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2011/06/18

きょうの「そっくり」

さきほどの「あじさい」の記事を携帯から投稿してのち、2年くらい前にはまっていて、それから過敏のせいで読めなくなってしまっていた星野博美さんの本をひさしぶりに手にした。独特の感性に何度もくすくすと笑わされつつ、何か「似ている」感じを抱いた。自分の周りに巻き起こる情報に敏感で、いろいろな事を感じてしまうのだ。それでも星野さんはすくなくとも「いわゆる普通」に暮らす事ができている。

「のりたまと煙突」という、買ったまま積んどくになっていた本をそんなふうに読み進めていたらこんな文章に出くわした。

 旅行から戻ると、奇妙に思うことがある。自分の中の小さな異変に初めて気づいたのは、香港に住み、久しぶりに日本へ帰国した時だった。成田空港から家に戻る電車の中で、車内のアナウンス、乗客のひそひそ声、吊り広告、隣の人が読んでいるスポーツ新聞など、目や耳に入ってくる情報が物理的に理解できてしまうことに、新鮮な驚きを感じたことをいまでもよく覚えている。体じゅうに入りこんでくる情報があまりにもうるさく、叫び声をあげそうになった。
 ご存知の通り、日本の車内はさほどうるさくない。騒音天国の香港に比べたら、日本の車内は静かすぎるほどだった。ただ、自分では何も考えずにそこに存在しているつもりでも、体内に入ってくる吊り広告や週刊誌の見出しや宣伝文句を、頭が情報として処理しようとしてしまう。自宅へ戻るまでのたった二時間足らずの間に、情報の洪水に呑みこまれ、自分でも意外なほどぐったりしてしまった。そしてこの瞬間に、まぎれもなく旅が終わったことを実感する。
 
これは自分がここ数年インドや韓国から帰ってきた時に感じていた違和感とそっくりそのまま。そしてあの状態が昨年5月くらいからずーっと日常になってしまったというのが今の自分の状況なのだ。そうそうこれだ!とひざをたたいてしまった。

星野さんの分析は以下の文章。

 インドから戻ってきた今回も、それが起きた。私は何も知りたくなかった。この一ヶ月間に日本でどんなことが起きていたのか、どうせそのうち知ることになるのだから、家に戻るまでの短い間に知りたいとは思わなかった。しかしアパートへ戻るまでに、一ヶ月の日本の要約を、望みもしないのに知ってしまった。旅の気分が一気に吹き飛んだ。
 思えば私がいた一ヶ月間、インドとて問題山積だった。インド・パキスタン国境のカシミール地方では一触即発の状態が続いていたし(中略)インド全土で四百人を超す死者が出た。自分が暮らす場所で多数の死者を出す抗争が起きたら、いてもたってもいられないと思うのだが、一旅行者にとっては所詮ひとごとだった。客観的に見て、インドのほうがよほど緊迫感の漂う状況だったにもかかわらず、旅の間じゅう私は終始上機嫌で、比較的ハッピーだった。
 そして、言語が自由な母国に戻り、たった二時間情報の洪水にさらされただけで、私は不機嫌になり、ハッピーではなくなった。
 旅先で比較的ハッピーでいられたのは、つまるところ私が当地の言語を持たないがゆえに情報の洗礼を受けず、いまそこにあるはずの緊迫から、無知のバリアで守られていたということなのだろう。私が、あるいは少なくない旅行者が、旅先で無責任にハッピーでいられるのは、当地の情報からあらかじめ除外されているからだろう。極論をいってしまえば、情報によって憂鬱になる人間がハッピーでいたいと思うなら、旅をし続けるしかないのかもしれない。

うーん、自分も旅をずっと続けていたらハッピーになれるだろうか。

星野さんはこうしめくくる。

 でも、そんなハッピーに、どれほどの意味があるのだろう?
 私は自分の場所でハッピーになりたい。どうしたらそうなれるのか、庭で日向ぼっこしながら今日も考えている。

「庭で日向ぼっこ」ができない自分は、とりあえず手を動かすことをしながら、情報洪水から逃れるすべを模索する。あるいは情報洪水に流されるのではなく、自分でさらりと右から左へ流してしらんぷりする術を身に付けるべく練習のまいにち。

それにしても「のりたまと煙突」の本がやっと読めるようになった。練習の賜物か・・・。

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