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2005年2月

2005/02/26

夜回り先生の講演

本日26日22:00からNHK教育で「夜回り先生」こと水谷修さんの講演会を再放送します。お時間のある方ぜひ見てください。といってもいま21:30なのでこの呼びかけでテレビを見ることの出来るかたは少ないと思います。3はFMで聞けるので、自分も聞いて、感想があれば述べたいと思います。


先ほど番組が終わりましたが、とても、今何かを言葉に出来るような気持ちではありません。また落ち着いたら書きます。


番組が放送されてから丸1日が経過しました。新しくスレッドをたてるよりもここで書けることは書いたほうが良いと思い、付け足し形式で書き込みます。

番組を聴き終わってから、むしょうに酒が飲みたくなりました。普段は夕飯に缶ビール1本、それも少なくなって週に1~2回なのですが、焼酎か日本酒を飲んで酔いつぶれたいような気分になりました。逃避ですね。講演に出てきたエピソードは本でも書かれているものでしたが、読むのと実際の声で聞くのとでは大違いでした。感情移入しすぎなのかもしれませんが、自分は夜回り先生の出会った子どもたちと同じ空間で同じ時間を過ごしているということが信じられず、ショックで感情をコントロールできなくなってしまいました。でも泣けないのでつらくてつらくて酒飲んで逃げるしかないような気持ちにさせられたのです。

自分も微妙な歳ですよね。親に対しては「この馬鹿親」といいつつ、もし自分に子どもがいたとして「馬鹿親」といわれないだけのものがあるか、考えさせられます。もちろんあからさまな虐待はしないでしょうが、問題は心ですよね。どこまでつながることが出来るのか、こんな社会に子どもを送り出すことそのものに罪悪感を感じざるを得ないです。今までは「こんな社会に誰がした!」と自分より年上の人間に怒っていればよかったのですが、いまや自分たちが言われる立場になってもちっともおかしくない年齢ではありませんか。責任は果たしているのかといわれたら「すいません、全く果たしていません。」といわざるを得ません。

自分が親のことを「馬鹿親」呼ばわりするのを不快に感じる友人たちもいるのです。「なんで親のことを悪く言うんだ」と突っ込まれて、子どもを自分の感情の捌け口に使う人間を「馬鹿」といって何が悪いかと応えて気まずくなったりしたこともありましたね。ま、自分の事は置いておいて・・・。

子どもに捨てられても仕方がない親が大勢います。多くは親自身が「お子ちゃま」です。うちみたいに家庭を維持できないために子どもがAC(アダルト・チルドレン)になる程度ならまだ良いほうで、経済力もないのに「出来ちゃった婚」をして、でもまだレジャーのほうに感心が強く、子ども自体が邪魔になってしまう親が激増しているといいます。10代~20代前半までの夫婦のうち「出来ちゃった婚」で第1子が出生した割合が2000年段階で6割という(「希望格差社会」P154)数字にびっくり。そして98年以降児童虐待処理相談数が2倍、3倍、4倍と恐るべきスピードで増えている事実(出典同じ)に空恐ろしさを覚えます。

「夜回り先生」こと水谷先生はこういいます。「子どもたちが夜の世界に来るのはなぜか。夜の世界の大人はみんな優しいからです。でも、なぜ優しいかといえば、売春させたりドラッグ漬けにしたりあるいはドラッグの売人にさせたりしようとするからです。」「昼間の大人たちは子どもをしかるばかり。子どもたちが自分で自分の良さに気づいていないのにしかられるだけしかられたら、どうです?大人だって非行中年になるでしょう。」

しつけどころか家庭の責任で子どもを育てることすら困難な時代に突入しています。心ある大人は、自分の子だけでなくあらゆる子どもたちにこう声をかけなければいけません。「心配しているよ、どうしたんだい、大丈夫、そばにいるよ。」いやいや、子どもたちばかりではありません。自分が7つ年下のいとこにかけ続けている言葉そのものじゃないですか。

本が出てから1年間で「夜回り先生」のところにきたSOSメールは3万件、多い日は1日1000件に達するそうです。その85%がリストカット。しかし夜回り先生は言います「リストカットもOD(処方薬を規定以上に飲む)も少年非行も暴走族もドラッグも根は一緒」と。

日曜日の新聞にCAPの事が載っていました。CAPは寸劇の実演などを通して身を守る力を養う米国生まれのプログラムです。CAPに関してはplainさんが詳しいので、子どもが自分で自分を守るための本|ACで死別シングルママの鬱・PD克服記をお読みください。自分も現在本の取り寄せを依頼中ですので、いずれコメントします。

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2005/02/25

9センチ

NHKラジオの「ラジオ深夜便」を聞き流しながら記事を書いているうちに2時になってしまいました。先ほど気象情報で「さいたま市は9センチの積雪」と聞き外を見ると「わ、真っ白」。

東北道が川口ジャンクションから加須まで通行止め。首都高5号線も北池袋から与野まで通行止めだそうで、久しぶりの大雪になりそうです。

明日(というか今日)は通院ですが、うちは地下鉄なので大丈夫じゃないかな。他の電車はダイヤが乱れるかも知れませんね。

外の国道122号線はときおりチェーンを巻いたトラックが通るのでうるさいです。でもぼちぼち寝ましょう。

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演劇に魅せられて2

高校は男子校でした。中学校にあった学校案内では「あらゆる部活動があるのが特徴かもしれない」とふざけたようなことが書いてありましたが(他の学校は野球部が○○大会に出場したとか、そういう記載が多かったのですが)確かに相撲部などは3回勝てば県大会優勝など、ユニークな部活動が多かったです。

自分は当初新聞部に入ろうと思っていました。実は中学校時代日刊の学級新聞(壁新聞)を編集していました。記録に残したり物を書いたりするのが得意で、新聞も概ね好評でした。もっとも日刊で出すには学級の役割分担で決めた班のみなの協力が不可欠で、1日おきに男子・女子が制作担当と言う形にしていたのですが、女子チームも自分の要求水準に良く応えてくれていました。文化祭のときはクラスのテーマが公害ということで、張り切って川崎の臨海部にあるコンビナートへ取材に行ったりしました。自分が中学に上がる頃はもう川崎の公害と言うのは随分と改善されていて、ぜんそくの患者さんも増えてはいませんでしたが、まあそういうことも知りませんでしたので、いろいろと発見があって楽しかったです。

ところが自分の行った高校の新聞部は大変伝統がありまして敷居の高いところでした。自分が自由に取材して自分の興味にしたがって記事に書くということは出来ないようでした。今ブログでこうやって自分の書きたいことを書きたいように書いているのは、まったく水を得た魚のようなものです。ま、そういうわけで新聞部に入るのはためらわれました。

そんな時、校門近くで朝礼台にあがって落語を演じている人がいました。着物をきてさかんに演じているのは他にはないユニークさでした。このときのことを自分はあまり覚えていないのですが、入学式についてきた自分の親は良く覚えていました。「まさかあの人と縁が出来るとは思わなかった」と親は言っていました。そう、自分は落語をやることに決めたのです。

もっともすんなり決めたわけではありませんでした。まだ友達もできたてのクラスで「落研に興味がある」というと、「あそこは3年生しかいないらしいから必死だよ。大変なんじゃない?」と言う人もいたりして、ずいぶん迷いました。しかし意を決して入部を頼みにいくと、ほかのクラスの1年生も2人来ていました。「自分ひとりではない」と言うことがわかってだいぶ気も楽になりました。部には確かに3年生2人しかいませんでした。そのうちの一人が唐元気氏で、後に電気曲馬団の主宰となる人でした。そして部の顧問の先生の一人は、後に学校を辞めて作家になり現在ではすっかり売れっ子になってしまった北村薫氏でした。北村氏が実は当時の落研の顧問だった古文の先生その人であることを知ったのは随分たってからのことでした。氏の作品によく落語が出てくるのはもともと部活の顧問になる程お好きだったからのようです。もっとも氏から指導を受けることはありませんで、3年生の2人を中心に、またOBの皆さんも良く来て指導してくださいました。

最初の舞台は文化祭でした。自分の学校は進学校だったこともあり、共通一次試験が導入されてから、秋にやっていた文化祭を前倒して6月に行っていました。ですから入学してすぐに初舞台と言うことになったわけです。発声練習をしたり(これが後々仕事で役立ちます。タイムサービスなどの際、店の誰よりも大きな声で売り出しの呼び声を出すことが出来ました)古典落語の本を読んで、自分が演ずる噺を決めたり、稽古をつけてもらったりと大変だった記憶があります。自分は「金明竹」と言う噺をすることになりました。

たった2人だけの3年生は実に対極的な味の持ち主でした。一人は古典の型をきっちりと詰める方で、もう一人(唐元気氏)は基本形を押さえつつ現代ねたを盛り込んだりして笑いを取る方でした。自分はどちらかというと唐氏に稽古をつけてもらうことが多く、次第に唐氏の影響を受けていくことになります。

文化祭当日です。割り当てられた教室に机を使って舞台を作り、いすを並べてお客を呼びます。男子校と言うこともあって、女子高生のお客さんがとても多いのが特徴です。この年頃の女性は本当に良く笑ってくれます。俗に「○○(なにでしたっけ)が落ちても可笑しい」といわれるように、ちょっとした笑いの仕掛け(くすぐりと言います)に良く反応して笑ってくれました。とはいえ落語は原則的にひとり舞台です。もし噺を途中で忘れたりしても誰も助けてくれません。自分で何とか場をつながなければなりません。そこを何とかやり過ごすことができるようになるとだいぶ自信もついてきたものでした。

