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2010年3月

2010/03/28

関係性の病気だったうつ病

30冊の日記の読み返しを少しづつしています。

2004年に、大宮で精神障碍の子どもをもつ親御さん向けの講演会があり、それに当事者ながら参加したことが書かれていました。その当時の感想を読んで驚きました。「参加している親御さんたちは自分達の子どもの病気をどう治すかに夢中で、そこに集中することでかろうじて夫婦としての関係性を維持している。夫婦としての関係性が構築出来ていないから、叱ることやフォローを入れることという人間の親としての役割がこなせておらず、そういう脆弱な関係性の中で一番弱いところにストレスが集中し、病気として顕在化するようだ」と書いていました。そして「この親御さんたちはみんな我が家の両親と同じだ」とも書いています。子どもさんに求めていた価値観が「いい学校に入り、いい会社に入って、幸せになってほしい、自分達みたいにならないでほしい」なのです。びっくりするほど共通で、いい学校とは何なのか、いい会社とは何なのか、定義が不明確で、しかしそれは自分達親の対極にあると考えているのがそっくりでした。

自分の両親は、子ども(なんちゃん)がうつ病を発症しても自分達の関係性を見直すことはほとんどありませんでした。ただ自分の子どもの病気を治したいという点だけで利害が一致していて、やたらと自分に「今の医者では治らないから、どこそこの病院がよさそうだ」とか「食事をきちんととりなさいよ」とか「お金は何とかなるから」とか、どんどん甘やかすのです。それもそれぞれがそれぞれのやり方でやるので、自分自身相当混乱していました。

このように父と母の間に二重規範があって整合性がとれていない場合、ほんとうに子どもは混乱します。親はお互い離婚すれば他人になるかもしれませんが、子どもは違います。どちらも同じように大事なのに、「こっちへこい」「こっちへきなさい」とやるのです。離婚するしないの議論すらできないほど関係が希薄だったりします。議論ができないから消極的に現状維持ということです。

その講演会の参加者はほとんど、さらに自分よりさらに症状の重い統合失調症のお子さんを抱えていて、家庭の崩壊度合いももっとすさまじかったようです。統合失調症の患者さんが、10代後半から20代の自我確立過程で発症するのも、子どもから大人への大事なプロセスを踏ませてもらえないところから、家族の問題は自分にあると抱え込んで無理に無理を重ねた結果そうなるのだと思いました。全く驚くほど、子どもさん以上に親御さんご自身が問題を抱えていると、講演会当時強烈に感じているのです。

うつを治そうと思ったら、自分の身近な家族の関係性をよくしていく、具体的にはお互いがお互いを尊重し合う関係性の構築が絶対必要だと感じました。お子さんに健やかに育ってほしいと思ったら夫婦の信頼関係を揺るぎないものにするのが大事で、症状だけ取り出してなんとかしようとしてもダメなのです。

自分のうつ病は、症状が出たときに始まったのではなく、それ以前の家族の関係性が原因であることは感じていました。しかし、ここまで人間同士の関係性が影を落として病気を悪化させていたとは思いませんでした。子どもは親が考えている「子ども」というものの十倍くらいの密度で親を見つめ、その関係性を良くしようと必死になっているものです。なぜなら親の関係性は自分自身の生死に直結する重要な問題だからです。具体的な言葉が出てこない頃から、親の関係性維持に最大の努力を払い、良い子を演じ、それが失敗すると「自分のせい」だと責めるのです。下手すると結婚も子どもを作るのも親のためだったりします。これはほんとうに悲惨な結末に至ります。しかし思春期で辺りで、よその家族を見て「脱出しないとダメだ」と察する子も中にはいて、あえて進学や就職の際に無意識に脱出を図る人もいます。しかし、30歳を過ぎてすでにうつ病を発症していた頃でさえ自分は「ガスコンロの火をつけっぱなしにしたまま(両親の関係性を例えたもの)自分がこの家を出て行くことは怖くてできない」と書いていました。そしてその一方で「一生この親の面倒を見続けるのかと思うとぞっとする」とも友人に言っていました。この手の問題を抱えたことのない方には理解しにくいかもしれませんが、自分は子どもの頃から親の面倒を見続けてきていたのでした。そのことを「ぞっとする」発言は示唆しています。

ほんとうの意味での回復が進んできた今の自分に、免除されていた親や親族への義務が発生しようとしています。今、そこまで考えなくてもいいのかもしれませんが、就労訓練をその都度毎日ふりかえってみると、作業をすすめる過程で、よく考えれば自分が引き受ける役割ではないものを引き受ける癖が抜けていないのを強く感じます。反射的にやってしまうこの習慣は、今の日本の会社や組織で働く中でいつしか自分を見失い、病気を再発させる危険と隣り合わせだと感じています。社会規範に関しても、自分自身を活かし育てるために必要なものと、必ずしもそうでないものがあるような気がしています。先回りをして相手の意図を汲んで行動するAC体質が染み付いているようです。

あえて自分は「こうあるもの」という価値観からの逃避をはかる必要があるようです。そうしないとまたつぶれる、そう感じています。

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2010/03/22

体が求めなくなった

小腹がすいた時にお菓子を食べたりしないように、ここ数年芋やかぼちゃ、ブロッコリーなどを時間のある時に煮ておき、どうしても何か口にしたい時に対応してきました。食事時に栄養を補う意味もありました。一般家庭でもよく煮豆や筑前煮、簡単なおひたしなどを作って、直近の食事時だけでなく何度も出して少しずつ食べると思います。

