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2016年12月

2016/12/31

セール日程に思う

楽天のスーパーセールの日取りなどを見て思いますが、半額に値下げした品物が本当に何万点もあるなら、それは事前に値上げしていたか、今シーズンのものでないかどちらかでしょう。12月後半がほとんどのものの売り上げのピークなんだからその前に半額にするということは、初めからその半額の値段で売ることを前提に商品を企画していると思います。冷凍食品半額セールと一緒ですね。

その後イオンが23日から、西武そごうが1月1日から、東武百貨店などが1月2日から、三越伊勢丹は中旬からバーゲンですが、イオンは普段の歳末の売り出しとほとんど変わらない印象です。

12月27日までは結構がんばって施設の作業をこなしていましたが、28日は行く予定だったのにダウン。半日以上寝てしまいました。その後も大掃除に頑張るつもりが昨日は全然ダメで、29日はかろうじて作業が進んだ状態。施設に仕事に行くという重しを外すと、気持ちは楽ですがリズミカルな過ごし方は案外できなくて考えさせられます。毎日仕事に通うというのは程よいストレスになっているんだなと思います。

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2016/12/24

なるほど

NHKEテレでバリバラという番組があって、話題になるテーマを連発しているとのこと。

それでちょっぴり見てみました。

ここが変だよ健常者というテーマで、なかなか面白かったのですが、一番響いたのはこんな話でした。

片足を失って義足をつけている女性が、足やせエステに行って「私片足しかないので、半額にしてください」と交渉するのです。エステ店の担当者は店長や本部と話をしたようで10分以上待たせて「うちでは値引きはできない。通常の値段でもいいという場合のみお受けする」という回答でした。

ここであきらめず「では!」ということでもう一人義足の女性を連れていき、「私と彼女とで足2本分なので一人分の値段でもいいですよね」と交渉に行ったのです。担当者は本部と話して「やはり今回は一人当たり一人分でしかお受けできない」と回答するのですが、義足の女性と担当者でぶっちゃけの話ができて「要望をあげてもらわないと私たちもわからないので、よかった」と言ってもらえたんだそうです。

最初に交渉に行った義足の女性、実はパラリンピックのメダリストで、一度その程度の断られ方をするくらいでいちいちめげないメンタリティのある方なんだそうです。だからできた交渉というのもあるとは思いますが、「断られてもまた行く」「切り口を変えて伝える」というのは応用が利くやりかただと感心しました。

障がい者の中には「相手から気遣ってほしい」という気持ちを持つ人も大勢いますが、それはなかなか受け入れられにくいと思います。JRの駅でお掃除や自販機の補充の台車を押す人が無言のまま「ピコーンピコーン」という音を出しながら進むのと一緒。音を出せば相手が気付いてくれるという前提らしいですが、歩道を歩いていて「チリンチリン」と無言でベルだけ鳴らす自転車の運転者に対する気分と同じものを感じます。

つまり障がい者云々の問題ではなくて、コミュニケーションの問題だということですね。それについてはそもそも健常者も障がい者も差はないと。コミュニケーション力が高ければ分かり合えることも多い。低ければうまく伝わらない。

それが人間的な悩みということかな。

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2016/12/20

もとめられるもの

ある調査によると、企業が新卒社員を採用する際に特に重視した点のトップはコミュニケーション能力。しかも2001年には50%くらいだったのが今年は87%だとか。

もともとの企業の現場でも、経営者、中間管理職、一般社員では使っている言葉が違っていました。もちろん同じ日本語ですが、会話や文章で使われる語彙の幅とか、その表現がどこまでの内容を定義しているかといったことは意外にかみあっていなかったのです。あるいは部門によっても違いました。

現在では、働く人の立場が一層幅広くなりました。契約社員、嘱託社員、障がい者雇用で来た人、派遣社員、外国人社員etc。社員でも同じ会社にずっといるつもりか、転職しながらキャリアを広げるつもりかで読んでいる本や接しているメディアが違うので、使っている語彙やニュアンスの食い違いは広がったと思います。

さらに一つのことに秀でているスペシャリストより、いろいろなことができるゼネラリストのほうが、少なくとも企業としてはありがたいはず。事業環境の変化が速いため、今の事業に詳しいだけの人は使いにくいのです。DHCって化粧品やサプリメントの会社だと思っている人が多いでしょうが、もともと大学翻訳センターの頭文字なのです。元の事業の専門家が今のDHCで活躍できているかというと、なかなか難しいのでは。ゼネラリストとしてやっていくためには違ったタイプの人たちとうまくやっていく能力も必要だと思います。

コミュニケーション力だけで企業が大きくなることもあります。ジャパネットたかたに転職したある放送局のアナウンサーが会社のCMに出ることになった時のこと。「自分はしゃべりのプロだからうまくこなせるだろう」と思ったのに、最初は成果が出なかったそうです。しばらくたって「このままではだめ」と思い、プライドを捨て高田明さんのやっているセールスを一言一句完全コピーでやってみたところ、今まで気づかなかった「話の間の取り方」「キーワードの繰り返しによる印象付け」「お客さんへの最後の一押し」など、また話し方だけでなく身振り手振りまですべてがノウハウの塊であることに気づいたんだそうです。

