間に15分から20分おきに普通列車が運転されるようになりました。しかも夕方のラッシュでは半分が大宮始発だったものが上野始発となりました。このことによって大宮以北が東京の通勤圏として大きく発達することとなりました。埼玉の人口が700万人まで達したのは、この新幹線開通による在来線普通列車増発を抜きには考えられないことです。

その後新幹線は上野へ延長され、新幹線に併走して建設された埼京線がはじめて大宮~池袋まで直通運転を開始、さらに新宿へ延伸されて行きました。すると一度は役割のなくなった大宮駅が今度は新宿方面への乗換駅として再び脚光を浴びるようになりました。大宮を通過する新幹線はほとんどない状態です。これは大宮の経済的地位を飛躍的に拡大させました。話はありながら何度も頓挫した浦和・与野・大宮の合併が実現したのはこのあたりのことが大きく影響しているでしょう。鉄道がどこを通るかは重要です。当初は考えもしなかった岩槻のさいたま市への合流は地下鉄の延伸をスムーズに進めるためだったと言われます。

今後長野新幹線が延長されて北陸地方とも近くなる大宮。その歴史の大きな転換点の一つが東北新幹線でした。

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2007/06/17

インドへいくぞ!

2月に我が家へホームステイしたインドのニラージュさんからまたメールが来ました。日本のよい印象とともに自分の顔が思い浮かぶそうで、たった一泊のホームステイだったのにそんな風に言ってもらえることがとてもうれしいです。で、彼からは今度も「インドへ来い、いつ来るんだ」と書いてあります。うーん、そこまで言ってくれるならインドへ行ってみようか、熊本へ24時間かけて行ったときはついた翌日ホテルでばったり寝込んでいましたが、まあ1日寝かせてもらえば多分特に観光するわけでもなく過ごすなら大丈夫だろう、などと本気で考えて昨日ガイドブックを物色に行きました。

それですごいことが分かりました。ニラージュさんの住まいはインドのシッキム州というところなのですが、ここはあの「地球の歩き方」でさえたった4ページしか載っていないところなのです。このすごさ、「地球の歩き方」と言うガイドブックを読んだことのある方なら分かるでしょう。街じゃないですよ、州の記載が4ページしかないのです。ニラージュさんは「デリーから飛行機でたった45分」と言っていましたが、空港から近くの町まで1時間乗り合いジープに揺られて行き、そこからさらにバスで5時間もかかるのです。地図を見たらもうヒマラヤの中といってもいいようなところで標高も1500~2000メートルあるのです。彼の奥さんは医者でネパールのカトマンズに単身赴任しているそうですが、たしかにインドの首都デリーよりもネパールのカトマンズのほうがよっぽど近いのです。ニラージュさんという人、ものすごいところから鳩ヶ谷まで来たものです。それで意気投合して、自分も話せるはずのなかった英語でノンストップ3時間政治・経済・地理やら家族のことやら本当に色々話すことができたのは運命としか言いようがないと思いました。彼がトレッキングを趣味にしていてヒマラヤの5000メートルくらいの高地までしょっちゅう出かけていると言うのも納得です。

しかしすごい!彼のデジカメはニコンでしたよ!インターネットの写真クラブに登録していて(パスワードを入れないと見られないのですが)、彼の山岳写真や娘さんの写真などが我が家のこのVAIOから見られるのです。ものすごい時代を自分たちは生きていると本気で思いました。

2~3泊とめてもらうまでの道のりそのものが初体験のことばかりでしょう。初心者がインドに行くのには11月から2月くらいがいいとのことなので、そのくらいのスケジュールで実際に行くことを考えたいと思っています。もっともインドへ行くことができたら、来年は障害年金の更新(2年ごとに診断書を出す必要があるのです)はできないかもしれません。それでも生きている時間は限られているし、多分再起の時に必要な資格等の取得費として大事にとってあるお金をそういうことに投資してもいい、そこから何か開けるかもしれないと思うのです。

木曜日が診察日で主治医に「ここのところ調子が悪くて死にたくなる。死ぬか、べてるの家(北海道)の住人になるか、インドへ行くかです)と言ったら「それならインドでしょう」と即答されました。といってもまさか本気だとは思っていないでしょうが・・・。

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2007/05/27

甲府

ヒッポの講演会で甲府に来ました。市街地を30分程歩いたのですが、その寂れ方といったらものすごいです。駅ビルや駅前の小さなデパート以外はほとんど寂れきっています。ビルのあったところが巨大駐車場になったりビジネスホテルになったりしています。市街地で買い物するのは車のない高校生と観光客だけでしょう。コンビニすら駅前以外はほとんどないんです。

郊外に大型店が出る事に甲府市関係者は猛反対しているそうですが、こんな魅力のない街に買い物なんか来ないですよ。自分達が努力と工夫をせずに他の事に責任転嫁するのは大きな間違い。都内でも、人通りがたくさんあっても、変わらない店はだめ。商店街を維持したいならやる気の無い人達を排除(言い方は悪いですが)してやる気のある人達を引っ張り込まないとだめ。これは鳩ヶ谷の市街地でも全く一緒です。

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2007/05/20

行けるか?高尾山

5月の第2週は大変調子よく、部屋も片付け布団も干し午前中のイベントにも参加できるほどでした。第3週はだいぶ疲れが出てきんようびなどは内科の予約に間に合わずすっぽかし状態。もっとも内科の先生は自分の病気のことを知っているので、来なくても全く問題なしです。どうせ行ったって予約あって無きが如し、1時間半は待つんですから。

問題は今週末から来週にかけてです。26日ヒッポの甲府での講演会に参加。その後いとこのうちに泊まって、翌日はヒッポのお父さんワークショップが午後から与野体育館(与野本町駅)。明けて月曜日はなんと町屋堂さん一家と手古奈のご夫妻とで高尾山から景信山方面へハイキングの予定。水曜日はパイプオルガニストの柳沢文子さんが横浜みなとみらいホールのインターンを終えて卒業記念のオルガン1ドルコンサート。書いていても頭を抱えるようなスケジュールです。このなかでもっともやばそうなのが高尾山ハイキングです。日が長いシーズンですから早出しなくても大丈夫だと思いますが、病気になってからは数年前に鹿児島の開聞岳に登って以来のハイキングです。相当体も鈍っていると覚悟していかなければなりません。

果たして行けるのか?町屋堂一家の小学生の娘さんに馬鹿にされそうだなあ・・・。

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2007/04/25

キヨスク・キオスク・KIOSKその2

さて、続きです。

キヨスクの経営は国鉄時代には鉄道弘済会が担っていました。鉄道弘済会と言うのは、昔鉄道の運営がまだまだ危険と隣りあわせだった頃、殉職者や負傷者、その家族への福祉を担うことを目的に設立されました。キヨスクの売店も夫が殉職したいわゆる未亡人が生活の糧とするためにつくられたのが発端なのです。ですからもともと強い公益性がありました。勤務形態は今よりもハードだったようですが、その代わり給金の面ではかなり優遇されていたようです。そういうことが販売員のモチベーションを高め、キヨスクならではのさまざまな売り方や仕事の仕方につながってきているのです。文化といってもいいでしょう。