昨日同じ発想でかぼちゃを買ってきて、日中に煮ておいたのですが、いざ食卓へ出そうと思うとなんだか体が受け付けない感じなのです。かぼちゃはもともと秋の食べ物。今出ているのはほぼメキシコやニュージーランドからの輸入品でしょう。どうもそれと関係があるようなのです。旬のものはおいしく食べられるのに、そうでないものはなんだか違和感がある。においに敏感になったこともあるでしょうか。前は全然分からなかったファブリーズ(焼き肉や防虫剤など衣類のにおいとり)の匂いを最近部屋で感じるのです。冬のセーターを出すので使って以来2ヶ月以上使っていないのにです。

なんだか体が変わってきているのを感じます。体重の減少以上に感覚が鋭くなってきているようです。匂いが変でないので先日食べた頂き物の梅干しがなんと8年くらい前のものだと知って仰天。下さった方の亡きおばあさまが丹精込めて漬けたものだったそうです。逆に賞味期限内でも異常におかしな匂いがする納豆を食べることが出来ませんでした。

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川口の遠望

川口の遠望
川口駅周辺の高層マンションを一望できます。反対側を向くと環七の鹿浜橋と、凄まじい再開発の進む足立区新田地区を見る事ができます。荒川の向かい側にはニトリが見えます。赤羽店かつ東京本部ですが、志茂にあります。志茂とはもともと日光御成街道岩淵宿の下(しも)だった、その字を当て字にしたものです。

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都市農業公園

都市農業公園
都市農業公園
都市農業公園
都市農業公園
芝川土手はあずま橋の先、操業停止している鳩ヶ谷市環境センター焼却炉の先からは東京都足立区と接しています。領家水門の脇には足立区の都市農業公園がありミニチュアの田んぼやお花畑、古民家もあります。首都高速川口線が隣接しているのが現代的ともいえる風景です。すでに桜の咲かないうちからかなりたくさんの人出がありました。桜が咲くとさらに多くの人出があります。

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領家水門

領家水門
領家水門
芝川サイクリングロードの起点である領家水門です。干潮のため干潟が出来ていました。東京湾の満ち引きは荒川を通じてこの辺りまで影響します。つまり川の流れが逆流する時間帯があるということです。荒川区の南千住にある再開発地(再開発前に電気曲馬団が公演をしたことがあります)は元の荒川である隅田川が大きく蛇行するところですが、昔は汐入という地名でした。

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芝川お散歩続き

芝川お散歩続き
芝川お散歩続き
すでに桜のつぼみも膨らみ一部は咲き出しています。写真のバス停は3月15日改正で川15系統が弥平新田から花の枝橋方面へ往復運転するために設置されたもので、元々地下鉄開通前に川02系統(今の東領家循環ですが、昔は朝日町循環という名前で末広交差点や川口市役所を経由していました)のバス停だった花の枝橋バス停とは位置が違っています。ほとんど場所の差がなかった東領家三丁目が今回花の枝橋に改名されました。

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芝川お散歩

芝川お散歩
芝川お散歩
芝川お散歩
昨日は気温差がめまぐるしく、何かするのは困難でしたが、今日はいい天気。いつもはお散歩コースの芝川土手をサイクリングです。

写真は芝川マリーナ。以前この辺りは勝手に桟橋が作られ、東京湾へこぎだすボートがたくさん係留されていました。その対策として作られたのがこのマリーナで、増水時には門を閉じて洪水に備える構造に成っています。その先に見えるのはトッパングラフィックの工場(旧凸版印刷川口工場)です。王子や駒込に造幣局の印刷所があり、そのため旧王子製紙や十條製紙など北区には製紙工場がたくさんありました(レンガ工場もたくさんあったそうです)。その製紙に印刷する工場が、赤羽の大日本製紙工場群、川口の凸版印刷工場群になっているのかな?と思っています。

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2010/03/21

終わらない「トヨタ」

おととしの11月、自分は「最強トヨタ、終わりの始まり」「昨日のトヨタの記事」で、トヨタを批判する記事を書きました。しかしトヨタは終わらないだろう、と最近おもうようになりました。きっかけは通所している就労支援センターでの内職作業です。障碍をもつメンバーだけで工賃ひとつ数銭という作業をしていますが、内職とはいえ、ひとつ数銭という工賃とはいえ、ものづくりであり、付加価値をつけて取引先に納品していることには違いないのです。このことの意味を通所し始めて2週間目くらいから感じるようになりました。10年間勤めた大手スーパーでは銭単位の付加価値もつけられない、コストをかけるための作業に満ち満ちていました。それはよそでもそうらしいのです。誰も読まない日報や書類書きに翻弄され生徒や児童と触れ合う時間がまともにとれないと嘆く先生や保育士さんを何人か知っています。

ものづくりの現場では様々なことが起きます。チームワークで作業を進めているから、一人の勝手な行動や判断ミスが不良品をつくったり、最終的な納品数の不足につながったりします。三障碍の人が共同でやっていますから、知的障碍をもち養護学校を卒業してすぐにこの世界に飛び込んだ若い人もいれば、就労経験がありかなり年配の身体障碍の方、自分みたいな精神障碍の人もいます。障碍をもつという点だけが共通で、経験や能力、判断力、コミュニケーション力は大差があります。だからこそ「べてる」ではありませんがトラブルだらけです。トラブルを回避するためには「誰がやってもこなすことが出来てそれぞれの能力に応じて付加価値を生産できる」手順や方法を編み出す必要があります。その「カイゼン」への意欲がすさまじいのです。しょせん障碍者の作業所だなんて馬鹿にしていたらとんでもないことです。自分も大きな影響を受けました。そこでトヨタに「カイゼン」というプロセスを植え付け、トヨタ式生産方式を作り上げた大野耐一氏や「トヨタ」という会社自体を研究する書物を読んだりしています。

