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2010年6月

2010/06/24

色々な紫陽花

色々な紫陽花
色々な紫陽花
色々な紫陽花
色々な紫陽花
実は今年この紫陽花の写真を撮り始めて気がついた事があります。4月の桜も5月のツツジも街路樹や並木や公園の樹木として存在する事が多いので、その場に出ていかないと見ることがありません。ところが紫陽花は街中いたるところに咲いています。野の花ではないので紫陽花の植え込み一つ一つに、それを育てている方の息づかいを感じる事が出来るのです。

最近ある方に言われて「そうか…」と思った事。庭や軒先に草花を植えて楽しむというのは、人の生きる意欲の現れなのだそうです。確かに辛くて絶望に陥っている人には、先々の開花を楽しみに草花を育てる余裕は無いでしょう。歩く先々で見かける紫陽花は「私もここで生きていますよ!希望を持ちましょう」というメッセージに思えてきました。

もちろん電車から毎年見ている王子の飛鳥山公園はみごとな紫陽花が咲き乱れています。昨年までは、これほど立派に咲き乱れてる紫陽花を見て、やっと「きれいだな…」と感じる位でした。

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2010/06/22

西経堂団地と電気曲馬団

数日前に公団住宅の話題を書きました。鳩ヶ谷だけでなく古い公団住宅は最近ずんずん建て替えられています。近隣では東武伊勢崎線の駅名にもなっている草加市の松原団地も建て替えの真っ最中。

そんなことを思っていたら、昔の電気曲馬団(たびたび登場してはいますが、自分が以前参加していた劇団→パフォーマンス集団)ののチラシが束になって出てきました。その中に「木霊祭り -西経堂団地 お別れと再生のセレモニー-」というのがありました。93年末から94年1月(1月から取り壊し)にかけて行われたイベントで、特に約30年大切にしてきた団地の樹木へ「ありがとう」と「さようなら」を言うためのセレモニーとして企画されました。街歩きやアートイベントなどいくつものイベントのひとつとして電気曲馬団主催の「木霊パフォーマンス」もあったのです。このパフォーマンスには自分は全く関わっていなかったので記憶がないのですが、そういえばこういうことに興味をもって現在はすさまじく変貌した荒川区南千住汐入地区の廃校になった小学校で公演をしたことなども思い出しました。その時も、来場者に公演の演目だけではなく建物や地域をじっくり味わってもらうためのしかけをいくつも仕込んでいて、そういうことがすごく楽しかったのです。

こういうところにも自分を再生するためのヒントがあるようです。

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2010/06/19

同潤会アパートから公団住宅へ

同潤会アパートから公団住宅へ
同潤会アパートから公団住宅へ
同潤会アパートから公団住宅へ
同潤会アパートから公団住宅へ

自分達が大学生だった頃、同潤会アパートが密かなブームになりました。集合住宅の先駆けで、団地と長家の相の子のような風情に惹かれた一人が自分でもありました。代官山アパートや青山アパートは特におしゃれなエリアになっていましたので、独特のシュールさがありました。

最近古い公団住宅が密かなブームなのだそうですが、まさに同じように一世代前の集合住宅に今とは違う生活の匂いを嗅ぎとって、時代の空気を感じようとする営みに思えます。公団住宅には小さいながら庭付き長家のような郊外型の旧西鳩ヶ谷団地と大型の旧東鳩ヶ谷団地(共に建て替え済み)の他都市型タイプの一棟型があり、この一棟型は写真の青木町公団住宅、本町公団住宅(国道122号本町ロータリーの脇)、朝日町公団住宅など川口駅周辺には数多く有ります。間取りはかなり狭いようですが賃料の安さと一人暮らしに最適な事などから意外に人気のようで、今の住処に決める前にいくつか探しましたがダメでした。

公団住宅の近所には今でもお風呂やさんがあるケースが多いです。このようなお風呂やさんが数多く残っているのは、埼玉県では余り多くないと思います。そこが自分がこのエリアに住む事に決めた理由の一つでした。

