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2004年12月

2004/12/31

売り場は大変

吉井怜オフィシャルココログ: 街は、すっかり・・・・・

おおみそかになりました。この日は自分が小売店に勤めていた時代、1年で最も忙しい日でした。

紳士衣料の12月の大きな流れを解説してみます。まず12月初旬のボーナスサンデーまでは、メインはコートです。カジュアル・ビジネス問わず売れます。単価も上がるので絶対落とせないシーズンです。我々の店では什器が可動式になっていなかったので難しかったのですが、イトーヨーカドーでは毎年普段のセーター売り場とコート売り場を入れ替えて出すくらいの重点商品です。

中旬からはクリスマス需要でデザイン物のセーターがメインになります。普段は扱わないような一枚1万円以上の豪華なデザインセーターをはじめ、マフラーとセーターの箱入りセットなども若干用意しつつギフトのイメージを前面に押し出して展開します。売り場でラッピングをしたりもします。

クリスマスが終わると今までのディスプレーを総入れ替えします。それまでクリスマスカラーの白・緑・赤のセーターで構成していたディスプレイを明るい春色のトレーナーやフリースジャケットにします。売り場全面も裏起毛のトレーナーなどカジュアル色をだして棚の上はなるべく明るい春カラーにします。この時期の、冬物だけれど色は春色の商品を梅春物といいます。ここから歳末まではカジュアルの実需品のシーズンで、セーターもカジュアルブルゾン・コートも値ごろの物が大量に売れます。自分の店では本来の売り場とは別に食品売り場の近くの小さい催事場でスウェットスーツとフリースジャケットの1000円・1900円など均一セールをして、普段10万円ぐらいしか売れないところで30万円以上の売り上げを取ります。ですから毎日お客さんのいる間は販売に徹し、すいてくるとみんなでどんどん品出しをして補充し、それがまた翌日は売れると言う具合でへろへろになります。

そしておおみそか。一番お客さんの入る日で日中は販売で必死。すいてきたら催事コーナーをを撤去し徐々に商品を動かして売り場の一番前を空けて、閉店間際に福袋の品だし。ワゴンなどは紅白の幕で囲ったりします。テープに吹き込んである音楽もお正月の曲にチェンジ。

以前は元日は休みでしたが、今は平常営業。へろへろのままほとんどテレビも見ずに寝て、翌日朝から出勤。3がにちはパートさんがほとんど休んでしまうので、少ない戦力で戦います(ほんと、売るじゃなくて戦うって言う感じになる)。群馬の前橋方面や東北の仙台などでは、福袋は縁起物として中身を見ずにいくつも買っていくお客さんが多いのですが東京周辺ではそういうのが無いので、自分は福袋の中身を見せて納得づくで買ってもらっていました。

福袋を2日までにほぼ片付け、今度は冬物バーゲンセールの準備。売り場の半分以上を半額~3割引に値段を下げ、値札を付け替えて、SALEの幕を什器にはりつけ一気に処分セールに突入です。今年はカシミアセーターが沢山残っているのでこれが半額セールのメインでは、と予想しています。

このほかに大変な売り場はおもちゃ。クリスマスまでにはオーナメント関係を売りつくさないと来年まで持ち越しと言う恐怖の展開になります。そしてお正月の演出にして、元日からは福袋のほかに福引。これの準備がまた大変。

あとは日配品(デイリー)。12月26か27の夜、漬物や納豆などを大幅に縮小しておせち関係の商品を一気に出します。食品は他にも短期間で売り場を伸ばしたり縮めたりがおおくてホント大変だと思います。

まあ、こんな感じでへろへろの3乗くらいになって人々が無事に仕事始めをする頃からようやく大きなため息とともに「終わったー、お正月だ」という気分で、繁忙期までに年賀状を出せなかったヒトはその頃からやっと書き始めたりとか、いろいろですね。

お読みになっている方もお買い物に出られると思いますが、売り場のこんな裏事情を知っていると、「うわー、大変!」とか思うかもしれませんね。

今年は心配したとおり月初めに夏日があったりした影響で冬物が衣料も住生活も極端にうれず、昔の同僚によると「予定の売り上げと実売がかけ離れていやになる」そうです。一部の大手デパートで福袋を年内から売り出しているのも、少しでも取り返そうと言う小売店の必死さがにじみ出ている気がします。

では、良いお年をお迎えください。

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2004/12/30

今年良かったこと

いよいよ年末も押し詰まりました。天気は悪いようですが皆様、初詣には行かれますか?自分はこの地域(旧前田村)の鎮守の神様(十二所神社と言います)と大宮氷川神社、あとカトリック教会にも行こうと思っています。宗教ぐちゃぐちゃですけどね、いいんです。特別理由はないのですがお寺には行きません。

今年自分にとって最大の収穫は、人生をかけても良いと思える仕事に出会えたことでしょうか。具体的にその仕事に手が伸びているわけではないから「出会えた」というのは適切ではないかもしれませんが、何しろ必ず(治らなくても良いから)病気を沈静化させて専門学校へ1年間かよい精神保健福祉士の資格を取って、精神科のソーシャルワーカーになることです。お金にはならないでしょうが、自分の経験がフルに生きる場所だろうと思っています。

この考えにたどりついたきっかけは、ひとつはやはり今年2月の入院ですね。8人部屋で入れ替わりはありましたけれど、丁度似たような年代のヒトが4~5人いて、病気のことを当事者同士でいろいろ話せたのが大きかったと思います。外部のミーティングなどだと、なんだか病気自慢みたいになってしまうことがあって、「自分はこんなに症状軽くてすみません」などとおもわされるマイナス面の出てしまうものになりがちなのですけれど、ずーっと病棟に缶詰だし、何日も一緒に居ると気心も知れてくると言うもので、そこが良かったんだと思います。単科の病院ではなくて大学病院だったのも環境面では良かったです。

もうひとつはまさに今進学を考えている福祉系の専門学校の広告が新聞に出ていたことでした。卒業生の体験談が載っていて、「あ、これはよさそう」と思い、資料請求して学校見学に行ったりしながら一方では資格のことを調べたりして。入院していた頃は心理カウンセラーになろうと思ったのですが、それだとミイラ取りがミイラになって、また自分の病気を悪くする可能性があるなと。その点ソーシャルワーカー(ケースワーカー)ならばサポートに徹することが出来るなと思いました。そこでは自己破産した親父がいたり、アル中の友人がいたり、自分自身仕事が出来なくて何年も悩んだり、なぜかうつの友人は沢山いたりすることが自分にとって逆に得がたい経験として肥やしになって、病気で困っている人々に本気で「大丈夫だよ」と言ってあげる為の力になるのではないかと思ったのです。10年の会社勤めの経験も無駄にはならないでしょう。