長年営々と積み重ねられた文化が大きな転機を迎えたのが、まず国鉄の分割民営化でした。分割された時にキヨスクもそれぞれの地域JRの子会社に分けられたのです。それによって運営会社それぞれの個性が出てくるようになりました。それでもまだキヨスクはキヨスクだったと思いますが、大きな転機が最近訪れました。言うまでもなく電子マネーの登場です。東日本キヨスクでは親会社JR東日本の経営政策にあわせるようにキヨスクの店舗運営を大きく変えました。それが「レジ」の導入です。キヨスクにはレジなんてものがないからこそ一度に5人の客を相手にするような離れ業ができたのですが、これができなくなりました。そのため店舗の合理化を進めました。一時登場した新聞の自動販売機などもその一環でしょう。キヨスクでは週刊誌や新聞の売り上げウエイトが高いですから(週刊誌の中には駅売店の売り上げが実売部数の7割に達するものもあるそうです。だから電車に中吊り広告が出るわけですね)そこを合理化することでレジがあっても対応できるキヨスク作りを目指したのだと思います。しかしこれは不評だったようで、今ほとんどの新聞自動販売機が撤去されました。他にも缶ジュースなどを販売員がケースから出すのではなく客に取らせたりするなど、さまざまな合理化策を取ってきました。レジを使えないとスイカで物を買うと言うことがそもそも出来ませんから試行錯誤したのだと思います。

しかし先ほど「文化」と言う言葉を使ったように、キヨスクの店作りは歴代の販売員の努力と工夫の結晶なのです。それがあるからこそ2~3坪の店に600~700アイテムもの商品が並び、一番売るところでは一日1000万(1991年当時)も売り上げていたのです。レジの導入はキヨスク文化の否定でもあったと思います。

一方コンビニ文化も駅の中へ入ってきて東日本のニューデイズや西日本のデイリーインといった店が作られました。前にも書いたようにコンビ二は面積が広いので棚割り表をつくって決まったところに決まったものを補充すればいいようになっています。ですから販売員がアルバイトでも勤まります。

今回東日本のキヨスク大量休店の原因はリストラの失敗といわれていますが、それが本当だとしたらコンビニの販売員の時給に比べてキヨスクの売店の販売員の給料が高いことに対して幹部の理解が浅かったのでしょう。

求人広告を見ると現在の募集条件は社会保険完備、住宅手当支給ですが最初は契約社員で月給180000円(大宮地区)~187000円(東京都区内)だそうです。社員登用もありとのことですが、どうですか?やりますか?勤務形態は前の記事に書いたように大変不規則です。また交代要員をのぞいても休日日数の関係から最低でも3人の販売員でチームを組んで店舗を運営する必要があります。チームワークも大事です。個人的にはもうちょっと待遇をよくして販売員のモチベーションを上げる工夫をしないと、キオスク文化そのものが滅ぶのではと思うのです。キオスクを変えていくのはなんといっても現場の販売員の力です。今までもそうでしたしこれからもきっと新しいやり方を編み出すのはオフィスにいる幹部ではなく現場の販売員さんでしょう。

参考図書:KIOSK 駅の世相店(INAX BOOKLET’91-NO.Ⅲ 1991年9月刊)

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2007/04/19

キヨスク・キオスク・KIOSK

キヨスクと言えば、狭い意味でいえばJR各社の駅構内売店をいうのでしょうが、地下鉄や私鉄、空港の売店や街中の新聞スタンドまでキヨスクといっていることが多いとおもいます。単なる売店ではない独特のイメージがありますよね。韓国ソウルの東大門市場の路上で自分が見た売店なども、キヨスクといったほうがイメージが伝わるでしょう。

このキヨスクが新聞の話題になっています。ひとつは東日本キヨスクが商号をキヨスクではなくキオスクに変更すると言う話。もうひとつがやはり東日本キヨスクで、販売員のリストラが失敗して十分な販売員が確保できないために店舗の臨時休業が相次いでいると言う話です。

キオスクの臨時休業は自分もずいぶん以前から気になっていました。川口駅には4つの店舗があってまだ営業していますが、赤羽では休業店舗がでています。古いデータですが上野には83ものキオスクがあるそうで半分くらい休業しているかもしれません。

東日本キヨスクではNEWDAYSというコンビニも手がけています。コンビニとキオスクの大きな違いはもちろん店舗の形式もそうですが、コンビニのレジ打ちはアルバイトでも出来るけれどキオスクではアルバイトで運営することが不可能と言う点です。キオスクの勤務形態はとても変わっています。朝9時から一日の仕事が始まり、閉店まで勤めた後、家が近所の人以外は駅の休息施設で寝て、翌日6時から9時半まで勤めます。これを2回こなして1日休みが入ります。つまり5日で一回転するのです。仕事中は一人で運営している店舗が多く、トイレ要員と食事要員が定期的に回ってきてその決まった時間だけ休憩が出来ます。こういう勤務形態ですからアルバイトでは無理です。さらにいうとキオスクの店舗は販売員の工夫のかたまりで出来ています。万引き防止のため週刊誌やお菓子などはひとつ売れたらひとつ補充します。ラッシュ時は1分で5人程度の客の相手をすることも珍しくありません。そのためおつりの渡し方にも工夫ががあります。ラッシュになる前に10円玉と100円玉を4枚ずつピラミッドのように重ねておいて、たとえば30円なら40円の山から10円だけ別のいれものに落としてつりとして渡すなど、職人技といってもいいものです。新聞の売り方にも工夫があるのはキオスクを見ていれば皆さん良くお分かりでしょう。見出しが良く見えるようにだいたい7部くらいずつたけのこ刺ししてあります。スポーツ紙などはこの売り方を意識して見出しを配置しています。

これだけではすまないくらいキオスクは知恵と工夫のかたまりで出来ています。大体3坪程度の店の中に600から700種類の商品があるといいます。売り上げ面で言えばあの小店舗の売り上げの積み重ねで年間では大手百貨店や中規模スーパー並みの売り上げを上げています。

長くなりそうなのでここでいったん切り、続きは別記事にします。

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2007/04/08

車窓の桜

この土日で仙台へ行ってきました。ヒッポのメンバーさんのお宅にホームステイ。ちょうど海外の方々との交流パーティなどもあり、その後もいろいろと話し込んで寝るのが深夜3時になってしまったりもしましたが本当に充実した2日間を過ごすことができました。

今回、なぜか携帯電話が電池切れ(充電したはずなのに)で、列車内からの投稿が出来ませんでした。帰宅時に福島駅近くでの信号トラブルで列車が遅れましたが、あとはほぼ順調な普通列車のたびでした。ここのところ北海道へ行ったり九州へ行ったりしていたので仙台~赤羽6時間は楽チンでした。

行き帰りとも東北線経由にしました。内陸を走るため東北線では車窓の楽しみが余りありません。きれいなのは福島盆地の景色で、これは南側と北西側から見ることができます。特に藤田駅あたりは国見町というだけあって非常に眺めがよいです。

楽しみにしていたのは大河原駅~船岡駅間の川沿いにある千本桜です。この桜はJRのポスターになって首都圏でもはられていたことがありますが、車窓からこれだけの桜を見ることができるのは全国でもここだけでしょう。週末だったせいかJRも気を利かせていて、この両駅の間は徐行して走ってくれていました。帰りの臨時快速では車内アナウンスも入ったりしていました。土曜日はちらほらとしか咲いていませんでしたが、今日は昨日よりも咲いていたかな。仙台の街中の桜の名所もそうらしいですが、来週がお花見のピークでしょう。

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2007/02/23

8000円でした。

先日JR発足20周年の記事を書いたときに、「青春18切符が10000円で売られる」と書きましたが、20日に発売開始になって再確認したら、なんと8000円だそうです。確かにその前は10000円と書いてあったし、10000円でも十分安いのですが、8000円にはびっくり。「これは使わなければ損かな」なんて思ったりして。高崎や宇都宮へ片道使うだけで元が取れるじゃ有りませんか。ちょっと旅の計画を練ろうと思います。