コミュニケーション力ってほかの勉強や運動と同じで、繰り返し繰り返し練習することで伸びるものです。初めから質を追い求めるのは効率が悪く、とにかく量をこなすことが必要。でもコミュニケーションの練習って自尊心が傷つけられることもあるので量がこなせていないうちは特に「こわいもの」でしょう。一回失敗しただけで人間不信ということもありえます。

大昔?自分が小学生くらいのころ、京浜東北線や山手線に上野のキャバレーの広告が出ていました。あれを今考えるとキャバレーって相手の説得の仕方(口説き方)を疑似的に楽しむ場所だったような気がします。現代はそれがメイド喫茶だったりするのかなあ。でもメイドということはあの手この手のコミュニケーション力で口説き落とすのでなく、最初から言いなりになることを相手に求めるのかなあ、と思ったりして。かけひきが単純になっているのは間違いない気がします。そんなふうにコミュニケーション力が落ちている流れがあるので、なおさらそれが重要視されるんでしょう。


ちなみに体調は先週頑張りすぎてけっこうへろへろです。でもこんな長文を書いていてテンションだけは上がっている?これは危険な兆候ですかね。

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2016/12/15

どこを見ているんでしょう

ある人が5年も診てもらっている医師から非常に厳しいことを言われました。同席していたわけではないので詳しいことはわかりかねますが、なにかデータに基づいた判断だったようです。

しかしその判断は内科的にどうのこうのということではなく、精神科的判断です。つまり体がどうこうということではなく、それなのに生きるモチベーションに響くくらいのことを言われたのです。それを今本人に言わなければならない必然性のない診断です。

その医師はいったい何を見ているんでしょうか。症状だけを見てその人の生きているバックグラウンド的なものは全く黙殺されているのです。

母が最初入院した大学病院には「病を見ずして人を見よ」という趣旨の創立者のメッセージが貼り出されていました。あれはいかに医者が「病だけ」を注視してしまうかを反面的に表していたのかもしれません。

自分も現在の主治医に不満を持ち続けています。実際問題患者一人当たり3~5分で決着をつけていかなければいけないほどの患者数をさばいているので仕方ないのかなと思っていました。また気持ちの行き違いがあったまま主治医を変えると、診療情報が引き継がれず障害者手帳や障害年金の診断書が不利に書かれるケースが多いことも頭にありました。

しかし・・・

自分がなぜそんなにあれこれやろうとするのか、というところを見ずに薬だけちょびちょび調整したって、過活動を修正していくのはムリ。自分はたくさんの人に会いたい、それでいろいろな話を聞きたい、それで心の肥やしを増やしたい、感謝の手紙を書きたい、それをできるだけ実現したいのです。それは単なる病気の症状としての過活動なのか?医師としては「何がこの人らしく生きる道なのか」を考慮して、一面的な判断を下すのを控えるべきだと思います。あるいはあるべき方向と本人の意思を整合させるための時間を取るなり、それができなければなんらかの補助的サポートを薦める必要があると感じます。

その必要をほとんど認めていないことが、主治医に不満を感じる点です。

かかりつけの内科の先生も歯科の先生もよくバックグラウンドを把握してくれているだけに、なおさら「どうして」という思いは強いです。内科の先生なんか、月一度10分はかかっていない診察でも、一度だけ同席した自分の父のことを忘れていないのです。

理不尽な話に触発されて、気持ちが昂ってしまいました。

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2016/12/14

続々と増える

最近増えている商売のひとつが24時間フィットネスです。マクドナルドですら人材難なのか24時間営業をやめる一方、フィットネスはどうやって人を確保しているんだろうと不思議です。コンビニの夜勤だって相当足りないようなのに。

赤羽駅の高架下にあるJR系のフィットネスでは大勢の人がマシン上で走っていて、ラットの実験みたいだと思っていました。しかし昨年実習でオフィスワークを体験して納得。これは一日中オフィスでパソコンをにらんでいるような仕事の人たちが体調や体力維持のため、あるいは運動の欲求を満たすために通うものなんだろうなあと。

女性専用の短時間お手軽フィットネスの店もものすごく増えていて、驚きます。お金をかけて運動しなきゃならないなんて、なんか不思議。

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2016/12/09

あと一つ

父のお墓の引継ぎ手続きがやっとすみました。母の件で書類の必要な手続きは、本人のお墓のこと以外すべて済んだと思われます。

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2016/12/07

奉仕で学ぶ

自分が実際にインドへ行く前ちょっとあこがれたのが、マザーテレサがインドに作った、「死を待つ人の家」という施設のボランティアでした。この施設は西ベンガル州の州都コルカタ(かつてのカルカッタ)にあります。

余談ですが自分が行ったダージリン(紅茶で有名)も西ベンガル州。ダージリンへ行くときに西ベンガルのナンバーの車をたくさん見て「少し夢がかなった」ような気がしました。