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2010/06/16

手抜きでいい「目標・・・」

毎日朝起きるのにものすごい不安と戦っていた先月末ごろ。とにかくおもいつくまま7時頃から30分くらい書くことでようやく落ち着き、最後に「これだけやってきたのだから大丈夫」というような調子で大丈夫を自分に言い聞かせるように何べんも書いていました。何かの試験前のようですね。それを毎日だったから本当に大変でした。やっと落ち着いて花の写真などが撮れるようになってきました。

自分には次にどぼんと飛び込んでみる場所のイメージが必要だと先日書きました。しかしそれは立派なことをして認められることでもお金を必要以上に稼ぐことでもありません。あえて言えばチャレンジし続ける環境さえあればいい、それが昨日とは少しだけ違う自分自身になって人の気持ちが分かるようになればそれでいいような気がしています。これは目標ではないです。

目標・・・、人によっては必要なこともあるでしょう。しかし毎日ベストを尽くし、自分のありのままを自分でみとめてあげること。そこができてこそ、その先に何か見えてくるような気がします。好きでなければどんなに人のためいいことであろうとつぶれてしまいます。

一昨年九州を訪ねた時にお会いして長い時間お話しをした隊長さんのブログ(これはサイドバーにもありますHSV・をたすけ隊です)を久々に拝見してその思いを強くしました。良い子、良い親、良い社員、良い○○をしようとしておしつぶされそうな気がしている方に一度覗いていただきたいブログです。

隊長さんはもう2年前になりますか、お会いした時「なんちゃんは頭で考えすぎるから今度は山に登ろう」と言ってくださっていました。日記を振り返って思い出しました。

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咲き始め

咲き始め
咲き始め
咲き始め
咲き始め
毎年この時期に紫陽花の花の記事を書いている気がします。5月の良い陽気が過ぎるとうっとうしい梅雨のシーズンですが、紫陽花の花の移り変わりが目を楽しませてくれます。ありがたいことですね…。

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2010/06/15

花壇に見とれる

花壇に見とれる
花壇に見とれる
昨日の雨で気分が沈んだせいか、今日川口駅のデッキにある花壇が輝いて見えました。心理状態は落ち着いてきましたが、今度は披露に伴うと思しき腰の上辺りの鈍痛に朝悩まされています。お昼には解消してしまうので心配は無さそうですがなかなか大変です。

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2010/06/14

環境センター2つ取り壊し

川口市の青木環境センターと鳩ヶ谷市の環境センター焼却炉が共に老朽化のため取り壊しになるようです。青木環境センターに関しては今月の広報かわぐちに載っており、鳩ヶ谷の環境センターに関しては最近南鳩ケ谷駅周辺の町内会の掲示板にてその話をしりました。既に朝日環境センターが稼働して両者のゴミの処分にあたっていますので役割は終えていたのですが、取り壊しも段取りが必要だったのだと思います。

青木環境センターは、オートレース場や旧セントラル自動車教習所、以前の国際興業バス川口営業所、旧川口住宅展示場などと同様、新芝川への付け替え後に旧河川敷を使って建てられていますが、教習所もバス車庫も、住宅展示場もすでにマンションになっており、青木環境センターがなくなるとまたひとつ時代の証言者がなくなることになりそうです。そういう変化の渦中なのですね。

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2010/06/11

迷子からの道しるべ

5月後半の困惑は、トンネルの外からの明かりが急激にはっきりしてきたために目がまぶしさに耐えられなかったことが原因のようです。そういう書き方をこのところずっとしていましたが、目がなれてくるにつれ、やはりそういうことだったのだという気がしています。あまりにも不安感が強いので一時的に薬をもとに戻してみましたが、そうするとさらに歩みが確かになり起床時間が繰り上がり、かつ夜の活動も少しずつ再開可能になってきました。