「ジャスト・イン・タイム」納入方式というのを一度は聞いたことがある方は多いでしょう。もちろん「必要な時に必要な分だけの部品を用意する」ことですが、これは自社の生産プロセスのカイゼン無しに、ただ納入する取引先に納期だけ押し付けるようなことをすれば凶器になります。労働組合系の人々をはじめ、中小企業や下請け企業の中にはこれでえらいめにあっていると思っている場合もあるでしょう。しかし、本当のジャスト・イン・タイムとは自社のプロセスのカイゼン活動であり、それがうまくいってから無理なく取引先に社員を送り込み手順を伝えて「カイゼン」を連鎖させ、資源や労働力の無駄遣いを省いていく活動なのでした。それが結果としてコスト削減になるのですが、短絡的な視野でとりくんでもうまくいかないものなのです。協力会社(取引先・下請け企業)の在庫保管のための倉庫がなくなっていくのを大野氏は大変よろこんでいます。自社だけ繁栄すればいいという考えからの「ジャスト・イン・タイム」ならば、下請け会社はいつどんな注文にも応じられるよう倉庫に様々な在庫を抱えておかねばなりません。それでは本質的な「カイゼン」は出来ないし、本質的な無駄やコストも減らすことが出来ないのです。

今でもこうした協力企業はトヨタから教えられた生産方式(これは実践の中にあり、いくら書物を読んで分かった気になっても、現場に取り入れて成果を生み出すのは難しい)によって自社の業績もよくなったことに恩義を感じています。ですから協力会社で作る連合会では今回のリコール問題にも一致協力して対応すると明言しています。お互いの協力関係、信頼関係があるからこその発言だとおもいます。

日本国内の派遣切りにとどまらず、赤字決算による株主へ(今や、世界中の株主の多くは年金基金や保険会社など、社会の多くの人の老後やイザという時のサポートをする公器です)また世界中の工場閉鎖や、リコール問題によるディーラーや協力企業へ、そして何よりトヨタを信頼して商品を買った顧客にたいして迷惑をかけたトヨタですが、そういう失敗を糧にして伸びてきた企業なのでした。そしてそういう企業であっても「調子の良いときにあえて踏みとどまる」判断を下すのが難しいということを、自分は学びました。

自分の勤めていた会社が倒産しかかった頃、取引先は先を争って売り掛け金の回収や納品カットに走りました。支援先企業もなかなか決まりませんでした。いかに信頼されていなかったかの証です。希望退職募集時、自分に本当の商売の仕方や商品知識や基本的な商売に必要な数字の計算法などを教えてくれた、力のあるマネジメント職の方々が真っ先に辞めました。そういう経験があるので、おそらくですがトヨタは今回の失敗を胸に刻み、先を拓くのではないかというような気がしています。

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精神疾患と3月

精神疾患を患うと体力が極端に落ちます。うつ病はもとより、躁うつ病でも統合失調症でもそうです。3月はデイケアの出席率も悪いし、患者さんの体調も他の月より悪い傾向があるようです。4月になると逆転します。

これは気温差や気圧差に付いていくために体がエネルギーを使うからです。そういうことが自己研究から分かってきました。精神疾患をわずらっていなくても3月は疲れやすいはずで、要注意です。

今日の自分は昨日休んだ分、午前中少し元気でしたがやはり疲れがひどいです。どこかへ出かける必然性があれば出かけられますが、あえてやめておくことにしました。朝5時頃の低気圧通過に伴う猛烈な嵐と気圧差で疲れが出ているのだと思います。今朝のJR各線はずたずたで埼玉県内はほぼ全線が運転見合わせ、京浜東北線ですら赤羽~大宮間で運転見合わせになっていました。この低気圧は春の使者ともいえる黄砂をまきあげてきたそうで昨日気象庁から黄砂に関する情報がでています。西日本ではかなり視界が利かなくなっていることでしょう。

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2010/03/19

理念なき小売業

個別の店の名前を書いて、何か書くようなことはやめようとここしばらく思っていました。しかしながら、今回書いてしまいました。いろいろ考えさせられたからです。

日本はお店が多すぎる、いわゆるオーバーストア状態です。これだけ小売店があるのに、なぜ人という資源を大事に出来ないのだろう・・・。大手小売店で働いた体験から、この気持ちは増す一方です。笑顔で働き甲斐を持って働けるチェーンストアはごく少数しかありません。むしろ従業員を数字でがんじがらめにし、それをネタに上司が部下をいじめ抜くというのがほとんどです。だから上を向いてしか仕事ができないし、言われた仕事以上のことをするのが難しいです。

自分はその理由のひとつは理念の欠如、あるいはその共有化プロセスの欠如だと最近思っています。この仕事の目的は何なのか?お客というよりも社会に資する仕事なのか?自分がつとめた会社で、配属先の上司は商品知識と同じ、いやむしろそれよりも重点的に教えてくれたのが伝票のごまかし方、架空売り上げの計上の仕方、上司の機嫌が悪い時の「やっていますよ」というふりをするための商品の仕入れ方、売り方でした。それが出来ないと会社の中で生き残っていくことが難しいのです。自分は伝票をごまかすようなことをするかわりに、上司の付け入る隙の無い売り場を作ろうと朝から晩までしゃにむに働きました。やっている「ふり」ではなく、ほんとうに手を抜かずに要求にこたえようとしました。自分のうつ病は、ベースは崩壊家庭の親の期待にこたえることでムリすることから生じましたが、無茶な働き方をしたことも一因です。

