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2006/10/20

追悼阿部謹也先生

阿部謹也先生の本をはじめて読んだのは学生時代。ちくま文庫の「ハーメルンの笛吹き男」を読みました。ハーメルンの笛吹きというおとぎ話というか伝説を聞いたことはあると思うのですが、その伝説を糸口にヨーロッパ中世史、なかでも社会史を読み解く本でとっても面白かったのです。一橋大学の先生で自分は直接教えてもらったことはないのですが、「ハーメルンの笛吹き男」がきっかけで何冊か先生の本を読みました。先生はドイツを中心としたヨーロッパの中世史を研究され、のちにはその成果を応用して日本における「世間」を読み解く本を出版されています。自分はそれらの本にずいぶんと影響されてきました。

日本ではお中元やお歳暮などといった互酬の習慣があります。もらったら返すというもので、商魂たくましいデパートなどがこれを利用してバレンタインデーに対するホワイトデーとか、最近は敬老の日に対して孫の日なんてものを作っていますがこれは西洋社会には無い習慣です。日本では個人と社会(世間)のありかたがヨーロッパ社会とかなり違っていて、行動様式や人間関係のなかに呪術的な関係が強く生き続けているのです。

ところが先生のドイツ中世史研究によって、西欧社会にもかつては日本のような呪術的関係が生きていたことが分かります。そしてそれが「キリスト教」という全く新しい概念によって駆逐されていったことが分かるのです。キリスト教会は呪術的関係を徹底的に否定し、聖と俗の間に明確な境界をひきました。俗習にとらわれなくなったことにより西欧の人は「社会の構成員の一人」という立場から解き放たれて「個人」という概念を手に入れ、「個人」を尊重するための「人権」といった発想が生まれてくるのです。日本で「人権尊重」が単なるお題目に過ぎず人権侵害と見られる事例が枚挙に暇ないのはこうした発想の違いに原因があるのです。

だいぶ大雑把な書き方ですが、自分はこんなふうに先生の説を受け止めているのです。ひょっとしたら自分なりの解釈が混じっているかもしれません。違うなと思われたらご指摘ください。

自分の大学時代、「ニセ学生マニュアル」という本が出ておもしろかったです。これは大学の特に文科系学科がレジャーランドと化していた頃、本当にやる気があるなら「これは」という先生方の講義を大学の枠を超えて聞きに行こうというマニュアル本で、どんな人の授業が聞く価値がありその授業はどこの教室で何時から行われると言うことまで網羅した本です。価値ある講義の中には当の大学の受講生がほとんど幽霊化しているところが多数あったので、もぐりで聞きに行ってもむしろ教えるほうは歓迎してくれるのではという発想でした。その本の中でも阿部謹也先生の研究は絶賛されていて、「ニセ学生マニュアル」の黒幕では?とうたがわれたこともあるとか。

先生がなくなられたのを知ったのは今月初めでした。それ以来書こうと思いながら書けなかった難産の記事をやっと20日になってアップします。先生のご冥福をお祈りします。

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