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2009/11/09

こんなところに父の記憶

先週の金曜日、消化器内科の診察があって午前中から出かけました。家を出るのが遅くなって診察は13時頃になってしまいました。が、消化器内科の先生は予約が時間でなく日にちだけなので、なんとか午前中の受付に間に合えばセーフ。総合病院なので早く出かけても遅く出かけても2時間は待たされます。

遅かったせいか、その日の診察の終わりに近かったようです。いつもは2時間待っても診察5分(自分の場合その都度血液検査をして内蔵脂肪の数値を確認し、薬を処方するだけなので5分でもまあ問題ないのです)ですが、この日は先生もリラックスしていて、最近の体調全般の話をしました。「インドまで行くなんてすごかったし、無事に帰ってくれば御の字だと思っていたら、それから自信がついてどんどんよくなってきたよね」などと言ってくれました。結構長い間自分を診ている先生です。初めて受診したのは精神科の受診先がその病院に変わった時でした。うつ病を発症してから食事量がそれほど減らないのに運動量が極端に減ったことと坑うつ薬の副作用が原因で内臓脂肪の値が異常(きわめて)値だったのです。

「君が最初に来たときのことを覚えているよ。あの時は君のお父さんが付き添ってきていたよね」

はっとしました。そうでした。あの時、父は息子の病気をなんとか治したい一念で様々な病院をリサーチして、結果決めたのがそこの病院だったのです。ですから内科へも付き添ってきていました。もちろん母もいました。彼らは長年の家庭環境の悪さが息子の病気の根っこにあることを、そのまえにかかっていたクリニックできちんと説明されてかなり認識できていました。自分たちのせいで息子をこんな病気に追いやってしまったという罪悪感を持っていました。ですからそのときの態度が内科の先生にも深い印象をもって捉えられていたのだと思います。両親共に深い悲しみと後悔の念をもって病院に付き添ってきていました。でも当時二人ともしゃきっとしていました。

7月に逝った父の記憶が、思いがけない人の心の中に残っていました。

以前も書いたように両親を恨む気持ちは全くありませんし、おかげでなんとか生き延びているわけですが、でも直接接することは困難が伴います。今日も主治医の指示で、先週母から送られてきた防寒着を処分しました。それは父の遺品で、父のにおいがしました。

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