こうして高校時代を通じて自分は唐氏の影響を受けていくことになります。この先もっともっと面白いことになっていきます。

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2005/02/24

さげもんまつり

昨日ラジオを聴いていたら柳川のさげもんまつりの話がでました。懐かしいと思ってしまいました。

桃の節句の飾りは地域によって随分と違いがあるようですね。お雛様の飾り方、何段目に何が来るなど、地域によって本当に違うようですが、福岡県柳川ではもっと面白いのです。ひな壇はあるのですが、それよりも目を引くのが「さげもん」といわれる飾りです。

女の赤ちゃんが生まれると、健やかな成長を願い、初節句に間に合うようにと、母親はもちろん、おばあちゃん、親類のおばちゃんたちの手によって、手まりや匂い袋といった縁起物を組み合わせた吊り物が作られ、それが部屋いっぱいにつるされるのです。

この「さげもん」と言う風習はとても珍しいと思います。もっとも今では全部のうちがそれを出来るわけではありませんが、旧家ではそれを引き継いでいます。毎年、市の観光協会がみどころをチラシにして、西鉄柳川駅前の観光案内所などで配っています。

柳川は城下町であるとともに、市街地に堀がめぐらされた水郷として知られ、冬を除いて川下りで堀を巡っていくことが出来ます。3月中旬にはお雛様の水上パレード、4月3日には流し雛祭りが行われます。

自分が一時すんでいた福岡県八女でもひな祭りは盛大に行われます。柳川のような「さげもん」はありませんが、旧家のひな壇を回覧することが出来ます。八女の市街地は福島地区と呼ばれますが、もともとちょうちんや人形などの工芸品の産地で、また古い町並みが保存されていて見所も多いのです。

柳川へは天神(西鉄福岡)から西鉄の特急で45分ほど。八女へは西鉄久留米かJR羽犬塚からバスとなります。九州へ出かける機会があればぜひご覧になってみてください。

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2005/02/23

ミスマッチ

昔、まだ会社勤めをしていた頃、結婚情報会社(ツヴァイとかサンマリエとか、ああいう奴ですね。自分はオーネットでした)に登録していたことがあります。あの頃から寂しいという感じを持っていたのだなと今にして思います。でも、その後半年ほどで会社を辞めたので活動期間は短かったのです。病気がこんなに長引くとは思わなかったので、活動休止にして2年ほど会員籍は置き続けていたのです。オーネットでは会員専用の掲示板やチャットがありまして、活動休止でもそちらへ出入りできたので良くチャットの会話に参加したり(キーボードをたたくのが早くなったのはチャットのおかげ)掲示板に書き込みをしたりしていました。

それを通して分かったのは、お互いに相手に求めるもののミスマッチが多いということでした。女性も社会進出して仕事を大事に考えているので求める男性の理想が、同じくらいの知性を持ち価値観が同じで、仕事をする自分に理解を示してくれる人と言うようなものになっていたようです。方や男性側はコミュニケーションが下手で、以心伝心で気持ちが伝わるような女性が理想だったりしたかと思います。チャットではそういう話をお互いに忌憚なくしていたので、お互いのミスマッチに気がついて、結果その常連参加者同士で結婚した人が結構多かったのです。結婚情報会社でもその辺りは心得ていたようで、男性向けのコミュニケーションセミナーなどが開かれることが多かったです。

昨年も寂しいとき、マイクロソフトのサービスでマッチコムと言う出会いのサイトがありましてそれに登録したことがあるのです。女性のプロフィールを読むと「海外で暮らしていました」「留学していました」ということを売りにしている人が約半数。何でそれが売りになるのか自分にはさっぱり分からず、ごめんこうむるといつも思っていました。自分は「めげない・負けない・あきらめない」と言うのを売りにしていたつもりでしたが、今思えばなんだかと言う感じもします。それと病気のことを必ずプロフィールに書いていましたから、女性からすればごめんこうむるという感じだったかもしれません。やはり仕事をして何ぼかなーと。プロフィール書きにはコツがあるといわれてオーネットのアドバイザーさんに何度も書き直しさせられましたが、結局身に付いていなかったかな・・・。

昨年11月29日の日経夕刊には「出会いの場 企業が演出」と言う記事がありまして面白いので取っておいたのですが、その中に次のような話が載っています。

  30代の独身社員は男性で3人に1人。女性はそれ以上ーー。NECは2年前、社内調査の結果に衝撃を受けた。急遽結婚情報会社を割安で利用できる福利厚生制度を設け、さらに他社とかけ合い、独身社員同士の合コンを検討した。人事部の担当者は「独身が増えても会社に損はない。しかし企業の社会的責任として、対策を取るべきだと思った」と話す。

いや、会社にとって損はあるのでは?と思います。40を過ぎると親が元気でいる保証がなくなります。そのときに自分の家族がいないことでぽっかりと気持ちに穴が開きはしないか、それが仕事に影響しないかという点が疑問です。確かに独身でやっていける人もいるでしょうが100人が100人そうかと言うと決してそうではないと思います。別の記事では30代独身男女の半数近くが「今は急がないがいずれは結婚したい」と思っていて、でも結婚しない理由は結婚したいと思う異性との出会いがない」というのが過半数。これは今まで書いてきた「ミスマッチ」が原因なのではないでしょうか。

実は2月になって、以前書いた「年賀状の彼女」からやっと手紙が来ました。今月の休みはこれこれなので都合が合えば会いましょうとのことだったので取り急ぎ日取りと場所を決めて手紙を出し、当日待ち合わせ場所へ行ったのですが、待てど暮らせど彼女は来ない。電話連絡もなく、こちらから電話しても相変わらずつながらず。30分待って帰ってきて、もういいやと思ったのですが、友人に話すと「どんなわけがあったのか分からないからまた手紙書きなよ」とのこと。うーん・・・と思いつつ手紙書きました。もう分かりませーん・・・って、これは話の趣旨とはずれましたね。

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2005/02/22

県境の壁

埼玉県では休日や夜間に診療を受け付けてくれる病院・医院を紹介する電話サービスをしています。(048-824-4199)ところが県で行っているために痒いところに手が届きません。

これは極端な話ですが、自分がある日耐えられえないほど精神的にきつくなって、精神科の夜間救急で受け付けてくれる病院を尋ねたところ、北西部の毛呂山町にある埼玉医大病院しかないと言われてしまいました。鳩ヶ谷から毛呂山まで救急車が運んでくれるとはとても思えなくて、なんとか我慢したら何とかなったので良いのですが・・・。

だいたいこのあたりでは、大宮へ行くのと秋葉原へ行くのとあまり変わりません。だから都内にだったら沢山病院があって、そちらのほうが近いのです。同様のことが県北部にも言えます。ひょっとすると群馬県の病院のほうが近い。東部の一部では千葉県の病院のほうが近い。ところが県境の壁が邪魔をして情報がもらえないのです。東京の情報が欲しければ、都の同様のサービス(03-3212-2323)に電話しないとならないのです。この都の電話番号は調べて最近やっと分かったんですよ。

病気で離職した後にも、同じような目にあいました。県の広報に載っている職業訓練校の定員はすごく少ないです。しかも川口の職業訓練校は機械技術のものが多いのです。で、自分は職業訓練校へ行くのはあきらめていたのです。ところが1年後に退職した同僚によれば、都内の訓練校は人数も多いし、ハローワークで交通費まで出してくれるというではないですか。県境を越えて通っても、国単位の政策だから構わないんですね(この事実は社労士の勉強を今していて再認識しました)。 でも県内のハローワークや広報には県内の情報しかなかったんです。

長野県みたいな、県域も広くて山に囲まれている為外部とのつながりが薄いようなところならまだしも、関東一都六県では情報のネットワークは広域に広げてくれたほうが便利で役に立つことがいっぱいあります。現にテレビ放送はUHF局を除けば一都六県共通なのですから。

意外なところに県境の大きな壁があって、実用的でないことが多いんだなと思いました。改善できない物でしょうか。

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2005/02/21

自分の宗教観について

初詣のときにちょっと書いたのですが、自分の宗教観について書いてみたいと思います。

初詣のとき、東京なら明治神宮に行く人が多いですよね。でも自分は絶対行きません。初詣は地元の鎮守の神様に挨拶に行けば良いはずなのです。なぜなら神社はその管轄のようなものが決まっていて、そこに住んでいる人はすべて氏子と言う考え方だからです。東京なら神田明神と水天宮と鳥越神社と富岡八幡と・・・それぞれこの地域はどこの氏子と言うことが決まっているわけです。お祭りの時にはそこの氏子がお金を出してみこしを担いで・・・と言うことになるはずなのです。

