« 2004年12月 | トップページ | 2005年2月 »

2005年1月

2005/01/31

廃止?冗談でしょ!

32条改正問題で緊急事態~その2~:IBSist

実は土曜日から具合が悪くなり寝ているのですが、トラックバックを頂いた記事を読んで、何とかしなくちゃと言う焦りの気持ちと、うー勘弁してというからだの叫びが二つ頭の中でこんがらがってますます具合が悪くなってきています。自分はこれ以上かけないけれど、ご興味を持っていただいた方はぜひリンクをたどって問題になっていることいろいろを知っていただければと思います。何も出来なくても知っている方が一人でも多いだけで力になります。簡単ですが必死で書いてみました。

| | コメント (2)

2005/01/29

今日は通院日

昨日は今月2回目の通院日でした。書いているうちに日付が変わってしまいました。本来ならば睡眠薬が2週間しか出せない為、2週間に一度診察を受ける場合が多いのですが、自分の場合主治医が金曜午後のみの診察なので、時によってとても混むのです。今回の場合、本来なら先週受診するところなのですが、先生も自分とはゆっくり話したいと思うらしく、わざと混む週をはずして診察予約を入れてくれます。足りない睡眠薬は頓服と言う形で別に出すのですが、処方箋に「一包化」と注記し、薬局で朝の薬・昼の薬・夜の薬・寝る前の薬とそれぞれ分けて一袋にまとめて、飲み忘れや貯めこみがないように配慮しています。

先週かなりくたばった分、今週は比較的順調で今日も朝から起きて時間どおりに行くことが出来ました。先週内科できたときは正月開けの診察日の2週間後と言うことでとても混んでいた待合の廊下も、今日はすいていて診察でも10分近く主治医と話すことが出来ました。10分も話を聞いてくれる先生はクリニックでも少ないと思います。

以前も書いたかもしれませんが、じぶんは主治医と話す前に日記をまとめなおしてポイントを絞って話すようにしています。今回はまず他の疾患でもらっている薬と経過(慢性じんましんと脂肪肝)を話した上で、へたった日の傾向、一枚の年賀状事件で心のよりどころとして溜め込んだ薬を握りしめたこと、その後叔母の家に避難した事などを話しました。先生のほうからは「薬をまとめたりと言うのは結構波が大きかったですね。もう少しその波が穏やかになるといいですね。波が静かになれば日常生活のほうに力をまわせますから」といわれました。また脂肪肝にまつわる中性脂肪の値の高いことに関しては「寝込んでしまう日が出るのは仕方ないけれど、そういう日に手の届く食べ物を手当たり次第に食べていると言うのが良くなさそうですね。カロリーメイトなどを仕込んで、菓子パンその他を減らしたらどうですか?体重や脂肪は、良くなって活動量が増えればある程度解消できると思います」とのこと

その後先生のほうから「結構いろいろなことがありますね」と言われたので「自分も入院してからまだ1年経っていないんだよなと思う」と言うと「今年は良くなるといいですね」とのこと。「32条改定のことがとても気になっている」というと「やはり線引きして体に負担をかけないスタンスでいてください」と言われました。さらに専門学校での「精神保健福祉士」の勉強はかなりハードになりそうだ、と言う話を自分からして、理想は「べてるの家」や「スワンベーカリー」(これらについてはいずれ触れたいと思います)のような事例なんですと話すと、先生のほうでは「一般の精神病院にいて欲しいと思う。ケースワーカーさんがいると大助かり、いないと困る」とのことで、「ぜひうまくいくといいですね」と話してくれました。

このやり取りを見ても実際に話している時間がかなり長いことを汲み取っていただけると思います。他の人たちの話を聞いても、ブログをみても、こんなに医者と話している人はほとんどいないようです。

こういうやり取りをするために自分でも意識して狙っている方法があります。入院前に通っていたクリニックでは、予約を必ず受け付け終了前の最後の時間にしていました。次の患者さんが待っていないと思うと先生のほうでも余裕が出来るようです。都合で早い時間に行ったときとはまるで印象が違いました。あとは先に書いたように話漏れがないよう言いたいことをまとめあげると言う作業です。これをしておくのとしないのとでは診察中の会話の流れも違うし、結果として診察後の自分の満足感も180度といっていいほど違います。もし医者にかかるときは参考にしてみてください。(ダメな医者はそれでもダメ。自分もとても有名な医者のくせにまったくぬかに釘というような医者にも出会っています)

ちなみに2週間後は祭日で、次の週が大変混む予測の為次の診察はなんと4週間後となりました。もちろん薬が足りないときは来てもいいとの事ですが、それだけなら別の先生でも構わないわけですし、病院だから救急外来もありますし。確かに大学病院なので、初診のときは医学生10人ほど同席で話をさせられたりしてしんどいときもありましたが、自分は今の病院に本当に満足しています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005/01/27

動いています

鳩ヶ谷雑記に幾度もコメントを下さったMS07B3さんが、厚生労働省に電話をしてくださいました。こちらがその報告記事です。
 32条改悪進行状況報告
そのほか厚生労働省へのメールでの問合せ先など調べてくださっています。賛同ブログも多数に上っていることが分かりました。日本の人口の中でたった200万人と言われるブログ人口の中でこんなに賛同ブログがあるんだと改めて事の重さを実感しています。

自分の友人の中にも実は32条に関して複雑な思いを抱いている方がいます。それは精神科医の質の問題なのですが、精神科と言う科目自体生活保護を始めとする福祉制度に大きく依存する傾向にあり(それはもちろん、働けなくなってしまうから。以前いのたまさんの本から引用したように精神疾患は人をびんぼーにする病気だから)それが一部の精神科医が患者を患者と見ないような態度をとる原因にもなっているようです。

この問題、深く突っ込めば突っ込むほどいろいろな課題が見えてきます。あまり多くの事を見すぎてひっくり返っていては元も子もないので、控えめに、しかし逃げることなく今後の自分の行動に生かしていきたいと思っています。

活動は着実に動いています。


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005/01/26

グランドデザイン案

今日は学校へ行った後、自分が通えるようになったら通いたいと思っている福祉系の専門学校の学校説明会に行きました。

以前は漠然と幅広くソーシャルワーカーと言うものになりたいと思っていたので社会福祉士の説明を聞きました。社会福祉士の担当する分野は子供から高齢者まで幅広いので仕事の幅も広く、就職先も多岐にわたる分求人数も多いという話だったのです。

今日は精神保健福祉士の説明を聞きました。社会福祉士と似たような仕事(資格)なのですが、精神科の疾患を持つ人を対象にする分だけ専門的知識と技術が求められ、その割りに分野が狭いので就職口もあふれるほどあるというわけではないそうです。それでも実習先へ就職したりいろいろでなんとか仕事には就けるそうですが。

その就職口の説明の中で、担当者の口から「グランドデザイン案」と言う言葉が出たので、自分はドキッとしました。「グランドデザイン案」こそ32条(精神科通院医療費公費負担制度)の改悪を伴う厚生労働省の理念なき福祉政策案だからです。担当者の言うのには「グランドデザイン案」に、入院の必要はないのだが受け皿がないため「社会的に」入院している7万人の人を今後10年で0にしようという施策があるため、今後社会的受け皿となる施設が増えて精神保健福祉士の活躍の場も広がるでしょうと言う話だったのです。

しかし、もう少し良く話を聞くと、現在はこんなご時世なので(どんなご時世だ?)費用が圧縮されて受け皿施設の設置ペースも鈍っている、そのために今は就職口が必ずしも多いとはいえないのだということなのです。

おいおいちょっと待てよ。今作れない物がこの先作れるのか?2008年には故小渕元総理のもとで財政大盤振る舞いしたときの10年もの国債130兆円を借り替えなければならないのです。このころが最もこの国がやばい時期なんじゃないかと指摘する本がちまたにあふれています。財務省も危機意識があるらしく10兆円から30兆円を前倒しで借り替えようと模索しています。

先回の年金改正法みたいに「ウン十年もつ」とか掛け声かけて、もうほころびが生じている政策もあります。今作れない物はずっと作れないのではないでしょうか。たしかに7万人が退院して通院になれば健保財政はだいぶ楽になるのでそれを推進するというのは正しいです。しかしその通院医療費の公費負担を削減する、しかも削減のほうが先ですよ。7万人退院したら精神科の病院の中には困るところも数多くあるでしょう。組織的に抵抗されても必ず10年で退院させられるのか。退院して通院に切り替えていく患者を支える制度をどうするのか。頭の中を「?」がぐるぐるまわっています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

当事者ならでは

:自宅出産はわがまま?

