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2022/05/21

書きにくい事

きょう、先日書いた1割寄付の送金をしました。すると今までのキリスト教会とのつながりがいろいろと思い出されてきました。

この話題はブログ向きではないけれど、備忘録として少し書きます。

中学校時代、土曜日になると校門前で集会への勧誘をしていたのが地元の大きな教会でした。「わからないもの」で怖くもありつつ惹かれるものもありました。その後高校の先輩が、その教会の牧師さんの息子さんだったということで、誘われて教会の敷居をまたぐ事になりました。それで教会に抵抗がなくなり、それからもひょんなきっかけであちらこちらの教会に行くようになりました。

ヒッポの思い出は楽しいものが多いですが、教会の思い出は苦しいものが多いです。

長い鳩ヶ谷在住時代、鳩ヶ谷の比較的大きな教会の牧師さんに話を聞いてもらうことが何度かありました。体調が悪くて必死でした。教会の入り口で倒れて固まってしまった事もありました。

時期は前後すると思いますが、都心の大きな教会で2年にわたってカウンセリングを受けていました。カウンセリングの内容を逐一叔母に報告していました。また、ここで募集していた「黙想会」という祈りと分かち合いの会にも行っていました。祈りも分かち合いも自分にはとても大切に思えました。しかし、この黙想会でも倒れて動けなくなる事がありました。

感覚過敏がひどくて自宅にいるのも困難な時代、掃除をさせてくれる教会を探していました。会社員時代に勤めた会社の初代の社長が、京都にあった「民家のトイレを掃除させてもらう」風習で修行して起業したというエピソードに感化されたのでしょう。カウンセリングに通った都心の教会で受け入れてもらえて、週に一回ボランティアでトイレの掃除をさせてもらいました。固まってしまう事は少なくなっていましたが、意識を何かに集中して過敏から逃れるためにとにかく身体を動かしている事が必要でした。この時掃除の仕方を教えてくださったのが、母の遺骨埋葬にも来て下さった方でした。

感覚過敏のせいで、教会内にいる事すらしんどく感じることもあり、真向かいの土手に上がって瞑想している事もありました。

書ききれないのですが、とにかくしんどい時に助けてくれたのが教会でした。

実は教会も中に入るといろいろ人間関係など難しいことはあるのですが、それでもやはり大事な場だと思います。

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