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2005/07/16

ヨセフを知っている一族

自分は女流文学が好きで、「若草物語」や「あしながおじさん」、「嵐が丘」、「ジェーン・エア」など本がぼろぼろになるほど繰り返し読んでいますが、特に「赤毛のアン」シリーズは好きで「アンの夢の家」(新潮文庫)(第6赤毛のアン・原題Anne's House of Dreams)まで読んでいます。ここまでは本当に何度も読んでいるのですが、次の「炉辺荘(イングルサイド)のアン」は8年ほど前に買って以来あまり読み進める事ができません。自分の人生と重ねながら読んでいるところがあるので、アンがギルバートと結婚して、その新婚生活までは想像しながら読めるのですが、子どもたちが生き生きと描かれる「炉辺荘のアン」は、自分の想像の及ばないところがあるのです。あとどの位したら読めるようになるかな、と楽しみにしています。

さて、「アンの夢の家」には、キーパーソンとしてジム船長という老齢の燈台守が登場します。彼がはじめてアンとギルバートの家に来た帰りがけにこんなやりとりがあります。


「あんたは若いし、わしは年寄りだがわしらの気持ちはおない年だと思いますわい。わしらは二人ともコーネリア・ブライアントじゃないが『ヨセフを知っている一族』同士だでな」
「ヨセフを知っている一族ですって?」
と、アンは面食らった。
「さよう。コーネリアは世界じゅうの者を二種類に分けていますでな-ヨセフを知っている一族と、知らない一族とにな。もしある者がこちらと意見が一致し、物事についてほぼ同じ考えを持ち、冗談口にも好みが一つだとしたら、その人間はヨセフを知ってる一族に入るわけですわい」
「ああ、わかったわ」と叫んだアンの眼は輝いた。「それは元わたしが-今でも引き合いに出す言葉で『同類(キンドレッド)』のことなんですよ」
「その通り-その通り」と、ジム船長は同意した。「なんであれ、わしらはそれなんだ。今夜があんたが入ってきなすった時にね、ブライスの奥さん、わしは自分に言って聞かせたです、『そうだ、この御仁もヨセフを知っている一族だな』とね。わしはえらくうれしかったですよ。そうでなかったらお互いに付合いをしても心からの満足は得られませんわい。」


ここを読むと、いつも自分は大きくうなずきます。最近の自分は初対面の人でもそれなりに話すことが出来るようになりましたが、でも話の合う人とのやりとりは初対面からとても気持ちのいいものです。そういう時自分は「あ、この人もヨセフを知っている一族だな」と思うのです。

この鳩ヶ谷雑記にも多くの「ヨセフを知っている一族」たちが来てくださっています。まったくありがたい事です。ブログを通じてこんなに人との出会いがあるとは思いませんでした。

今日、にのちかさんの医療ブログ仁野千香(医師) 自業自得とは、もう言わない - MELIT 医療情報リテラシー.を読んで、コメントも読ませていただいて、ここに集っている方々も「ヨセフを知っている一族」だなあと勝手ながら思ってしまいました。大人になっても素直さ、謙虚さを失っていない人々だなと思いました。素敵な人々と出会えることに喜びを感じます。

まれに、不愉快なトラックバックなどが来たりしますが、だまって削除させていただいています。ここは「ヨセフを知っている一族」の集いの場にしたいなと思っています。

#にのちかさんの「自業自得とは、もう言わない」にトラックバックします。

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コメント

こんな素敵なトラックバックを頂いたのははじめてです
あーうまく文が書けないぞー
...

赤毛のアンは小さい頃に読んだっきりです
大好きでしたが、今は覚えてないことも多いです
面白いなあと思ったのは2種類、ヨセフを知っている、と知らない。
それってかなりいい意味で、おおらか、な2種類で、なんか世の中の半分と友達になったみたいで、うれしくなってしまいました

ほんとうにラブリーです、どうもありがとう!!!

投稿: にのちか | 2005/07/16 18:26

なんちゃん

わかすぎ(あきゅの)です。わかるなあ。すっごくわかる。もちろん、単純な、好き嫌い、白黒、こっち、あっちの話では無いにせよ、一緒に空間に居ることが「心地よいか、心地よくないか」ということになるかなあ・・・。

TB先のにのちかさんの文章も読ませて頂きました。すごい「気づき」ですよね。お医者さんとコンビニの店長立場を置き換えて考えるとすっごくわかる。

お得意さんと、ちょっと面倒くさいお客さん。自分の中で選り好みしている自分がいた。

・・・自分も、エゴの塊だったと反省しきり・・・。どちらかというと、短気ですぐ、顔に出るから・・・。コンビニというエンドレスで休みのない仕事、淡々とこなすだけになっていた。

にのちかさんの文章を読んでもっと上を目指さなければって思った。

投稿: わかすぎけん | 2005/07/17 13:12

○にのせんせ

自分もかつてこんなに喜んでもらったやり取りと言うのは少ないですよ。にのせんせに自分の気持ちが通じたのが、またうれしいです。やはりせんせは「ヨセフを知っている一族」なのでした。

○わかすぎさん(あきゅの)

実はジム船長のせりふには続きがあります。「ヨセフを知っている一族は社会のリーダーですて」というんです。社会のリーダーと言うのは行政の権力者と言う意味でなく、実社会で意識的によりよい社会を目指そうとする有志という風に自分は捉えています。何がよりよいか考える上で「気づき」というのは重要ですね。あきゅのの「気づき」のセンスはなかなかだと思いますよ。

投稿: なんちゃん | 2005/07/17 19:24

なんちゃん

>何がよりよいか考える上で「気づき」というのは重要ですね。あきゅのの「気づき」のセンスはなかなかだと思いますよ。

ありがとう。そして、この言葉をそのまま、なんちゃんにも。なんちゃんから多くの「気づき」をもらっています。多謝!

投稿: わかすぎけん | 2005/07/19 00:27

にのちか先生の所から飛んできました。
 
はなこは小さな頃から、赤毛のアン好きの母に、「はなこもヨセフを知っている一族」になってね、といわれて育ちました。いじめにあったり、友達と考えが合わなくなったりした時も、母に「それは、その子たちが一族じゃないからよ」と慰められていました。
だから、自分が何かしたり考えたりしたときは、それが「ヨセフを知っている一族」にふさわしいかどうか、振り返ってみるのが、結構癖になっています。
これがなかなか難しいんですけどね。。(^_^;)

はなこも今は医学部に通っていますが、周りの人たちは意外と、けっこう「一族」である人が多い気がしています。入学したときは、そうでもないと思っていたのですが、やっぱり命に近いところで6年間も学ばせていただくと、自分も含め、少しずつですが成長していっている気もします。

まとまりのない長文ですみませんですが、久しぶりにキーワードを聞いて嬉しかったのでした。

投稿: はなこ | 2005/07/30 13:16

○はなこさん
ようこそお越しくださいました。本文では蛇足だと思って書かなかったのですが、「ヨセフを知っている一族」というのは決して意見がいつも一致することを意味しません。そうではなくて、違う意見も戦わせながらお互いを認め合うことが出来る、分かち合うことが出来るということなんですよね。医学部に「一族」が多いというのはうれしい話ですね。自分がふさわしい行動をしているかと言うのも確かに一考の余地ありです。しかしお母様は素晴らしい。はなこさんも立派に「一族」になられましたね。

投稿: なんちゃん | 2005/08/01 23:27

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