これを読んで即座に頭に思い描いたのが日経夕刊昨年12月1日の1面連載特集「そこまでやるか」でした。全部引用したいところですが、出来ないのでところどころ。


「趣味は出産、特技は安産」。自称出産オタクにして「バースコーディネーター」。謎の肩書きの持ち主、大葉ナナコは「痛い、苦しい」と言うイメージを否定する、妊婦のカリスマだ。・・・・・・

ラマーズ法、助産院、自宅出産・・・。切開せず、陣痛促進剤も使わずに。安産のための体操や漢方処方、食事法も一通り試した。このオールラウンダーぶりに「あの妊婦さん、すごいらしい」とのうわさが立ち、看護師が出産の見学に詰めかけるまでになった。


自宅出産が「危険でわがまま」ならば、この人のことはどう評価したらいいのでしょう。5人の子供をもっていて、しかも自然な理想のお産を追うため毎回違うスタイルで生んでいるというんです。ご本人の言うとおり「出産オタク」でしょうか?出産と言うイベントがそんな「オタク」なんて言葉でくくられるでしょうか。この話題、自分が扱うとどうも経験がないだけに部外者の感想みたいになってしまいますが、5人生んでいる人の話ですからね。


第四子の産み方が会心だったという。分娩台であおむけになるのは不自然と、夫に支えられて立てひざをした。これなら重力に逆らわず呼吸も自然だ。
破水の瞬間、金色のフラフープのような輪が体を包み、頭のほうから抜けていった気がした。いきもうと思う間もなく、赤ちゃんは世に出て助産師の手に受け止められていた。「ああ、きもちいい。私は命の玄関だ・・・」


当事者でなければ絶対に味わえない感覚。その感覚によりどころを求めるのはとても自然なことだと思います。自分の友人の友人は出産をきっかけに看護師資格を取り、助産師にもチャレンジしていると言います。自分がうつ病体験から精神保健福祉士を目指しているのと基本的に変わらないではないですか。この大葉さんも「あとに続く者たちを楽に」ただそれだけといいます。助産師にチャレンジしている友人の友人もおそらく同じ思いなのではないでしょうか。

「自宅出産は赤ちゃんにとって危険で迷惑。自宅出産を選ぶ人は赤ちゃんのことは二の次で自分のことばかり考えている。」と言った方がどういう立場でその発言をしたのか分からないのですが自分の子供を生むのに子供のことを考えない人はいないでしょう。産院の都合に合わせて出産時間を昼間に調整される妊婦さんのほうがかわいそうだし、子供にムリはかからないのか。

ま、やはり所詮独身男のものの見方ですかね・・・。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

郵政民営化の本来の目的

国会が始まりました。郵政民営化をめぐっての論戦もあるでしょうが、自民も民主も党内に反対派を抱えているので政党間対立の軸にならない不思議な論議だと思います。

「鳩ヶ谷雑記」の随分前の記事で、郵政民営化に関しては後日書くと宣言していました。今日書こうと思います。

民営化すればサービスが良くなるなどと閣僚が発言しているのを聞くと、有権者を馬鹿にしているなと思わずにいられません。郵政民営化と言うのは国鉄や電電公社の民営化と根本的に違うところがあります。郵便・貯金・簡保と分けて考えたとき、郵便は現業なので民営化になじみます。守秘義務を伴うところがありますから、職員はNTTと同じように必要に応じてみなし公務員とすべきだと思いますが、グローバルサービスに打って出るのも結構だと思います。ただその前にオーストラリアからのエアメールより高い国内信書便の値下げが先だと思いますが。5500億の債務超過をただ税金で埋めるのも納得行きませんが。ま、それはそれとしましょう。

問題は貯金・保険です。銀行など民間の金融機関に回ったお金は、基本的には民間に投資され経済活動に資することになります。しかし郵貯・簡保に回ったお金は官業に回ってしまいます。郵貯の運用は国債に43.5%、地方債に4.2%、財務省が行う財政投融資への預託金が43%というポートフォリオ(運用の組み立て)。資産の9割が国の借金に充てられているのです。(日本郵政公社ホームページ「資金運用状況」2004年7月より仁科剛平氏が作成。「郵貯崩壊」祥伝社より)なぜ郵貯や簡保が利益を出せるかと言うと、国債における表面上の利ざやと財政投融資への預託金利息があるからです。

ところでこの財政投融資というのは日本道路公団や住宅金融公庫など財投機関と言うところに貸し出されていたのですが住宅金融公庫は焦付き債権がかさんでとうとう税金で補填され廃止の方向で進んでいます。そう。つまり預託金利息と言うのは結局税金から出ているのです。税金で黒字を出しているのが郵貯・簡保です。それを民営化するというのはどういうことでしょう。

本来の郵政民営化の目的は官営企業や国債に流れるお金を民間企業に回して経済を活性化させることでした。ところが国債の発行残高も大きくそのなかで郵貯・簡保が持っている割合も高い為、本来の目的はすでに達成することが困難になりました。郵貯・簡保が国債を売れば、即座に金利が上がって(国債の値段は下がる)借金大国日本の財政はエンドレスに赤字が増え続けることになるでしょう。利払いの為さらに借金を重ねるとすればまさにサラ金等をつまみつくした多重債務者とそっくりの光景。

だから、今民営化を急ぐのはほかに理由があるということ。政府保証をはずして計画的に倒産させるとかそういった類のことが考えられているのではないでしょうか。

だから自分は郵政民営化には反対です。今になって民営化なんておかしいです。現業(郵便)ではなく金融(郵貯・簡保)が絡む限りけっしてJRやNTTのようになることはないです。過疎地の郵便局がどうのこうのなんて議論の本筋ではありません。問題の本筋は郵貯・簡保のお金が本当に税金を使わずに国民に返せるかどうかです。与野党ともこんな大事な議論をしないなんておかしいではないですか。議論をしたらやばいことになるからではと疑心暗鬼になっても仕方のないことだと思います。

個人が借金をしようと国が借金をしようと、返さなくてはならないのがあたりまえ。個人はともかく責任ある企業や国がちょろまかそうとするのには厳しい姿勢で臨まなくてはなりません。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005/01/25

希望格差社会

おかげさまで今日は朝から調子よく過ごせました。

さて調子の良くなったところで、日曜日の新聞(日経)を読むと

  政府の経済財政諮問会議が今春まとめる「日本21世紀ビジョン」の中間報告案が22日までに明らかになった

とのこと。

  目指すべき2030年の将来像

  「好感度第1位国家」世界中の人が「訪れたい・働きたい・住みたい」と思う国
  「健康寿命八十歳社会」高齢期も生涯現役で自立・充実した生活を過ごせる社会
  「等身大公共革命」小さく効率的な政府を実現。民間が広範囲で公共サービスを担う

うーん。本当にこんな社会が出来ればいいなと思います。25年後ということは自分はまだ働かなければならない年齢だ。

  避けるべきシナリオ

  労働人口減少で経済が停滞、悪循環に陥る
  財政再建が進まず、国債価格が急落。増税が民間の足かせに
  中国主導で東アジア経済統合が進展。グローバル化に乗り遅れ
  国内の経済格差が拡大。将来に希望を持てない層が滞留する希望格差社会が到来

全部心当たりがある・・・。

ここで希望格差社会なる言葉が突然登場したのですがどういう意味かなと思ったら、同じ日の筑摩書房の広告にそのものずばり「希望格差社会」と言うタイトルの本の広告が載っていました。サブタイトルが「『負け組』の絶望感が日本を引き裂く」とあって、

  中流は崩壊した。
  「5年後の生活の見通しも立たないのに50年後の生活の心配が出来ますか」

とあります。確かにこの「鳩ヶ谷雑記」を書き始めていろいろな現象に注目するにつれ日本に住む人のなかの二極化が進んでいるという実感があります。経済格差も学力も、その他さまざまなものさしにおいて真ん中がへこんで、二つのこぶが出来るような図式になっていやしないでしょうか。「希望格差社会」とはそういうことを言うんでしょうか。ちょっと本を読んでみたくなりました。

| | コメント (2) | トラックバック (2)

2005/01/23

あてにならない

「グランドデザイン」についての緊急要望

上記リンクは、全家連が32条の改悪も含めた厚生労働省のいわゆる「グランドデザイン」案に対する要望書です。自立の一歩は家族依存からの脱出として、世帯単位での所得制限適用に対して異を唱えている点は評価できます。しかしこの要望書を読んで、全家連と言う組織の頼りなさも感じてしまいます。

全家連は全国精神障害者家族会連合会の略で、基本的に当事者の為の会ではなく家族の為の会なのですね。だからということなのか、当事者の視点が全く抜け落ちていると感じます。

