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2007年1月

2007/01/31

価値観の逆転現象

自分はごくごく最近まで、自分が卒業した高校のことをマイナスとして捉えることは全くありませんでした。まずあの高校に行ったから今の友人とつながることができたので、特に親方新井との出会いは人脈の広がりを伴いながら今に至るまで延々と自分を助ける杖となってきました。親方新井と出会うことがなかったら自分はこれほど演劇活動に足を突っ込むこともなかっただろうし、そうなればいわゆる普通の人生(いい会社に入って、会社勤めに専念して、何がしかの地位を得て)以外の人生は「転落」と捕らえていたと思います。

もうひとつ、自分は大学の選択を誤っています。自分の中で大学に行く意義を十分に吟味しないまま進学してしまいました。結果的に「本が読みたい」という、ほんとうにかすかな気持ちだけで文学部を選んだのですが、文学は自分が研究したいテーマではありませんでした。自分の「本が読みたい」は「いろいろな知識を得たい」と翻訳するのが正しく、「いろいろな知識」というのは主に社会科学に関することでした。たまたま自分の行った大学には民俗学を研究するフィールドがあって、自分はそこに直接関わりませんでしたが、柳田国男の「遠野物語」に代表される地域の民話とその民話の持つバックグラウンドと言うことにはとても興味があって、卒業してからですが実際に遠野へ行ったりしてみました。遠野へ行って分かったのは、遠野の民話に限らず地名などにもアイヌの痕跡が色濃く残っていると言うことでした。アイヌと言うと北海道のイメージがありますが、実は東北北部にもすんでいた時代があって、いわゆる私たち「倭人」によって北海道の奥地へ追い込まれていった歴史があるのです。

そのほかにも大学で期せずして得た知識は数々あるのですが、最初の1年は「やり直そう」と思って仮面浪人(なんて言葉、今もありますか)をしていました。しかしモチベーションに欠けていたのと、自分の勉強法がいわゆる受験勉強の勉強法とかけ離れていてその修正ができなかったため、翌年は受けた大学全部落ちてしまいました。結果「せっかくだから一度入った大学で何とかやっていこう」と考え直しそれから3年ですべての単位をとって(つまり1年次は取得単位0だったのです。こんなことが可能だったのは進級時の下限単位が本当に低かったと言う事情があります)まるで順当に進学卒業したような格好で社会に出ました。しかし頭の中はからっぽでした。

偏差値による輪切り教育の中で、自分が通った高校は志望した中で一番高い偏差値の高校でした。そして個性的な同級生、先輩、後輩に恵まれて、学校生活の中ではあの頃が一番幸せだったと思っていたのです。本当につい最近までのことです。

しかし、先日の記事に書いたように自分の得意な勉強法は「人に教えること」だったので、あの高校ではそれが通用しませんでした。それが今に至るまで禍根を残していることは先日書いたとおりです。もうひとつは男子校だったことです。自分は自分の高校生活に埋没していましたので、女生徒が居ないのが当たり前で3年間過ごしてしまいました。文化祭でよその女子高と交流を持ったりすることくらいが女性とのかかわりでした。

高校時代というのは子どもからおとなの男性・女性へ変化していく一番変化の激しい時期だと思います。男ばかりの生活で兄弟もいなかったので、男の子が男性に変わっていく過程は自分自身も含めてつぶさに観察できましたが、女の子が女性に変わっていく様子というのをほとんど観察できませんでした。中学時代には余り目立たなかった女の子が、高校に入ってびっくりするくらい美人になっていたりというのを中学の同窓会で見て「失敗した~」と思いましたが、大学や社会に出てからも女性との付き合い方が全然分からなくて未だに苦労しているのは、あそこに原因があると思います。

結論として自分があの高校を出たのは、もちろんプラスも沢山あったけれど、マイナス面のほうが大きかったかも・・・と価値観がぐるっと変わってきています。もう少し家族的な共学校に通っていたら、ひょっとするとずいぶん違った人生が待っていたのかも。後悔しても仕方ないのですが、子どもが育つ中で学校の選択と言うのはとても大きな影響を持つし、だからこそ多面的な評価を加えながら学校を選ぶと言うのが重要で、それは子どもだけではムリなので大人もそういう多面的価値観を持つ必要があるなあと思いました

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ZARAは2月6日オープン

ダイヤモンドシティ・キャラのZARAですが、12月の最量販期も改装中でいつになったらオープンするのかと思ったら、いよいよ2月6日にグランドオープンするそうです。ユニクロやギャップとは違うおしゃれな感じのファミリーむけ衣料品がこなれた価格で出てくるらしいので自分も相当期待しています。

さて、そのダイヤモンドシティ・キャラですが、業績好調なのか、建て増しが始まりました。暮れぐらいの完成だと思いますが、ますます魅力的なお店が集まってきそうです。

昨日はジャスコが火曜市&お客様感謝デーということでものすごくにぎわっていました。平日にこれだけみんな買い物に来るか?!と言う感じの賑わいでした。キャラに行く前に新都心のコクーンへ行って、紀伊国屋さんにいる知人から本を取り次いでもらってきたのですが、その知人いわく「今日はこれでもすいているんです。与野のジャスコが売り出し(火曜市&お客様感謝デー)をやっているから」とのこと。平日にそれだけの集客のあるイベントを作り出したジャスコの販促はすごいとおもいました。たぶんアリオ川口もすっからかんだったことでしょう。

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ここがポイント

昨夜は相当ひさしぶりに、ノムラジュンコさんという主にタップダンスをされる方の稽古に行きました。自分らは「エチュード」というのですが、任意の2人が限られた時間の中でお互いを意識して関係性を作りながらパフォーマンスをするという稽古です。よく調べてみたら4月に行って以来のようです。

稽古に来る方は実にさまざまなメソッドをもっているので、2人で15分やり取りをすると相当面白い関係性が生まれます。自分はただ体を動かしに行くだけですが、多くの方は公演やワークショップなどでご自身の発表の場を持つ方々なので、そういう方々と絡んでいけるというのはなかなかのものなのです。以前書いたように自分の身体表現は親方新井から指導を受けた「野口体操」が基本です。重力に逆らわない自然な動きで踊りを踊るような感じです。昨夜は参加者が多くて、テルミンという筆舌しがたい楽器の奏者であるヌルさん他、濃厚な人々が集まっていました。

自分の相手をしてくださったのは、名前が分からないのですが口にくわえて「びよ~ん」と言う音を出す楽器の奏者さんと、せりふを中心にいわゆる舞台役者のような感じのパフォーマンスをされる方でした。やっている本人は見ていないから(当然)分からないのですが、両方ともかなり笑いをもらいました。自分だけの動きだと単調なのですが、相手を意識しながらやると自分でも思いがけないような動きが出せるのです。汗びっしょりになるくらい動けるのです。

その稽古の中で、やはり自分のポイントというか見せ場はやはり相手との微妙な「間」、ほんの2~3秒からだの動きをとめる、というところなんだと再認識しました。これは高校時代の自分の落語を見ていた人でないと分からないよなあ。「元犬」と言う古典落語があって、これは犬が人間になって今で言う「派遣会社」によって気難しいご隠居のところへ「派遣」されて、そこで起こす騒動の噺なのですが、ご隠居が全然違う意味で「ちんちん」と言うと、元が犬なのでいわゆる「ちんちん」をやるんです。ここが笑いどころなのですが、やはり「間」で笑わせるんです。これが自分の得意技でした。

いい汗かいて帰ってきました。楽しかったです。

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2007/01/30

やまと号廃止

大宮から浦和、南浦和、川口、赤羽駅を経由して奈良、大阪を結ぶ高速バスやまと号の廃止が決まりました。2月いっぱいの運行だそうです。

東京〜大阪間の高速バスは価格競争が激しいです。JRバスが青春ドリーム号で5000円という値段を出した時はびっくりしましたが、最近は会員制など制限付きながら3900円のバスも登場しました。やまと号は片道9680円なので歯がたちません。往復13000円という値段を出したものの、価格競争に勝てませんでした。川口駅から乗れるので便利と思いましたが自分も大阪へ行く時はやはり他の安いバスを使っていましたから仕方ないですね。

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15年ぶりの人材難

日本の景気は統計上かなり良いと言われますが、多くの方が実感できないでしょう。それは経済成長率が昔ほど高くないことと、全国的に景気がいいのではなく一部地域、業種に限られているからと言われています。

以前にも川口のプチバブル状況を書きましたが、都内ではとうとう地上げも復活しました。再開発計画が目白押しで、確かにバブル時代を彷彿とさせます。特に旅行で福岡や札幌などから帰ってくると東京の異常さにくらくらします。JRでは特急料金よりも高い普通列車のグリーン車が大人気でグリーン券を買っても自由席なので座れないことすらあります。3月からは常磐線にもグリーン車が入るのですが首都圏以外ではありえない話です。

求人もそうとうあって、いまや流通・サービスでは15年ぶりくらいの人材難になっています。流通では一部の大手企業以外は新卒者を採るのが困難な情勢で、優秀なアルバイトを社員に登用したりしています。自分が就職活動をした時代以来のことです。昔と違うのは、流通・サービスはさらに労働条件が悪くなったことでしょうか。自分が会社に入った頃はデパートは18時、スーパーも19時半に閉店していました。今はご承知の通りの営業時間で正月もなくなってしまいましたから、売り手市場の新卒生から見ると非人間的な職場に感じるでしょうね。