神社のタイプはいくつかに分けられると思います。 Ⅰ郷村の鎮守様(これは以下に掲げる神社が鎮守になっている場合があります)  Ⅱ神話上の神様を祀る(伊勢・出雲。武蔵の国一宮である氷川神社は出雲系に属します)  Ⅲ火防せ、水よけなど地域の災厄を逃れるよう祀られるもの(愛宕神社、秋葉様などは火防せの神様です)  Ⅳ山岳信仰にまつわるもの(富士浅間神社など)  Ⅴ武将や軍神を祀るもの(鶴岡八幡を始めとする八幡神社、武田神社など。東郷神社などもそれに入れていいのでしょうか) Ⅵ道祖神やおしらさまなど民俗学的な神様

専門家に言わせると見当違いの分類かもしれませんがこんな感じでしょうか。いや、もうひとつ Ⅶ太平洋戦争での戦没者をまつるもの があります。しかしこれは自分には例外的なものと思えます。死者は仏にはなっても神になることはなかったのです。唯一この戦争の戦没者だけを神として靖国神社や各地の護国神社で祀っているのは、そうなると解釈してもらわなければ国家が遺族に対して「無駄死にではなかった」と思わせることが出来なかった為の特殊なものとしか思えません。ですから自分は靖国神社にはお参りしません。墓地の中を歩くときのような、なんともいえないぞくぞくした嫌な感じがするのです。

さて、自分は神社だけでなくキリスト教会にも出入りするようになっています。特に自分の場合はカトリックですが、今の自分には聖書が哲学書のような位置づけにあります。神道は経典がありませんし、信仰を通して何かを分かち合ったりと言うことはないのですが、キリスト教会には分かち合いというのがあります。聖書について、あるいは自分の日々の体験や考えを分かち合うことによって他人のことを深く知ることができますし、振り返って自分を知ることにもなるのですね。これがとても新鮮な体験なので、今、自分は洗礼は受けていない求道者のような立場でカトリック教会と付き合っています。

お寺は仏様になった先祖をしのぶというのか、敬うというのか、そういう気持ちで行きます。他にもお寺には聖書とは違う日本的な戒めや教えがあってそれを味わったりする場でもあります。特定の宗派には属しません。両親それぞれ宗派が違いますし、それを意識して生活することもないです。

まとまりがないのですが、こんな宗教観を持って自分は生きています。

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2005/02/19

週刊文春の中吊り広告

今日学校へ行きました。地下鉄の中吊り広告を眺めていると、週刊文春のものに目が留まりました。

  「短期集中キャンペーン テレビなんかいらない まずは1週間テレビを見るのをやめてみた」

いいキャンペーンだなあ。テレビはいらないと本当に思います。ニュースを聞くのもラジオのほうが頭に優しい。テレビだと出演者の着ているものや背景まで気になってしまいます。ラジオだと聞き流すのも簡単だけれど、テレビは映像と音声で迫ってくるので、良くも悪くも全部インプットされてしまう。自分で欲しい情報とそうでないものを峻別できればいいのですが、なかなかそうできないのがテレビの怖いところだなと思います。

でも文春買わないだろうな・・・。あしたコンビニで立ち読みしてみようっと。

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2005/02/17

うつで最悪

火曜日から寝うつです。今回はひどく、ほとんどの物事に対してやる気が起きません。うなりもでます。

その上にひどかったのは火曜日深夜12時頃隣の部屋の住人の関係者と思われる人間が、酔っ払ってうちの玄関の扉をがんがん蹴飛ばし、また隣の部屋からも壁に蹴りを入れました。何か叫んだり呼び鈴をけたたましく鳴らしたりしてやむ気配がないので、やむなく110番通報しました。警察官がきて20分ほど隣人の話を聞きながら説得し、しばらくたって引き上げてから静かになりましたが、ぞっとする出来事でした。

早く抜けたい、つらいです。

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POP THEATERE Я

「連載にします」といいながら2本目の記事がなかなか書けない「演劇に魅せられて」シリーズ(?)。この記事を書こうと思った理由のひとつは、山口にいる演劇つながりの知人に自分たちの演劇がどういう流れで始まり、そう流れてきたかをお話したいと言うことでした。30代になるまで演劇と関わり続けてきた彼女たちの歴史と自分たちの歴史が演劇祭と言う形で交錯するまでを見て欲しいという希望がありました。

その彼女の取次ぎで彼女の属する劇団の構成員皆さんが、32条改悪反対署名に協力してくださいました。個別にお礼を申し上げるのとは別に、感謝を込めてここでご紹介したいと思います。

POP THEATERE Яは山口県柳井市を拠点に活動する劇団です。柳井市街から山をひとつ越えた伊陸(いかち)と言う集落に、戦後全国各地にあった小さな映画館に使われていた建物がありました。風雨にさらされぼろぼろになって放置されていたその映画館を修理改造し、自分たちのホームグラウンド(稽古場兼劇場)として使ってきました。みどり会館と名づけられたその建物は、東京の小劇団はおろか地方で同じように活動する劇団もうらやむほどの大きさの劇場です。とは言っても壁1枚へだてればそこには田んぼが広がり、近所の飼い犬の鳴き声がします。

彼らのIKACHI国際舞台芸術祭
の話も書きたいのですが、文章に悩んでいるうちに時間がどんどんたってしまうので後述することにして、2月の公演の話を書きます。

まず劇団からのご案内を転載します。


  私どもはこの2月に、創作ネットワーク+Ort.d-dプロデュース「昏睡」に劇団として参加することになりました。2月12日の宮崎公演を皮切りに、山口、東京の計4箇所で公演を行います。この企画は、人類史に思いを馳せる7編からなるオムニバスを全国各地で制作し統合するという共同創作です。こういった公演形態は日本演劇界において初の試みでもあります。私どもと各地をリードする演劇人とのコラボレーションに、ぜひ足をお運びくださいませ。


というわけで、北九州の「飛ぶ劇場」、宮崎の「こふく劇場」、鳥取の「演劇企画 夢ORES」、東京の「Ort-d.d」とともに山口の「POP THEATRE Я」が参加してのオムニバス公演が全国巡回中です。今後の予定は
2月19日19時  20日14時
山口情報芸術センター スタジオA

2月24日~28日(24、25、26、28はソワレ・26、27、28はマチネ公演があります。詳細はお問い合わせください)にしすがも創造舎
となっています。お問い合わせは劇団(090-1187-9079)へどうぞ。

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2005/02/15

ソフトバンクの求人広告

今日、いつもの通り地下鉄に乗ったら「ソフトバンク会社説明会」の広告が中吊りされていました。それを見ていろんな思いが渦巻きました。

昨年ソフトバンクの子会社「ヤフーBB」が仰天するほど大量の個人情報流失事件を起こしましたが、自分はさもありなんと思っていました。というのもあの会社は末端の業務が請負会社に丸投げされていたんです。

自分はおととし、まだ無理をして短期の仕事を派遣会社からもらっていました。このとき派遣業界では「ヤフーバブル」とでも言うような現象がおきていました。「エムティアイ」と言う会社と「ネクシーズ」と言う会社がソフトバンクから仕事を請け負い、「ヤフーBB」の勧誘電話を全国へかけるため膨大な数の人集めを派遣会社に依頼していました。まず自分が派遣会社から紹介されたのは「エムティアイ」で、新宿の高層ビルの一室と池袋サンシャイン60の一室から、全国各地の電話帳を基に作られたリストからしらみつぶしに営業電話をかけまくりました。留守や応答なしの場合は三度でも四度でも、つながるまでリストが回されました。自分は池袋班でしたが300人の人間が9時から21時まで延々それをやっていたのです。新宿でも同じ規模で行われていたようです。もちろん300人全員が9時から21時まで働いたわけではなく早番遅番がありましたし自分の場合週3回契約でしたから、総人数は池袋だけで1000人以上いたでしょう。一社で集めるのは到底ムリで、10社以上の派遣会社が関与していました。もうとりあえず受け答えが出来れば良いという感じで、身だしなみ・服装はぼろぼろのフリーターが大勢いました。さらにブースごとに統括をする人間(SVと呼ばれます)も、自分らより5~600円高い時給で雇われたアルバイトでした。何か分からないことがあると手を挙げてSVに指示を仰ぐのですが、自分が会社勤めをしていた頃のビジネスマナーなどおよそ存在しない場所でした。自分はマニュアル通りのせりふをロボットのように言っていればよかったのです。

次にまわされたのが「スリープロ」と言う技術面をサポートする会社でした。たった3日の研修の後、ADSLの接続についての問い合わせ電話に次々と答えました。2ヶ月やりまして、おかげさまでネットワークの基礎知識を身につけることが出来ました。なんだかお客さんに教えてもらっているような感じでした。それでもPINGも飛ばせるようになりました。ここはそれほど大人数ではありませんでしたが・・。

その次が「バーチャレクス」。新宿住友ビルの大きなフロアで料金に関する問い合わせ(クレームが主)に答える作業でした。ここでは池袋と似たような光景が繰り広げられていました。ワンフロア150人ほどの人間が料金やその他の問い合わせに対応していました。それが2フロアありました。ここで仰天したのは、契約者の個人情報に勝手にアクセスできることでした。料金センターでは顧客の情報をパソコンから呼び出して問い合わせに答えるのですが、コールセンターと言うのも小売業と同様波がありまして、息つく暇もない時間と手の空く時間があるのです。そこで手の空く時間に試しに自分の事も記録されているのかなと、おそるおそる操作してみると、や、出るではないですか。自分はヤフーのADSLには一度加入したもののあまりにもひどい応対に我慢ならず、1日で解約していたのです。それが解約者情報として残っていて、派遣社員が勝手に見ることが出来るというセキュリティ体制に空いた口がふさがらなかったのを覚えています。