全家連

上記リンクを読んでいただければ分かるように、全家連は厚生労働省との癒着も深く、あまり声高に反対議論を吹っかけられない立場にあります。しかしこの団体が精神障害者の声を代弁する組織として一番大きく力があるというのにはがっかりです。あてになりません。

この件、あまり考えるとすぐ気分に影響を与えそうなのでこれ以上書きませんが、とりあえず自分に出来ることは署名を地道に集めるしかないのかなと思います。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

自分も信じられないとき

鳩ヶ谷に戻ってきました。金曜日に内科(胸焼けが続く)にかかってから部屋に戻ってきましたが、思うようにやる気が湧かなくて、台所も整理できず洗濯をしたはいいが、一枚ずつ広げて干すことが出来ず、「あれ、どうしちゃったんだろう」と思いつつ床に就きました。翌朝からほとんど起きられなくなりました。少し良くなって帰ってきたつもりだったのに体が言うことを聞かないので「お前、ちょっと怠け癖が抜けなくなったんじゃないだろうな?」と自分で自分の事が信じられなくなっていました。先ほどまで「うー」と言っていたのですが、夕方4時頃、急に体が自由になりました。「あれ、起きられるじゃない」とおもって動き出すとなんだか作業も出来るようになっていて、あれれと自分でもびっくり。お湯も沸かせる、やりっぱなしだった洗濯物も干せる、台所も片付けられるじゃないですか。さっきまでの半金縛り状態は一体なんだったのだろう・・・。

自分で自分が信じられないのだから、他人からみたら病気だと信じられるわけが無いよなと苦笑しながら本文を書いています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005/01/19

「年賀状」以降

先日書きました「一枚の年賀状」事件以来、自分の気持ちがとても不安定になっています.ほとんど引きこもりのような日々を3日続けて、とうとうおばの家に脱出しました.おばと話しながら、なぜこんなにアンバランスな心理状態なのかを考えています.

今まで自分は恐いものなしと思っていました.幼少から延々脈脈と続く両親のいざこざ・父親の借金問題・詐欺に引っかかる事件など、両手で両目両耳をふさいで見えない事にしようと思ったり、わざと鈍感さを装ったりすることで逃げてきました.あるいは自分が出て行って徹底的に戦ってしまいました.その辺が気持ちのねじれにつながっているようです.

病気について、自分はきわめて前向きに捕らえ「神様がくれた休暇」とでも言うようなつもりで、簿記やらシスアドなどの勉強に時間を費やしたり、派遣の仕事でコールセンターに行ったり、今はできないけれど傾向と対策を練ろうと思って学校や情報誌の求人情報をリサーチしたりしながら過ごしてきました.お世話になった「いのちの電話」のボランティアさん、教会の牧師さん、うちのおば、主治医などにもみんな「こんなに考えのまとまっているうつ病患者はいない」「こんなに行動的な病人は見たことない」といわれ続けました.

しかし、今はたと考えてみると病気をばねにし続ける一方で、女性に対する恋心を「巻き込んではいけない」などの口実で封じ込めてきた、そのことが、封じ込めたのではなくて強力なコンプレックスだったのではないかと思い当たりました.そのように強いコンプレックスだからこそそれをばねにがんばってしまったのではないかと思います.この病気にがんばりは禁物です.このままだといつか壊れると思いました.昔ためた薬を探したりしました.結構しんどい3日間でした.知人友人に電話を掛け捲って自分の存在価値を認めてもらおうと思ったりしました.たまたま出てくださった方が全然関係ない話題を振りつつ受け止めてくださいました.(と自分は思って感謝しています)そのおかげでおばの家に脱出することができました.友人知人の皆さんには迷惑な話でまったく申し訳ないのですが。

ばねでぶんぶん飛び歩く自分ばかりでなく、コンプレックスを抱えた弱い自分を自分が受け入れていくことができないとまた壊れかねないと考えています.数日ここで静養します.鳩ヶ谷雑記の更新やコメントへの返事が遅れるかもしれませんがお許しください.メールには迅速に対応したいと思っていますのでよろしくお願いします.弱い自分を受け入れようとするまで。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

途中経過2

32条関連の途中経過です。頼んでおいた署名が続々と集まりつつあります。この鳩ヶ谷雑記を読んでくださっている方にはこちらから御礼を申し上げます.もし署名のこと他何かご質問がありましたら(特にブログつながりの皆様)、プロフィールを開くとメール送信ツールがありますのでご利用ください.ちなみにお気に入りブログなどもそちらで見ることができます.

昨日ヤマト福祉財団になんとかお力添えをいただけないかとメールしました.ヤマト福祉財団は、もとヤマト運輸会長の小倉昌男さんが設立された財団で、精神障害者の真の意味での自立を目指すために活動されています.

すると次のようなお返事を頂きました.

なんちゃんさん、はじめまして。早川といいます。
当財団では、日本障害者フォーラムを全面的に支援しています。
なんちゃんさんの提起については、全家連やJDFに対して行なわれれば
大きな力になると思います。当事者において大きく合意を形成しながら
問題解決の力としてください。
+---------------------------
財団法人 ヤマト福祉財団

事務局長 早川雅人

104-0061
東京都中央区銀座2-12-15
電話 03-3248-0691
fax 03-3542-5165
+---------------------------

全家連は全国精神障害者家族連合会だとわかりましたが、JDFがわかりませんでした.明日以降調べて両方とも接触を図りたいと思います.なおヤマト福祉財団に協力している長野県の田中康夫知事や群馬県太田市の清水市長などにもメールを送る価値はあるかなと考えています。

実は「一枚の年賀状事件」以来調子が悪く、この文章はおばの家で作成しています.パソコン使用機種が違うため丸が点になったりします.修正はできるのですが、使用可能時間にも限りがあるためこのままでご容赦ください.

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2005/01/17

アンバランス

おととい、「一枚の年賀状」と言う記事で書いてしまった一件がいまだに尾を引いています。

詐欺や恐喝で「弁護士」だの「裁判所」など言われても「上等じゃネエか、反撃してやるから首洗って待ってろ」とあくまで強気でいられる自分が、こと恋愛に関してはすぐ臆病になってしまい自信を喪失します。叔母は「なんだろうねえ、そのギャップは」と言いますが、自分でも良く分かりません。普段押さえつけている感情が時折あふれるように湧き出しコントロール不能になってしまいます。病気だという事実がここではコンプレックスとなって自分を叩きのめします。

何とか脱したいと思うのですが・・・。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

1月17日

阪神淡路大震災から丸10年たちました。自分たちの周りにある社会資本のもろさを見せ付けられた震災でした。

当時私は大阪に本社のある大手小売店に勤めていましたが、営業不可能になった店舗が何箇所も出ました。本社や労組本部からは人海戦術でかろうじて動く鉄道を使って物資を輸送する作戦が取られました。当時ダイエーはヘリコプターで物資輸送に当たっていましたので私の勤めていた会社にスポットが当たることはありませんでしたが、それはそれとして、みんなが同じ意気込みで事に当たろうとしていました。

心配された火災は長田地区など限られた地域でしか発生しませんでした。その代わり家屋や家財の倒壊による圧死者が何千人も出ました。数年後神戸を訪れてみました。耐震性に問題は無い建物が残っていたのだろうと思いますがそれでも亀裂がいたるところに入ったビルが何軒も残されていました。

多分今日はこのニュースばかりでしょう。ライフラインは元通り復旧し一見もとの神戸にもどったようではありますが、マンションの建替えに伴う騒動や、仮設住宅で過ごしやむなくもと住んでいた地域から離れざるを得なかった人々など多くの人々の心に震災の痛手は残ったままだと思います。

東海地震が発生した場合東京都区部でも震度5強の揺れが想像されることや、別のメカニズムで起こる直下型地震については予知不可能であることを知らない人が大勢います。私の友人たちが多く住む町屋・尾久地区へおいでよといってくれる人もいるのですが、この地域は東京都が、特に地震による家屋の倒壊で逃げるのも困難になると予想され重点的に対策を講じようとしている14地区のうちのひとつで、それを考えると今の鳩ヶ谷のほうがいいなと思ってしまうのです。ここは液状化も起こりにくいし(鳩ヶ谷市東部の八幡木地区などは少々危険性がありますが)、幹線道路沿いで車での避難は困難にしても歩いて避難するには恵まれた環境です。火災の延焼も起こりにくいと考えています。

先日の津波のときにも書きましたが、どれだけ普段の生活を送る上で頭の隅っこに、いつ何時出も地震は起こりえると言う発想を持ち備えることが肝心なのではないかと思います。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005/01/15