正社員だけではなくアルバイトも採用困難になってきています。人気のある店(例えば無印など)でも、常時アルバイトを募集しています。コンビニや飲食店では日本人学生の採用が困難で、正規の外国人留学生などを採用しています。店頭で少し日本語の発音が違う店員さんに良く出会います。時給も相当高いです。自分が働いていた頃のアルバイト時給の2割り増しくらいが相場でしょうか。アパレルショップでは販売員の引き抜き合戦も盛んだと聞きます。それはそうでしょうね。働いている人がのべ2000人くらいの、イオンみたいなショッピングセンターが年に2つも3つも開店するのですから。

首都圏はバブル(かどうかは別ですが)に酔いしれている感じがします。

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2007/01/28

犯人探しはやめてください

夜回り先生こと水谷修先生が27日広島であった講演会で

政府の教育再生会議がいじめをした児童・生徒への出席停止措置活用を報告案に盛り込んだことについて、「いじめる側を排除するのは悲しい」と語った。

そうです。詳しくはこちら

いじめはいじめる子どもを単に排除すれば解決する問題ではないことは、こころある教育関係者ならおそらく体験的に分かっているでしょう。むしろいじめる子どもが大きな家庭での問題を抱えていたりしてサポートが必要なケースも多いです。犯人探しは決していい結果を生みません。

犯人探しは成果主義の裏返しのように見えます。個人の成果はその個人だけでもたらせるわけではありません。青色発光ダイオードの特許訴訟でこういったことが議論されましたが、自分はやはり個人の力には限度があり、人が力を発揮したりアイデアをひらめかせたりするのは「環境」が物を言うと思います。環境というのはつまり人の輪だけでもないと言うことです。

優れた人材ばかりを採用している会社が必ずしも業績優秀にならないのと同様、いろいろなバランスが整ってこそ新しい発想が生まれるのだとおもいます。それと同様、環境を整えない限り「犯人」を排除しても同じような人がまたすぐに現れいたちごっこになるでしょう。

個々の問題への対応力が求められます。自分の身近で、保育園に勤めてうつ病になった人が何人か居ますが、学校も同様、先生の間で心の病が流行していることはよく言われます。子ども・親・同僚や上司という3種類の人間関係の中でバランスをとっていくのは今や相当難しいことになっていると思います。価値観の多様化が限度を超えています。払えるのに給食費を払わない人があんなにいるとは。給食の「いただきます」と言う挨拶すら言う必要がないと考える人たちも出てくる中で、一定のバランスを維持していくためには逆説的ですが一人ひとりの育ちの背景にまで踏み込んで人一人をまるごと理解しようとする努力が求められるような気がします。そのためには予備校が作る大学院大学なんてものでさらに頭でっかちになることよりも、沢山の人と交わって、沢山の価値観を実際に見聞きすること、そして一人ひとりを尊重することを体験的に学び取ることのほうがずっと役に立つでしょう。一人ひとりをまるごと尊重できれば「いじめっ子」「いじめられっ子」という二元論的発想から物を考えようとすることそのものがナンセンスに思えるはずです。

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想定外在庫

自分がお世話になっているオンラインの古本屋町屋堂店主のブログを読むと、たな卸しでだいぶ苦労されているようです。店主の頭の中には相当数の商品がインプットされていて「その本はどこどこの棚」とか「その本は売れちゃいました」などとまるで大手スーパーのディストリビューターのように即座に在庫のありかを告げるのです、が、たな卸しをしていたら想定外の在庫がでてきて「あれれ」と言う感じのようです。よほど普段からマメに商品在庫を整理しているところでなければ、専門店もスーパーも似たようなものです。

うちの掃除、すすむにつれて「あー、これもあったなあ」とか「これ、こんなところにあったのか、探していたのに」というものがぞろぞろ。うちは別に商売ではありませんが、いくらブログねたのためとはいえ読みきれない新聞・雑誌は限度を決めてとっておかないとダメですね。我が家もまだまだ想定外在庫が出てきそうな気配です。

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中居歩道橋、いよいよ撤去

南鳩ヶ谷駅前にある国道122号線の中居歩道橋が撤去されることになりました。地下鉄の開通によって駅周辺は道路が拡幅されているのですが、歩道橋の足があるために広げた部分が有効活用されていませんでした。歩道橋撤去によって、右折レーンが確保され道路は走りやすくなるとおもいます。工事のある2月24日23時から25日5時まで、122号線は通行止めになります。

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お客様

JICAのお客さんを受け入れることが正式に決まりました。2月3日から一泊。インドの男性で自分と年は同じくらいです。別のメンバー宅にはスリランカの女性が来ることになっていて、夕食は地域のヒッポ有志でウェルカムパーティをすることになりました。基本的問題は寝場所と朝食です。我が家にきたことのある人なら「どこに寝るの?」とおもうはず。

この機会に布団を見直してみました。自分の使っている布団は勤めている頃からのもの。先ほどカバーをとってみたら結構しみになっていました。一応今回買い換えることにして、ニトリで羽毛布団を買ってきたので(ニトリはホント安いです。涙が出るくらい)これをお客さん用に使って、その後古い布団を処分することにしました。

カバー類もアパートに来る前から使っていたものはこの際一気に入れ替えることにしました。少々出費になりますが、どうせいつかやることなのでいいチャンス。

読んでいない新聞が捨てられなくて山になっていましたが、これも「ここまできたら仕方なかろう」と古新聞に出す決心をしました。

それ以外は普段からちょぼちょぼやっているので直前になんとかすれば大丈夫そうです。

やはり、部屋にお客さんがやってくると言うのは大事ですね。それにあわせていろいろ見直すチャンスです。以前まだアパートで一人暮らしを始めた頃は、当時の主治医に「人の家に遊びに行くのはなるべくよそう。今度は自分が迎えなければならなくなるが、まだ今の状態では部屋を整理するなんてムリ」と言われたものです。確かにあの頃はうちにお客様を迎えるのはムリでした。開かずのダンボールもいっぱいあったし、本や雑誌、衣類であふれかえっていました。それを片付ける気力もなかったのです。それでも飲みに来た人たちはいましたけど(笑)。あのころでも雑魚寝で4人くらい寝られたはずなので、予定通り片付ければまあなんとかなるでしょう。

トイレも以前どんとやっておいたので殺風景ですが、まあ不快感はないでしょう。風呂とトイレは別なのでそれも好都合。風呂桶は普段自分が使わないところなのでちょっと手を入れる必要がありそうです。

台所も、ガス台は汚いけれど、流しはマメに洗っているので大丈夫でしょう。

あせらず楽しく掃除して、たのしい受け入れになればとおもっています。

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2007/01/27

すすむ割り切り

この記事は、同じものがmixiにもアップされていますのであらかじめご承知おきください。


年初に「べてるの家」を訪れたことの影響が、大波のように自分に押し寄せています。一昨年11月に「べてる」と「東京シューレ」のことを読んだのがきっかけで、「病気でもいいや~」と割り切って1年余り。昨年末悩んで悩んで、原点回帰のつもりで「べてる」行きを決めました。ここまでは何度も書いているのですが、その効果がこんなに大きいとは本当に予想だにしませんでした。

今日、べてるから機関紙が届きました。年末のクリスマスパーティーの様子やら、いろいろとまだ本にはなっていない「べてる」の今が綴られているのです。そのなかで不案内の自分をいろいろと案内してくださった三田村るり子さん、歓迎の歌と踊りを披露してくれた増田香奈子さん、磯田和成さん、小川和加子さん、真っ先に自分と名刺交換をした、PSW(精神保健福祉士)やらいろいろ難関の国家資格を持ち、札幌始め全国へ情報収集と講演に出かけている伊藤知之さん、・・・これらみんなが登場していて、みんな統合失調症か躁うつ病患者であることが記載されていました。うそでしょう?

一般の人はこの状況を目の当たりにしてどうおもうんだろう?精神病患者=怖いもの、うつ病患者=怠けもの、とレッテルをはりつづけてきた人たちにとっては、ある種「許せない」感じのするものではないかとおもいます。そんな事実を認めることは自分自身のアイデンテティを突き崩される恐れのあるものとして封印されるのだろうとおもいます。

彼らはべてるにたどり着くまでの間に相当の苦労と困難と絶望を味わってきたはず。見学に行った自分自体がそういう苦労をかいくぐったサバイバーであるだけに、見学と言うより自分もべてるに結びついた、メンバーではないけれども理念を共有する仲間と出会えたと言う感覚が日に日に大きく膨らみます。これは、洗礼を受けてはいないけれど日本のキリスト教会の活動に対し、大きな共感を抱いているのと同じような気分といっていいでしょう。

いままで自分がこだわっていたものが、「まあいいや」でどんどんすむようになってきました。決して投げやりではない「まあ、いいや」。これが日々自分の殻を割り続けています。今のところとどまるところを知らない勢いです。


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2007/01/25

はっきりした因果関係

火曜日夜から胃の調子が悪く、胃薬を飲んだりしています。うつで落ち込むのは年がら年中ですが胃に来るというのはめずらしくて、期限切れの胃薬などでしのいでいましたが、さっき理由が分かりました。キムチだ。