今通所している就労支援センターではさまざまな障碍を持つ人たちが就労訓練をしています。みんなの中で同じ障碍者として作業をしていると、「自分も含めこの人たちの意欲があれば相当のことができる」と思うのです。問題は導く人にあります。「この作業が難しいならこういう風に作業を分解すればいい」など、その気になれば工夫できることはいくらでもあります。数を数えるのが苦手な障碍をもつ人のために必要なロット50個でちょうどいっぱいになる容器を作ったあるメーカーは、障碍を持つ人だけでなく全員の数え間違えがなくなり、不良品率が限りなく0になりました。ものづくりの現場にはこうした「前提を見直し、最終的な目的をはっきりさせ、そのための無駄を省き、部分最適ではなく会社全体、さらには社会全体に資する」という発想のあるところがいくつもあるのです。

ところが小売業ではそういう発想で事業が運営されているところはきわめてわずかです。だから日本は製造業中心の高度経済成長をとげたのでしょう。内需が伸びないのは、需要が無いのではなく小売業の非効率性、硬直性が原因だと思います。だれにどういう商品を提供するのが自分の店、会社の使命なのか。それがあいまいなので、扱い商品のラインナップや陳列場所がまとまらない。だから「店の売り上げが上がらない」「利益が出ない」ということ以上に売れなくなってしまう商品そのものが廃棄されたりする。どんな大量生産の品物でも、人が介在する以上作り手がこめた想いがあります。それを無駄にしてしまう。利益が出ないからと言って人使いが荒くなる。従業員は私物ではないのです。むりは続きません。赤字はいつまでも続けられません。借金はいつか返さなければなりません。理念と目標がよく練り上げられていなければ、商品の陳列棚が省エネでも、それ以上の資源とエネルギーの無駄遣いをしていることになります。

同僚が今でもたくさん働いている流通業界。しかしその潮流が人を大事にする発想にいっていないどころか逆戻り、絞り上げる方向にいっているのを憂慮します。社会に資する小売業の理念をトップが練り上げ、その理念をお題目ではなく実現するにはどうしたらいいのか考えて欲しいと思います。一時的なブームとしてのエコではない、本当の目指すべきものを考えていきたいです。

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TESCO鳩ヶ谷店

お店の記事を書くのは久しぶりです。鳩ヶ谷の旧スーパーマルエーのところにTESCOが出来ました。TESCOはイギリスの大手スーパーマーケットチェーンで、つるかめらんどを買収して埼玉県東部を中心に破竹の勢いで出店をすすめています。鳩ヶ谷店は2月24日オープンで、センスの良いエコバックを開店記念に配ったので地域の話題になっていました。自分は新聞をやめたのと、チェーンストアには金輪際勤めないと決めたために業界紙を読んでおらず、この流れを知りませんでした。鳩ヶ谷のTESCOは西友の目と鼻の先、つまりアメリカのウォルマートとイギリスのTESCOという外資系スーパーが軒を並べる格好になっています。

TESCOの店はマックスバリューの川口末広店と同じくらい東武ストアの鳩ヶ谷店とも同じくらい、サミット鳩ヶ谷駅前店よりぐんと狭いです。西友との対抗上「他店のチラシを持ってくれば、その値段以下に値下げします」とのこと。冷凍食品のケースにふたがあり、近くに人がいないときには消灯するという省エネ思想もあります。

しかし、店内をみてがっかり。これは本質的にカルフールと同じ失敗をしています。誰を相手に商売しているのか、その対象とする消費者像が見えないのです。他店チラシを見て1円でも安く買いたい人があの狭い店の中で異彩をはなつワインの品揃えを見て買うだろうか?ということです。自分はワインの良し悪しは分かりませんが、とにかく近所の酒屋よりすごい品揃えです。それ以外のお酒もこだわりの充実度です。パスタの品揃えも豊富です。単品の商品価格は安いのかもしれませんが、こういう品揃えを好む人はもっと質がよくて高級なものをもとめているはずです。チラシ価格の隅から隅までみて1円でも安いかどうか比較するほどひまのない人でないとああいうものは買わないでしょう。しかもメインがセルフレジで現金しか使えないので、時間の節約どころかコンビ二よりも時間がかかる。全体的な商品価格は決して安くありません。高級スーパーのイメージと安売りスーパーのイメージが混在しています。その上おかずの組み立てができません。川越に本社のあるヤオコーが最近業績もよく業界だけでなく一般の経済誌にまで取り上げられていますが、その好業績の理由のひとつに「主婦はスーパーへとりあえず行ってからおかずを考える、そのための簡単なレシピの提案がうまいのだ」ということがあげられています。ヤオコーがいいのは実はもっとたくさんの理由があって、それは社員を上手に活用しているおかげで一朝一夕にはまねできないのですが、それはいつか別記するとしてTESCOの品揃えは提案以前です。チラシで50個限り250円と銘打って売られていた商品が残っていたのですが、同じ商品が別の棚で399円で売られていたのでオペレーションもおかしいようです。

誰を相手にしているのかが分かりません。カルフールも世界的にはディスカウントストアとして認知しされているのに、幕張のような所得の高い人の住むエリアに「フランスから来ました!!」とやって日本に上陸、その結果は惨憺たるものでした。

鳩ヶ谷の市街地の発展のためには西友と競いながら活気を出して欲しいのですが・・・。

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2010/03/17

ノロウイルス対策

ノロウイルスが流行していると、自分の通うデイケアでも注意喚起されました。「手洗い・うがいが大事です」とのこと。インフルエンザ予防と同様だなと思っていました。

日記もそうなのですが、リンクされているブログのなかに閉鎖されているものがあるので整理をかねて訪問してみたところ、以前お会いしたこともある慶応大学医学部の加藤眞三先生が管理しておられる医師のブログ集「MELIT」がまだいきていました。加藤先生のブログによると診察に訪れた感染性胃腸炎の患者6人中5人が「かき」を食べていた、しかも前日ではなく前々日だった、3人は生ではなくカキフライで食べていたとの記載があります。

