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2010年5月

2010/05/28

最近の鳩ヶ谷

地元の話を全然書いていませんでした。全然余力がなかったのです。

いくつか書いておきます。先日コメントのお返事として書いたのですが、30日日曜日にまた3発目の不発弾処理があります。国道122号線は30日9時から処理終了まで通行止めです。西川口駅~鳩ヶ谷市役所方面のバスは辻のバス停を休止し9時から終日迂回運転となります。

バスは5月17日から、赤羽駅深夜1:10発の便の途中バス停乗車ができなくなりました。これは鳩ヶ谷公団線だけでなく、八幡木・峯八幡宮経由東川口行き、総合高校経由東浦和駅行きも同様です。

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いくらか楽に・・・

ありがとうを唱え続けて、やるべきこととやらなくてもいいことの峻別をつけるこつが分かってきました。火曜日まではアップアップの状態で毎朝これをやっていまいたが、水曜日頃からかなり落ち着いてきました。しんどくなる前にいつでもやるようにすれば、かなり楽に行けるのではないかという気がします。

そこに起きている問題の本質がクリアに見えます。それが苦痛になっているところもありますが、「どこに問題があるか見えるというのはすごいことですよ」との主治医の評価もあります。

毎週毎週新しい課題が沸きおこるなか、悲鳴をあげつつもよくクリアしていると、今日ちょっと冷静になってみて思いました。ワークシートの振り返りをしてみるとこの3ヶ月、4ヶ月前にはできていなかったことの当たり前になっていることの多さに驚きます。1月には今の食事スタイルはまだ確立されていませんでした。外食がなくなっただけでした。年末には「家事がしっかりできるようになった」と自己評価のコメント。

今週は頓服薬を少し使って対処する出来事もありました。処方箋がなくなったからといって「飲むな」と指示されているわけではないのですから、飲んでもいいのです。久しぶりに飲んだ抗不安薬がありましたが、2錠飲んだだけで、相当無駄な(?)不安をかき消すことができました。本質的な不安のほかにどうでもいい不安が発生していたことに気づいたのです。自己研究の賜物でしょうか(笑)

そして5月の振り返りをしてもいい時期になっておもうのは、5月も気候が安定せずに体に相当な負荷がかかっていたと言うことでした。未だにかけふとんがしまえないのはおかしいと思っていましたが寒いんだからしょうがない。26日水曜日には夕方冬物のフリースコートを着こんでしまい、体質が変わったのかなあ?などと思って心配しましたが場所によっては暖房をいれていたらしいとわかってほっとしました。4月5月は一番気候的にいい時期のはずですが、ことしは風邪を引いている人も多いようです。体調を崩して当たり前だと思います。皆様もお大事になさってください。

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2010/05/24

そうだったのか

土曜日ずーっと不安に苛まれ、人間が生きるにはこういう不安を対処する慣れが必要なのかとずっと苦しい一日を過ごしました。ところが夜、寝る予定時刻の1時間前にふと思いついたことがありました。自分は明らかに一皮むけて脱皮したはずなのになんでこんなに苦しいのか。悩んでいる中身が就労支援プログラムをきちんとこなすことに対する恐怖なのです。きちんとこなして就職に向けてステップを踏むために9時に毎日通所することが目標とされているのです。そこには支援者の人物評価、就職先企業の人物評価が介在することになります。「9時にきちんとこられます。」「不安対処は自分で出来ます。」そういう一面的な評価をあげるために汲々とすることへの恐怖なのかもしれない、ふっとそんなことを思いました。

よく考えてみれば、うつ病発症時の引き金になった両親の問題に関して、自分はばんばん自分で調べ、動き聞いて回り情報を集めて、解決策を提示していき結果的に解決させることができました。詐欺にひっかかりそうになったときも、だまされている証拠を、その糸口をまるで探偵になったように探して突き止め、具体的に解説してようやく納得づくで被害を食い止めたのでした。インドへいったのも相手方のステイ時の配慮はありましたが、その関係性の構築から始まり、サポーターをきちんと探して万一の際のフォローをしてもらえる手配まで自分一人でやってきたのだということに今さら気づきました。