今、社労士の勉強をしていますが、これは本命の専門学校へ行けるようになるまでのつなぎで、生活保護やら障害者年金やらといったことの詳細を知っていればなお力になるだろうという見込みがあってのことです。

まあ、昨日も書いたように「本当に学校行けるようになるのかな?」と言う疑心暗鬼はありますが、主治医も応援してくれているのでなんとかものにしたいと思っています。

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2004/12/29

つらい思い出

またこのシーズンがやってきました。年の瀬から新年にかけては1年の中で最もつらいシーズンです。なぜかというと6年前父が住宅金融公庫とは別にカードローンやサラ金からの借金があり総額900万以上にのぼることが発覚したシーズンだからです。今でもそのときのことはフラッシュバックして思い出されます。特に年末年始という特別の季節だからなおさらです。この借金の整理に春までかかり、その後6月頃から体の調子がおかしくなり8月には受診し始め、10月頭にははいつくばってしか動けないまでになりました。

この時期のことはあまりにつらくてここで書くのもしんどいほどです。またいずれお話しすることにしましょう。

しかし、2~3年で治ると思っていたこの病気、とうとう6年目。あと2~3年で治るのか。しんどいながらも仕事にいけている人も何人か知っているだけに、仕事どころか学校にも十分に通えない自分の体調がこの先どこまで快復してくれるのか、いつも考えないようにしていることなのですが、さすがに不安です。

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2004/12/27

津波の恐怖

昨晩(今日の日付)で書いた地震は津波被害とあわせて過去100年で最悪の犠牲者を出しました。津波は英語でもtunamiと表現するように日本で特に多い災害です。最近では秋田県沖地震で浜辺にいた子供たちが巻き込まれたり、奥尻島の地震で青苗地区が丸ごと飲み込まれて大きな被害が出たことなどが思い出されます。

今回の津波被害では、震源から遠く離れたスリランカやインドでも多数の被害者が出たほか、アフリカでも被害が出たようです。スリランカやインドでは津波の到達まで1時間ほどかかった模様ですが、それでも被害が防げなかったのはこの地域特有の事情があるようです。

日本を含む太平洋地域ではこうした地震を引き起こす可能性のある海溝やプレート境界はほとんど海中にあり、数も多いためチリ沖地震をはじめ過去何度か広域の津波被害を受けたことがあります。そのため日本では気象庁が3分以内に津波警報などを出す体制になっているほか、広域に及ぶと予測される場合はハワイにあるアメリカ海洋大気局が太平洋津波警報センターを設置し環太平洋諸国に津波の情報を連絡するようになっているそうです。

ところがインド洋付近では、プレートの境界は陸地にあることが多く(昨晩書いたインド大陸とユーラシア大陸の例など)海中に海溝のような形で存在するのは今回の地震の震源地付近に限られます。そのため津波に対する注意意識はあまり無かったと思われるのです。もしインド洋にも太平洋と同じような津波予測体制が整っていれば、震源の近くはともかく津波到達まで1時間も時間のあったインドやスリランカでこれほどの被害は出なかったでしょう。

災害は不意打ちで襲ってきます。たら・ればをあとで言うのは簡単なのですが。こういう大きい災害があると、特別の宗教意識は無くても、自分たちは生かされているんだなと思えます。与えられた自分の人生は大事に生きたい(がんばるとか結果を出すとかそういうことでなく)と思います。

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地震に終わる2004年

@nifty:NEWS@nifty:スマトラ島沖地震の規模M8.9に、津波の死者1500人にも(ロイター)

年末の休暇の最中、ものすごい地震がおきました。インド洋で10メートルを越える大津波が各国を襲いました。多分今日のニュースはこれがトップでしょう。

このニュースをネットの配信で見て、真っ先に思い浮かんだのは数十年前のチリ沖地震でした。ハワイ島のヒロが津波の直撃受けたほか、日本の三陸にも津波が押し寄せたしか死者が出たと記憶しています。特別大きな地震の津波は地震を感じなかったようなところまで押し寄せるんですよね。今回もスリランカやインドでも犠牲者が出ているようです。

震源はスマトラ島の北西だそうですが、地図を見ると典型的なプレート境界型地震のようです。もうすでにそういうコメントを出しているメディアもあるようですが。

インド洋のプレートがスンダ海溝にもぐりこんでおり、その力で地殻が浮き上がって大スンダ列島やバリサン山脈を形成していると思われます。これは例えばインド大陸がユーラシア大陸の地下にもぐりこむ為に地殻が浮き上がってヒマラヤ山脈が出来ているところや、日本で言えば伊豆半島がフィリピン海プレートに乗って日本列島に圧力をかけているために箱根や富士山などの火山があるのと似ています。

プレートテクトニクス理論は、自分が高校生の頃は反対論者もいたのですが、今はこれを否定する人はあまりいないようです。地球の大地は地殻と言う温めた牛乳の薄皮のようなもので、その内側はマントルと言うどろどろに溶けた溶岩のような物が熱交換の為に対流を起こしていると考えられています。その対流の動きによって地殻が引きずられていく現象をプレートテクトニクス理論と言います。牛乳の薄皮もしわがよったり、沸かし続ければちぎれたり、重なったりしますよね。

日本には主要なプレートが4つ複雑にかみ合っている世界的にも珍しい地形のところで、世界中で起きるマグニチュード6以上の地震の2割は日本で起きるといわれています。近いうちにおきると言われる東海地震、東南海地震、南海地震はすべてこのプレート境界型地震で年に数ミリと言う単位で動く地殻がこすれあってひずみがたまり、それが解放されるときに地震となる為、何十年おきなどと目途が立っているものです。この手の地震では大きな津波が発生することも考えられます。今回のスマトラ島沖地震と同じです。

今年の新潟中越地震は一説によると太平洋プレートが日本列島を押す力でしわがよったようになっている断層帯(たしかに震源の地域は山並みが横に波打つようになっていますよね)のなかのどれかの断層が壊れて発生したと言われています。この新潟中越地震のような直下型地震はプレート境界型地震と比べてはるかに長い周期で起こるため予知不可能とのこと。また山や丘陵では断層は目に見える形で残っていることが多いのですが、関東平野のように本来の地面の上に川から運ばれた土砂が厚く堆積しているようなところでは、そもそもどこに断層が隠れているか分からないのです。三浦半島では良く知られている断層が3本か4本ありますが、平野部で知られているのは立川断層と綾瀬川断層の2つだけです。

