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2021/12/08

「治らない」ならば

気持ちはしんどさを抱えつつ、仕事してきました。きょうはお天気が悪くてお客さんが少なく、時間を持て余す時もありました。レジをしないのはともかくとして、POP(値札)はり程度のこともさせてもらえません。まあ別に給料が出ればいいかと、まあこの程度は割り切れます。

前にも書いたと思いますが、自分はこの病気がいつか治るとばかり思っていました。でも支援してくださる施設の施設長さんは、自分がそこに通い始めた10年前後前から、「この人は治らない」と思っていたそうです。ならば医師もそう思っていたでしょう。治らないなら「治らない」と責任を持って伝えてくれる必要があると思いますが、今までの主治医は誰もしてくれませんでした。はっきり言うと体調に影響が出るからとか誰かが言うからとか、その場しのぎの理由で回避されてきたと思います。

10年前に「治らない」と宣告されていれば、その時はショックでしょうが、障がいと一生付き合う覚悟もできて、就労支援施設をやめていないと思います。あるいは施設から順当に障がい者雇用での就職にこぎつけたと思います。

こんなに困るようになってから「治らない」と言われても、残酷としか言いようがありません。

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