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2016/05/04

三連打

自分の母は重い病気になって2年くらい闘病しているのですが、先月末に主治医と話し「治療に耐えられなくなってきているので、今後は痛みやしんどいのを和らげる治療をめざし、積極的に改善させるための治療はしない」ことになりました。年がら年中「さっさと死にたい」というようなことを言う母のことなので、自分の中でもそのこと自体に大きくショックを受けた感じはありませんでした。

ところがその話をする前日に母の実家にいる義理の叔母が他界しました。それで母に関するシビアな話をした翌々日にはお通夜に参列するために母の実家へいくことになりました。お通夜、翌日の告別式に出た後、さらに母の弟にあたる叔父のお見舞いに行きました。この叔父はもう何年も闘病していて先日もかなり危険な状態になったのですが、少し持ち直しているのです。

叔父の様子が衝撃的で、以前自宅で闘病生活をしていたころよりもさらにやせ細っていて、しかも母より年上に見える衰え方でした。肺が弱っているので夜は呼吸をサポートする機械をつけるのです。自分が話すことは理解してくれますが、叔父が何か伝えたくてもなかなか汲んであげられません。付き添っている家族でも時によっては理解するのに何時間もかかると聞きました。

顔面を3発殴られたような事態ですが、父が他界した時も一か月後にヒッポの韓国交流を控えていて準備のために走り回って、その時はあまり落ちなかったのを思い出しました。どーんと落ち込んだのは1年後でした。そんなこともあり、施設の方からは「無理をするなと言ってもやめないとは思うが、大きな判断を下すようなことは控えたほうがいいかもね」と言われて、そうかなと思っています。

ただ、今回感じた一番大きなことは「おひとり様ではだめだ」という強い気持ちです。いくら親戚はいるといっても、そうは頼れません。兄弟がいませんからこのままでは話題の「おひとり様の老後」がやってきてしまいます。別に看病してくれなくてもかまいませんが、命にかかわる重要な決断を自分ができない時に信頼できる人にしてほしいという気持ちだけは強く感じるようになりました。

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