もちろん「かき」そのものが危ないわけではありません。自分もかきは大好きです(お値段の関係で最近ご無沙汰ですが、年に何回かデイケアの食事ででることがあります)。いたずらに危険視するものではありませんが、よく加熱するのが大事なようです。詳しくは「メリット 加藤眞三先生」をご覧ください。

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川口市の障害者就労支援施設

自分が登録した川口市のNPO法人が運営する就労支援施設は、実は7つあるうちのひとつでした。川口市には7つもの障害者就労支援センターがあり、それぞれが専門の職員を配置して相談の受付、障碍に応じた施設の紹介など様々な事業を展開しています。これらは川口市が直接運営しているわけではないところがミソで、NPOだからこその人脈、経験、きめ細やかな支援スキルをもっています。

7つの施設名をご紹介します。この手のお悩みやご相談のある方はぜひ直接各施設へお問い合わせになることをお勧めします。施設によって三障害(身体、知的、精神)すべてに対応しているところとそうでないところがあります。

障害者支援センター わかゆり
川口市障害者地域生活支援センター しらゆり
精神障害者地域生活支援センター ハートフル川口
精神障害者地域生活支援センター グリーンハウス
川口・鳩ヶ谷障害者支援センター みぬま
川口市 青木障害者生活支援センター
川口市障害者地域生活支援センター ねこのて

確認はしていませんが、すべて鳩ヶ谷市民でも利用できるようです。それどころか蕨・戸田・さいたま・草加の各市民でも受け入れ・相談可能な施設があります。ぜひ電話帳(ネットでも検索できますし、iタウンページなんてのもあります)等で調べてみてください。今日は施設が7つあることしか分からなかったので、とりあえずの情報です。

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前川口市長の講演会

前川口市長の講演会
前の川口市長永瀬氏の講演会が鳩ヶ谷であります。川口市長だった方が、「我が町川口・鳩ヶ谷」と両市の事をあわせた視点から講演する、しかも鳩ヶ谷でやるという事に深い意義を感じます。

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桜ほころぶ

桜ほころぶ
川口駅東口キュポラ前広場の桜です。

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2010/03/16

心に響く時期がいつかくる

先日記事に書いたうつ病発症からの日記30冊もちょっとだけ読み始めました。いっぺんに読むのは体調にも悪いし、お礼の気持ちと報告をあちらこちらに送るのと、大幅に減らした自己研鑽とを、就労支援プログラムに支障をきたさない範囲でバランスをとりながらやることにしました。

8年前の当時の主治医とのやりとり、カウンセラーとのやりとりを読みました。自分がぶち壊れた当時の家庭環境と仕事環境のすさまじさをあらためて感じました。1年前だと、読んだだけで具合が悪くなりそうなことも書いてありましたが、もう、ほんとうに大丈夫なようです。うつ病になってしまった自分だけれども、もともとストレス耐性が弱い訳ではなく、強すぎて程よく壊れることが出来なかったようです。

8年前の友人の電話でのアドバイスも要約して書いてありました。「書いた」ということは「大事なこと」だと思ったからであるはずですが、ほんとうに響いたのは今回読み直して初めてでした。

うつ病に限らず、人生をすごす上で大事なアドバイスを受けるチャンスが多かった自分はほんとうに恵まれていますが、それが単なる「理解」ではなく「心に響く」「納得出来る」ようになるには時間が必要なようです。いつか分かる時が来るのでしょう。仮に自分が何か小さなアドバイスをするような時も、それがすとんと相手に納得されるなどとは思わないことにしました。最近気づくことの「なんと当たり前なことか」と、今さらの無知、至らなさを恥じ入るばかりです。しかしきちんとプロセスを踏んで自尊心を育てることが出来ましたので、それで落ち込むことなく、「これから分かればいいや」と割り切ることにします。所詮その程度の自分。しかし、それが分かる自分。うつ病やアダルトチルドレンからの卒業とはそういうもののようです。

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やまない雨はない

我が家にテレビもテレパソもワンセグ携帯もないので見ることは出来ませんが、ここ数年ずっとライブで音楽を楽しませてもらってきた air plantsの楽曲がとうとうテレビドラマで採用されたのだそうです。テレビ朝日で3月6日放送されたドラマスペシャル「やまない雨はない」で、CDに入っている曲を含め10曲以上が使われているとか。聞きたいなあ・・・。テレビドラマならそのうちDVDになるでしょう。スペシャルだから、要望が多くないと無理かな。

やまない雨はない・・・今の自分には少々意味深なタイトルですね。お天気キャスター倉嶋厚氏の実話エッセイのドラマ化だそうです。

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2010/03/13

まず手紙から12年をたどる

昨日の1000円札の重さの余韻は、日ごとに増すようです。今日は今まで特にお世話になった方々へ、お礼の手紙を書くために、レターケースに眠っていたかなりの数の手紙や年賀状などを読み返しながら整理する作業に一日を使いました。ただし頭を使う作業なので途中風呂場の大掃除を1時間ほどやって運動し(ジムなんか行くよりよほど健康にいいですよ)、最近mixiで偶然出会ったお茶の専門店で買った紅茶をゆっくりと味わいながら飲みました。このお茶屋さんのことは後日書きたいと思いますが、自分がこの12年の歩みの中で出会った本物のお茶(日本茶なら八女茶の、特に山間の星野村や黒木町産のものが日本一です。紅茶は自分が行ったインドのシッキム地方のお茶が世界最高級です。本物のダージリンティのさらに上を行く幻のお茶の産地が自分の行ったインド・シッキムだったのです。日本では今回自分が買ったお茶の専門店でなければ、買えないだろうとのこと。その専門店でも現在品切れ中だそうです)のことを考えながら、このお茶専門店との出会いも因果を感じ、お茶をこれからの趣味にしようと思いました。おいしいお茶のいれ方にはこつがあり実に深い世界です。別に茶道のように型から入らなくとも、本気でおいしいお茶を味わおうと思ったら本気でお茶に向き合う必要があるのです。

