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2012/11/16

試練としての障碍

今年の年明けは入院中だったのでしたから、ずいぶん良くなりました。その入院中に知り合った川口の人と文通が続いています。eメールではなく郵便でのやりとりなのが距離感として丁度良く、しかも未使用の記念切手やハガキがたくさんあるので自分のほうでは新たな金銭負担がないのが続いている理由だと思います。その人は発病してもう20年。一時は働けたこともあったそうですが、昨年から悪化してジストニアという症状が出て1人では外に出ることができません。首が勝手に上を向いてしまうという症状なので歩くのすら大変です。診察のときだけ両親が付き添って外に出るのですが、一見して上を向いていて変なのでじろじろと見られるのも苦痛のようです。もちろん障碍等級は1級です。

実は普段目にしていないだけで、実はいろんな障碍を持っている人が世の中にはたくさんいることが最近だんだん分かってきました。障碍があっても人間らしく生きるというのは口で言うほど簡単なことではありません。でも挫折に次ぐ挫折を経て強くなっていくと言うことはあると思います。試練を経ることで他の人への思いやりが芽生えることもあります。自分の病気はそういう陽のあたらないところをこれでもかというくらい見せられて、自分がいかに恵まれているかを知らしめるために与えられた試練なのかもしれないと思うようになりました。

こうした経験がいつか誰かをサポートするために役立つと良いなと思った一日でした。

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