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2008/08/21

エール

今日も引用から。但し、今日は翻訳のさらにまたびきなので正確ではないかもしれません。言わんとすることは伝わると思います。日記帳に書き抜いておいたもので、どこから引き抜いたのかメモし忘れていました。多分日経新聞だと思います。

ジャン・ジャック・ルソーの「エミール」から。

自然のままでは、人間はほとんど考えない。考えることは、ほかのすべての技術と同じように、人間が学んで身につける技術で、しかも学ぶのにいっそう骨が折れることだ。わたしは、男女いずれに対しても本当に区別されるべき階級は二つしか認めない。一つは考える人の階級で、もう一つは考えない人の階級だが、この違いが生ずるのはもっぱら教育によるものといってよい。

日本に考える能力のない人間が多いのは考える教育がなされないからだと言い切ってよいのではないでしょうか。確かに九九の暗算のように、最初のデータベースを暗記で頭の中に作っていくことは重要だと思いますし、そのことで日本の教育が成果を上げた時代もあるのです。しかし、今は完全に逆効果となっているようです。学ぶことに心が入っていない。学ぶことに意味を感じていない子どもたち、あるいは大人がとても多い。知識と言うのは選別の為にあるという以上の意義を感じていないようです。しかし、人間社会を生き抜く上で「考えること」はきわめて重要な能力です。長い間うつ病や引きこもりを経験した人は、自分というものの存在について考えすぎと言うくらい考えていると思うのです。自分とは何者か、自分で自分自身に価値を見出していくことはとてもつらくて厳しい「修行」だと思います。だからこそそこをくぐりぬけてきた人は強い。ヒッポで1年間留学してきた子どもたちが精神的にとても強いのは、違う文化の違う家族の中で暮らすから。ずっと同じ家族の中で過ごしていると家族の価値観が唯一無二の価値観になってしまいます。家族の中にきちんとした価値観が育っていない場合、子どもは厳しい環境におかれると見て間違いないでしょう。ACはそういう意味で大変だと思う。違う価値観を知ることで考える素地が生まれるのだと思います。そして自分自身は親のものでもなんでもない、唯一無二の自分だと認識できるのではないかと思います。

考えることは自分で自分を変えていける能力でもあります。そして変化していく能力でもあります。自分の座右の銘を何度でも言いますが、古き泉は新しき水なのです。つまり存在し続ける為には常に新しく自分を変えていかなければならない。滞留したらそこで終わりです。

自分の限界というのは自分で作っていることが多い。自分はそのことを高校時代の恩師に教えてもらいました。何度も同じことを指摘してもらって気がつきました。自分にはたいそう大きなのりしろがあるということ、それを生かすも殺すも自分しだいだと言うこと。

自分で自分を変えていく能力のある人は常に自分自身の現在能力に不満を持っていて、それを克服する為に研鑽し続けることでしょう。自分を鍛え続けられる人が自分はとても好きだし感動させられます。オリンピック(自分はあまり見聞きしていないのですが)に出るような人たちは、限界というものは自分でつくってしまうものだとわかっていて常に研鑽しつづけているのだとおもいます(もちろん肉体的な限界と言うのもあるでしょう)。

がんばらなくてもいいのです。でも動き続けることが重要です。旅立つ人へエールをこめて。

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コメント

 こんばんは。またまた本を紹介させてください。「一押し」や「お勧め」という言葉では言い表せない位、大事な本です。池田晶子さんの「14歳の君へ」と「14歳からの哲学(副題:考えるための教科書)」です。「思う」のでなく「正しいことを考える」事の重要性を教えてくれます。子供でも読めるよう、簡単に書かれていますので、大人子供問わず一生に一度は皆に読んでもらいたい本です。

投稿: メリッサ | 2008/08/21 23:38

○メリッサさん

メリッサさんは「これは外せない」というような大事な本をいろいろご存知なのですね。これはそれ以外の本もたくさん読んでおられたなかからチョイスされているのだと思います。

ぜひ自分も手に入れて一読したいと思います。(ただ今月はだいぶ金欠なので来月ですね)

投稿: なんちゃん | 2008/08/24 22:37

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