黄緑リボンキャンペーン


黄緑リボン・キャンペーン

このキャンペーンはPTSDなどで精神神経科の服薬治療以外の治療が必要な人々の為のキャンペーンです。心理学では最も難易度の高い臨床心理士の資格を持つカウンセラーにかかる場合、現在は保険が適用にならないため30~50分で5000円から1万円程度の費用を払わなければなりません。金額の高さもさることながら、基準がないためカウンセラーによって料金もばらばら。さらに健全な治療者といんちきとを見分ける術もありません。

臨床心理士は心理学系の大学院を卒業しないと与えられない資格で、国家資格に格上げの動きもあるものです。医師と、役割は違いますが同等の資格と言って良いと思います。今後書こうと思っているアダルトチルドレンやアルコールを始めとする各種依存症、大人にもあるというADHD(注意欠陥多動性障害)、不登校や引きこもりなどの場合、時によってはカウンセリングが有効な場合があります。敷居を低くすること、治療費に基準を設けること、いんちきを排除することのためにも保険適用が欠かせないと考えます。

情けないことにバナーの張り方が分からないので、一項目あててご紹介しました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

クリックしない

今日は気合と言うかなんというか眠らずに、これで4本目の記事。夜の薬は睡眠薬をはずして飲んでしまいました。で、コーヒーなど飲んだりして。ネット依存かな・・・。

数日前から自分の携帯電話に架空請求のメールが何度も来るようになりました。
 
  貸借事件。管轄裁判所○○。何度も連絡差し上げていますがあなたは仮登録状態です。この状態のままですと自動的に会員登録され・・・・詳細はこちら http・・・・・・・・

  最終通告です。このままならばあなたを会員登録しアドレスを公開します。退会手続きはこちら。 http・・・・・

こっちは裁判所もアドレス公開も怖くないやい。ばかたれ。

PCには

  あなたのことが好きで好きで忘れられません。どうしてもあなたと一緒にいたいから一緒に入会して・・・http・・・・・

この手のメールは、URLをクリックしないに限ります。ウイルスメールの添付ファイルをクリックしないと言う常識と同じです。

手の込んだメール詐欺が発生しているようです。フィシング詐欺と言うのだそうですが

  ○×カード株式会社
  いつもお引き立てありがとうございます。さて~~の理由によりお客様の確認をさせていただきたいと存じます。詳しくはhttp・・・・・

というようなメールが来てURLをクリックするとそのカード会社のロゴまで使った手の込んだ画面が開き口実をつけて会員番号と暗証番号を入力させると言うもの。日経に先日あるカード会社を騙った画面が掲載されていましたが、良く出来ているなぁと感心するようなものでした。

これもまずメールそのものを疑って、クリックしないに限ります。大体メールでそんな大事な問い合わせが来ること自体おかしい。わざわざブラウザを広げさせるのがなお怪しい。

気をつけましょうね。自分は携帯メールのアドレスを変えなきゃ。ふう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

誰のための少子化議論(少子化その2)

予告通り、ここでは新聞の論評について書きたいと思います。

年頭から各新聞が少子化を取り上げているようです。日経新聞と東京新聞は一面の連載記事として少子化を取り上げてきました。(日経はまだ続いている)

すてきな奥さんなれるかな: 見出しとリードしか読まずに新聞記事を批判してみる。

少子化について書こうと思ったのは、上記わさびさんの記事に触発されたからです。毎日新聞は読んでいないので自分はなんとも言えないのですが・・・。東京新聞は購読していないので、10日月曜日に川口駅まで自転車で行って、駅売りのものを買ってきました。その記事だけでものを書きます。日経は購読して毎日読んでいます。

どちらを見ても、少子化の議論と言うのは誰の為になされているんだろうと感じます。日本経済がこれからも成長していく為?まさか年金財源の稼ぎ手を増やさなければなんていう議論じゃないだろうな?といつも身構えてしまいます。日経の1月8日の記事では自民党の柴山昌彦議員が党内の子育て小委員会で「暴論ではあるが独身税をやってはどうか」と発言したとの事。「子供を持たない人には将来世代の分まで多く負担してもらおうと言う案」だそうだが、冗談じゃない。柴山といえば先だっての衆議院埼玉8区(主に所沢)の補欠選挙で当選した奴じゃないか。39歳と言う年齢のくせして何にも分かっていない。

少々脱線しますが、自分は今の政界では対立軸はイデオロギーではないと考えています。(それが問題と言う人もいるでしょうがさておき)「都市」と「地方」(地方と言うと田舎のイメージがあるかもしれませんが、違います。「大都市圏」と「それ以外の地方都市」と考えてください。郵政民営化反対議員がよく言う離島や山間部などの過疎地のことではないんです。)そして世代間対立です。都市と地方の差については一票の重みが違うことでハンディがつけられています。現行の5倍以上の格差は異常にしても3倍くらいだったら許せると思います。同じことを世代間対立にも当てはめるべきです。例えば0歳児まで参政権を与えて、例えば18歳なり15歳なり以下の子供の票は親が持つ。このくらいで丁度勢力が拮抗するのではないでしょうか。現行制度では老人の意見ばかり通って不公平極まりないです。柴山よ。おまえ39歳だったらそのくらいの視点を持てよ。国民資産1400兆円の半分は60歳以上の人が持っているんだぞ。暴論返しすれば年金暮らしの人々が将来のことなんか考えるもんか。(あくまでも暴論返しですよ・・・)

閑話休題。

1月8日の回では、自分と同じような発想の人が結構いることを紹介しています。タイトルは「老老政治いつまで」。
その上でまず今の若い人たちの力をどう伸ばしていくか考えようと言うのが両紙の流れのようです。東京新聞では職業についていない若者たちが将来技術も経験も無く年をとり、やがてホームレスになっていくのではとの問題提起に続き「失敗してもリターンマッチできる社会を」との提案をしています。確かに自分たちが就職する頃までは、就職は一発勝負でした。それでも勝負できたから良かったけれど、いまや勝負をさせてくれない、即戦力・経験者ばかり求める社会になって失敗するチャンスも無い。

少子化がだめと言うのではなくそれなら身の丈にあわせようという企業の動きも紹介されています。(1月12日)

しかしそれにつけても官の動きは鈍い。バブル崩壊後の日本は民間の不良債権処理でアップアップしていましたが、いよいよ官の不良債権処理が始まるのではないかと思わされます。自分もいつか書こうと思っていた佐賀空港。佐賀駅からバスで600円かかるこの空港には東京行き2便と大阪行き2便しか来ないです。かたや西鉄ご自慢の1000円高速バスで1時間揺られれば福岡空港。沖縄から札幌まで各地へいけて東京行きは本数もさることながらスカイマークが入って料金も安く、さらには国際線も乗り入れています。佐賀空港の赤字は毎年3億円だそうです。(1月9日)少子化対策の名目で他の公共事業を公園建設などに振り替えているとか首都高速道路公団は修繕費用を積み立てていない(1月9日)というにいたってはため息。修繕費を引き当てていないということは、民間ならすでに計上済みの退職給付引当金も積んでないのでしょう。郵便局もさかんに「局員の給料は税金ではなく事業収益でまかなっています」とポスターまで作っているけれど、退職給付は積んでいるの?それは税金とか言わないでよ。財政投融資の貸し倒れや国債の値下がりに引当金なんて積んでいないでしょうね。積み立てが必要な様々な費用を引き当てたら、今は黒字とうそぶいている官営事業は軒並み赤字なのではと見ているのは自分だけではないでしょう。老老政治がまかり通る限りこの責任はだれもとらず、税金が垂れ流しされていくのでは。

ちょっと長くなりすぎました。批評と言うか引用ばかりになってしまった。記事についての印象ということであれば、一言やはり「誰の為の少子化議論かわからない記事」かな。それを言うなら自分の書いているこの批評も誰の為か分からないか・・・。なんだか結局自分たち子供を生む世代が責められているような気がしてしまうのですよ。どうでしょうか?