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2007/02/21

イギリスの地下鉄

鳩ヶ谷駅を通る地下鉄は埼玉高速線と言うのですが、初乗り運賃が210円と日本一高いのが有名です。もっとも高いのは初乗り運賃だけで、二区間以上ならもっと高い路線がいっぱいあります。それでも既存の東京メトロなどと較べれば高いです。今日もデイケアに行く時に列車に乗ったら初めて乗ると思しき人達が「高い」とぶつぶつ。

ところでイギリスはロンドンの地下鉄の運賃を聞いてびっくり!600円という事ですが多分3£だと思います。今は極端に円安で1£240円位ですから700円を越すでしょう。すごく高いのです。日本なら乗らないでしょう?700円の地下鉄。

ロンドンの地下鉄は大変歴史が古いです。シャーロックホームズが活躍していた時代には既に何路線もの地下鉄が引かれていて、列車の往来もかなりあったようです。シャーロックホームズの話には自動車が一切出てこない、タクシー馬車というのがあった時代なのです。だから聞くところによると、運営費がかさむ為にこのような運賃になっているとか。東京の丸の内線や大阪の御堂筋線と同じタイプで走行するレールの他に集電用のレールがあるそうです。どうしてそんなにコストがかかるのか乗って確かめてみたいですね。

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2007/02/14

タイのバレンタイン

今日の日経夕刊にタイのバレンタイン事情が載っていました。日本や先日書いた韓国と比較しても面白いので紹介します。

タイではバレンタインデーに婚姻を届けるカップルがとても多いのだそうです。ところが離婚が年々増加して、国内全世帯の17%が離婚世帯という現実に鑑み、タイの社会開発・人間安全保障省(こういう省庁があるのも面白いですね。日本で言う厚生労働省とどの辺が違うのでしょう)が70ページもある結婚生活の手引書を、今日14日に婚姻届を出す人に配布したそうです。その数約2万部。中には「多くのカップルは愛があらゆる問題を解決すると信じていますが、現実は違います」などときつめのアドバイスも書かれているそうです。

バレンタインデーが「婚姻届の日」になっているというのはタイだけなんですかね。バレンタインデーも国によってホントさまざまですね。

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2007/02/11

韓国のバレンタイン

今日のinter FM 「Kジェネレーション」と言う番組(韓国の音楽を中心に文化や旅行情報などを紹介する番組)で韓国のバレンタイン事情が紹介されていました。欧米では日本のような、贈り物中心のスタイルではなくクリスマスのように大事な人と一緒に過ごす日でプレゼントも男性が贈ることが多いようですが、韓国では日本式の女性がチョコなどを送る日として定着しているようです。ただ義理チョコというのはないんだそうです。これは義理でチョコをばら撒くのではなく、一人ひとりに心をこめて贈らなければならないのだそうで、日本のように割り切ったドライな感じであげれば済むのを韓国女性は「楽でいいな」と思っているのだとか。

韓国では中身よりもラッピングに趣向を凝らすそうです。特に包みが大きければ大きいほど思いが大きいことをあらわすのだそうで、14日には子どもが入っているのかと思うほど大きなバスケットを抱えて歩いている男性やカップルを見かけるそうです。大きさが気持ちをダイレクトに表すのでカップルがもっているチョコの包みを見ると「ラブラブなんだな」とか「倦怠期かな?」とか、推測できるのだそうです。第三者的に見ていると面白いそうですよ。

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2007/01/14

べてるの家から学んだ事

先程いわきのパチンコ屋のことを書きましたが、結果的に自分で困ってもらうしかないんですね。べてるの家では、悩む権利という。それを先んじて何とかしようとした結果が今の状態だから、自分で困るまで放置するしかないんです。それをなんとかしようなんて思うと自分の病気が悪化して相手も考えないままで、お互いに良くない。あえて介入しないこと、それで良いということを学んだのでした。

自分をもっと大事にします。それしかないや。

水戸を過ぎて、東京の通勤圏に入って来ました。

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ゆううつ

ごめんなさい。せっかくの旅行記なのに、どんどんゆううつになってくる。

いわき駅に着きました。まだ次に乗る列車が来ていません。今度乗る列車は、これもラスト間近の車輌です。車輌そのものは土浦より北で使われる予定ですが、土浦より先は3月18日からグリーン車をつないだ新型車輌にするというポスターが張られているのです。

あぁそれにしても、パチンコ屋です。いわき駅に着く前にいくつものパチンコ屋が並んでいて、駐車場がほぼ満車でした。アディクションという事もあるけど、あまりに生活そのものに目的が見いだせず、考えることをやめているとしか思えない。でもあなた方の人生、先送りすればするほど袋小路に入って行くよ。生きることを放棄しているよ。こんなの続く訳ない。病人のほうが真剣だよ。

そんな事を言いたくなる光景でした。

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本当に最後らしい

今乗っている車輌ですが、本当に最後らしいです。沿線で写真を撮る鉄道好きがたくさんいますし、車内にもそれらしき人がかなりいます。青春18切符で最後のお勤めを体験しに来ているようです。製造年をみたら、自分の生まれた年でした。うーん。確かにこの時期の車輌は最近こぞって引退していますね。もうすぐ原ノ町です。不安な感じは波のように押し寄せたり引いたりしています。

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強い不安感

ものすごく不安です。具体的に何がと言われると困るけれど、ドキドキ感と頭の重い感じが強いです。

さて常磐線回りというのは本数が少ないだけでそれほど遠回りではありません。昔、青森行寝台特急が何本もあった頃、勾配に弱い客車タイプの列車は山越えを避けて常磐線回りで運転されました。今でも東北線からの貨物列車の一部は常磐線を経由します。そして新幹線に乗らずに常磐線回りの特急スーパーひたちで乗換えなしで行く事も出来るのです。しいて言えば風が強い時に不通になりやすい傾向があります。今日はもう順調に帰りたいです。

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最後の勤め

今日は日曜日なので福島行き臨時快速がありました。時刻表の臨時列車の欄に書いてあったので気がつきませんでした。あれなら赤羽駅に乗り継ぎで21時過ぎに着けました。一時間違います。まあ、いいや。常磐線は昔急行列車に使われていたもので、他には鹿児島や宮崎でしか見る事が出来ません。だいぶ古い車輌なので、最後のお勤めでしょう。いわきまでこれで行きます。あと一回乗り継ぎで柏に着く見込みです。あとは武蔵野線経由地下鉄で帰り着きます。

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仙台進出

コーヒー込みで500円ランチが売りで九州一円にあるファミレスのジョイフルを仙台郊外で発見しました。東京は激戦なので飛ばして東北に進出したのでしょうか。なんだかジョイフルを見ると福岡にいるような気がします。間もなく仙台駅到着。少し乗換え時間に余裕があるので、夕飯を少し考えます。

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不安舞い戻る

仙台が近付くに連れてほのかに明日以降の埼玉の生活が思い起こされて来ました。そうすると何やら変な感じがしてきました。妙な不安感があります。頓服薬を久しぶりに飲みました。それも強いやつを一錠。せっかく元気だったのにな。いつも旅の帰りに、具体的に今日の晩ご飯を考えたりするとだめになってくる。苦しいなあ。

今小牛田です。

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また乗換え

一ノ関でまた乗換えです。15分あったので何とかおにぎりを買う余裕がありましたが西日本みたいに隣りのホームで乗換えなどという事が全然無い。配慮が無さ過ぎます。なので、行きは秋田回りにしたのですが、帰りは接続上仕方ないです。仙台からはめんどくさくない常磐線を回るつもりです。

