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2005/01/17

1月17日

阪神淡路大震災から丸10年たちました。自分たちの周りにある社会資本のもろさを見せ付けられた震災でした。

当時私は大阪に本社のある大手小売店に勤めていましたが、営業不可能になった店舗が何箇所も出ました。本社や労組本部からは人海戦術でかろうじて動く鉄道を使って物資を輸送する作戦が取られました。当時ダイエーはヘリコプターで物資輸送に当たっていましたので私の勤めていた会社にスポットが当たることはありませんでしたが、それはそれとして、みんなが同じ意気込みで事に当たろうとしていました。

心配された火災は長田地区など限られた地域でしか発生しませんでした。その代わり家屋や家財の倒壊による圧死者が何千人も出ました。数年後神戸を訪れてみました。耐震性に問題は無い建物が残っていたのだろうと思いますがそれでも亀裂がいたるところに入ったビルが何軒も残されていました。

多分今日はこのニュースばかりでしょう。ライフラインは元通り復旧し一見もとの神戸にもどったようではありますが、マンションの建替えに伴う騒動や、仮設住宅で過ごしやむなくもと住んでいた地域から離れざるを得なかった人々など多くの人々の心に震災の痛手は残ったままだと思います。

東海地震が発生した場合東京都区部でも震度5強の揺れが想像されることや、別のメカニズムで起こる直下型地震については予知不可能であることを知らない人が大勢います。私の友人たちが多く住む町屋・尾久地区へおいでよといってくれる人もいるのですが、この地域は東京都が、特に地震による家屋の倒壊で逃げるのも困難になると予想され重点的に対策を講じようとしている14地区のうちのひとつで、それを考えると今の鳩ヶ谷のほうがいいなと思ってしまうのです。ここは液状化も起こりにくいし(鳩ヶ谷市東部の八幡木地区などは少々危険性がありますが)、幹線道路沿いで車での避難は困難にしても歩いて避難するには恵まれた環境です。火災の延焼も起こりにくいと考えています。

先日の津波のときにも書きましたが、どれだけ普段の生活を送る上で頭の隅っこに、いつ何時出も地震は起こりえると言う発想を持ち備えることが肝心なのではないかと思います。

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