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2008/01/01

おめでとうございます2008

昨年の記事を確認したら同じことが書いてありました。今年もスタートは四谷の聖イグナチオ教会でした。新年のミサへ行くのが恒例になりました。去年は求道者云々書いてありましたが、あまり意味づけをするのはやめようと思います。日本においてオーソドックスな教会はカトリック・プロテスタント・ルーテルを問わず国家権力とは無縁のところで慈善事業をしていて、それが結果的にセーフティネットがお粗末極まりない日本社会のなかではとても意義のあることになっているからです。クリスマスと言う大事な日に教会に行っていないので「ゆくゆくは信者になるかも」とか、「聖書を毎日1行で良いから読もう」などというようなことも志向しません。

1月1日はクリスマスから8日たってイエスが割礼の日を迎えたお祝いと言う意味もあるのですが、カトリック教会では1968年に当時の教皇パウロ6世が元日を「世界平和の日」とし前教皇ヨハネ・パウロ2世が引き継ぎました。現教皇のベネディクト16世は今年の年初メッセージでそれを強調しているように思えます。おそらく1月1日はかなり多くの宗教にとって一年の平和を願う祈りの日であるとおもいます。そこで宗教をまたいで平和を祈る日として重要な意義があるのではないかと神父様はおっしゃっていました。だから自分は自分がどの宗教に関わっているかに関わらず、ただ新年のミサにだけ参加する事もよしとしてくれるのではないか・・・と勝手に解釈します。くしくも1968年とは自分のうまれた年でもあります。

インドから帰って2週間、帰ってきたばかりの時には意識していなかったのですが、人間一人ひとりが祈りの対象を持っていると言う事はとても大事なことなのではないかと感じるようになりました。これについては追記か別記事で書こうと思います。

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コメント

おめでとうございますっ!
今年は平和でありますように・・・

投稿: ななしのごんべい | 2008/01/01 17:14

○ななしのごんべいさん

もう、このハンドルネームで通しますね(笑)。早い者勝ちだからいいやね。

少なくとも宗教者が一方では平和を唱えながら一方で争いに加担する(宗教とはもともとそういう性質を持っているのですが)のはやめて欲しいものです。

投稿: なんちゃん | 2008/01/02 18:24

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