料金センターでもうひとつ腹が立ったのは、紛らわしい広告にまつわるクレームが多かった事です。今でもそうですが、彼らは「最大3ヶ月無料」といった言い方をします。消費者にしてみれば3ヶ月は無料なんだなと思うのが自然でしょう。ところが「最大」というのが曲者で、加入した月を含めて月単位で数えて3ヶ月なのです。ですから極端な例では2ヶ月と1日だけが無料だったという人も出るのです。これにまつわるクレームが山のように来たのですが、自分も「こんなもん、会社が悪い。消費生活センターはなぜ何も言わないのか」と思いつつ電話口では平謝りで、ただ課金されたものは払っていただくの一点張りなので本当に参りました。

それぞれの部屋はもちろん厳重に管理されていまして、出入りには毎週変わるパスワードを入れたり、磁気のIDカードを通したりと言う作業が必要でした。しかしこれだけいっぺんに大勢の人間が出入りするのですからどうしようもないですね。やめるまでの期間も短く、部屋ごとに一人だけいたソフトバンクの正社員はおろか請け負った「バーチャレクス」でもどんな人間がいついたか把握し切れなかったでしょう。結果的に自分のような立場の派遣社員でコンピュータの知識に詳しいものが、本来アクセス制限されている管理者用の画面から個人情報を抜き取ったということのようです。

ソフトバンクは漏洩した個人情報に対し500円ずつキャッシュバックする形で謝罪しました。その結果なんでも外部委託・派遣社員ではロスが大きいと感じたらしく、コールセンター業務を正社員という身分の人間にやらせる方針を打ち出したのです。

中吊り広告を出してまで人を集めるのはそういう理由からだろう、と自分は思いました。しかし今新卒者は未曾有の就職難にあえいでいますから(この理由は後ほど書きます)、この求人には殺到するでしょうね。しかし採用されてもやめる人が多いだろうなと思いました。孫氏の夢に多少なりとも手を貸せるのはごくわずかな人間で、それ以外はコールセンターなどの単純作業に従事するのでしょう。

自分は市外通話の契約を日本テレコムとしているのですが、この会社がソフトバンク傘下に入ってしまい困惑しています。最近出た加入権不要の加入電話「お得ライン」の勧誘でまたADSLのときのように駅前で立ち番営業していたり、ネクシーズが委託を受けて刷っているチラシが舞い込みます。果たして自分の個人情報をあの会社に託していいのか、自分は悩んでいるところです。

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2005/02/13

「べてる」と「夜回り先生」が問いかけるもの

最近ご紹介した「べてるの家」と「夜回り先生」の両方が訴えていることがあります。それは今の世の中の窮屈さの原因は、失敗を認めないことだとしている点です。

統合失調症の人も援助があれば普通の生活を送れます。しかしやはり病気ゆえに時として「幻聴さん」とうまく付き合えなくて自分の周囲の物を軒並み壊してしまったりと言ったことはあるんです。それもありだなと許容する心が「べてるの家」の人たちにはあります。

一方「夜回り先生」の訴えもそれに通じます。子どもたちの様々な失敗に対して「いいんだよ」と言い続けます。「昨日までのことは、みんないいんだよ。」と。ただ「おれ、死にたい」「わたし、死にたい」と言う声に「それだけはダメ」といいます。死んでしまったらそこで終わってしまうから。だから「今日から、水谷と一緒に考えよう」といってくれます。

競争社会では一度の失敗が命取りになることがほとんどです。いや命取りになるとせかされてひとつの価値観に押し込められているのではないかと思います。ですから一度失敗すると、絶望感に襲われます。周囲の人間もそのことを責め立てます。

ですが本当にそれで終わりなのでしょうか?うつ病のような精神疾患になって、医者にかかるだけで「踏み外したようだ」と思った、といとこは言います。実は自分もそうでした。会社にばれないようにわざと遠くの医者にかかったりしました。でも負けない人間なんてまずいないでしょう。挫折を経験しない人間なんて実は貧しい人生経験しか積んでいないのだと、今だから自分も自信を持っていえます。挫折しても「それも自分」と受け入れた上で、その延長線上に発展形を求めていくことが必要だと思います。

「勝ち組」「負け組」と言う嫌な言葉もはやっていますが、負けた先には絶望しかないのかと言うとそうではなくて、実はそこに「与えられた価値観」にとらわれない、実に豊かな生き方がまっていると思います。

ただ失敗については、ただ無罪放免と言うわけには行きません。「べてる」では、発作で備品や施設を壊した場合実費弁償です。「べてる」のメンバーのうち、修理に携わる部門の人たちから請求書が回ってくる仕組みです。「夜回り先生」では、犯罪を犯した場合や非合法ドラッグを使っていたときなどは「先生」が付き添い、警察へ向かいます。犯したことには自分で責任を取ると言う態度が、それ以降の暮らし方・生き方に大きく作用してくるのです。

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お騒がせしました。

いとこのリストカットや緊急メールの件で、ご心配をおかけしまして申し訳ありませんでした。

昨日甲府へ参りまして、いとこと直接話をする機会がもてました。6時間にわたっての話の中で彼女の抱えている問題がようやく見えてきたような気がします。

彼女の父(自分の母の弟になります)が数年ほど前に脳梗塞でたおれ、以来リハビリで通常のコミュニケーションは取れるものの抽象的な問題や理解がしづらい問題などに積極的に関われなくなりました。それまで叔母は叔父のリードであまり重要な判断をした事がなかったのですが、突然自分があらゆる判断を下さねばならない環境に追い込まれてパニックを起こしたようです。頼りになるのが自分の娘だけだったので、きついあたり方をしたり、必要以上に心配したりと言うコミュニケーション不全に陥ったのです。いとこは状況を理解しつつ、親の過度な依存によって心理的に不安定になり、過食になったりしていましたが家族のなかに救い手がいなかったことでとうとう母の重石に耐え切れずうつ病を発症しました。お母さんとしては頼りになる人がみんな病気で倒れてしまって、どうこらえたら良いのか分からなくなってしまったのですね。で病気といえども一番頼りになる娘にどうしてもすがるしかなく、そのことが彼女の心を蝕んで行ったようです。彼女の父は悪いことに今度はガンになり、さらにC型肝炎にも感染するなど満身創痍の状態です。家族に逃げ道はありません。この試練を乗り越えるしかないのです。

昨日話した中で、リストカット以外にもぷちOD(薬を処方量以上飲む)もしていたことが分かりました。ただ彼女のプチODは、次の通院日までの薬は確保した上で余ると予想される物を飲む程度で大事には至っていません。リストカットの生々しい傷も見ましたが、現状では多分やめられないでしょう。それでもいままでうつ病患者とこれだけ密に話したことはなかったそうで、だいぶほどけた顔をしていたのが救いでした。

ここまで至るには家族内での長い屈折もあったようです。彼女は「アダルトチルドレン」の概念も知っていて、「自分もそうかな」と言いましたが、傍から見ていると間違いなくその傾向があります。家族の屋台骨を自分が背負わなきゃという無理ながんばりに満ちています。

場合によっては仕事を休ませて千葉の叔母の家で1週間程度くつろがせようとも思っていたのですが、本人の強い意志もあり、このまま仕事も継続することになりました。ただあまりにも苦しいときには自分を呼ぶようにと約束させて、今回はひとまず処置終了です。

大変お騒がせしました。今日お昼の電車で鳩ヶ谷に戻ります。たまっている課題に取り組みますのでお待ちください。

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2005/02/11

少々お待ちを

昨日、いとこから「何のために生きているのか分からない」など、ちょっと切迫したメールが何本か来たため、遅くまで起きて対応していました。待っている時間に他の掲示板にコメントをつけたりしていたのですが、自分の記事の更新は出来ませんでした。今日は一日寝てしまいましたが、明日は対処をしたいと思います。特に山口の劇団の皆さんの記事を早くUPしたいのですが集中できません。いとこの方が落ち着くまで少々お待ちくださいますように。メールのお返事も遅れており申し訳ありません。

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2005/02/09

どきどき・はらはら

先ほどの記事をアップする途中で北朝鮮が1点取り返し、「でー」と思いました。1-1になってからやっと落ち着きと気合を取り戻そうと選手も監督も思ったのでしょうか。高原・中村選手をジーコ監督が投入、俄然攻撃の形になり、さらに大黒選手が投入されました。しかし完全に空のゴールにもボールは吸い込まれずどきどき・はらはらの時間になりました。アナウンサーも同点での終了を覚悟したか、勝ち点1にとどまった場合の今後のシュミレーションなどを盛んに実況。でも1点取られたときより確実に日本ペースになりましたので、期待をつなぎました。後半45分終了、ロスタイム突入。祈る気持ちでじっとラジオに耳を澄ます、そこで大黒がゴールを決めました。「ゴーーーーール」の声。いやー、なんという試合なんだか。残り1分を守りきって勝ちました。日本。涙の出るような展開でした。

日本中がどきどき・はらはらだったでしょうね。やはりワールドカップがかかっているというのは単純な心理状況でないのでしょうね。でも、サポーターのみんなも安心して地下鉄で鳩ヶ谷を抜けて帰って行くことでしょう。

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大人の観戦

ラジオでサッカーを聞いていますが、他のことが出来ない盛り上がりです。前半3分、小笠原のスーパーシュートで1点を専攻。ところがそれ以降ワールドカップの重圧なのか、なかなかいいプレイが出来ません。たった今はGK川口の素晴らしい守りでしのいだものの決定的なシーンを作られました。

しかし観戦態度はどちらも大人の態度です。北朝鮮のサポーターも、アナウンサーによると応援のしおりにハングルだけでなくかながふってあるそうで、日本で生活する在日の人たちのようです。日本側も一緒にドイツへと言うような看板もあるようです。安心しました。

さあ、試合はどうなるか?