午後2じです。一眠りした後でもう一度考えて付け足しします。
誰の為の少子化議論かと言うことを考える為には一歩踏み込んで誰の為の国家なのかと言うことを考えなければいけない気がします。地球規模で言えばまだまだ人口は増え続けるのですから、「国」と言う枠組みが我々にとってどういう意味があるのか考えなければいけないのだと思います。今まで日本は(本当は違うけれど)単一民族国家と言う幻想を抱いてここまできました。民族の為の国家なのかと考えると、外国人労働者(単純労働者ばかりでなく、経済の発展に必要不可欠な技術者やこれから受け入れることになる看護や介護を担う人も含みます)や在日の人々に対して冷たい理由も分かる気がします。しかし民族と言うことにこだわる限り国力の衰退は避けられません。アメリカが力を持ち続けるのは、多様な民族からなる移民国家だからと言う面が大きいのではないでしょうか。一民族で構成されている国なんて数えるほどしかありません(日本だって実際はちがいます)。多様な民族・価値観を共有しその中で国としてのアイデンテティは何なのか、移民大国カナダやアメリカやオーストラリアと比較して何が日本の発展を統べるモチベーションなのかを考えれば、国家と言うサービス体や歴史教育のあり方にまで、ある道筋が付けられるのではないかと思います。しかしそんな議論はまだ始まっていません。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

途中経過

これからも精神保健福祉法第32条の改悪に関する記事を時折はさみますことをお許しください。

自分は現在署名活動に走っています。友人知人や頼りになりそうな親類を含め多方面に声がけしています。今のところ自分のところだけで50件は集めると言うのが目標です。

反対活動もようやく形を持ち始めています。様々なブログやサイトの運営者が一堂に会し具体的な活動を起こそうとしています。
■32条見直し案反対運動プロジェクト
このプロジェクトはROMだけでなく具体的な意見や提案のある人が主体的に参加することが求められています。自分の場合は体力的にムリと考え、付属のBBSにおいて署名集めに徹することを表明するとともに参加する皆さんにエールを送りました。

今後の方針ですが、個人的に懇意にしている創価学会の会員さんへ訴えてみようかなと思っています。じぶんは学会とは何の関係もないので、彼らがどんな感想を持ちどんな動きに出るのか、そもそも情報が伝わるのかどうかさえ未知数ですが、現政権で福祉面に興味がある、力があるといえば公明党くらいですから当たってみるのは無駄ではないと思っています。また政治的なつながりとは別にカトリック教会でも何とか情報を発信できないか模索してみます。

個人的には、自分ひとりでもカミングアウトして川口駅前で街頭署名活動をしたいくらいの気持ちでいますが、それで体を壊していては元も子もありません。ただ今回の問題を通して、本当に多くの人がこの32条を命綱にしていることを知りましたので出来る限りのことをしたいと思っています。

32条見直し反対パワーを、「点」から「線」、「線」から「面」へ。

参考サイト
Doblog - 何となく社会福祉 ─ 実務版 -
社会人必読の闘病&癒し追求記録?

| | コメント (3) | トラックバック (0)

1枚の年賀状

少子化の話題の途中ですが、閑話休題。

自分は、思いを寄せる人がいても親の問題や自分自身の病気の問題に巻き込みたくないという気持ちが強くて、思いを相手に告げられない、てな話を前に書いた記憶があります。でも感情の昂ぶりがその自制心を越えて出てしまうことがあって、思いを告げてしまうことがありました。過去数回。でもその時期と言うのはタイミングが合わないことになり結局振られる運命にあるのです。直近では昨年のクリスマスイブにやりました。感触としてダメだなとは思っていたのですが、きちんと振られないと次へいけないと思って、言葉できちんと振ってもらいました。今回はダメージはありませんでした。むしろ「やっと思い残さず次へいける」とおもってさばさばした気持ちでした。

回りくどいですよね。よくそういわれます(笑)。

さて、元旦にきた年賀状のうちの1枚を見てびっくり。なんと大学時代に知り合った人からのものでした。

彼女とは大学時代から、勤めだして4年くらいまで付き合っていました。最初はサークルの帰りに自分が映画を見に行くといったら、「じゃ私も。」と言うので2人で映画を見たのから始まりました。といってもひと月に一回会うか会わないか。自分が流通業で土日休めず、彼女は学校の事務だったので土日休み。結果自分が休みの平日の夕方、彼女が仕事を終えてから会って映画や演劇を見たりして夕ご飯を一緒に食べて帰るという・・・、それで付き合っていると言えるわけ?てなもんですが、まあそんな感じでした。

しかしいつも自分が一方的に誘うばかり。年賀状を出しても返事の来たことが無く、会って分かれるときも「またね」でもなく、彼女のほうから意思表示を積極的にしたのははじめて映画に行った、あの時だけ。そのうちに自分も臆病になってきて、電話をかけても何度も留守だったりすると電話をかけにくくなってそれきりになっていました。

毎年2月に来るサークルのOB名簿には彼女の名前が載っていて、結婚したわけでも引っ越したわけでもないんだなとは思っていました。

昨年2月入院中にその名簿が来ました。人恋しくてどうしようもない頃だったので何の気なしにはがきを出してみました。しかし何の音沙汰も無くここまできていました。

その彼女から突然の年賀状です。こちらが書いても返事の来たためしの無い人から突然ですよ。びっくりしますよね。しかも文面が

  昨年話題になった「世界の中心で・・・(セカチュウ)」と「いま、会いにゆきます」は読みました。○○さんは最近どんな本を読んでいますか?

というんです。一呼吸置いて落ち着いてから、返事を書きました。原作は読んでいないけれど、映画を見て泣けた話など。そして「近況報告がてらどこかで会いましょう」と書きました。

それから何日たつんだ・・・?音信不通です。昨晩思い切って電話をして見ましたが、3回かけても留守。留守電は無し。FAXもないみたい。

これが恋愛のスタートになるのか、ただの通りすがりの出来事に終わるのかちっとも分かりません。しかし9年ぶりくらいですからね。近況を話す程度のことはしたいなと思っているのですが。さてさて・・・・。どうなることやら。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005/01/13

この少子化の時代に(少子化1)

向井亜紀オフィシャルサイト| diary

タレントの向井亜紀さんのダイアリーを読んだ時、2つの思いがわきあがりました。

ひとつはもちろん代理母の問題です。不妊治療の究極とでもいうべき形ですが、いくら国民的議論が高まっていないと言っても、役所の対応はあまりにもひどいですね。難しい問題には関わりたくないと言うか無いことにしたいと言う感じです。東京法務局の「出生届不受理」扱い。なぜと理由が聞きたい向井さんにきちんとした理由が語られることはない。その後の法務大臣のプライバシーの公開、マスコミの歪曲報道など読んでいて「この国は・・・」と思わざるを得ません。子供をここまで欲しいと思っている人がいるのに・・・。

もうひとつは(以下2004年7月27日の項より引用)

虐待を受け、もうすぐ5歳になるというのに、まだ2歳児の体格をしているAちゃんという女の子が、私に、「ママ、ママ、」と言って、しがみついてくるのを見て、まだ私が病気をする前のことですが、「この子を養子にもらえませんか?」と、園長先生にお願いしたというエピソードの後です。

園長先生は、「この子には親がいるのです。この子がこんなに小さいことからもわかるように、本当に大変な状態の家庭です。でも、親がいる限り、この子を養子に出すことはしたくないのです。私たちの第一希望は、いつの日か、Aちゃんの母親が、もう一度、母であることに目覚め、迎えに来てくれることなんです」と、おっしゃいました。

が、私たち夫婦は、8年間、その子供園に通っているので、ずっと親が迎えに来てくれるのを待ちながら、結局は、子供園にいられる年齢を超えてしまい、中学を卒業すると、住み込み等で働き始める子がとても多いということを知っているのです。
その子供園にいる子供の、実に95%には、親がいるのですから。(引用終わり)

虐待した上に3年も5年も放置している母親にいつまでも期待をして、子供の将来はなおざりでいいだろうか?中卒で住み込み労働なんていう子供たちが「赤毛のアン」や「ジェーン・エア」の時代ならともかくこの時代に現にいるというのは信じがたいです。高校も出られず働く子供たちは親の十字架を年を重ねながら背負い続け、延々と自分の出生をのろうのではないでしょうか。自分が悲観的に考えすぎでしょうか・・・そうならいいんですけれど。

今年、年頭のいくつかの新聞の連載特集で少子化が取り上げられています。新聞それぞれに視点は異なるようですが・・・その悩ましきことについて項を別にして感想を語りたいと思います。


| | コメント (0) | トラックバック (1)

神様、何するの・・・

昨晩少し良くなったのですが、今朝またうつになり寝込んでいました。18時頃完全に脱出しました。うつの波は避けられないもののようです。ただ今までと違って、「あ、くるな」と言う兆候がつかめたのは一歩前進ではないかと思います。少しずつですが病気を克服して行きたいと思います。

ta_koのでいりーろぐ | 正月休みに本を読んで思ったこと

さて、自分はテレビのある環境でもバラエティを全然見ないので、吉井怜さんはこのニフティのブログの愛称「ココログ」で吉井怜オフィシャルココログを開いていることではじめて知った女優(アイドルと書いてあるが)さんです。