さすがに暖かいです。周りを見てもコートなどは薄いものを着ています。自分は持つ荷物を減らすために乗換えの時は札幌の格好をしていますが暑くて仕方ないです。たまにはらはらと雪が舞いますがあまり雪が積もっておらず晴れ間も見えます。電車は以前に比べて格段にスピードアップしました。このスピードだから青森から東京まで楽に一日で移動出来ると言えます。乗客の中に青春18切符ユーザーが増えて来ました。仙台まで一緒だと思います。

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不便極まりない盛岡駅

盛岡駅では八戸方面と一ノ関方面が完全に分離されています。事情があるので仕方ないのですが、新幹線のほうが乗客が多いので、改札も新幹線のそばにしてしまいました。八戸方面の改札とは距離がある上エスカレーターすらない。10分の乗換え時間しか無くて大変でした。ちょっとひどいよJR。

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貨物優先

金田一温泉で14分停車です。貨物列車が2本先に行きました。この八戸〜盛岡間は乗客のとても少ない区間です。この区間は乗客で稼ぐというより貨物列車で稼ぐ区間です。青函トンネルを貨物列車が通れなくなったら、ここの区間の経営は極端に厳しくなります。その辺りをどう考えて新幹線延伸を推進するか、大事な論点でしょう。実際ほとんど乗客はいません。座席がうまるのは少なくとも沼宮内の先盛岡までのわずかな区間でしょう。

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駅は立派になったけど

新幹線が開通する前に八戸駅は何回も通りましたが、新幹線が出来てからは初めてです。青春18切符がここから盛岡まで使えないからです。八戸駅は立派になりました。九州新幹線の川内と同じ位。似ているのは人気が少ない事。今は新幹線から在来線に乗換えの人がいるけど、青森まで新幹線が行ってしまえば学生の通学時間以外はチョロチョロしかいない駅になるでしょう。

前に座っているおばさん二人は札幌から一緒でここでも盛岡行に一緒。話を聞いていると少なくとも福島までは一緒のようです。普通列車の旅を楽しむ年齢も多様になりました。

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さんざん乗ったぞ!

八戸行普通列車が来ました。なんと電車ではなく北海道でさんざん乗ったタイプのディーゼルカーでした。5両編成というのが違います。それと二重窓でないので寒い!!二重窓にしてくれ!

青森は雪が多いので郊外に街を拡げないコンパクトシティ政策をとっています。その為青森市は新幹線を今の青森駅へ入れて欲しいのが本音です。既に新青森駅周辺は最低限の整備しかしないと決めているそうです。そうしないとどか雪の時除雪経費がもたないのだそうです。計画見直しの余地はまだわずかながらあると思います。トップの決断次第です。

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青森に着きました。

行きは隣りのホームですぐの乗換えだった青森に着きました。帰りは少し時間があります。列車が入っていないので猛烈に寒いです。雪も明らかに札幌より多いです。特急つがるはいつの間にかフレッシュひたちと同じタイプの電車になっていました。いなほ号は古い車輌です。はまなすは当初の遅れをほとんど取り戻しました。とにかく寒いです。

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函館まで来ました。

深夜の函館駅に着きました。割と順調に眠れています。こんな時間ですが函館駅では結構乗降りがあります。また進行方向が変わるのでいったん起きる人が多いです。来る時にはほとんど無かった雪が相当降ったようで、駅は相当雪に埋もれています。遅れを取り戻すため、あっという間に機関車を付け替えて発車しました。青森は普段過ごしている時はずっと北というイメージですが、そこへ南下するというのは何やら変な感じです。遅れを取り戻さないと、青森からすぐの連絡のいなほ号に乗換える人も多いようなので、まだ時間を詰めるでしょう。自分も青森では15分位の乗換え時間なので何とか定刻近くに着いて欲しいです。南千歳では、遅れた釧路発の特急からかなり乗り継いだ人がいました。この列車の存在価値はまだまだあるようです。

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2007/01/13

機関車

この列車の機関車は北斗星と同じです。北斗星は機関車2両で引っ張りますが、この列車は単独です。それでもハイパワーです。貨物列車も同じタイプの機関車を使いますが、最近は新型の機関車が登場しました。レッドベアという愛称で函館と札幌の間をさらにハイパワーで走ります。北海道からは野菜や紙などの生活物資を運んでいるようです。以前マイカルは借り切りコンテナを持っていた事があります。じゃがいもやたまねぎの安定輸送を目指していました。マイカルって結構他がやらないような革新的試みをやっていたんですがね。

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30分遅れ

地震の影響が自分にも及びました。釧路発の特急が遅れているため接続をとるそうです。発車が三十分遅れになります。それにしても、2時間も並ぶ必要はありませんでした。がらがらとは言わないものの、ゆったり座れました。指定席も程々です。夏はものすごく混む列車なのでそれなりの編成にしているようです。さすがに氷点下のホームで二時間待つ馬鹿は自分だけでした。北斗星と比べて寝台車が相当痛んでいます。廃止にしないで長らく使わせて欲しいです。

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今度は津波

自分は疫病神かと思いました。札幌でもはっきり分かる揺れ方でしたがまさか津波警報が出るとは!べてるの家でも、十勝沖は地震が多いので万一の準備は考えているそうです。

旅も最終段階。札幌で10年振りに会う友人と飲んだ後、先程から夜行急行はまなすの列に並びました。さすがに早いようですが、同じフリー切符を持っている人がかなりあると思うので念のため早くから来てみました。あと一時間くらい待てば列車が入って来ると思います。明日は青森から鳩ヶ谷までの大移動です。

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2007/01/12

さすがに早い

苫小牧にやっと着いて小樽行の電車に乗換えました。さすがに電車は早いです。この先札幌まで一時間で行きます。苫小牧はほんのりと白くなっていました。浦河は寒いけれど凍っているのはみずたまりと川だけでした。苫小牧の駅ビルはテナント(丸井今井)がぬけて空っぽです。イオンのショッピングセンターが美園並みの規模で出来ているので厳しそうです。新千歳空港を横目にして、札幌で一休み。明日の夜行列車はまなすで帰路につきます。

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丘の上は牧場

静内から鵡川までは海岸線を走ります。この区間が先日の低気圧による高波のため運転見合せになりました。実は海岸線に丘が迫っていて、勾配を減らすためか、列車は丘をよけて海岸線を走るのです。わずかに丘の上を走る区間がありました。丘の上は牧場が一面に広がっていました。もちろん馬を飼う牧場です。

ようやく苫小牧まで一時間を切りました。長い三時間です。

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時間を守る?

日本ではよく5分前行動を励行せよと言われますね。こんなに時間に厳しいのは世界標準ではありません。この列車もワンマンなのに一分の遅れもなく静内に到着しました。実はこんな事が可能なのは、日本が時計の技術で世界一優秀だから。日本以外ではスイスがやはり時計の優秀さのせいで列車の運行時間もかなり正確だそうです。しかしスイスは大陸で、他国から直通する国際列車のダイヤが遅れるため、日本程は正確な列車運行が出来ないそうです。貨物列車が秒単位のダイヤで走るのは日本だけ。アメリカでは荷積みが終わったら出発、みたいなアバウトな感じだそうです。

べてるのメンバーは、ミーティング開始時間に来ている人の方が少ない。

実は日本でも時間に比較的アバウトな所がありました。つくばです。先日つくばエクスプレスが開通するまでは、メインの交通が高速バスでした。しかし慢性的渋滞のせいで、全く時間の読めない暮らしをしていました。就業時間などはさすがに正確でしょうが、人との待ち合わせは2〜3時間遅れもお互い様ということで、人格を疑われたりしないそうです。日本が時計王国でなかったら、日本人の価値観は随分変わったでしょう。そのくらいのほうが生き物としての人間にとって生きやすいのかもしれません。