辛いものが好きだった(最近は過去形かな)のと発酵食品は健康にいいということとで、浅漬けよりキムチを良く買って食べていました。昨年からしばらく自炊料理が変わったので食べていなかったのですが、どうしても夕飯を外食にせざるを得ない日が続いていたのでなんだか辛いものを食べたくて久々に先日キムチを買ったのです。その数日後だ。胃がおかしくなってきたのは。

以前キムチを食べ続けていた頃も胃がおかしくて、内科で胃薬を処方してもらっていました。よく考えればキムチをお休みして食べなくなったから改善したのでした。

会社を辞めてすぐ、会社の友人と韓国へ旅行したことがありますが、あの時も夕食で「おかわり自由」のキムチを食べて、ホテルに戻ってから調子が悪くなり2泊3日の中日を一日ホテルで過ごすという間抜けなことになっています。これも全部つながるんだ。やっと分かりました。

自分にはキムチが鬼門だということがよく分かりました。好きなんだけどね。

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2007/01/24

べてる効果

はるばる北海道のべてるの家まで行ってきて、どうなる見込みがあったわけでもないのですが、実はものすごい変化が自分の中で起きています。これは「べてる効果」というべきものです。行った甲斐がありました。

何が変わったか。

割りきりがもっとすごい勢いで進んでいます。「病気で良いや」と割り切るのに6年かかった自分。でも、性格上いろんな問題を自分の責任のように感じていました。ここのブログで書きなぐったようなことです。政治情勢のこと、少子化のこと、パチンコ依存症、政治家から役人、企業トップに至るまでの問題先送り体質、etc・・・。いや、本当に自分の責任と思っていたわけではありませんが、少子化問題では今の国や地方、あるいは年金債務など隠れ借金までいれて1000兆円をはるかに超えるものを自分ら世代の子どもに付回して良いのか?と本当にまじめに考えていました。

べてるの本やビデオでは病気を持ったメンバーのことが実名で書いてあります。このことそのものがすごいことです。なので早坂潔さん、荻野仁さん、清水里香さん、ほか名前も顔も知っています。そうした、言ってみれば「有名人」が、べてるに行くと本当に実在しているわけです。当たり前ですが。そして、本にはメンバーさんそれぞれがどんな境遇で、どんな苦しい思いをしてべてるにたどり着いたかが詳しく書いてあります。そんな「どん底」をくぐりぬけてきた人たちが、生き生きと暮らしているのです。もちろん体調が悪くなったり、それ以前に生きる苦労をきちんと体験してへろっとしながらもです。

自分はその中で「降りていく生き方」に登場する吉井浩一さんと15分ほどお話しするチャンスがありました。初めの頃は自宅のガラスや壁は穴だらけ、お父さんもたたかれたり蹴られたりと相当の暴れ方だったそうです。べてるにきても発作は止まらなかったのですが、ゆっくりと快復の道を歩き出したと書かれています。実際の吉井さんはとてもそんな風には見えない穏やかな語り口で話してくれました。自分が「荻野さんなどが『べてるは最先端を歩んでいる』とおっしゃっていたのは本当だと思いました」とはなすと、「どういうところが最先端だともいますか」と聞かれたので「問題を先送りしないで、自分自身と向き合うと言うことをしているから。いわゆる健常者の人たちのほうが問題を先送りしていてこの先どうなるのかと思う」というようなことを自分は言ったと思います。すると吉井さんは「放置するのが一番です。行き詰まってどうしようもなくなるまで放置しなきゃ分からないですよ」というようなことを言ってくれたのです。

この言葉が徐々に自分の中で大きく響くようになりました。14日の旅行記の最後で、東京が近づくにつれて憂鬱になってきた気持ちを「自分で分かるまでほっておくしかない」と思うことで気持ちの整理をしています。その気持ちを日常の中でも持てるようになりました。もちろんこんなことは「考えすぎだよ」と周囲の人たちからさんざん指摘されてきたことなんですが、でも「自分がそれを考えなくなったらどうなるか」と半ば本気で心配していたのです。自分が本当に困らない限り、依存や先送りを続けるというのは、よく考えてみればアルコール中毒の治療といっしょじゃありませんか。困ることがスタート。あらゆる人に困る権利がある。だから人の世話を先んじてやるのはよそうと、今度はこれを本気で思えるようになりました。長いものに巻かれたっていいじゃないか。もちろん投げやりということではありません。例えば選挙なら必ずだれかしらに自分の責任で投票する、そういうことは放棄しません。自分で考えていて、力が及ばなくて苦しんでいる人には助力をします。困っていない人を助けようとするのは自殺行為だと最近の体験で知りました。でも本気で困って何とかしたいと思っている人は、自分の経験上のノウハウを教えてあげるだけで自力で立ち上がるんです。一昨年くらいからこういう体験をしてきています。

だから今後とも無駄な心配はしません。自分をまず生かすこと、これだけで大変なことです。4つも5つも問題を抱えてあっぷあっぷしていたら治る病気も治らないと悟りました。というか「うつ病」という病気そのものが、病気というよりも「もうこれ以上は耐えられない」と体が出す自然治癒の状態。風邪を引いたらウイルスを追い出すために熱がでて咳が出て鼻水が出る。それと一緒だと思います。

やっとそんなことが分かってきました。

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2007/01/23

同感

今さっきついた今日の日経夕刊を読んで「同感!」と思った話を。

国際日本文化研究センター教授 白幡洋三郎さんの台湾新幹線に関するコラムです。全部引用するとまた問題があるので一部だけ。

いまや世界最速の座は明け渡したものの、速度以外で新幹線はいくつもの偉業を達成している。東海道新幹線が開業以来四十二年間に運んだ乗客は四十数億人に達し、その間衝突・脱線による死傷者ゼロの記録を誇る。また運行の正確さも他国の追随を許さない。列車一本あたり平均遅延時間は例年一分以内。二〇〇三年度はわずか0.1分だった。東京・大阪間五百五十キロ余を二時間三十分で走って、到着が平均六秒しか狂わないのだ。 高速運行を維持しつつ安全性と正確性を高度に兼ね備えた新幹線は、几帳面と言われる日本人のメンタリティを象徴したような鉄道である。日本の「文化」であり「美」を技術的に凝縮したものと言ってよいだろう。ただその「文化」や「美」はどこにでも移植できるものではないし、しなければならないものでもないと思う。むしろ日本はかなり変わった国だと自覚するのが良いかもしれない。

旅行中貨物列車のことでも書きましたが、秒単位の正確さで列車が走る国はほぼ皆無。バスだって渋滞しなければほぼ時間どうりにやってきます。これはすごいことだと思います。こういうことが前提としてあるから「5分前行動」「時間にルーズなのは許せない」などといった価値観が生まれるのだと思います。これは特殊ですよ。

病人には暮らしにくい国だとホント思います。

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2007/01/22

早くもビール

季節感に乏しい街中では、広告が季節感をあおります。いよいよ春夏向けにビールのポスターが張られました。京浜東北線の中です。花粉の話題もいよいよ登場しました。季節の先取りですね。

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2007/01/21

勉強法

最近気がついたことですが、自分の、特に小学校高学年から中学校にかけての勉強法は、人に教えまくることでした。「分からない」といってクラスの誰かが教科書とノートを持ってきたとき、それこそが相手のためにもなるけれど、一番は自分のためになっていたのでした。人に教えるという勉強法は大変優れていて、分かった気にならないのです。分かったつもりでわかっていないところは、人に教えることですぐ露呈します。それを克服して相手に教えなおすことが大変重要な意義を持っていました。自分は寄ってきてくれる人を拒否することはなかったので、いろんな人が聞きにきてくれました。なかには隣のクラスから問題を持ってきてくれる子もいました。こういう事柄はお互いにプラスに作用するので全く無駄がありません。小学校2年生で転校したため少々いじめにもあいましたが、これをやっていたおかげでいじめは自然消滅しました。5年生くらいになると昔自分をいじめていた子達まで勉強を聞きにくるようになりました。

勉強だけでなく都営バスの路線や郵便番号を友達とあてっこしていました。友人が「橋63」というと自分が「新橋駅~市ヶ谷経由大久保駅」と答えるわけです。これが英単語だったらどんなに良かったか。でもそのおかげでバスでの移動が今でも楽チンなのですけれど。

自分が塾へ行かずに大学まで行けてしまったのは、この勉強法があったからだと先週はっと気がついたのです。自分は高校では相当の落ちこぼれだったのですが、それは結局高校では教える相手がいなかったからでした。進学校に行ってしまったから仕方ないことです。一応何でも興味はあったのですが、人に教えないと復習ができない、復習しないから分からない、分からないから授業がつまらない、と悪循環に陥りました。今でも本棚の奥に高校の数学の教科書と問題集を一通り持っているのは、興味があったのにできなくて赤点を取った数学に対して、いつかリベンジをしてやろうという気持ちがあるからです。この年になってもまだその気持ちは衰えません。物理・化学だけはギブアップ。地理と地学はほとんど授業を聞かず、副教材や地図ばかり眺めていましたので、これも成績はそこそこでしたが、全く聞いていない割りにこの2つだけは良くできました。しかし、大学入試でこの2科目は虐待されていましたので、メリットもなかった。

自分の武器は国語だけでした。それも意識して勉強しなければならない古文・漢文はメタメタ。現代国語だけ、説明文も小説も比較的何とかついていけました。説明文は新聞が大好きで毎日読んでいたからですね。小説も読んでいましたからね。そして、(恥ずかしい過去ですが(笑))当時流行の同人誌なるものを作っていました。これも今のこのブログにつながる部分がありますが、いろいろ課題を取り上げて段組したなかに納めるということをやっていました。さかのぼると中学時代は日刊のクラス新聞(壁新聞)を作っていました。

