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2007/01/21

勉強法

最近気がついたことですが、自分の、特に小学校高学年から中学校にかけての勉強法は、人に教えまくることでした。「分からない」といってクラスの誰かが教科書とノートを持ってきたとき、それこそが相手のためにもなるけれど、一番は自分のためになっていたのでした。人に教えるという勉強法は大変優れていて、分かった気にならないのです。分かったつもりでわかっていないところは、人に教えることですぐ露呈します。それを克服して相手に教えなおすことが大変重要な意義を持っていました。自分は寄ってきてくれる人を拒否することはなかったので、いろんな人が聞きにきてくれました。なかには隣のクラスから問題を持ってきてくれる子もいました。こういう事柄はお互いにプラスに作用するので全く無駄がありません。小学校2年生で転校したため少々いじめにもあいましたが、これをやっていたおかげでいじめは自然消滅しました。5年生くらいになると昔自分をいじめていた子達まで勉強を聞きにくるようになりました。

勉強だけでなく都営バスの路線や郵便番号を友達とあてっこしていました。友人が「橋63」というと自分が「新橋駅~市ヶ谷経由大久保駅」と答えるわけです。これが英単語だったらどんなに良かったか。でもそのおかげでバスでの移動が今でも楽チンなのですけれど。

自分が塾へ行かずに大学まで行けてしまったのは、この勉強法があったからだと先週はっと気がついたのです。自分は高校では相当の落ちこぼれだったのですが、それは結局高校では教える相手がいなかったからでした。進学校に行ってしまったから仕方ないことです。一応何でも興味はあったのですが、人に教えないと復習ができない、復習しないから分からない、分からないから授業がつまらない、と悪循環に陥りました。今でも本棚の奥に高校の数学の教科書と問題集を一通り持っているのは、興味があったのにできなくて赤点を取った数学に対して、いつかリベンジをしてやろうという気持ちがあるからです。この年になってもまだその気持ちは衰えません。物理・化学だけはギブアップ。地理と地学はほとんど授業を聞かず、副教材や地図ばかり眺めていましたので、これも成績はそこそこでしたが、全く聞いていない割りにこの2つだけは良くできました。しかし、大学入試でこの2科目は虐待されていましたので、メリットもなかった。

自分の武器は国語だけでした。それも意識して勉強しなければならない古文・漢文はメタメタ。現代国語だけ、説明文も小説も比較的何とかついていけました。説明文は新聞が大好きで毎日読んでいたからですね。小説も読んでいましたからね。そして、(恥ずかしい過去ですが(笑))当時流行の同人誌なるものを作っていました。これも今のこのブログにつながる部分がありますが、いろいろ課題を取り上げて段組したなかに納めるということをやっていました。さかのぼると中学時代は日刊のクラス新聞(壁新聞)を作っていました。

当時こうして冷静に分析できていれば、年間授業時間の半分以上を寝て過ごすという無駄なことをしなかったでしょうに・・・。とほほ。

なんでこんなことに今さら気がついたかというと、今年の目標ということでフリースクールのことやべてるのことをいろいろな人に話しているなかで、話せば話すほどどんどん自分でも理解が深まるという経験をしているからです。気になるところがあってべてるの本を読み返したりすると、それまでにはつかみ取れていなかった部分まで分かってきて、涙が出てきたりするのです。話す・教えるというのは相手とも問題をシェアできるし、自分はさらにその問題を深めて理解できる、一石二鳥の役割があるのです。いまさら気がつくとはなぁ。もったいないことをしました。

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コメント

人に話すということは、自分がわからないと離せないし、話しているうちに考えもまとまってきますよね。私が以前、トラカレというちょっと変わったミニカレッジの学生だったとき、輪講というのをよくやりました。物理の大学で使うような本を読み、自分でわかったところをみんなの前で講義形式で発表していくんです。もちろん物理のプロは1人もいない状態で、みんな頭の中が「????」状態で本を読み、少しでもわかったところ、面白かったところを話していくうちに、みんなのわかったところが合わさって、なんとなくわかっていくのがおもしろかったですよ~。

投稿: べる | 2007/01/23 00:11

○べるさん
面白い勉強法ですね。引っかかるところ、わかるところが人によって違うということですね。

昔から日本の学校の勉強って詰め込み学習で、ゆとりの時間なんてもの作っても勉強方法そのものは変わりませんでしたね。あれは一人でマラソン走るようなつらさがありますよね。何人もの力で分からない事柄を読み解いていくというのは、お互いのいいところも分かって尊重できるし、間違いが少ないし、自分の中ではいい教育法だなと思いました。

投稿: なんちゃん | 2007/01/24 09:57

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