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運命共同体?

今日は全国が注目しているサッカーワールドカップアジア最終予選、日本VS北朝鮮戦です。今日の埼玉スタジアムは6万人近く入るらしいですね。わが街鳩ヶ谷を通る地下鉄は埼玉スタジアムと運命共同体。先ほど帰宅したのですが夕方のラッシュと観戦にいく人たちですごい混みよう。普段なら埼玉県内に入ると電車内で立っている人も割と少なくなるのですが、今日は逆で先に行くほど混んできます。客層が若返りましてさすがだなと思わされます。キックオフは19:30ですから一番混んでいるときに帰ってきたみたいですね。今日は対戦相手が政治的にいろいろと問題のある国なので、変なことにならないといいのですが・・・。

試合の予測は3-1で日本が勝つというところかな。相手チームに日本のJリーグチームのメンバーがいるということで、研究されているだろうと思うので1点くらいはとられるかなと。でも勝ちましょうね。

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惜別「あさかぜ」

今、山口の劇団についての記事を書きかけなのですが、ちょっと煮詰まったのでサブの記事を先に書きます。

3月1日のJRダイヤ改正で東京~下関間を結ぶ寝台特急「あさかぜ」が廃止になることになりました。この列車がなくなるのはとても寂しいです。

男に生まれると小さい頃は車か電車に夢中になることが多いですが、自分は電車でした。小学校の頃は子供向けの鉄道の本と、同じく興味のあった星の本が何冊もありました。この当時鉄道の本で読んだ憧れの列車が寝台特急「あさかぜ」でした。当時は博多行きと下関行きの2本があり、博多行きはA寝台個室や食堂車をつないだ花形列車でした。

自分は病気になって以降福岡に縁が出来るまでは岡山より西へ行ったことがなかったのですが、その後は西へ行くことがめっきり多くなりました。山口県の柳井市には舞台芸術祭での公演のスタッフとして3回行きまして、その際にも1度使い、福岡・八女から東京へ所用で戻るときにも1度使いました。最近は寝台車のみの連結で往時の華やかさはありませんでしたが、飛行機より安いのと東京駅着が7時半と朝一番の飛行機より早くつくのが便利でした。

二十数年前に憧れだった「あさかぜ」にはじめて乗ったときは感激でしたが、乗客が少ないなとは思いました。1両に10人くらいでしょうか。定員の4分の1以下の乗車率のように見受けられました。車内にはコインシャワーもありまして快適に過ごすことが出来ました。

ここ10年ほど、寝台特急は年を追って削減されています。その要因はひとつが安い高速バスの隆盛、ひとつが航空運賃の自由化によりうまく使えば格安で飛行機移動ができるようになったことだと思います。しかし上野~札幌間の「カシオペア」や大阪~札幌間の「トワイライトエクスプレス」などゴージャスな内装でいまだに憧れの列車もありますし、「サンライズ出雲」などのように指定席も選べて、寝台も個室中心の新型列車はかなり需要があるようです。願わくは「サンライズ出雲」の車両を増備して「サンライズあさかぜ」としてリニューアルして欲しかったところです。時間的にも便利だったし、座席車なら寝台よりも3000円くらい安くて済みますからバスにも対抗できたのではと思うのです。自分はどちらかというとバスは苦手なので本当に残念です。

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2005/02/06

農業県福岡

自分は以前の大手小売業を退職してから、一時福岡県の農協に勤めたことがあります。

福岡県は九州の経済・政治の中心福岡市や工業都市北九州市のイメージが強いのですが、実は南部の筑後地方を中心として農業がとても盛んです。首都圏でも福岡の農産物はとても多く出荷されています。今ならいちごの「とよのか」とそれをさらに甘く大粒にした「あまおう」。これは自分の勤めたJA八女管内の広川町や筑後市が主な産地です。博多長なすは博多からだいぶ遠い瀬高町産。竹の子は熊本県境の立花町が全国的に有名です。いよかんのようなかんきつ類「あまくさ」は北西部のJA糸島産。

5月になるとお茶の季節です。八女市やその奥星野村は高級茶の産地です。関東ではあまり八女茶に出会うことは少ないですが、西日本では知名度が高く特に星野村の玉露は最高級品です。浦和に知る人ぞ知る有名なお茶屋さんがありまして、裏が喫茶室になっているのですが、静岡茶や狭山茶などはお菓子がついて500円から700円くらいのところ、星野の玉露は確か800円。お菓子はつかず、店の人によるとほんのちょっとの量なんだそうです。のどを潤すには物足りないくらいだとか。そのほか玉露と同じようにわらをかぶせてまろやかな味わいをだした「かぶせ白折」も絶品。白折とは茎茶の事です。いいお茶はあまり沸かしたてのお湯を使ってはいけません。ポットで70度くらいに冷めたお湯で出すと甘みのあるまろやかな味になります。

夏になると菊が出荷されます。これは関東まで来ていないようですが電照菊といいまして夜でも明かりをつけて生育を早めお盆に間に合うように出荷するのです。

秋には筑後川沿いの朝倉町などで柿の出荷が盛んで首都圏のスーパーにも並びます。他にも田主丸の巨峰など果物栽培が盛んです。

自分は本来棚田米の拡販を任されるはずだったのですが、もう当時うつを発症していまして2ヶ月ほどで倒れて救急車の世話になってしまったのですね。全く残念です。そんなわけで未練があり、福岡の農産物には人一倍興味がわくのです。距離をものともせず首都圏近郊産の農産物と互角に勝負する福岡の農産物、ちょっと意識して召し上がってみてください。

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日本一遅い時間の路線バス

やっと心の問題から離れることが出来ます。たまには楽な話題をひとつ。

赤羽駅から深夜25:10発の深夜バス、鳩ヶ谷公団住宅行きは日本で一番遅い時間の路線バスだと思われます。もともとこの路線は国際興業バス一番のドル箱路線で、地下鉄が開通する前は朝5時半からバスが頻発していました。地下鉄が出来たあとは渋滞の激しい午前7時台が大幅に減便になりましたが、日中の便は毎年増発されている、鳩ヶ谷に取っては大動脈のひとつであり続けています。

以前から深夜バスも充実していたのですが、一昨年から京浜東北線赤羽行き最終電車に接続するようになりました。今や横浜駅0時ちょうど発の赤羽行きに乗ればうちへ帰れると言う便利さです。

この深夜バスの好調さに気を良くしたのか、国際興業は赤羽駅25:10分発の深夜バス路線を大幅に増やしました。産業道路を経由し蕨からは国道17号線に入る南浦和行きは金曜の夜ともなると2台目の続行便までぎゅうぎゅう詰めの混雑ぶり。また川口駅からのドル箱路線峯八幡宮行きも赤羽から連絡するようになりそこそこの利用率。川口市内の中央道路経由新井宿行きも好調のようです。さらに2月1日から埼京線戸田公園行きも新設され、深夜バスの一大ターミナルとなっています。

その他にも大宮行き最終の京浜東北線に接続する南浦和駅発東川口行き深夜バスは25:04発。運転手の人たちは大変だと思いますが、これだけ利用する人が多いとなると深夜営業のスーパーと同じでやはり必要悪と言うか、利用者に取っては本当に助かりますね。

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べてるの家

「べてる」を説明する為にまずは文章を引用したいと思います。(朝日新聞2000年8月7日社説「世紀を築く」)

 

「えりもの春は、何もない春です」
  森進一のヒット曲で知られる北海道・襟裳岬に近い浦河町。ここに「浦河べてるの家」はある。浦河日赤病院の精神科病棟を退院した人たちが、12年前に10万円の元手で昆布を買いつけ、産地直送事業を始めた。それがいまや年商1億円、100人を超す元入院患者が働く地元の大企業である。