当時こうして冷静に分析できていれば、年間授業時間の半分以上を寝て過ごすという無駄なことをしなかったでしょうに・・・。とほほ。

なんでこんなことに今さら気がついたかというと、今年の目標ということでフリースクールのことやべてるのことをいろいろな人に話しているなかで、話せば話すほどどんどん自分でも理解が深まるという経験をしているからです。気になるところがあってべてるの本を読み返したりすると、それまでにはつかみ取れていなかった部分まで分かってきて、涙が出てきたりするのです。話す・教えるというのは相手とも問題をシェアできるし、自分はさらにその問題を深めて理解できる、一石二鳥の役割があるのです。いまさら気がつくとはなぁ。もったいないことをしました。

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史上最大級の大掃除

我が家の大掃除は年末にやるものではないのです。来客があるときにやるものなのです。

追い込まれないとやらない体質の自分ですから、掃除しなきゃと思いつつ、ブログのねたにしようと新聞記事やら雑誌やらが山積み。虫が出ない程度には掃除していますが、本当にやろうと思ったら人を呼ばないとダメです。

ヒッポの交流事業でJICAから一泊二日でのステイ依頼があったそうで、「なんちゃんやれば?」と自分の所属するファミリーのフェロウ(=いわゆるファシリテーター)がこともなげに言うので、自分もその気になって受け入れ依頼書をヒッポ本部に出してしまいました。本当に来るかどうかは分かりませんが、今の部屋の状態では決まってから掃除するのでは遅いです。今週というか来週というか史上最大級の大掃除をしなければなりません。

開かずのダンボール類はすべて始末したので、以前に比べると身軽にはなっているのですが、それと清潔感があるか、少なくとも自分と受け入れる外国の方の二人が問題なく寝られるスペースをきっちり確保できるかは別の問題です。以前日中友人が訪ねてきたときは、片付けきれない新聞その他をいつも使っていない風呂桶へ(自分は自宅ではほとんど湯船につからないのです)。しかし、今回は泊まりだからその奥の手は使えません。机・テーブル・いすはそういうときのためにすべて折りたたみ式になっているので、本来の機能を生かしてたためるようにするのが一番優先すべき課題かなと思います。うちで飲んで雑魚寝で4人くらい寝たことはあるけどなあ・・・。

しかし、ホント、誰も止めない。「屋根さえあればへっちゃらだよ」とあおる人こそいれども。まあヒッポってそういうものだからな。実現の暁にはきっと忘れられない思い出になるでしょう。

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やはりずさん

LECという資格予備校が作った大学が相当ずさんな事が分かったそうです。大学院大学なんてものがそもそも発想として予備校だもの。予備校をすべてけなす訳ではないけれど、それにしても馬鹿げていると思っていました。知恵も経験もない若者に知識のインプットだけするんだもの。むしろアウトプットの仕方を鍛えて行かないと、頭でっかちで自分では何も考えられない見た目だけの大人が今以上に量産されるでしょう。

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リストラばんざい

アイフルの大規模なリストラ策が発表されました。リストラ部分がグレーゾーンで儲けていた部分だと考えると、如何に事実上の違法金利でぼろ儲けしていたかが分かります。他のサラ金も追随するそうですが、早くやってくれ。社会の為のリストラだ。ばんざい!

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2007/01/18

来るものが来た

旅行期間中疲れもあったけれど、毎日動けていた反動が日をおいて火曜日夜からやってきました。

外へ出たくない。人恋しくてぎゅっと腕を握っていて欲しい。調理がほとんどできず、お湯も沸かせられない。食欲もいまいち。あれこれ考えられない。

トイレに行くのがやっと。あれだけ元気に一週間ちょっと過ごせばこうなるだろうなという感じです。

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2007/01/14

べてるの家から学んだ事

先程いわきのパチンコ屋のことを書きましたが、結果的に自分で困ってもらうしかないんですね。べてるの家では、悩む権利という。それを先んじて何とかしようとした結果が今の状態だから、自分で困るまで放置するしかないんです。それをなんとかしようなんて思うと自分の病気が悪化して相手も考えないままで、お互いに良くない。あえて介入しないこと、それで良いということを学んだのでした。

自分をもっと大事にします。それしかないや。

水戸を過ぎて、東京の通勤圏に入って来ました。

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ゆううつ

ごめんなさい。せっかくの旅行記なのに、どんどんゆううつになってくる。

いわき駅に着きました。まだ次に乗る列車が来ていません。今度乗る列車は、これもラスト間近の車輌です。車輌そのものは土浦より北で使われる予定ですが、土浦より先は3月18日からグリーン車をつないだ新型車輌にするというポスターが張られているのです。

あぁそれにしても、パチンコ屋です。いわき駅に着く前にいくつものパチンコ屋が並んでいて、駐車場がほぼ満車でした。アディクションという事もあるけど、あまりに生活そのものに目的が見いだせず、考えることをやめているとしか思えない。でもあなた方の人生、先送りすればするほど袋小路に入って行くよ。生きることを放棄しているよ。こんなの続く訳ない。病人のほうが真剣だよ。

そんな事を言いたくなる光景でした。

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本当に最後らしい

今乗っている車輌ですが、本当に最後らしいです。沿線で写真を撮る鉄道好きがたくさんいますし、車内にもそれらしき人がかなりいます。青春18切符で最後のお勤めを体験しに来ているようです。製造年をみたら、自分の生まれた年でした。うーん。確かにこの時期の車輌は最近こぞって引退していますね。もうすぐ原ノ町です。不安な感じは波のように押し寄せたり引いたりしています。

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強い不安感

ものすごく不安です。具体的に何がと言われると困るけれど、ドキドキ感と頭の重い感じが強いです。

さて常磐線回りというのは本数が少ないだけでそれほど遠回りではありません。昔、青森行寝台特急が何本もあった頃、勾配に弱い客車タイプの列車は山越えを避けて常磐線回りで運転されました。今でも東北線からの貨物列車の一部は常磐線を経由します。そして新幹線に乗らずに常磐線回りの特急スーパーひたちで乗換えなしで行く事も出来るのです。しいて言えば風が強い時に不通になりやすい傾向があります。今日はもう順調に帰りたいです。

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最後の勤め

今日は日曜日なので福島行き臨時快速がありました。時刻表の臨時列車の欄に書いてあったので気がつきませんでした。あれなら赤羽駅に乗り継ぎで21時過ぎに着けました。一時間違います。まあ、いいや。常磐線は昔急行列車に使われていたもので、他には鹿児島や宮崎でしか見る事が出来ません。だいぶ古い車輌なので、最後のお勤めでしょう。いわきまでこれで行きます。あと一回乗り継ぎで柏に着く見込みです。あとは武蔵野線経由地下鉄で帰り着きます。

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仙台進出

コーヒー込みで500円ランチが売りで九州一円にあるファミレスのジョイフルを仙台郊外で発見しました。東京は激戦なので飛ばして東北に進出したのでしょうか。なんだかジョイフルを見ると福岡にいるような気がします。間もなく仙台駅到着。少し乗換え時間に余裕があるので、夕飯を少し考えます。

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不安舞い戻る

仙台が近付くに連れてほのかに明日以降の埼玉の生活が思い起こされて来ました。そうすると何やら変な感じがしてきました。妙な不安感があります。頓服薬を久しぶりに飲みました。それも強いやつを一錠。せっかく元気だったのにな。いつも旅の帰りに、具体的に今日の晩ご飯を考えたりするとだめになってくる。苦しいなあ。

今小牛田です。

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また乗換え

一ノ関でまた乗換えです。15分あったので何とかおにぎりを買う余裕がありましたが西日本みたいに隣りのホームで乗換えなどという事が全然無い。配慮が無さ過ぎます。なので、行きは秋田回りにしたのですが、帰りは接続上仕方ないです。仙台からはめんどくさくない常磐線を回るつもりです。

さすがに暖かいです。周りを見てもコートなどは薄いものを着ています。自分は持つ荷物を減らすために乗換えの時は札幌の格好をしていますが暑くて仕方ないです。たまにはらはらと雪が舞いますがあまり雪が積もっておらず晴れ間も見えます。電車は以前に比べて格段にスピードアップしました。このスピードだから青森から東京まで楽に一日で移動出来ると言えます。乗客の中に青春18切符ユーザーが増えて来ました。仙台まで一緒だと思います。

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不便極まりない盛岡駅

盛岡駅では八戸方面と一ノ関方面が完全に分離されています。事情があるので仕方ないのですが、新幹線のほうが乗客が多いので、改札も新幹線のそばにしてしまいました。八戸方面の改札とは距離がある上エスカレーターすらない。10分の乗換え時間しか無くて大変でした。ちょっとひどいよJR。

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貨物優先

金田一温泉で14分停車です。貨物列車が2本先に行きました。この八戸〜盛岡間は乗客のとても少ない区間です。この区間は乗客で稼ぐというより貨物列車で稼ぐ区間です。青函トンネルを貨物列車が通れなくなったら、ここの区間の経営は極端に厳しくなります。その辺りをどう考えて新幹線延伸を推進するか、大事な論点でしょう。実際ほとんど乗客はいません。座席がうまるのは少なくとも沼宮内の先盛岡までのわずかな区間でしょう。

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大学淘汰

という特集のエコノミストを買ってしまいました。今や行く価値のある大学そのものが少ないのに、大学そのものは増えているからばかばかしいです。どこの電車もサラ金の広告並みに大学の広告があふれています。大学で無駄金使う程庶民に金はない!有意義な使い方は他にいくらでもある!三分の一位大学倒産すれば良いのにと心底思います。大学がつぶれたって地域経済に影響はほとんど無いでしょう。

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駅は立派になったけど

新幹線が開通する前に八戸駅は何回も通りましたが、新幹線が出来てからは初めてです。青春18切符がここから盛岡まで使えないからです。八戸駅は立派になりました。九州新幹線の川内と同じ位。似ているのは人気が少ない事。今は新幹線から在来線に乗換えの人がいるけど、青森まで新幹線が行ってしまえば学生の通学時間以外はチョロチョロしかいない駅になるでしょう。

前に座っているおばさん二人は札幌から一緒でここでも盛岡行に一緒。話を聞いていると少なくとも福島までは一緒のようです。普通列車の旅を楽しむ年齢も多様になりました。

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さんざん乗ったぞ!

