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2008/06/07

医者では限界

昨晩、何年も前の2チャンネルのスレッドでメンタルヘルスにまつわるものを読みました。良心的に書き込んでいる人からひやかしまで様々な書き込みを読む中で思ったことがあります。

アル中が世代間連鎖することはべてるの家の本の中にも出てきます。アル中の親の世話を子どもの頃からし続け、アダルトチルドレンとなり傷ついた心を紛らわすために自分自身が酒におぼれていく図です。2チャンネルの書き込みを読むと、それに近い状態で医師による治療以前に自分自身の存在が親からも周囲からも全く認められず、医者に自分の存在確認を請うているような人が何人も見受けられます。こういう人は限られた時間で何人もの診察をしていかなければならない病医院では対応に限界があります。結果満たされない気持ちを抱えながら何軒ものクリニックなどをはしごしてしまうのです。

こういう患者さんがちまたにあふれているようです。大変難しい問題です。このような人は一生をかけて自己評価を高めていく必要があって、まさに「べてるの家」のような空間で当事者同士ぶつかり合い助け合いながら自分自身の存在価値を自分自身で認めていかなければなりません。少なくても数万人はいるであろうこうした人々を社会がどううけとめるか、は顕在化していませんが極めて重要な社会問題であると感じます。自分はこういう人たちに「苦しくて苦しくて仕方ないだろうけれども、どうか生き抜いて欲しい。あなたの一生をかけて自分自身を認められるようになることがあなたがうまれながらに背負った課題なのだ」と思うのです。これは決して宗教的な命題ではありません。が宗教を手段として使うことはありだと思います。

自分のような人間は心の痛みに敏感ですから、そういう人と出会うと「何とかしてあげたい」という感情が先走ります。今までの経験から言うと自分のようなもののアドバイスで、あとは自分で運命を変えていける人もいますが、逆に際限なく関わらざるを得なくなって慌てて退散するケースもあります。あえて自分の方から関わらなくてもそうなのですから、ネットの世界などでよく見受けられるような、他人を助けることで自己肯定感を得ようとするような人は袋小路に突き進むことも多いと想像します。大事なのは自己肯定感を自分自身でもてるようになることです。せめてカウンセリングが保険適用になればかなり違ってくるのにと思いますが、現状の医療、介護、教育をはじめとする人間ケアの分野にはお金が回らないどころか年々削減されていて、やりきれない気持ちがします。

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