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2005/10/13

少子化(論点整理)

鳩ヶ谷雑記では大きなテーマをいくつか抱えているのですが、そのひとつ少子化について論点整理をしてみたいと思います。

少子化問題とは、実は社会問題でもあり経済問題でもあり、いろいろな切り口を持っていてなかなか一くくりにできない難しいテーマです。それを何とか分かりやすくとっつきやすくしたいとずっと思っていました。やっと書きますよ、ぽっぽさん。読んでいますか?日経新聞朝刊で今年前半に少子に挑むという連載記事がありました。当時その記事を引いて問題提起をしたりもしたのですが、7月にその連載に加筆編集した本が出ました。今回はその本をこの3日で一気に読んで、なぜ少子になるのかを大雑把に2つの原因にくくってみました。

女性が子どもを産まないのは大きく分けて経済的負担の問題と人的負担の問題に分類できます。まず経済負担ですが、これは極論すれば国の福祉にかかるお金のうち子どもに対するものが高齢者に対するものに比べて桁違いに少ないことが原因です。社会保障給付のうち高齢者向けと児童関係費の比率は70:4。健保から出る30万円の出産育児一時金では出産費用さえまかなえません。東京では一人生むのに50万かかるそうです。深夜に当直した看護師の時間外手当まで請求されるそうです。高学歴化にともなって高齢出産が増え不妊治療にかかっている人が47万人。この不妊治療費も保険適用されません。不妊治療には心のケアも必要。精神的にも追い込まれるものであることは鳩ヶ谷雑記でも少し触れましたが、カウンセリングだって保険が利きません。保育施設は0歳児から必要。働いていない女性でも母親の育児ストレスが高まっているから。しかし保育園に入るのさえ一苦労。0歳児で保育園に入っているのはたった1割。そして入ってからの保育費も馬鹿になりません。自治体によっては半額にしたり無料にしたりしています。地方では仕事がなかなかありませんが大都市の住居費の高さはこれだけのデフレをへても異常。そしてなんといってもこれが一番、教育費。ゆとり教育の名の下に公立学校の教育は崩壊したといってもよく、中学受験、さらには小学校から私立という選択をせざるを得ないと考えている人も多数。しかも私立学校に通っていながら塾に行くのは当然といっても良いような現実があります。

たとえば昨年生まれた110万人分の出産費を一人40万円として4400億円。これが今年1年で住宅金融公庫の損失処理に使う費用とほぼ同額。110万人に出産祝いを100万円出したら1兆1千億円。10月から見せ掛けだけの民営化を果たした日本道路公団の1年間の道路建設費、維持費と同水準。こうしてみてくると少子化対策が必要との政官の掛け声とは裏腹にこの国は少子化を政策的にやっているとしか思えません。

さてもうひとつの人的負担のほうを見てみましょう。これはさらに2つに分けられて、一つは核家族化の進展によって大家族で子育てをシェアできなくなった上、近所づきあいも薄くなって近所同士で子育てをシェアしたり子育て経験を共有化することも少なくなって孤立した子育てをせざるを得ないこと。もう一つは労働時間が長すぎることです。夫の労働時間が長すぎて家事を手伝う余裕がない上に、女性も仕事か子育てどちらかしか選択できないような働き方をさせられています。これは多人数のチームで仕事をシェアしあう仕組みが企業にないことと特に団塊の世代の男性が、専業主婦が夫を支えるというモデルによる成功体験から抜け出せず、もはや専業主婦でいられる女性のほうが少ないのに考え方を180度転換することができないことにあります。NHKのプロジェクトXを見てください。女性は専業主婦で内助の功という話ばかり。あれが高視聴率を集めていることがその証拠ともいえるでしょう。リストラで企業は人を育てることを放棄し即戦力を採用し、いらなくなるとばっさり切る。これで女性が子どもを産む気になりますか?育児休業の取得率は高いけれどそれはやむなくやめた人がカウントされていないから。労働人口が減るのだから、女性の能力をもっと生かす人事制度が望まれるのに、実際は一度退職するとほとんどパートの仕事しかなく2億4000万円も生涯賃金が違ってくる(内閣府の試算)んだそうです。

とてもとてもこれだけで少子化を語りきれるわけではありませんが、論点整理として子どもを生まないのではなく生めない事情をまとめてみました。この捕らえ方が一番多くの問題点をカバーできるような気がしています。

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経済・政治・国際」カテゴリの記事

コメント

はじめまして。      ワタクシごとですが、
出産の為 長年 勤めていた会社をやめました。
そして時が立ち、育児も一区切りついたので
再び 働こうと思いましたが
働き口が見つかりません。
夜遅くまで働くわけにもいきませんし、
年を追うごとに 1つ歳をとるため
年齢制限も どんどん厳しくなります。


子供を産む時に
託児施設に預けて仕事を続けるか、
子供と一緒にいる時間を長くするかという選択で 
退社を選びました。それ事態は後悔はしていません。
しかし ずっと会社に勤め続けている友達と
生涯賃金が2億も違うとは・・・ 
ショックです。