  歯を食いしばってがんばったわけではない。合言葉は、「安心してサボれる会社づくり」「利益のないところを大切に」「弱さを隠さず、弱さをきずなに」である。
  「べてる」は旧約聖書の「神の家」からとった。精神病の豊かな個性をむしろ持ち味に、浦河の町に溶け込む姿、そこに新潟や会津若松、名古屋の人々がほれ込んだ。費用を出し合い、映像記録「ベリー・オーディナリー・ピープル/予告編」を作った。すでに8巻になる。
  コピー自由とあって、手から手へと広がり、全国各地で「べてるの風」を吹かせている。映像の主に会いたいと、人口1万6千の町に年間1000人以上がやってくる。
  何が人々をひきつけるのか、それが知りたくて、浦河を訪ねた。仕事場では、20人ほどが、その日に働く時間を報告しあっていた。管理職はない。勤務時間は体調を考えて自分で決める。大きなテーブルを囲んで、だしパック、おつまみ昆布などの商品が作られていく。笑い声が絶えない。
  昆布加工のほかに、紙おむつの配達、住宅改造、清掃、引越しの手伝い、ごみ処理など、町の人が必要なものを見つけては、漁協や地元企業と協力して事業化してきた。訪問者の航空券の手配など、旅行代行業も手がける。
(中略)
  昔からこうだったわけではない。日高管内初の精神科ソーシャルワーカーとして、向谷地生良さんがこの病院に着任した1978年当時、入院患者は近所の店に納豆を買いに行くにも「三日前の外出届」を義務付けられていた。退院者が殺傷事件を起こし、住民の目は不信に満ちていた。
  いまは、退院者たちが小中学校や高校に招かれて体験を話す。「分裂病と言う病気に誇りを持っていて、素晴らしいと思いました」と、ファンレターも舞い込む。
  幻聴や妄想は、「変に思われるから他人に話してはいけないもの」「薬で消さねばならぬもの」というのが、多くの精神科医の見方である。だがここでは「幻聴さん」と呼んで体験をおおっぴらに話し合う。
  地域の人たちと一緒に開く「心の集い」では「偏見・差別大歓迎集会」などを企画して率直に話してもらう。年一回の「幻覚&妄想大会」は、いまや、町の名物だ。(後略)

引用がながくなりましたがこんなところです。メディアに取り上げられることも多く、自分は昨年の読売新聞「医療ルネッサンス」7月27日~30日の記事で「べてる」のことを知りました。精神福祉にたずさわる人間なら皆知っているようで、自分の主治医も、受けたいと思っている福祉専門学校の教員、卒業生などみな知っていました。

統合失調症(精神分裂病)は幻聴や幻覚に襲われる病気ですが、かなり過酷な人間関係などが根底にあって発病する人が多いようです。地域や時代、文化背景などを問わず100人に一人がかかる一般的な病気で、発病の一時期などを除けば社会生活を送ることができると言います。しかし実際に社会生活を送っている人は限られていて、多くはその必要もないにもかかわらず家族が引き受けないなどの理由で入院しているいわゆる「社会的入院」を余儀なくされています。家族が引き受けないのは社会的な差別の問題(精神病の患者を出した家系と言うだけで白い目で見られるなど)のほか家庭崩壊、経済的な問題などがあります。

今では「べてるの家」はもともと浦河周辺に住んでいた人ばかりでなく首都圏や関西などの遠隔地から来たメンバーが一割を占めるそうです。「重症」と見られていた人も参加しています。

べてる関係の本を読んでいると思わず笑ってしまうことがしばしばあります。とても笑い事ではないような話がここでは笑いごとになってしまう不思議な効果があるのです。その秘訣と思われるエッセンスがあります。「右下がりに生きる」事をよしとする価値観です。

 誰でも、子どものときから大人に至るまで、勉強にしろスポーツにしろ、他人より秀でていることを善しとする価値観の中で精一杯生きている。歩けなかった赤ん坊が歩き始め、知恵がつき、言葉が与えられるのと同じように、出来なかったことが出来るようになるのが、まるで人間の当然のプロセスであるかのように。   しかし元来、人間には人としての自然な生き方の方向というものが与えられているのではないか。その生き方の方向が「右下がり」である。昇る生き方に対して「降りる生き方」である。   現実には多くの人たちが病気になりながらも「夢よもう一度」の気持ちを捨てきれず、競争しつつ「右上がり」の人生の方向を目指している。何度も何度も自分に夢を託し、昇る人生に立ち戻ろうとする。ところが不思議なことに、「精神障害」という病気はそれを許さない。「再発」というかたちでかたくなに抵抗する。まるで「それはあなた自身の生きる方向ではないよ」と言っているかのように。(べてるの家の「非」援助論P39)

私たちは資本主義の競争社会にあまりにも毒されてはいないでしょうか?小さな子どもを英会話教室に通わせたり、勉強が出来ないとしかったり大手会社のサラリーマンや公務員といった単一の生き方を強制したり。親が東大卒なので子どもも東大に入れないときがすまないなんていう大人、いないようで結構多いみたい。あるいは自由に生きろといって放任して、子どもはなりたい自分ってなんだろうと分からなくなって結局仕事を転々としたり。べてるの価値観はそういった競争社会の価値観のアンチテーゼといえるのではないでしょうか。

もうひとつ参考になる発言があります。

 

 苦しんでいるときは「ダメな自分のままでいいんだ」ということを受け入れられない自分に無性に腹が立っていました。しかし今では「ダメなままの自分を受け入れられない」ので、悪戦苦闘の結果として「悩むこともすべて放棄する」ことにしたのです。そういう遠回りをして、やっと「ダメな自分のままで良いということがこういうことか!」とわかるようになりました(同P117)

ダメな自分を受け入れるということは、自分を大事にする・愛することだと思うのですが、理屈ではないところに答えがあるのですね。

べてるにまつわる本に「悩む力」(斉藤道夫著、みすず書房)と言うのがあるのですが、これは以下のことを言っています。精神科病棟では人として当たり前の苦労が奪われてしまいます。実生活の中で私たちは仕事や恋愛や家庭やその他いろいろなことで悩みながら過ごしています。しかし精神科病棟は「保護」の為の空間なので、ほとんどそういうことを考えなくて良いのですね。人間関係などに疲れ果てて病気になった節はそういった「保護空間」が必要ですが、快復しても社会的入院を余儀なくされるとかえってそれは人間としての生きる力を奪ってしまいます。べてるに参加することはそうした苦労を取り戻す作業でもあるのです。ですからべてるはいつも「問題だらけ」。それを「三度の飯よりミーティング」で問題を共有していくわけです。

 

 薬は症状の緩和と予防には効果があるが、いかに生きていくかというその人固有の人生課題の解決には当然のごとく無力である。人につながり、人に揉まれ、出会いの中ではじめてその人らしい味のある本当の快復が始まる。だからべてるでは、誰からともなく「勝手に治すなよ」とも言われる(同P109)

人間関係で傷ついたとしても、それを最終的に癒すのは人間関係であり、ひとつ傷を乗り越えることでその人の度量も大きくなる。それは病人も健常者も変わりないのです。

ながくなりました。ひとまずここで切りたいと思います。

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夜回り先生(続き)

この数日自分を悩ませたのは、32条問題といとこのリストカットとこの夜回り先生のことでした。やっとそれぞれの問題に自分なりの区切りを付け、不安定な気分から脱出しつつあります。昼夜逆転状態を解消するには薬を飲んで早く寝るべきでしょうが、やはり書けるだけ書いておこうと思います。

先日読んだ「夜回り先生」の続編、「夜回り先生と夜眠れない子供たち」を先ほどまでに読みました。

多分ソーシャルワーカーになったら、今よりもっともっと悩まされるのがお金と人間関係の問題でしょう。お金に関しての知識は社労士試験対策の知識が大いに役立ちます。借金のことに関しても自分は平気より詳しい知識を持っていますから多分役に立つでしょう。問題は人間関係ですね。精神系の病気を患う人は多くが人間関係に問題を抱えています。多いのが親子関係でしょう。仕事でうつになる場合も、上司や同僚との問題を抱えていたり、家庭の問題から逃げるためワーカホリックになっていたりして労働しすぎて心に変調をきたすケースが多いでしょう。人間意外とタフなところと、それ以上に弱い部分とがありますね。

いくら自分の言葉をつむいでも伝わらないだろうと思われる部分を「夜回り先生と夜眠れない子供たち」から引用したいと思います。

  
  子どもは失敗して当たり前である。
  でもその失敗を許せない大人があまりにも多すぎる。
  「そんなこともできないのか」
  「なにやっているんだ」
  「そんなことでどうする」
  家庭や学校では、そんな心無い言葉が満ちあふれている。
  そんなに子どもはダメなんだろうか。私はそうは思わない。
  大人の厳しい言葉が、今、心優しい子どもたちをどんどん闇に追い込んでいる。自分の体を傷つけたり、部屋で孤立する子どもは増える一方だ。孤独に苦しむ子どもたちはインターネットやEメールを通して、似た物同士でつながり、死について語り合っている。

  だれがこの状況を止められるのだろうか。

  今、日本の子どもたちは限界に来ていると思う。
  もしかしたら、少年犯罪の増加は止められないかもしれない。
  でも、ぜひ皆さんの手で守ってあげて欲しい。
  愛を分けてあげてほしい。
  子どもは受けた愛の数が多ければ多いほど、
  非行から遠ざかり、心の傷は浅くなる。
  愛は、私たち大人が子どもに与えることの出来る、
  最も簡単で、無尽蔵にあふれる、お金のかからないものだ。

  せめてひと言でいい。
  身近にいる子どもに、
  愛のある優しい言葉をかけてあげて欲しい。
  そしてほめてあげてほしい。

  どうしたの?大丈夫?