いただいた手紙の中で、今でも大事にとってあるものにはそれぞれ大きな意味合いのあるものが多かったです。その中から分かってきたこととして、うつ病発症から「親の面倒なんか見なくてもいい、自分の幸せをみつけていいんだよ。むしろ自分自身をもっと大事にしなさい。あなたがあなたの人生の主役なのですよ」というカウンセラーからのメッセージが、本当に自分自身に響き始め、人に甘えるということをやりだすまでに4年かかっています。ヒプノセラピーや様々なカウンセリングをうけ、当時の主治医からも貴重な習慣付け(克明な日記をつけること)をもらっていましたが、結果として当時の知人から紹介された岩手県のカウンセラーと話す中で納得がいったようです。ただ、4年の時間があったからこそ、このカウンセラーとの話が意味をもったようです。言われていたことはほとんど従来のカウンセラーさんと同様なのです。

それから今に至るまで自分をよく理解し、「この年齢でありながら」いい意味で甘えさせてくれたのは主に母方の叔母でした。次に母方の実家を継いだ叔父でした。この2人がいなかったらおそらく自分は命を絶っていたでしょう。

次の4年をへて「べてるの家」と出会います。べてるとの出会いがいかに大きかったかは4年くらい前の「社会復帰ではなく社会進出をする」という宣言で、このブログからも読み取ることが出来ます。ブログというものを教えてくれたのは学生時代から関わったパフォーマンス集団「電気曲馬団」で一時期一緒にすごした方で、このかたは就職後やはりうつ病を患ってしまいましたが自分ほど重症ではなく、職場を退職せず休職して若干リバウンドしながらも今はかなり順調に歩みを進めておられるようです。このかたは今でも細々とブログを続けておられます。様々な事情でブログを閉じてしまう方が多い中で、細々とでも続けてくださっているおかげで過去記事を読むことが出来ます。その中にはいろいろと参考になることが書かれています。ブログやホームページを開かれている方には、ぜひなんとか痕跡も消してしまうのではなく、細々とでも続けていただければ・・・と思います。

「べてる」との出会いがきっかけで徹底的に割り切り、いっさいの仕事をやめ精神障害者手帳を取得し障害年金も申請して障碍者としてデイケアに通う生活に切り替えました。かなり吟味をして通うのに1時間ほどかかるデイケアを選びましたが、これは正解でした。最初はプログラムに参加するどころか、場の人数の多さだけで疲れてしまうほどで、試行錯誤と相談の結果、通常のプログラムが終わってから夕食まで食べて帰るナイトケアの時間だけの通所に切り替えました。柔軟な対応のおかげでひきこもらずに出かける場所が出来たことは大変幸運なことでした。そして一時の入院先だった大学病院の主治医が異動のため、デイケアの患者の診察にあたっている今の主治医になったのが2年ほど前。この時点で一点の光のようなものがさし始めたようです。それから少しずつ薬も減らしリズムを調整することを主眼に日々を過ごしてきました。インドや韓国へホームステイに行くことをやめさせなかった病院やデイケアの主治医の方々の慧眼はするどかった、そのことが復活への大きなモチベーションとなりました。

昨日の重い重い1000円札1枚は、一点の光だったものがはっきりとトンネルの出口として認識できるほど明るくなってきたことを示します。

しかし、大切な友人知人たちの教訓は、まだまだそう簡単には事が運ばず、まだ何度か転ぶこともあるだろうということを示唆しています。ただ、転んでも今の回復プロセスから外れることはなく、衝撃も自分でクッションを作って吸収できるようになるはずです。

12年もうつ病をわずらい、会社も辞め、ついには仕事も辞め、障碍者となる中でたくさんの人が自分から離れていきました。しかし、頻度は少なくとも大事な時には援助をかって出てくれる方がいました。そのうちのお一人が年明けに「本を出版された」ということでご紹介した古沢保さんでした。高校時代趣味の同人誌を作る同士として知り合った古沢さんの文章は、ほんとうに当時からファンが多かったのです。電気曲馬団時代はお客さんとして何度も足を運んでくださいました。ご自身は一時就職されたようですが、縁で書き物をするようになり、連載をもたれていましたし、キオスクで買える雑誌の記事を書かれたこともあります。新しい出会いもありました。その中にはご自身が障碍をかかえていたり、ご家族に重い精神疾患を抱えた方がおられるケースもありました。「なんちゃんだから話すね」という方が何人もおられたのです。

電気曲馬団のつながりが野口体操、パイプオルガン、キリスト教会、とつながり、お世話になった教会の中で得た出会いもありました。この中にも良き理解者がいます。

とにかく書ききれないのですが、4年ごとに大きな転機があり、その度にがらがらと殻を破りながら過ごしてきたのだということが少し分かってきました。明日はお礼と報告の手紙を書く日にしようと思います。多分一ヶ月くらいはかかるでしょう。

