« 女性・子ども・障害者に群がる天下り官僚 | トップページ | でも、やはり、だから、インド »

2009/11/30

サンコンさんの話を聞いて

11月28日のNHKラジオ第一「どよう楽市」のゲストとして、アフリカのギニア出身でタレントのオスマン・ユーラ・サンコンさんが出演していました。たまたま体調が悪いままラジオをつけっぱなしにしていて聞きました。自分が若い頃、テレビのバラエティ番組などで人気者だったサンコンさんですが、1949年の生まれだそうです。還暦なんですね。

最近日本の高齢者介護施設などをみて「こういう施設がギニアにも必要になる」と思っているそうです。ギニアには日本の「厚生省」(厚生労働省)にあたるような分野が政府にないのでそれを作って大臣になるかもしれないとのことでした。

サンコンさんは、日本ではバラエティ番組などで愛嬌をふりまいたりしていた時期もありますが、あの当時から日本にきていたというのは、相当出自もよくインテリなのだと思います。国を変えていくような人は本来こういう人なのだ、としみじみ思いました。

数日前に書いた天下り官僚の記事の中で「自分の考えることはもっとミクロなことだ」と書きましたが、それをもっと強く感じました。もちろん自分が政治家になったりする気は毛頭なかったのですが、インドでroom to readの物語を読んで、「ほんのわずかでも現地に入ってこういう活動ができたらいいな」と思ってこの数年すごしてきました。しかし来年またインドへ行こうと思っていろいろと情報を集める中で、「インド 解き放たれた賢い象」という本(インドの歴史から今の経済に至るまでがコンパクトに網羅されています)やその他の本、mixi のいくつかのコミュニティから得られる情報や関連するサイトなどから、総合してはっきり見えてきたのは、インドは階級社会だということです。憲法上は廃止されたカーストという身分制度が色濃く残っていることなど、頭では分かっていても、自分の日常の中に目に見えてはっきりとした階級制度というものがないので、きちんと理解することができないでいた部分がありました。インドでは英語が話せるかどうかが歴然とした身分の差となって現れます。自分のホームステイ先でも、ホストのお子さんは英語で教育する学校、下働きをしている子は地元のネパール語で教育する学校へ通っていました。下働きといっても学校へ通えていて、しかもネパール語(自分にはヒンディ語とネパール語の文字の区別すらつきません、よく似ていますが、向こうからすれば中国語の漢字と日本語の漢字とどうちがうのか分からないようなものでしょうか)の新聞までよめるのですから、インドのいわゆる貧しい人たちからみればずいぶんと恵まれているのですが、英語が教えられることは無いのです。それは出自が違うからです。

もっといろいろな現実があるのですが、さらに長くなるのでとりあえずこのくらいにしておきます。要はうつ病で精神科デイケアに通っているような人間が、日本でくだらない外国語学校に在籍しているネイティブ英語スピーカーのように、日本語を教えてお気楽に暮らせるような場所ではないです。自分の生活すらなんとかならないのに人の援助ができるわけないじゃありませんか。

いまさらこんなことを書いていること自体、自分の鈍くささを恥じ入るばかりです。

|

« 女性・子ども・障害者に群がる天下り官僚 | トップページ | でも、やはり、だから、インド »

インド」カテゴリの記事

旅行・地域」カテゴリの記事

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 女性・子ども・障害者に群がる天下り官僚 | トップページ | でも、やはり、だから、インド »