  大変だったね。よくやったね。

  昨日までのことはいいんだよ。

  これからのことを考えよう。

  また明日一緒に悩もう。

  また明日たくさん話そう。

  また明日たくさん笑おう。

  おやすみ。またあした。


子どもたちに自分が出来なかった夢を過剰に託したり、競争社会の不安をあおったりするのはやめましょうね。
愛とは相手の思想人格を否定せず丸ごと受け入れてあげることだと思います。違いを認め合う事です。
親になる我々が社会を冷静に見つめ余裕を持って希望を語ってあげようではありませんか。そして「大丈夫」と言ってあげようではありませんか。

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どこで線引きするか

前回の記事では、気持ちが荒れている、または上滑っていましてだいぶ取り乱した記事になりました。失礼しました。実は3本記事を書くつもりだったのですが、予備知識のない皆さんになるべく分かりやすくと思ううちにどうやって説明したら良いのか分からなくなってしまった部分がありまして、途中で頓挫。それからも心が上ずったまま昼夜逆転し、頓服をいくつも飲むような心理状態で落ち着くことが出来ませんでした。先ほど、駅まで行って無目的に地下鉄に乗りながら頭を冷やしてきました。自分の病状を無視して人の手助けに乗り出すのは不可能です。そんなことは重々分かっていたから、心理カウンセラーは少なくてもムリだなと思っていたのに。今このときの手助けと、長期の支援とが必要。スマトラの地震でもそうですよね。自分は長期的に役立つ支援を心がけたいと思います。というか今そこにある惨状をみるともう気持ちがいてもたってもいられないから。自分で自分をダメにしてしまっては、困っているほかの人たちに「大丈夫だよ」と自分が寄り添ってあげる事ができないではありませんか。そう考えて線引きをすることが大事だと、ようやく混乱した頭の中から対処法を導き出しつつあります。ところで次の情報を自分はどう線引きするべきでしょう。


自立支援法に対する抗議行動の情報(2005年02)

以下の期日にて、抗議行動を予定しています。
2月07日(月)、2月08日(火)の2日間
2月15日(火)、2月16日(水)の2日間

主な内容は、各々終日以下となっています。
・厚生労働省前、国会前にてビラまき、アピール、すわりこみ(1日目の夜に徹夜)
・首相官邸、厚生労働省、内閣府に抗議行動
・草地広場~国会~日比谷公園でのデモ

以下参照。
■ピープルファーストジャパン
 http://pf-japan.jp/blog/
■全国自立生活センター協議会
 http://www.j-il.jp/jil.files/1020/200502/yobikake.html
■DPI(障害者インターナショナル)日本会議
 http://www.dpi-japan.org/3issues/3-1shienhi/gd04/gd007.htm


詳しい内容は、以下

2月7、8日抗議行動に共に取り組もう!!
■2月07日(月) 
 ◇13:00~16:00 厚生労働省前 集合、ビラまき、アピール
 ◇16:00~17:00 北海道(ピープルファースト北海道)、広島(がまのほ)合流
 ◇17:00~18:00 厚生労働省 正面玄関前結集 アピール
 ◇18:00~19:00 参加団体・参加者紹介、夜間の行動の確認
 ◇19:00~33:00 厚生労働省前 すわりこみ
              ※すわりこみに参加される方は、事前に必ずご連絡下さい
               連絡先:ピープルファースト東久留米
               090-1692-5352(日高)
               pf-higashikurume@s7.dion.ne.jp

■2月08日(月) 
 ◇09:00~10:00 すわりこみ組、ビラまき、アピール
 ◇10:00~13:00 厚生労働省前 集合、ビラまき、アピール
 ◇13:00~16:30 「公開要求書」を渡し、抗議するために各グループにわかれる(以下、責任者)
              ●首相官邸  - 小田島・佐々木
              ●厚生労働省 - 生田・梅原・池崎
              ●内閣府   - 松岡・土本
 ◇16:30~17:00 厚生労働省前で、報告
 ◇17:00       解散


2.16国会請願2000人デモを成功させよう
■2月15日(火)
 ◇15:00~15:00 草地広場集合
 ◇15:30~16:30 草地広場集会
              800名程度(全国400、東京400)?
 ◇16:30~18:00 厚労省、国会前情宣
 ◇18:00~32:00 厚労省への抗議文提出とデモ出発
              厚労省前抗議座り込み(100名(常時50名))
              ●18:00~20:00アピール活動
              ●21:00~8:00座り込み*交代で仮眠(車50人分)
■2月16日(水)
 ◇08:00~10:00 アピールとビラまき
 ◇12:30~      草地広場集会(2000人規模)
 ◇14:00~16:00 国会請願デモ(予定)
 ◇16:00~17:00 日比谷公園・総括集会
              ※マスコミへの記者会見など

ここまでの大きな流れになってきたこと自体はすごいことだと思います。自分も無条件に賛同します。しかし参加するかどうかと言うことになると、体と心との相談が必要です。

今まで薬害エイズの問題など様々な問題で厚生労働省(あるいは旧厚生省)の前へ抗議しに行った人々がいました。今当事者となってみて、あの人たちはすごかったと思わずにいられません。病気の身にむち打ってあの人たちは抗議の声を上げたのです。今回の32条問題についても体を酷使してある人は救急車の世話になったり、ある人は病院に駆け込んで緊急処置を受けたりしながら動いている人などいろいろな人がいます。

しかし、ここで自分が無理をすることが適切かどうか、よくよく体に聞いて見たいと思います。気持ちと体に余裕があれば参加したいと思っています。うつ病つながりでこちらを読んでくださっている皆さんも決してムリをなさらずに。いけなくてもあなたが責任を負う必要はないです。大丈夫。出来ることを少しずつ積んで行こうではありませんか。

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2005/02/04

アダルト・チルドレン

アダルトチルドレン(AC)は多くの人に誤解されている概念です。大人になりきれない子供の大人と誤解している人が多く、かつて自分もそう間違えていました。実は逆で子供のうちから大人のように家族の精神的支柱を担ってしまい傷ついた人のことなのです。

もともとACは親がアルコール依存症で家庭崩壊していて、子供が親の介抱をしたり世話をしたりと親子の役割が逆転している家庭の子供のことを指しました。ところが時間がたつにつれて、親がアルコール依存症ではないのにACの特徴を持つ人が次々と現れ、それとともに「機能不全家族出身のアダルトチルドレン」と言う考え方が生まれました。


  

家族が機能不全になるには様々な原因がある。アルコールや薬物依存症のほかにも、経済的な事情、つまり父親が失業や借金をして家計が苦しいとき、父親が仕事に熱中しすぎたり、浮気をして家に帰ってこず、家族を省みないとき(これが母親だったり、両親ともにそうだったりする場合もあるだろう)、家族の誰かが大病をしたとき、夫婦間または子供の虐待があるとき、夫婦の仲がうまくいかないときなどだ。
  だが根本的な原因は親の人格が未熟なことである。親が健全な成熟した大人でないから、飲酒やギャンブルをやめられなかったり、親としての自覚が足りずに家族を省みなかったり、夫婦の仲がうまくいかなくなったりするのだ。(なぜいつも、あなたの恋愛はうまくいかないのか・アダルトチルドレンの恋愛と結婚の神話、学陽書房1999年)

これを読んで誤解していた自分が実はこのACであることに気づくのですが。

ACは自己評価が低いのが特徴です。自分を責め続けていて、しかし責めている事に気づかなかったりします。周囲に評価されないと満足できず、過剰にがんばって疲れてしまったりします。

満たされなかった子ども時代の欲求(これを心の中にいる自分の子どもと言う意味で「インナーチャイルド」といいます。ACの場合このインナーチャイルドが凍えていたり、苦しさを訴えていたりします。これはカウンセリングを受けないと認識できないので、医師による投薬中心の治療では限界のある部分です。)を自分が親になって慰めてあげることが必要です。また自分がそういう心の傷を持っていることを自覚しつつ、自分自身の家族を持つことも必要です。ただ自覚なしに結婚したりすると、機能不全家族を再生産することが多いといわれます。

もしこれを読んでいる方でACの縛りから抜けられない方は、自助グループに参加するのもひとつの手かと思います。ACの自助グループはいくつかあり、他の自助グループと同様自分の自己紹介をすることなく自分の体験を話したり人の体験を聞いたりする中で解決策を模索するものです。

JACA(日本アダルトチルドレン協会)
アダルト・チルドレン・アノニマス(ACA)
ACODA(アダルト・チルドレン・オブ・ディスファクショナル・ファミリーズ・アノニマス
EAインターグループ

また、カウンセリング機関としては
IFF~斎藤学によるメンタルケア・トラウマ治療
などがあります。

自助グループを活用するに当たっては、自分に合う・合わないがあるのでいろいろ参加してみて合うグループを見つけることと、自分より重い人たちが多いと感じたらむしろ参加しないほうがいい場合もあるということを頭に入れておく必要があります。またカウンセリングは何度も書きますように保険が効かないので、2~3回で解決しない場合結構な額の出費になります。カウンセラーがどのくらいかかるか明示してくれることは少ないですから(明示するのが症状しだいで難しいからですが)自分のお財布と相談する必要もあります。