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2010/03/12

腕がへし折れるほど重い1000円札

2月から正式に通っている就労支援センター併設の作業所。今週は若干波の幅が大きくなり、朝10時まで起きられなくてへこんだかと思えば、朝7時にするっと起きられて、調子に乗って我が家の大掃除の続きを始めてしまい、すぐに疲れがでて診察でそれを指摘されたりしましたが、そうはいっても正月あけに大きく変調して2〜3日でデイケアを休んだ以外はデイケアか就労支援センターへ、落とすことなく通うことができています。昨年「就労支援センターというものを利用してみよう」という話になったのが11月〜12月。それまでは考えることも出来なかった境地が開けつつあります。

先日制度のことを少し書きました。自分の通所先は時給ではなく工賃扱いで下請け作業の請負金が分配されるのです。作業に携わるのは週3日です。今日、思いがけなく先月分の工賃が支給されたのです。利用料負担額のほうが大きいので実質は持ち出しなのですが、たった1000円札一枚が給料袋の中に入っていました。「たった」と書きました。しかしこの1000円札を見た瞬間、先日の日記30冊と同様、今までの12年のうつ病の歩みがよみがえりました。この1000円札は12年の模索があって、さまざまに動いて出会いがあって、やっと運が味方して、それで出てきた1000円札です。ふけば飛ぶような薄い1000円札一枚が、自分には腕がへし折れるほど重い1000円札に感じられました。

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2010/03/08

合併協議会発足

鳩ヶ谷市の申し入れを川口市が受け入れる形で昨年12月、川口市と鳩ヶ谷市の合併協議会が発足しました。

岡村川口市長在任中は、再度合併が両市間で話題になることは無いのではないかと思っていました。しにょう処理施設問題からはじまり、地道に両市の課題を解きほぐしながら合併推進市民の会を立ち上げ、市民が望んでいるというカタチで申し入れ、協議会設置までこぎつけたのは木下市長の手腕なのではないかと自分は感じています。

いまや人の動きが広域化するとともに、地下鉄開通の影響やバス路線の設置の影響で川口市北部から東部にかけて、電話番号が基本的に28×(交換機が鳩ヶ谷)または29×(交換機が安行)のエリアは、鳩ヶ谷の公共施設が使えると便利になるケースが多いようになりました。もちろん鳩ヶ谷市民が川口市の施設料金(例えば駐輪場など)を割り増し無しに利用できるようになることはほとんど悲願と言っていいものでした。

2月に発行された合併協議会だよりは、前回の3市(当初は5市)合併構想時の協議会だよりとよく似ています。前回の反省を踏まえ今度はうまくいくよう切に願うばかりです。

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2010/03/07

一種の最先端治療

2日にも書きましたが、自分が今取り組んでいるのは自己研究です。自分自身を研究対象として、ワークシートに自分自身の状態を記入していきます。これは自分が通っているデイケアで昨年から取り組み始め、いまやほとんどの人がこのワークシートに自分自身の状態を記入し、それをもとに診察が行われています。記入するワークシートはデイケアで精神保健福祉士の資格も持つ看護師さんたちが作っています。目標を短期、中期、長期に分けて記入し、長期目標は生きること、日々の生活をこなしていくためのモチベーションとなります。そしてそれを実現させるためには現実的にどうしなければならないかを中期目標に、その中期目標をこなすため週~月単位で達成できる目標を短期目標として設定しています。薬はきちんと飲んだか、食事はきちんととったか、間食はしていないかなどを○×で記入したり、気分の度合い(ゆううつか気分良いか)を10段階で記入したりしている人もいます。言葉で書くことのできる人は言葉で調子を書き込んだりもしています。自分は他の人のものを参考に自分でアレンジしたものを使っています。毎週この形式を変化させていますが、シートを使って診察を受けることはもちろん同じです。

自分自身もそうなのですが、このシートを書くことで、多くの人が気分の上がり下がりや疲れの因果関係を自分でつかめて納得できるようになってきたのです。自分も疲れて思い通りにおきられない時、疲れの発作が出るとき、不安になる時、いつも「データ」を振り返り、自分で対処法を見つけています。そういうことができるようになりました。他の人も程度は様々ですが同様で、5年、10年とデイケアに通所しているばかりだった人たちが、作業所に出かけたり、自分のように就労支援センターを利用して就労を考えるまでになりました。そうやって自分のコントロールが自分で出来るようになって来た人たちは積極的に飲む薬を減らしています。もちろん医師との相談で決まることですが、医師も減らしてかまわない薬はどんどん減らしています。

これは「べてるの家」で「当事者研究」として行われていることとかなり似ています。ただし「べてる」では複数の人でサポートしあいながら自己研究を「言葉」におきかえていきます。だから当事者研究の本(医学書院)まで作れるようになりました。自分の通っている病院のデイケアはそれとは違い、個人の特徴に応じて表形式のワークシートにして、グラフのように一目瞭然にする、それをスタッフや主治医と検証しながら次のステップへすすむというところがちがいます。図や数字やグラフが多用されています。

現代社会はゴールの無い、常に知識能力をブラッシュアップしていかないとならない社会ですが、限度があります。すきま時間の使い方なんて本まであるけれど、普通の人がすきま時間まで何かしていたらすき間がすき間でなくなり、集中しなければならない時間まで散漫になるはずです。自分の器を自分で認識して「出来そうだけれどもあえてやらない」という判断を下さないとならないのです。「あえてやらない」ことがいかに難しいかは「とても難しい『できるけれどあえてやらない』」にも書きました。とくに自分のような人間は抱えすぎの傾向があります。この1~2年いかに「抱えない」ことをがんばったか!