八戸行普通列車が来ました。なんと電車ではなく北海道でさんざん乗ったタイプのディーゼルカーでした。5両編成というのが違います。それと二重窓でないので寒い!!二重窓にしてくれ!

青森は雪が多いので郊外に街を拡げないコンパクトシティ政策をとっています。その為青森市は新幹線を今の青森駅へ入れて欲しいのが本音です。既に新青森駅周辺は最低限の整備しかしないと決めているそうです。そうしないとどか雪の時除雪経費がもたないのだそうです。計画見直しの余地はまだわずかながらあると思います。トップの決断次第です。

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青森に着きました。

行きは隣りのホームですぐの乗換えだった青森に着きました。帰りは少し時間があります。列車が入っていないので猛烈に寒いです。雪も明らかに札幌より多いです。特急つがるはいつの間にかフレッシュひたちと同じタイプの電車になっていました。いなほ号は古い車輌です。はまなすは当初の遅れをほとんど取り戻しました。とにかく寒いです。

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函館まで来ました。

深夜の函館駅に着きました。割と順調に眠れています。こんな時間ですが函館駅では結構乗降りがあります。また進行方向が変わるのでいったん起きる人が多いです。来る時にはほとんど無かった雪が相当降ったようで、駅は相当雪に埋もれています。遅れを取り戻すため、あっという間に機関車を付け替えて発車しました。青森は普段過ごしている時はずっと北というイメージですが、そこへ南下するというのは何やら変な感じです。遅れを取り戻さないと、青森からすぐの連絡のいなほ号に乗換える人も多いようなので、まだ時間を詰めるでしょう。自分も青森では15分位の乗換え時間なので何とか定刻近くに着いて欲しいです。南千歳では、遅れた釧路発の特急からかなり乗り継いだ人がいました。この列車の存在価値はまだまだあるようです。

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2007/01/13

機関車

この列車の機関車は北斗星と同じです。北斗星は機関車2両で引っ張りますが、この列車は単独です。それでもハイパワーです。貨物列車も同じタイプの機関車を使いますが、最近は新型の機関車が登場しました。レッドベアという愛称で函館と札幌の間をさらにハイパワーで走ります。北海道からは野菜や紙などの生活物資を運んでいるようです。以前マイカルは借り切りコンテナを持っていた事があります。じゃがいもやたまねぎの安定輸送を目指していました。マイカルって結構他がやらないような革新的試みをやっていたんですがね。

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30分遅れ

地震の影響が自分にも及びました。釧路発の特急が遅れているため接続をとるそうです。発車が三十分遅れになります。それにしても、2時間も並ぶ必要はありませんでした。がらがらとは言わないものの、ゆったり座れました。指定席も程々です。夏はものすごく混む列車なのでそれなりの編成にしているようです。さすがに氷点下のホームで二時間待つ馬鹿は自分だけでした。北斗星と比べて寝台車が相当痛んでいます。廃止にしないで長らく使わせて欲しいです。

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今度は津波

自分は疫病神かと思いました。札幌でもはっきり分かる揺れ方でしたがまさか津波警報が出るとは!べてるの家でも、十勝沖は地震が多いので万一の準備は考えているそうです。

旅も最終段階。札幌で10年振りに会う友人と飲んだ後、先程から夜行急行はまなすの列に並びました。さすがに早いようですが、同じフリー切符を持っている人がかなりあると思うので念のため早くから来てみました。あと一時間くらい待てば列車が入って来ると思います。明日は青森から鳩ヶ谷までの大移動です。

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2007/01/12

さすがに早い

苫小牧にやっと着いて小樽行の電車に乗換えました。さすがに電車は早いです。この先札幌まで一時間で行きます。苫小牧はほんのりと白くなっていました。浦河は寒いけれど凍っているのはみずたまりと川だけでした。苫小牧の駅ビルはテナント(丸井今井)がぬけて空っぽです。イオンのショッピングセンターが美園並みの規模で出来ているので厳しそうです。新千歳空港を横目にして、札幌で一休み。明日の夜行列車はまなすで帰路につきます。

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丘の上は牧場

静内から鵡川までは海岸線を走ります。この区間が先日の低気圧による高波のため運転見合せになりました。実は海岸線に丘が迫っていて、勾配を減らすためか、列車は丘をよけて海岸線を走るのです。わずかに丘の上を走る区間がありました。丘の上は牧場が一面に広がっていました。もちろん馬を飼う牧場です。

ようやく苫小牧まで一時間を切りました。長い三時間です。

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時間を守る?

日本ではよく5分前行動を励行せよと言われますね。こんなに時間に厳しいのは世界標準ではありません。この列車もワンマンなのに一分の遅れもなく静内に到着しました。実はこんな事が可能なのは、日本が時計の技術で世界一優秀だから。日本以外ではスイスがやはり時計の優秀さのせいで列車の運行時間もかなり正確だそうです。しかしスイスは大陸で、他国から直通する国際列車のダイヤが遅れるため、日本程は正確な列車運行が出来ないそうです。貨物列車が秒単位のダイヤで走るのは日本だけ。アメリカでは荷積みが終わったら出発、みたいなアバウトな感じだそうです。

べてるのメンバーは、ミーティング開始時間に来ている人の方が少ない。

実は日本でも時間に比較的アバウトな所がありました。つくばです。先日つくばエクスプレスが開通するまでは、メインの交通が高速バスでした。しかし慢性的渋滞のせいで、全く時間の読めない暮らしをしていました。就業時間などはさすがに正確でしょうが、人との待ち合わせは2〜3時間遅れもお互い様ということで、人格を疑われたりしないそうです。日本が時計王国でなかったら、日本人の価値観は随分変わったでしょう。そのくらいのほうが生き物としての人間にとって生きやすいのかもしれません。

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ありがとう浦河

浦河駅を出ました。絵笛駅は、来るときは暗くて分かりませんでしたが牧場のど真ん中で馬しかいない駅でした。

さて浦河まで来てみて良かったです。とても大事なことを教わった気がします。最後にべてるの金曜ミーティングに参加しましたが、本人は真剣に悩んでいる事でも笑い飛ばすのが良かった。みんなに話す事が大事。笑いながらもみんなで課題を共有する。でも手助けはしない。問題はきちんと本人に返してあげる。苦労する権利を奪わない。すごいなと思いました。気持ちが晴ればれして帰途に付く事が出来ます。本当にありがとう。

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2007/01/11

浦河も問題だらけ

ホテルにつきました。久しぶりにパソコンから記事を書きます。まあパソコンを持ち歩いていることは、雑記にコメントをいただくと即レスしていることでお分かりだと思います。が、記事をひねり出すのにはホテルで落ち着いているときより列車で移動しながらのほうが、感じたことをすぐにかけるので便利なのです。それにハードスケジュールのためホテルでは食事のとき以外ほとんど横になっているという事実もあります。それでもパソコンはメールチェックなども必要なので必需品。この浦河の町でも携帯の電波が飛ぶし、ホテルは客室までLANにはなっていなかったのですが、ロビーで無線LANを使えるようになっています。ネットや携帯は社会的なインフラとして今やなくてはならないものになりました。鹿児島の内陸に住んでいる友人は、以前ネットを使うためにADSLを早く自分の地域にも引っ張ってくれと要望したそうですが、今は携帯電話でパケット通信すれば有線のADSLなんか必要ないし、先日の日経新聞によれば、蛍光灯の光で光ファイバー以上の高速大容量通信ができる時代がすぐそこまで来ているそうです。

前振りが長くなりました。「べてるの家」を訪問した後、先ほど携帯から投稿したように東町駅からホテルまでずっと歩いて見ました。浦河赤十字病院の精神科を訪ねてみました。もちろん川村先生はいませんでしたが、アルコール依存症の人たちが東京で発行している雑誌が待合にあってさらっと読んだらとても興味深い内容だったので発行元を控えてきました。うちに帰ったら連絡をとって購読できないか相談します。またギャンブル依存症のための会があることも知りました。これも控えてきたので帰宅してから連絡先を雑記に載せます。