つい先日、立川断層が動いたときの直下型地震の被害想定がされていたのを新聞で見たのですが、現物の記事が見つからず具体的にここでかけません。ま、なにしろ途方もない被害が出るだろうという予測でした。

地震はいつ起こるかわかりません。被害も揺れだけではなく、津波、地面の液状化などもあるでしょう。

何を準備するか、というのは難しいところですが意識だけは持っていたいと思います。ペットボトルの麦茶を5~6本買い置きしているのも、一応心がけのつもりなのですが・・・。

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2004/12/26

おかめ市と鳩ヶ谷

23日はとうとう調子が悪くて外へ出られませんでしたが、実は冬のイベント「おかめ市」の日でした。旧鳩ヶ谷町の鎮守氷川神社の市で、この日は鳩ヶ谷市街のバスどおりが通行止めになり、お正月用品や縁起物や食べ物の屋台が街中に連なり往時の賑わいを髣髴とさせる人出になります。なかなかこの日に行けなくて、いままで2回しかいけていないのですが、町並みが古いので赤羽からたった4キロしか離れていないところとは思えない良い風情なのです。

鳩ヶ谷の街を旧蕨宿や川口宿、浦和宿などと比べてみると洋館が多いのが目立ちます。先日の「散歩の達人」で「川口・鳩ヶ谷・蕨・戸田」のエリアが紹介されていたのですが(このエリアのめぼしい本屋にはまだバックナンバーを置いているところがあります)本町2丁目の立派な洋館は、銀行だったのかなと思ったらなんと専売公社だったのだそうです。ほかに本町1丁目の坂の上にもそそられる洋館があります。

地下鉄が通り、街並みの中にぽつぽつとマンションが立ち始めています。旧鳩ヶ谷バスターミナル(浦寺操車場)もマンションになってしまったし、ほかにも何個かありますね。あまり増えて欲しくないなと言うのが本音ですが、旧商店街も「旧」とつくような寂しい商店街になってしまいましたし、大型店は押しなべて川口のほうにあるし、これからどうなっていくんでしょうか。

一方新しく鳩ヶ谷駅が出来た地域はマンションや店が雨後の竹の子のように立ち始めています。駅そばに家電量販店コジマの大きな店が出来たと思ったら、その向かいには(広告によると)日本最大級というどでかいパチンコ屋がオープンしました。市としてもこのあたりの再開発を早く進めて、人口を増やし財政に多少でも貢献してくれるようになって欲しいところでしょうが、街づくりのためのお金が足らないみたいで、それも合併を推進する人々の焦りを誘っているようです。

旧川口宿の歴史ある酒屋さんがマンションになるということで話題になっていますし、今のうちにこのあたりを歩いてみるのはいかがでしょうか。

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2004/12/24

落ちて戻って・・・

1ヶ月丸ごとアパートで過ごすのは1年ぶり。山梨と鳩ヶ谷を行ったりきたりしていたので気が付かなかったのだろうか。こんなに何度も落ちていたかな? 今月もう何回「うつ」におちてまた戻ってを繰り返しているのだろう。まだ頭が少しどんよりしていますが、かえって来ました。お帰り!・・・と自分に声をかけて、あしたはなんとか学校へ出かけたいと思います。

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2004/12/22

思うこと。

小5の中絶って、どうよ。

いや、すごい時代だと思いました。というかいつもは思わないようにしているのですが・・・。わさびさんは生活のために泣く泣く体を売る、という時代でも国でもないのに。と書かれていましたが、そうでもないかもしれない。一応18歳未満の子供が性風俗で働くと働かせた経営者が警察に捕まるからそういうことがないだけで、警察が取り締まらなかったら、法律が無かったら、それこそ多くの子供が売りに出されると思う。そういう点では救いもあるのですが。

金に困っている人は本当に大勢います。おぼろげな記憶ですが全世帯の3分の1以上が所得税非課税世帯ではなかったかと思います。(違いましたら修正します)収入が課税最低限に達しないのです。国はこの課税最低限を引き下げようとしています。現在の課税最低限は(うろ覚えで書きます、あとで調べて修正します)年収¥1,030,000ですから(扶養家族がいればもう少し上がるらしい)ほぼ年収100万円以下で暮らしている人たちがこんなにいるんですよ。

最近は公立高校でも授業料の滞納がひどくて大変だという話もよく聞きます。やむなく退学する子もいるらしいし、未納でも何とか通えれば卒業させるところもあるらしいですね。私立だと退学。多いみたいです、こういう子供たち。

自殺者が年3万人でしたか。人口3万人といえば市が一つ出来ますね。病気の人も経済苦の人も、あるいは両方。

病院に行くとやたらと「保険証をお持ちですか」と聞かれる。あれは国民健康保険税が払えなくて保険証をもてない人がかなりいると見ていいのではないでしょうか。

道路、新幹線、空港、ダム、河川改修など、どうしてこんなものにと思うような公共事業が多いのは、ぶっちゃけて言えば「仕事を作る為」でしょう。経済的メリットがどうのこうのじゃないんです。主産業が公共事業と言う地方はたくさんあるじゃないですか。今度の新幹線新規着工区間は今後JRから支払われる使用料を担保に借金すると言う事ですが、これは個人で言えば年金を担保に借金するようなもので、そこまでしないとこの国は回らないんだなと思いました。

昔だったら暮らせない人が出てきて、ハワイだのブラジルだのへ移民していましたが、今は公共事業のおかげでそれが無いわけでしょう。でも政府債務が700兆円で、誰から借りているかといえば国民なんですよね。郵便局や銀行やその他に預けたお金が回りまわって国債に化けているわけです。国民の資産は1400兆円。そのうちの半分は65歳以上の高齢者が持っているといわれます。学者の試算によると2017年に国・地方の借金と国民資産が同水準に達する(日経新聞11月28日、「経済論壇から」)ということで借りる金がなくなるんです。そこまで公共事業が維持できますか。