投稿: 宇治金時 | 2005/10/14 22:45

宇治金時さん、ようこそ、いらっしゃいませ。

内閣府の試算は根拠となる数字が書かれていなかったので実際どのくらい違うか微妙ですが・・・。たとえば35歳で以降平均年収700万円くらいもらえる人が退職して時給1000円で一日5時間、月20日働いた場合60歳までで1億5000万くらい違ってきますね。

女性の活用を謳いながら、実際はそうなっていない現実。しかし働き手の減少という実際の影響が出てくるにしたがって、少しずつ道も開けてくるのではないでしょうか。5年もたてば雇用環境もずいぶん変わると思います。5年前は転職の限度は男性でも35歳というのが多かったですが、今は35歳にこだわらない企業が増えて自分も少し安心しています。宇治金時さんもがっかりせず、むしろゆっくり構えてお子さんとの時間を大切になさるのがよいと思います。

またお越しくださいね。

投稿: なんちゃん | 2005/10/16 14:41

なんちゃんさま
お返事をありがとうございます。
的確なお言葉に涙が出そう・・・。
時間を大切にする事を忘れてました。
"ゆっくり構えて"気長に頑張ります。

投稿: 宇治金時 | 2005/10/16 22:00

宇治金時さんのお言葉に自分も励まされますよ。今は仕事ができないけれど、時間はふんだんにあります。貴重な時間で旅行に行ったり本をたくさん読んだり、勤めている人には絶対にできない時間の使い方をさせてもらっています。神様の贈り物くらいに思っておきましょうか。

宇治金時さんもお金に換算できない大切なものをいっぱいいっぱいお子さんから授かることでしょう。

投稿: なんちゃん | 2005/10/17 22:50

こんにちは。
ついに少子化でましたね。
覚えててくださってありがとうございます。

お金の問題、分かってはいるけど
息苦しくなってきますね。
東京じゃないというだけで
多少は心が楽かな。(先は分からないけれど)
子供は欲しいし、安心して育てたい。
それには多くのお金が必要で
でも女には特別な能力と特別なバイタリティーの
ある人以外は社会ではやはり最初から
「女」という枠に追いやられるだけのことが多い。
女には普通に自分の人生
(できる範囲で社会に関わり働きかけながら稼ぐ、
いわゆる女に求められるものに押し込められずに)
生きることも許されてないんだなと。

投稿: ぽっぽ | 2005/10/21 22:00

>つづき
相手の経済力ゆえに結婚を決める・・
そこで子供に与えられるものって
精神的には私には何もないかもしれない。

本当に結婚して子育てすることだけが
私の夢だったっていう人はいいけれど。

自分の人生を折ることとなっての子育ては
そこには当然解消されない不満を
抱えていて。
きっとそういう気持ちが子供に
悪影響与えてしまうんだろうな
と考えてどうどう巡りで、
結局こんな気持ちだったら
結婚も子供産むのもしないほうが
いいのかなという思いになる。

性教育や避妊やそれらは大前提で、
虐待とまではいかなくても
心理的なネグレクトになったりする
本当の問題の原因はそのあとに
あるのかなと思います。

投稿: ぽっぽ | 2005/10/21 22:01

ぽっぽさん、ようこそ。読んでくださっていましたね。よかった。

お返事すごく考えてしまいました。もし将来自分が結婚するとしたら相手には仕事を続けて欲しいと思っているのですが、企業がそういう働き方を許すのか・・・大半の企業で言っていることとやっていることが正反対なのを見るとどうかなあと思います。

ただ、人生決してまっすぐに道が伸びているとは限りません。自分みたいに曲がり角を何回も曲がっている人間もいます。それを受け入れる心のゆとりも必要かなという気がします。だから子育てで自分の生きかたを変えざるを得なくなっても、新しい喜びを見出すことは可能だと思うのです。決して仕事と子育ての二者択一を求める社会が良いとは思いませんが、だから不満だけを持つのではなく、気持ちを切り替えることも大事なのではないでしょうか。本当は子育ては病気と違いますけれど、やはり人生の大きなイベントには違いないので・・・。あとは相棒がどこまで理解して支えてくれるかなのかなと思います。どうでしょう?

投稿: なんちゃん | 2005/10/23 08:13

なんちゃんさんは、ご自身が苦しみを抱えながらも
いろいろな社会問題をひとつひとつ
きちんと捉えようとしていていつもすごいです。
私も調子悪いですが、だめです、やっぱり自分が思わしくないときに
いろいろな問題に正面から論理的に向き合おうとする力がありません。
日本のダークな問題とはなるべく違う方向を見ていたいです。
引力に引きずられたらそのまま、出てこれなくなりそうなので。

子育て、大きすぎるイベントというか、結局子供がない人生だったら
何やってもいくら儲けても、生きてても意味ないような気がします。
だから、それと関わる自分の心のあり方を一番に大切にしたい・・・
そう思ってしまうんですね。