いまさら評価なんかしてもらわなくてもいいのではないか。そう思った瞬間さらに思いついたことがあります。「おもしろい」から勉強にしろなんにしろ頑張れるのではないか。面白い、楽しい、わくわくというようなキーワードでは語れない1週間だったから不安にさいなまれる。

そうだったのか

わくわくすることを探そう。そう決心したのが土曜日の晩でした。

ところが、日曜日のこと。新しい出会いがありました。クリスチャンのカウンセラーさんです。出会い方が連休明けから続く偶然の連続の産物なのですが、それはともかく、その方から「おもしろい」「わくわく」を探すのではなくすべてあらゆるものを「おもしろい」「わくわく」にして遊んでしまいましょう、と言う提案を受けました。実はしんどく感じるのは、そこにまだ依存があるからだったのです。人に頼られることへの依存がありました。頼りにされると一時的には気持ち良いのですが、相手の期待がどんどんふくらんでしまいすぐに重くなってくるのです。それが過剰なミッション作りにつながり、無理し、うつを再発させる危険を生み出すのです。どうどうめぐりなのです。

本当に一切の依存から自分を自由にし、毎日をたのしくすごすためには、連休明けの割り切りのきっかけになった「かもめ食堂」で、主人公のサチエが言うように「どこに住んでいても、どこにいてもその人しだいなんですよ。その人がどうするかが問題なんです。しゃんとしたひとはどんなところにいてもしゃんとしていて、だめな人はどこに行ってもだめなんですよ。きっとそうなんだと思う」(文庫p162)、つまりしゃんとして堂々としていなければならないのです。これは、実は言葉でいうほど簡単ではありません。隙をつくらず堂々として、しかも対人関係に支障をきたさずやっていく。でもこれができたらすごく楽になるでしょう。こういうメッセージが実は小説「かもめ食堂」にはちりばめられていました。

しゃんとするための対処法をおしえてもらいました。一番苦手な人や苦手な環境に対して「ありがとう」とずーっとつぶやき続けるのです。20分もつぶやいていると、自分はこのままでいい、周囲の環境も全部そのままでいいと許容できるようになるのです。不思議です。一種の自己暗示なのかもしれません。でもそういう解釈を加えるととたんにだめになるのです。解釈を一切抜きにして「ありがとう」とすべてのものに感謝し続ける実践の中に、堂々としているためにきりすてていいものとそうでないものの峻別をつけることが出来てくるのです。多分本気で感謝していると、そのありがたみに応えて行動したくなるので、おかげさまの代わりにすべきことだけやっていればいいと割り切れるのだと思います。生きているだけでいい。そこにいるだけでいい。無理はしなくていい。できることにベストをつくせばいい。

簡単なことではありません。しかしここまで来たら引き返せないのです。対処しなければ不安で押しつぶされる。せっかくの対処法なのだから実践していくしかないのです。

やるしかないのです。人生すべてあそび倒す。楽しんで笑っている。これができれば、もううつを再発させることはないでしょう。

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2010/05/22

障碍等級2級からの回復とは

とにかく毎日すさまじいことになっています。朝目覚めてから頭がぐるぐる回転し始め、その回転によって生きることの根源的な不安が呼び起こされ、それと格闘し「とにかく立ち向かっていったほうが考えて不安にさいなまれるよりはましだ」と勇気をふりしぼって起き上がる。その後は家事をひととおりこなす。その時間が週の前半は不安定でしたが、とにかく一日すごすだけで疲れ果てて、逆に安定してきました。ぐるぐるの回転速度も落ち着いてきました。今朝は先週の土曜日に較べたら相当落ち着きました。「すごす」、「立ち向かう」が「こなす」になってきました。世の中の明るさに目や頭が慣れてきたのだとおもいます。明るさは、見えなかったものを見せてしまう。人間は生きる知恵として生活にリズムをもたせて試練に対応できる心のしなやかさを養い、働く・手を動かすことによって根源的な不安をやりすごすという高度なことをやっています。それが当たり前すぎて多くの人はその意味を考えていないのですが、障碍等級2級に認定されたほどのうつ病というのはそういうリズムや不安対処法をぼろぼろに壊していた状態でした。渦中にいる間はそんなことは良く分かっていなかったけれど、今はかなり良く分かります。