赤十字病院の入り口に「皆さんにご心配をおかけしましたが、北大と○○(ちょっとわすれました)から1週間交代で医師を派遣してもらうことになりました。これからも当院でお産はできます」と書いてありました。「よかったねえ」と思わずつぶやいてしまいました。ここ日高支庁のある浦河でお産もできないとなると、おそらく苫小牧まで行かなければならなかったでしょう。

赤十字病院から少し先に進んだところが町役場などのある中心街でした。ここであちこちに貼ってあるポスターを見て絶句。なんとこの日高支庁を他と統合する(やるとすれば胆振支庁でしょう。車のナンバーも室蘭ですから)計画があるらしく、「支庁の存続を」と訴えるポスターです。

明るいうちに浦河駅を見てさらにびっくり。浦河駅は支庁所在地の駅にもかかわらず列車交換設備すら撤去されてないのです。つまり浦河のずっと手前の駅で行き違いをしたあとは、様似まで行った列車がそのまま戻ってくるしかないのです。「列車」と書きましたが、道内の普通列車で2両以上つないでいるのは電化されている室蘭・小樽から札幌を経て旭川までの区間以外めったにないのです。1両のワンマンカーが当たり前。列車というより汽車ですね。浦河駅は駅員がいますが、先ほど書いたようにどうしようもないくらい暇らしく、そのうち運転拠点がある静内以外はすべて無人になるような気がします。

つまり浦河という町自体が問題だらけなのです。浦河で暮らす人々は過疎化で悩み、役場は公債(借金)と補助金削減で悩み、さらに支庁まで存続の危機なのです。精神障害者にたいしてデイケアへ行って社会復帰を目指そうという、その社会が疲弊しています。社会復帰なんていう言葉があほらしいです。

「べてるの家」は問題だらけ、それで順調というフレーズがあります。まさに「べてるの家」のメンバーは自分の生きざまと向き合いながらまじめに悩んで苦労して問題を引き起こします。それはしかし、「べてるの家」だけでなく地域で暮らす人々全体の問題なのです。むしろ「健常者」といわれる人々のほうが、自分と向き合うことなしに日々の問題を先送りしてパチンコ屋で無為に時間を過ごしたり、いろいろと現実を見ないような行動に走っているのではないでしょうか。べてるのほうがむしろ時代の先端にいる。そんな気がしてなりません。

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日高山脈

先程書いたアポイ岳は日高山脈の中で日帰りで手軽に登れる山として良くガイドにも紹介されています。日高山脈が海に突き出した所が襟裳岬で、様似からバスがあります。このバスは廃線になった広尾線の広尾まで行きます。浦河と広尾の間は日高山脈にさえぎられ真っ直ぐには行けません(いけなかったのですが最近山の中を切り裂く道路が出来たようです)。この日高山脈は本当に大きな北海道の背骨とも言える山々です。中で最高峰の幌尻岳は標高が2052メートルありますが北海道の山の気候は本州の山プラス1000メートルと言われていますので北アルプス並みの気候と考えるのが良いでしょう。その上山深いので日本百名山なかでも登るのがとても困難な山の一つです。行ってみたいです。

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様似

せっかくなので、列車の終点様似まで行って見ました。ハイキングガイドにも紹介されているアポイ岳が目の前に見えます。浦河駅はそのうち駅員がいなくなるかも。駅で列車を待っている間駅員がパソコンのソリティアをやっていました。分かります。そのくらい暇疲れしてしまうと思います。帰りは一駅手前の東町で降りてホテルまで3キロくらい歩いてみようと思います。べてるのメンバーがお世話になっている浦河赤十字病院はそちらの方が近いのです。取りあえず用はないけれど病院まで行ってみます。

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何も特別な事は無かった

べてるの家へ出かけました。今日は仕事始めだけど新年会だけで、午前中で終わり。お店も明日から開けるそうです。見学者は自分だけなので、年間2000人も来るという見学者の今年第一号になりました。ミーティングでメンバーと共に今年の抱負を話すという栄誉に恵まれました。早坂潔さんや荻野仁さんなどの有名なメンバーに囲まれ、しかし特別な事は何も無かったです。自分がいつも通うデイケアのミーティングと一緒。そう。べてるの家のすごさは普段の生活の中にあるのです。

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2007/01/10

浦河に着きました

着いた〜。小さい街と脅かされていたのでドラッグストアまである町並みに思わずびっくりしてしまいました。考えてみたら、日高支庁もあるし日赤病院もあるので大きな街なんですね。ただ駅はものすごく小さいのです。ホテルで聞くと、もともとは駅の方に街があったのが、国道のバイパスが出来たりして街の中心が移ってしまったのだそうです。しかも列車の本数が減ったのもあり、今は高速バスで来るのが一般的だし、街の中心にバス停があるので圧倒的にバスが便利なのだそうです。つぼ八まであるのにはびっくり!

明日べてるの家の見学も順調にいきそうです。

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考えさせられる

静内に着きました。ここで20分ちょっと停まってさらに一時間以上。遠いよ、浦河!ここで乗客の半数が降りました。実は苫小牧を出る時は立ち客こそいないものの満席だったのです。利用客がこれだけいるので残った路線なんですね。稚内へ行く普通列車なんか名寄から先ずっとがらがらでしたから。あそこは特急があるのでもっているのでしょう。

海もこれだけ長い時間見ていると色々と考えさせられます。東京にいたらわからない事が、ここまで来るだけで察知できるような、風景そのものが語りかけてくるような重苦しさがあります。

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サラブレットの産地

富川に着きました。日高地方はサラブレットの産地として有名です。先程馬が草を食んでいるのが見えました。その手前で線路は海岸線すぐ目の前の所を通り過ぎました。瀬戸内ならいざ知らず、外海にこれだけ接近していたら波の高い時はすぐ運休になるのも分かります。ここでシンボリルドルフなどのサラブレット飼育を産業として育てた先人たちの苦労が偲ばれました。

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手付かずの原野

苫小牧から日高線に乗りました。いよいよ浦河へ向かいます。一駅目の勇払を過ぎたら右も左も手付かずの原野になりました。たった一駅でもうこれかよ。3時間以上乗るのに。なんだか長万部より凄そうなのがおぼろげながらイメージされてきました。べてるの家はこのようなところに出来たんだ、その事事態が奇跡的で、でも、だからこそべてるが生まれたのかも知れないと思いました。実際に来てみたのは間違いではありませんでした。百聞は一見に如かず。

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ドア扱い

昨夜は知人宅に宿泊。夜遅くまでうつ病からシュタイナーまで様々な事を話しました。さて今日は浦河へ向かっています。この列車は新型です。北海道で初めてのデッキのない車輌です。北海道では車内保温のため普通列車でもデッキがありました。しかしこの車輌は札幌の通勤輸送用なので乗降りがスムーズになるようにしてあるのです。もちろんドアはボタン操作で乗客が開け閉め出来ます。東北線などは上野駅までこうしたボタン式のドアが付いた車輌で運転されているので、寒い地域では乗客がドアを閉めるのが普通になっています。しかし北海道ではまだボタン操作でドアを閉めるのに慣れていない人もいて、寒いのに開けたまま行ってしまう人もいます。寒い!

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2007/01/09

爆弾低気圧

今回の大荒れの天気をもたらしたような低気圧の事を爆弾低気圧と言うのだそうです。NHK札幌の地方ニュースでアナウンサーが言っていましたのでこちらでは良く使う表現のようです。この低気圧が通り過ぎて北海道の天気もがらっと変わりました。この先しばらく毎日雪が続くようです。

富良野に着きました。予想より大きな街でした。乗換えに時間があるので待合室へ入ろうと思いましたが、中でテレビが付けっ放し。自分はその為中にいられません。テレビ垂れ流しはやめて欲しい。サービスのつもりなのかも知れないけれど、苦手な人にめ配慮して欲しいです。

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疲労

一昨年の夏にもほぼ同じ行程で旅行したはずなのに、今回はすごく疲れています。気を緩めたらすぐ寝そうです。

富良野線に乗りました。真っ直ぐ札幌方面へ行く列車が少ないので遠回りします。富良野線は海外からの乗客も多いのか、車内放送で英語の案内も流れます。車輌も新型でエアコン装備です。この冬の青春18切符はのポスターはこの列車でした。白い美瑛の風景も良いです。

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2007/01/08

旭川

着きました、旭川。雪だらけの景色を見て、不安よりも楽しい気持ちがしてきました。何でかな?と思って良く考えたら、スキー場の景色にそっくり。そうか、スキー場の中に大きな街があるようなものなんですね。一度動物園には行った事があるので、バス乗り場も迷わずにすぐバスに乗れました。

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扇風機

滝川です。45分も停車時間があります。この列車はクーラーが付いていません。全国でも数少ない列車です。北海道でも今はほとんどの列車にエアコンが付いています。この列車は国鉄当時のままで、扇風機があるのですがJNRの表記が付いています。

さすがに滝川駅はホームまで真っ白。今、帰りに乗るつもりの普通列車が先に出て行きました。旭川は当然雪がここよりも積もっているでしょう。今日はこの日の為にズボン下まではいています。旭川で旭山動物園に行きます。

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やはり

岩見沢です。駅で確認してみたら、浦河方面は不通区間があるそうです。バス代行があるので行けなくはないらしいですが。ところで岩見沢駅は一昨年夏に来た時も工事中でした。進捗はしているようですが、時間かかってます。いつ出来るのかな?