先日そのオフィシャルココログを開いて、「うーん。アイドルだなー」と思いながらつらつら読んでいくと「著書」と言う欄に「神様、何するの・・・ 白血病と闘ったアイドルの手記」とあったのが目を引きました。これはちょっと読みたいなと思ってさっそくアマゾンで購入。丁度今回のうつの前後で一気読みしました。

白血病と言うのは過酷な病気だなというのがはじめに思った感想でした。抗がん剤の作用で髪の毛が抜け落ちるとか、菌への抵抗力が落ちるので無菌室に入って過ごすなどの場面は、丁度「世界の中心で愛を叫ぶ」の映画で同じシチュエーションがあるのでリアルな映像としてまぶたに浮かびました。顔かたちが変わったり、髪の毛が抜け落ちたりと言う作用は女性でありアイドルである身にはそうとうこたえたに違いないと思いました。さらに放射線治療で子供を生めない体になったことがとてもショックだったと書いています。これは男性には分からない思いでしょう。

闘病中も吉井さんは仕事に戻ることを強く意識して、様々なきつい治療や死神に引っ張られるかと思われるような悪夢にもむかって行きます。これは自分もそうかなと思います。自分も「仕事に戻る」ことを強く意識せずにはこの厄介なうつ病とはエンドレスで闘えないと思います。それと彼女が最初のうちなかなか病気とちゃんと向き合えず、時間を追っていやおう無にそうせざるを得なくなって自分の病気と向き合い、自分で治す(闘う)決意を固めていくところなども自分に重ね合わせて読みました。

恋愛や人間関係といった問題にもぶちあたります。ぶち当たるんだよなあ。病気になると人一倍寂しさを感じざるにはいられないところがあると思います。しかし吉井さんはいいます。

  ただ、愛が当たり前になって、欲深くなって、もっとたくさんの愛や、愛されたい人から愛されなかっただけで、孤独を感じてしまう。だから、自分が生きている意味なんて無いように思えてしまうのだ。
  だけど、それは違う。

そうなんですね。愛が当たり前になって欲深くなるというのは人間仕方の無いところかもしれませんね。でもそれは違うと自分も最近気が付いたのです。

二十歳の人(当時)が書いた文章にこれだけ共感できるのは、病気の重さと言うところもさることながら、文章がしっかりしていること、病気を通して自分自身と向かい合う姿勢は年齢問わず同じということなのでしょう。

3ヶ月に一度ながら今でも通院していると言う吉井さん。竹脇無我氏が「うつ病になってよかった」と自身のうつ病闘病記で書いているのと同じ言葉を書いています。「病気になったおかげで変わることが出来た」と。こうして病気をばねによりよく生きられるように自分もまた闘う日々です。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2005/01/11

また、うなりました。

昨日、元気に起きられたのですが、少々やる気にかけたところがあって「これは下り坂の兆し」と思っておとなしくしていました。しかし波は波として確実に押し寄せるのですね。

きのう少し早めに寝たのに、起きられないこと。朝5時くらいに新聞を少し読むことが出来たのですが、どんどん谷へ落ちて、午後はうーうーうなっていました。眠りが浅いので夢をみるのですが、これがまた急き立てられるような夢だったり、重い荷物を一人で山の上へ運んでいくような苦しい夢だったりして、つらかったです。

先ほどからようやく少し落ち着いてきました。ラジオもステレオもつけないで静かにしていたら、アパートの隣の部屋に住む方(このアパートは近所づきあいゼロなので名前も知らないのですが50代くらいのおじさん)のいびきがきこえてきまして、「なんて薄い壁・・・」と改めて思いました。昼間こちらがうなっているのもきこえるんだろうな。

コメントのお返事等少しお待ちください。

ひとつだけ。精神保健福祉士協会のホームページに「公費負担者の将来推計」なるものがあったのですが、そんなに右肩上がりで増えるのかなと言う数字です。逆に毎年こんなに増える社会が異常じゃないのと思ったしだい。
pdfなので見づらいんですが。http://www.japsw.or.jp/backnumber/news/2004/1115/005.pdf

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005/01/10

しつこいようですが。

たびたび同じ内容を書きまして申し訳ありません。ただなんとかこれを読んでくださっている方に実情を知っていただきたく、今回はいくつかのリンクをごらん頂いたあと、自分の状況を補足したいと思います。
社会人必読の闘病&癒し追求記録?: 32条改悪断固反対!
REaL:32条を考えよう!
32条をこれから申請する方へ
Doblog - 何となく社会福祉 ─ 実務版 -
憂鬱な喫茶店(支店) - そろそろ本腰で
32条見直し断固反対!

あまり多くても読む気がしないでしょうから、このくらいにしておきましょう。

以前ご紹介したホームページいのたまメンタルヘルス会議室を主宰していらっしゃる井ノ瀬珠美さんが「お金で悩まないこころの治療生活」(飛鳥新社・平成13年刊)の序文でこう書いていらっしゃいます。

  精神疾患は、人をビンボーにする病気である。
  一回ごとの治療費は、保険証を使えば大したことはない。だが、精神疾患の治療は時間がかかる。その間に、病気で働けなくなったら?家事が出来なくなったら?不登校のままだったら?
  こうした状態が長引けば、当然、本人は焦る。「この先、どうなるんだろう?」と言う不安が日増しに強くなり、それがますます病状を悪化させていく。時には収入を減らし、失業を生み、家族関係を壊すことすらある。
  この悪循環は、決して珍しくない。むしろ頻繁に見られる現象で、合併症といってもいいほどなのだ。

そうなんです。他の病気と決定的に違うのは金銭的な負担のせいでさらに病気が悪化したりするケースが多いという事です。全部がとはいいませんが経済状態と病状がリンクするんです。さらに言えば、この病気は最悪死に至ると言う事です。自殺というかたちになりますから病死とはいえないようにも思えますが、自殺者や未遂者の多くがうつ病を患っているといわれます。結果的に病気の為に自傷行為に及ぶのです。それからお金に詰まって自殺する人も多いですよね。だからこの病気とお金は合併症といっても良いということなのです。そういう意味で公費負担制度は重要な役割があると思います。

もうひとつ考えたいのが、先のブログのなかにあったように家族が理解してくれない、あるいはできないケースです。自分の山梨の叔母が一応の理解は示しても最後まで納得できなかったように、どうしても病気とは認めてくれないあるいは認めたくない家族がいたりしたとき。今回の改正案では世帯の所得が一定以上あると32条適用除外になるようですが、病気を理解できない家族が怠けているとしか見えない子供、配偶者にいい顔をして病院に送り出すことは無いでしょう。それでさらにお金がかかるとしたら。通院はまだ3割でもなんとかなるか(ならないケースが多いと思いますけど)と思えば、薬代ですよ。高いんですよ。井ノ瀬さんは序文の中で自己の体験談を語られています。中学3年でお父さんが亡くなり、お母さんには娘が精神疾患だと考える余裕も無かったが為、家族には内緒で自分の小遣いを使って病院に通ったものの劇的な効果はなく、結果的に治療者と大ゲンカした後、睡眠薬自殺を図ったそうです。公費負担制度が使えたならば、家族に負担をかけず(嫌な顔をされず)治療を受けることが出来ます。

自分も正直なところ会社を辞めたときには退職金を合わせ数百万円の貯金がありました。しかし親と同居することを病気が許さなかった為、また感情の問題もあって、独立しアパートを構えて自活するのをすべてその貯金でまかなってきました。はじめは2~3年で治るだろうと思っていたのです。ところが、はや6年目。貯金はとうに尽き結局親の仕送りでなんとかやっている状態です。親との間の感情的なわだかまりを取るような心理的な治療を受けたこともあって、なんとか仕送りをもらえる心理状態にはなったのですが、いまだに同居は出来ません。体が拒否します。父が定年後も働ける技術を持っていて年金以外にも収入があるから仕送りできると言う幸運もありました。他の患者さんの話を聞くにつけ、自分はまだ恵まれていると思わずにはいられません。

しかし、以前も紹介しましたが大野裕氏の著書「うつを治す」(PHP新書111)によれば、うつ病は再発しやすい、再発すればするほどさらに再発し慢性化しやすい、薬を減らすと再発しやすいなどの点が指摘され、発病に至るエピソードが二十歳前におきた患者には生涯服薬するように勧めているというのです。自分はこれにあたるでしょう。

このような理由で自分は改めて、今回の32条改悪には反対の意思を明確にしておきたいと思います。

なお、今回リンクさせていただいたサイトにはすべてトラックバックをつけます。TBつながりでこちらをごらんになった方の為に再度いのたまメンタルヘルス会議室をご紹介します。役立つ情報と充実のリンクでとても使いがいのあるサイトです。ぜひご覧になってみてください。

| | コメント (3) | トラックバック (1)