その障碍から回復するということは、赤ちゃんの時から知らないうちに養っていた生活リズムを作り直し、多くの人が当たり前にやりすごす「今日生きる不安」の対処を練習する、慣れていくという作業なのです。先週から今週にかけてのものすごい混乱状態にあったのはある意味当然と言えるでしょう。

その対処ができる、リズムを作るスピードが主治医の目を見張らせるほど早い。だから主治医も真剣になってくれている。昨年の今頃は、デイケアに毎日通うことすら困難でした。新しいタイプの坑うつ剤ではなくあえて古いタイプの効き目も副作用も強い坑うつ剤をかなりの量処方され飲んでいました。「今思えば」ですが、それ以前にインドへ2回、2回目は一ヶ月というホームステイに、行った自分も行かせた周囲の人たちもすごかった。でもあの体験がなかったら、今の自分に起きていることには自分自身が対応できていないでしょう。あのときに養った精神力、それのベースをつくったヒッポの活動があったからこそ、今自分自身の身に起きている変化になんとか対応できているというのが真相だと思います。

日々の糧として、既成概念を壊してなにか新しいことを実現させた人の生き様を描いた本の一節を繰り返し繰り返し読んでいます。共感して涙がとまらなくなるときがあるのは、同じようなことをやってきたということなのでしょう。

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2010/05/19

1時間の診察

このところ早く目が覚めるだけでなく寝付きも悪い、睡眠時間が短いです。床に入ったのですがだめで、ちょっとだけ火曜日の報告を書きます。

実は火曜日、このブログを書いた後にデイケアのある医院に行き診察をうけたのですが、自分がここに書いていた内容をきちんと説明して見解をもらいながらやっているうちになんと1時間もの時間が費やされました。一般的な病院やクリニックの診察ではありえないことです。今の主治医になる前も比較的長めに診察時間をとってくれる先生にあたっていましたが、今の主治医は今年度からデイケアメンバーのための枠を作り、診察以外でも積極的に患者さんと関わりながらより良いリハビリのありかたを模索しています。だからこのデイケアの患者さんはある意味「選ばれている」と言ってもいいと思います。その中でも1時間もの診察時間が可能になったのは、自分の現状を言語化する能力が少々他の患者さんよりもあるために、自分の話す内容が伝わる。そして、それに対する主治医のフィードバックを診察後に良く咀嚼し次につなげてきている実績があったからのようです。主治医が1時間自分のために時間を使ってもそれに自分が応えてくれるだろうという信頼感があったのだと思います。

眼の病気が治ったときのように、あまりにも明るすぎて分かりすぎるために情報もとり過ぎ、頭の回転も暴走気味だという言い方はするっと通じました。そしていろいろなやり取りがあり、とりあえずは一週間くらい長くじっくり眠れるタイプの睡眠薬を数日飲んで、時間が短くても仕方ないから深く寝るという提案をうけました。ですから処方箋が一時的に復活しました。そして「大丈夫、なんちゃんは7日もいらないと思う。3日もあれば慣れるとおもうよ」と最終的に言われました。今日はとりあえず一日休んでゆっくりしてもいい、ということも言われました。但し休日以外に家に引きこもるのは、よくない、たとえ情報をとりすぎてしまっても慣れるために出続けた方がいい」との結論に至りました。

火曜日の段階ではそれは厳しいなあと感じていたのですが、今日になってやはり6時からものをばんばん書きだすエネルギー暴発状態の中で、それでも「休まなくて大丈夫かも?」という感覚が湧いてきて、結果的に就労支援プログラムへいつもよりも早い時間に出かけたのです。これは、外側から見ると日常の中のほんの些細な変化にすぎないのですが、そういう長時間の診察やその後の葛藤という内側の部分から見たとき、すさまじいと自分ではどうしても言いたくなる一歩でした。このような一歩は踏み出すのがとても難しい類いの一歩だと思います。支援施設でも面談があり、正のフィードバックをいろいろともらい、どうやら次へつなげていけそうな手応えになりました。