個人レベルから国レベルまで暗いことばかり書きました。もう一度個人のレベルに戻しましょう。

こんな時代を生き抜いていくにはしたたかさが求められます。わさびさんの文脈に沿えば、大人が子供にしてやるべきことは何か。それは大人になっても生き抜く力を与えることではないでしょうか。自然界の生き物は子供のときから外敵にさらされ、そのなかで親から自分を守る術を学んで生きます。おなじように知恵をつけてあげようではありませんか。知恵とは幼少時から英語を習わせるなんてこととは根本的に違います。それはおしゃれをさせる親の心理と同じ、親の自己満足でしょう。そうではなくてお金の使い方、働き方といったこと。あるいは生命のこと。1億の精子のうちひとつが奇跡的に卵子と結びついて、それからも様々なリスクをかわしながらやがて一つの命としてこの世に生まれてくること。性教育でも生物の授業でもない、命のいとおしさを教えること。そんなことが分かっていれば自殺をしたり、人を殺したり、金に目がくらんだり、借金地獄に落ちたりしなくなるんじゃないでしょうか。


こんなことを昨日の晩から延々考えてしまいました。自分自身が不安になったりして「いのちの電話」に電話したり(相変わらずつながらない)寝逃げしようとして頓服の睡眠薬を飲んだり、朝になっても落ち着かなかったりしました。

でも自分も絶望しません。早く病気を治してから今考えている人生設計を忠実に踏みしめて、悩んでいる人、寂しい人のそばに寄り添いながら「大丈夫だよ」と言ってあげたいと思います。それで何人かの人が救われるなら、自分の人生は意味のある物になるでしょう。


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2004/12/21

泣けました。○年ぶり・・・

今日と言うか昨日は、おかげさまで抜けました。朝から元気もりもりです。ちなみにレッズもFC東京を破りベスト4へぬけました。ってそれはともかく。

午前中から学校へ行きました。今まで書いていないかもしれませんが、現在ソーシャルワーカーになれたときに知識が役に立つのではと思って社労士の勉強をしています。週2回ペースで時間もビデオ授業なので、こんな不規則な生活でも何とかついていけます。今日は定例試験だったので、午前中は復習にドリルをとき、午後試験を受けました。ビデオは解説だけで早く終わったので、学生時代もそうでしたが映画でも見に行こうかと思いました。

昨年・一昨年は映画を見に行く元気が全然起こりませんでした。今年になってしかも夏を過ぎてからやっとでしょうか。以前は渋谷や日比谷で単館上映されるような映画ばかり見ていたのですが、今年は1本目が「世界の中心で愛を叫ぶ」。日本映画を映画館で見るのがとっても久しぶりなことで、しかもみんなが見ている映画なのに。今まで無かったパターンです。しかも良かったんです、いいなあと思えた。で今日は「いま、会いにゆきます」ですよ。話題作ばかり。

この映画はしかし「世界の中心~」よりさらによかった。タイトルの「いま、会いにゆきます」の意味が分かったあたりで何年ぶりだろう、目の中がじんわりとうるうるしてきてしまいました。「あ、今ほんの少し泣けた」と思ったらうれしくてうれしくて。催眠療法へ行って「怒る」と「泣く」が出来たらとても楽になりますといわれていて、「怒る」事は出来たのに泣けなかった。悲しいことがあってもちっとも泣けなくて、でも気持ちは苦しいばかりというのをもう何年してきたんだろう。先日「くま」さんがコメントしてくださったこと、実現できました。願わくはもっと泣ければいいのに。そうすればもっと肩の荷が下りて楽になるのになと思いつつ帰ってきました。映画にありがとうを言いたいです。

さ、あしたも調子よく過ごすぞ。

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2004/12/20

うなる週末

週末、山梨の叔父の家へ、荷物の撤収に行くつもりで用意していたのです。しかし当日何度起きようとチャレンジしてもだめです。そのうちうなりだしてしまってギブアップ。山梨へ「今日はいけない」旨電話しました。そうしたら荷物をまとめて送ってくれることになったのですが、せっかく片付けた(途中だが)部屋がまたカオスと化すのが目に見えてうんざり。結局日曜日も寝込みました。あー全然だめじゃ。明日はすっきりと抜けることを祈って。

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2004/12/17

カーン、鉄壁の守り

昨日のキリンカップ。ワールドカップで日本でも一躍有名になった、あのカーンの鉄壁の守りで日本は0-3の完敗でした。くやしいからこんなサイトをどうぞ。
Kahn

一昨日の天皇杯、レッズは順当に勝ちあがりましたが、伏兵が来期J2昇格を決めたザスパ草津でした。若手布陣で臨んだ今年の覇者マリノスを下して勝ち上がりました。ザスパのメンバーは元Jリーガーだったけれども解雇された選手が多いのだそうで、負けん気は人一倍強かったようですね。来期の活躍を楽しみにしたいと思います。

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バロメーター

昨日一日動けず過ごしてしまいました。前の晩つかれたなと思って、ここにそう書いて寝たら本当に疲れが出てしまいました。ただうつうつ感はなく何もやる気が出ないという感じではないので、まあ大丈夫だと思います。ブログが自分のバロメーターと化しつつあります

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2004/12/16

いとこ会

病気になって、叔父や叔母の家に世話になるようになってからはじめて知ったのですが、うちの母は兄弟の間でも評判の悪いひとでした。5人兄弟の一番上なのですが、それゆえひどく甘やかされて育ったらしいのです。特に母の伯母に当たる人がうちの母だけやたらとかわいがっていたそうで、他の兄弟・つまり自分の世話になっている叔父や叔母は冷や飯食わされたとまでは言わないものの、あまり構ってもらえなかったそうです。しまいには祖母も自分の娘の事を扱いかねて、盆暮れの帰省シーズンが終わってうちの母が帰ると「へそを曲げずに無事に帰ってくれてよかった」と、安堵のため息を吐いていたとか。そんな話を最近聞いて「さもありなん」と思わず笑ってしまいました。

憎まれ口をたたきつつも、自分の母方の兄弟は仲が良いです。自分が叔母の家に避難したり、叔父の家で静養させてもらったり出来るのもそのおかげです。5人兄弟が60歳前後まで総じて仲が良いというのは随分珍しいことのようですね。母の実家は上から4番目、三男にあたる叔父が引き継いだのですが祖父母の面倒を見ただけではなく、一族のなかで困難な問題を抱えた家が出ると率先して打開策を模索していました。

いとこも家族ぐるみの付き合いでここまできました。叔父2人は大阪へ、母と叔母は東京へ出てきたのでしょっちゅう交流があるわけではなかったのですが、盆暮れには顔をあわせて話をしたり遊んだりして過ごしてきました。

昨年大阪に住んでいたいとこが自分に引き続いてうつ病にかかってしまいました。このうちは叔父も脳梗塞で不自由な身になっていたので、現在は家族ごと山梨へ引越していました。そのため自分が山梨の本家の叔父の家で療養生活を送るにあたり、そばで何らかの力になれるのではと考えて、同病相哀れむではありませんが「楽にゆっくり!」などと声をかけてきました。半年たってだいぶ深いところまで話が出来るようになって来ました。