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ありがとう浦河

浦河駅を出ました。絵笛駅は、来るときは暗くて分かりませんでしたが牧場のど真ん中で馬しかいない駅でした。

さて浦河まで来てみて良かったです。とても大事なことを教わった気がします。最後にべてるの金曜ミーティングに参加しましたが、本人は真剣に悩んでいる事でも笑い飛ばすのが良かった。みんなに話す事が大事。笑いながらもみんなで課題を共有する。でも手助けはしない。問題はきちんと本人に返してあげる。苦労する権利を奪わない。すごいなと思いました。気持ちが晴ればれして帰途に付く事が出来ます。本当にありがとう。

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2007/01/11

浦河も問題だらけ

ホテルにつきました。久しぶりにパソコンから記事を書きます。まあパソコンを持ち歩いていることは、雑記にコメントをいただくと即レスしていることでお分かりだと思います。が、記事をひねり出すのにはホテルで落ち着いているときより列車で移動しながらのほうが、感じたことをすぐにかけるので便利なのです。それにハードスケジュールのためホテルでは食事のとき以外ほとんど横になっているという事実もあります。それでもパソコンはメールチェックなども必要なので必需品。この浦河の町でも携帯の電波が飛ぶし、ホテルは客室までLANにはなっていなかったのですが、ロビーで無線LANを使えるようになっています。ネットや携帯は社会的なインフラとして今やなくてはならないものになりました。鹿児島の内陸に住んでいる友人は、以前ネットを使うためにADSLを早く自分の地域にも引っ張ってくれと要望したそうですが、今は携帯電話でパケット通信すれば有線のADSLなんか必要ないし、先日の日経新聞によれば、蛍光灯の光で光ファイバー以上の高速大容量通信ができる時代がすぐそこまで来ているそうです。

前振りが長くなりました。「べてるの家」を訪問した後、先ほど携帯から投稿したように東町駅からホテルまでずっと歩いて見ました。浦河赤十字病院の精神科を訪ねてみました。もちろん川村先生はいませんでしたが、アルコール依存症の人たちが東京で発行している雑誌が待合にあってさらっと読んだらとても興味深い内容だったので発行元を控えてきました。うちに帰ったら連絡をとって購読できないか相談します。またギャンブル依存症のための会があることも知りました。これも控えてきたので帰宅してから連絡先を雑記に載せます。

赤十字病院の入り口に「皆さんにご心配をおかけしましたが、北大と○○(ちょっとわすれました)から1週間交代で医師を派遣してもらうことになりました。これからも当院でお産はできます」と書いてありました。「よかったねえ」と思わずつぶやいてしまいました。ここ日高支庁のある浦河でお産もできないとなると、おそらく苫小牧まで行かなければならなかったでしょう。

赤十字病院から少し先に進んだところが町役場などのある中心街でした。ここであちこちに貼ってあるポスターを見て絶句。なんとこの日高支庁を他と統合する(やるとすれば胆振支庁でしょう。車のナンバーも室蘭ですから)計画があるらしく、「支庁の存続を」と訴えるポスターです。

明るいうちに浦河駅を見てさらにびっくり。浦河駅は支庁所在地の駅にもかかわらず列車交換設備すら撤去されてないのです。つまり浦河のずっと手前の駅で行き違いをしたあとは、様似まで行った列車がそのまま戻ってくるしかないのです。「列車」と書きましたが、道内の普通列車で2両以上つないでいるのは電化されている室蘭・小樽から札幌を経て旭川までの区間以外めったにないのです。1両のワンマンカーが当たり前。列車というより汽車ですね。浦河駅は駅員がいますが、先ほど書いたようにどうしようもないくらい暇らしく、そのうち運転拠点がある静内以外はすべて無人になるような気がします。

つまり浦河という町自体が問題だらけなのです。浦河で暮らす人々は過疎化で悩み、役場は公債(借金)と補助金削減で悩み、さらに支庁まで存続の危機なのです。精神障害者にたいしてデイケアへ行って社会復帰を目指そうという、その社会が疲弊しています。社会復帰なんていう言葉があほらしいです。

「べてるの家」は問題だらけ、それで順調というフレーズがあります。まさに「べてるの家」のメンバーは自分の生きざまと向き合いながらまじめに悩んで苦労して問題を引き起こします。それはしかし、「べてるの家」だけでなく地域で暮らす人々全体の問題なのです。むしろ「健常者」といわれる人々のほうが、自分と向き合うことなしに日々の問題を先送りしてパチンコ屋で無為に時間を過ごしたり、いろいろと現実を見ないような行動に走っているのではないでしょうか。べてるのほうがむしろ時代の先端にいる。そんな気がしてなりません。

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日高山脈

先程書いたアポイ岳は日高山脈の中で日帰りで手軽に登れる山として良くガイドにも紹介されています。日高山脈が海に突き出した所が襟裳岬で、様似からバスがあります。このバスは廃線になった広尾線の広尾まで行きます。浦河と広尾の間は日高山脈にさえぎられ真っ直ぐには行けません(いけなかったのですが最近山の中を切り裂く道路が出来たようです)。この日高山脈は本当に大きな北海道の背骨とも言える山々です。中で最高峰の幌尻岳は標高が2052メートルありますが北海道の山の気候は本州の山プラス1000メートルと言われていますので北アルプス並みの気候と考えるのが良いでしょう。その上山深いので日本百名山なかでも登るのがとても困難な山の一つです。行ってみたいです。

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様似

せっかくなので、列車の終点様似まで行って見ました。ハイキングガイドにも紹介されているアポイ岳が目の前に見えます。浦河駅はそのうち駅員がいなくなるかも。駅で列車を待っている間駅員がパソコンのソリティアをやっていました。分かります。そのくらい暇疲れしてしまうと思います。帰りは一駅手前の東町で降りてホテルまで3キロくらい歩いてみようと思います。べてるのメンバーがお世話になっている浦河赤十字病院はそちらの方が近いのです。取りあえず用はないけれど病院まで行ってみます。

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何も特別な事は無かった

べてるの家へ出かけました。今日は仕事始めだけど新年会だけで、午前中で終わり。お店も明日から開けるそうです。見学者は自分だけなので、年間2000人も来るという見学者の今年第一号になりました。ミーティングでメンバーと共に今年の抱負を話すという栄誉に恵まれました。早坂潔さんや荻野仁さんなどの有名なメンバーに囲まれ、しかし特別な事は何も無かったです。自分がいつも通うデイケアのミーティングと一緒。そう。べてるの家のすごさは普段の生活の中にあるのです。

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2007/01/10

浦河に着きました

着いた〜。小さい街と脅かされていたのでドラッグストアまである町並みに思わずびっくりしてしまいました。考えてみたら、日高支庁もあるし日赤病院もあるので大きな街なんですね。ただ駅はものすごく小さいのです。ホテルで聞くと、もともとは駅の方に街があったのが、国道のバイパスが出来たりして街の中心が移ってしまったのだそうです。しかも列車の本数が減ったのもあり、今は高速バスで来るのが一般的だし、街の中心にバス停があるので圧倒的にバスが便利なのだそうです。つぼ八まであるのにはびっくり!