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銀世界

昨夜降った雪で銀世界になりました。札幌はしかしそれほどの雪ではなく、列車は平常運転です。ただし、貨物列車の脱線事故があった帯広方面は臨時列車を運転し、不通区間はバス代行だそうです。また旭川より先のオホーツク海側への列車は運休とのことです。自分は旭川まで行きます。

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2007/01/07

札幌に着きました

現在鳩ヶ谷雑記では携帯から旅行の様子を実況してお伝えしています。札幌駅に18時過ぎに着きました。駅にテレビのモニターがあって、丁度NHKニュースをやっていましたが、各地で被害がでているようですね。北海道でもすでに屋根が飛んだり停電したりしているところがあるようですが、明日にかけて網走などのオホーツク海側で60センチ、小樽などの日本海側で40センチの積雪が見込まれているそうです。明日は冗談でなく旅行を中止する可能性があります。すでにJRは札幌発のほとんどの夜行列車が運休となっていますし、網走方面はすでに不通、帯広方面も相当遅れていて、場合によっては途中で運転見合わせという可能性もあるとのことでした。

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行けなかったかも

苫小牧に着いたところです。構内放送によると浦河方面は高波のため運転見合せだそうです。明日もかも。べてるの家から日時変更の打診が無ければ、今日か明日行くつもりだったのです。結果的に目的地まで行けなかったかもしれません。今日札幌泊というのは、かなり良い線でした。札幌ならどうにでも予定変更出来ます。九州で博多駅近くに泊まっているのと同じ感覚です。取りあえずホッとしました。札幌までは時刻通りに着きそうです。

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日が暮れて

暗くなってきました。相変わらず猛烈な波が打ち寄せてきます。関東以西では台風の時にしか見られないような波しぶきです。

苫小牧が近くなり、脇を走る国道も車が多くなって来ました。沿道のパチンコ屋が繁盛してると思ったらダイナムじゃありませんか!鹿児島から北海道まで全国にあるんですね。お金が地方に回ってもサラ金とパチンコ屋が全部吸収してたりして。シャレになりませんね。

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地球岬

東室蘭です。室蘭も随分昔に立ち寄った事があります。岬の内側が湾になっていてコンビナートや造船所などがあるのですが、岬の外側は野趣あふれる断崖絶壁になっていて見応えがあります。地球岬とは当て字ですが岬の突端に立つほぼ360度の海に囲まれ、地球の丸さを感じます。

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風強く

時間を追うごとに風が強くなって来ました。しかし天気は良いです。もっとも目の前の山々には雪雲がかかっています。既に低気圧の通り過ぎた地域は風雪が強いようで、日本海側を走る夜行列車が軒並み運休とのこと。今朝天気概況を確認した時は新潟まで強い雪雲がかかっていました。山の北側に出た途端雪かな?札幌はどうなっているでしょう?西日の眩しいここでは想像もつきません。

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晴れた

北に向かうとすぐに雪雲に取り囲まれそうですが、沿岸は晴れています。暴風で猛烈なしけになりました。このまま沿岸を苫小牧に向かって行きます。台風の目にいるようなものでしょうか。北海道にいるとは思えない暖かさで短時間なら上着なしで外にいられます。ただすごい風としけ。さっき列車の運転士が危なく帽子を飛ばされそうになっていました。

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何と言えば

東京理科大のキャンパスがある長万部に着きました。理科大の学生は入学式だけ一緒で、長万部組はそのまま飛行機に乗って行くと聞いた事があります。理科大生も駅に降り立って町並みを見て絶句するだろうなあ。浦河もきっとこんな感じだろうな。

客がいるのは駅から3分のセブンイレブンのみ。あのセブンイレブンでねぎや卵などの生鮮食品を売っているのを初めて見ました。何と言えばいいんだろう。絶句としか言い様がない。

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対岸

森からは海沿いを走ります。東の方は晴れているようで対岸の土地が見えます。良くは分かりませんがあれが浦河の方かもしれません。先端は襟裳岬かな?

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減った

今日乗る長万部行きは夏の青春18切符シーズンにはとても混む列車です。以前は森まで2両編成でしたが1両編成に減らされました。昨日酒田からずっと一緒の人を発見しました。

さすがに昨日の雨は早朝雪混じりになったようです。さあ、大荒れと言われる今日明日どうなりますか?

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いかめし

森駅です。森のいかめしと言えば以前はデパートの駅弁大会で人気ナンバー1でした。しかし最近あちこちで駅弁大会をやるようになり、かえってこのいかめしが売られる事が少なくなりました。

今日はそのいかめしにありつけます。今、売店でゲットしてきました。昔列車の窓が開いた時代は立ち売りもあったでしょうが、今は普通列車の旅だけで味わえる貴重品です。

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雪国らしく

駒ヶ岳の裾にある大沼公園に着きます。やっと雪国らしい風景になりました。湖も一部が凍っているようです。まあでもここまで来て10センチ積もっているかどうかという感じです。まだ仕事に就いて数年の頃、ここのユースホステルに泊まってカヌーに挑戦したことがあります。あの時は天候も良くてかなり遠くまで行けました。ペアレントがいれてくれたブランデーいりのコーヒーが懐しいです。

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2007/01/06

番狂わせ

北海道に上陸しました。が、想像以上の暖かさでびっくり!雨がざーざー降っていますが雪になる気配はこれっぽっちも無いです。だいぶ天気予測が見込みと違ったようです。ホテルに入ったらまず天気図を確認しなくちゃ!先程、列車の掲示でみたら明日の室蘭は3℃で旭川でもプラスの気温とのこと。どうなってるんだ?

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暖冬

青森を出ました。混んでいるかと思ったらがらがらでした。予定より一本早い列車に乗れました。それにしても。

弘前辺りの津軽平野もそうでしたが、雪がほとんどありません。こんなものではないでしょう。昨年は豪雪だったのに。暖冬ですね。

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貨物列車

時間帯のせいかもしれませんが、この先貨物列車と良くすれ違います。多くは北海道と大阪を結ぶ列車です。北陸から羽越線奥羽線は別名日本海縦貫線と呼ばれ、旅客はもとより貨物輸送の重要なルートです。もちろん青函トンネルがあってこそです。

青函トンネルを新幹線専用にすると、大事な貨物の陸送ルートがなくなり問題が生じます。新幹線を通すとしても、貨物輸送も確保出来るようにすべきです。列車による貨物輸送は二酸化炭素の排出量も他の輸送手段より格段に少ないのです。

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降ってきた

雨が本降りになって来ました。この雨が夜半には雪になり明日は吹雪になる見込みです。気が重いです。現在秋田駅です。お昼は駅ビルのはなまるうどんにしました。安くてうまい。しかし、スタバもあるし何でもありますね。さっきのおしゃれした女の子達はバーゲン狙いだったようです。

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おしゃれ

連休ということもあって、車内にはおしゃれして秋田市内に向かう若い子達が何人もいます。男の子もそれなりだけど女の子達はとてもおしゃれで、都内でみかける子達と変わらないです。突飛な格好の子はいないので気持ちいいです。床にべったり座り込む子もいません。

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文化なのかな

酒田からは長椅子の3両編成の電車です。秋田で乗換えますが、同じタイプの電車のはずです。この列車はドアの数が少ないだけで、京浜東北線にそっくりの内装です。こんな電車をそれほど混まない地方まで走らせるのはJR東日本だけです。他の各社は進行方向に向かって座る二人掛けの椅子の電車を増やしています。長椅子は疲れるし、どうしても間隔を開けて座る人が多いので、効率的でないと思います。こういうのも地域文化の差なのかな?

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雪があるのは

月山と鳥海山のようです。名だたる山以外は雪なしです。

もうすぐ最上川を渡ります。ここは一昨年の十二月に特急が突風で脱線事故を起こしたところです。だし風と言って、このあたりは突風が吹きやすいところなのです。

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雪が無い

一月だというのに庄内平野に全く雪がありません。周りの山々を見渡してもかなり標高の高い山以外はチョロチョロしか雪がありません。これだからスキー場にも雪が無い訳だ。しかし今晩からはここも吹雪で真っ白になるでしょう。

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まだ休みかな

夜行から乗り継いで酒田行きの列車に乗れました。この列車は山形県に入ると、鶴岡に通う高校生でいっぱいになるのですが、今日はまだ冬休みかな?と思います。車内は自分と似たようなやぼったい男がほとんど。しかし津軽海峡まで一緒の人は少なそうです。外は真っ暗。夜行列車は5時間くらいしか時間がなかったので良く眠れませんでした。

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2007/01/05

11本

いよいよ出発しました。ところで七日の天気は予想以上に荒れそうです。日本列島に8本等圧線が並ぶと大雪というのが天気図を見る時のポイントですが、七日朝には11本も並ぶ予想です。これは北日本では台風並みの風が吹きそうです。ホテルに電話して聞いてみたところ、台風が来なければ列車は動くと言われましたが、果たして?

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ユーモアが無くっちゃ!