こんなことがあったため、自分が山梨を引き払って完全に鳩ヶ谷に戻るにあたり「いとこ会」をつくって、何かの折にはサポートしあうのがいいのではと考えました。親の時代は兄弟が沢山いてサポートしあえましたが、自分たちの場合自分を含め3人が一人っ子です。先の読めない時代ですし親たちもいつどうなるか分かりません。いとこそれぞれが当然別々の家庭を持つにしても連絡は常に取れる態勢にしてサポートしあえたほうが何かと安心かなと思っています。配偶者の理解と協力も得られるといいのですが、今のところ結婚した3組はみなカップルで山梨の本家の叔父の家を訪問しており、人柄も一応つかめるので、何とかうまくいくのではと思っているところです。

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2004/12/15

ダイエーは法的整理をすべき

まずはじめに、ドンキホーテの火災で亡くなられた方のご冥福をお祈りします。同じ小売業にいたものとしてやりきれない思いです。ドンキホーテは能力のあるアルバイトを正社員に登用していくという人事制度だったと聞いています。なくなった方のうち小石さんは、新聞によると正社員になったばかりだったとか。きっと働き者だったのだろうと思います。若い命を犠牲にした火災原因の徹底究明、放火の場合の早期犯人検挙を望みます。

さて話題は変わりましてダイエーです。もう5年も前から春闘の団体交渉の統一スケジュールにも乗れず、希望退職を何度も募り、借金を2回棒引き(金融支援などと言う言葉でごまかされない)してもらってそれでも立ち直れない会社がなぜ倒産しないのか。「大きすぎてつぶせない」なんて馬鹿な話があるものですか。

丁度不良債権が大きな問題となっていた頃、どこぞの銀行の幹部が「中内、小林、水島の3人は金を返してくれなくて困る」とぼやいたとか。中内がダイエー、小林がマイカル、水島がそごうのいずれもワンマン経営者でした。その3社のうちマイカルとそごうは法的整理に追い込まれたのに、ダイエーは株主責任も問われず国の作った産業再生機構の力を借りて再建をめざすなんて。それも3度目の借金棒引きには国のお墨付きが必要だろうという銀行の都合で。

実際このまま行くと一番得をするのはUFJ銀行です。会社の再建の目途も立たないうちから、不良債権が一瞬にして正常債権になって貸し倒れ引当金を積む必要がなくなるのです。この銀行は1兆4000億円もの公金を資本金として国に出してもらっているのです。国民を馬鹿にしているじゃありませんか。

株主責任の問題もそうです。マイカルやそごうの株券は実質無価値に等しくなりました。大株主であったであろう銀行や会社幹部の責任がそこで問われたわけです。マイカルの場合は4000億円の社債も約10%しか償還できないということになり、「絶対安全」といわれて買った投資家が証券会社を訴える事態になっています。

ダイエーが法的整理をすることになれば取引先が打撃を受けることになりますが、今までの例では小口の取引先には優先的に売りがけ金は支払われましたし、大口の取引先も「その時」をにらんで売り掛け金を絞り込んでいたそうです。

このまま誰も責任を取らずに物事が進んでいくのでしょうか。おかしいと思うから日本経団連の奥田会長があえて「借金は返すのがモラル」と異例の発言をするに至ったのではないかと思うのですが。

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2004/12/14

演劇に魅せられて

事実婚・自宅出産・うつ病父さんの育児日誌で、うつ病の項目を拾うときれいに状況の推移が分かるように書かれていました。記事が増えてきたときこれは読みやすいなと思い、自分も連載ものをはじめてみようと思います。うつ病でそれをやると3歳くらいからやらなければならないので、今の自分を形成するに当たって重要な役割を果たした演劇について書きたいと思います。

さて、さいたま市の大宮駅西口にあるにょきっと建った高層ビル・ソニックシティへは埼玉県の方を中心に行かれた事のある方も多いでしょう。建物の駅側にはすり鉢状にへこんだところがあって地下1階とつながっています。ここはよくみるとまるいかまぼこのようなせりだしがありまして・・・実は国内ではとても珍しい野外劇場の形を整えています。

今から13年前の秋の暮れ。ここで無謀にも入場無料・投げ銭歓迎の大公演を企画した劇団がありました。電気曲馬団といいます。演じられるのはアポリネール原作の「月の王」。埼玉県文化振興基金助成事業となっているけれども、はてなにが起こるのでしょう。

お話は自分の小学校時代に飛びます。

2年生の途中で転校した自分は典型的いじめられ小僧でした。クラスの中心的女子軍団から「くさい・きたない」呼ばわりされていました。男子・女子と並ぶ机もわざとよけられ、ついたあだ名が「ぶんた」。一時は下級生からも「ぶんた」呼ばわりされていました。しかし今、新聞をにぎわすような陰湿ないじめではなかった気がします。確かに下駄箱の靴も隠された、自転車の空気は抜かれた、机の中に腐った食べ物を入れられたなどいろいろありましたけれど、「しかと」というのは無かったですね。

なまじあだ名なんかついたものだから近所で有名になりまして、クラス替えになっても「ぶんた」。当時は毎年入る子供の数が増えていましたから4年生ではとうとうプレハブ校舎になりました。冬の寒いこと。掃除の時間などだれもバケツに手を突っ込んで雑巾をゆすぎたくない。そこで自分は「しょうがねえなあ」と思い、みんなの雑巾を代わりにゆすぎ始めました。きちんとゆすいで欲しいから自分に雑巾を投げてくるような奴はいませんでした。しもやけあかぎれで手は真っ赤になりましたが、そのときに丁寧に来る物は拒まず受け入れていたせいか、いじめがやみました。勉強も難しくなってくる頃ですが、たまたま当時は良く出来たので次第にクラスの連中が分からないところを聞きに来るようになりました。これも来る物は拒まず、丁寧に教えていました。

そんなことをしているうちにいつの間にか仲良しも増え、6年生では図書委員長に選出されるまでになりました。(まあ、委員長といったってたいした用事はありませんが)これが自分の自信になりました。いまだにそうですが顔にはすぐでるくせに言葉ではなかなか出来なかった感情表現も少しずつできるようになりました。

中学ではとうとう学級委員に選出されました。当時はまあ、学校中荒れまくっていましたから本当は大変だったはずなのですが、呑気な性格で授業中はよくい眠り。休み時間になると必ず誰かが自分のところへ遊びに来ていました。これも来る物は拒まず、素直な性格だったからでしょうか。必ず誰かが来てくれる。こんなことも自分の自信につながりました。