2005/01/09

ニュースとは・・・

先ほど郵政民営化にまつわるちょっとした記事について考えを書きましたが、すっと頭に入りますか?入らないですよね。総資産が404兆円ってどういうこと?5500億円の債務超過って言うのはなんかまずいことなんだろうけれど具体的にどういうことなんだろう?と感じませんか。

これらの疑問は簿記を勉強すると分かるようになります。出来れば2級くらいの知識があるとすらすらと頭に入ると思います。

ここでは図が書けないので説明は省略しますが、どうもニュースで取り上げられる事柄の中には専門知識が無いと分からないものが多いと思います。例えばイラクはなぜいくつもの民族が同居し勢力争いを続けなければならないのか。これは高校の世界史の教科書でも分かりにくいんですが、第一次世界大戦で敗戦国側についていたオスマントルコの領土を戦勝国イギリスやフランスが勝手に線引きをして自国領や自国の委任統治領にしたのですね。その線引きが地図上でなされた為民族が分離してしまった・・・クルド人の地区は現トルコとイラクに分割されクルド人の国と言うものはもてなくなってしまった・・・どうもそういうことらしいです。だから国境線が直線なんですね。様々な民族をひとつにまとめる為には強権の独裁者が必要でそれがイラクではフセインだったし、例えば旧ユーゴスラビアではチトーだったのでしょう。この話(国境線が直線あたりまで)は以前のNHK週間子供ニュースで解説されていました。

この週間子供ニュースですが、大人が見ても本当に「なるほど。分かりやすいなあ」とうなってしまうほど分かりやすいです。見たことない方はぜひ一度見てください。土曜日の夕方18:10頃からやっています。大人が見てなるほどと思うくらいのことを子供がニュースだけで理解するのは不可能ですよね。時勢の問題を子供に聞かれてきちんと答えられる自信ありますか?

分からないニュースを分かりやすく伝えようとしたのが誕生当初のテレ朝「ニュースステーション」だったと思います。あれを見たとき「あー、あれはこれがそうなってこうなったのか」と斬新な気持ちにとらわれたのを記憶しています。ただ、白黒つかないものをむりやり「黒」と言ったりしてちょっとイデオロギーじみたり、所沢の野菜の一件では決定的な過ちを犯したり、いろいろな負の部分もありましたね。

NHKニュースなどでも新潟の地震や、今回のインド洋の津波にしても衝撃的な映像をわざわざ選んで何回も見せるのには辟易しました。ワイドショーみたいだと思いましたが、よく考えると「みたい」じゃなくてワイドショーそのものなのですね。別に芸能コメンテーターが出たりしなくても。評論家も「北朝鮮ならこの人」みたいに使いまわしだし。だったら中立ぶっていないで、もっと分かりやすくほぐしたニュースを報じれば良いと思ってしまいました。


ああ、また難しいことを考えてしまった。これだから頭がすっきりしなくなるんだよな。(自己反省)ケセラセラ。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2005/01/08

肥大化を許すな

@nifty:NEWS@nifty:郵政公社が民営化準備室に意見書、政府原案をけん制(読売新聞)

郵政民営化問題と言うのは本当に悩ましい問題です。JRやNTTの民営化などとは問題の本質が根本的に違うからです。

ひとまず今回の意見書についてだけ。「民営化当初から納税義務を負うのだから応分の経営自由度を認めるべき」とのことですが、それまで国のバックボーンがあったから3事業あわせて404兆円もの資産を持つ企業体に発展できているわけで(2004年3月期決算)、しかも郵便事業が5500億円の債務超過になっているところ、政府が1兆円補填してチャラにしようと言う話もあるのです。そんな事業体が突然現れて他の民間業者と同じ土俵で競争することがフェアなことでしょうか。納税義務だけで自由に経営されたのでは著しい民業圧迫になるでしょう。当然ペナルティがあってしかるべきです。1000万円の貯金上限の撤廃など出来ない相談だと思います。

この問題はとても大きな中身なので、後日考えをまとめて分かりやすく提示したいと思います。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005/01/07

新年初の通院

今日は通院日でした。昨日の夕方からわけの分からない「不安発作」とでも言うんでしょうか、闇雲に怖くなって頓服薬を飲んでねていたので、ちょっと起きるのがつらかったのですが、自分の主治医は今のところ金曜日しか診察が無いので、ムリムリ体を起こして行きました。

大学病院は新年明けてすぐなので大変混んでいました。でも自分の主治医は他の先生よりちょっとだけいろいろ話を聞いてくれるのでがまんがまん。

待つこと1時間ほどで呼ばれました。年末から年始にかけての不安や心配、困ったことなど全部話します。まずココログで例の32条問題が話題になっていて、自分としては戦おうと言う意思と、つらいから逃げたいと言う意識が相半ばしていること。父親が今月末に自分と一緒にバス旅行に出かけたいと言っているが、これがきっかけになって親父が人生に弱気になって自分の肩にのしかかってくるようならどうしようかと言う心配。勉強のほうが少し根を詰めて4~5時間熱中してやると、翌日すぐ反動が来てやる気がなくなる話など。

先生曰く、ブログは先生の受け持つ患者さんで変なコメントやトラックバックをつけられてつぶれてしまった人がいるので、何を言われても書かれても気にしないという約束でやってくださいとのこと。ハイ。32条問題も過剰に反応すると体に響くでしょとの事。ハイ。

そういうわけで、ここではリンクは張りますし、情報は流して読んでくださる皆さんに理解してもらえるようなことはしたいと思いますが、ここで署名活動を起こしたりというような体に負荷のかかる活動は控えたいと思います。ただ強調させていただきたいのは、こういう自分みたいな弱者が標的になった改悪であることです。ぜひ一度リンクしたブログなどを見ていただき、理解を深めていただければ何よりです。

その他、自分の心配や悩みについてきっちりきっちり答えてもらい、「全体的に話が整理されてきている印象がありますね。順調だと思います。」といっていただきました。

自分のかかる先生は、以前のクリニック時代も今の大学病院の先生も必ず診察後不安がだいぶとれてさわやかに帰れる良い先生ばかりに当たっています。全くありがたい事です。恵まれた環境を生かしつつ、ムリせず、しかしチャレンジャーであることを心に誓いかえってきました。今日は遅くなってしまったのでかかりつけの西川口の薬局にはいけませんでした。薬もあちらこちらでもらわず一箇所で統一したほうが融通を利かせてくれます。もっとも精神科のクリニックは院外処方を出さないところが多いみたいですけどね。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2005/01/06

ちんどん屋

ちょっと暗い記事ばかりなので息抜きを。

自分は5歳くらいから埼玉県に住んでいます。最初は三郷、ついで春日部と県の東部を渡り歩きました。

県東部は今でこそ東武線も武蔵野線も便利になりましたが、昔の武蔵野線は40分に1本というローカル線でした。東武線も俗にカステラ電車と呼ばれた、車内が板張りの古い電車でした。(今思えば屋根が茶色で、車体がクリーム色でしたからまさにカステラ。最近まで走っていた宇都宮線のオレンジと緑に塗られた電車(115系)をかぼちゃ電車と呼ぶ人もいましたがうまいネーミングを考えるものです)

そんな自分にとって京浜東北線沿線は憧れの地でした。なにしろ小学生のときに日商の珠算検定を受けるのにも、一番近い商工会議所のある都市が浦和でしたからなおさら。

特に川口にあこがれたのは地下街(今は駐輪場になっていますが)の存在と、古い商店とビルが混在するカオスのにおいと、駅前のパチンコ屋にしばしば来ていたちんどん屋さんでした。今の鳩ヶ谷のすみかは川口駅のカテゴリーで不動産屋をあたったらたまたま出てきた物件だったのです。

ちんどん屋さんは鳩ヶ谷に住み着いてからもちょくちょく目と耳を楽しませてくれました。まだ鳩ヶ谷に地下鉄が出来ていなかったのと職場が一時日進(大宮からひとつ川越寄り)だったこともあり川口駅を毎日使っていましたから、折に触れて新装開店の宣伝にやってくるちんどん屋さんは通勤時のひそかな楽しみでもありました。

1年ほど前でしょうか。そのパチンコ屋が時代の流れかスロット専門店になりました。そのころからちんどん屋さんは川口に来なくなりました。

そして今の再開発ラッシュ。パチンコ屋のうらは大規模なマンション開発が進んでいる最中。産業会館も立替。市民病院跡も周りの古い商店を巻き込んで高層マンションと西友に。六間道路沿いにわずかに残る古い店も道路の拡幅工事の為姿を消そうとしています。カオスだった駅前の街並みは巨大ビル群によって制圧されようとしています。こんな街並みにはさすがに似つかわしくなくなってしまったちんどん屋さん。今もどこかでちんちんどんどんとやっているのでしょうか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