自分を知る人の中に「これだけの文章が書けるのだからもっと書きなよ」という声が多数あります。昨日でそういうことを言う人が10人を超えました。その10人の後に声にはしないけれどもそういう風に考えてくれている人もいるだろうことを考えると、トンネルの先のひとつの道しるべとして、「書く」というキーワードは重要のようです。実際うつで抑えられていたエネルギーが解き放たれてきているようで、ブログ記事にはしていませんがものすごく書いていて、それは自分でひねった文章だけではなく本の抜粋もあるのですが、3ヶ月足らずで日記が終わってしまいます。

それともう一つは言葉です。書くと似ていますがちょっと違います。今日は英語が話したくて、夜間本郷教会の英語ディスカッションに参加したのですが、たまたまテーマのひとつが「英語以外に話したい言葉」だったのです。多くの方がヨーロッパの言語をあげ、音楽や美術へのあこがれをその理由とするなかで、ヒンディ語、ネパール語、韓国語をあげ、その理由はホームステイさせてもらった友人やホスト家族ともっと話したいからなのだと、参加者の目をぐるっと見回しながら話したとき、そこから話題が広がたのです。自分はスワヒリ語の「ありがとう(ア サンテ サナ)」もするっと話してインドでの英語はブリッジランゲージであって、公用語だけで15とか18とか(今、ちょっと正確に把握していません)あるから何でも友人の話す言葉が話せるようになりたいのだと言うと、他の参加者も「スワヒリ語のこんにちはは「ジャンボ!」だよね」とか「実は私も友人の話すタガログ語(フィリピンの英語と並ぶメインの言葉)を話せるようになりたい」などと話題が広がってとても盛り上がったのです。いつの間にかそういうことができる自分になっていました。

そして、今までは具合が悪くなるときがあるのであまりじっくり読めなかった、会社員時代の日記まで読み返した時、実は「できるようになってから」役割が回ってきたのではなく「役割に任じられ、訳が分からないまま誠心誠意ベストを尽くすと三年くらいでそれができるようになり、そうするとさらに次のまだできない役割が回ってきてまた二〜三年でできるようになり、そういう積み重ねが自分を育ててきた」ことが分かったのです。分からない中にどぼんと飛び込むことばかりやってきていたのです。

今の自分は医療や福祉の分野で患者や利用者として存在していて、そこでは「できるようになってから次のステップ」というのがとても大事なのです。確かに病気の回復は自然現象でもありますからプロセスを踏み外すと再発やリバウンドとなって戻ってくるため、きちんとステップを踏んでいくことは大事です。今はまだそのエリアにいる自分だと思います。しかし医療も福祉も1人の人間の人生そのものをデザインすることはできません。ですから自分にとっては「もう大丈夫でしょう」という段階になったとき、次に飛び込んで行く世界をイメージしておくことは、今日も起きあがって不安を押しやってとにかく1日を大事に過ごすためには必要なことなのだと分かりました。

いみじくも先週、デイケアの主任看護師さんが「なんちゃんは、心は健康だったんですね」と言ったのです。ご本人は多分そのことを深い意味で言ったわけではないと思いますが、すごい言葉だと思います。なぜなら「うつ病」は一般的に「心の病」と言われるからです。そのことは理屈では主任看護師さんも分かっているはずなのです。ここには深い意味があるような気がしますが、あまり考えすぎると眠れなくなりますので今日は敢えて追わないことにします。一歩一歩確実な歩みをすすめています。

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2010/06/06

若洲海浜公園

若洲海浜公園
若洲海浜公園
若洲海浜公園
若洲海浜公園
ここはもちろん埋め立て地。下には大量のゴミが眠っています。しかしゴルフ場あり、キャンプ場あり、意識しないならばそんなことすら考えずに済む所です。海釣りやヨットも出来るようです。海辺の橋からはディズニーリゾートや葛西臨海公園の遠景も見られます。

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新木場

新木場
新木場
新木場
5月後半のしんどい山を越えました。今日は新木場の埋め立て地に来ています。昔10年前くらいまでは埋め立て地のシュールな風景が好きで、良くこの辺りや基盤整備中のひとけのないお台場を散歩していました。ずいぶんあの頃とは変わりましたが、さすがに期待通りのシュールさがここには残っていました。

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