やがて少しずつ自分の中に自信から派生して憧れが芽生えます。文化祭のときに、あんまり面白くは無いけれど舞台に立って表現をする演劇部。しかし自分の中学の演劇部は女子ばっかり。そんななか同じ学級委員をしていた英語部の部長が声をかけてきました。「人が足りないので照明を手伝ってくれ。」英語部は例年英語劇の発表をしていました。ここには男子もいたのです。手伝う照明のしごとというのはあるきっかけで電気コードをコンセントに差し、また次のきっかけでコードを抜くというもの。至極簡単な操作でしたが、本番では自分の役目のうまい下手で舞台のよしあしが決まるくらいの意気込みで臨みました。舞台がひけてから英語部の皆さんが打ち上げに招いてくれました。この高揚感。一度味わったら2度とやめられない感覚をこのときはじめて味わいました。そしてその高揚感が忘れられなくて、高校でとある決断をします。それが自分の人生を大きく変える決断になるとはまだそのとき気が付きませんでした。


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業務連絡1

まだ、歴史が浅いものでいろいろと不都合な点は順次調整しております。ご指摘のあったメッセージの投稿に当たってメールアドレスが必要になっているとの事、改善し匿名投稿OKにしました。但し今後の運営上不都合がある場合には元の設定に戻す場合があります。この機会に皆様ぜひ足跡を残していってください。

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2004/12/13

電池が切れるまで

今年前半は、障害や病気をテーマにしたドラマが多く放送されました。「光とともに・・・自閉症児を抱えて」「電池が切れるまで」「オレンジデイズ」・・・どれも身につまされつつ静養先の叔父の家などで見ていました。

「電池が切れるまで」は原作本はなく、あずみの子供病院(だったかな)の院内学級の子供たちの詩集からストーリーがつむぎだされたのですが、子供たちのみずみずしいエネルギーと、医師や両親といった現実と向き合わざるを得ない大人たちの負のエネルギーとの対比に心を打たれました。難病の子供を持つ夫婦は離婚率も高いとか。親の愛を最も必要としている子供たちに取っては酷な話ですよね。

今年、半年ほど静養と言うことで山梨の叔父の家にいましたが、現地でサポートしてもらえるように病院で紹介状を書いてもらって、山梨大学の付属病院にも何回か通いました。ここにはやはり難病の子供たちが入院しているらしく、院内学級の看板がありました。ドラマを見ていなければあまり意識しなかったでしょうが、見ていたので「ここにもいろいろなドラマがあるんだろうな」と感じました。

近所の済生会川口病院では、小児科病棟の子供たちと定期的に遊んだりするボランティアチームがあるのだそうです。他の多くの病院でもそういったボランティア活動が行われているようです。ただ、重い病気の子供がいると両親の関心もそちらに向きがち。兄弟がいる場合など、その元気な兄弟のほうがあまり両親に構ってもらえずに心の傷を負ったりすることが多いようで、そうした子供たちを何とか救おうと活動している人たちもいるんだそうです。ただ、そこまで手が回る病院はごくわずかで、両親とお見舞いに来た兄弟が、控えのベンチでしょんぼりと座っているなどと言うことが多いのだそうです。(感染症の予防の為、小児科病棟には例え兄弟であっても子供は入れないらしい)

自分もそうですが、病気を抱えるとそれに伴っていろいろな社会的な問題も抱えざるを得なくなります。せめて電池が切れるまで、子供たちに温かい光が当たりますようにと願います。

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2004/12/12

風邪のようなもの

「うつ」を治す(PHP新書111)
という本はアマゾンの利用客の中では、お勧めする人が多いです。マイリストによくくみこまれています。この本の優れているのは、症状や治療法に関して網羅しつつ、新書と言う性質上あまり難しくないことでしょうか。

この本では、よく言われる「うつ病は心の風邪のようなもの」という言葉はあたっている部分と誤解を生む部分があると述べられています。誰でもかかる可能性があるという点で風邪のようなものともいえるかもしれないが、短期で治ると考えるのは誤りであるとのこと。確かにちまたにあふれる本の中には、薬さえきちんと飲めば3ヶ月から6ヶ月くらいで治ると書いてある物もあります。むしろ自分の知人で1年以内に治った人のほうが少ない。本の中ではアメリカのある調査の結果を挙げて、うつ病にかかった人の6割が1年後も何らかの抑うつ状態にあったと記載しています。

またうつ病は再発しやすい病気であるという点でも風邪に似ているかもしれないと述べられています。じつはこのうつ病の再発についてあまり詳しく書いてある本はありません。多くの本の趣旨が「うつ病にかかっても治るから大丈夫」と言うプラスのメッセージを発したいが為なのかなと思うのですが、自分が参加したことのある自助グループの講演会でも「再発しやすい」ということが言われていました。本の中でもある調査の結果が報告されていますが、びっくりするほどの高率です。しかも再発を繰り返すほどさらに再発しやすくなるため、再発を防ぐ為にも治ってから最低1年間は薬を続けることが重要だと述べられています。

詳しくはお手にとってごらん頂くとして、これだけうつ病と言うものが広く知られてきていながら、正しい知識と言う点ではあまり啓蒙が進んでいないなあと感じました。

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2004/12/11

ありがとう

PK戦までもつれたチャンピオンシップ。惜しくも負けはしましたが、ステージ勝利者にしか与えられない大舞台で互角の戦いをしてファンを楽しませてくれました。延長戦で相手陣営が一人少ないときにゴールをものに出来なかったところにちょっとだけ悔しさを感じますが、ここからレッズの時代が始まったというような活躍を来年期待したいと思います。

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退場!?

なんとエメルソン退場です。このままPK戦か?

