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2008/01/06

ブット元首相の投稿

パキスタン情勢の流動化を招いているブット元首相の暗殺ですが、亡くなる前にフィナンシャルタイムズ紙に寄稿した記事が公開されています。本来著作権上の問題があるはずですが、ネットではいずれ読めなくなってしまうこと、書かれている内容が国際情勢を考える上で示唆に富んでいることから、全文をここに引用掲載します。問題が発生した場合は消去する事があります。

(フィナンシャル・タイムズ 2007年10月21日初出 翻訳gooニュース) ベナジル・ブット (訳注・本稿は12月27日に自爆テロで殺害されたパキスタンのベナジル・ブット元首相が10月、フィナンシャル・タイムズに寄稿したものです。寄稿の2日前には、帰国直後のブット氏をねらった自爆テロが南部カラチであり、多数の死傷者が出たばかりでした)

パキスタンの過激主義者を倒すには、民主主義しかない。

私は自爆テロ犯の脅しに屈するために、これまで長いこと生きてきたのではない。パキスタンでは今、次の世代の国民の感じ方や考え方を誰がどう決めるかをめぐって、熾烈な戦いが繰り広げられている。この戦いは、民主国家としてのパキスタンの未来を決する戦いだ。

次世代のパキスタン人は、穏健主義か過激主義のいずれかを選ぶことになる。教育を選ぶか、文盲を選ぶか。独裁か、民主主義か。寛容か、差別主義か。そしてパキスタンは、平和か、あるいは戦争を選ぶのだ。私は今週、民主主義のための戦いの先頭に立つ目的で、パキスタンに戻った。そして今、多くの支援者たちの血が道を染め、私たちの服を染めている。その中で私は改めて、民主主義の価値観に忠誠を誓う。

過激派が私を敵視して恐れているのは承知している。1980年代にパキスタンを支配した過激主義の独裁者、ジア・ウル・ハック将軍はかつて言った。彼の人生最大の過ちは、機会がある内に私を殺さなかったことだと。

パキスタン国民の未来を決める戦いは、あらゆる町村、あらゆる街角で激しく繰り広げられている。カラチ空港に集まった群衆は、恫喝や危険にもかかわらず、距離をものともせずにあちこちからやってきてくれた。彼らこそ、真のパキスタンの顔なのだ。穏健中道なパキスタンの顔だ。

パキスタンがこれからどの方向に進むのか。それは年末に予定されている、公平で自由な選挙で決めるべきだ。過激派は、あらゆる血なまぐさい手段や道具を駆使して民主主義の道を攻撃し、妨害しようとするだろう。過激派は、人々の集会や表現の自由を妨害するために暴力を使い、私たちのこの国が民主主義へ移行する過程から人々をはじき出そうとするだろう。

私に対する攻撃は、単に私個人に向けられた攻撃ではない。それは、パキスタンに民主主義を望む全ての政治勢力に向けられた攻撃だった。パキスタンそのものを攻撃したのだ。全市民の人権と政治的権利を攻撃し、政治プロセスそのものを攻撃したのだ。

私をねらった自爆テロは、私たちの社会の全ての政党を威圧し、脅迫することを意図したものだ。市民社会に参加する全員への警告だった。

過激主義は、独裁の下でこそ栄える。穏健主義とか民主主義の下では、過激主義は力を失ってしまうと、彼らは分かっているのだ。なので連中は何としてでも、穏健主義と民主主義をつぶしにかかってくる。

カラチで先週、140人を殺害した人殺したちは、イスラムの教えの根幹にあるものを犯した。イスラムの法律は、非武装の民間人や無辜の人々をいわれなく攻撃すること、財産を破壊することは、ともに明確に禁じている。彼らのしたことは、「ヒラバ(社会に対する戦い)」に相当する。過激派は、飛行機をハイジャックすることはできるかもしれない。しかしイスラムの教えをのっとることはできないのだ。

民主主義は、軍閥たちが唱える過激主義の政治からパキスタンを救うことができる。過激派はそれが分かっている。だから、政治プロセスを攻撃し、司法当局に挑戦することで、パキスタンという国家をのっとろうとしているのだ。

しかし連中は、民主主義とよりよい未来を夢見る貧しいパキスタン国民の夢や希望を殺りくすることはできない。国際社会は、カラチで10月18日に起きたテロ攻撃を非難し、犠牲者の遺族と共に悲しみ、負傷者の早期回復を共に祈った。

私たちの思いと祈り、そして悼みは、命を投げ出した人たち、負傷した人たち、そして彼らの家族と共にある。彼らは民主主義と基本的人権のために究極の犠牲を払ったのだ。神が、永遠の平安の内に彼らの魂を憩わせて下さいますように。

犠牲になった勇敢なる市民たちのために築くべき最大の慰霊碑とは、確固として強く生命力にあふれ、中庸で民主的なパキスタンの成立なのだ。


<筆者は、パキスタン人民党の党首。1988年~1990年と1993年~1996年にかけてパキスタン首相を務めた。10月18日に帰国した直後、筆者を狙った自爆テロ攻撃があり、支援者130人以上が死亡、500人以上が負傷した>

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