「死を待つ人の家」はコルカタの街で身寄りもなく行き倒れている人々を収容しお世話する施設で、シスターと呼ばれる修道女とボランティアによって運営されています(現在は力仕事などを担う修道士もたくさんおられるようです)。このシスターやボランティアは世界中から志願者がいて、日本からもボランティア志願の人は結構いると聞きます。

ここのボランティアが並でない重労働なのは簡単に想像がつきます。概略を聞いただけで自分も「これはさすがに無理」と思ったものでした。

おととい、ひょんなことからこのマザーテレサの施設と働きを取り上げたDVDを見る機会がありました。マザーテレサの声を聴くのも初めてですごいと思いましたが、施設の活動はもっと衝撃的でした。限られた人手と資源のなかここまでやっているんだ、と。

さらにびっくりしたのは、そうした究極の弱者をお世話する中でシスターやボランティアたちは、お世話すること以上に多くのことをそうした方々から学んでいるというのです。「学び」の表面的な意味は自分にも理解できますが、そうした活動の中から本当の学びを得るためには謙虚さが必須のはず。そう簡単にはできないことでしょう。

マザーテレサはキリスト教(カトリック)の人ですが、インドでキリスト教徒は全体の1%くらいだったと思います。そこでかれらはそうした行き倒れの人々を収容する際に必ず名前と宗教を聞き、やがて亡くなったときはその宗教のやり方で埋葬するんだそうです。お世話する人たちはカトリックのクリスチャンでも、収容する方々に信仰を強制することはないそうです。ここは大切なポイントだと思いました。

というのも、今でもマザーテレサの活動を「売名行為」とか「貧しい人を利用した宣教活動だ」という人は少なからずいるようだからです。


映像に出てくるインドの様子が懐かしかったです。インタビューされていたシスターのなかにもインド風のアクセントの英語を話す人がいて、それもすごく懐かしかったです。

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2016/12/06

立場が逆転

デイケアに行く際時々通る梅島陸橋(環七と国道四号の交差点)のわきにニトリの新しいショッピングセンターができました。最近新宿のタイムズスクエアにあった紀伊國屋書店新宿南店の跡地に出店したり、池袋の東武百貨店に入店したり、銀座にも出店したりと話題の多いニトリですが、この梅島の店舗も話題です。

なんとテナントにイトーヨーカドーが入っているのです。

大手のGMS(総合スーパー)のテナントにニトリが入ることは多かった(今もイオンモール川口前川にニトリの店が入っているみたいに)と思います。でもこの梅島の店は立場が逆転しています。それで話題になっているのです。

梅島のヨーカドーは食品館イトーヨーカドーで、衣料や住生活用品の取り扱いはありません。近隣にアリオ西新井やイトーヨーカドー竹ノ塚店、イトーヨーカドー綾瀬店などの大型店、中型店がひしめいているのです。かつてサティだったイオン西新井店も近いです。

ニトリにヨーカドーがあって、これにもしユニクロがあったらあたらしいかたちのGMSのようになりえるかもしれません。総合スーパーに衣料品や暮らしの品を扱う実力がなくなってきているのです。イトーヨーカ堂は少し前に、衣料品をユニクロに作ってもらうことも考えていました。GMSのバイヤーは短期で実績の上がる商品を大きな利幅で問屋に納品させる交渉力はありますが、自分で企画することはムリ。そんな勉強はしていないからです。

ニトリの商品をいくつも買ってみて、品質に問題ありと思っている自分。でもGMSの売り場は品質以前に欠品ばかりなので、ニトリのような専業がこれからもっとシェアを伸ばすのかなあと思いました。ネット通販との戦いもありすけど。

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2016/12/01

苦手なことこそ

水曜日は一日ねたきり。月曜日にぐったりしていたものの午後は動けたので、それでなんとなるかと思ったらだめでした。

できるときにチャレンジできるような様々なことをする。それも確かに必要なことかもしれませんが、自分の場合は今日みたいに落ちないような工夫、つまりできるときに抑えることが必要。それがチャレンジと言われますが、苦手だよねえ。

中国の独身の日の話題を書きましたが、それと関連のある話題を。

最近中国でも自動販売機が普及し始めているそうです。

かつては海外から日本に来た方々が「お金が落ちてる」と言っていたくらいの、日本でしか成立しない機械でした(海外ではみんな機械を壊して売り上げやお釣りを盗んでいく、最近まで盗んだ重機で自販機やATMを壊してということもありました。また海外では現金の質が悪く、お札はボロボロ、硬貨は流通量が少なくてお釣りが出せないという理由も存在)。

それが今になって普及している理由は、電子マネーだけしか使えないため上記の問題がクリアされたからだそうです。通信の環境は一般の日本人が考えている以上に良いようです。

日本でもSuicaなど専用の自販機がJR東日本の駅に導入されたことがあるのですが、すぐ現金も利用できるものに入れ替えられました。Suica専用自販機では、扱い商品の価格を横並びにせず一円単位でバラバラにしていましたが、受け入れられなかったようです。日本ほど現金をあてにする国民は少ないとも聞きますが、お札も新品が多いし、お釣りがないということがほとんどないのですからやめる理由がすくないですよね。

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