昨日からデイケアが始まりました。昨日は14時までだったのですが、今日から本格的再開です。新年のプログラムは書初めだったようです。

この書初めが面白いのです。自由に書いていいようなのですが、多くの人は「賀正」と書きます。しかし中にはセンスのいい人がいて、去年は「姉歯」と書いている人がいて笑いが止まらなかったのを覚えています。今年は「朝青龍」のほか「知事」「土木課」さらには「談合三兄弟」。ほかには「山本モナ」。

なかなか厳しい環境にある人たちが集まってきているはずですが、こういうユーモアが気持ちを明るくします。世間なんか笑い飛ばして、今年も過ごしたいです。

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2007/01/04

頑丈

昨日、山梨に住んでいるいとこの家へ日帰りで行ってきました。行き帰りの中央線で新型の快速電車を見ることができました。この新型電車は信号系統だったか電気系統だったか、故障しやすいところを2重にしてバックアップしているため車両故障に大変強いというのが売りです。中央線は平日朝は2分10秒間隔で運転される日本一の過密路線(3月18日からは山手線が制御方法の改良により1本増えるそうですので中央線以上の過密ダイヤになりそうです)なので、ラッシュ時にトラブルがあると大混乱になります。そのため、新型電車の投入を急ぐようです。

ところで現役の中央線快速電車は国鉄時代に開発された初の省エネ電車です。当時は1両当たりの価格がその前の代の103系と言う電車(つい最近まで武蔵野線や常磐線快速として走っていた電車です)の1.5倍すると言うことで話題になりました。価格が高くても電気使用量が少ないので長い目で見れば得になるということで中央線のほか関西の東海道、山陽線にも投入されました。

この201系と言う中央線の電車は何しろ頑丈で壊れないのだそうです。最近は省エネ電車が当たり前になり京浜東北線の209系という車両は車内の目立つところに「以前の電車(103系)の47%の電力で走っています」と書かれています。が頑丈ということでいうと201系のようです。新型車を導入するのはいいのですが、壊れない201系ですから別の路線で活躍することが望ましいと思います。しかし首都圏や仙台、新潟地区ではほとんど新型電車が導入されているうえ、最後まで残った武蔵野線は山手線の新型電車導入であまった車両を転用して旧型電車を全廃しています。首都圏では活用しづらいのです。

ところで関西地区では新型電車の導入があまり進んでいません。省エネの新型電車になっているのは東海道・山陽線のほか一部で、大阪環状線ですら関東では全廃された103系が現役で活躍しています。ということで中央線から出てくる201系は関西で活躍するのが一番良いのではないかと思います。昔の国鉄と違って今は別会社ですから交渉が必要でしょうが、東京の地下鉄東西線乗り入れようの103系がJR九州に移籍して、地下鉄と相互直通している筑肥線に入っていますからありえることだと思います。ぜひ有効活用して欲しいと思います。

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あさってから実況中継

お正月の記事でも書きましたが、いよいよ明日深夜に北海道に向けて出発します。あさってからは昨夏にもやりまして好評だった「携帯から旅行実況中継」をお届けします。コースは5日深夜大宮から「ムーンライトえちご」に乗り翌朝新潟。乗り換えて羽越線、奥羽線を北上、津軽海峡を渡って函館泊。7日は函館から1両のワンマンディーゼールカーで長万部、東室蘭へ。さらに苫小牧から札幌へ。8日は札幌から旭川へ。と言う行程です。そのほか札幌から浦河へも列車で旅します。13日の夜行「はまなす」で青森へ。14日は東北線をずんずん南下し盛岡、仙台、いわき、水戸経由で帰宅の運びとなります。

夏場の九州行きと違って厳しい冬のたび。いろいろとトラブルも予測されます。とくに現段階で7日は冬型の気圧配置が強まり北日本は大荒れになることが予想されています。8日も北海道は厳寒が予想されます。どんなことになりますか、どうぞ実況中継でお楽しみください。

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2007/01/03

とりえ

正月はスポーツのシーズンですね。天皇杯、浦和レッズが2連覇したのはうれしかったです。終始押され気味だったのを何とかかわし後半42分と言うタイミングで永井がゴールを決めたのは、リーグ戦悲願のの優勝にこぎつけたレッズが身につけた勝負強さかもしれません。

ところで毎年楽しみにしている箱根駅伝です。毎回いろんなドラマがあって吸い付けられます。テレビがもう全然見られない体調になったのでラジオ観戦でした。東海大の独走にもびっくりしましたが、なによりすごかったのは順天堂の今井選手。アナウンサーも解説者も絶句するほどのすばらしい走りで、東海大と4分以上あった差を逆転、1分40秒以上の差をつけて往路優勝に導きました。解説者、何度も絶句していました。800メートル以上の標高差がある箱根路で、まるで平坦地を走るような快走。坂を転がり登るようなバランスとコース取りで、全く次元の違う走りを見せました。5区で3年連続区間賞というのは当分出ないでしょう。

今井選手はトラックではあまり目立たない選手で、出雲や全日本大学駅伝では区間3位以内すらないのだそうです。ところが箱根の山登りに関してはほんとうにすごい。今井選手の作った区間新記録を破る選手も当分出ないでしょう。

今井選手と言う人は、特に才能らしきものがないように見える子でも、特殊な環境で抜群の実力を見せることがあるということの実証です。だれでもきっと「ここでは負けない」というような得意分野があるのかもしれません。それを見つけられると言うのは幸運でもあり、しかし生きる過程の中で絶望する必要はない、絶対に何かとりえがあるんだからと語ってくれたようでもありました。

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2007/01/01

スターバックスの福袋

年越しミサに参加して2時過ぎに帰ってきてからすぐ寝たのですが、よく眠れたせいか今日は朝から元気でした。先週の火曜市でもらったジャスコの300円引きクーポンを無駄にしないで食材を買いに行こうと、9時半頃のバスでキャラへ行きました。

10時少し前でしたが、平面駐車場は満杯。中へ入るとまあ、人のいること、うじゃうじゃいました。元旦から買うね!みんな。

お目当ては福袋のようで、洋菓子屋さんの福袋などは長蛇の列。無印などはオープン当初でめぼしいものはほとんど売り切れていました。

自分は福袋に用がないので、さっさとジャスコの食品コーナーへ。パンやら牛乳やらヨーグルトなど毎日食べ、飲むものを中心に普通に買い物をしましたが、野菜の正月価格にはびっくり。にらが178円、ほうれん草が248円、きゅうり1本80円。ひえー、買えないよ。

買い物が済んだのですが、帰りのバスの時間を見ると30分以上間があります。国際興業バスはほんとうにすごくて毎年正月3が日は正月の臨時ダイヤになってバスの本数が大幅に減らされます。普通の会社は臨時ダイヤを編成することそのものが大変なのでそこまでやらずに休日ダイヤで運転するものなのですが、国際興業はたった正月1日ごとに特別ダイヤを編成します。これはダイヤ編成に相当高度なコンピューターソフトを利用していて、条件をたたき込めばほぼ一発ででるようなシステムを採用しているのだと思います。

そんなことで、ひさしぶりにスターバックスでバス待ちの時間をすごすことにしました。スターバックスも大賑わい。
吹き抜けにいすとテーブルが用意してあるのですが、そこの脇で「スターバックスの福袋」も販売していました。買うもんかと思っていたのですが、だんだん気になってきました。豆も入ってカップやなんかも入って3000円というのです。結局買ってしまいました。

帰ってきて中を見ました。2000円のディーン・マーティンのCD、1500円のカップ&ソーサー、1200円のスマトラコーヒー、その他水筒、トランプ、ブックカバーが入っていました。どうせ廃番品などでしょうが、まあまあ損ではなかったかなと思いました。午前中には完売したでしょう。

しかし、昨日おおみそかに平常営業しながら各店とも今日の福袋を準備していたのですからまあすごいですね。売るほうの立場にいた頃もあるわけですが、年末年始はホント激務なので元旦から働くキャラのスタッフ一同に「ご苦労様」と言いたい気持ちになりました。

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謹賀新年2007

あけましておめでとうございます。旧年中は鳩ヶ谷雑記をご愛顧いただきましてありがとうございました。まあ「雑記」ですから相変わらずつれづれを書いていくことになると思いますが、今年もどうぞよろしくお願いいたします。

新年からさらにカテゴリーが増えます。教育、子ども、基本的人権と、か行で始まるものばかり3つです。

初詣、今年は原点に立ち返ると言う意味をこめて、四谷の聖イグナチオ教会の新年ミサに参加してきました。病気になってからもさまざまな問題で悩んできたのですが、ここの相談室でおそらくボランティアで話しを聞いてくださる方がいて、一時期本当に助けられたのです。またオルガンのゆうべと言うイベントで初めて訪れたのがここイグナチオ教会だし、黙想会などにも参加して得がたい仲間と出会ったのもここ。自分は信者ではありませんし、これからも洗礼を受けたりするようなことはないと思いますが、求道者として出入りしようと思っています。

原点に立ち返ると言うのは、昨年12月にいろいろとぶちあたって出した結論です。一昨年べてるの家やフリースクールと言うものに出会ってから、自分はやっと病気を丸ごと受け入れ、「治ったら○○する」と言う発想から抜け出し「今できることをさがす、やる」に方針転換しました。これが非常にいい結果を生み出したので、その原点に戻ろう、もっと深く追求してみようというきもちになりました。そこで新年5日深夜の夜行快速「ムーンライトえちご」からスタートして鈍行列車で北海道まで行き「浦河べてるの家」を直接見学することにしたのです。また、将来何年かかるか分かりませんが普通に動けるところまで快復したならば、ドイツのシュタイナー教育を勉強してフリースクールで教師をしてみたいと思うようになりました。これはまだまだずっと先のことですが、自分の快復へ向かうためのモチベーションとしてそういうことを意識してみようと思っています。

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