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じりじり・・・

前半いいシーンがありながら0点で終わったレッズ。後半やっと三都主が一発決めてくれました。これで互角です。
Vゴール方式の延長戦に入りました。いい展開ではありますが、じりじりする延長戦。さあ、どうなりますか。

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2004/12/10

借金(たぶんその1)

不思議な光景がうちの近所で展開されています。いや、見慣れてしまって不思議でもなんでもないのかもしれませんけれど。

うちの横は片側2車線の国道です。ですからいわゆるロードサイド店と言うのがいっぱいあるわけですが、すごい勢いで増えているのがサラ金の無人店舗です。テレビでコマーシャルを流すような大きなところから名前も知らんような小さいところまでやたらとあります。

通りがかりにそこを見ると、結構な頻度で人が入っています。金を返しているのか借りているのか分かりませんが、要は利用しているんですね。

なぜ不思議かと言うと、郵便局の定額貯金が年0.1%も金利がつかないというのに、年利29.2%などと言う高利のお金を借りているんですよ。29.2%と言う金利がどのくらいすごいかと言うと昔バブルになる前の1981年頃の郵便局の定額貯金の金利が7.25%でこれを10年預けると元金とほぼ同額の利子がついたんです。その4倍の金利ですよ。今住宅金融公庫(廃止にするらしいですが)の金利も3%を割っていたと思いますが、そんななかで29.2%の金利でお金を借りる人がたくさんいるんですよ。

自分の知っている人間が、この世界に手を出し3年で自己破産しています。雪だるま式と言うのはこのことだなと思いました。

実はこの年29.2%と言う金利は法律に違反しています。利息制限法と言う法律があってその上限金利は18%ちょっとなのです。なのになんで29.2%で商売が出来るかと言うと利息制限法は違反しても罰則が無いのです。29.2%を越えてはじめて出資法違反(あるいはサラ金規制法違反)と言うことで罰則がつく。そんな不思議なことがまかり通っているんです。

例えばサラ金で首が回らなくなって、弁護士のところへ行って任意整理を頼むとします。そうすると弁護士はまず利息制限法以上の金利は違法だから、その分はまけろといってまけさせちゃうんです。まずそうしてから具体的な整理にかかるんです。

以前の出資法は40.004%を越えないと違法にならなかった。それで商工ローン業者などがその金利でお金を貸しまくってもうけていました。「腎臓売らんかい」とかものすごい脅し文句で借金を取り立てていたあれです。あの日栄と言う会社は今でも「ロプロ」と名前を変えていますが東証1部上場企業です。あれが社会問題になって40.004%じゃひどいだろうということで29.2%になった。

もう世間ではあの「腎臓売れ」事件は忘れ去られたようですね。でもきっと似たようなことが世の中ではいっぱいあるとおもいます。法律は自分を守ってはくれません。自分の事は自分で守らないといけません。

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2004/12/09

ぜんぜん・・・

やる気が出ません。日曜日まではやる気満々だったのに、月曜日からはぼーっとしています。何しろ月曜日に出しに行こうと思って荷造りしておいた小包が出しにいけない。郵便局は目と鼻の先なのに。食事も計画的に取れていない。思い出したときに食べる、のどが渇いて飲む。

多分、この停滞状況から明日は抜けられるのではないかという気がしてきました。ここに書く気になったから。夕方までは本当に何もする気になりませんでした。

思い当たる節があります。何日か前に書いた記事。「自分が幸せになることから逃げていない?」という問いかけがまだ尾を引いている気がします。幼少の頃から喧嘩と八つ当たりばかりの家庭で、今でもふと夢に見て怖くなるほどのダメージを受けてきた自分は、人の幸福を感じることで自分のことから目をそらしていたようなところがあります。わざと痛みに鈍感になったりもして。そんなこんなで強い感情が渦巻いても全く泣く事が出来なくなってしまった。

このやる気の無さの裏には、強い泣きたいような感情が潜んでいるのではないかと言う気がします。自分をいたわれという信号かもしれない。そんな風に思いました。

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2004/12/06

暑く燃えたけれど・・・

横浜Fマリノスと浦和レッズのチャンピオンシップ第1戦。

観客は両サポーター合わせて6万人以上入ったそうですが、なかなか攻撃できず、0-1で負けてしまいました。詳しく語る力は無いのですが、攻撃陣が相手のディフェンスに苦しめられたということでしょうか。夜のスポーツ番組の解説によれば、オフサイドの使い方もFマリノス側が大変上手で、レッズらしい攻撃をさせてもらえなかったというところが敗因ですか・・・。

来週は埼玉スタジアムで第2戦。ホームでの戦いで、何とか相手ディフェンスをかわしてゴールを決めて欲しいと思います。テレビは無いので見られないけれど、祈りを込めて。

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2004/12/05

暑い!!

フィリピンを直撃して大きな被害を出した台風27号。温帯低気圧になっても熱帯の空気を持ったまま北上し南風が入ったため、なんと師走だというのに夏日。アメダスで13時に越谷で25.7℃、14時にさいたまで25.0℃。今朝6時の段階で東京は22℃。

今週と来週は紳士衣料に取っては絶対はずせない土日です。本来ならボーナス需要でコート類の売り上げが伸びる(ついでにスーツも出る)からです。この天気ではどうしようもないでしょうねえ。各社が力を入れて今年の目玉として売っているカシミヤでさえ見るのも嫌なくらい。

この時期は最量販期なので、1週間を1ヶ月と思えといわれて10年やっていました。だからいまだにその癖が抜けないんですね。ここでつまづくと、また商品が入ってきて出し切れなくて売り逃し、また在庫がたまって品だしで腰を痛めるし、1月に膨大な値引きロスを出して利益が上がらなくなるし・・・なんて負の悪循環がまだ頭をよぎります。

人間にも大きく影響するのだから、自然界ではもっとおかしなことが起こっているでしょう。5月からずっと暑くて、台風もやたらと上陸して(地震はメカニズムが違うのでよそへおいて)すごいですね。

どうなるんでしょうか、今後の気候は・・・。

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2004/12/04

こんな産婦人科医もいます

最近は耳にしなくなりましたかね。ベネッセの育児系雑誌が「たまごクラブ」(妊娠中)「ひよこクラブ」(出産後)と言う名前で、発売日はラジオでも「今日はたま・ひよの日」といって宣伝していたのですが。(今はそのさきの「こっこクラブ」もある)

こちら鳩ヶ谷雑記でも複数のお母さんやお母さんの卵が読んでくれている可能性があるので、充実したサイトをご紹介します。
すくすくネット -こどもを心豊かに育てるためのインターネット放送
ここに出ているDr.Nさんはひょんなことから知り合った若手の産婦人科医です。「歌って踊れる産婦人科医」と言うキャッチフレーズどおり、ミュージカルにも挑戦されたりいます。ゆくゆくはお母さんたちの精神的なケアまでできるといいなといいうことで、マタニティブルーとか、産後うつのことまでカバーされていくのかなと思って期待しています。
サイトでは読者の質問に答えてくれるコーナーやお子さんの年齢別掲示板など、その他書ききれないほどのお役立ちコーナーがあります。ぜひ一度ご覧ください。

