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2007/11/29

インド 続き

インドと日本のつながりはいろいろなところにあります。一般の人が知らないような話もあります。

インドで指折りの財閥のひとつ、「タタ」財閥の旗揚げは日本とのつながりから始まりました。当時の海運業は西欧列強がほとんど支配していたのですが、タタ財閥の創始者と現在の日本郵船が共同でアジア航路を創設したのがタタの始まりだったのです。先だってタタの3代目が来日して週刊ダイヤモンドのインタビューに答えていましたが「当時は起業家精神旺盛だった日本だが今は守りに入っているのでは」と、ちょっと皮肉な見方を披瀝していました。

日本との関係と言えばもうひとつ痛烈な皮肉があります。日本企業は発注元がえらくて受注先は一段下という見方をします。自分が以前勤めていた流通の会社でも、経営理念では「お取引先とともに発展しよう」と言っていましたが、実際のところは下請けいじめをずいぶんやっていました。例えば改装売り尽くしを連発してその都度協賛金を求めたり、繁忙期に売り場応援を半ば当たり前のようにお願いしたりしていました。これらは独占禁止法違反で、実際有名な会社のいくつかが割りと最近続けざまに公正取引委員会から告発されています。本来は受けてくれるからこそ発注元の仕事が成り立つのです。ですからお互いに対等のパートナーのはずなのです。ところが日本企業は、世界的にはナンセンスな態度を海外の企業にもとるのです。インドのIT企業に対して仕事を依頼する際に相手を下請けと言う態度で扱うのです。ですから無理なスケジュールで発注内容を修正したりして顰蹙をかっています。日本の「下請け」と言う発想は日本人の働きすぎ(サービス残業)や、労働強化によるうつ病の発生と密接に結びついています。「下請け」発想をやめない限り日本は世界的に取り残されるのではと自分は心配しています。実際「日本企業とは取引したくない」というインドのIT企業がたくさんあるそうです。インドのIT産業は実にハイレベルです。アメリカのシリコンバレーでもインド人技術者が大活躍しています。

インドでは観光客が入るべきでない地域が2つあります。ひとつは有名なカシミール地方です。インドの西北にありパキスタンと領土争いをしています。インドとパキスタンの仲が悪く、お互いに核爆弾を作りあっているのは周知の通りです。最近は融和しつつあるようですが、いつまた戦争になるか分かりません。もうひとつは自分が行く地域のさらに東側、地図で見ると付け足しのように見えるアッサム地方です。付け足しのように見えるだけのことはあって、ここではインドからの分離独立運動が起こっています。ブータンとバングラディシュにはさまれた細い回廊の先にあるだけに、陸路の移動もなかなか大変な地域です。ですから他国の影響も受けやすいのだと思います。

インドで一番高い山は世界第3位の高峰、カンチェンジュンガです。この山はインド、ネパール、中国の国境に位置します。自分が行くシッキム州のガントクはこのカンチェンジュンガのふもとにあります。もともとはチベット族が住んでいた地域だそうで、1975年にインドの州として確定しました。ですから今でもチベットの影響は大きく、チベット学研究所などもあります。ネパールからの移民が多く、シッキム州になってからはインド各地から人が流れ込んでいるそうです。交通不便なイメージですが(なんていったって最寄空港から自家用車でも4時間かかるのです)、インド人の避暑地として有名でロープウエイまであるそうです。街そのものが坂になっていて、街中の移動はかなり体力を使うようです。

だいたいこんなところでしょうか。現地へ行ってこれらの書物や新聞からの知識とのギャップにどのくらいおどろかされるか、本当に楽しみです。

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