やっぱり・・・。

先日書いた記事「思うこと」の中で「医者にかかるとやたらと保険証を見せろといわれるのは、保険証をもてない人が相当いるのでは」と書きましたが、具体的な数字を先月の日経新聞の記事から発見しました。

記事によると2003年6月現在国民健康保険の滞納世帯は454万世帯。全加入世帯に占める割合は19.2%で、98年以降年間30万世帯ずつ滞納が増えていると言うのです。

話題の国民年金と違って、国民健康保険は滞納すれば当然保険証を取り上げられてしまいます。もっともすぐに取り上げられるわけではないのですが、滞納が続けば新年度の保険証が発行されないなどにより実質取り上げられてしまいます。自費で払うほうが得な人で、わざと払わない人が何割かいるとしても、医者にかかれない人がこの世の中何百万人もいると見てよいでしょう。454万『人』じゃなく454万『世帯』ですからね。日本が誇る「国民皆保険制度」は「すでに行き詰まっているのではないか」との声もあるそうで、全くその通りだと思います。

確かに世界第2位の経済大国として、津波の被災国に5億ドル拠出するのも必要な施策でしょうが、ちょっと足元が薄ら寒くはありませんか?この国・・・。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2005/01/04

32条ショック

昨日書きました通院医療費公費負担制度の見直しに関して、昨晩調べたところいろいろな事実が分かってきました。いずれも病気を持つ身に取っては不利な話ばかりで、厚生労働省の政策の基礎となっている障害者の社会復帰についても異論のある(また書きます)自分としては、到底受け入れられない話でひどいショックを受けました。署名を集める動きも活発化していますので、鳩ヶ谷雑記でも趣旨をご説明した上でご協力いただける方には署名のお願いをするかも知れません。方法が難しいのですが・・・。

今日は昨晩のハイテンションがたたって、少々苦しく、やる気に乏しい一日となってしまいました。またしゃんとしましたらいろいろご報告します。ひとまずもっと知りたいという方はトラックバックしてくださったnogさんの「大変だ」の記事と、以前ご紹介した「いのたまメンタルヘルス会議室」のホームページをご参照ください。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2005/01/03

32条

Day by Day, by Day: 0224 32条が危ない!

こんな話、はじめて聞きました。どうなるのでしょう。

32条と言うのは通称で、通院医療費公費負担制度の事です。ほとんどの県で健康保険の自己負担分3割のうち25%を持ってくれる制度です。(東京都は全額持ってくれると聞いたこともあり)精神神経科の通院は長引くことが多いため、こういう制度を設けて一定の配慮がなされているのです。

32条がなくなると自分の場合、2週間ごとに診察代1380円と薬代5400円がかかることになります。自分はおそらく患者さんの中でも薬は少ないほうだと思うので、人によっては相当の負担増になるのではないでしょうか。

うつ病で検索かけてネットサーフィンしていたらこの記事に出会いました。よくよく調べて見たいと思います。情報ありましたらお知らせください。

| | コメント (4) | トラックバック (9)

新年会

新年の挨拶

今年はいつも飲んでいる高校時代の友達が、日程の都合で正月ムリなようです。昨年急に結婚した奴がいるので、のろけ話のひとつも聞きたいところですが、曜日の並びが悪いですよね。明日から多くの人が仕事でしょう。

年越しを一緒にするいとこも、今年は彼の妹の結婚式が12月にこちらであったため、それで休みを取って、正月はこちらに来ないようです。

そういうわけで、一人きりの初詣以外はまったく何もなく、掃除のはかどった正月でした。


| | コメント (0) | トラックバック (0)

箱根駅伝

今年も箱根駅伝のシーズンになりました。今ラジオで聞いているところですが、駒大は強いですね。

往路東海大が初優勝しました。1区でトップに立ち、一度も抜かれずに往路優勝と言うのも珍しいかもしれません。なにしろ毎年ドラマだらけの箱根駅伝。駒沢は1区ではだいぶ出遅れたのに、5区ではいつの間にか1位の東海大を脅かすところまで来ていました。そして今4連覇に向かってトップを快走中です。

ドラマと言う点ですごかったのは、5区の坂登りでの順天堂の今井選手ですね。なんと上り坂で11人抜きという荒業をなしとげました。

今年は自分の母校は出場していません。学連選抜で一人走りましたが、また出てきて欲しいなと思います。いつも応援しているのは、通信教育を受けている法政大学です。今年はスター選手もいなくてあまり取り上げられる機会が無いのですが、シード権に手が届きそうなので何とか前に出てほしいです。1昨年だったでしょうか。エースといわれた選手が2区に出たのですが調子を崩し横浜駅前で無念のリタイア。あのときは本当に残念でした。

今年は明大が14年ぶりに登場。なかなか上位に食い込めませんが、復路の繰上げスタートはありませんでした。なかなか健闘しているのではないでしょうか。しかしやはり壁は厚いですね。

さてこのまま駒大が4連覇か。法政はシード権を取れるか。レースの行方に注目したいと思います。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2005/01/01

初詣

10月からはじめた鳩ヶ谷日記が年を越しました。コメントやトラックバックを頂いた方、私信で「読んでますよ」と応援してくださった方、ありがとうございました。今年も地域の話題と主に借金(国から個人まで)、病気の問題にスポットを当てつつ書いて行きたいと思います。どうぞよろしくお願いします。

おととい書いたとおり、初詣に行ってきました。年明けのカウントダウンにはちょっと遅刻しましたが、最初に四ツ谷のイグナチオ教会で新年のミサに参加しました。イグナチオ教会はカトリックで上智大学と密接なつながりのある教会です。実際神父様の多くが上智大学神学部の教授だったりします。

自分は洗礼を受けたクリスチャンではありません。時折参加するカトリックの若い人の集いにも、自分だけ所属教会なしで行きます。出入りするきっかけになったのは友人に「パイプオルガン奏者」という珍しいカテゴリーのアーティストがいるためで、彼女らが演奏する場所はホールのときもありますが、教会が多いのです。演奏を聞きに行く為に恐る恐るのぞいた教会はしかし決して敷居の高いところではありませんでした。相談室があることに気づいて、病気のことなど相談に行ったりしましたが、決して信仰を強制されることもなく親身に相談にのっていただきました。奉仕の精神ですね。

そんなわけで、本当に気楽にミサに参加しました。イグナチオ教会は所属信者の数もとっても多いのでどんな感じかなと思いましたが、普段の平日18時のミサと同じくらいの参加人数でした。参加にあたって、年頭に当たり祈ってほしいことと今年の抱負を書いてください、と紙を渡されました。絵馬みたいな物ですね。共同祈願のときに神父様が祈ってくださるということだったので、自分の病気が早く治って人のために働ける体になりますようにと言う祈りと社労士試験1発合格と言う抱負を書きました。神社で手を合わせて黙って祈るのより、書くという行為は決意を一段と強く持たされる気がします。聖体拝領で(信者ではないので)祝福を頂いて、歌を歌ってミサが終了。丁度1時でした。
外に出るとお神酒を配っているのでいただきました。ワインかなと思ったら日本酒でした。ワインはキリストの血ですから、振舞い酒には出さないんですね。日本酒のお神酒を頂いて、やはりここは日本だなあとおもいました。

四ツ谷から終夜運転をしてくれるありがたい地下鉄で鳩ヶ谷へ帰って一旦睡眠をとってから十二所神社へお参りに行きました。ここは鳩ヶ谷市に合併する前の旧前田村の鎮守様で、明治の神社合祀令が出た際に八幡木(現鳩ヶ谷市八幡木)の八幡神社と合祀されたのですが、地元の人の熱意で元の位置に分祀されて今に至るのだそうです。小さな神社なんですけどね。社殿も平成5年に新築されてきれいなものになっています。鈴を鳴らし、二礼二拍手一礼(神社でお祈りするときの正式スタイルです)して、さっぱりして帰ってきました。

自分の宗教観なども一度機会があったときに書いてみたいと思います。日本人は無神論なのではないかという人が結構いますけれど、決してそんなことは無いと思うのです。誕生が神社で、結婚が教会で、葬儀が寺で、なんて節操が無いのかというのもそれはそれでいいのだと思います。よりどころとしての神様は生きていくのにやはり必要で、それがいろいろ形を変えるだけのこと。自分はそんな風に捉えています。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

« 2004年12月 | トップページ | 2005年2月 »