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2006/05/22

愛国心とは

硬い話題を書いたついでに、もう一本。

教育基本法改正案が閣議決定され国会審議になりましたが、あれに盛り込まれている「愛国心」とはいったいどんなものでしょう。

この問いかけに壱萬円札の福沢諭吉先生がこんなことを書かれています。

右三箇条に言うところは、皆、人民の独立の心なきより生ずる災害なり。今の世に生れ苟(いやしく)も愛国の意あらん者は、官私を問わず先ず自己の独立を謀り、余力あらば他人の独立を助け成すべし。父兄は子弟に独立を教え、教師は生徒に独立を勧め、士農工商共に独立して国を守らざるべからず。概してこれを言えば、人を束縛して独り心配を求むるより、人を放ちて共に苦楽を与(とも)にするに若(し)からざるなり。 「学問のすすめ 三編 岩波文庫版」

つまり「愛国心」とは人々がみな知恵を持って独立すること、自分で考えることだというのです。

どうも「あれっ?」という感じではありませんか

何か違和感を感じる方は、こちらを読んでどう思いますか?

独立の気力なき者は必ず人に依頼す、人に依頼するものは必ず人を恐る、人を恐るる者は必ず人に諛(へつら)うものなり。常に人を恐れ人に諛う者は次第にこれに慣れ、その面の皮鉄の如くなりて、恥ずべきを恥じず、論ずべきを論ず、人をさえ見ればただ腰を屈するのみ。いわゆる習い性となるとはこの事にて慣れたることは容易に改め難きものなり。(中略) 目上の人に逢えば一言半句の理屈を述ぶること能わず、立てといえば立ち、舞えといえば舞い、その従順なること家に飼いたる痩犬の如し。実に無気無力の鉄面皮と言うべし。昔鎖国の世に旧幕府の如き窮屈なる政(まつりごと)を行う時代なれば、人民に気力なきもその政事に差支えざるのみならず却って便利なるゆえ、故(こと)さらにこれを無知に陥れ無理に従順ならしむるをもって役人の得意となせしことなれども、今外国と交わるに至ってはこれがため大なる弊害あり。

これでしょう?「役人の得意となせしこと」を無理無理させようとしているのでしょう。福沢諭吉は、それは結局国のためにならないと明言しています。

自立して考えることは国のことを憂うだけではなくもっと身近なことに通じるはずです。県政、市町村、街づくり、自治会、PTAその他あらゆることにおいて人に下駄を預けたままのこと、多くありませんか。女性だって対等に考えるべき。某都知事は「フェミニズム」という言葉も嫌いらしいけれど、恥知らずというべきでしょう。

身近な分野で、国民がまる投げしていることがおおすぎます。これは結局為政者に都合よく使われるだけです

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