ひとまずこのくらいでしょうか。補足がありましたらコメントいただけると幸いです。

こちらもごらん頂くともっと理解が深まるかと思います。
インナーチャイルドとの再会。気づき。|ACで死別シングルママの鬱・PD克服記


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2005/02/02

空猫さんと夜回り先生

空猫の存在証明書: 夜回り先生

先日ご紹介した黄緑リボンキャンペーン(厚生労働省はカウンセリングにも健康保険を適用してください)のことはこの空猫さんのブログで知りました。自分も実はカウンセリングにはお世話になっていまして、ひとつは催眠療法で3~4時間かけて幼児時代からの嫌な思い出ひとつひとつにパッチをあてていくような作業でした。5回通って「怒る・泣く」が出来ればかなり楽になりますといわれたのですが、自分は「怒る」ことしか出来ませんでした。それが1回15000円でした。クリニックの5分診療に比べたらとてもお値打ちだと思いましたが、保険が効かないので全額自己負担でした。

それはさておき、今度はこの空猫さんのブログで夜回り先生のことを知りました。さっそく取り寄せて読んでみました。「夜回り先生」の話は何度かテレビ等で取り上げられているそうで、昨年2月25日初版の本が4月15日で九版とものすごい勢いで増刷されています。中身は1時間半ほどで読んでしまいましたが、重い重い内容を含んでいると感じました。

実は昨日山梨にいるじぶんのいとこ(女性)が週末のたびにリストカットしていると言う話を聞いて、調子良かったのがドヨーンと沈んでしまいました。その光景を想像したら空猫さんのブログのことが思い浮かんで(状況は違うのですが)重なって見えてしまってとてもつらくなってしまいました。空猫さんが夜回り先生の本にはまったようなので、何か自分の気持ちに答えがないかと思って、むさぼるように読みました。自分の家ではつらくて横になってしまうので、えいやと体を起こして、本来は社労士の勉強をしなければならないのにテキストの代わりに本を持っていって学校で読みました。答えがなければ自分が社労士資格とってもソーシャルワーカーになっても無意味なような気がしたのです。

簡単にかいつまんで紹介しましょう。この方は横浜の定時制高校の先生(現在は退職)なのですが、授業を終えてから横浜の街中を歩いて、夜の街で傷つきながら過ごしている子供たちに声をかけては彼らの声に耳を傾け、あるときは学校や仕事を紹介し、あるときは暴力団から体を張って子供を守ったりという話なのです。そこには愛に飢えた子供たちの姿が生々しく描かれています。ちゃんとした(大雑把な言い方ですが)親の元で愛されて育つ子供がいる一方、様々な理由で親の愛を十分に受けられなかった大勢の子供たちが孤独を胸に抱きながらドラッグやシンナー、暴走族といったものに居場所を求めようとするのですね。

  いじめも、リストカットも、ひきこもりもみんなそうだ。失われた愛情が再び誰かによって満たされるまでその行為はやめられない。一人の力ではどうしようもないのだ。(夜回り先生P133)

  「夜回り」によって救われたのは、私自身だ。
  夜の街で苦しんでいる子供たちから、私は生きていることの素晴らしさ、誰かの為に何かできることの喜びを教わった。
  同時に、多くの大人たちと敵対することになった。世の中には汚い大人が多すぎる。大切な子供たちを昼の世界から排除する大人、大切な子供たちを夜の世界へ引きずり込もうとする大人、何もしないくせに「子供を救いたい」と言っている大人・・・。私はそういう大人たちが許せない。(P212)

少年犯罪の低年齢化、凶悪化に罰を持って抗しようとする大人の姿がさぞ醜く見えることでしょう。何もしないくせに「子供を救いたい」と言っている偽善者は自分ではないかと思ったり。

幸い薬物依存の子供も専門の病院に入院することで快復することが出来るのですね。そして何とかしたいと思っている医療関係者はいることが分かりました。そして愛だけでは依存症などの病気は治せないことも分かりました。でも退院してからの生活にはやはり愛が必要なことも。

空猫さんの記事に自分が付けたコメントのやり取りを引用します。


空猫さん、こんにちは。

自分へのこだわりを捨てる・・・
人のために生きる・・・
優しさを配る・・・

この言葉は空猫さんは「まだ」取り組まなくていいのでは、と思います。大変な思いをされているからやはり自分を愛するところからはじめないとダメでしょう(自分もそうでした)。自分を本当に愛せるようになってくると、次第にこだわりもなくなるし、人の気持ちも少しずつ分かるから優しくなれるし人のために生きてみようと言う気になると思います。分かったようなことを言って自分も出来ているかどうかわからないけれど、確かに自分がいると実感できるまでは自分を愛することに徹しても良いと自分は思います。

投稿者: なんちゃん (1月 30, 2005 03:43 午後)

>なんちゃんさん

自分を愛するってどういうことなんでしょう。
わかりませんねぇ。
自己愛は強いと思いますけどそれとは違うんですよね?
そもそも愛する愛されるってのがどういうことなのかわかってないみたいなので・・・(-_-;)

投稿者: 空猫 (2月 1, 2005 06:49 午後)

空猫さん、こんにちは。
自分を愛すると言うのは自分のダメなところ、許せないところ、人からだめと言われて傷ついているところなどあらゆる自分を「いいんだ」と受け入れる事です。自分は最初これを催眠療法でやりました。難しいことかもしれませんが。
あとは一刻も早く一人暮らしできることを祈っています。今の環境では空猫さんつらすぎです。

投稿者: なんちゃん (2月 2, 2005 03:09 午後)


自分は余計なことを書いているでしょうか?ブログというかすかなつながりしか持たない自分はこんなことをコメントすることしか出来ません。本気で向き合うなんてこともムリでしょう。偽善なのかなと言う思いが自分を苦しめます。頓服も効かなくて病院に行きたいと思ったりしました。そもそも32条の一件で自分は署名を集めることしか出来ない。それでも体の調子が悪くなる。自分の事で精一杯のはず。それなのにいとこのことも引き受けようとしたりして。途中で投げ出したら2度といとこは自分の事を信頼しないでしょう。

なんだかこうした自分の心の葛藤を文章にして残さないと、そして意見や批判を聞かないと自分は前へ進めないと思ってしまいました。それで今晩は徹夜のつもりでこれを書いています。

もう一件関連記事を書きます。よろしければお付き合いくださいますように。


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空気公団

音楽の話題はなんとまだ2回目ですね。今回は空気公団を紹介します。

1999年に「ここだよ」でデビュー。メンバーは山崎ゆかりさん(ヴォーカル)戸川由幸さん(ベース)石井敦子さん(オルガン)小山いずみさん(ピアノ)と言う4人構成。小山さんはしかしフィナーレを飾った空風街LIVEには参加していませんでした。そう、フィナーレだったんですよ、自分が知った頃は。「第一期」という但し書きはあるのですが。

空気公団を知ったのは一昨年の年末から翌年始めにかけて。Inter FMの「モップスクエア」というインディーズチャート番組で「通りは夜だらけ」が1位になった頃です。すごく癖のあるタイトルですよね「通りは夜だらけ」。他にも「夕暮れ電車に飛び乗れ」「田中さん、日曜日ダンス」など独特のネーミングの曲があります。曲調はとてもノスタルジックでなんとも言えない味わいがあります。決して上手ではないのだけれど雰囲気で包み込むようなところがあって、自分は入院中よくCDを聞いていました。音楽を楽しんでいるなと言う感じは強くしましたし、思い入れも強い感じがしました。

2004年4月18日、自分が退院してから半月後に渋谷のクラブクアトロで「空風街LIVE」を行ったのですが、チケットは即日売り切れ。全国からファンが押し寄せたと言います。それまであまりLIVEをしないことでも有名だったようです。会場はオブジェやライブペイントに囲まれていたそうで、今だったら自分もぜひ見に行きたかったです。CDは今でも手に入るのでもし興味をもたれた方は聴いてみてください。

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結露

昨日夕方6時頃やっと寝うつから脱出しました。新しい靴が欲しかったので、気分転換がてら赤羽へ出かけてクリアランスでちょっとだけ安くなった靴を買い(靴屋さんに聞いたらやはり冬物、春物などもあって入れ替えをするそうですが、自分が欲しかった靴は年間定番でバーゲンとクリアランスのときにほんのちょっと安くするだけで廃番になってサイズが欠けない限り見切らないんだそうです)帰りは赤羽岩淵まで少し歩いて地下鉄でかえりました。

昨晩は冷えました。寝るとき以外はエアコンをつけていました。うちのエアコンは室外機が地面にしか置けなかったのでホースが長いんです。取り付けのときは必ず追加料金を取られるし、そもそも安いエアコンでは地べたから2階まで空気を送るのが不可能と言うことで、結構いいエアコンを付けたんですよね。あのときは貯金もあったし、まさか6年も病気で経済的に困窮するとは思わなかったので、えいやと買ってしまいましたが音も静かで電気屋さんも「引っ越すときは寝室用に使ってください」というくらいのものです。

国道脇なので洗濯物を外に干すのがためらわれ、いつも部屋干をしています。入居するときに「部屋干はしないでくださいね」と言われましたけれど、隣の古いアパートはともかく自分の住むアパートで外に洗濯物を干している人はいません。1階の人など軒並み雨戸まで閉めっぱなしだし。というわけでこのシーズンは結露がすごいんですよね。

結露についても入居時に随分念を押されました。だから最初は気をつけたのですが、タオルを敷いても何をしても防げないのであきらめました。最近賃貸物件から退去する時に敷金が戻らないと言うトラブルが多いそうですが、ここの場合はかなりやばいですね・・・。

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