主治医は3日と言ったけれど、3日すらいらなかったのです。

薬はなくなっても、まだ仕上げがのこっている、それを後戻りしない形できちんと仕上げていこう、そう思いました。

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2010/05/18

揺り戻し

先週火曜日の診察後の話です。実は頭がすさまじい勢いで回転していて、考えさせられることや思いつくことが多すぎで、大変なことになっています。

割り切り後、その気持ちの軽さに驚き、数日は「なんて楽チンで気持ちいいんだ」とすごしたのですが、金曜日頃から、実はうつ病に限らずあらゆる精神疾患が子ども時代の情緒の未発達が本来の原因であり脳内物質云々は現象を捉えているに過ぎないという事実(これは佐々木正美さんという発達障碍の権威でもある児童精神科医が90年代初頭にはすでに指摘(「子どもへのまなざし」福音館書店 1998年)していて、今や精神科リハビリテーションの最先端の現場でも情緒を育てるために小学校高学年向けくらいの児童文学をよんでもらったりする事実がその正しさを物語ります)を、今苦しんでいる当事者にもその親御さんにも事実として伝えられない、なぜならいまさら保育園をやり直すことは不可能で「いい年をして」赤ちゃん返りする受け皿もほとんどの人がもっていない、その親御さんには自分の子育てが間違っていたという苦痛を与える。自分はきわめてラッキーだっただけ、だから自分がどうやって快復できたのかを他の人に説明することが相手に苦しさを与えてしまうし、まだまだ社会的にも受け入れられないだろうと思って、そうした自分の事実と現実の環境のギャップから起床が大変勇気のいる事柄になってしまい3日くらいもがいたのです。そんな問題、分かっている専門家ですら社会を納得させられないことを自分が一生かかったって説明したって理解されないでしょう。それは自分がすることではない、自分は自分と言う存在をそのまま受け入れてもらえばいい。そう紙に書いて、大丈夫大丈夫と自分を励ましました。

昨日の朝はその流れで多少起きるのがしんどくなるだろうと予想していたのですが、なんと6時半にすっきり目が覚めてしまったのです。何の勇気もいらない、ただ外の明るさから自然に目がさめ、今までは体調を安定させる意味もあって寝なおしていたくらいの時間なのにもう寝る必要が無いのです。その時間から安定している。その証拠にこれだけの文章を紡いでいる(この辺りは昨日の朝書いたところです)。 今日も寝付きが悪くて0時過ぎまで眠れなかったのに4時頃から文章を書きだしているのです。一度眠って脳が前日までの情報を自然の摂理に従って整理したあとは、起きた瞬間からまた頭がフル回転してしまって、向き合う現実と折り合いを付けるために何か書かないといられないというすさまじい状態になっているのです。今日これからデイケアへ行き、診察も受けるので「どうしてくれるんだ(笑)」と文句を言おうと思っています。

あかちゃんは生まれた時から外部の音や光を全部感じているわけではないそうです。真っ暗なお母さんのおなかの中にいたわけだから、いっぺんに感じてしまうと当然騒音とまぶしさから不適応をおこしてしまう。だから徐々に見えるようになり聞こえるようになる。これはヒッポ創始者の榊原さんが自著「ことばを歌え、こどもたち」で書かれていることですが、自分の脱皮もそれと似ているようです。割りきりが進む中で物事の本質が次々に分かるようになって、分かりすぎるようになったゆえに、どかんとゆりもどしがあったけれど、もう大丈夫でしょう。ただ、大丈夫だとは思うけれど、もう以前の生活には戻れない。多様な価値観がありそのどれも正解ではない。ただ自然の摂理だけは動かしようが無くて、それが人間という存在の中にも息づいているのです。眼科医ならば眼の病気が治った人にいきなりまぶしい光をあてるようなことはしないはずで、徐々に明るさに慣れさせるような治療をするはずなのですが、精神疾患の治療は子どものやり直しが必要でそれが環境的に難しいことが当たり前でしかも利息付きで人間の無償の愛情をうける必要があるので、こんなにするっと皮が剥けたような事例があまりないのだと思います。だからいきなりまぶしい世界に放り出されてしまった。自分はものすごく戸惑っているというのが実情です。

