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2008/04/10

すねかじりの時代

リンク: 既婚者の6割が「すねかじり」を告白 - 速報 ニュース:@nifty.

これを読んで、「うーむ」と腕組み。既婚者が6割なら未婚者はもっとだろうと思いました。東京学芸大の山田昌弘氏が「パラサイトシングル」という言葉を生み出してから10年近く経つでしょう。「パラサイトシングル」というのは結婚適齢期を過ぎても結婚せずに親の自宅に住んで(パラサイト)、自分の給料のほとんどを自分のお金として使っている人のこと。山田氏がこの言葉を使い出した頃、山田氏は20代後半から30代のひとを想定していたと思いますが、その人たちの半数はそのまま10年分年をとっていると思うのです。つまりパラサイトシングルも40代、いやいや50代突入かとおもわれます。自分だって同居は病状に悪影響を与えるために別居しているだけでパラサイトしている実態は同じといわれても反論できません。

今や多くの人が結婚して家族を持っても、自分たちの両親の経済的援助をもらっています。両親がいかに経済的に恵まれているかが子どもの営む家庭の質に影響しているのです。自分のことを言えば、母親は専業主婦だったので父親頼みですが、父の働いていた会社は厚生年金基金をもつ大きな会社だったので、基礎年金に厚生年金が加算され(実質。表現的には厚生年金はあくまで厚生年金かな?)さらに基金の上乗せ年金が支給されています。さらに父は70過ぎまで働いていて、年金支給年齢繰り下げ年代の直前だった様な気がします。自分が活動的にいられるのは、ある意味こうした背景があるからです。自分の独立用資金はキープしながらこれだけ将来に向けて動いていけるのですから本当に恵まれていると思います。もちろん病気なのだから親に頼るのも仕方がない側面はありますが。

山田昌弘氏は2004年に出版した本で「希望格差社会」という言葉を使い出しました。本当の格差は金銭ではなく将来に希望を持てるか否かにあると喝破した本です。昨日用事があってとあるキリスト教会に出かけたのですが、牧師さんがいうに生きていくのに大事なものは1番が希望、2番が愛、3番が将来を見る目だそうです。こんなことを教会で言われても3つとももつことが出来ない日本人があふれかえっている中では救いにならないですね。

インドで小学校の図書館に本を贈る活動をしたい、そのためにインドで日本語教師になる・・・という希望や将来を手にする事ができた自分は、病気のおかげで格差の間をさまよう事ができている幸せものかも知れません。少なくとも今は。

それにしても自分らの親の時代と現代の社会的基礎条件の違う事には目まいがする程です。今の日本の首相の年齢で、これだけ国民の社会的基礎条件が違う事が理解できるでしょうか?考えちゃいますね。

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コメント

最近一杯書いてるね!
牧師さんのお話の件ですけどなんちゃん用に噛み砕いてくれたのかな?

聖書原文
今あるものは、信仰と希望と愛の三つである、その内でもっとも偉大なものは愛である(コリント人への前の手紙第13章13節:カトリック・F・バルバロ訳)

このように、いつまでも存続するものは、信仰と希望と愛と、この三つである。そのうちで最も大いなるものは、愛である。(同コリント人への第一の手紙:日本聖書協会1955訳)

それゆえ、信仰と、希望と、愛、この三つは、いつまでも残る。その中で最も大いなるものは、愛である。(同コリントの信徒への手紙一:新共同訳)

げに信仰と望みと愛と、此の三(み)つの者は限りなく存らん、しかして其のうち最も大なるは愛なり。(同コリント前書:文語訳)<音読するのにはこれが一番好き>
はい、おせっかいのバウですた~

投稿: ばう | 2008/04/11 08:40

○ばうさん

牧師さんは hopeとloveとlook forward to futureというように英語でおっしゃいました。ルーテル教会なのでルターの話もいろいろと出てきました。

投稿: なんちゃん | 2008/04/12 22:02

「我ここに立つ"Here I Stand"」マルティン・ルターの生涯
ローランド・ベイントン著
青山一浪、岸千年 訳1954年発行1981年5版
聖文舎

投稿: ばう | 2008/04/13 07:19

○ばうさん

すごいですね。書物の名前がバンバン出てくるのには敬服します。
鳩ヶ谷福音自由教会からお手紙が来まして、特にエホバに気をつけましょう、という内容がありました。あれは家庭の主婦をターゲットにしているらしいですね。心に隙間があるとふらふら~と行っちゃうんだろうな、と思いました。

投稿: なんちゃん | 2008/04/15 01:52

実は妹がカトリシャンでして、昔、東小金井だったかな、すんでた時、えほばのおねえさんが来て、面白そうなんで上がらせて話したんですって。もちろんカトリックですと始めに言っといたそうですが。クリスチャンだろうが何だろうがものすご聖書の知識と論理で説得するんですって。ま、宣教に燃えてらっしゃるんでしょうねえ、ほら、一時の創価学会の灼伏(しゃっぷくの漢字忘れました)が問題視されたでしょ、最近は公明党というドレスが仕上がってきたんであまりめだちませんけどね。
あ、わたしもからかったことありますよ(ものすご不謹慎)。上がってもらって延々とお話を聞きました、暇だったもんで・・・で、ついでにとドイツ語の聖書を頼んだらあとから持ってきてくれまして、お金払ってさいならっていったら、怒り出した。あたしは販売員じゃありませんn!って。へへ、人の悪いばうでした。

投稿: ばう | 2008/04/15 08:03

○ばうさん
あがらせちゃうってのがすごいですね。自分もとあるお宅に上がって大変な目にあったことがありますが・・・。自分が一番嫌な思いをしたのは民青ですね。高校生の頃友人と平和の集いか何かに行ったらつかまって埼玉会館近くのアジトに監禁されました。嫌な思い出です。

投稿: なんちゃん | 2008/04/16 13:44

民青かあぁ・・・懐かしい響き・・・

なんちゃんでは、まずつかまりそうだな。失礼!

でも、あたしゃそういうのに引っかかったこと一度もないのでつまんないです。
こっちが寄ってっても、むこうが引いちゃうらしいんですよ・・・どしてだろ。そんなこわいおにいさんじゃなかったでしょ?

投稿: ばう | 2008/04/19 23:07

○ばうさん
そうですか、懐かしい響きなんだ~。最近は「科学的社会主義」なんていうわけの分からない思想の被害にあう人は少ないのかな?

いや、お優しいばうさんのことですから相手は勧誘する前に申し訳なくなってしまうのかも知れませんね。

投稿: なんちゃん | 2008/04/27 10:50

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