きょうの診察で、2月から週30時間勤務にGOサインが出た。但し、ステップを踏むことになり、明日上司が了承すれば、1週間おきに3連勤をすることになった。。
1月19日からスタートした生活スタイル、すなわち帰宅後特別な疲れが無ければとにかく食事をする。その後即風呂に入り、出た時点でもう眠剤を飲むという流れだ。帰宅してから何かすることを放棄するという割り切りが、とうとう自分の中でできたということである。
眠剤飲んでから寝付けないなら、本でも勉強でもブログでもやることにする。但し仕事の日は大抵ムリ。それを受け入れるということだ。発想の大転換。
きょうは眠剤は飲んでいるがすぐに寝付けないのでブログを少し。
ここ何日か戦災の記事を書いた。星野さんの本に無いのは(五反田の本だから当然だが)東京以外の地方都市はなぜ爆撃されたのだろうという疑問。甲府も空襲を受けているし、埼玉県でも鋳物等の工場がない(たぶん)熊谷が空襲にあっていた。これらの都市の攻撃は何を大義名分にしていたのかが、現在不明で調べてみたい。
それにしても、自分が歴史にはまっているというのは興味深い。中高と歴史は大の苦手だった。地理は授業を聞いておらず、ずっと地図帳だけ眺めていて、それでテストは80点以上余裕で取れていた。
要は自分事になるかどうかが分岐点なのだと思う。星野博美さんの本は徹底的に史実を調べ、現地にも行って書いている。それが星野博美さんの本の魅力なのだ。
で、ここ何日か書いた災害史として、関東大震災(1923年)と東京大空襲(1945年)に付け加えて、もう一つ気になるものがある。大正6年(1917年)の高潮災害。10月1日に襲来した台風は近畿地方より東に甚大な被害をもたらしたが、この台風は別名「東京湾台風」とも言われ、日の最低気圧952.7ヘクトパスカルを記録。この最低記録は未だ破られていないとのこと。近畿地方でも被害が大きく、淀川が破堤したとの記載があった。
台風の中心では風が渦を巻いて、竜巻のように海水を巻き上げる、その巻き上がられた海水が津波状に押し寄せるのが高潮。最近では大阪湾で発生し、関西空港を中心に被害が出ている。
多くの人が誤解しているのだが、高潮は津波のように押し寄せる。とにかく避難が大事なのだ。
東京湾台風では海水が巻き上げられて水位が上がった上、満潮と重なった。結果、当時の京橋区(隣の日比谷はかつて入江だった)深川区、本所区などで、月島、築地、品川、深川は増水が激しく多くの人が溺死したという。東京府全体の死者・行方不明者の数は全国の被災者の半数近い653人に上ったという。
下町エリアは、東京でもたびたび被害を受けている。本所深川は江戸時代から発展してきた土地だが、何かというと被害を受けていたのだ。被害を受けるたびに、被災者が郊外に移転し、結果として「郊外エリア」発展してきた。
浦安はほぼ全域全町が水没。このため江戸時代から続いてきた行徳の塩田は施設が完全に破壊され、再開できず廃業したとのこと。
東京湾台風の高潮の被災地で気になるのが、増水激しかった「月島、築地、品川」という記述。今でも使う言葉か分からないが「東京ウオーターフロント」ということで、近年再開発が劇的に進み高層マンションがにょきにょき建っているエリアだ。特に先だってのオリンピックで激変した。
ここらにマンションを買う人は、災害史の知識がほぼない人だと思う。
東京湾台風は日常あまり聞かないが、伊勢湾台風は名前だけは今でも知っている人が多いと思う。伊勢湾台風も高潮被害を出している。阪神淡路大震災以前では、自然現象で出た被害としては最多だった。中心気圧は室戸岬上陸時911.6ヘクトパスカルだったとのことで、近代以降の台風では最強。この時に被害も大きかった。
温暖化で、こういう台風が増える可能性は否定できない。
書いたかもしれないが、関東大震災の震源は相模灘だった。ということは、東京も被害は甚大だったが、もっと大変だったのは横浜だったということも頭に刻みたい。
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