ついでにもうひとつ
赤枝六本木診療所
をご紹介します。この方は「六本木の赤ひげ」と異名がついている先生で主に若い男女の性感染症や望まない妊娠といったことを少しでも減らそうと六本木や横浜のクラブやライブハウスへ出張してエイズ検査を無料でしたり、六本木のハンバーガーショップで相談を受け付けたりしています。ラジオ番組も持っていて、文化放送の月曜1時半から2時まで(以前はInter FMでしたが2月からこちらになっているようです。)リスナーの相談に応じています。
性感染症もそうですが、いわゆる不妊治療についても「男性の側も知識を持って女性の体を守るべき」といい、パートナー2人そろっての受診を勧めたりしています。自分はこの方の事をFM放送時代に知りましたが週刊誌でもとりあげられるなど、また財団を設立し研究助成をするなど、本当に多方面での活躍をなさっています。興味をもたれた方は一度ご覧になってください。

そう、不妊治療に関してパートナーが2人で受診することを勧めるのは、男性の側に原因があることもあるからです。当然といえば当然なのですが、雅子さまの例を見てもそうだったように、どうも世間一般では女性に原因を求めがちです。この際だから書いてしまいますが、自分は以前「不妊の原因になりそうだ」という下腹部の手術を受けたことがあります。血管が少し伸びているために、精子に体温が伝わり熱で殺してしまう可能性があるということでした。

これは泌尿器科でかかりましたが、精神神経科にも行って泌尿器科にも行ってどちらでも入院していれば、もう病院に恥ずかしくて怖い受診科なんかあるもんですか(笑)

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2004/12/03

謙虚に聞くだけでは・・・

今日の言霊:
 何事も「ギブ&テイク」。 
 バランスのいい人って素敵だよね。

より

ヒーリングの先生が以前、キバを剥き出しにして噛みついてくる相手や自分と異質のものを排除しないと気がすまない相手に対する対処法を教えてくださいました。私はまだ、対処してるうちに段々パワーダウンしちゃうんですよ~。早く先生の様に、スマートに対処できるようになりたいな。
 謙虚になることと悪意のある意見に振り回されるのは違う、と言われたことがあります。将来経営をやっていくのであれば、もっとしたたかになれと・・・ホント、そう思います。

自分も謙虚に人の言葉を聞くだけではダメだなあと今日思わされました。好意のつもりで自分に「将来の展望は立派だけれどもそのことで、今自分から切り開いて病気を治す、自分が幸せになるということから逃げていない?」と言った人がいて、そのことで随分悩んでしまいました。昨日楽しみにしていたコンサートにいけなくなるくらい悩み苦しみました。結局その人はある宗教の勧誘の為に言ったわけで、彼らの考え方からすればそれは妥当なのだけれども、自分らから考え直してみれば今でもがんばっているのにさらに修行せいといわれているようなもので、ムリの強要なのです。見事にパワーダウンしてしまった。

ああ、そんなことも分からなかった。自分もケースワーカーの先にさらに夢があり、自立支援施設みたいな物を作りたいのです。ならばもっとしたたかにならなければ、訓練しなければダメだなと思ってしまいました。

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負け犬の遠吠え

負け犬より

言葉が独り歩きしてその時代の世相を表す言葉になったりする傾向が強かった、というか自分たちぐらいの世代を相手にしている雑誌が、やたらと人のことをくくりたがるのです。「セカチュー世代」もそう。「電車男」もそう。このひとはこれ、あのひとはあれというふうにカテゴライズして、分かった気になりたがる人たちと言うのは昔からいましたよね。自分らも分かった気にされたくないからそのすきますきまに入ろうとしたりして。あるいはしたければ勝手にカテゴライズすればと開き直るか。

負け犬の言葉のゆえんである「負け犬の遠吠え」の作者は酒井順子さん(38)(10月末の朝日新聞朝刊「ひと」欄より)作者は自虐的なタイトルで挑発したかったらしく、ご自身も「負け犬」と自覚しているらしい。しかも「負け犬にならない為」には一人旅をしてはいけないと定義づけて、実はよく一人でローカル線のたびに出るそうです。

要は世間が彼女の挑発に乗ってしまったのですね。勘違いも多い。

世間の「負け犬」論争などお構いなしに自分の人生を自由に泳いでいる人が多いと思います。いわゆる高齢出産をする人も昔よりぐっと増えていると思うし、紀宮さまの結婚などもインパクトのある出来事だったと思います。

素敵な女性なら自分が、「負け犬」になんかさせない!、とか言ってみたりして。(それより早く病気治せよ←自分)

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2004/12/02

うつ病にかかったら(あるいはかかる前にも)

うつ病関連のお勧めサイトを2つご紹介します。どちらも優れたサイトです。

UTU-NET うつ病、パニック障害、強迫性障害(OCD)情報サイト

これは今うつ病で無い人にも読んで欲しい、幅広い層向けのサイトです。うつ病体験者の体験談などは特にみんなに読んで欲しい内容です。身近な人がうつになったときの対処にも役立つと思います。

いのたまメンタルヘルス会議室

このサイトは、少しうつ病が長引いている人、苦しい人やその家族に読んで欲しいサイトです。こんなときにはどうしたらというようなアドバイスにあふれています。とくにうつ病は働けなくなることも多いので「そのときどうするか」に確かな回答を与えてくれます。また充実のリンク集。これには自分がいとこから教えてもらって、いままさに相談を持ちかけたり励ましあったりしているサイトもあります。その他幅広い分野からのリンクがあります。

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2004/12/01

つながらない

病気自体のこととは少しずれますが、相談電話について。

自殺を考える人のかなりの割合がうつ病を患っているといわれます。自殺を少しでも食い止めようと様々な機関が相談窓口を設けています。一番有名なのが東京いのちの電話

10年くらい前はいつでもつながったそうです。自分が頼りにするようになった3年前くらいにも早朝はたいていつながりました。貴重なアドバイスを受けたこともあります。ところが最近は全国の「いのちの電話」がほぼ24時間つながりません。絶えず相談を受け付けている状態です。BEFRIENDERS INTERNATIONAL TOKYO(自殺防止協会) も一度もつながったためしがありません。

それだけ広まったともいえるのでしょうが、それにしても今の状態は異常です。放置できない問題だと思いますが、「いのちの電話」もボランティアで運営されており、相談員の養成にも時間がかかることから対応が難しいと考えられます。今まさに救いの手が欲しい人の為になんとかならないものかと思います。

たまたま、今日から7日まで「いのちの電話」は厚生労働省の補助でフリーダイヤル相談を受け付けるそうです。1件でも多くの電話がつながりますように。

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