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2004/12/16

いとこ会

病気になって、叔父や叔母の家に世話になるようになってからはじめて知ったのですが、うちの母は兄弟の間でも評判の悪いひとでした。5人兄弟の一番上なのですが、それゆえひどく甘やかされて育ったらしいのです。特に母の伯母に当たる人がうちの母だけやたらとかわいがっていたそうで、他の兄弟・つまり自分の世話になっている叔父や叔母は冷や飯食わされたとまでは言わないものの、あまり構ってもらえなかったそうです。しまいには祖母も自分の娘の事を扱いかねて、盆暮れの帰省シーズンが終わってうちの母が帰ると「へそを曲げずに無事に帰ってくれてよかった」と、安堵のため息を吐いていたとか。そんな話を最近聞いて「さもありなん」と思わず笑ってしまいました。

憎まれ口をたたきつつも、自分の母方の兄弟は仲が良いです。自分が叔母の家に避難したり、叔父の家で静養させてもらったり出来るのもそのおかげです。5人兄弟が60歳前後まで総じて仲が良いというのは随分珍しいことのようですね。母の実家は上から4番目、三男にあたる叔父が引き継いだのですが祖父母の面倒を見ただけではなく、一族のなかで困難な問題を抱えた家が出ると率先して打開策を模索していました。

いとこも家族ぐるみの付き合いでここまできました。叔父2人は大阪へ、母と叔母は東京へ出てきたのでしょっちゅう交流があるわけではなかったのですが、盆暮れには顔をあわせて話をしたり遊んだりして過ごしてきました。

昨年大阪に住んでいたいとこが自分に引き続いてうつ病にかかってしまいました。このうちは叔父も脳梗塞で不自由な身になっていたので、現在は家族ごと山梨へ引越していました。そのため自分が山梨の本家の叔父の家で療養生活を送るにあたり、そばで何らかの力になれるのではと考えて、同病相哀れむではありませんが「楽にゆっくり!」などと声をかけてきました。半年たってだいぶ深いところまで話が出来るようになって来ました。

こんなことがあったため、自分が山梨を引き払って完全に鳩ヶ谷に戻るにあたり「いとこ会」をつくって、何かの折にはサポートしあうのがいいのではと考えました。親の時代は兄弟が沢山いてサポートしあえましたが、自分たちの場合自分を含め3人が一人っ子です。先の読めない時代ですし親たちもいつどうなるか分かりません。いとこそれぞれが当然別々の家庭を持つにしても連絡は常に取れる態勢にしてサポートしあえたほうが何かと安心かなと思っています。配偶者の理解と協力も得られるといいのですが、今のところ結婚した3組はみなカップルで山梨の本家の叔父の家を訪問しており、人柄も一応つかめるので、何とかうまくいくのではと思っているところです。

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