« いまさら知る「谷根千」終刊 | トップページ | 日記30冊分のうつ病記録 »

2010/02/10

順調ということ

うつ病の回復において、「順調とは、こういうことか!」と思い始めています。

主治医の指示で寝る時間を早め23時に。それをさらに最近22時に繰り上げています。以前は繰り上げても目が冴えて眠れず、夜中にブログを書き出すのが関の山でした。睡眠薬は使っていますが、以前のようなすごい量(今だからそう思える)ではありません。

すると一年前には「コーヒーを飲むためのお湯が沸かせるかどうかが調子のバロメーター」だったのに、そうではなく、起きるとまずお湯を沸かし、朝食のコーンフレークに牛乳をいれて電子レンジで暖めているあいだに沸いたお湯でコーヒーをつくり、コーンフレークと一緒に朝食にします。食べ終わるまで30分。ここから布団を干し、洗濯機をまわし、一回目の掃除機がけ。様々な片付けをして気分が良ければガスレンジや換気扇、冷蔵庫、風呂場の湯垢とりにいたるまで大掃除的なものをしながら脱水の終わった洗濯物を干し、片付けの後のゴミを再度掃除機がけしてきれいにしてから昼食の支度をするかデイケアにいくのです。昼食後週3日は就労支援センターへでかけ、作業所の人々と軽作業、掃除で15時まで、デイケアならプログラムと掃除で15時まで。プログラムも10月までなら診察だけで疲れ果ててなかなか参加できなかったのが、落とすことなくすべて参加できています。15時以降はデイケアでは夕方のプログラムの時間以外は読書(主に英語雑誌TIME)、自宅でも一息ついてから読書に集中して17時半になると夕食の支度をしてごはんを食べるのです。デイケアの場合支度がない代わりに夕方のラッシュにまみれて帰宅するのに1時間かかります。

今までならば18時からが活動時間で特にブログ書き、メール書きにエネルギーを使っていました。ヒポを始めてからはヒッポにエネルギーを使っていました。これらは「こなくても、やらなくても問題は起きない」活動で、体調が悪ければドタキャンをしていました。8年前の日記が出てきて読んだら、派遣の仕事が最長でも2ヶ月しか持たない頃で、やはり本質的には同じような生活でした。出来るときは人並み以上に出来るときもあるけれど、すぐに電池切れ、波が激しくあてには出来ない。昨年まではそういうときの体調がいい時に出来ることが増えることが「順調」なことだと考えていました。

しかし順調な回復軌道にのった(らしい)今だから言えるのは、「体調がいい時」にいくら出来てもダメだということでした。人の信頼を勝ち得ることは出来ない。悔しいけれど病人は病人でした。大相撲で横綱がけがをして長期休場しているとき、周囲のプレッシャーに負けて万全でないのに場所に出て連敗すれば引退でしょう。うつ病患者も同様で、一時的に就労しても長続きしなければ元の木阿弥、それどころか仕事が長続きしない理由を突っ込まれて、面接を受けてもだんだんヒットしなくなってきます。回ってくる仕事も下働き的でどんどん質が悪くなり、そういう場所ではうつ病への理解も薄いケースがほとんどなのでどんどん悪循環に追い込まれていきます。相当のものを犠牲にしてでもきちんと休まないとダメだと思います。

屈辱的なことですが、一度リングを降りたらまた1から信頼を築くしかありません。人と人との信頼関係の中でしか人は評価されないからです。評価と信頼関係がなければ自力で生活費を稼ぐことは無理です。

障がいや病気の種類によっては一生それを背負わなければならないこともありますが、うつ病は違います。違うんだー、と分かってきました。もう一度昔たっていたのと同じリングにたつことが出来るかもしれません。もちろん1からやり直しですが、やり直しの中にも可能性があります。

但し、もう二度と同じ仕事はしないでしょう。長いうつ病生活のなかで、社会復帰は社会進出のためのステップに変わりました。体に無理な負荷をかけないためにも自分には社会進出が必須です。

社会復帰ではいけない理由。自分にとっての「社会復帰」という言葉は、組織に戻ることと同じ意味をもっています。組織の中には政治力学があり、それをクリアしていくのは相当のエネルギーを要するからです。自分が10年間の会社つとめの中で本来的な仕事以外にエネルギーを使わざるを得なかった企業の政治力学に関して、書けたら近日書きます。

|

« いまさら知る「谷根千」終刊 | トップページ | 日記30冊分のうつ病記録 »

うつ病」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« いまさら知る「谷根千」終刊 | トップページ | 日記30冊分のうつ病記録 »