明日べてるの家の見学も順調にいきそうです。

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考えさせられる

静内に着きました。ここで20分ちょっと停まってさらに一時間以上。遠いよ、浦河!ここで乗客の半数が降りました。実は苫小牧を出る時は立ち客こそいないものの満席だったのです。利用客がこれだけいるので残った路線なんですね。稚内へ行く普通列車なんか名寄から先ずっとがらがらでしたから。あそこは特急があるのでもっているのでしょう。

海もこれだけ長い時間見ていると色々と考えさせられます。東京にいたらわからない事が、ここまで来るだけで察知できるような、風景そのものが語りかけてくるような重苦しさがあります。

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サラブレットの産地

富川に着きました。日高地方はサラブレットの産地として有名です。先程馬が草を食んでいるのが見えました。その手前で線路は海岸線すぐ目の前の所を通り過ぎました。瀬戸内ならいざ知らず、外海にこれだけ接近していたら波の高い時はすぐ運休になるのも分かります。ここでシンボリルドルフなどのサラブレット飼育を産業として育てた先人たちの苦労が偲ばれました。

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手付かずの原野

苫小牧から日高線に乗りました。いよいよ浦河へ向かいます。一駅目の勇払を過ぎたら右も左も手付かずの原野になりました。たった一駅でもうこれかよ。3時間以上乗るのに。なんだか長万部より凄そうなのがおぼろげながらイメージされてきました。べてるの家はこのようなところに出来たんだ、その事事態が奇跡的で、でも、だからこそべてるが生まれたのかも知れないと思いました。実際に来てみたのは間違いではありませんでした。百聞は一見に如かず。

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ドア扱い

昨夜は知人宅に宿泊。夜遅くまでうつ病からシュタイナーまで様々な事を話しました。さて今日は浦河へ向かっています。この列車は新型です。北海道で初めてのデッキのない車輌です。北海道では車内保温のため普通列車でもデッキがありました。しかしこの車輌は札幌の通勤輸送用なので乗降りがスムーズになるようにしてあるのです。もちろんドアはボタン操作で乗客が開け閉め出来ます。東北線などは上野駅までこうしたボタン式のドアが付いた車輌で運転されているので、寒い地域では乗客がドアを閉めるのが普通になっています。しかし北海道ではまだボタン操作でドアを閉めるのに慣れていない人もいて、寒いのに開けたまま行ってしまう人もいます。寒い!

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2007/01/09

爆弾低気圧

今回の大荒れの天気をもたらしたような低気圧の事を爆弾低気圧と言うのだそうです。NHK札幌の地方ニュースでアナウンサーが言っていましたのでこちらでは良く使う表現のようです。この低気圧が通り過ぎて北海道の天気もがらっと変わりました。この先しばらく毎日雪が続くようです。

富良野に着きました。予想より大きな街でした。乗換えに時間があるので待合室へ入ろうと思いましたが、中でテレビが付けっ放し。自分はその為中にいられません。テレビ垂れ流しはやめて欲しい。サービスのつもりなのかも知れないけれど、苦手な人にめ配慮して欲しいです。

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疲労

一昨年の夏にもほぼ同じ行程で旅行したはずなのに、今回はすごく疲れています。気を緩めたらすぐ寝そうです。

富良野線に乗りました。真っ直ぐ札幌方面へ行く列車が少ないので遠回りします。富良野線は海外からの乗客も多いのか、車内放送で英語の案内も流れます。車輌も新型でエアコン装備です。この冬の青春18切符はのポスターはこの列車でした。白い美瑛の風景も良いです。

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2007/01/08

旭川

着きました、旭川。雪だらけの景色を見て、不安よりも楽しい気持ちがしてきました。何でかな?と思って良く考えたら、スキー場の景色にそっくり。そうか、スキー場の中に大きな街があるようなものなんですね。一度動物園には行った事があるので、バス乗り場も迷わずにすぐバスに乗れました。

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扇風機

滝川です。45分も停車時間があります。この列車はクーラーが付いていません。全国でも数少ない列車です。北海道でも今はほとんどの列車にエアコンが付いています。この列車は国鉄当時のままで、扇風機があるのですがJNRの表記が付いています。

さすがに滝川駅はホームまで真っ白。今、帰りに乗るつもりの普通列車が先に出て行きました。旭川は当然雪がここよりも積もっているでしょう。今日はこの日の為にズボン下まではいています。旭川で旭山動物園に行きます。

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やはり

岩見沢です。駅で確認してみたら、浦河方面は不通区間があるそうです。バス代行があるので行けなくはないらしいですが。ところで岩見沢駅は一昨年夏に来た時も工事中でした。進捗はしているようですが、時間かかってます。いつ出来るのかな?

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銀世界

昨夜降った雪で銀世界になりました。札幌はしかしそれほどの雪ではなく、列車は平常運転です。ただし、貨物列車の脱線事故があった帯広方面は臨時列車を運転し、不通区間はバス代行だそうです。また旭川より先のオホーツク海側への列車は運休とのことです。自分は旭川まで行きます。

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2007/01/07

札幌に着きました

現在鳩ヶ谷雑記では携帯から旅行の様子を実況してお伝えしています。札幌駅に18時過ぎに着きました。駅にテレビのモニターがあって、丁度NHKニュースをやっていましたが、各地で被害がでているようですね。北海道でもすでに屋根が飛んだり停電したりしているところがあるようですが、明日にかけて網走などのオホーツク海側で60センチ、小樽などの日本海側で40センチの積雪が見込まれているそうです。明日は冗談でなく旅行を中止する可能性があります。すでにJRは札幌発のほとんどの夜行列車が運休となっていますし、網走方面はすでに不通、帯広方面も相当遅れていて、場合によっては途中で運転見合わせという可能性もあるとのことでした。

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行けなかったかも

苫小牧に着いたところです。構内放送によると浦河方面は高波のため運転見合せだそうです。明日もかも。べてるの家から日時変更の打診が無ければ、今日か明日行くつもりだったのです。結果的に目的地まで行けなかったかもしれません。今日札幌泊というのは、かなり良い線でした。札幌ならどうにでも予定変更出来ます。九州で博多駅近くに泊まっているのと同じ感覚です。取りあえずホッとしました。札幌までは時刻通りに着きそうです。

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日が暮れて

暗くなってきました。相変わらず猛烈な波が打ち寄せてきます。関東以西では台風の時にしか見られないような波しぶきです。

苫小牧が近くなり、脇を走る国道も車が多くなって来ました。沿道のパチンコ屋が繁盛してると思ったらダイナムじゃありませんか!鹿児島から北海道まで全国にあるんですね。お金が地方に回ってもサラ金とパチンコ屋が全部吸収してたりして。シャレになりませんね。

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地球岬

東室蘭です。室蘭も随分昔に立ち寄った事があります。岬の内側が湾になっていてコンビナートや造船所などがあるのですが、岬の外側は野趣あふれる断崖絶壁になっていて見応えがあります。地球岬とは当て字ですが岬の突端に立つほぼ360度の海に囲まれ、地球の丸さを感じます。

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風強く

時間を追うごとに風が強くなって来ました。しかし天気は良いです。もっとも目の前の山々には雪雲がかかっています。既に低気圧の通り過ぎた地域は風雪が強いようで、日本海側を走る夜行列車が軒並み運休とのこと。今朝天気概況を確認した時は新潟まで強い雪雲がかかっていました。山の北側に出た途端雪かな?札幌はどうなっているでしょう?西日の眩しいここでは想像もつきません。

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晴れた

北に向かうとすぐに雪雲に取り囲まれそうですが、沿岸は晴れています。暴風で猛烈なしけになりました。このまま沿岸を苫小牧に向かって行きます。台風の目にいるようなものでしょうか。北海道にいるとは思えない暖かさで短時間なら上着なしで外にいられます。ただすごい風としけ。さっき列車の運転士が危なく帽子を飛ばされそうになっていました。

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何と言えば

東京理科大のキャンパスがある長万部に着きました。理科大の学生は入学式だけ一緒で、長万部組はそのまま飛行機に乗って行くと聞いた事があります。理科大生も駅に降り立って町並みを見て絶句するだろうなあ。浦河もきっとこんな感じだろうな。

客がいるのは駅から3分のセブンイレブンのみ。あのセブンイレブンでねぎや卵などの生鮮食品を売っているのを初めて見ました。何と言えばいいんだろう。絶句としか言い様がない。

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対岸

森からは海沿いを走ります。東の方は晴れているようで対岸の土地が見えます。良くは分かりませんがあれが浦河の方かもしれません。先端は襟裳岬かな?

