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2005/11/04

患者学という考え方(当事者性の回復その3)

もう2ヶ月くらい前になるでしょうか。加藤眞三先生という肝臓病の専門家で慶応大学におられる方の「患者の生き方」という著書をベースに患者学という考え方について書きたいと書いた記憶があります(調べたら8月17日でした)。1ヶ月くらいで何とかなるかなと思っていたのですが、いつまでたっても書けません。実のところ本はとっくに読破して今3回目の読み直しをしています。難しい本ではありません。平易に分かりやすく書いてある本です。自分が考え違いをしたのは、患者学のテーマで取り上げられている分野が幅広いことと、医者と無縁の健康体の人が医者と患者の関係をここまで突っ込んで考えることは普段まず無いということ、だから自分にとっても思いもよらなかった話題がたくさん出てきて消化し切れなかったという2点でした。

1回で書ききるのは到底不可能なことに気づいたのは1ヶ月くらい前でしょうか。それからノートをとりつつ他の話題にももまれながら今日まできました。とりあえずの1回目を書いてみようと思います。前振りが長くなりました。ごめんなさい。

患者学という考え方も、自分が大きなテーマとして掲げている「当事者性の回復」につながるのは漠然と分かっていました。要は医者と患者という関係の中で、今までは医者が優位にたち患者はそれに従うしかないという構図があったのです。それはテレビドラマなどでよく話題にされましたよね。しかし医者と患者が対等に話せるかといえば、知識の量が圧倒的に違うのですから医者のほうが患者に歩み寄ろうとしない限り難しいでしょう。自分のことで言えば、医学部を出て国家試験を受け、合格して研修医として病院に勤める・・・ここまでは医者の卵は専門(たとえば内科とか耳鼻科とか精神科とか)を持っていないということを知りませんでした。研修医としての年限を過ぎて初めて医師は内科の医師になったり耳鼻科の医師になったり精神科の医師になったりするんですよね。ということはどの科にも共通するベースの部分は医者と名乗る限りみんな持っているんですね。そんなことすら知らなかったんです。

患者学の手始めとして本では「かかりつけ医」を持つことの重要性が説かれます。しかし・・・

決して「著しく健康」だったわけではない自分ですが、うつになる前は風邪を引いても薬は飲まないし、ヘルペスが出ても医者にはいかない。気合と時間で治していました。いや治ってしまいました。ですから医者や薬というものからすごく縁遠いところにいたのです。かかりつけ医の重要性をいわれても、「医者に行くような病気していないし」という感じで、うわのそらでした。おそらく自分の同級生などは持病があるか、親類縁者に医者がいるかしなければ、「自分のかかりつけ医」なんていうことは考えもしないでしょう。

うつ病になって、医者とのながーいお付き合いが始まりました。今思えば、はじめにかかった先生は医者との付き合い方を「教育」してくれていたような気がします。まず日記をつけなさいといわれました。そして診察のときは日記のコピーを持ってくるように言われたのです。これは、どういうことがあってその結果どうなったのかを知ることが精神科の先生にとって重要だからで、診察室でうつのつらさをだらだらと話されても得るものが無いからだとだんだん分かってきました。今は受診前に30分くらいかけて、主治医が重要と考えるだろう点と自分が知りたい点をピンポイントで話すことができるようメモをまとめてから受診しています。だから10分足らずの診察でも自分は十分満足できます。

かんぞうのしんぞう先生(加藤先生は肝臓病が専門でありながら、お名前が「しんぞう」なのでエキブロ・メディカルで愛着を込めてこのように呼ばれていました。じぶんもそれに倣います)の本の中には「医師にかかる10か条」という項があります。これは「NPO ささえあい医療人権センター コムル」という患者団体が提唱したものに先生が医者の立場から解説を加えている部分ですが、ここではその10か条を列挙してみます。

1、伝えたいことはメモをして準備
2、対話の始まりは挨拶から
3、よりよい関係作りはあなたにも責任が
4、自覚症状と病歴はあなたの伝える大切な情報
5、これからの見通しを聞きましょう
6、その後の変化も伝える努力を
7、大事なことはメモをとって確認
8、納得できないときは何度でも質問を
9、医療にも不確実なことや限界がある
10、治療方法を決めるのはあなたです

実にこの10項目のうち1~9までは自分が最初にかかった神経科クリニックの先生が少しずつ教えてくれたものです。10番目も一昨年「入院したほうがよくならないか」という問いかけに「自分で決めなさい」といってくれたのですから、全部おそわったようなものです。この心がけは皮膚科にかかるときも消化器内科にかかるときもすべて応用が効きました。ですからこれができるということは変な話ですが「患者として一人前」になったというところでしょうか。

入り口の段階から途方もなく長い記事になってしまいました。しかし普段から医療に従事しているお医者さんと、普段は健康で医者に行くということがとても珍しい患者とでは、発想に埋めがたいギャップがあるというのが感想です。

最後にもう一言だけ。実は自分は歯医者さんだけはかかりつけがあるのです。これも特殊な事情で、勤め先のショッピングセンターのテナントに歯医者さんがはいっていまして、大変フレンドリーな方で店の行事にも積極的に参加されていたので親しみがあり、自然とそこに通うようになったのです。最初は歯磨き指導から始まって、親知らずのことも知らなかったのを教えてもらって全部抜き(最後のひとつは大学病院を紹介されました。皮膚がかぶっていたんです)、今では歯に関してまったく心配が無いのです。でも歯石というものはきちんと磨いてもたまるから半年に一回はおいでといわれています。かかりつけというのは確かにあると心強いものです。

この記事、ちょっとシリーズ化させてください。また今度。

かんぞうのしんぞう先生の記事 加藤眞三(消化器内科) 患者学;医療はどこまで患者中心になれるのか 1 - MELIT 医療情報リテラシー.にトラックバックします。

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コメント

この歯医者さんのようなかかりつけ医が持てることが理想でしょうね。

シリーズとしての記事の更新を楽しみにしています。

ところで、名古屋には行かれること決まりましたか?

投稿: 加藤眞三 | 2005/11/09 06:19

しんぞう先生、ようこそお越しくださいました。

楽しみにしていただくほどのことが書けますかどうか・・・。なんとか精一杯やってみようと思います。では名古屋で。

投稿: なんちゃん | 2005/11/11 20:14

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