ワークシートを使って自己研究することで、寂しさの原因も分かる、疲れの原因も分かる、つい食べてしまう原因(自分は間食しませんが、そういう人も多い)、つい飲んでしまう原因も分かる。自分で手を動かして毎日書くことで、自分自身で原因がつかめる、納得できるのは実に大きな効果があります。

所詮坑うつ薬が進歩しようと、風邪薬と同じように対処療法にしかなりません。(でも薬を飲むことは、症状を安定させるためには大事です。飲みすぎもいけませんが、適切な処方量の薬を飲むことは大事だと自分は考えます。サプリメントのほうが毒性が少ないという意見がありますが、本質的にはサプリメントも対処療法という意味で変わらないのです)。自分を知ること。そこからが本当の回復です。しかしこれには主治医やスタッフの側に時間と忍耐が必要です。「調子はどうですか?」だけ聞いて、薬を処方するだけの方が今の仕組みでは楽チンだし利益もあがります。「人材を社会へ還元するのが精神医療の役割でなければならない」、とデイケアの主任看護師さんは言っています。これは誰にでも言えるせりふではない。やはり自分は色々な意味で恵まれています。

このワークシートを使った自己認識法は、そのうち学会で報告されるそうです。ある意味最先端の精神科治療なのです。

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2010/03/04

八女のみかん

八女のみかん
昨日近所のスーパーでJAふくおか八女のみかんが並んでいて驚きました。これは立花町で作られているものだと思います。逆転発想のみかんです。

関東ではみかんといえば静岡・和歌山などの産地が名高く、福岡のみかんなんて「なんじゃそりゃ?」ってなかんじでしょう。しかもみかんはかなり気候変動の影響を受けやすく、自分が八女農協に勤めた年の数年前には相当の不作で、みかん農家の半数がみかん栽培をあきらめたと聞いています。そんな八女のみかんが関東のスーパーにどうどうとならぶとは・・・。そのための工夫があります。写真のとおり「くらだしみかん」、つまり主産地の出荷がほぼ終わった頃を見計らって出荷しているわけです。しかし、ことしみかんを食べてよくわかりましたが、みかんはとてもかびがはえやすい。だから以前は防カビ剤をつかっていたのですが、消費者の「安全」「安心」を求める傾向が強まり、防カビ剤は使えなくなりました。たからよくかびます。かびがはえるみかんでないと安心して買えないということでもあります。八女のみかんはかびないようにおそらく低温倉庫で保管したのち、よくみるとわかりますが、小さな無数の穴があいた袋に入れて通気をよくすることでかびをふせいで出荷されています。ネームバリューが無い代わりに、生産者の名前付で出荷され、しかも試食まで用意され、その試食のみかんにも生産者の名前が記されているのです。ここまでやっている産地はないだろう・・・。あの農協はほんとうにすごい!

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2010/03/02

波を小さくする=自分を知る

先々週末から、疲れがたまってきました。最初は一時的なものだと思って、週末休めばなんとかなるだろうと思っていたのですが、明らかに23日ころから起きるのが難しくなってきました。といっても、以前に較べたらまったく違います。8時台には食事を終えて掃除を始めるのです。今一番楽しいのが「掃除!」。だってやればやるほど、部屋はその分だけきれいになっていくのです。掃除と片付けは違います。片付けは「いる」「いらない」の判断を付けて必要ならあるべき場所を決めて収納し直す作業で、これは頭を使うし相当に骨が折れます。掃除と片付けを分離して掃除に集中しているのがいい結果を生んでいたと思います。それでも目覚めてから実際に起きられるまでのタイムラグが少しずつ長くなっていました。そこで23日にデイケアで主任看護師さんと面談の時間をもちました。

想定の3倍のスピードで改善している。それは明らかに早すぎる。今週は自分にもっとやさしくしないと大変なことになるということで合意。10時に起きられればいい、掃除もしなくていい、今チャレンジしている就労支援プログラムとデイケア・診察だけを外さないようにしようということになりました。その翌日からもっと起きられなくなりました。自分自身を研究対象としてワークシートにその日のだいたいの行動や起きた時間、就寝時間、頓服の抗不安薬や睡眠薬を使ったかどうか、その時間まで記録していたのが大変役に立ちました。事前に早すぎるスピードのせいで若干のリバウンドを起こしていることが自分自身で理解できました。自分に優しくすることにしました。

翌日の診察で、そのことを自分自身で兆候をつかみ対処できたということに大きな評価をもらいました。自分自身を知るということが本当に難しく、そこでつまずいている人が多いのだということを教えてもらいました。

就労支援プログラムでは内職のような軽作業をしています。もの作りと言っていえなくはありません。そこで、トヨタのかんばん方式を編み出した大野耐一氏のことを思い出してこのところ彼の言葉を読んだりしているのですが、「高性能の機械とはスピードが速いことではない、一時的にスピードが速くてもそれが維持できなければ意味がないが、一時的に出るスピードを機械の性能といっている人が実に多い」という趣旨のことを書いていました。これは自分自身も、つまり人間も全くその通りなのです。一時的にできても、それは高い能力とは言えないのです。むしろ自分自身の器が分かっていて、それ以上抱え込まない一線をもっていることが実に大事なのです。

2週間前にそのことに気づけたおかげで、リバウンドは最小限に収まっています。10時でいい、と自分を許していますが、なんだかんだ9時には起きている。疲労が激しい日もありますが、就労支援プログラムとデイケアの通所時間には遅れていません。プログラムも順調にこなしています。掃除も控えめにしていますが、少しずつでもできるところをやっていくことにしています。

「研究」という視点、徹底して観察して因果関係をつかむ作業、それを自分自身を対象にやっていることの意義は病気の回復以上の意味をもっているのかもしれません。体重は昨年の今頃から較べ10キロ以上落ちました。これも少しずつです。

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