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減った

今日乗る長万部行きは夏の青春18切符シーズンにはとても混む列車です。以前は森まで2両編成でしたが1両編成に減らされました。昨日酒田からずっと一緒の人を発見しました。

さすがに昨日の雨は早朝雪混じりになったようです。さあ、大荒れと言われる今日明日どうなりますか?

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いかめし

森駅です。森のいかめしと言えば以前はデパートの駅弁大会で人気ナンバー1でした。しかし最近あちこちで駅弁大会をやるようになり、かえってこのいかめしが売られる事が少なくなりました。

今日はそのいかめしにありつけます。今、売店でゲットしてきました。昔列車の窓が開いた時代は立ち売りもあったでしょうが、今は普通列車の旅だけで味わえる貴重品です。

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雪国らしく

駒ヶ岳の裾にある大沼公園に着きます。やっと雪国らしい風景になりました。湖も一部が凍っているようです。まあでもここまで来て10センチ積もっているかどうかという感じです。まだ仕事に就いて数年の頃、ここのユースホステルに泊まってカヌーに挑戦したことがあります。あの時は天候も良くてかなり遠くまで行けました。ペアレントがいれてくれたブランデーいりのコーヒーが懐しいです。

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2007/01/06

番狂わせ

北海道に上陸しました。が、想像以上の暖かさでびっくり!雨がざーざー降っていますが雪になる気配はこれっぽっちも無いです。だいぶ天気予測が見込みと違ったようです。ホテルに入ったらまず天気図を確認しなくちゃ!先程、列車の掲示でみたら明日の室蘭は3℃で旭川でもプラスの気温とのこと。どうなってるんだ?

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暖冬

青森を出ました。混んでいるかと思ったらがらがらでした。予定より一本早い列車に乗れました。それにしても。

弘前辺りの津軽平野もそうでしたが、雪がほとんどありません。こんなものではないでしょう。昨年は豪雪だったのに。暖冬ですね。

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貨物列車

時間帯のせいかもしれませんが、この先貨物列車と良くすれ違います。多くは北海道と大阪を結ぶ列車です。北陸から羽越線奥羽線は別名日本海縦貫線と呼ばれ、旅客はもとより貨物輸送の重要なルートです。もちろん青函トンネルがあってこそです。

青函トンネルを新幹線専用にすると、大事な貨物の陸送ルートがなくなり問題が生じます。新幹線を通すとしても、貨物輸送も確保出来るようにすべきです。列車による貨物輸送は二酸化炭素の排出量も他の輸送手段より格段に少ないのです。

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降ってきた

雨が本降りになって来ました。この雨が夜半には雪になり明日は吹雪になる見込みです。気が重いです。現在秋田駅です。お昼は駅ビルのはなまるうどんにしました。安くてうまい。しかし、スタバもあるし何でもありますね。さっきのおしゃれした女の子達はバーゲン狙いだったようです。

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おしゃれ

連休ということもあって、車内にはおしゃれして秋田市内に向かう若い子達が何人もいます。男の子もそれなりだけど女の子達はとてもおしゃれで、都内でみかける子達と変わらないです。突飛な格好の子はいないので気持ちいいです。床にべったり座り込む子もいません。

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文化なのかな

酒田からは長椅子の3両編成の電車です。秋田で乗換えますが、同じタイプの電車のはずです。この列車はドアの数が少ないだけで、京浜東北線にそっくりの内装です。こんな電車をそれほど混まない地方まで走らせるのはJR東日本だけです。他の各社は進行方向に向かって座る二人掛けの椅子の電車を増やしています。長椅子は疲れるし、どうしても間隔を開けて座る人が多いので、効率的でないと思います。こういうのも地域文化の差なのかな?

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雪があるのは

月山と鳥海山のようです。名だたる山以外は雪なしです。

もうすぐ最上川を渡ります。ここは一昨年の十二月に特急が突風で脱線事故を起こしたところです。だし風と言って、このあたりは突風が吹きやすいところなのです。

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雪が無い

一月だというのに庄内平野に全く雪がありません。周りの山々を見渡してもかなり標高の高い山以外はチョロチョロしか雪がありません。これだからスキー場にも雪が無い訳だ。しかし今晩からはここも吹雪で真っ白になるでしょう。

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まだ休みかな

夜行から乗り継いで酒田行きの列車に乗れました。この列車は山形県に入ると、鶴岡に通う高校生でいっぱいになるのですが、今日はまだ冬休みかな?と思います。車内は自分と似たようなやぼったい男がほとんど。しかし津軽海峡まで一緒の人は少なそうです。外は真っ暗。夜行列車は5時間くらいしか時間がなかったので良く眠れませんでした。

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2007/01/05

11本

いよいよ出発しました。ところで七日の天気は予想以上に荒れそうです。日本列島に8本等圧線が並ぶと大雪というのが天気図を見る時のポイントですが、七日朝には11本も並ぶ予想です。これは北日本では台風並みの風が吹きそうです。ホテルに電話して聞いてみたところ、台風が来なければ列車は動くと言われましたが、果たして?

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2007/01/04

あさってから実況中継

お正月の記事でも書きましたが、いよいよ明日深夜に北海道に向けて出発します。あさってからは昨夏にもやりまして好評だった「携帯から旅行実況中継」をお届けします。コースは5日深夜大宮から「ムーンライトえちご」に乗り翌朝新潟。乗り換えて羽越線、奥羽線を北上、津軽海峡を渡って函館泊。7日は函館から1両のワンマンディーゼールカーで長万部、東室蘭へ。さらに苫小牧から札幌へ。8日は札幌から旭川へ。と言う行程です。そのほか札幌から浦河へも列車で旅します。13日の夜行「はまなす」で青森へ。14日は東北線をずんずん南下し盛岡、仙台、いわき、水戸経由で帰宅の運びとなります。

夏場の九州行きと違って厳しい冬のたび。いろいろとトラブルも予測されます。とくに現段階で7日は冬型の気圧配置が強まり北日本は大荒れになることが予想されています。8日も北海道は厳寒が予想されます。どんなことになりますか、どうぞ実況中継でお楽しみください。

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2006/12/02

街がゆれる

先程浦和を後にしました。街が揺れているような感じでした。力の前は集まったサポーター達があふれていて通行不能な程でした。伊勢丹の前も多くの赤いユニフォームを着た人で通れない状態です。今夜中浦和は熱気むんむんでしょう。

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2006/08/31

予定通り

静岡から予定通り、東京行きに乗りました。東京は混むので座席の良いのでないとしんどいです。特急の車両ですが、同じ車両を使った本当の特急甲府行きは新幹線が地震で遅れた影響で遅れて発車しました。関東に近付くとやはり地震は多いですね。どこでどのくらいのものがあったのか分かりませんが、まあとにかくこれに乗ってさえいればなんとか帰れるでしょう。

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G登場

豊橋から静岡行きに乗っていると、足元をゴソゴソしている小さいGを発見。始めは無視していたのですが、ゴソゴソと窓にまで上がって来ました。はたいて外に出そうとしたら、窓が開かない!とにかくはたいて始末しました。

普通、日本では月一回程度殺虫消毒するので、あまりいないはずなんですが稀に東海道新幹線にもいます。
しかし、先日エジプトの旅行記を読んだら、ふた桁のそれと夜行列車の旅をともにしたとか。海外へ安い旅をするなら、たいていの事には動じずにいる根性が必要なようです。