体重も毎月1.5キロから2キロくらい落ちていくのですが、それはインドで食べた日常食の影響で野菜中心になっているから。リズムが整ったから他の面でも調子が良く中性脂肪値は発病前よりよくなりましたが、普通の日本の日常食を食べている限り、玄米にしようが健康食品にしようが、サプリメントにしようがダメで、バカになって季節の野菜とたんぱく質(卵や牛乳、豆類)をまんべんなく食べていくようなことをしていると自然と内蔵脂肪も落ちるのです。でもこの食事スタイルと食事時間を守るためには、世間一般の意識にある社会復帰をするのはとても難しいことです。どちらかをとるしかありません。今のところ、自分は「バカになりたい」という気持ちが強いです。これから診察を受ける中で相談してきます。どういうことになりますやら。

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2010/05/11

処方箋のない診察

連休をはさんだので今日は3週間ぶりの診察でした。

実は先週の金曜日、映画にもなった群ようこさんの小説「かもめ食堂」をたまたま読んで泣きました。最近涙腺がゆるくてよく泣きます。「かもめ食堂」は映画を先に見ていて、小説(文庫)は昨年買ったまま積読になっていました。主人公のサチエは父親の支配から37歳で逃げ出した人、みどりも40年以上両親の言う通りの生活をして、いつしか勤め先も居場所も無くなった人、もう一人も両親の介護から開放されやっと自分の人生を考えられるようになった人というような設定。まるで自分が呼ばれていたような設定とストーリーでした。読後、人のために生きるのも未来の自分のために生きるのも金輪際やめよう、と本気で思ったのです。日記と診察用のワークシートに大きく「今日が安寧ならそれで良し」と大きく書き、マーカーで色をつけました。

それを今日主治医に見せました。診察を受けながらも「あー、ラクチン!」と心の底からニコニコしてしまうのです。そうしたら・・・

今日の診察で、処方箋が出なかったのです。飲むべき薬がなくなった、ということです。一応経過観察ということで一週間後に診察を受けることにはなりました。頓服の抗不安薬や睡眠薬の在庫があるということもあります。しかし頓服の在庫がまだあるということは使っていないからです。

12年近い受診歴のなかで「処方箋がない」というのは初めてです。

人生なんか「生きているだけで丸儲け」と年上の友人が昔から言っていたのを思い出しました。「生きているだけで丸儲け」とはこういうことでした。

表示されなくなっていますが、このブログのサブタイトルは「鳩ヶ谷を愛するAC(アダルト・チルドレン)で慢性うつ病患者のつぶやき」ということになっています。

この看板、そろそろ書き換える必要があるかもしれません。

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2010/05/09

バスでも来られます

バスでも来られます
バスでも来られます
バスでも来られます
この舎人公園へは、日暮里舎人ライナーの他川口駅東口や西新井駅などからのバスもあります。日暮里駅から日暮里舎人ライナー沿いに路線バスもあるので時間に余裕が有る方はバス利用の方が安くつきます。公園があるのは知っていましたが、こんなに楽しめて、比較的自宅の近くにあることは気づきませんでした。小さなキャンプ場もあるようです。

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舎人公園へサイクリング

舎人公園へサイクリング
舎人公園へサイクリング
舎人公園へサイクリング
舎人公園へサイクリング
昨日から家の掃除の合間にディケンズのオリバー・ツイストを読んでいたのですが、長編小説なので少しくたびれました。夕方のいい時間なので芝川沿いにサイクリングに出ましたが、芝川マリーナの近く、弥平町バス停の辺りで方角を変え、都立舎人公園へやって来ました。日暮里舎人ライナーの開通で少し注目を浴びていますが都内とは思えないような畑もあるエリアです。舎人公園はとても広いので自転車で来るのにもちょうど良いです!しろつめくさがたくさん咲いており、花を編んでブレスレットを作った子ども?もいたようです。中央部には池があり、水鳥の親子がのどかに泳いでいました。

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2010/05/06

バスで挨拶トレーニング

就労支援プログラムの中で講習が入ると必ずあいさつの話をされます。あいさつはコミュニケーションの基本ですよ・・・と。自分の年齢になってそういう講習を受けることは、人によっては抵抗があるでしょう。でも自分は「この歳になってもこういう教えをもらうことが普通はありえない絶好のチャンス」だと本気で思っています。これを読んでおられる方々も職場や学校に行って「おはようございます」というでしょう?その意味を考えたことがありますか?自分がかつて勤めていた流通業では遅番や夜間のアルバイト学生さんも「おはようございます」とあいさつします。つまり「おはようございます」には「今日もよろしくお願いします」「あなたのことを無視していませんよ」など複数の意味があるのです。当たり前だと思うでしょう?でもその当たり前を誰かに言葉で説明できますか?必要が無いといわれればそれまでですが、当たり前を当たり前と思わずに感動するところから、実は新しいものごとは生まれるのです。

