12歳の心の闇
最近22時以降はNHKラジオを聴いています。テレビの「ニュース10」をFMで聞くよりも、ラジオの「NHKジャーナル」を聞くほうが聞きやすいし、中身もテレビ並みに充実した内容なので良いです。そのあとも特別聴きたい番組もないので「ラジオ深夜便」を聞いています。
おとといでしたか、鹿児島県で火事があって子どもが数人焼死したというニュースを繰り返して放送していましたが、そのときは取り立てて気にも留めていませんでした。しかし前述のわさびさんの記事を読んで、詳しく事実を知るにつれいたたまれない気持ちになりました。
なんだか、仕事の区切りがついて一段落したので家族(のうち大人)そろってパチンコに繰り出したそうですが、家でご馳走を食べるとか、ドライブに行くとかなんかそういう楽しみは無かったのか?なんて貧しい感性なのだろうとまず思いました。そして焼け死んだ子どもたちのことを思った時、特に12歳の次女のことが不憫でならなくなってしまいました。
家族がそろってパチンコに興じるような家庭です。きっと常に寂しい思いをしていたのではないでしょうか?普通親がダメ親の場合、兄弟姉妹がいるとダメ親の影響を分散して受け止めることが出来る場合が多いのですが、この家庭の場合は姉が24歳で結婚していて子どもが4人もいたわけですよね。12歳も年が離れていたら、心の通い合う兄弟ではなかったでしょう。その上姉の子を4人も面倒見させられて・・・。普段から一人ぼっちだったのではないでしょうか?この次女の気持ちを察する家族は誰もいなかったのではないでしょうか?愛情は存在したのでしょうか?寂しくて仕方なかったのではないでしょうか?
彼女の心の中を想像すればするほど、その心の闇の深さに暗澹とした気持ちにさせられます。分かりませんけれど、もし自分が彼女の立場だったら、いつの日か両親と姉を殺したんじゃないかなんて物騒なことを考えてしまいました。彼女の心が昇華されるよう祈るばかりです。
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コメント
はじめまして。わさびさんのところからきました。私もこの12歳の少女の立場だったら「お姉ちゃんたちばっかり遊びに行ってずるい!」と思うし、きっとグレていたと思います。私には1歳になってまもない息子がいますが、一日三度の食事は本当に大変(といいつつレトルトのお世話になることも多いのですが(^^;)。親たちがそろってパチンコなんかに行っているようでは、子どもたちはきっとろくなものを食べさせてもらえてなかったのではないかと思います。
投稿: いずらん | 2005/04/03 23:11
なんちゃんさんの記事にはいつも、その考察の深さに感服します。ほんとうに、亡くなった子供たちみんなが気の毒ですが、いちばん不憫なのは12歳の彼女ですね。
幼い子の面倒を見させられるのはこの日に限ったことではなく、むしろ日常の延長に、この惨事は起きたと考えるべきでしょう。
いたたまれないです。同じ大人として、良識と常識を持たずに親になる人々がいることを、申し訳ないと思います。
投稿: わさび | 2005/04/03 23:27
いずらんさん、ようこそいらっしゃいました。自分もわさびさんつながりで「あばれルんじゃ~っ!」を時折拝見しています。
子育ては大変だと思います。毎日の事ですものね。昔と違ってレトルトや冷凍食品も使いようだと思いますが、この12歳の子はあまりよさそうな物を食べさせてもらえてないイメージですね。
食べ物もそうなのですが、全般的に愛情を与えられていないのではと思えてならなかったです。それが、彼女が大きくなった時の心理に大きく影響するような気がしました。かわいそうなことです。
コメントありがとうございました。
投稿: なんちゃん | 2005/04/05 22:56
わさびさん、いらっしゃいませ、こんばんは。
わさびさんは、「これはひどいな」と思える事件がちゃんと目に留まるのですよね。自分はその目線のおかげで、はじめて事の深層に気持ちを向けることが出来ます。
おっしゃるとおり日常のひどい状況の延長線にこの事件は起こったと思われます。自分の体験がそう思わせるのかもしれませんが、家族だから愛に満ち溢れていると言うのはうそですよね。この子が母親を選んだわけでもなく、母親が子どもを選んだわけでもない。家族と言う言葉に安心や信頼、愛情といった言葉をリンクさせられない不幸な現実がひょっこり顔を出した瞬間かなとおもいました。
投稿: なんちゃん | 2005/04/05 23:08