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2017/12/31

長崎にて

長崎へ着きました。2回目の訪問になります。前回も18きっぷ利用でしたが、たぶん泊ったのはユースホステルかもしれません。市電で移動した記憶があります。

前回はグラバー邸や原爆資料館を訪ねましたが今回は違います。

実は夏から秋にかけて、自分の好きなノンフィクションライターの星野博美さんの「みんな彗星を見ていた」という本を読んでいました。最初はわからなかったのですが、読み進めていくと、テーマが秀吉から家康に変わるころ日本にやってきたキリスト教宣教師たちの事だったのです。星野さんはクリスチャンではないものの、大学がICU卒なのは知っていました。どうも中学高校は立教女学院みたいで、ずーっとミッション系の学校なのです。それもあってキリスト教には興味があったらしく、わざわざ運転免許を長崎県の五島列島福江の自動車学校で勉強して取っているのです。福江の自動車学校話は「島へ免許を取りに行く」という本で取り上げられていますが、なんと教習所に牧場があって馬に乗り放題だとか。

長崎県はキリスト教が大変メジャーなことはなんとなくご存知だと思います。それとともに島原の乱をはじめ禁教令で殉教した人も多いのも有名です。

実は雲仙では棄教しない一般の人を火山の熱や熱湯であぶりながら殺していました。おそらく今映像で放送されたらISの首切りよりも残忍に見えたはずです。長崎市内でもたくさんの人が殺されていて、なんとよく見れば駅前に26聖人殉教の地への案内板が・・・。殉教って殺されたってことですが、名所になっています。

隠れキリシタンが250年も信仰をひそかに守り続けて、再度フランス人のための教会が「寺」と称してできた時に信仰を公にしたのですが、まだ禁教令が解かれていなかったので浦上4番崩れと呼ばれる大弾圧が起きたそうです。

当時浦上は長崎とは独立した村でした。そうした悲しいことを乗り越えていったのに、長崎に原爆が落とされますが、実は落ちたのは長崎の中心部ではなく、苦しみに苦しんだ浦上だったのです。

そういうことが分かって、実際の場所を目で見てみたくなったのが今回の一番の大きな目的でした。

とにかく旅の道々でびっくりしたのは、若い東南アジアからの労働者の多いことでした。たぶんわずかの休暇が出たのだと思いますが、彼らは特急で移動せず長距離を鈍行で移動するのです。なので非常に多くの若者を見ました。目がキラキラしていて、戦後中卒が金の卵と呼ばれて集団就職をしたころはこんな感じだったろうと思わされました。かつこんな体力と夢のある若い人は日本人にはほとんどいない、絶滅に近いこともはっきりわかりました。彼らがいなければ、もうメードインジャパンだって成立しない。

毎日渋谷で自撮り棒を使ってスクランブル交差点の写真や映像を取っている余裕のある旅行者ばかり見ていたら絶対わかりませんでした。

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