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転んだ〜

だるまさんじゃありません。荷物を抱えてホームを走ったら転びました。大垣駅です。ここは関ヶ原越えの短い列車と名古屋地区の快速などの乗り換え駅なので、たいていみんな走らされます。乗客も長距離の人が多いので座席確保にみんな必死です。今、周囲にいる人のほとんどが京都の手前から名古屋より先へ行く人でしょう。

しかし走ると運動不足がはっきりします。足腰フラフラ。いかんなーこれじゃ。

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明石海峡大橋

列車は35分遅れで舞子を通過しました。結局米原で当初予定の列車に乗り換えられそうです。舞子と言えば明石海峡大橋。淡路島や徳島への玄関であるとともに淡路島をすぐ目の前に見る事のできるビューポイントです。このさきは蒲郡まで海は見えません。

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運転見合わせ

どうしようもない事ですが、この先の駅でトラブルがあったようで、一時間くらい遅れそうです。幸い予定をゆっくり組んである上さらに少し早い列車に乗っているので、最終的には予定通りとは思っているのですが。早めに出るのは大事ですね。ついでにお昼ご飯も確保したし、念のためトイレの近い車両にしてよかったです。これ以上はしかたない。

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赤穂線

倉敷のホテルを出て、今日は鳩ヶ谷へ帰ります。岡山から山陽線を外れ赤穂線に入りました。赤穂線の方が遠回りですが、最近姫路から先へ行く電車が赤穂始発のものが増えたのと、こちらの方がすいているのとで、この間もこちらを通った記憶があります。途中日生などの港が見えるのも良い所です。

ところで、岡山駅はこのところずっと工事しています。通る度に変わるのは新宿駅のようです。最終的にどうなるのかよく分かりません。四国へも、山陰へも列車が出る大きな駅だけに、やり始めるときりが無いのかもしれません。

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2006/08/30

映画の街

山陽線で海の見えるポイントの一つ、尾道に来ました。この駅は列車の乗り換え等が無いのでなかなか降りるチャンスが無いのですが、以前やはり普通列車で通った時降りてみた事があります。大林宣彦監督の映画のせいです。自分は特に「さびしんぼう」ですが、「時をかける少女」や「転校生」など、いろんな映画で見た景色を訪ねてきた人がいる事でしょう。列車の車窓からでも少しその雰囲気を感じる事が出来ます。造船所や対岸の島とそこへの渡し船。山側の細い小道。ほんとうに切なくなる風景です。

追記:「さびしんぼう」の富田靖子さんも、「時をかける少女」の原田知世さんも、確か自分と同じ歳。今「時をかける少女」は、姪を主人公にしている新作アニメが好評だそうです。原田さんが演じた芳山和子は叔母として登場するとか。年齢的にもそんなものかもしれません。

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先輩後輩

安芸の宮島が見えてきました。海に浮かんでいるのは牡蠣の養殖いかだだと思います。

先程珍しい光景を見ました。女性の車掌さんが後輩の女性車掌を指導しているのです。先輩後輩ともに指差し確認を一緒にしています。女性車掌さんも最近は珍しくなくなりましたが、指導しているのも女性というのは初めてです。

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やっと100キロ

下関から100キロ来ました。徳山です。こんなにきても、まだまだ山口県。山口県と静岡県は、ほんと、長い長い。すでに車掌が2回替わりました。これから通る柳井や岩国は、むしろ広島の影響が強いところです。

ところで、東海道線と違い山陽線は海の見えるところがたくさんあります。しかし何と言っても一番は柳井から岩国にかけてです。もっと言うと大畠駅付近の周防大島が間近に見えるところがハイライトです。親方新井とカナダのアーティストのコラボレーションで柳井で公演をした時、関係の方のご配慮でこの一番良い所に建つ会社の保養施設に泊めていただいた事があるのです。線路と海の間に建っていました。公演を無事終えて帰る日に、カナダから来た二人のアーティストは海水浴。水着はありません。まだ五月でしたが、気持ち良さそうでした。他にも泳いでいた人がいたような・・・。

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同じ車両

これから三原まで5時間にわたり乗る列車は、中央本線などに使われている車両と同じです。この車両は国鉄時代に勾配のきつい区間用に作られました。ついこの間までは高崎線などにも使われていました。山陽本線というと海沿いを走る印象がありますけれど、行きにも書いたように、きつい勾配が続きます。特に広島から姫路辺りまでが登り下りの激しい区間です。一説によると瀬戸内海は昔陸地で、今島になっているのは元は山の上の方だったのだそうです。そう考えると、山あいを走る列車と一緒なんです。

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到着メロディ

下関です。関門トンネル通過しました。ところで西日本では九州も含めて、到着の時にベルを鳴らすという話しを書きましたが、下関ではこれが東京の山手線や京浜東北線の発車メロディと同じものがあります。かたや到着時、かたや発車時。どうせ鳴らすなら到着時が良いですね。発車時は大きな駅以外、車掌の手笛で十分だと思います。

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ひのひかり

自分が以前福岡に移り住んだ時、仕事は農協で米の営業をする事でした。九州で一般的に食べられるのは「ひのひかり」という品種です。最近何回か関東でもチラシ商品になった事があります。とてもおいしいお米ですが、「こしひかり」と較べるとやはり難しいです。「あきたこまち」くらいかなと思います。

福岡のたんぼを見ているといつもその時のことを思い出します。

雨が強くなってきました。

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天候を確認

帰途につく日となりました。相変わらずテレビを見ないのでお天気は気象庁のホームページで確認。

うーん、今日は雨ですね。関門から山口市付近にかけては結構降っています。これは雨の瀬戸内海を見ることになりそうです。できれば尾道を歩いたりもしたいのですが・・・ちょっとムリかな。

さあ、したくしてご飯食べて、でかけまーす。

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2006/08/29

さて、どこでしょう。

さて、先日来の旅行記、博多まで着いてその先がありません。意図的に目的地を隠しています。一応K市ということにしますが、K市に該当するところはいくつもありますね。久留米、熊本、鹿児島、いやひょっとすると唐津なんていうのもあり?小倉は市の名前じゃないと思ったら北九州市ですよ。

昨日は疲れ果てて、一日ホテルで寝てしまいました。今日は市内観光をして、夜はたまたまやっていた「かもめ食堂」という映画を見ました。これシネスィッチ銀座かなんかで単館ロードショーをしていたのですが、好評でその後浦和に下って、そのときに一度見ました。小林聡美主演で、片桐はいり、もたいまさこという「猫が好き」シリーズと似た配役。小林聡美がフィンランドで小さな食堂をやっていて、そこに目的も無く来てしまった片桐ともたいが居ついて、食堂もにぎわうと言う本当に難しいことを考えなくて良い、楽しくておいしそうな映画です。フィンランドにもぜひ一度行ってみたくなること請け合いです。こんなマイナーな映画をまさか九州で見ることができるとは!

地方にいても東京となんらそん色ない生活ができますね。政治家は「都市と地方の対立」という構図を無理やり作って選挙に出てくるけれど、今いる街はとっても住みやすそうですよ。東京したいと思えばスターバックスも、ドトールもフレッシュネスバーガーも、有名な衣料品や雑貨の専門店もなんでもありますよ。むしろ長距離通勤もないし、水がおいしいし(これが大きなヒントです。水の豊富さは九州随一でしょう)、その上魚がおいしそうです。今日スーパーに立ち寄ったのですが、ほとんど地元産の魚でおいしそうでした。贅沢な魚売り場だったなあ。野菜はいまいちだったけれど、そのまま食べられそうなトマトなどを買ってきて部屋でむしゃむしゃ食べました。こんな宿泊客あまり