自分は最近挨拶トレーニングの一環として、路線バスの運転手に降りる時「ありがとうございます」と言っています。昔、子どものしつけのためなのか親子でそう言っている人を見たことがありました。そういうことをしている人は複数います。しかし照れや慣れや様々なものが邪魔して自分くらいの男性でそういうことを言っている人はあまりいないようです。自分は今まだ午前中の体調が不安定な時があります。自転車で通所することは抵抗があります。自分でできないことをしてもらっている。料金は払っていても「ありがとう」と言える。それはわたしたちの食べるものが調味料などごく一部を除けばすべて命をいただくことだから「いただきます」といって命をいただくのと同じことです。

2月には難しかったバスでの挨拶が、最近は当たり前にできるようになってきました。まだちょっと意識しないとなりませんし、その時々で声が小さかったりするときもあります。しかし欠かさずやっている効果か、買い物をしたときでもどんな時でもすっと声が出るようになって来ました。都市生活をしている日本人は普通はなかなか挨拶のチャンスがないので、声をだしてあいさつするだけで相手の反応が全く変わってきます。中には無愛想な人もいますが、つくづくみんな「あいさつしたい」という気持ちは持っているのだと確信に近いものをもつようになりました。そして前から少しやってはいたのですが、席を譲るとか花壇や車内のゴミを拾うなんてことも今まで以上にどんどん平気で出来るようになってきました。

たぶんこれからの人生の中でこれが出来なくなったら自分は多分尊大な態度になって何かしくじるでしょう。そういうバロメータのひとつとしてこの習慣は機能しそうです。

追記:先日の女性専用車ではありませんが、混雑などで周囲が殺気だっているような時にはこういうことは自分もしません。自分は再就職のためのトレーニングでやっているのでお読みになってご自身を卑下する必要もないことです。蛇足ですが念のため。

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2010/05/05

寛永寺にて

かんえいじにて
かんえいじにて
寛永寺に立ち寄ったらきれいなツツジとボタンが咲いていました。

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今日は上野公園

今日は上野公園
今日は上野公園
今日は上野公園
昨日外へ出てみたら調子良く過ごせたので、今日は上野公園へ来てみました。いつも立ち寄る西洋美術館は素通りして噴水広場へ。出版社が子ども向けの本の即売会をしていました。ステージではアンパンマンなどの絵本の朗読劇などが披露されています。

自分が学生時代の電気曲馬団はここで大道芸パフォーマンスをしていた事もあります。当時大道芸を公園で披露するのに免許なんかいらなかった。ご意見は色々あるでしょうが、自分はベストを尽くした出し物を街頭で披露するチャンスがもっとあれば良いのに、と思います。評価は権威ではなく通りすがりの観客が決める。そういう中で、様々な意味でのアーティストは受け手との関係性を構築しながら表現方法を模索する。するとアートはより身近なものになり現代を象徴する優れた表現が出てくる。自分はそう思います。アートに限らない。ベストを尽くしたら、評価は人に委ねる。大事なのは多くの立場や年齢や環境にいる人から評価してもらうこと。そうしないと評価依存になってしまい自分の軸が定まらなくなってしまうのです。

こんな難しいことを考えに来たわけではない!少し歩いて早めに帰宅し休みます!

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2010/05/04

みどりと国際色を求めて

みどりと国際色を求めて
みどりと国際色を求めて
みどりと国際色を求めて
最近撮っている写真の題材に花が多い事に気がつきました。植物の生き様に惹かれているのだな〜と思い、さいたま市の国際交流フェスティバルに来ました。ここは見沼田んぼに広がる市民の森、といっても本物の森ではありませんが、気持ち良かったです。剪定された枝の脇からけなげに花を咲かせる八重桜はたまたま見つけました。

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