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2022/05/07

できることだけ

久しぶりにご飯が残って冷たくなったので、あえてレンジでチンせずに母の使っていた木製の蒸し器で温めてみました。「これ、買った物なのかな」と思うくらい釘が抜けそうになっていたりしてボロっちいですが、蒸していると木の良い香りが漂ってきて癒されます。生前の母は自分がたまに行くと、この蒸し器でいつも茶碗蒸しを作ってくれました。ちょっと思い出してほろっとしちゃいました。

レンジでチンせずにこの蒸し器を使うというのもエネルギーのバロメータ。

 

先日の、個展があってお母さんの介護もあるのにうつで思うようにならず困っていた彫刻家さん。

こちらにメッセージを送ると自分はたいてい返事をするので、それが助けになっているみたい。しょっちゅうメッセージが来るようになりました。

時折り「子どもがえり」していると感じさせるメッセージがあります。今もそうかもしれませんが、自分も特に調子が悪い時はそうなっていると思います。

これは人付き合いを難しくさせるでしょう。彫刻家さんは現に人付き合いで困ることが最近多いようです。

このところよく書いていますが、これはエネルギーの量の問題だと思います。一般的な大人のふるまいをするだけのエネルギーが無いのです。

彫刻家さんは、「いわゆる普通に生きている人はそれだけですごいと思う」とのこと。自分もそう思います。「コミュニケーションで相手に合わせるとか、みんな普通にやっているけど、うつになると出来ないです」…よく分かります。「助けられる」ことすらできないそうです。それも分かりますが一般には理解されないでしょう。

昨日「みんなで引きこもりラジオ」をやっていたので勧めてみましたが、ラジオを聞くことすら困難とのこと。パソコンもひらけず、通院も厳しいそうです。それじゃあ入院になっちゃうじゃありませんか。

通院だけはできるようにエネルギーを一滴一滴ためて下さいと。

家が散らかってきても、誰を呼ぶわけでも無いから今は良しとしましょうと。

放り出せるものはとにかく放りだして。食事はサトウのご飯だというけど、炊飯器のセットすら出来ないのでは仕方ないじゃありませんかと。

元気な人は一日中寝込んでなんかいられない。身体が求めているのだから一日中寝ていても良いですと。

そんなふうに、自分自身の実情を踏まえてメッセージを返しています。幸い自分の方はエネルギーがだいぶ戻って来たので、あまり負荷にはなっていません。これが去年だったら自分の方がやばかったですね。

できる人ができることをする。それだけ。ヘルプされた人が、よくなったら別の人をヘルプする。人とのつながりってそういうことかな。

 

 

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