でも入れ物だけ与えられて、ここでやれ、って言われても意味がない。

あくまでも主体的に子供に関わってこそ意味があるんです。
そしてそれでなければ子供の心も生きてこないって思います。

自分の場合、すべてはあっても、あればあるほど(ってそんなにないけど)
心が無味乾燥になってくような中で生きてきたから、というのもあるけれど。

私たちって、将来の夢とか好きなことをやればいいと
言われて育ってきた世代で(20後半)、
だから自分なりの楽しい未来や世界を夢見て
「何か」に向かう気持ちを大切に原動力で
それまでの時間を下準備みたいな気持ちで乗り越えてきたし、
いろいろなことに関心を持ってきたわけです。
それをいきなりざっくり切り落とされたら
自分の存在が虚無に投げ込まれてしまう感じがするのです。

投稿: ぽっぽ | 2005/10/24 19:10

>つづき
相手の経済力というだけでその中に
押し込められたら自分の人生はそこで終わりですよね?
自分に求められた役割が存在の第一にしなければならないわけで、
そしたら社会に向く目も考えようとする力も
ものを言おうとする力も最初から奪われてしまうんです。
実際は働きかける力は何もなくても、そういう気持ちでい続けられること
世界を眺めていられることが、
生きていることのひとつの大事にしたい楽しみなんですね。

そして子育てで気持ちの切り替えはいいのですが、
現実の社会は一旦家庭に入って子供を持った女性に対しては
ますます社会では低賃金な場所しか最初か用意されておらず
いわゆる「おばさん」的な扱いになりますよね。
変わってはくるでしょうが、それでもなかなか根強いと思います。
人の見方にただ影響されやすい私なのも私ですが。

子育てが楽しいのってただ世話をして
大きくさせるためでも、常識を教えるためでもレールに乗せるためでもない。
やっぱり子供が世界を感じて、ひとつひとつ発見して
社会にどう関わってどんな世界をつくっていくかが楽しみなわけです。
でも自分自身が社会に生きてる世界がなかったら
子供のそれはやっぱりどこかで所詮人事で無関心になってしまう。

結婚するなら一緒にそれぞれの社会を見て
歩んで行ける人と思っていましたが、どうも男の人は違うみたい。
外に出れば、女の役割で生きてる人が好まれてて、
そういう存在を一番に求めてるのも、
押し込めようとしてるのも男なんですよね。
他の人はどうでもよかったけど
この人と、と思った人がそういう感じの人(たぶんですが)と
うまくいってて、こればかりは心穏やかに保てなくなってしまう自分がいて。

長くなりました。

投稿: ぽっぽ | 2005/10/24 19:11

ぽっぽさん、こんにちは。

確かに男性の側で意識してか、してないのか女性の社会参加ができないような生活スタイルを求めてしまう場合は多いですね。これはその人の親の影響が大という気がします。お母さんが良妻賢母だった人は無意識に女性にもそれを求める傾向があるかなあ。

自分は母親がまったく社会と接点を持とうとしない人で、そのために父との間に起こる確執みたいなものをずーっと見てきたので、女性も社会に出てないとだめでしょうという意識がとても強いです。人生のパートナーであるだけでなく日々の社会生活でも気持ちを分かち合えるようなスタイルでないと、すれ違ってしまいそうで怖い。

自分のいとこは公務員のだんなのほうが早く帰るので食事を作ってもらっていますね。あれはすごいと思います。あとは男に期待しないでシングルマザーを貫いている人もいます。銀行の総合職でバリバリ働いて、今は京都の街家を借りて手料理の店を開こうとされていますが、この方は本当に精神力の強い人ですね。だれでも彼女のまねが出来るものではないでしょう。

ぽっぽさんは社会とつながっていなければという意識(こうありたい)と、女性は家庭(こうあるべき)という意識が綱引きしてしまっているように自分には思えます。「これ」と思った男性が「女性は家庭」という意識だったことで気持ちが引き裂かれてしまっているようですね。こうすればというアドバイスはできないですが、よくご自身の気持ちを確認してねじれを修復しないとつらいんじゃないかなと想像します。ベストにはならないかもしれないけれどベターチョイスができますように。

投稿: なんちゃん | 2005/10/28 09:02

たくさん答えてくださってありがとうございます。
女にとっても親の影響は大きいですね。本当に社会と接点を持つ気がない母親は、父親との確執の不満が子供にもろ向かうことって多いと思います。それでもまだ仕事も子育ても含め「人の暮らし」が地域に溢れてた時代は、組織に属しての社会参加などしなくてもそれでよかったと思うんですが。
お体お大事に・・・

投稿: ぽっぽ | 2005/10/28 21:22

ぽっぽさん、こんばんは。

そうですね。組織に属さないと社会参加できない世の中というのはずいぶん変なものだと思いますけれど現実ですよね。実際自分が友人に恵まれていなかったら仕事もしていない中で、引きこもり状態になっているでしょう。地域が力を失っていることがいろいろなマイナスとなって出てきている気がしますね。

体を気遣ってくださりありがとうございます。続きを近日書きますのでまたきてくださいね。

投稿: なんちゃん | 2005/11/01 23:20

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