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2007/02/27

勉強になるお手伝い

町屋堂さんでお手伝いをさせていただくようになってから1年以上がたちました。町屋堂は実際の店舗は構えておらず、オンライン専門なので何しろ仕入れたものはどんどんサイトにアップしなければなりません。この入力作業が自分の仕事の主なものです。

今まで実にいろいろなものを入力してきました。が、特に多かったのは昨年しばらくかかりっきりだった雑誌「東京人」と映画パンフの入力です。入力する項目が中身にまでわたるので部分的にぱらぱらと読みながらの作業になりました。雑誌「東京人」については「ここまでやるか」というくらいの細かい内容まで入力しましたので、目録としても使えるほどです。この雑誌はうんちくの塊のような雑誌で本当に「へえ、そうだったんだ」と思うような話が沢山載っていました。

例えば岩渕町(今の地下鉄赤羽岩淵駅)まで都電が走っていたことは知っていたのですが、始発は三ノ輪橋だったこと。つまり今残っている都電荒川線の東半分はもともと岩渕町への系統が走っていたのです。そして荒川車庫を基点に飛鳥山方面へは別の系統の電車だったのです。最盛期の都電の路線は今の地下鉄よりもずっと複雑で乗りこなすのはなかなか大変そうです。この時代は東京と言う街の中心が今より東にありました。今の新宿歌舞伎町のような繁華街が当時は浅草だったわけです。だから三ノ輪橋と岩渕町を結ぶ路線というのはわりと自然だったわけです。今は街の重心が南西によってしまいましたから南北線は永田町や六本木と言った方面を結ぶわけですね。

建築にまつわる特集も多く、藤森照信氏などはレギュラーのように何号かおきに登場していました。藤森照信さんという方は日本の近代建築を語る上ではカリスマみたいな人でファンクラブもあるんだそうです。表参道ヒルズになってしまった旧同潤会アパート(他にも都内のあちこちにあったのですが)なんかもよく取り上げられていました。

銭湯ネタもたくさんありました。自分が最後に落語を人前でやった千住のタカラ湯なんかは知る人ぞ知る有名な銭湯だそうです。

また、映画パンフもとても面白いです。いくつかは気になってお駄賃代わりにいただいてしまいました。「ビヨンド・サイレンス」はドイツの映画なのですが、実際に聾者である(ここで聴覚障害ではなく聾者と書くのは、パンフレット中で米内山明宏さんがそう表現すべきだと書かれているからです)俳優さんが出演していてたくさんの賞をとった作品だそうです。自分は知らなかったのですが、いつかチャンスがあったら見てみたいと思いました。そのほかにも、「へぇー」と思うような作品がたくさんありました。

こういうチャンスを下さっている町屋堂さんには大変感謝しています。ぜひ一度サイトへお立ち寄りください。オンラインの古本屋 町屋堂

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